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愛知県美術館へ」展を見に行きました。これは愛知、岐阜、三重の美術館が共同企画をした所蔵品を使っての展覧会です。所蔵品といっても意外といつも見ているわけではないので、展示の仕方によって、こんな作品を持っていたのかと気づかされました。シュールで不思議な世界を描いた作品が並ぶ一方、禅の世界を表す水墨画があったり、太古の呪術につながるものがあったりと普段なら一緒に並ぶことのない作品が、あるテーマのもと、同じ会場にあるというのはとても興味深かったです。
May 28, 2012
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刈谷市美術館で開催されている「加藤久仁生展」に行ってきました。かなり以前、一宮駅近くのカフェに入った時、目に入った絵本を読みました。「つみきのいえ」という題名で、だんだん水に沈んでいくため、人々が家をつみきのように上に積み上げて建てて住んでいる街のお話です。奥さんを亡くして、一人暮らしのおじいさんが、水の中に落としたものを拾うために、潜水服を着て水の中に潜っていき、いくつも重なった自分の家を見ながら、人生をさかのぼって思いだしていくのです。自分の住んでいる家の下に自分の過去がそのまま残っているという世界が、たいへん印象的でした。この作品はもとはアニメーションで、米国アカデミー賞短編アニメーション賞を日本人として初めて受賞したのだそうです。何かの折にふと思い出したりしていたら、ちょうどチラシで展覧会のことを知ったのです。展覧会会場では、アイデアを描きとめたスケッチブックや、水彩の原画などたくさんの資料が展示されていましたし、アニメーションもいくつか上映していました。スケッチブックの繊細な線、アニメーションのどこか懐かしく、物悲しいような物語、もうすっかり心をわしづかみにされて夢中で見ていました。どこからこのすてきな世界観が出てくるのでしょうか。最後にミュージアムショップで、絵本やアニメーションのDVDが売られているのを見て、自分としてはあれもこれも欲しいけど、どうしようかと迷っていたら、一緒に行った娘が、「好きなの買いなよ。私が半分出してあげるから」といいます。「まあどうしたの?」と聞くと、「母の日のプレゼント」と答えました。展覧会も温かかったですが、もう一つ、いい思い出ができました。
May 27, 2012
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先週の土曜日、伏見のミリオン座で「しあわせのパン」という映画を見たついでに、栄にある愛知県美術館まで一駅歩いて、そこで開かれている、「アーツチャレンジ2012」を見ました。「アーツチャレンジ」とは、公募により選ばれた若手アーテストたちが、愛知芸術文化センターの様々な空間を活かした作品を発表するものです。愛知トリエンナーレの頃に見ておもしろかったので、のぞいてみました。 今回おもしろかったのは、 嶋田晃士さんの「旋笛」です。風車のようなものの周りに笛がついていて、ぐるぐる回ると、「風の谷のナウシカ」に出てくる虫笛のような音が出てくる作品です。実際のところ、その虫笛からインスピレーションを得たのだとか。いくつもの笛が立っていて、回転する速度や、笛自身の音程の違いで、不思議な和音を奏でます。しばらくたたずんで、聞きいってしまいました。 他にも窓ガラスに人々の幸せそうな絵の描かれた作品や、安全ピンでできた山とか、吹き抜けに浮かんだオブジェとかいろいろありました。その日はさらに県美から南へ歩いて、ギャラリーハートフィールドへも行きました。以前、織部亭というギャラリー兼レストランで、ハートフィールドのオーナーにお会いしたのです。展覧会をやっている時しかオープンしていないギャラリーで、ちょうどその日まで内田恭子さんという方の展覧会をやっていたのです。入り口の壁に赤とベージュの作品がひとつ、まっ白い空間に白いオブジェが二つ置かれているシンプルな展覧会です。天井から下がっている作品は、張り子のような紙でできていて、光をぼんやり透かしていてきれいでした。ギャラリーはビルの1階で、部屋に入った正面に大きな窓があって、その向こうに高い白い壁があり、小さな中庭になっています。壁の上から遠くのビルや空が見えていい感じでした。そんな空間にぴったりのやさしい雰囲気の展覧会だと思いました。3つも見て回るとさすがに疲れましたが、どれも満足した充実した1日でした。
February 26, 2012
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我が家の体重計は、体重だけでなく、体脂肪率や、基礎代謝量、筋肉量、体内年齢などが表示されます。いつも私が乗ると、体脂肪や体重は着実に増えているのですが、体内年齢は不思議と10歳くらい若く出ます。毎日デスクワークで、これといって運動もしていないし、これはゴマすり体重計かなと思いつつも、なんとなく気をよくしていました。娘が最近ダイエットをして、ようやく体内年齢が自分の年齢と同じになったというので、思わず自分のことをちょっぴり自慢していたら、横で聞いていた主人が、そんな機能があるのかと参加してきました。そこで体重計に乗せてみたら、なんと主人は体内年齢が36歳(20歳も若い!!)と出たのです。さすが毎週毎週、自転車で100キロ以上も走りに行っているだけあります。まだ乗り始めて3年ぐらいですが、メタボおじさんが、一気にアスリートに変身しています。私も主人に見習って、少しは運動しなくては。体内年齢はともかく、最近ちょっとなにかやると、からだのあちこちが痛くなって、筋肉の衰えを感じるこの頃なので。 ところで、いったいあの体内年齢というのは何を根拠にでてくるものなんでしょうね。
February 14, 2012
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市内にある三岸節子記念美術館に行ったところ、美術の学校という催し物で、映画評論家の森卓也氏の講演とありました。http://s-migishi.com/moyooshi/index.html森卓也氏はアニメーションの評論家として有名で、手塚治虫に“アニメの生き字引”と称されたほどの人だったそうです。学生時代、友人がたいへん尊敬しておりました。名古屋でのアニメーションの自主上映会などによくいらしていたそうです。今から30年近く前の大学生の頃、アニメ好きの友人がいました。卒論もアニメーションについて書いたような人です。彼女の影響で、現代のビデオアートに通じるカナダのノーマン・マクラレンや、幻想的な作風のロシアのユーリ・ノルシュタイン、繊細な人形アニメの日本の川本喜八郎など、芸術的なアニメをたくさん見ました。まだ宮崎駿さんが「風の谷のナウシカ」を出す前でしたが、彼女は宮崎さんの大ファンでもあって、「どうぶつ宝島」「未来少年コナン」(NHKでやっていたアニメ)、「ルパン三世カリオストロの城」などについて熱く語っていました。さらに彼女は、自分でアニメも作っていました。8ミリフィルムをじかに引っ掻いて絵をかくカリグラフという方法です。セルのように重ねて移すわけではないので、ひとえに作者のカンひとつで描くものです。小さなフィルムの絵が、ちゃんと動いて見えるのがすごかったです。大学の先輩に、同じ技法を使ってアニメを作っている人がいて、プライベートアニメーションフェスティバル(PAF)という、自主制作のアニメーションの上映会で入賞した腕前でした。その先輩、二木真紀子さんは、宮崎駿さんが当時いたアニメ制作会社に入社し、今はフリーですが、ジブリの映画の原画担当として参加されているようです。最後のタイトルロールでいつもお名前を見かけます。二木さんとは大学の寮でご一緒していて、部屋へ遊びに行ったりしていました。ささやかな私の自慢です。(サインをもらっておけばよかった!)あれもこれも懐かしい思い出です。森卓也さんのお名前を見て、そんなことを思い出しました。その森さんが同じ市内の方だということを、最近知って驚いたことです。
February 11, 2012
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この間の夜のこと。仕事で遅くなった娘を主人が迎えに行った時のこと。もう帰ってきてもいい頃と思っていても、なかなか帰ってこないので気にしていると娘から電話が。「帰ってくる途中で道で倒れている人がいたので、今救急車とパトカーを呼んだとこなの。ちょっと遅くなりそう。」「えーっ、その人どうしたの?」「歩道のコンクリートのところに自転車ごと倒れていたの。」ドキドキしながら待っていたら、思ったより早く帰って来ました。主人と二人、興奮冷めやらぬ様子で、「他の車がみんな通り過ぎてしまうから、もう止まるしかないなと思って」「でも意識がないし、どうしようかと思っていたら、他に2台止まってくれて、そのうちの一人が介護士の人で、若い女の子だったけど、さすがにしっかりしていて、テキパキと声かけやら、気道確保やらしてたら、『うーん』ってちょっと意識がもどったみたいで」「私がパトカー呼んで、もう一人の人が救急車呼んでくれたの」聞いてもびっくりです。主人たち、よく止まってあげたなあと思います。時刻は夜10時半ごろ、早く家へ帰りたいところです。私だったら、見かけても、「あれっ」と思いつつも、止まれないと思います。他の場面でも、「やってあげたらいいな」と思っても、知らない人だと、なかなか行動に移せません。その点、主人も娘も、わりとサッと行動できます。身内ながら、偉いなあと思います。ちなみに今回一番のお手柄は、介護士の女の子だったと思いますが、彼女いわく、主人と娘が何もできずに立ちつくしていたので止まったんだそうです。なかなか習っていても、実際救助ってできないですよね。って言っていてはいけませんが。
February 7, 2012
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今年も一宮市美術展に作品を出せました。今年はP40号にグレードアップ。搬入前日に額縁屋さんに持ち込んで、なんとか額を間に合わせていただきました。(額縁屋の方々、無理を言いましたが、ありがとうございました!) あいもかわらず毎年同じ稲田の風景ですが、やはりこの風景の前に立つと、心がスーッとします。(ちょっと写真だと色が違って見えます。)ありがたいことに奨励賞もいただきました。でもまわりの人の作品のレベルが年々上がっていて、深く反省。もっとがんばろうと思いました。
November 27, 2011
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24、25日と東京へ、息子の大学の学校祭を見物して来ました(親ばかですね)。ジャズオーケストラのサークルに入っているので、それが聞きたくて。学校祭は25日からだったので、24日は岡本太郎記念館や、森美術館を見て回りました。岡本太郎記念館では、ちょうど好きな作家ヤノベケンジの「太陽の子・太郎の子」という展覧会をやっていてうれしかったです。森美術館は、「メタボリズムの未来都市展」という建築関係の展覧会で、偶然にも万博会場の模型なども展示されていて、関連性がありました。森美術館の展望台から、東京タワーのライトアップなど、すばらしい夜景も見ることができました。息子の演奏は、ピアノなのでバンドの中では裏方の方で、よくわからなかったのですが、友人たちとのコンボではソロ部分があったにもかかわらず、ぱっとしなくて、後で聞いたら、いきなりメロディが頭の中から消えてしまったとのこと。そんなこともあるんだと思ったことです。まあ、息子が大勢の友人たちと楽しそうにしているのを見て、よかったよかったと思って帰ってきました。
November 27, 2011
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京の夏の旅というキャンペーンが9月30日までということで、平日お休みを取って、出かけて来ました。このキャンペーンは、瀟洒な洋館から数寄屋建築まで、京都に残る魅力的なお屋敷や、画家や茶人が作り上げた趣の異なる様々な庭園などの文化財が特別拝観できるというものです。駒井家住宅/白沙村荘 橋本関雪記念館/南禅寺大寧軒並河家住宅 並河靖之七宝記念館/木戸孝允旧邸・達磨堂/下鴨神社 本殿・大炊殿が、会場です。1日では全部回れないので、白沙村荘・橋本関雪記念館と、並河家住宅・並河靖之七宝記念館と、木戸孝允旧邸・達磨堂を見てきました。銀閣寺の近くにある白沙村荘は、東山の山々を借景に、建物も含め、橋本関雪が、こつこつと設計した広い庭園が見事でした。制作を行っていた大画室「存古楼(ぞんころう)」に上がり、作品を見たのですが、動物がとても生き生きと描かれていて感動しました。関雪の持仏で重文の地蔵菩薩も公開されていました。次は、並河家住宅。地下鉄の東山駅の辺です。並河靖之は、明治・大正に活躍した七宝家で、海外で高い評価を受け、国内に残る作品は少ないといわれている人です。古い建物が残る路地に面していて、それほと大きい敷地ではありませんが、中に工房もあり、そこにあった昔の七宝焼きの炉がたいへん素朴で驚きました。その窯で、京友禅のような繊細な作品を焼いていたとは信じられないほどです。ここの庭も琵琶湖疏水から水をひいた池が家の下にまであって、風情のある造りでした。最後に木戸孝允の旧宅。とはいえ、残っているのは離れだけだそうです。幕末の志士であり、明治政府でも活躍した人の建物としてはわりと質素な造りでした。でも明治天皇が木戸を見舞いに行幸したというありがたい場所だそうです。鴨川のほとりなので、さわやかな景色が眺められるところがよかったのでしょう。私たちも三条から鴨川沿いにぶらぶら歩いていって、人や鳥が思い思いに過ごしている様子を楽しみました。このイベントでは、各会場にボランティアの方が、平日にもかかわらず、5,6人はいて、見学していくと、それぞれの場所で説明をしてくださいました。そういった方たちのお話もおもしろかったです。京都は街中が史跡のようで、それほど広くもないので、自分たちで迷いながらも回っていくのは楽しい旅でした。平日でもけっこう観光客がいる理由も納得です。これが土日だったらすごい人で、たいへんだったかもしれませんね。
