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目の回る忙しさでそれが勤め先の同僚に話すと我が家は特殊な例だと気づいた。
一日中客の対応など無い。
親戚は人数が決まっているからそれが済めば、ゆっくりできると。
我が家は姑の性格上、来た人は全てお茶を飲んでお喋りすることを強要。
次から次に、客は来て入れ替わり、中にはお昼前に来て夕方までいる猛者も。
そんなことに嫌気がさし、午後からは実家へ行くと言ってドライブして時間を稼ぎ、実家にいる時間は少しだけ。
私の愚痴など聞く耳を持たない母には他愛ないおしゃべりだけで早々と切り上げる。
そして姑のいない今、来客も親戚と相談して省略するように。
長時間ダラダラおしゃべりする人は皆無になり、のんびりしたお彼岸を過ごすことができるようになった。
早起きしておこわ、煮物、天ぷらを作り、昔から作られてきたものながらやはり美味しいなとしみじみ思う。
姑のいた頃のお彼岸、お正月、お盆は大嫌いだった。
来客第一で自分と客を優先し、私達家族を蔑ろにしたことは今でも許せない。
しかし、それにちゃんと抗議しなかった自分も悪い。
抗議すれば居心地が悪くなり、自分の立場も悪くなると思えて我慢してきた。
我慢の生活が通常の生活になり、「いずれあんたたちに世話になるから」が口癖の姑は言った通り夫と私の介護を受け、我儘を言いながら亡くなった。
今穏やかな生活をやっと送れるようになり、しかし姑への思いは変わらない。
私が正当な意見で姑と夫の姉弟と戦わなかったのが心残りでしかない。
庭には彼岸花がいつの間にか咲いていた。