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その2 ~昼の風景~



「うーん。」

ちょいと伸びをして背中をリラックスさせる。

12時の時報が鳴り、午前中はなんとなく平和に終わった。

いつもどおりというやつだ。あの件がなければな…。


うー、思い出すとなんかむかつく。まったく俺らしくない。

プレゼントがどうとかでしばらく口論したためにいつもより2本も電車に乗り遅れた。

遅刻せずにギリギリセーフだったのは日頃の行いがいいみたいなもんだ。

駅から会社まで猛ダッシュ…、まったく! 学生か、俺は?



ちなみに部長に注意されたのは廊下を走ってたからであって遅刻したわけではない。

それだけは俺の名誉のために言っておく。

それにしても廊下を走るなって、小学生レベルの注意だな。

営業部の連中なら、大概走ってそうなものなのにさ。

くそっ! 占いが大当たりじゃんか。忌々しい。


さてお昼休みだし、気分転換に今日のランチについて考察してみよう。

考察…、いいねえ、なんか難しいことを研究しているような響きだ。

考察と言っても様々な選択肢の中からただひとつ究極のものを選ぶ試練というわけだ。

昨日までの中華ブームはそろそろ終わりにしないといけない。

たまたま八宝菜に火がついて、酢豚、天津飯、チンジャオロース、麻婆豆腐…。

やはり中国四千年の味はあなどれないといったところか。



こいつに頼りっぱなしっていうのもな、大人気ないか。

俺もいい加減中年太りを考えないといけないお年頃だしな。

そろそろあっさり和食がいいころかもしれない。

ご飯に味噌汁、魚の焼いたやつに漬け物…、典型的な質素なメニューだ。

ローカロリーで高蛋白な食生活って、できるビジネスマンみたいだしな。



本格的な辛口のやつ…。


あの悪魔人形のせいで家では刺激的なものを一切食えないからな。

激辛なんかもってのほかだ。どうして大人ぶるのにお子ちゃまメニューなんだ。

おまけに七味とか、わさびとかの調味料まで隠されてる始末…。

俺は禁欲された坊さんか!ってぇの。今時ありえねぇぞ、そりゃ。

いいじゃねぇか、肉まんに辛子つけるぐらい。普通だろ、それって。

おかげで、あれだ。外で飯を食う時はやたら辛いもの頼んでしまうんだよ。

友達に『高鷲(たかす)って、意外と辛党なんだよな』とか言われてしまう。

そうじゃない!!

いや、確かに否定しないが、それも全部、あの悪魔人形のせいなんだよ。

事情を話しても多分わかってもらえねぇだろうし、へたすりゃ変態あつかいだ。

どこの世に家で人形遊びをする28歳の独身男性がいる?

って言うか、遊んでいない。確かに遊んでいない。絶対に遊んでいない。

間違いなく遊んでいなーいっ!!!!!  勘弁してくれー!


…などと初心に帰って心の中で叫んでみたりする。

さすがに某第3ドールとやらが朝に言ったみたいに1年も経つとなんともねぇな。

人間、生きてりゃ賢くなるもんだ。それなりの知恵もついてくるってもんだ。

とはいえ、さすがに友人に家に人形が置いてあるのを見せられないんだが…。

それもまあ、よしとしよう。別に家に招いてホームパーティを開くわけじゃないし。


人形は隠せば何とかなるとしてもだ、あのベランダだけはいかんともしがたい。

いつの間にやら野菜畑だ。絶対、管理人に怒られること間違い無しだな。

どこから運んできたのか不思議だが、見事に土で埋め尽くされている。

普通さぁ、家庭菜園ってものはベランダでやるにしても植木鉢とかプランターを使うものだろ。

それがなんでコンクリート床に直に土を盛っているんだ。ありえねえぞ、そりゃ。

よく下の階から苦情が来ないもんだと感心しちまう。

それも不思議な魔法でも使っているのか? それとも何だ、下の階の住人は鈍感なのか?