September 29, 2011
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敬老の日、カメラ屋で仕事をしている娘が、「おじいちゃんたちの写真を撮ろう」というので、ちょうど東京から帰省してきている息子も連れて出かけました。写真のスタジオの予約まで時間があったので、体は不自由になっても、新し物好きな父を連れて、名古屋市科学館へ。プラネタリウムは無理と思っていたのですが、車椅子で障害者手帳を持っていたら、つきそい2名も含めて無料で予約なしでも入れますと言っていただけました。今回は5名での団体行動でしたので、辞退しましたが、これならいつでも見に行けそうです。東山動植物園や、名古屋市美術館の常設展なども同様に、障害者手帳のある人は、付き添い2名まで無料で一緒に入ることができます。「まあ税金払っているんだから、出かけられるうちに、あちこち行こうね」と、父に言ったことでした。昼食は栄の豆腐料理「梅の花」へ。ここは本来は靴を脱いで座敷に上がるシステムですが、車椅子用に横にスロープの入り口があって、お店の人が車椅子の車輪を拭いてくれ、そのまま上に上がって中のテーブル席まで案内していただきました。その後、娘のいるカメラ屋へ。敬老の日ということで、大きな写真を無料で取ってくれるそうなのです。娘もアシスタントでいてくれて、和やかな雰囲気でした。カメラマンのお兄さんが気をきかせて、娘も入れてくれ、家族全員の写真ができました。子供が大きくなると、なかなか家族一緒の写真を撮ることもないので、今回はいい機会でした。1年に1度ぐらいは、こんな風にそれほどかしこまらず、ちょっとお出かけぐらいの格好で家族写真を撮るのもいいなあと思います。こうして自分の親と家族写真が撮れるのも、あと何回だろうと思うと大切な記念です。
September 20, 2011
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日曜日は、台風の影響の雨の中、『ドンが聞こえなかった人々~より』手話朗読劇を見に行って来ました。聴覚障害があるために、普通の人でも困難を極めた戦争中、今のように障害者に対する配慮もない中、苦労して生きてきたこと、そして長崎で被爆したときの様子などを、朗読とともに、手話を使いながらの演技で表現したものです。会場には障害者らしい方たちも大勢来ていらして、あちこちで手話で、本当に普通の会話のように話している光景が見られました。演ずる杉野実奈さんは、聴覚障害者の施設で働いていて、そこに入所している方たちから戦争の話を聞いたり、また、写真集「ドンが聞こえなかった人々~」に出会ったことで、これまで怖いからと目をつむっていた戦争というものに向き合い、戦争の悲しさを伝えていこうと決心したのだそうです。初めは一人の小さな願いだったものが、杉野さんの強い思いと行動力で徐々に形になり、「ドンが聞こえなかった人々~」の中の話を選んで、杉野さんがまとめて劇の形にし、戦後60年の年に上演されました。これまで名古屋や韓国で上演されていましたが、今回初めて出身地、一宮で上演することができたのです。劇の中の手話は、なんだか演技の一部のようで、とても自然でした。障害があろうとなかろうと、誰にとっても戦争は悲しくつらいということが強く伝わってきました。劇の後は、杉野さんたちがやっている音楽活動ウィッシュ・ブレスのコンサートでした。これも手話で歌うボーカルさんがいるグループです。なんと「いちみん」くんも登場し、短い手で手話をやってみせました。最後はみんなで「翼をください」の繰り返しのところを手話で一緒に歌ったりして、おおいに盛り上がって終了しました。公演を見ていて、いろんな手話があるのかもしれませんが、この日見た手話は、身振りに近い、とってもやさしい動きで、きれいだなあと思いました。
September 5, 2011
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東海地方直撃かと思われた台風が、なんとかそれた土曜日。チケットを取ってあった野村萬斎が出演する狂言を見に出かけました。直撃はなくとも、とにかく風が強く、雨も朝はまだでしたが、だんだん降ってくるということでしたので、緊張して出発。一緒に行く友人が、能楽堂まで、地下鉄駅からだとちょっと歩くから、バスの方がいいと調べてきてくれたので、珍しくバスに乗ることに。おのぼりさんのように、名古屋駅の観光案内所で、能楽堂に行くバスを聞くと、「メーグル」という観光バスを教えてくれました。名古屋駅から産業記念館、名古屋城、徳川美術館、二葉館、テレビ塔などをまわって、200円で1周してくれるものです。あいにく台風で、営業しているのは、徳川美術館と、市政資料館だけだったので、お客さんはほとんどいなかったですが、それでもバスの運転手さん自らが、運転しながら(!)観光案内をしてくれました。さて狂言の方は満席状態。にぎわっていました。演目のひとつ、蝸牛は、NHKの「にほんごであそぼう」でもおなじみとか。確かに太郎冠者をだまして、山伏が自分が探している蝸牛であるといってほら貝などを見せて納得させるところや、ふたりして「でんでんむしむし」とはやしながら行くところなど、とても楽しいお話でした。次の二つは人気の萬斎の出演でした。月見座頭と、吹取です。月見座頭は、座頭が虫の音に聞き入るところがしみじみした雰囲気の話で、狂言にもこういったタイプのもあるのねと思ったことです。最後の吹取は、観音菩薩のお告げで、月夜に五条橋のたもとで笛を吹くと、妻がを授けようと言われた男が、笛の吹ける友人に頼んで、代わりに笛を吹いてもらう・・・というお話です。本当に衣をかついだおんなが現れるのですが、笛を吹いていた友人に寄り添ってしまい、なんとか自分にむけようと騒いでいたら、衣が落ち、その顔がいまいちだったので、今度は押し付けあって逃げ出すという、現代に置き換えても充分コメディができる内容で、おおいに笑いました。萬斎さんが本当に自分で笛を吹いたのもなかなかよかったです。さすがですね。すっかり舞台を堪能した後は、台風もまだ近づいているということで、まっすぐ帰ることに。とはいえ、行きのメーグルにすっかり気をよくした私たちは、わざわざ遠回りになる方のバスに乗り、名古屋駅まで1時間、すっと観光案内を聞きながらもどってきたのでした。土日は1時間に2本ほど、平日は1本ですが、なかなか便利でいいですよ。
September 4, 2011
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お盆休みに、実家の両親、妹たちを車に載せて醒ヶ井へ行きました。すっかり体が不自由になって、一人であちこち行けなくなった父を、主人が時々ドライブに連れ出してくれるのです。今回は、養老から醒ヶ井へのドライブです。平田にある道の駅で休憩し、馬飼大橋をわたり、どんどん西へ。養老山脈のふもとを走り、関が原の方へ抜けました。主人は趣味で自転車で遠くまで走るので、高速などの大きな道路は使わず、昔の街道のような道を行きます。ほとんど車の来ない堤防道路や、古い家の残る集落、杉並木の間など、のどかなよい景色が続いて、みんな大喜びでした。関が原のあたりからは、中山道の宿場町をいくつか通っていって、これもまた風情がありました。いろいろ観光できるように整備されていて、また歩いてみたいと思いました。醒ヶ井では、ちょうど梅花藻の花が見ごろで、これもよかったです。お昼は落ち着いたお部屋でにじますを食べました。席が和室にテーブル席で、足の不自由な父には助かりました。父とお出かけをすると、まず気になるのは、車椅子が通れるかと、身体障害者用のトイレがあるかです。女ばかりだと、介助するときに男性トイレまで入って行きづらいので、障害者用トイレがあると助かります。最近は公共施設や、道の駅ならたいていあるので、そういう場所を予定に組み込んでいきます。ご飯を食べるときも、なるべく靴を脱がず、車椅子でそのまま行けるところを探します。あと、ある程度父が食べやすいもので。車椅子は便利でも、意外と、ちょっとした段差がネックになります。この辺も注意して行きます。あちこち行くたびに学習していって、だんだんスムーズにいけるようになりました。周りに車椅子の人がいないと、なかなか意識しないことですが、こうして父を介護するようになったら、いろいろとわかりました。こうした情報がもっと手に入りやすくなると、いいなあと思います。
August 16, 2011
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息子が昨年の2月にプログラミングの大会に行きました。そこで知り合ったのがワイルズ君です。(ワイルズというのはハンドルネームで、普通に日本人ですよ。)その前の年に、やはり同じ大会で知り合った子と同じ高校の友人だったということで親しくなったそうです。いまどきのことなので、大会終了後もツイッターなどで連絡を取っていたようです。息子がある日「ワイルズ君は白血病で入院していて、病院から外出許可をもらって大会に出てきていたんだって」と、驚いて話してくれました。その時は、「大会に出てこられるくらいだから、だいぶよくなっているんじゃない。」と思っていました。たまたま近くで悪性リンパ腫や白血病になりながら、元気になった人を二人見ていたからです。息子にも、「きっと元気になるよ」と、話していたのですが、残念ながらワイルズ君は半年後の8月1日、亡くなってしまったのでした。T細胞型急性リンパ性白血病だったそうです。友人からの連絡で知った息子もショックだったでしょうが、それを聞いた私もショックでした。高校3年生まで育てた、それも情報オリンピックの全国大会に出るような優秀な息子さんを失ってしまった親御さんの気持ちを思うと、いたたまれなかったからです。息子は受験の下見に東京へ行った折に、共通の友人とともに、お家へお参りに寄らせていただき、とても歓迎されてきたようです。ご両親にとって、たった一人の子供さんだったそうです。お母さんが、息子さんのツイッターを受け継いでいらしたので、フォローさせていただきました。たいていは元気にしていらっしゃるのですが、時々本当にやりきれない思いをぶつけていらっしゃるときもありました。私はなにもコメントできなくて、いつも黙って読んでいるだけでした。ワイルズ君は自分の闘病記をずっとブログに書いていました。読んでみると、本当に明るく前向きに生きていて、たった17歳なのに、どうしてこんなにりっぱなんだろうと思います。最後の方では病院の検査の数値から自分の置かれた状況を冷静に判断し、死を受け入れ、準備をしていました。お父さんやお母さん、まわりの人たちにあてての遺書も書いていました。こんないい子がどうしてとしみじみ思いました。そして思ったのです。今、日本の福島周辺で放射線にさらされている子供たちが大勢います。そして将来、この子達の何人かがこの被爆によってガンになってしまったら、こうして悲しむ親御さんが何人もできてしまうことになります。そんなことにならないように、早くなんとかならないのでしょうか。心から祈ってしまいます。一周忌に、お母さんがワイルズ君のブログをまとめ、文芸社から本になりました。「ワイルズの闘病記 」という題名です。機会がありましたら読んでみてください。ブログも同じ題名です。こちらはワイルズ君の後を、お父さんが続けていらっしゃいます。
August 3, 2011
