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朝の散歩でいく公園は中高年が多く歩いてる。きっとあと10年もしたら公園にはあふれているんだろうな。その中のひとりになるのはなんだか気が進まない。いまは山だって、いっぱいなんだ。どこまでいっても老人の世界になるね。自分もそうなるんだが、おおいやだ。きょうは、友人の家に遊びに。ともと3人、楽しい時を過ごした。高校時代の友には何も飾ることなく、おしゃべりできて心を解放することができた。すべてではないけどね。やっぱりすべてというわけには、ね。だけど、時を越えてあたしたちは高校生になる。お互いにしわのできた顔になっているんだけど、瞳ははるか過去を見ている。そこにいるのは紺の制服を着たあたしたち。でもおしゃべりとともにたくさん食べてしまったよ。食べるのもおよばれしたときの礼儀だものね。かなり、苦しい。明日もあるくぞ、と。
2002年08月31日
残暑って毎年ほんとに暑いですね。昼間はこれやってるのが正解でしょう。しかしながらこんなことに現つをぬかしていて、ちょっとだんなさんには申し訳けない気もしてます。もうひとりの私は<掃除でもしなさい>と、いうのですが。さて、新しくいき始めた病院の先生には初診の日から「肛門に力を入れる運動をしなさい」といわれました。骨盤底筋を鍛える体操なのですが、はじめて聞きました。最初の病院で言われていたら少し違った状況になっていたかもと思うと残念でした。2年も何もせずにいたわけですから。そして、<脱>にはどうやらセットで<尿失禁>もあるらしいのです。またしても<エッー!>です。クシャミをしたり重いものを持ったりして失禁していませんでしたから自分が尿失禁だなんて思ったこともなかったのです。しつこく(詳しく?)聞かれて自尊心傷つけられたように感じましたが私の場合は年がら年中トイレに通っていたわけで切迫性だったようです。なんだか昔、オシッコはあまりガマンしないほうが良い、と聞かされていた様に思うんですけどいつも尿意を感じてすぐにいってるとだんだん膀胱がちっちゃくなっちゃうみたいです。こんなに病気の説明してどうするんでしょうね。でも大げさだけど<脱>のカミングアウトすることが私には意義あることなの。
2002年08月30日
患者心は複雑本当に暑い。暑いとしかいいようがない。暑いの苦手。朝の散歩続いてるけど10分遅いだけで日の差しかたが違っていました。1キロはようやく減ったが息子に誤差のうちといわれる。昨日はケーキなんか食べてしまったけど、ま、がんばろう。でもそれがきょうものこっているんだな。どうしょう。この肥満も原因のひとつといえばひとつなのでようやくおなかの脂肪を取らなくちゃと思った次第。食欲との戦いはつらいが。私は最初の病院で入院期間が2週間といわれ病院を変えることを決心したが、医師自体がどうにも好きになれなかったことも大きい。命に別状あるわけではないのでこんなこと考えるのかもしれないが、裸になって身を任せる気にはなれなくてね。まぁ、すでに陰部はみせてしまっているのだが、手術は別。素っ裸になって眠るんだもの。これは女の部分かな。というわけで週刊誌などで探した日帰り手術に力を入れてる病院の中からえらんだ。そのときはネットで情報を得るなどということに考えが及ばなかったけど、どうやらいい病院を選んだみたいでした。先生との相性って大事ですよね。私は、<うん、この先生ならよし!>ってひと目で思ったのでした。それに私のような症状に力を入れてる医師だったので、患者もいっぱい。往々にして私より年上でそれは悲しかったけど、待合室にいてもあまり疎外感もなくて安心感が心に広がりました。前の病院にはなかったそれ関係のポスターなんかもあって<あぁ、私の来ていいところなんだ>と思いましたが、ショックなことも。<性器脱>という言葉。またまた、落ち込みました。弱虫にはきつかったです。いまもですけど。だから日記かいてるんです。きょうはここまでにします。2003/02/15 8:19:40<性器脱>ということきょうもちょっと時間できましたので。さっき書いた<性器脱>についてすこすばかり。子宮や膀胱、直腸が膣の穴から出てくる総称みたいです。恐ろしいですね。