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2023.10.21
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誰にも気兼ねなんてしなくていいんだと気付いた。

特別うるさく注意されたわけではないが、やはり日頃の行動で姑や母の目は気にしていた。

特に姑は親戚や近所の目を気にするタイプだったので、私も自然と自分の欲求にブレーキをかけていた。

しかし現在、二人を見送ってパーッと弾けているわけではない。

精神的に鎖が取れた自由を満喫しているということだ。

それが年をとった良さなのかもしれない。
人生のご褒美だと思っている。

姑同居の生活で、姑の後ろにいる義姉家族と義弟家族の無言の圧力と嫁の立場の精神的、物理的な理不尽さ。

母も私の気持ちに寄り添ってくれたわけではなく、泣いて帰られる実家ではなかった。



でもあの当時はできなかった。

不自由な生活でもそういうものだと自分に言い聞かせていた。

同居を解消して出ていくよその若夫婦は愚かだと思っていた。

しかし、今思うと彼らは自分に正直だったのだ。

理不尽な対応に我慢せずに戦いを挑んだのだ。

別居すれば生活する場を確保するために費用がかさんでも、自分らしい生活をするためにそちらをえらんだのだ。

法事等で親族が集まる時、針のむしろでもそちらを選んだのだ。

単純に、私は小心者で愚かだった。

結局、姑の思い通りの生活で私がどれだけ窮屈で、居場所のない生活をしていたかも知らず、あの世へ行った。

別居まではいかずとも生活する場をリフォームで分けることは可能だったはずなのに結局、そのまま私が我慢したままだった。

だから私は今の生活を幸せだとしみじみ思う。



そんな生活ができる今に感謝しかない





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最終更新日  2023.10.22 00:01:29
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