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6月に、八王子市夢美術館で開催されていた「ムットーニワールドからくりシアター2」を見てきました。ムットーニさんの展覧会を、15年ぐらい前に名古屋のパルコで見て、その叙情的な世界にすっかり魅せられました。一言でいえば自動人形です。テレビでも短い番組になって紹介されていたこともありましたが、再び展覧会を見る機会がなく、たまたま開催されるのを知って出かけました。 (うまく撮れませんでした。)展覧会は、けっこうたくさんの作品が並んでいて、すべての作品が順番に動くようになっていました。ちょうど明日が最終日という日だったので、人もそこそこ多く、観客は塊となってひとつずつ横へ移動しながら観覧していきました。途中、作者のムットーニさんの公演が1時間ほどあり、ムットーニさんの軽妙な語りとともに、一部屋にある作品を鑑賞することができました。寂しい部屋のむこうに自分と同じ影が浮かんできたり、二人でお茶を飲む部屋の壁が割れて宇宙基地のような光景が見えたり、華やかなキャバレーでのオーケストラの演奏があったりと、自動人形といっても、リアルな動きというより、一つ一つが、音楽と照明とで演出され、まるで舞台のようで、そこにドラマを感じることができるのです。今回は、昔見た作品も並んでいて懐かしかったです。八王子夢美術館での紹介http://www.yumebi.com/acv40.htmlムットーニさんの公式ホームページもあります。http://www.muttoni.net/index.html
July 29, 2011
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宿題をためた子供のようにブログをやっと書いています。もう少し自分に気合を入れなくてはいけないなあと反省しているところです。5月に富山県の入善町にある発電所美術館にいってきました。米どころらしく見渡す限り田植えをした水田が広がる車窓を眺めながらの旅でした。愛知県からでも遠いので、まず前日に北陸本線でふた駅手前の生地(いくじ)という町まで移動しました。生地は黒部川扇状地の伏流水がいたるところで湧き出している水の豊かな町で、湧き水を清水(しょうず)と呼び、町の人たちが洗い物ができるような共同洗い場があちこちに作ってあります。そういった清水や、昔ながらの街並みを見て回りました。 共同洗い場 案内板はハンドルを20回まわして発電してからボタンを押すとと案内が流れるしくみです。 黒部漁港の入り口にある生地中橋。漁船が海から帰って来ると、橋が一方を基点に回転して船を通してくれるしくみになっています。そんなに何回も通るわけではないでしょうが、けっこう時間がかるのに、そのたびに遮断機が降りて通行止めになるので、住んでる人はたいへんかもしれません。 泊まったのは生地温泉たなかや。りっぱなお庭のある旅館で、お茶室までありました。翌日JRに乗って入善駅まで。そこから美術館までは隔日で動いているコミュニテイバスもあるそうですが、あまりに本数が少ない上に、列車のダイヤと連動していないので、みんなタクシーで行くそうです。美術館の案内自体にタクシーとかいてあるぐらいです。料金は約2000円!大正15年に建設されたレンガ造りの水力発電所を再生した「発電所美術館」 1995年4月にオープン。大正時代の古い建物と、発電所というメカニックな部分を残しながらの展示室は、著名なアーティストたちを引き付け、作家がそこに滞在して制作し、展示するといった現代アートの企画展を中心に開催し、注目をされていました。見に行ったときは所蔵品展でしたが、アーティストのラインナップもおもしろく、十分に見ごたえのあるものでした。 美術館館内 展示室ロフト部分から1階を望む 展示室に残る導水管昨年の夏には、以前豊田市美術館で見て感動したヤノベケンジの展覧会をやっていて、展示室に毎日洪水を起こしていたとか。さすがもと水力発電所だけありますね。見たかった!なんでもこれまでずっと企画をしていた学芸員の方が今年の春辞めてしまわれたとか。箱がいくらあっても美術館は優秀な学芸員がいてこそ魅力があるもの。これからが少し心配な発電所美術館でした。
July 27, 2011
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以前、さつき会という絵の同好会でお世話になっていた、後藤泰洋先生の展覧会が、開催されていたので、見てきました。後藤先生は50年以上前から抽象的な絵画を発表していて、今でも一宮の現代アートの第一人者です。今回のこの展覧会は、ギャラリーるぼの企画で、後藤先生が一宮の美術展で市長賞(最高賞)をとった時の作品をはじめ、先生の若かりし頃の作品がたくさん展示されていて、ハートをモチーフにした作品で有名になってからしか知らない私にとっては、驚きがいっぱいでした。昔の作品と言われても、今の現代アートと比べてもなんらそん色がなく、とても新鮮でした。絶妙な配置、色彩感覚、今更ながら、後藤先生の美的センスのすばらしさ、偉大さを知った感じです。他の方とも、1960年頃にもうこんなすばらしい作品を、たくさん描いていて、どうしてもっと有名にならなかったのだろうと話したことです。後藤先生は本当に謙虚な方で、今でもいろんな人の表現から学ぶ姿勢を持ち続けています。その謙虚さゆえに、表舞台に出ることがなかったのかなと思います。でも今はあの原発の事故を受けて、何かを表現したいという気持ちにかられ、「フクシマのかげ」というテーマで毎日作品を描いているそうです。「これからは、これまでと同じ日本でなく、違った日本を創造をしていかなくてはいかん!」と、熱く語っていました。会場風景一宮美術展入賞作品 四角いモチーフは、2mmほどの細い塗り残しを作って四角く塗ったもの。 長いトレーシングペーパーのロール紙を1本使って描かれた作品。縞のように見えるのは、紙が水にぬれてゴワゴワしたところに、絵の具が溜まってできたもの。
April 23, 2011
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2月に東京に行ってきました。ちょっとゆとりがあったので、これまで行きたかったけどついでがなくて行けなかった所に行って見ました。まずは上野の森の美術館群へは行っても、足を伸ばすことのなかった東京大学へ。いや感動しました。ずっしりとした古めかしい洋館がずらりと並んでいて、まるでイギリスかどこかの町のよう。さすが歴史のある場所です。三四郎池へは木々の生い茂る中、細い道を下っていきます。するとポッカリと水鳥が遊ぶような池が現れました。少し低いので、周りの木に囲まれて都会の真ん中には思えません。森美術館前にある蜘蛛?の彫刻。展覧会は小谷元彦展「幽体の知覚」ちょっと恐怖の意識を呼び起こすような作品で刺激的でした。しかし森美術館の入り口がわかりにくくて。田舎者にはたどり着いて、帰るまでが大変なところでした。日にちは変わりますが、次は岡本太郎記念館。今年は岡本太郎生誕100年とかで、テレビドラマもありましたね。記念館は岡本太郎氏のアトリエ兼自宅だった建物を公開しているもので、館内中、作品がごろごろしていて、岡本太郎の空気に満ちていました。でも本当に住宅街にある普通の家なんですね。生誕100年ということで、太陽の塔の中にあったオブジェ「生命の樹」の精巧なミニチュアが再現されていました。単細胞生物から人類まで、進化の過程をたどる300体の生き物が一本の樹にびっしりと貼り付いているものです。本物は撤去されてしまったそうです。部屋にある作品の数々お庭にもいろいろ潜んでいます。植物なのかオブジェなのか。なかなかおもしろかったです。喫茶室もあるし、写真撮影もOKだし、いごこちのいい美術館でした。他にも都営荒川線に乗って巣鴨へ行ってみたり、新宿でベトナム料理を食べたりとぶらぶら楽しんで来ました。
April 19, 2011
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10、11日と、息子の大学の合格発表を見に、東京へ行っていました。ノコノコと娘も連れて発表を見に行き、下宿探しをしたりしていました。下宿も決まり、だいたいの用事は10日で片付き、11日は何しようかという感じになりました。息子が疲れたというので、ちょっとした手続きをするために大学へ行き、娘が行ってみたかったというカメラのお店に寄って、早めに帰ることにしました。新幹線の指定を早いのに変え、山手線で品川の駅に向かっていたら、あの地震に遭遇してしまいました。なんだか揺れるなあと思っていたら、車両がぐらぐらとだんだん激しく揺れ始め、とうとう照明も消えてしまいました。いつまでも揺れるので、電車から出ました。幸いひとつ手前の大崎まで来ていて、おまけにホームについていたので、すぐ降りて、品川に徒歩で向かいました。ちょうど路地に入ってきて人を降ろしていたタクシーがいたので捕まえ、品川駅まで行きました。そこで3時間ぐらいうろうろして様子を見ていましたが、余震も続き、電車が動きそうもなかったので、泊まる決心をしました。駅で知り合った女性の方が、一人で東京へ研修にきていて地震にあい、心細くしていらしたので、一緒に行動することにしました。みなで目の前に見えた品川プリンスホテルまで歩いて行ったところ、そこも営業を停止していて、宿泊客も全員1階に下りていました。でももうすぐ避難場所になるからということで、大勢の人を受け入れてくれており、私たちもロビーの床に座っていました。大きなテレビがあって、津波の様子を映していました。だんだん様子が見えてきました。やがて2階を開放してくれ、じゅうたんの敷いてある床に座ることができてほっとしました。とりあえずトイレも水も確保できたし、なんといっても暖かいのです。たまに余震はあるものの、電気もガスも水道もあるし、お店も開いているし、いつまでこんなふうに避難民なんだろうと思いつつ過ごしていました。でもずっと交通網は止まったままなので、だんだん人が増えてきました。後でテレビを見たら、都民の方でも帰宅難民になって、避難所や会社で過ごした人も多かったようです。私たちのいたホテルでも、制服の学生や、ランドセルの小学生もいました。9時半ごろ、館内放送で新幹線が動きはじめたと言ったので、子供たちを駅まで見に行かせました。なんとか乗れそうと連絡してきたので、駅で知り合った方と一緒に駅に急ぎました。列に並んで切符を受け取り、来た列車がこだまだったので迷いましたが、とりあえず乗ったところ、幸い新横浜で大勢降りたので、みんな座ることができ、無事に名古屋に12時半ごろ着きました。なんだか少し前まで、「帰れるかしら」と避難所で心配していたのが夢のような新幹線の旅となりました。私たちは、たまたま品川までたどりつけたので、動き始めた新幹線に乗ることができ、家へ帰ってこられましたが、ちょっと離れていたら、避難所で一晩だったでしょう。帰ってきて新聞やニュースを見るほどに、すごい状況だったことがわかりました。無事に帰ってこられて、本当によかったです。今回は地震の揺れだけでなく、津波の被害が甚大でした。地震は本当に恐ろしいです。何千人もの命があっという間になくなるということが、こんな身近でおきたとは信じられません。ほんの少しだけ体験したことで、被災地の人々のつらさ大変さに何かできることをと思い、今回は義捐金を送りたいと思ったことです。
March 12, 2011
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10月15,16日、直島を中心に開催されている瀬戸内国際芸術祭に行ってきました。7月に直島に行ったので、今回は他の島を回ることにしました。閉会が近いため、連日かなりの混雑になっており、特に島なので船に乗るのが大変という情報が出ていました。金、土という日程だったですが、行ってみたら平日にもかかわらず、メイン会場の直島に渡る船は、すごい行列でした。男木島、女木島方面は、それほどでもなく、予定通りに乗ることができました。高松から船で40分ほどで男木島に着きます。男木島は、急斜面に家々が並ぶ、小さな島です。港には文字をモチーフにした屋根に覆われたジャウメ・プレンサの作品兼案内所がありました。島の細い路地にも作品があります。男木島の家々をイメージした中西中井の作品です。幻想的な空間の中で、ゆらゆらと作品が動きまわり、竹などがカラカラと音を出す松本秋則の作品。男木島はちょっと佐久島に似た感じで、こじんまりとして歩きやすく、また立体的ないい風景でした。自分的には一番気に入った会場でした。鬼の洞窟の中にたたずむ、サンジャ・サソの人型をした作品。薄暗い中、もとからある、ひょうきんな鬼のマスコットより、うんと怖い。廃校を使った福武ハウス2010。現代アートのギャラリーたちが、各教室で作品を展示しています。島のあちこちにある、案内板。港の近くにある船のように見える禿鷹 墳上のピアノの作品。ちゃんと小さく曲が流れていました。女木島はなんと言っても鬼の洞穴がとっても印象大でした。レトロな鬼の人形を置くのではなく、本格的にアート作品を中で展示したら、迫力満点の名所になりそうです。2日目は直島の次に大きな会場、豊島へ。1時間前には港へ行って並んで、整理券をもらわないと船に乗れないと聞いて、朝はあわただしかったです。ですが臨時便が1隻出たので、なんとかそれに乗れました。豊島は広いのシャトルバスで移動です。そちらも臨時便がたくさん出ていて、便利になっていました。この芸術祭は、主催者側としても移動手段を確保するのがたぶん一番大変だったのではないでしょうか。いろんな人の心臓の音を収集して流し、心臓音に合わせて電球が明滅するクリスチャン・ボルタンスキー作品のための建物。人気で人が並んでいます。青木 野枝「空の粒子」佐久島にも作品がある作家さん。空をバックに見るときれい。島の湧き水が出る神社の横にありました。戸高 千世「Teshima sense」池に風で動くオブジェクトが浮かんでいて、風が吹くたびにクルクルと動いておもしろかった。港の近くに、空家を改装したレストランを開店。この空間全体がトビアス・レーベルガー作品。とってもカラフル。帰りの船も乗れるか心配だったので、早めに港へ行ったところ、ちょうど臨時便の整理券を配っていたので、それをもらい、1時間ほど早く帰ることにしました。豊島は広くて、作品もあちこちにあり、残念ながら全部の作品は見られなかったです。お天気にも恵まれ、船で移動したりして、非日常気分をたっぷり味わいました。いい風景の中で見るアートは、本当にキラキラしていました。これらの作品は、展覧会が終わったらどうなるのか、まだはっきり決まっていないと、会場にいたボランティアの人は言っていました。島の廃屋を使ったものが多いのだから、しばらくは残しておけるといいのにと思いました。