こうなるともう性生活どころではありません。精神的にね。自分でもういいやと思うのとは大違いです。数年前から、もうなくてもいいと思っていた夫婦生活ですが改めてこんな言葉を宣告されるとやっぱり悲しい。ま、つれあいだって興ざめですよね。こんなこと聞いた日にゃ。この間書いたようにいってませんが。だから同じようなご夫婦たちはどうしているのか知りたい所です。でも多分高齢の人たちが多いと想像されるので性生活は卒業されてるのかな。それだけではないですよね、夫婦とは。昨日だったかな、読売で<脱>と<下垂>は違うことを知りましたが、びっこもちんばも差別用語だし最近は精神分裂も総合失調症とかに変わりましたよね。言葉を変えても中身は変わりませんが何かいい名称を考えてほしいな、と思う。2002/08/29 20:15:36
2002年08月29日
ふっー、暑い日でした。きょうは息子の彼女が遊びにきてます。昨日から気合入れてプレゼントする指輪を作成してました。銀粘土でけっこうカッコよかったな。我が子ながら、若い人はいいなぁなんて思ってしまいました。今朝、TV(ズームイン)に葉山の森戸海岸海の家「富士屋」が映し出され懐かしい気持ちになりました。長男が生まれてから12,3年通っていたんじゃないかな。でも代替わりしていて、おかみさんは違っていたのでちょっとがっかり。海の家も厳しいらしい。車で行くからもう海の家を必要としていないんだよね、みんな。今年は久しぶりに海へと出かけました。ワンコつれてね。いぬかきで、上手に泳ぐんだよ。楽しかったけど何かちょっぴりさびしさもある風景だね。にぎやかな家族もきっともうすぐふたり。そしていつかひとりとなる。こうやって繰り返されていくんだよね。ここへきたのは自分の気持ちを言葉にしたいってことだったんだけど、最近はいろいろのぞいてます。そしてびっくりしています。白状しちゃいますけどやっぱり「秘密の恋愛日記」面白いです。言ってしまった。すごい文章能力だと感心しきりです。偉大な作家たちも第一作目は私小説だっていいますから充分資格ありそうですよね。この日記にとどまらずにかいていったらどうかな、なんていうのが感想です。そして若い人はいいなぁとさらに思いました。でもご自愛くださいね。
2002年08月28日
息子と病気今日は、またあついです。出かけようとしていたのに、息子に先をこされた。午後から雨の予報が出ていたのに布団をほして外出してしまったのだ。降りそうになかったけど、めったにないことだったので、私はまたしてもゴロゴロをきめこんだ。この息子、上野の森の住人です。といってもホームレスじゃないからね。あそこの公園みたことあるかな?自治会もありそうなほどの青いシートハウスの数です。ホームレスたちに公園をのっとられている状態ですね。息子はそのちょっと先で美術の大学いってます。細いすねまだかじられてて、何とかしてくれと思いますけど進学を許したの親だし、仕方ないかな。でも、母親が入院したりするとき息子にはあまり頼れない。その上、婦人科系の手術やなにかでは余計にね。まして私は<脱>だったし。ほんとに詳しいこと言えず、ただ<子宮を取らなきゃいけないんだ>とだけいって入院。最初の病院へ4ヶ月後に手術の覚悟していつてみると、 「よくなってるみたいで手術できません」 「よくなるなんてことあるんですか」ときいたら 「あります」って。それだけ。その日はリングを入れないで様子をみることにしましたが、私は信用できない気持ちが強くなっていきました。リングは私の場合はかすかな違和感がありましたので、期待も込めて解放されたような気分でした。こういう状態ってだんなさんにもこと細かく報告もできずにストレスたまりましたよ。ずっーと書いてるように軟弱者なので、家から足だせなくなったりして。一番できなくなったのは掃除、まぁ普段から嫌いな家事なんですけど。それみてて、だんなさんもイライラ。そんなこんなの日々がしばらくはつづきました。そろそろ夕飯の仕度。また、です。2003/02/15 8:15:49おとといのつづき今日はまだ少しじかんがあります。よって、おとといの続きをちょっとだけ。医師に<夫婦生活もできないし>と、いわれたことはだんなさんには報告しませんでした。ずるいと思いましたけど私だけのせいだということを、改めて確認したくなかったしもう、けっこうな年だしこれでいいじゃないと密かに思って。やっぱり、ちょっと悪かったかな。夫婦といえどもこの手の弱みはあまり見せたくないしね。心の中で、<ごめんなさい>ってところです。ちょっとつけたしました、では。2002/08/27 20:06:14
