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その6 ~夕方の風景3~



雑居ビルが立ち並ぶオフィス街の裏通りの路地に入る。

そこはちょっとした商店街風になっていていろんな店が並んでいた。

そう思ったのはこんな時間にここにくることなんてなかったからだ。

ランチタイムがスーツ姿の連中で賑わっているのと比べると大人しい雰囲気だ。

というより7時に閉める店が多いんだな。


贅沢だといわれようが昼飯ぐらいはいろんなものを食べたいと思う。

一人暮らしが長いと自然とそう思ってしまうものなのかもしれないよな。

まあ最近はあの悪魔人形が『朝食は1日の基本ですぅ』とか抜かしやがるもんだから、


そういうわけでここらは昼休み以外に当然、用はない。

ないのだが不本意な理由により足を踏み入れてしまった。


うむ…。

なにを躊躇しているのかというと…。

昼休みにある店でケーキを注文してしまったことが発端だったりする。

ケーキなんて甘いもんは俺自身まったく興味ないのでパルナスだろうと不二家だろうと、
りくろーおじさんだろうとお構い無しだ。

出来れば口にせずに済むに越したことないのだがそうもいかないみたいだから仕方ない。

今、手にしているメモ紙には汚ねえ字でケーキと書いてある。

なんだか丸っこい絵みたいなものがデコレーションケーキをイメージしているのだろう。

どっちかというと呪いの呪文にしか見えないのだが、たぶんそうだ。



手紙でも書かれた日には…って、そんなことはどうでもいいか。


そうじゃなくて社会のルールの基本上、注文したからには買わないといけないだろう。

それが良心であり、何ら問題などないはずだ。

当然だが欲しいと思ったから注文したわけで、いらないものを注文するほど俺は暇でない。

今さら何いってんだか…。




う~ん…。あの笑顔がちょっとまぶしすぎる。

いや待て、誤解を招く発言だ。そういう意味ではない。意味ではないんだが…。

なんだか会ってはいけない様な気がするんだよ。虫の知らせか?


とは言え、店の前でウロウロするほど不審な人物ではないのだから、ここは腹を決めないとな。

しゃーねえ。あいつのためだ。早く帰らないと余計怒られるだろう。


それにしてもこの店は小さくて雰囲気がいい感じだよな。

演出というか明かりの使い方がうまいのに気づいたのはあたりが暗いからだ。

アンティークとかに詳しくない俺でもそれぐらいはわかる。

豪華なホテルのディナーよりも断然デートにもってこいだろう。

というか窓越しに見える客層はほとんどカップルみたいだしな。

などど店の感想を言ってる場合じゃなかったな。入るとするか…。


ん…!?

ドアのノブに手をかけたとき、上空からの視線を感じた。

気のせいだろう。薄暗くって何にも見えないしな。

あーやだやだ。何、緊張しているのだろうね、俺は。


「いらっしゃいませー。」 


ウエイトレスの声が店内に響く。

昼間と違って落ち着いた感じが心地良い。今さらだがやっぱりいい店だ。

レジにいたウエイトレスに用件を伝えるとしばらく待つように言われた。



レジ横のショーケースに並ぶケーキはどれも美しかった。

そういう趣味はないのだがつい見とれてしまう。

多分こういうのを見慣れていないからだ。そうだ、そういうことにしておけ。

だから声をかけられているのにすぐに反応できなかったんだな。


「お待たせいたしました。高鷲様ですね。昼間はどうもありがとうございました。」


恥ずかしながらビクッとして声の主を見る。噂のパティシエだ。

やっぱりこいつ…、いい笑顔だ。力強くてやさしい明るい笑顔。

って、何で俺が男の笑顔にこうもドキドキする。言っておくがそういう趣味はないからな。


男は白い箱を手にしている。多分あの中に注文したケーキが入ってるんだろうな。

とっとと受け取って帰るとするか…。

そう思った瞬間、男は蓋を開けて中身を見せた。


「えーっと、こちらがご注文されたケーキです。
 小さなお子さんのパーティーに使われるってんでかなり気合入れて作りました。
 久々の自信作って言ってもいいぐらいっすね。俺の独断ですけど…。
 あれ…?、あっ……、やっぱり……だめっすか…。」


直径15センチくらいの小さなデコレーションケーキが現れる。

正直、思わず見とれて声も出なかった。綺麗だ…。いや綺麗過ぎる。

なんだこりゃ? 芸術作品か? 