November 13, 2010
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現在地元愛知県では、あいちトリエンナーレ2010が開催されています。開催されるまでは、どこで何をやるのか、一般市民にはよくわからないし、知名度もいまひとつで、大丈夫かという声も多く聞かれました。8月21日の初日はまだまだ猛烈に暑かったせいもあると思いますが、長者町を通ったときも人影はまばらで、草間弥生の水玉もようがデコレーションされたプリウスに乗れる駐車場で、おじさんたちに「30分したら乗れるよ」と誘っていただいたほどでした。それはラッキーと30分で近くの無料の展示をを見てまわり、黒白の水玉のプリウスで、栄会場まで乗せていただきました。静かに走るプリウスを体験できた上、路上の人の視線を集め、ちょっとVIP気分でした。始まって約1ヶ月後、愛知県美術館へ行ったら、今度はなかなかのにぎわい。小さな子供の手を引いた家族連れや、若いカップルなどが、まるで遊園地に来たようにわくわくして展示室を回っていました。もちろんプリウスなどすでに夕方まで予約がいっぱい。繊細な展示で入場制限があるところなどは行列です。愛知県美術館はメイン会場なので、作品数が多い上、映像作品も多いので、しっかり見ると時間がかかるし結構疲れます。こういう展覧会は、様々な表現の作品があるので、素直に自分がおもしろいと思う作品だけじっくり見ていけばいいのではと思います。光の文字がスルスルと床を走り抜けていく曾建華の作品や、迷路のような中で木彫りの動物たちと出会う三沢厚彦 + 豊嶋秀樹の作品、草間弥生のド派手な花、ちょっとホラーな感じの志賀理江子の写真、オリバー・ヘリングの老人ホームかどこかでのお年寄りたちのパフォーマンスを映したユーモラスなヴィデオなどが私は印象的でした。さすがに世界で活躍している現代アートの作家だけあって、どれもインパクトがあって、展示してある会場の「場」の空気までも作品に変えている気がしました。その力強さが、コンペで参加している作家の作品とはワンランク違うところだと思いました。さてさらに約1ヶ月後、妹が長者町会場へ行ったら、連休のせいもあったのか、すごい混んでいて、なかなか入場できなかったとか。それぞれの展示会場自体が狭いせいもあると思いますが、そんなに賑わっているとは・・・これまで「現代アートってよくわからない」と思っていた人たちが、「なんかおもしろそう」と思って見に来たということでしょうか。難しいことはさておき、家族連れとかいろんな人たちが気軽に遊びに行ける展覧会ということでは成功したかもと思いました。
October 12, 2010
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「きゃー!!」と、夕方の我が家に響く娘の悲鳴!家の中とはいえ、何が起きたのか。声のする方に見に行くと、そこは玄関脇のトイレ。「どうしたの?」「今何かが私のひざの上にポトッて落ちてきて、ぞわぞわっと足を伝って降りていったの!」床には見当たらないけど、トイレの隅にある掃除ブラシの入れ物の後ろがあやしい。そっとどかしてみると、そこにはなんと「ヤモリ」!が。我が家の玄関ではよく見かけるけど、どうして家の中に?夏は虫が入るからと、玄関のドアはすぐ閉めるようにしているのに。他から入ってくるルートもありえないし。というのも、我が家は断熱効果抜群の高気密住宅。どこにそんな隙間が・・・とりあえずヤモちゃんは、おとなしかったので(空腹だったかも)、トイレットペーパーの芯の中に入っていただき、玄関から外に出してあげました。我が家では、玄関周りに出没するヤモリをヤモちゃんと呼んで、かわいがっていますが、家の中、それもトイレで遭遇するとはびっくりでした。まあ、ヘビでなくてよかったこと。我が家的大事件発生だったので、久しぶりに日記を書きました。はあー、溜めている日記も書かなくちゃ。ようやく暑さもちょっとやわらいで、復活してきました。
September 18, 2010
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着いた日が月曜日で、ベネッセハウスの美術館しか開館していなかったので、翌日、1日で地中美術館や、家プロジェクトを回りました。地中美術館は、モネの睡蓮と、ウォルターデ・マリアの大きな石の球体、ジェームズ・タレルの作品が展示してあります。モネの睡蓮は、それのために部屋を作ったというだけあって、入り口で靴を脱いでスリッパに履き替えて入った部屋は、床が一面に小さなキューブになった白い石が敷き詰められていて、まるで水の底にいるような雰囲気で感動しました。壁なども真っ白なせいか、けっこう明るい部屋で、睡蓮の色がきれいにひきたっていました。ウォルターデ・マリアの巨大な球体が大きな部屋にどーんと置かれた作品は、聖堂のように厳かな雰囲気でした。ジェームズ・タレルは、見る人が光の中に入る作品が、なんだかテレビの中に入ったような、不思議な空間で面白かったです。作品数は少ないのですが、どれも美術館の部屋の中に、細心の注意を払って展示してあるのが感じられ、空間全体を味わうことができました。そして家プロジェクト。直島の中でも古い建物が残る本村地区の建て物をつかって、現代アーティストたちが、作品を作り上げるプロジェクトです。「角屋」には、宮島達男による作品があります。「Sea of Time '98」は、薄暗い建物の中に入るとプールのように浅く水を張った中に、様々な色のデジタルカウンターが数字を刻んでいるものです。それぞれのカウンターの数字が変化するスピードは、地元の住民に呼びかけ、小さな子供から老人まで125 人の島民に設定してもらったそうです。設定した人の中にはもう亡くなってしまった人もいるそうで、カウンターだけがまるで星のようにまたたき続けていると思うと不思議な気持ちになります。ジェームズ・タレルによる「南座」は、真っ暗な部屋に通され、しばらくすると、目が慣れてきて、暗闇の向こうにほんのりと光を感じるというものです。タレルの作品はいつも非日常の光を体験させてくれておもしろいです。千住博の襖絵がはまっている、製塩業を営んでいたお屋敷跡「石橋」や、本物の花と見まごうばかりの木彫りの花が座敷に落ちている須田悦弘「碁会所」、元歯科医院の建物を、ポップなデコレーションでまるごと飾り付けた大竹伸朗の作品「はいしゃ」など、どれもわくわくする感動がありました。大竹伸朗は島の表玄関宮の浦にも、本当の銭湯をカラフルに飾りつけた作品を作っています。ここは普通に銭湯としても利用できるとか。今回は時間がなくて入れず、とても残念でした。1泊2日では少々あわただしかったですが、それでもベネッセハウスのゆったりとした空間や、スタッフの人たちの気持ちのよい応対、そしてすばらしい作品の数々に、浮世を忘れて非日常を過ごすことができました。まさしく大人のためのリゾートでした。ホームページはこちらベネッセアートサイト直島
July 20, 2010
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前々から行きたかった直島に、行ってきました。ベネッセハウスという現代アートの美術館のある瀬戸内海の島です。岡山まで新幹線で行って、そこから高松行きの快速に乗り、途中で乗り換えて、宇野駅まで。そこからフェリーに20分ほど乗っていきます。やはり島はなかなか遠いです。着いた直島の宮の浦港は、なかなかおしゃれなターミナル。隣の公園に草間弥生の赤いかぼちゃのオブジェが迎えてくれます。ギマランイスによる瀬戸内国際芸術祭ための観光案内看板も設置されていました。(瀬戸内国際芸術祭は7月17日からでした。)ベネッセハウスについて、まずは野外作品を見て回りました。蔡国強の「文化大混浴」は敷地内で風水的に気の集中する場所に、中国風の奇石を立て、それらの真ん中にジャグジーバスを配し、五種類の漢方薬をつけたその湯に混浴するというもの。道から降りていくと、海をバックに細かい穴が無数に空いた岩が立ち並んでいて、それだけで不思議な空間になっていました。お風呂は入れる曜日が決まっているので、今回は蓋がしてありました。広い敷地内を歩いていくと、芝生の広がるビーチにはニキ・ド・サンファールのカラフルな作品が点々と展示してあります。桟橋の端には、もう直島のシンボルといっていいほどの草間弥生の黄色いかぼちゃのオブジェ。他にも大きな石の球体やら、難破船のようなボートやら、がけに設置された写真やら、いろんな作品が豊かな自然の中に点在しています。美しい風景をバックに、どの作品も輝いて見えました。夕方ホテルに入りました。ベネッセハウスは、美術館の中にホテルがあります。泊まったのはベネッセハウス内にある4つのホテルのうち、オーバルというホテルです。そこは、下のミュージアムから6人乗りのモノレールに乗って上がった、山の上にあります。オーバルは楕円形のドーナッツのようなホテルで、真ん中にプールがあります。夜のライティングが幻想的です。ホテルの各部屋には本物の美術作品が飾ってあります。建物はどれも安藤忠雄氏の作品で、その建物と作品のコラボレーションも見ものです。その空間にどんな作品を入れるか。作家の選択があり、さらに作家は場を見て考え作品を作ります。どの作品もその空間にぴったりと調和しているのでした。そこで宿泊していると、夜の美術館を回ることができて、雰囲気を楽しめます。閉館後の暗くなった部屋で、ブルース・ナウマンの「100生きて死ね」がチカチカと光るのを一人で眺めることもできます。ミュージアムギャラリーツアーに参加しました。ホテルの人が1時間弱、建物の中の作品を案内して回ります。単なる作品解説というよりは、作家の素顔や作品制作の様子など生き生きとした話題で、とても楽しめました。パークの方のギャラリーツアーでは、台風が近づくと桟橋のかぼちゃを大人6人がかりで移動する話など、スタッフの人の裏話なども出ておもしろかったです。翌日は、同じく直島のアートサイト、地中美術館と、家プロジェクトを回ったので、それについて書きます。
July 19, 2010
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一宮に妙興寺というお寺があります。森の少ない一宮にあって、そこは木々がうっそうと茂っていて、一歩境内に入ると空気が違っています。森の中に仏殿や三門、勅旨門などが立ち並び、その周りにはいくつもの塔頭がひっそりと建っています。臨済宗妙心寺派の禅寺で、一宮市きっての名刹といっても過言ではありません。ここには全国でも数少ない雲水さんの修業道場があるのです。先日(といっても4月)いちのみや大学という市民大学の講座でこの修行道場の見学をしました。本堂や庫裏がある低い塀に囲まれた中に道場はあります。入り口の小さな門には「ここより拝観・見学は御遠慮願います当山」という看板が。そこをくぐって庫裏の広い土間から靴を脱いで上がります。薄暗い土間を抜けて本堂へいくと、開け放たれた縁側からりっぱな枯山水が見えました。まずは座禅の体験。簡単に説明を受け、できる範囲で足を組み、10分ほど2回座ってみます。いいお天気で風もさわやか、目を閉じていると鳥の声が聞こえてきました。それから老師様のお話をお聞きし、お抹茶をいただきました。粗末な衣を着た初々しい雲水さんたちが、いそいそとお菓子やお茶を運んでくださいました。その後は二手に分かれて説明係の雲水さんに連れられ、中の見学です。雲水さんたちが寝泊りする禅堂では、本当に1人分が畳一畳分しかないのを見、1枚のふとんにくるまって寝る話やら、暖房が火鉢だけと言う話、夏は蚊が入り放題(網戸がないから)という話にみんな驚くばかりでした。また台所にいけば、かまどがあって、薪でご飯を炊く話にまたまたびっくり。もちろんお肉などは出ないし、そもそもお米や野菜も托鉢で集めてくるのです。今の世の中で、修行とはいえ、若い人たちがこんな昔風の生活をしていることに感動しました。ひと昔の雲水さんなら、家でも同じような暮らしをしていたから、それほどギャップはなかったでしょうが、今の現代っ子の雲水さんにとっては、これまでの生活とあまりにかけ離れていて、本当に大変なんじゃないでしょうか。雲水さんは、だいたいは実家がお寺さんの人が多いようですが、時には定年退職してから出家して修行に来る人もいるそうです。参加した人たちは、雲水さんが若くて気さくなのをいいことに、いろんなことを質問しまくっておりました。そして、雲水さんたちが、まじめにがんばって修行している姿に感動したのでした。境内を後にしてからも、しばらく興奮が冷めやらぬ体験でした。道場内部の写真は一応掲載不可ということでしたので、外から見た建物だけ掲載します。これは庫裏の入り口です。