2002年08月27日
毎朝早くてちょっと疲れ気味です。朝がすっかり忙しくなってしまって・・いや、普通かも。私は急ぐのが嫌いなので早めに起きてのーんびり仕度をしていたのだが散歩が入ってきたので忙しい。若くはないし。でも私の友人の中にはいろいろ資格取得に挑戦してる人もいるし。振り返ってこの私はと、思う。昔書かれた小説を読んでいると、といっても推理小説ばかりだが、「50歳の老婆」なんて文章があるのでびっくり。昭和初期には確かに大年増も超えて老婆だったんだねぇ。もう色恋なんてあるわけもない・・・でもいまや松坂慶子のヌードもでる。私も年齢にとらわれちゃいけないんだ。けど、<脱>から脱出できないのだ。解放されたと思ったときもあったけど。なーんてダメなんだろう。この日記をきっかけにしようとしてるのだ。書いていくうちにそうなればいいな。まだ死の海に流されるのは早いよね。おおげさ!あしたは出かけよう。
2002年08月26日
ここのところ、かぜでずぅっーと調子わるかった。横にばかりなっていたのになかなか良くならなかったけどやっとよくなったので、猫の額いの庭の手入れをすこし。午後はお昼ね。5時おきなのでたまにはしないと。日記書き始めて少し気持ちが楽になり始めていたけど、やっぱりもともと甘ったれだからすぐにね・・ダメになる。考えてみたけど甘える人がいないんだな、わたしには。だんなさんには何故か昔からあんまり甘えない。勿論、年上。思い出してみると親にも小さいころから甘えてこなかったように思う。もうこんなこと考える年じゃないのにね。だから、例の女医さんにはなんていったらいいのか、多分甘えているんだね。勿論、年下なんだけどね。真剣に答えてくれる女医さんの顔見てるともっと言ってみたいと思うんだ。胸のそこにあるものを言ってしまったら、楽になれるだろうなってことなんだけど、なんだかさびしい。それに女医さんが真剣かどうかもほんとのところはわからない。もしかしてうるさいなぁと思ってるかも。でもまぁ自分の精神衛生上も女医さんのことは信じる。それにしても最初にかかった病院は最低。主治医が変わって開口一番、 「子宮、とりましょう」 「あなたもう妊娠の必要ないし、まだ若いしこれじゃ 夫婦生活もできないし」って。<エッー>ヒドイ!<ほんと!?>。私たちそれで苦労してたんですよ。誰にもきけなくて。<そうだったの?><どうして最初にいってくれなかったのぉ>声に出していえなかったけど、まったくひどい話です。命に別状なくてももうちょっと、ちゃんとしてよと思いました。おまけにいきなり「手術いつにしましょう」。「前の人も手術日きめていったんですよ」って。前の人は関係なし! 「決められません」といったら「じゃ、4ヵ月後」・・その日はリングを取り替えてとりあえず帰って来ましたが、腹たちましたよ。その時点ではまだ病院変えるつもりはありませんでしたけど、病院や医師によって力入れることが違っているので、どこにかかっても同じじゃないことを後に知りました。やっぱり情報収集をよくしないとだめですね。病気になったら病院や先生を選ばないと、ということを学びました。そろそろ、おふろです。またね。
2002年08月25日
カゼがはかばかしくなくて気分もいまいち。「グレイヴディッガー」(高野和明)をいままで読んでいました。ノンストップムーヴィとかジェットコースタードラマとかいいますけど、これそんな感じの小説です。久々に面白いの読みました。痛快で小気味いい。それにしても本の斜め読みやこの日記で明け暮れているなんてどうにも怠惰な日々だね。あっ、でも今朝も歩きました。どうやら一善は実行したよ。三日坊主にもならずにすんだ。さて、婦人科通いが始まりましたが、なんとも鬱な気分。<なぁーんだ、こんな快適なら早く病院へかかればよかった。>と、思ったのもつかの間、すぐさま落ち込みました。4ヶ月ごとにリングを交換しなくてはならないということは私が2本の足で立てる間は続くということ。