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我が田んぼの稲も実り、もう水抜きをしてしまったので、そろそろ稲刈りをしなければと、とりあえず近くの農家の様子を見に行きました。
でも本職の農家はまだこれからのようで、私ももう少し待つことにしました。来週になるかな?
それならばと足を伸ばし、北広島市島松の中山久蔵さんの住居のある場所に行ってみました。住居は何回か手を入れられていますが、基本的にはそのままだそうです。

※ 左半分が住居で、右半分はお客さん用にあとから増築したそうです
北海道では江戸時代の初期から、暖流の流れる道南の大野町(現在は北斗市)で稲作が試みられ、不安定ながらも年によってはなんとか採れるようにはなっていたようです。
本格的に北海道で稲作が行われるようになったのは、1871年(明治4年)に、現在の北広島市島松に入植した大阪河内出身の中山久蔵さんの功績によるものでした。
1873年(明治6年)についに成功し、採れた3俵の米は、種籾を無償で道内各地の農家に分けてあげ、栽培のコツも指導し、それから急速に北海道の稲作が広がって行ったそうです。

その後もどんどん品種改良が進み、北海道は全国でも有数の米の産地となりました。
お米って便利な食品ですね、ある程度の保存が利いて、「◯◯丼」のようにご飯の上に何か載っければ、それで一食になりますからね。
さらに、面倒くさい時は「玉子かけご飯」で終わりという手もありますし。