June 18, 2010
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今日から梅雨入りです。このところずーっといいお天気だったので、なんとなく庭の草花の元気がなくなっていたような。雨もまたいいものです。さてまた思い出し日記です。5月の連休はいいお天気が続きました。2日の日に、美濃加茂にある中山道、太田宿界隈で開催されたアートイベントに行ってきました。太田宿は、木曽川沿いに脇本陣をはじめ、造り酒屋や、昔ながらの商店、旧銀行や旧郵便局など、古い町並みが残っていて、いい雰囲気の道です。その建物を生かした喫茶店や家具工房、蕎麦やなどもあります。 脇本陣林家 レトロな商店そんな町のあちこちで、町屋アート「川のほとりのいろかたち」「文化の森ギャラリーin太田宿」きそがわ日和クラフトマーケット、オープンカフェ眞坂雅文の記憶展(ゆかりの故人、彫刻家の展覧会)などが繰り広げられました。なんといっても木曽川のほとり緑のあふれる町です。連休で、行くまでの道のりはけっこう渋滞もしていたのですが、現地は人もぼちぼちで、のんびり。○○日和という言葉がぴったりのイベントでした。 家具工房の部屋の中から木曽川堤防を見るもらったチラシを手に、空き家になった民家に入り、おしゃれな工房の建物に入り、オリジナル弁当を買ってオープンカフェ(たんなる木曽川の河川敷)で食べたり、懐かしい感じの喫茶店でお茶をしたり、ぶらぶら過ごしました。コクウ珈琲で展示していた小川友美さんの版画。白いしっくい壁に、朱赤で刷られた版画の花がとってもぴったりしていました。 旧郵便局を改装したシックなコクウ珈琲その後、みのかも文化の森の「文化の森ギャラリー2010」という野外展覧会を見ました。広い公園のあちこちに作品が展示してありました。森が広すぎて、作品が「どこ?」なものもけっこうありましたが、作品自体がきっちりきれいなものは、自然の中にあっても光っている気がしました。なんでも野外に飾ればいいのではなくて、その場との調和を考えて作品を制作、展示したと、もう少し感じられるとよかったのにという気がしました。帰り道に以前から話に聞いていた岐阜県加茂郡川辺町にある養老軒という和菓子やまで回り道をしてみました。ふわっふわのフルーツ大福がおいしいと評判のお店です。国道41号線沿いとはいえ、けっこうな田舎にポツンとあるお店だったのですが、そばまで行ったらすごい車。小さなお店の中で人が行列でした。こんなところに人が集まっていたのかとびっくり。けれどせっかく来たので並んで買いました。大福の中身にあんと生クリームとフルーツが入った本当にかるーい感じのお菓子でした。すぐ食べてしまって写真がないのが残念です。
June 14, 2010
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ため日記更新中です。古い話ですみません。4月の日曜日、栄のナディアパークのロビーで、ラテンアメリカフェスティバルが開かれました。名古屋を中心に活躍するプロ、アマのラテンアメリカ音楽・ダンスのグループが大集結して、朝から夕方まで次々と演じるのです。私の勤めている会社には、青年海外協力隊でボリビアに行っていた若い子がいます。彼女は帰ってきてからもボリビアのダンスを続けていて、「私が習っている教室も参加するんです。」とチラシをくれました。そのダンスはボリビアのカーニバルで踊るんだそうですが、「ブラジルのカーニバルのような露出の多い衣装とは全然違います!」と、日ごろ言っていました。ボリビアンダンスの出演は昼ぐらいだったので、その頃に出かけていったのですが、会場の舞台の周りにはすでに人垣ができてにぎわっていました。ラテンアメリカの芸能ということで、おなじみのフォルクローレのグループを中心に、ボリビアンダンス、アルゼンチンタンゴ、サルサのようなダンスや、ハープのようなアルバという楽器の演奏などが次々と行われていました。お目当てのボリビアのダンスは、さすがお祭りの踊りだけあってノリがよく、観客も手拍子を打ったりして盛り上がっていました。彼女の言っていた踊りはけんか祭りの踊りだそうで、動きが激しく、「ボリビアの高地で踊っていると息切れして大変なんですよ。」だそうです。ボリビアの首都ラパスは4000mの高さにあるそうですから、ちょっと想像もつきません。高地仕様なので寒くないように長袖で、スカートもけっこう長く、かわいらしい衣装でした。なんにつけても本物の音楽や踊りは迫力があってよかったです。すっかり気に入って、CDとアルパカのちいさな人形を買って帰りました。そのフェスティバルのようすは、HPに出ています。ユーチューブで動画になっています。http://pukio.web.fc2.com/1er_festival_latinoamericano.html アルパカの大きな人形(人も乗れそう)ボリビアンダンス(これはけんか祭りとは別の踊り)
June 13, 2010
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(日記をずいぶんためているので、ちょっと前のことになりますが)ゴールデンウィークの初日、家族で伊那方面にドライブに行きました。5連休を控えた29日だった上、天気もいまいちという予報だったので、中央高速も混むことなく、快適にいけました。雨も午後からは上がり、日も差してきてちょうどいいい行楽日和でした。まず伊那食品の本社のある「かんてんパパガーデン」に行き、お庭を見たり、寒天の使われた料理を食べたりした後、寒天製品などの買い物しました。寒天を使ったゼリーやプリンの素、スープ、麺、雑炊などがいろいろあっておもしろかったです。帰りに、清内路という村に寄りました。花桃で有名な村だそうで、ちょうど新聞に記事が載っていたので行ってみたのです。中央道の園原インターから、木曾谷と伊那谷を結ぶ道をしばらく行った、本当に山などは昔はすごい峠道だったと言っていました。その村では、花桃(ハナモモ)という、一本の枝で赤、白、ピンクの三色に咲き分ける木が村中に植えられていて、一斉に咲くのです。明るい日差しの中、道路沿いから、山の中腹、村の家のあちこちで満開で、それも桜のような淡い色ではなく、ショッキングピンクのような鮮やかな色の花がびっしりと咲いていて、まるで桃源郷のようでした。まだそれほど大勢人も来ていず、山に囲まれた素朴な感じの村でした。いつまでもこのままの雰囲気でいて欲しいなと思ったことです。
June 8, 2010
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ちょっと間があきましたが、碧南市編 その2です。碧南駅のすぐ近くに、碧南市藤井達吉現代美術館がありました。平成20年にできた新しい美術館ですが、なかなか画期的な展覧会を企画して注目を浴びているところです。私も名前を新聞などで知る機会はあったのですが、なかなか来られませんでした。だいたい藤井達吉という人自体知らなかったのですが。行ってみたらちょうど新収蔵品展で、寄託された大正期の代表的な作品群である西郷コレクションと、新たに寄贈された山本牛介コレクションと、既に収蔵されている藤井達吉の大正期の工芸作品をまとめて見ることができました。藤井達吉は、主に大正期に活躍した美術工芸家で、生活の中で使われるようなお盆や皿、屏風、着物などを、金工、七宝、木工、染色、紙、陶器など様々な技法を用いて作った人でした。刺繍などもあったそうです。それぞれの伝統工芸の高度な技術を追求するというより、文様のデザインに力を入れている感じがしました。木のお盆に螺鈿や金属などで、草花や虫などを装飾的に大胆にデザインしたものなど、とてもモダンで現代の工芸展にあってもおかしくない新鮮さで感動しました。すっかり展示を堪能したのち、美術館のまわりに立派なお寺や古めかしい工場が見えたので、歩いてみました。立派なお寺は西方寺という真宗のお寺。太鼓堂は新民序の校舎で、碧南の学校教育の発祥の地だそうです。工場は愛知県民には有名な九重味醂の会社。時代館では、安永元年(1772年)創業以来の味淋醸造に関する道具類や古文書類を展示。また、国登録文化財の大蔵の見学もできるそうです。他にもりっぱな黒板塀の建物があり、レトロな洋館もあり、なかなか風情のある町でした。
May 8, 2010
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3月のとある日、碧南市の哲学たいけん村無我苑というところに行ってきました。新聞で見た美術展の評がよかったので見たくなったのです。「立ち現われる空間」久野利博 展です。地元中日新聞で、元名古屋市美術館学芸課長だった方山脇 一夫氏の評が好きです。現代美術がご専門のようなのですが、とかく現代アートの評は、観念的で抽象的なものが多い中、山脇さんの文は、身近な表現でわかりやすく、興味をそそられるのです。そんなわけで、3月の春分の日に、愛知県の地方都市、碧南市へと、電車を乗り継ぎ、1時間半かけてもよりの駅に降り立ちました。そこからの交通機関が「タクシー(所要時間・約7分)又はくるくるバス(無料市内循環バス)が便利です。」とあったのですが、なんとくるくるバスは、1日に5本しかないしろもので、とても使えません。仕方なくタクシーで1000円払って哲学たいけん村へ行きました。ところがです。タクシーを降りて入り口へ行ったら、本日休館とあるのです。普通、観光施設なら、いくら月曜休みでも、祝日は営業して翌日お休みというのが常識でしょう?唖然としてたたずんでいたら、中から警備の方が出て見えました。「すみません、祝日だったら営業じゃないんですか?」と聞くと、「祝日の振り替えで月曜日が休日の時は営業するけど、ぴったり祝日の時は休みなんですよ」とのこと。遠路はるばる来たのにと思いつつも、警備の人では仕方なく、すごすごと駅まで歩いて帰りました。使えない公共機関しか足のない公共の施設。いったい何を考えているのでしょう?おまけに祝日休みの美術館?なんて。はあー・・・そんな悲しい話を家に帰ってしたら、主人が翌週車で連れていってくれました。今度は無事、展覧会最終日に見ることができました。久野利博さんは、衣食住に関連した古い生活用具を使って空間を造形する作品で知られた方だそうです。今回もお玉やお茶の葉など、日本の昔ながらの暮らしをイメージさせる物々で作品が構成されていました。また、過去の国際的な展覧会で発表された作品のデッサンや写真なども展示してありました。これらの作品は、久野利博氏について書いた山脇一夫氏の文を読んで見ると意義が理解しやすいですが、展示室という空間で見るとちょっと難解な感じでした。半月ほど前に、愛知アートの森というイベントで、常滑市の古民家の座敷で発表された作品はよかったと友人から聞きました。展示する場所が大切かもしれません。
May 4, 2010
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今年は以前から行ってみたかった吉野の桜を見に行きました。下千本・中千本・上千本・奥千本とあるので、とりあえずどこか見所があるだろうし、なんか見渡す限りの山があって、そのあちこちに桜がいっぱい咲いていたらいいだろうなと楽しみでした。百人一首の歌にも出てくる、人里離れたひなびた風景のはずでしたが・・・名古屋からはバスのツアーで手軽に行けるのです。吉野に着いたら平日なのにすごいバス、駐車場にいっぱいです。そして人、人、人。沿道にはお店がいっぱい。いやー観光地なんですね。本来は吉野は修験の場であり、桜は御神木ということで植えられたものだそうです。しかし便利な世の中になって、簡単に行けるようになったため、バスの入れる下千本から、歩いていける中千本までは、人をよけて歩くほどの人ごみで、俗世でした。がんばって上千本まで歩けばよかったかもしれませんが、沿道沿いの古めかしい葛や和菓子屋、薬屋さんについつい引かれて見ているうちにバスの時間が来てしまい、行けなかったのです。それでも沿道の両側は低く谷になっていて、お店の裏側は、中庭のような小川や畑が下にあって風情がありましたよ。まあ桜でない季節、秋あたりは、もっとひなびていい感じかもしれません。そんな頃、ゆっくり奥吉野まで歩いてみたいです。肝心の桜は、なんと少し前の雨と風で中千本までほとんど散ってしまっていて、花のガクと葉っぱがピンクに残るばかりでした。帰りのバスの車窓の方が、田舎の風景に桜が満開に咲いているのが見えて、同じツアーの人たちも、「下の方が桜が咲いてるぐらいだね。」と言っていました。桜の種類が違うのか、山の風がよほど強かったのか、何だったのでしょう?名古屋は香流川の満開の桜です。(2010.4.4撮影)
April 30, 2010