まぁそこで採れた新鮮らしい野菜を食わされている時点で俺も同罪かもしれないが、うーん…。

許可した覚えはまったくないぞ、俺は。

それにまだ、レタスとかトマトなんかは理解できるがあれだけは理解できねぇぞ。

どうやったら大根だとか人参だとかジャガイモなんかが採れるんだ? ベランダで…?

いや、考えるのはよそう。そういうのを受け入れること自体苦手だ。無視だ、無視!

俺としちゃあ、洗濯物を干す空間を確保してもらいたいもんだね。

ベランダってもんは本来そのためのスペースだろ。間違ってないよな、俺。


ああ…。駄目だ…。最近、つい、あいつのことを考えてしまう。

慣れたついでに俺もおかしくなっちまったのかねぇ。

それとも俺の知っていた世界って嘘っぱちだったのか?


そんなはずねぇな。目の前の書類の山が現実なんだよ。

うん、気にしない。気にしない。考えたくないし、考えない。

なんだかここ一年、心の中の呪文になりつつあるよな。『気にしない』って。


そんなことよりカレーだ。カレーか…。カレーなんだよな。

今の俺に欠けているのは何と言っても情熱的で刺激的な腰がキュッとしまった女のようなカレーなんだ。

スパイシーで、かつ甘美な芳醇さをまとい、心の底から燃やしつくしてくれる、そんな感じだ。

間違っても小さくて口やかましい、くびれのないお子ちゃまみたいな女とは大違いだぜ。

ああ…口だけは激辛、いや毒辛だな。人形だし…。

あれを女と認めるわけにはいかんよなぁ。うん…、なに考えてんだ、俺。


さすがにこの忌々しい左手の薬指にはまった指輪を取ることはあきらめたが…。

いや、考えるのはよそう。どうも今日は朝からどうかしている。


カレーの美味い店を検討するのに集中しないとな。うむ…。


なぜか顔を真剣に歪ませて考えてみる。それらしさも必要ってことで。

「ふむ…。」とか言ってみたりする。もちろん腕組みしながら。

ちなみに『うむ』とは『有無』であり、『ふむ』とは『不無』だとか。

意味は知らねぇがそんな感じな表現はそれらしくって好きなんだがどうでもいいか。


そんな俺を隣の席のOLが変な顔で覗き込む。

そうかこういうセクシー美人OLのようなカレーがいいよな。

この女…、歳は24だったか、まさに食べごろってことだ。いい。実にいい。

うん、正常なはずの男にとってこういう女と付き合いたい。すごく当然だ。


俺は制服フェチじゃないが、OLって響きは制服も含めていいもんだよな。

あれ?OLって死語だっけ? どうでもいいが俺の中では生きてんだよ。

だいたい、どっちかって言うとそういう女性の職業を表す言葉って好きなんだよな。

なんかさ、男とは違う優秀なスペシャリストって感じで。

俺が女なら間違いなく使うけどな。うん。プロ中のプロを表現しているってことだ。

女性蔑視だとか世間では言うらしいが何でそんな風潮になってしまったのかねぇ?

俺が思うにそれになれない男どものひがみじゃないのか?

だって『ナースマン』って言葉があっただろ。まさにそれがそうだ。

自分がなれないからって統一するのはどうかと思うんだが…って、俺、なに考えてんだ?


「あの…、高鷲(たかす)さん? どうかしました?」


その声で現実に引き戻される。やべぇ、俺、変だったかな!?


