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お通夜の前日、おばあちゃんは久しぶりに台所に立った。足を悪くしてから、もう何年も自分で何かを作ることはなかった。でも、死んだおじいちゃんが好きだった味噌汁を、最後に作ってあげたいと言うのだ。冷え切った台所。仙台の3月は、春先とは言えまだ寒い。心配する周りをよそに、気丈に振舞うおばあちゃん。野菜を切る手元は、覚束ない。でも、おじいちゃんとの日々を思い出すように、ゆっくりと、しっかりと…。そして、静かに凍える部屋に、温かな湯気が立ち上った。おじいちゃんの枕元、ご飯と共に、おばあちゃんの味噌汁が供えられた。おばあちゃんは、私たちにも飲んで欲しいと、1人ずつに味噌汁をよそってくれた。コートは着たまま、お椀を持つ手はかじかんでいる。温もりを感じながら、そっと口元にお椀をあて、一口啜る。それは…もう言葉にならなかった。近くにいた弟と目が合ったが、同じ気持ちだった。私と弟は就職し既に家を出ていたが、その味噌汁は紛れもなく、母が作る味噌汁の味だった。おじいちゃんが好きだった味噌汁。それは、おばあちゃんから母へ引き継がれ、私たちを育ててくれた。芯から冷え切った身体を、温かな味噌汁が通って行く。なんだか、その温かさが、まるでおじいちゃんのようで、おじいちゃんがそこにいるようで。それまで我慢していた涙が一気に溢れ出て、もう止まらなかった。あれから2年が経とうとしている。私にも娘が生まれた。もうすぐ4カ月になるが、生まれた頃と比べると、もうかなり大きくなった。母乳だけなのに、ここまで大きくなるんだと驚いている。おじいちゃんにも、またその後を追うように死んでしまったおばあちゃんにも、ひ孫を抱かせてあげることはできなかった。でもいつか、娘がもう少し成長した時に、2人の話をしようと思う。温かな食卓で、味噌汁でも飲みながら。
2012年01月09日
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ある日、仙台までの電車に乗っていた時のこと。車窓から見えるものの、感覚を思い出してみた。土を手で掘ったときの湿り気、スコップが石に当たった時の響き、校庭での砂ぼこりのにおい、田んぼに足を踏み入れた時の感触、緑のフェンスを登った時のたゆみ、ガードレールを触った後のべとつき、笹の葉手を切る痛さ、夏のアスファルトの熱さ、冬の木漏れ日の温かさ、電柱の冷たさ、たんぽぽの茎をちぎった時のにおい、川の石のぬめり、トンネルに入った時の冷たさ風と木の音、木に触った感触、ビニールシートのにおい、天道虫が出す黄色い液のにおい、雨が降り出した時のにおい、鉄の錆のにおい、河原で石の上を歩いた時の音、棘が刺さった時の痛さ、点字ブロックを踏んだ時の感触、蔦をはがす時の感触、ショベルカーの蒸し暑さ、ミミズのぬるぬる感、トンボを捕まえた時の躍動感、草原に転がった時の解放感どれも、いつの間にか経験していて、当たり前のものになっている。知識もついているから、経験せずともわかるものも。でも、これから経験する子どもたちにとって、その一つ一つが、大きな感動になる。冷めた大人なんかじゃなく、感動を分かち合える大人でありたいな。
2012年01月08日
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