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あっという間に桜が満開になっています。忙しい忙しいと言っているうちに季節がどんどん進んでいきます。春休みもあとわずかという時に、子供たちと奈良へ行ってきました。いつも奈良公園で鹿と遊び、奈良町を散策して一日が終わってしまうので、たまには1泊と思ったのですが、子供たちもいろいろと予定があって、結局日帰り。がんばって西の京の唐招提寺とか、斑鳩の法隆寺あたりも行ってみたいなと思いつつも、やはり奈良公園周辺で終わってしまいました。それでも桜の見ごろか平城遷都1300祭のイベントか、ものすごく込み合う東大寺周辺をなるべく避けて、春日大社の森を歩いたり、奈良町の横道をうろうろしたりして、のんびりした一日を過ごしました。街中にたっぷり自然があっていいですよね。野性の鹿も歩いているし。鹿せんべいも1000円ほど買って(一束150円です)、鹿にいっぱいあげました。(ただし、係りは息子。女性陣は、襲われているのを、まわりで笑っている人でした。)日ごろ運動不足のところを山ほど歩いたので、子供たちすら「疲れたー」と、帰りの列車の中で音をあげていましたが、ついつい歩けてしまうのが、奈良の魅力ですよね。リフレッシュして来ました。 奈良町資料館の身代わり猿。 二月堂にて。あちこちで桜が満開でした。 夕方、二月堂から東大寺大仏殿へ
April 6, 2010
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北名古屋市にあるカフェ「あうら」で「国島征二展」を見て来ました。(あいかわらずちょっとばかり前の話ですが)「あうら」は、オーナーの感性が店内のすみずみまでゆきわたっているお店です。道沿いの方の壁面は、シンプルな壁が見えているだけなのでわかりにくいのですが、小さな雑木林のような中に平屋建てのおしゃれなお店が建っています。入り口に「あうら」と刻んだ石があるだけなので、知らないと中に入るのに勇気が要りそうです。(ちなみに私は1度知り合いに連れて来てもらっていました。)なんでもこの建物の設計は、新進気鋭の建築家、南川祐輝氏のデザインだそうです。南川氏の名前は、昨今アートで町おこしをしている佐久島のおひるねハウスの作者として私は知りました。店内は、Yチェアーや、コルビジェの椅子が使われ、テーブルも国島征二氏の石の作品だったりするなど、とてもアートな空間です。テーブル席は、四角い部屋の2面が大きな窓ガラスになっていて、石の彫刻のある中庭や木立が目の前に広がります。街中なのにちょっと別荘地にいる気分です。基本的にドリンクが数種類あるだけのお店ですが、コーヒーの種類は多く、好みを聞いてすすめて下さいます。喫茶店に来たというよりは、ギャラリーに来てお茶が出ているという感じです。壁にかかっている国島さんの作品を見ながら、豊かな空間でのんびり過ごしました。国島さんの展覧会は、「Wrapped Memory」のシリーズで、額縁の四角い空間の真ん中に、絵の具や本などの自分の身近なものを樹脂で閉じ込めて、上から紐をかけて封印したように見える作品です。見る人に様々な思いを浮かばせる現代アートなのですが、私は国島さんのこのシリーズを見ると、なぜか「祈り」という言葉が浮かんでくるのです。べつにキリスト教の信者ではないのですけど。うろうろと作品を見ていたら、「国島さんのファンですか?」とオーナーが声をかけてくださいました。「あうら」のオーナーの六浦貴子さんは、国島征二さんの大ファンということで、毎年定期的に国島さんの展覧会を催しているそうです。「あうら」のホームページhttp://www.coffee-aura.net/news.html国島征二展 3月1日~3月31日
March 16, 2010
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ちょっと前になりますが、近江八幡にあるボーダレス・アートミュージアム NO-MAに行ってきました。この美術館は、障害のある人の表現活動を、一般のアーティストの作品と共に並列して見せることで、「人の持つ普遍的な表現の力」を伝えるというコンセプトのもとに運営されています。ボーダーレスというのは、「障害者と健常者」「福祉とアート」「アートと地域社会」など、様々なボーダー(境界)を超えていくという意味です。今回は、「この世界とのつながりかた」という展覧会を見に行ったのです。「年齢は17歳から92歳まで。世界的に活躍するアーティストもいれば、精神病院で暮らしている人もいます。」ということで、川内倫子さんのように私でも知っている写真家の作品や、テーブルに映された映像の道具たちが1分ごとに動いて、デジタル時計のように数字を描いていくハイテクな森田浩彰さんの作品もあれば、パラノイア的に小さい同じような形をぎっしり描いた松本寛信さんの作品や、子供の頃の記憶を絵日記のように素朴に描いたおばあさん仲澄子さんの作品もありました。どれも心ひかれるものがあり、また表現もすばらしく、どれが著名なアーティストの作品で、どれが障害を持つ方の作品か全然わかりません。解説を見て「ああ」と思うぐらいです。なるほどボーダーレスアートですね。ボーダレス・アートミュージアム NO-MA自体が、近江八幡市の伝統的建造物群保存地区にあって、昭和初期の町屋を和室や蔵などを活かして改築した趣きある建物です。街並み保存のために市が買い取って持っていた野間邸を貸してもらって美術館にしたそうで、なかなか近江八幡市も観光で持っている町とはいえ、画期的な事だと思いました。 ボーダレス・アートミュージアム NO-MAの正面 近江八幡街の並み 古民家を生かしたショップ「尾賀商店」店内はクラフトなどの小さなショップがいくつか入っています。 中にはおしゃれなカフェも おにぎりの定食です。 近江八幡の町には、ヴォーリズの建築が数多く残され、観光の拠点となっています。これは旧郵便局。展覧会もよかったですが、周りの街並みも本当にすてきで、ぶらぶらと歩いて楽しみました。有名な八幡堀も近く、そこは人がけっこう来ていましたが、ちょっと離れた永原町通りのあたりは、休日でも人がまばらでのんびりできました。
March 8, 2010
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今年も息子の大会にかこつけて東京へ遊びに行ってきました。あいかわらず息子が大会にがんばっている間、母は東京見物です。(大会と言っても応援とかできないので。)今回は美術館めぐりということで、六本木にある国立新美術館とサントリー美術館、そして新宿都庁近くオペラシティの中にあるNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)を見て来ました。ちょうど第13回文化庁メディア芸術祭の期間中で、ハイテクなアートを見てみました。文化庁メディア芸術祭というのは、メディアアート、ゲーム、アニメーション、マンガなど、メディア芸術の振興を目的として、 CG-ARTS協会が文化庁、国立新美術館とともに主催しているものだそうです。漫画やアニメはさておき、からくり的なアートは好きなのです。こちらの働きかけに反応するインタラクティブアートというのがおもしろいです。国立新美術館では、今回の文化庁メディア芸術祭受賞作品が展示されていました。ちょうど最終日とあって、すごい人出。普通現代アートの展覧会などガランとしていることが多いですが、アニメ・ゲーム・マンガもあるせいか、若者が大勢来ていました。アート部門では、大賞は玉ねぎの芽が出て行く様子をレーザーでとらえ、1日ごとにその形を樹脂のようなもので作っていくというものでした。リアルタイムに形が形成されていくようすは不思議な感じでした。けれど一番人気は、何台ものテレビを積み重ね、そのモニターのピカピカ光る表面に触れることで音が出るという装置を使って、かっこいいジャズを演奏したパフォーマンスでしょうか。作者は「ある日、サウンド接続ケーブルをコンポジットビデオコネクターに挿してしまったことで、画像化されてしまった。それを見て、カメラで再録画し、それをサウンドに出力したら、同じ音が再生されるのではないかと考えた」。のだそうですが(???)、未来風でおもしろかったです。ICCではメディア芸術祭に関連した企画展と、所蔵品の著名作家によるメディア・アート作品や、コンピュータゲームの基になった作品を展示していました。アートとテクノロジーを結びつけた作品の収蔵をしているということで、壁に映した自分の影の位置と大きさでいろんな放送が聞こえてくるとか、カメラの向こうに映った映像に変化をつけてモニターに再生する作品とか、これまた不思議な作品がいくつもありました。いやーNTTにこんな施設があるのかとびっくり。それも常設展の方は無料です。サントリー美術館は、まあおしゃれなビルにちょっと寄って、伝統工芸品で目の保養をしたというところです。建築が今をときめく建築家、隈研吾(くまけんご)氏というところも興味があったので。隈研吾氏は今度立替をする歌舞伎座のデザインもされているそうです。さて息子の方の大会は撃沈だったそうですが、私は久しぶりに友人とも語り合い、楽しんで帰って来ました。
February 28, 2010
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先回、回りきれなかった「あいちアートの森―堀川プロジェクト」の続編です。日をあらためて行ってきました。今回は堀川プロジェクトの北側、円頓寺会場です。名古屋駅から歩いて15分ほどでしょうか、名古屋国際センターの北あたりから裏道に入って、堀川方面に向かって歩いていくと、下町風の雰囲気を残した街並みが現れます。まずはその一角にある水谷邸。水谷邸は元病院だった、和洋折衷型のレトロな建物です。 これは櫻井里恵さんの作品診察室のようになっていますが、ところどころに不思議なものも・・・応接間の飛行機は、村上史明さんの作品。後ろの穴からのぞくと、部屋の中とは違った風景が見えます。クルクル向きを変えると不思議不思議、風景も向きが変わります。さりげなく建物のあちこちに作品が作られています。たくさんの写真と、その前に置かれたハーモニカや人形などの様々な品物。 作者の廣田緑さんが、年配の方にじかに会って写真を撮り、その方からいただいた物を並べてあるのだそうです。他にも銀色に覆われた暗い部屋の中に月の映像が映っていたり、床に髪の毛を編んだ大きな輪がどーんと置いてあったり、とってもシュールでおもしろいです。建物自体も、梯子のような階段や、迷路のような廊下があって楽めます。この日は雨だったので、雨漏りがしていて、バケツが廊下に置いてありました。この展覧会のために、はじめ掃除に入った時は、もっと荒れ果てていたそうです。もったいないですね。次に、堀川に近い道沿いの伊藤家の蔵へ。CGで描かれた極彩色の作品などがありました。他にも「月のののうさ」というアンティーク雑貨などのお店も会場でした。この那古野の辺は、本当に昔の下町風の建物や、蔵のある街並みが残って、歩いていて楽しいです。(雨でなかったらよかったのに)その建物を利用したお店もいくつかあったので、これからもそういった試みが広がって、この雰囲気が残ってくれるといいなあと思いました。
February 28, 2010
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7日の日曜日、日展を見に行った帰りに、栄から伏見までぶらぶら歩き、愛知トリエンナーレの「まちなか展開事業」を見たり、「あいちアートの森~堀川プロジェクト」を見たりしました。愛知トリエンナーレの「まちなか展開事業」の作品は、ちょっと素人っぽい感じの垢抜けなさを感じましたが、4箇所の会場で、もらったエコバッグにスタンプを押していくスタンプラリーと、各作品の会場の受付の人がみんな気持ちのよい人ばかりなのが楽しかったです。しかし相変わらずの知名度のなさといったら。この寒さの中、屋外で会場の当番をしている人が気の毒になりました。「あいちアートの森」の方は、文化庁の「地域文化芸術振興プラン推進事業」を活用し、アートによる地域おこしに貢献するとともに、現代アートへの関心を高めようとするものだそうです。こちらはすでに名の通った若手の現代作家さんたちが参加しているものなので、なかなか見ごたえのある展覧会でした。あんまり面白くて時間が過ぎてしまい、堀川プロジェクトの納屋橋周辺しか見られず、円頓寺側までたどり着けませんでした。残念ながら続きはまた後日です。納屋橋周辺は、東陽倉庫テナントビルがメイン会場です。入り口がちょっとわかりにくりのですが、ポスターが貼ってあるので階段をあがりました。中に入ると受付の人から、「中は大変広く迷いやすいので地図をお持ち下さい」と、見取り図を渡されました。この建物は、始めボーリング場として建てられたものが、やがて倉庫となり、つい最近はマンションのショールームになっていたとか。そんな数奇な運命の名残を生かした展示がとても面白かったのです。 松岡徹さんのお地蔵さん? トイレの中に展示してある作品。開けるのに勇気がいります。ひとつひとつの戸棚にいろいろの作家さんがディスプレイ。大部屋の片隅の小部屋は赤くて妖しい雰囲気。手前の壁は黒板で自由に落書きできるバスルームの展示場を利用した作品。 キッチンを利用した展示。引き出しの中にも作品が。 溶解していくソファと服ところどころの小部屋では映像作品が流れています。他にも倉庫時代が残っているスペースに、クレーンとともに作品があったり、さらに倉庫の奥底に、知らないうちにねずみが巣を作ったみたいな、秘密基地のようながらくたを積み上げた作品が隠れていたりと、探検気分でわくわくしながら作品を見て回りました。やはりこういう現代アートは、展示する場所が大切だとつくづく思いました。もちろんこれらの作品はどれも完成度が高いからこそ、この不思議な建物の中でオーラを放っているのだと思いましたが。愛知トリエンナーレもこんな感じでやってもらいたいものです。この展示は3月7日までです。機会がありましたらぜひ見てください。