引力の法則がありますからね。それに痛いんですよ。待合室に座っていても周りはほとんど妊婦さん。人生最大の喜びの中にいる人々と一緒って言うのはつらい。筋腫かなぁ、ガンかなぁって思われてるんだろうなと思いつつそんなんだったらまだよかったって思ってました。こっちは女もおしまいって宣告されたような人間なんだもの。それにいまは夫婦できてるんですよね。世の中変わったと思いました。そんなこんなで2年近くが過ぎました。ところでほんと余談ですが婦人科の医師って毎日女性を内診してて恋したり、愛したりできるんでしょうかねぇ。やっぱり患者は物にすぎないんでしょうか。皆さんちゃんと結婚されてますもんね。ではまたあした、です。
2002年08月23日
ねこめちゃくちゃな句です。 古猫や 背中でみてる 聞いている 日盛りも 夢をみている うちの古猫(ねこ) 古猫や 背中も耳も 目となりて 忠猫です。2003/02/15 8:12:05婦人科での診察って?カゼで体がとてもだるい。昨日もこれに向かっている以外はほとんど横になっていたのにあまりよくなってないなぁ。でも朝の散歩はいってきました。これであした行けば3日坊主じゃなくなるっと。さて昨日の続きですが看護婦さんの質問は産婦人科ならではのものです。どこへかかっても聞かれる既往症とかのほかに初潮年齢、結婚した年、出産回数、分娩回数、正常分娩か異常分娩、中絶の有無、初体験の年など。最後のなんて必要あるのかなぁとおもいましたよ。取り調べみたいですよね。医師には今までの症状を言ったのですが、わたしが何かできてるようだなんていったものだから、はてな?っていう感じでした。でもすぐわかりました。「あぁ、これは子宮脱だ」わたしは<だつ!?、だつって何?>でした。何も知識がなくて。すぐリングを挿入されて、再び顔を合わせての診察では、「これじゃトイレ近かったでしょうね」といわれました。そして子宮脱の説明を受けて、こういうものをいれたんですよとリングの実物を見せてもらいました。ただのわっかです。わたしはもうショック、ショック、ショックでした。このリングは避妊リングと違って最長四ヶ月で交換なのです。最初は2週間後、一ヶ月後、二ヶ月後、三ヶ月後とのばしていくことになりましたが、考えただけで憂鬱になりました。まず、わたしは女として最低の体ですと宣告されたようなものです。このことはいまだに払拭することができないでいます。その後にかかった女医さんが子宮下垂、内臓下垂という言葉を使われるのをきいてずいぶんとすくわれました。人様に恥ずかしくていえないと思う一方で苦しい胸の中をらくにするにはやっぱり誰かにどこかに吐き出すしかないのですよね。命に別状なくてもこんなに苦しむとはおもいませんでした。人って因果なものだなとも思いました。ほんとに情けない私です。今日も休んでいようと思います。明朝も歩きたいし。 2003/02/15 8:11:20
2002年08月22日
今朝も涼しかったね。昨晩はじめてエアコン消してねました。ズーッとクーラーの中にいてなんだかカゼ気味です。おとといも映画館で冷えて、最近は途中でトイレに立たないようになっていたのにいってしまった。因みに映画は「トータルフィアーズ」(だったかな)。小さくても核爆弾が爆発しちゃうっていうのが映画の中とはいえちょっとねと思った。トム・クランシーはほかにも日本人の操縦する飛行機が政府の建物に激突するっていうのかいてますよね。テロの後に興味が湧いて読もうとしたけど、読みすすめませんでした。翻訳ものは苦手です。さてわたしは1年前、夏の終わりに子宮の摘出手術をうけました。当時から今にいたるまでを思い出しながら少しづつ書いてみようと思います。今を去ること3年前、わたしは陰部に違和感をおぼえました。<なんだかヘン><どうしたのだろう?>・・場所が場所なので誰にもきくこともできないでいました。そこへ手をやると何かできてるようなのです。「家庭の医学」を読んで見ましたが良くわかりません。ただ、性器にもガンのできることがわかりました。<ガンてどこにでもできるものなんだな>とはおもいましたがなんだかピッタリこないし、そこはづきづき痛んだりはしないのです。それにお風呂に入ったり、横になると引っ込むのです。そのうちだんだん大きくなってくるようなので、ほんとに困ってきました。