「えっ…? あっ、ああ…。」


俺らしくもなくしどろもどろになってしまった。

大きな瞳で見つめられたせいだ。他意はない。そういうことにしておく。


「お昼、行かないんですか?」


「いや、たぶん、行く。じゃなくて、これから行くとこ、うん。そう。」


この女、大人しい性格のくせに鋭いな…。

それにしても俺はなんだって焦ってるんだろ。

確かにこの大原なつきちゃんは理想どおりの抜群のプロポーションの持ち主だ。

誤解を招かないために言っておくが、口説いたことは一度もないぞ。

そりゃ気になるといえば気になるかもしれないが、俺だっていい年した大人だ。

そのへんはわきまえてるつもりだ。公私混同しない。常識ってもんだ。

中学生じゃあるまいし隣の席だからって恋が芽生えるなんてことはないんだよ。

だいたい職場恋愛ってかなり面倒だからな。せいぜい理想の先輩って立場でいてやるさ。

って誰に言い訳してんだか…。


「そうですか。私、今日はお弁当持ってこなかったんです。よかったら一緒に行きませんか?」


そりゃ思いもよらないお誘いだな。珍しいこともあったもんだ。一緒に…か。

って、一緒に!? ええーっ! マジで? やべぇドキドキしちまった。


「いいよ。どこ行く? 今日の気分はカレーかなって考えてたんだけど。」


悟られないように冷静に答えられるってのが俺の自慢のひとつなんだな。

間違っても『君のような情熱的な体を持ったカレーを食べたい』などとは言わない。

セクハラはご法度だ。同じ職場で気まずい空気は感じたくない。

それにしても『今日の気分はカレー』ってどんな気分なんだよ。

なんだか恥ずかしいことをさり気に言ってないか? 俺…。


「カレー…ですか? 高鷲(たかす)さん、美味しいところ知ってます?」


必死に脳内検索をかけてみる俺。

さっきから妄想のしすぎだが、本来はこういう使い方の方が正しいに違いない。

なるべく意識してこなかったが、こういう美人と共に昼食なんてシチュエーション、経験ないぞ。

しかも彼女がここに配属されて半年近くなるのに初めてだ。

たぶん、この忌々しい指輪のおかげで既婚者などと誤解されているに違いない。

そうでないとありえない。


そりゃ隣の席だし、仕事上での会話は日常茶飯事だから、何も緊張することないはずだ。

かと言ってプライベートなことに首を突っ込まない主義の俺としてはそれ以上の会話はしない。

というか仕事の話以外はしたことがない。あの悪魔人形のせいだ。

なんとなく他の女と会話できないような魔法か呪いをかけられているに違いない。

妙に恋愛運が悪いのもそれで証明できてしまえそうだ。なんだかわからないけどな。

でもおかげでクールなイメージが構築されつつあるのは喜ばしいかもしれない。

未だに彼女が出来ない理由をそれにするのは気が引けるが、現実は残酷なんだよ。

俺だってやりたい盛りの男なんだ。っていうか、やりた…いや、やめておこう。


落ち着け、俺。わかってるだろ。無理だって。

そりゃ口説き落とせばどうにかなるなんて甘い誘惑があるかもしれないが、大事な後輩だ。

振られる以前に仕事をする上でも彼女を失うのは痛い。

信頼なんてあっという間に崩壊してしまうもんだし。

それに今さらあの笑顔が可愛いなんて隣で見慣れているはずだ。

俺はそんな軽い男じゃねえ。毅然たる態度を保持できる精神は持ってるつもりだ。

隣の席の良き先輩、そのスタンスを崩すわけにはいかない。


しかしこれはこれで誤解を解くチャンスかもしれない。

さらに俺が独身だってことがわかってもらえたなら友達の一人でも紹介してくれるかもしれない。

こんな美人だ。さぞかし綺麗な友達だっているだろう。俺の勝手な想像だがな。


うーん、邪な考えはこの際だから捨てておこう。

ああ…もてない男はつらいなぁ。

どちらにしろご期待にそえるように、とりあえず検索条件を聞いてみる必要はあるな。

なんとなくカレーって言葉に引っかかりを感じた気がする。

もしかして嫌い? それともランチにカレーは駄目なのか?


「候補はたくさんあるんだけどな。大原さんの好みって聞いていい?」


最悪、カレーを諦めないといけないかも…。しかし美人OLとランチ…。

いつの間にか究極の選択になってる俺って…。






                         …続く。





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最終更新日  2007/02/16 01:41:33 AM
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