February 7, 2010
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1月11日の成人の日に、娘と岐阜県美術館で開催されていた、アートのメリーゴーランドという企画展に行きました。岐阜県ゆかりのアーティストを紹介する展覧会シリーズ「クロスアート」の第2弾として、今日のアートシーンをリードしている「7人のトップランナー」を紹介するものです。紹介されている作家は、吉本作次、長谷川喜久、神戸智行、奥村晃史、傍島幹司、村瀬恭子、大巻伸嗣の7名です。基本は平面ですが、さまざまな表現方法ですし、ワークショップやコンサートも開催されています。メリーゴーランドというネーミングも、楽しそうな雰囲気でひかれました。行った日はなにもイベントはないと思っていたのですが、1時頃、車で美術館に近づと、なんだか駐車場付近が渋滞中。小さな子供をつれたお父さんやお母さんたちも、ゾロゾロ歩いています。岐阜県美術館は、道路を挟んで図書館も建っているので、図書館で何かあるのかなと思いつつウロウロするのですが、第2、第3駐車場も満車。仕方なくちょっと離れたスーパーの駐車場に入れて(すみません。後で買い物させていただきます)、美術館に向かいました。見ると図書館の前の広場に大勢の人。中には塀に立ってカメラを構える人も。思わず何があるのか確かめに。よく見ると人垣の真ん中辺からシャボン玉がうわーっと舞い上がっています。大巻伸嗣氏のインスタレーションのようでした。たくさんのシャボン玉がいっせいに舞い上がるだけなのですが、きらきらとして、なんだか楽しくなります。周りの子供たちも大人たちも見上げてはニコニコしていました。そのイベントを後にして美術館の展覧会に向かいました。お目当ては奥村晃史氏。リアルな動物の作品がおもしろいです。あとパンフレットについてくる白い花のシールを、大きなガラス面に貼り付けるという、大巻伸嗣氏の参加型の作品が入り口にありました。子供たちも一生懸命手を伸ばして貼っていました。私たちが建物の外に出ると、シャボン玉で遊び終わった家族連れが、続々と美術館に歩いてきました。みんなまるで遊園地に来たみたいにうれしそうなのです。作家さん自体は、まだ若い方ばかりで、一般の人にはまだなじみがないと思うのですが、この盛り上がり方はなんなのだろうと思いました。娘は冷静に「有料のところじゃなくて、入り口のシールを貼りに行くんじゃないかな」と言ってましたが、それにしても展覧会として、こんなに親しまれたらいいですよね。愛知県でも今年は愛知トリエンナーレの開催があり、いろいろプレイベントが企画されていますが、いまひとつ知られていないし、こんなに親しまれてもいません。何が違うのでしょうか?
January 31, 2010
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去年末に見て感動した展覧会について、残しておきたいので、ちょっと振り返って書いておこうと思います。11月末頃、なんだかとても忙しかったのですが、その中を時間を見つけて走っていった展覧会です。ひとつは11月8日から11月29日まで江南市のギャラリー数奇で開催された鯉江良二×国島征二×小島久弥展。いずれも愛知県の方ですが、有名な美術家ばかりです。国島征二さんの作品が好きという人の話をたまたま聞いたので、どんな感じかなと思ってみにいったのです。石の作品で有名な方ということでしたが、今回は樹脂で固めた作品が印象的でした。何か四角いものを金属様のもので包んで紐をかけたブロンズ色のシリーズは、なんだか十字架のように見え、厳粛さすら感じました。他にもアルミのようなものを積層した作品などもあったのですが、どれも本当に力強い美しさがあって、さすが人をひきつける作品だなあと感心しました。、もうひとつは、10月24日~11月29日まで稲沢荻須記念美術館で開催されていた「美術を遊ぶ展」(林 真 川田英二 奥田美樹)です。これは最終日の夕方、閉館20分前ぐらいに飛び込んでみたものです。林 真氏 川田英二氏 奥田美樹氏は、稲沢荻須記念美術館ゆかりの30代の若手作家さんです。日本画、洋画、版画と異なる分野でしたが、自然を意識しているということで、どれもやさしい雰囲気の作品でした。特におもしろかったのは、奥田美樹さんの作品です。さまざまな大きさの四角い箱に、パステルカラーの羊歯のような草が描かれていて、それらが壁から横に生えているように展示してあるのです。けっこう大きさがあるので、部屋ごと不思議な空間になっていました。こういう作品を見ると、個々の作品を見るのでなく、部屋全体で見なくてはと思います。ひとつだけだったらあまりおもしろくないでしょうね。ギャラリーIDFのHPに画像がありました。http://gallery-idf.cocolog-nifty.com/blog/cat21353840/index.html
January 16, 2010
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あっという間に2010年を迎え、早くも半月が過ぎようとしています。このところずっとサボっていたブログの更新もそろそろ始めていかなくては。寒くなると冬眠したくなって、ついウトウト・・・。それがいけませんね。今年の始まりは大雪!でした。雪国の人から見ればたいしたことないのでしょうが、一応大都会名古屋のすぐ近くなのに、毎年少なくとも1回は雪かきが必要なぐらいの雪が降ります。ちなみに今日も朝6時半ぐらいから、急に空が暗くなって雪がどかどか降り始め、風も吹いてきて吹雪状態。視界は悪いは、あっという間に雪は積もるはで、子供たちを駅まで送るのに遭難しそうでした。(車が動き始める時にふらふらして怖かったです)新年も大晦日の夕方から降り始めた雪が、ずっと降り続け、除夜の鐘の音を聞く頃にはすっかりあたり一面雪景色となっていました。しかし昨年は喪中で神社に行けず、絵馬を買いそこなったので、今年こそ12時を過ぎたら初詣に行こうと決心し、主人の運転で家族そろって真清田神社へ出かけました。(ここの絵馬は毎年美術家の方に依頼しているとかで、ちょっとおもしろいのです。)出かけたのはいいのですが、人通りも少ないので、幹線道路でも真っ白に雪が積もっていて、車のわだちだけが凹んでいます。たまに歩いている人たちは、歩道は雪が深いからと、車道のわだちの上を歩いていて危ない限りです。車のタイヤはスタッドレスにしてあったのでなんとか無事で、ゆっくり走って近くの市役所の駐車場にたどり着き、そこからまだ降り続ける雪の中を神社まで歩いて行きました。いつもは拝殿の前まで人がぎっしり並んで、少しずつしか進めないのですが、さすがに人出もそこそこで、すぐにお参りできました。目的の絵馬を手に入れ、そそくさと車へ戻ったのですが、わずか30分の間にも雪が降り積もり、もう少しで車が出せなくなりそうでした。家に帰ってから、息子があまりの雪に舞い上がり、「雪だるまを作るんだ!」と、家の前の道でゴロゴロ転がし始め、30分ほどで、かなり大きな雪だるまを作り上げました。(真夜中の1時ごろですよ)暗かったのですが、記念写真を1枚。今年もよい年でありますように。本年もよろしくお願いいたします。
January 13, 2010
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北名古屋市にある旧加藤邸で、名古屋芸術大学の学生さんたちによる展覧会があると新聞で読んだので行ってきました。テーマは『記憶の庭で遊ぶー回想法の美術』です。最終日ぎりぎり、自分の市民展の搬入をすませ、走りました。旧加藤邸というのは、北名古屋市の公式ホームページによると、「加藤家は、この地方では知られた素封家で、「大加藤」と称される地主として栄え、江戸時代末から明治の中頃まで酒蔵業も営んでいました。 その旧加藤家住宅は、主家を中心に、長屋門、離れ、茶室、土蔵、高塀などで構成されており約370坪の敷地となっています。明治期地主層の典型をなす洗練された形式が、よく維持されており、文化的、歴史的価値が高いと評価され、平成11年11月、国の登録有形文化財として登録を受けています。」という建物です。旧加藤邸には、回想法センターというものが併設されています。回想法というのは、お年寄りなどが、懐かしい道具などを見たりして、昔のことを思い出したりすることによって、気持ちを癒し、こころと 頭の元気につながっていくものだそうです。今回の展覧会は、そういった記憶につながるような作品を考えるというのがテーマのようでした。台所で、ご飯を作っているシルエットが窓に映り、包丁を使う音などが流れていたり、蚊帳のようなものが部屋に吊ってあったり、布団のようなものが並んで干してあったり(間を抜けていくと、布団を干した日向の匂いがしました)と、どこか懐かしさを感じさせる作品が、古い民家の中に展示してあることで、さらにしっくりとくるのでした。 今は住む人もいない建物が、人がいた頃の記憶をよみがえらせ、なんだか生き生きとしているようでした。古い建物の保存というと、本当にがらんとした感じで、冷たい印象を受けることが多いのですが、この日の加藤邸は、見に来る人もそれなりにいて、やはり、建物というのは人が使ってこそ生きてくるんだなあと思ったことでした。
December 4, 2009
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久しぶりの日記です。怒涛の11月でした。とりあえず11月初めの出来事から。今年も出しました市民美術展。相変わらずののんびりした風景の水彩画です。忙しい忙しいと言いながらも、ここでさぼってはいけないと、とにかく仕上げました。後で知人たちに、「ああ今年も描いているなと、うれしかった」と言われ、がんばってよかったなと思いました。私は全然意識しなかったのですが、「第1室にあって、よかったね」という言葉も、二人ほどからもらいました。そうなんだと思って、ちょっとうれしかったです。あいかわらず、出すことに意義のある美術展参加ですが、私にとっては1種の年賀状のようなものでしょうか。ガラスがはまっている額なので、写真を撮ったら何やら反射してしまいましたが、載せておきます。
December 4, 2009
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先日織部亭というレストラン兼ギャラリーのお茶会に出席してきました。以前にブログで紹介した展覧会、松本幹永展の最終日に、作家さんのお手前でお茶をいただくという趣向のエンディングパーティがあったのです。作家さんや、ギャラリーのオーナーの知り合い30人ほどが出席して、展示会場の片隅に作られた茶席でお茶をいただきました。ちゃんと釜がコンロにのってお湯が沸いていたのですが、その釜は陶器でできていました。吉川千香子さんという作家さんの作品で、動物っぽい顔がついています。お茶碗も正客用は加藤高弘さんのお茶碗で、銘が「昴」という作品でした。後からみんなへもまわして下さって、手にとって見せていただいたのですが、ころんと丸い形で黒い地肌にぽつぽつと点が散っているものでした。思ったより大ぶりで、手にゆったりとなじみました。お茶会といってもくだけたもので、飲み方も適当、だいたいこんな感じかなぐらいでみんないただいていました。3組に分かれてお茶をいただき、後は、隣の部屋で歓談です。ひょうたんの造形作家さんに、作品を見せていただいたり、音楽家やら、彫刻家やらいろんな経歴の方のお話をうかがったりと、豪華な時間でした。しばらくすると、織部亭のオーナーが、「それでは、みなさん今日は一首よんでいってくださいね」といって、筆とお習字の紙をテーブルに用意しました。「エーっ」とみな大騒ぎ。それでも季語とか無視して、みな思い思いのことばを書いていました。最後は自己紹介。順番に前に呼ばれるので話をします。ほとんどの人と知り合いのオーナーが、補足説明をするので、けっこういろいろなことをみんな話します。織部亭で展覧会をやったことのある作家さんが、長い間理解してもらえなかった自分の作家活動を、ここで自分の家族をテーマにした展覧会をしたとき、初めて受け入れてもらったという話など、まるでドラマのようなお話もありました。一見わかりにくい感じのする現代アートですが、展覧会というのは、作家さんにとって、単に作品を見せる場だけでなく、人生そのものなんだなあと思ったことでした。
