木になった僕前編 | かめ＠ゴミスティピョンの小説と日記

木になった僕　前編

僕は、木になった。
僕は大きな１本の木になってしまった。

ある時突然、人間だった僕の心がこの木に宿り、僕は木になったのだ。
それは、何かの拍子に起こった。
けれど僕は、その出来事をはっきりと思い出すことはできない。

ただ、気が付いた時には、僕は木だった。

人間だった頃のことも、思い出すことはできなかった。
けれど、自分が人間だったということは間違いない。
今は大地にしっかりと広がっている根と、幹から伸びている無数の枝葉を自分の体として感じている。
けれど、たしかに以前までは２本の足と２本の手を自由に動かしていた感覚がある。

もしも僕の本当の体が存在しているのなら、
もしかしたらその人間の体にはもともとこの木の中にあった心が宿っているのかもしれない。

おれがあいつであいつがおれで・・・。
あいつが木じゃなくて人間だったらどれだけ良かっただろう。
木は動かない。
木の心が人間に宿ったとしても、自分が動くという感覚を知らない木は、
眠っているようにずっと動かないのではないだろうか。

僕はイメージした。

僕の家族や友人・・周りの人たちが心配そうに僕のことを見ている。
僕の体は病院のベッドの上で眠っている。

・・まさに植物人間だ。

笑い話だけど、僕にとってそれは笑い事じゃない。
僕は、このまま木として生きなければならないのだろうか。

風が吹くのに合わせて揺れる。
土の栄養を吸い上げる。葉で息をする。
ただそれだけ。自分の意志では何もすることができない。
僕の枝に止まっている鳥がわずらわしくても、
その鳥を振り落とすこともできない。

僕はこの大きな木として、これからの一生を過ごすのだろうか。

木となってしまった僕にも、毎日いろいろなことが起こる。
いろいろな事といっても、それは、木になる前の僕だったならまったく気にならないようなちょっとしたことだった。
別に駄洒落を言いたかったわけじゃなく、本当に何もすることがない僕にとっては、そんなちょっとしたことも大きな出来事として、気になるのだ。

今日は、僕の枝に風船が引っかかった。不意に手を離してしまったのだろう、女の子が悲しそうな顔で風船を見上げている。
僕は、取ってあげたいと思った。けど、僕にはどうすることもできない。
そして風が吹き、風船は僕の枝から離れて空高く消えた。

僕が木じゃなかったら、あの風船を取ってあげることが出来ただろう。僕は自分がまったく動けないということを残念に思った。
・・いや、果たして僕が人間だったとして、少女の風船を取ってあげただろうか。
僕は自分がどんな人間だったか覚えてないが、少女の風船を取ってあげるためにわざわざ木登りをするような良い人は、なかなかいない。
今も少女の風船に気づいていたけど、何もせずに通り過ぎていく人が何人か居た。きっと僕も、少女の風船も見てみぬふりをして通り過ぎていくかもしれない。

僕は思った。
もしも僕が人間に戻れたなら、その時はこの少女の風船を取ってあげるような人間になろう。
もしも、僕が人間に戻れたなら・・。

今日はとても天気が良くて、日の光が気持ち良い。
若い男女が僕の作る日陰で休んでいる。とりとめのない話をしている、幸せそうだ。
もしも僕が人間に戻れたなら。
そうしたらこの二人みたいに誰かと笑いあうことが出来るだろう。
僕は、二人が無性にうらやましくなった。そんなこと、思っても仕方ないことなのに。
どうして僕は木なのだろう。僕は人間じゃないのだろう。

そうやって、ほんのちょっとした出来事が、僕にとっては苦しいことだった。
木になった頃の僕は、そうやって人間に戻ることを考えながら日々を過ごしていた。

後編

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