おまたにものが挟まってる状態。トイレも、もともと頻尿だったけど15回くらいいくようになって、自分の状態にこれ以上ガマンできなくなっていよいよ病院へ行く決心をしたのです。陰部を見せなきゃならないのでなかなかいくことができませんでした。あの内診台にのることを考えると憂鬱でしたが、婦人科なのか泌尿器科なのかわからなくてさらに億劫でした。泌尿器科には若いころに膀胱炎かと思ってかかり(何でもなかった)導尿されて痛くてこれまた恥ずかしかったしで<死んでもいかないぞ>と思っていたのでね。いよいよ病院へ行ってみると、どうやら婦人科らしい。内診台はいやだけど、まぁお産でなじみの科で少し安心。「〇〇さぁーん」と呼ばれるとまずは先生の診察の前に看護婦さんによる問診がありました。長くなったので今日はこの辺で。
2002年08月21日
久しぶりに気持ちのいい朝でした。今はもうまた暑いけど5時半にはワンコと40分歩いてきました。気持ちよかったですよ。3日坊主にならなきやいいけど。さて、土曜日の診察は淡々と始まりさっと終わりました。その間15分ぐらいだったかなぁ。わたしの待ち焦がれていた気持ちなんて先生は知らないのだもの。なんだか切ない。診察室のドアを閉めて出てきたとたん次回の診察日が待ちどおしいなんてやっぱりおかしいね。でもいろいろ聞くことを考えていくので大体きける。ひとつふたつわすれてくるけど。でも先生の診療科目と関係ないことでたくさんきいてみたいこと、話したいことってやっぱり心療科へいくべきなんだろか。まぁ今の所は頭の中グルグル回っているわけでなし、おちこんで苦しいわけではないのでほっとこうと思う。人間て誰でも躁鬱をくりかえしているのだよね。しかし、つくづくわたしってこども・・だな。われながらうんざり。もっと前向きに、自分が幸せと思える考え方をして生きたいと思っているのに心のそこには黒いかたまりがある。みんなもあるのかしら。先生に話せたらうーんと楽になれそうなんだけどなぁ。
2002年08月20日
2日間のご無沙汰でした。待ち遠しかった人もいないでしょうが書き進みます。だんなさんがいるとパソコンの前には座りづらいです。昔ながらの夫婦なのでまぁだんなさん第一の日々です。お若い方々にはわかりますまい。やっぱり落ち着かないのであしたにします。
2002年08月19日
女医先生に会うのが楽しみさっぱりしてきました。鏡に映る私の髪の生え際が白くなってくるとユウーツです。私は白髪の家系で40代はじめには白いものが。そのうち目も悪くなり、いろんなところも悪くなりついには、子宮や膀胱がとんでもないことに。みんな若いうちからケアを怠らずにね。さてあしたは・・、といってもたいしたことではないの。四週間に一辺の通院日。S先生に会えるかと思うとウキウキです。とにかく良くなったとはいえ相変わらずS先生は私の精神安定剤なのですから。心待ちにしている日なんです。特別長い時間をかけてもらうわけでもないけど、顔を見て目をみて話してくれると安心しますよ。多分、先生の患者さんたちはみんな心が元気になってると思うな。もちろん病気がよくなる人ばかりじゃないとおもうけど。大体、男性医師はすぐ構える。ただ聞いてるだけなのに責めてると思うらしい。語尾がはっきりしないし、神経質な人が多いみたい。まぁ外科医には必要な資質かもしれないけどね。とにかくすぐにプライドを傷つけられたと思う人種なんだね、男というのは。そんなこと考えながらかからなきゃならないなんて疲れますよね。でもこれ私のごく少ない経験の結果だからすべてではありませんよ。・・というわけで相手が女医さんでもきれいにしていきたいわたしでした。 2003/02/15 8:09:24日記ここへきてびっくりしたのは日記を書く人がこんなにいっぱいいること。私はただ自分の思いを文字にしてみたかっただけ。でもいろんな人がいるんだね。なんだかちょっと勉強したら小説家になれそう・・な人も。昔、むかしの絵日記はよかったよね。 きょう、うみへいきました。 とてもたのしかったです。何の屈託もなくて・・・。今日はこれから美容院へ。でも白髪染めなのさ。まぁきれいになってかえってくるよ。またのちほど。題名のことまでおよばなかったから。2003/02/15 8:07:54