November 2, 2009
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我が家には7年ほど前に迷い込んできた猫「ふうちゃん」がいます。亡くなった義母がまさしく猫かわいがりにかわいがっていた忘れ形見です。義母が亡くなってからは、人恋しいので自分の部屋(義母の広い居間が猫部屋になっています)から私たちのいる居間の方へやってきてドアの向こうでニャーニャー鳴いて「かまってくれ」と訴える甘えん坊です。ふうちゃんは来たときはすらりとして、ちょっとシャムネコのような感じで、目が青く、なかなかのきりょうよしでした。それが食べたいほうだい食べていたらすっかり太ってしまって、今では別猫です。とてもかしこい猫で、始めから基本的なしつけはちゃんとできていたし、こちらの言うことはたいてい理解しているようでした。来たときにもう大人の猫でしたし、物静かな猫でした。ただもとが外猫だったせいか、昼間は外に遊びに出かけ、時々近所のボスの黒いメス猫と「オワーッ」とにらみあったりすることもあります。そのメス猫は、どう考えても10才以上にはなっていると思うのですが、いつも近所をパトロールしているのです。(ちゃんと飼い猫です)にらみあっているのを見ると、どう見てもふうちゃんの方が形勢が悪く、へっぴり腰で向かっています。だから、ふうちゃんは弱いんだとみんな思っていました。ところが先日、怪我をして帰ってきたようで、顔の横のあたりにちょっと血がにじんでいたと主人が言います。さらに、次の日から元気がなくなって、外にも出ず、猫小屋に引きこもって一日中じっとしています。悪い病気にでもなったのかもと心配していたら、小屋から出てきたふうちゃんの顔を見たらなんと、おたふく風邪のように片頬が膨らんでいるのです。これは大変と動物病院へ。病院で見せたら、けんかをした傷口からばい菌が入って膿んでいるとの事。膿みを出して、注射を打ってもらい、抗生物質のお薬を出してもらいました。ふうちゃんはお医者さんがぐりぐり顔をさわっても、膿みをぎゅうぎゅう出してもじっとしていて、鳴いたりしませんでした。毛を掻き分けて顔の他のところにもいくつか古傷があるのを見た看護婦さんが、「この子けんか強いねえ」と言うのを聞いてびっくり。看護婦さんいわく、「けんかの弱い子はおしりの方に怪我をしているけど、この子は顔にたくさん怪我をしているから、逃げてないんだね」へえーそうだったんだ。ふうちゃんが、実は百戦錬磨のつわものだと知った日でした。
October 19, 2009
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愛知トリエンナーレ・プレイベント 長者町プロジェクトが10月10日から始まったので、さっそく11日に娘と出かけてみました。先回足を延ばせなかった名古屋市美術館での「放課後のはらっぱ―櫃田伸也とその教え子たち―」の展示も目当てです。まず名古屋市美術館の方へ。県美と違って市美の方は無料展示だけあって、地下1階の一部屋だけ。作家は同じ人たちなのですが、展示の仕方が普通に絵を壁にかけてあるだけで、県美で感じたようなわくわく感が感じられません。せっかくの現代アートの紹介なのですから、もう一工夫欲しいところでした。さてそこから長者町へ向かうのですが、意外と名古屋市美術館の中で紹介されていません。同じプレイベント同志なんだから、もう少し案内があってもよさそうなのに、パンフレットなどが目立つところにないのです。そもそも名古屋市美術館でのトリエンナーレの取り上げ方が、どうも弱いようです。「やってますよー」という意識が感じられません。私たちは知っていて行ったのですが、長者町プロジェクトの存在を知らない人でも、白川公園に来たついでに行ってみようかと思えるようなつながりがあればいいのにと思います。とはいえ、長者町に行ったら、さらにがっくり。あまりに人気がなさすぎて!どこもかしこもお休みのお店ばかり。もともと繊維の問屋街なので、日曜日はお休みの店が多いのですが、一応イベント中なのですから、もう少し飲食店とか開けてくれるといいのに。お昼を食べる所を探すのが大変でした。ようやく以前から町おこしの核となっている恵比寿ビルに行って、長者町プロジェクトのパンフレットを手に入れ、長者町プロジェクトの開始が11時半からと知って納得。ちょっと早すぎたようです。それにしても結局人はぱらぱらでしたし、作品もインスタレーションとか、もっとあるのかと思いましたが3、4箇所ぐらいで寂しい限りでした。その中ではナガタタケシとモンノカヅエによる「ピカピカピカソ美術館」がおもしろかったです。ペンライトを動かしてできた光の線で絵を描いて撮影した作品です。長者町プロジェクトはパフォーマンスもけっこうあるようで、それらが開催される日に来たらもう少し活気があったかもしれません。それにしても、もっと市民にPRして、現代アートに親しむ機会となるイベントにして欲しいなあと思いました。一般の人が触れても面白いと思える見せ方をして。一部の人たちだけで盛り上がっていては、せっかくの愛知トリエンナーレも1回だけで終わってしまいそうです。
October 19, 2009
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9月のお彼岸の頃から10月初頭にかけて半田市の矢勝川堤防沿いに彼岸花が咲きます。これは新見南吉の童話「ごんぎつね」にちなんで、有志の人たちが彼岸花を植えていったものです。半田市は新見南吉のふるさとで、生家や、記念館があるのです。今では新美南吉記念館周辺2kmほどの距離に100万本以上の彼岸花が咲きそろうようになりました。9月の5連休さなかに、両親とこの彼岸花を見に行きました。ところがずっと晴れ続きの連休だったのに、この日に限って雨。それでも彼岸花を見に歩いていた間は止んでいて、なんとか見ることができました。お彼岸とは言え、まだちょっと早い感じでしたが、それでも川沿いにずっと咲いている様子は壮観でした。「矢勝川の環境を守る会」の方たちがボランティアでお世話をしていらっしゃるとか。広いから大変でしょうね。
October 11, 2009
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織部亭というレストラン兼ギャラリーで、ランチを食べがてら、そこで開催していた知人の展覧会を見てきました。松本幹永さんの展覧会です。私は最近お知り合いになったので、今の様子からは想像もつきませんが、若い頃はリヤカーを引いて青森まで歩くようなパフォーマンスをしたこともあるそうです。今では創作活動の傍ら、ご実家の料亭でお料理も作っておられる、普通のおじさんです。作品は、絵画がほとんどでしたが、ひとつだけ等身大の立体像がありました。年配の男の人がロボットのような機械の上に乗っていて、町を描いた絵の上に立っているのです。私が「ガンダムですか?」と聞いてみたら、「これは介護ロボットに支えられた親父です。」との答えでした。お父様はパーキンソン病でもう体の自由がきかないのだそうです。若い頃は昔ながらの頑固親父だったそうで、いろいろ確執があったらしく、複雑な思いのこもった作品らしいです。おうちが古くからのお店だけに、跡取りとしては、自分のやりたい道もあり、大変だったと思います。私の知り合いにも、商売屋さんが何人かいるので、そういった家の子供さんは自分の将来についてどう考えているのかなと思ったりします。でもわりと昨今の親たちは、商売も大変なので、子供たちは好きな道を行けばいいと思っている人が多いように感じます。サラリーマンの我が家としては、逆に子供たちがちゃんと就職できるかという方が心配ですが。松本幹永展は、10月25日まで一宮市にある織部亭で開催中です。
October 11, 2009
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読み聞かせをしている友人が、紹介してくれた絵本です。本文を落語家の桂三枝さんが、絵を黒田征太郎さんがかいています。お客さんの目の前で生簀から魚をすくい、料理して出す店の、生簀にいる鯛が主人公です。生簀にやってきた新入りの鯛「ロク」と、20年間も知恵で生き延びてきた「ギンギロはん」との会話が、こてこての大阪弁で語られています。ギンギロはんは、店に来たお客さんをよく観察してみせて、ロクに人によって逃れ方を変えることを教えます。また、活き作りを喜ぶ人間について痛烈に批評します。友人は、この絵本を子供たちの食育に使いたかったようですが、いあわせた友人一同、「絶対無理!」ときっぱり言いました。だって、こんな話を読んだら、料理される魚の気持ちになってしまって、子供なんかとても食べる気がしなくなりそうです。もともとは桂三枝さんの創作落語だったものだそうで、駄洒落をちりばめたテンポのよい語り口です。友人は大阪にいたことがあって、けっこう大阪弁が堪能なので、その彼女が読んで聞かせてくれたのが、自分で黙読したときより、うんとおもしろかったです。まさしく声に出して読みたい日本語ですね。
October 1, 2009
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ちょっとハードな本を読んでいました。別にまじめな本というわけではなく、エンターテイメントな小説なのですが、暴力的な職業の人が何度も出てくるし、わけのわからない事件に巻き込まれて、死人が出たりするので、けっこう怖いのです。怖いけど最後まで読まないと落ち着きません。近未来という設定なのですが、現代の情報社会の怖さをテーマにしています。情報には裏があって、立場や見方が変わると、違った事実が見えてくるというようなことです。インターネットの仕組みなどを駆使したミステリーです。今どんどんと社会に張り巡らせられている監視網についても考えさせられます。ミステリーということで詳しく話せないのですが、主人公はシステムエンジニアで、前任者が失踪してしまった仕事を引き継いだことから事件に巻き込ませていきます。プログラムをやる人には、よりおもしろそうな話題になっています。登場人物としては、主人公の奥さんが、ものすごい美人で魅力的な人なのですが、とても嫉妬深くて、浮気の疑いを持つと、暴力的な職業の人に主人公を襲わせて、白状させようとするなど異色をはなっています。その暴力的な職業の人はプロを自認し、もっとも効果的な痛めつけ方ができると自慢する怖い人です。この人と奥さんの関係とか、奥さんの素性とか、???なところがいろいろ未解決なまま終わってしまたので、もしかしたら続編でもでるのかななんて思ってしまいます。途中から「魔王」に登場した人物が出てきたりするので、もしかしたら、そんなふうにリレー式に関連していくのかも知れません。伊坂幸太郎がちょっと悪ふざけをしすぎている気もしますが、痛烈な現代社会への批判が感じられる作品でした。
September 29, 2009
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まだまだお出かけの続きです。(1日であちこち行っています。)愛知トリエンナーレのプレイベントを鑑賞した後、さらに足を伸ばしてナディアパークへ行きました。ナディアパークには、ロフトや、おしゃれなショッピングモールの他、名古屋市青少年文化センター(アートピア)や国際デザインセンターが入っています。デザインミュージアムなどもあって、常設展では、日本のモダンデザインの作品や、アメリカのアールデコなどの作品を見ることができます。また、ホールや練習室もあります。発表会などがあると、見に行ったりしたことはありますが、最近はご無沙汰でした。ちょうどこの日、知っている方がそこで芸術文化活動アドバイザーをしていると聞いて出かけてみたのです。主催している名古屋市文化振興事業団のホームページを見るまで、こんなにいろいろな事業がそれもお値打ちに開催されているなんて知りませんでした。芸術文化活動アドバイザーというのも、美術・文学・音楽・演劇などで活躍中のスペシャリストが、技術的なことや、進路、鑑賞の仕方など芸術文化活動全般に関する相談を、土曜日に無料で行うというものです。会場の7階でエレベーターを降りると、正面にプレイガイド、イベントのチラシが置いてあります。ちょっと奥には喫茶コーナーがあります。ですが、人がほとんどいない!アドバイザーをやっている方も暇そうでした。小1時間雑談をしていたのですが、本当に人気がありません。話している最中に、隣のカフェでなんとピアノの生演奏が始まりました。これは7th cafe(セブンスカフェ)といって、毎日4回カフェスタッフによるピアノやフルート等の演奏があるのだそうです。週末にはゲストを招いてライブもあるとか。それが普通のドリンク代だけで聞けるのだそうです。いい所ですよね。ライブ情報をネットでチェックして、また来ようと思ったことです。もったいないですよね。みんなもっと遊びに行くといいのに。
September 28, 2009
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