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昭和25年5月第三版『君 死にたまふことなかれ』 深尾須磨子 改造社
「君 死にたまふことなかれ」 与謝野晶子
あゝおとうとよ、君を泣く/君死にたまふことなかれ /末に生まれし君なれば /親のなさけはまさりしも/ 親は刃をにぎらせて/ 人を殺せとをしへしや/人を殺して死ねよとて /二十四までをそだてしや
堺の街のあきびとの/ 旧家をほこるあるじにて/ 親の名を継ぐ君なれば/君死にたまふことなかれ /旅順の城はほろぶとも/ほろびずとても何事ぞ/ 君は知らじな、あきびとの/家のおきてに無かりけり
君死にたまふことなかれ/すめらみことは戦ひに/ おほみずから出でまさね/かたみに人の血を流し/ 獣の道で死ねよとは/死ぬるを人のほまれとは/ おほみこころのふかければ/もとよりいかで思されむ
あゝおとうとよ戦ひに/君死にたまふことなかれ /すぎにし秋を父ぎみに/おくれたまへる母ぎみは/ なげきの中にいたましく/わが子を召され、家を守り/ 安しときける大御代も/母のしら髪はまさりぬる
暖簾のかげに伏して泣く/あえかにわかき新妻を/ 君わするるや、思へるや/十月も添はで 別れたる /少女ごころを思ひみよ/この世ひとりの君ならで /ああまた誰をたのむべき/君死にたまふことなかれ
★☆
まだまた、戦後間もない頃、バラックが建ち並ぶ東京で書かれた、与謝野晶子伝。
深尾須磨子は兵庫県出身、15歳の時、京都師範学校に入学したが、派手な服装、奔放な言動が原因で退学。菊花高等女学校(現 京都聖カタリナ女子高等学校)に入学した。
与謝野晶子に傾倒し、師事。
与謝野晶子をよく知る人の伝記としては有名な本である。
しかしながら、読み進めていくと、近いだけに晶子に肩入れする熱は熱く。
ともすれば客観を越えた賛美歌に聞こえる・・・・
曰く「詩業においてサッフォの普遍性に通じる彼女は、その生涯を人類の庇護に捧げた点において、正に偉大な人類の母であつた」
「高みに立つて鞭をふりあげるようなこともなく、常にわれわれの座にあつて、虔しく、しかも毅然として、われわれと共に語り、われわれと共に励み、われわれの希望を希望としもわれわれの苦悩を苦悩として、戦いぬいたのである。これほどの歓喜、これほどの栄光がまたとあろうか。われわれはいたずらにガンジイやキュリイを羨むまい。われわれにも与謝野晶子がある。叡智と美と自由と愛の花束に、燦たる人類の理想をかざした、しかも力の人、晶子がある」
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