2002年08月16日
父父も母ももういません。父は私の誕生日になくなりました。きっとうらんでいたんだね。2003/02/15 8:06:51今日も空は青いまったくユウーツになる天気のよさだ。冬の曇り空もイヤだけどこの空は想像力もなくなる。クーラーのきいた部屋の中にいてなんだけど。しかし読み返してみましたが文章能力のなさを実感。推理、サスペンス小説ならゴマンと読んできたのにそういうのは役には立たないみたい。子供のころからほんとによく読んだ。父親の本棚にあった「銭形平次捕り物帖全集」「眠狂四朗」。今もとってあったら値打ちものかも。多分50年ぐらい前のものだったと思う。毎日オシッコの話で恐縮だけど昨日の昼間は5回。ヨカッタァ。昼間は問題なくなってきた。先生にもいい報告ができる。ところで患者となり、担当の先生が好きになると変な気持ちも湧いてきます。子供とおなじかな。もっとよく診てもらいたい、長く先生といたいって思うの。だからしまいには、重病だったらよかったとか、先生が研究してる病気だったらよかったとかね。まぁ実際にはたいしたことないからこんな思いにもなるんだろうけども。振り返ることができるようになったのは良くなった証拠。だからがんばらねば。 2002/11/19 10:36:49
2002年08月15日
RE:相変わらずの毎日ですさっきのつづきです。女医さんで、神の思し召しと思いましたが、先生が導尿したのは検査の時だけ。あとは看護婦さんだったし、それは最初だけ。だから実際は男の先生でもはずかしくないですよ。それより、男の人の方が女医さんでビックリするかもね。それに多分男性の方が痛いでしょうし。最近は看護師(男)さんの登場で男性には男性がしてくれるようになっていくのじゃないかな。でも断然、話しはしやすいですから。きっと団塊の世代はうんざりするほどいるし女性の方が長寿だし女医さんは引っ張りだこになるとおもうな。ではまた多分あした。2002/08/14 14:05:33相変わらずの毎日です暑さのせいにするわけではないけれど、だらだらと無為徒食の日々をすごしているわたしです。しなくてはいけないことを後回しにしては自己嫌悪してストレスとなりさらに落ち込む。ダメ人間の典型かな。生活変えようって毎朝思うのに、うまくいかない。まるで18、9の子供のようだね。まったく我ながら情けない。さぁ、今日はどんな日をおくろうか。私が思い煩っていることのひとつ、排尿回数が昨日は13回。前日は6回で大喜びしたんだけど。私はこれで一喜一憂する毎日。オシッコに支配されてる。最近はかなり良くなってるのでわすれてる時間も増えてきたけど、思い出したとたんにいきたくなったりするということは、神経的なものもあるのかなぁ。あるいは膀胱のどこかが脳に思い出させてるのかも。さて、泌尿器科の検尿ってどうするか知ってますか?導尿なんですよ。これは恥ずかしいですよぉ。ですから、診察室に入ってS先生が女医さんとわかったときはもうなんていっていいかわからないくらいうれしかったです。その上、良い先生でほんとにしあわせ。オシッコの話しは・・つづく・・です。またあとで。2002/08/14 9:27:25
2002年08月14日
ここにきてくれた方々、ご機嫌いかがですか。私はまた朝から日記に向かってます。夕方から夜はなかなかできません。昨日はもうひとつのワールドカップをみてきました。知的障害者のサッカー世界選手権大会です。選手やご家族の皆様にはきっとはれの舞台なのだと思うけどグランドには一抹のさびしさが漂っているように感じた。これは私のおごりかもしれない・・。あの人たちにもある未来ってどんないろをシテイルノダロウ。知恵遅れとか精神薄弱とか言葉を変えても意味ないじゃない、と以前は思っていた。が、しかしそうではないと私自身のことで実感した。それはまた書こう思うけど。それに未来が不安なのは誰も同じですね。若い人も私のような者も約束された未来なんてどこにもないし。去年は自分もどうなるのか不安で買い物していても歩いていても涙が出てきた時期がありました。年はとっていても根性なしの甘ったれだったのだ。情けないけどね。今、TVでやってる「トラフィック」、かなりおもしろいですよ。ドキュメンタリーみたいで。効果音なんかもほとんど入らないし、画面もよくはわからないけど手持ちカメラで撮ったふう。もう3回見ました。いつも何かしながらだけど。さて、ぐうたらママも家事をしなくては。