子供の頃の俺なら夢に見たであろう物が現実に目の前にあるみたいだ。


男は俺が絶句しているのを勘違いしてか、悲しそうに落胆していた。

ちょっと待て! そりゃ違うぞ。俺は慌てて誤解を解かなくてはならなかった。


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。
 なんて言うか…、すごく綺麗だなぁと思って…。実はその…。
 俺ってあまりこういう甘いものには興味のない方だから…。
 なぜだか素直に見とれてしまって…。」


言ってる事はこっぱずかしいが焦ったために正直に答えてしまった。

別にいいだろ? 嘘ついてないし…。


俺の言葉に気を良くしたのか、男はたちまち表情を崩した。


「見た目だけじゃないっすよ。味ももちろん保障します。」


そして男は白い歯を見せてニカッと笑った。


「みたいだな。ありがとう、これで子供も喜ぶよ。で、いくらだ?」


さぞかし値が張るんだろうなと思いつつ、それなりのもんだから仕方ないとあきらめた。

だが、とんでもないことを男は言った。


「ええっと、3千円いや、オマケして2千円でいいですよ。」


ま、マジか? あんたはうちの大原さんが絶賛するくらいのパティシエなんだろ?

しかもフランスで賞をいくつも獲ったこともあるって聞いてるぜ。

こんな小さな店にしろ、3つ星のフランス料理店並のものなら1万円って言われても驚かない。

ひょっとしてケーキってもんは芸術的なものでもこんなに安いのか?


「どうして? こんな見事なケーキだろ。相場は知らないが3千円でも安いくらいだ。」


「う~ん…。だってお客さん喜んでくれたじゃないっすか。それに…。
 俺、小さな子供が喜ぶ姿を見るのが大好きなんですよ。だから、その…。
 オマケした千円分だけ余計に、その子にプレゼントを買ってやって下さい。」


そう言ってはにかむパティシエの姿にすごい罪悪感を覚える。

うわーっ! やっぱり、こいつとんでもねえいい奴だ。 

そのプレゼントを受け取るのがあの悪魔人形だと知ったら、どんなにこいつは悲しむだろう。

俺は今日ほど人の善意が踏みにじられる瞬間を見たことはないと思った。

だが許せ。知らぬが仏というじゃないか。なっ。

君の善意は間違いなく天の神様もご覧になってるであろうよ。

情けは人のためならずとも言う。きっと君に返ってくるさ。

『じゃあせめてクッキーでも』と言うのを丁寧に断って気持ちだけいただくことにした。

替わりに名刺をもらっちまったがな。


俺はどうにもいたたまれない気持ちになって、無理矢理3千円払って逃げるように店を出た。

どうしても俺の良心が許さないんだ。

なにも一般人であるあんたまであんな悪魔人形に躍らされることはないはずだ。


それにしてもこっちが申し訳ないくらいなのに…。

あんたがすまなさそうな顔をするのだけは絶対違うと思うぞ。

サービス過剰なのは悪いことじゃないが、プロとしてどうかと思うんだがな。

腕は間違いなくいいってのは認めるが商売には向いてないな。

まだ若い……、そういうことだ。もっとも俺なんかが偉そうには言えないんだが。


はぁーまったく、涙が出そうだ。

そうだよ、正直に事情を話せない俺が悪いんだ。仕方ねえだろ。

あんないい青年にさ、人形に食わせるためにケーキを買いに来たなんて言えるわけないだろ!

それこそもっとあいつを落胆させちまうぞ。さすがにそれだけは出来ねえ……。




なんにせよたいした事ない。俺の憂いなんてもんはな。

今、やっとわかった。俺があの男の笑顔に感じていたのは罪悪感だ。

そうだそれに違いない。嘘をついてケーキを作らせたのは事実だしな。

もらった名刺を見るとありがちな広告と『児玉大和』って名前が書いてある。

かなり有名な奴かもしれないが、あいにくと俺は甘いものに疎い。そこは許せ。


でもそんな有名な奴に人形に喰わせるケーキを作らせたのは世界中で俺一人なんだよな。

あー悪かったよ。それもみんなあの悪魔人形のせいだから勘弁してくれ。



店を出て、しばらく歩ているとまた誰かに見られている感じがした。

上か…?

空を見上げても都会じゃ星ひとつ見えやしない。月なら見えるが…。


くっ……。

今夜に限ってあの悪魔人形が暴れているせいか左手の指輪がうずきやがる。

ちぇっ、わかったよ。さっさとプレゼント買って帰れってんだろ。

ったく…。


                         …続く。





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最終更新日  2007/03/06 02:16:21 AM
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