2002年08月13日
今の精神状況今日はまた日記に向かってしまった。夕べもまたトイレに起きずにすみました。この2日は例外。私はこの排尿問題でおかしくなっていた時期がありました。排尿記録は1年近く毎日欠かさずつけていて、いきるよすがとなっていたころもあります。今は肉体的にも精神的にもかなり軽快してますけど。そして私を解放してくれたのがS先生。心を元気にしてもらいました。精神科の先生ではありませんけど、きっと先生にはそういうちからがあるんだと思う。ウツ状態のころを思い返してみると、死にそうだったのになぜか甘美な気分も一緒に思い返される。おかしいね。嘆きの海で悲嘆に暮れるって意外に居心地よかったりするの?ちょっと専門家に聞いてみたい。落ち込んだそのわけはまたかきます。今日は夕食は息子がいないのでだんなさんと外食の予定。いってきまぁす。 2003/02/15 8:04:04無題昨日は、めまいのしそうな暑さだったけど今朝は一息つけました。この季節、お花の水やりもひと仕事。1日2回やらなくちゃならないし。洗濯機に洗濯物を放り込んでこれやってます。私は1日に何度もS先生の顔を思い浮かべていろいろと話しをしてきたけどここに向かうようになってまだ3日目なのに顔を思い浮かべる回数が減った。きっと、幾ばくかのカタルシスを得ているのだな。勿論、心の中で話してるのと違って書けないこともあるが。そのうち書いてしまうかも。最近読んだ本で感動したもの 「閉鎖病棟」・・作者は「エンブリオ」と同じ。 サスペンスかと思ったら、精神障害者たちなど を描いていて感動ものでした。 「光あるうち光の中を歩め」トルストイ 迷える子羊たちにおすすめ。でも人っていくつになっても迷える子羊なのだ思う。50を過ぎても大人になれてないみたい。人生は自分を知る旅って言うような言葉を目にしたことあるけれど知ってなお且つ認めることができなくちゃならない。これが苦しくてつらいことなのだ。自分を受け入れることができれば楽になるのにね。・・・私が年相応の精神をもっていないだけかな。日野原先生の本も1冊読んで見た。 「いのちの器」・・・。さて、洗濯物を干すとしよう。2002/11/19 10:34:52
2002年08月12日
わずかな人に読んでもらえたみたい。地味でつまらないだろうけど、私はこれを書き進むのみ。今朝もネコに起こされる。ザラザラの舌でまぶたなめられると痛い!次は鼻をガブッ・・起きたくないときはフトンをかぶる。でも、まぁ5時には起きてエサをやった。ネムッ!6時前にはワンコの散歩も。ダンナさんが泊まりがけのゴルフだったのでね。夕べはトイレに起きずにすんだ。排尿も私の抱えてることのひとつ。最近はS先生に処方してもらった薬でかなり改善。ようやく昼間は排尿に関して快適生活を送れるようになった。最近観た映画「メンインブラック」後半寝てしまった。 「タイムマシン」まぁまぁ。最近読んだ本「エンブリオ」面白かったが内容は今や現実。私の映画NO1は「ギルバートグレイプ」 あの太ったママがいてこその感動。細く長くやっていくつもり、三日坊主にならぬよう。続きは今日か明日か明後日か。
2002年08月11日
買い物からかえって、さて書きこもうとしたら、自分の日記に行けなくなってしまって。これはなので続きです。今日も殺人的暑さでした。これからズーっと、こういう夏なんだろか。毎日の買い物とワンコの散歩で真っ黒です。我が家にはニャンコも1匹。仲良くケンカしながくらしてます。夕食は息子と2人だったので、ごく質素にすまし、これやってます。多分もうミスはないと思うけど。これをはじめたきっかけは、S先生(女医さんです)に書いてみたらといわれて。書くことでどうなるかはまだわからないけれども。今はもらった薬のせいかウツ的症状もよくなって、なんだか元気。目下のところは2.3キロでよいからやせないかなということ。もっとやせれば血圧もよくなるかも。私は血圧も高い。あー、明日も暑そうだ。
2002年08月10日
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