つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2007年03月31日
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カテゴリ: 政治について
 今晩は。伊東です。
 ワタクタと忙しい中、今走っている「マラソン」は折り返し地点を過ぎました。後残り半分。どう走ろうっかなっと。腕も鳴る、腹も鳴る毎日です。
 さて、ジョーク語りもここまでにして、今日の記事はタイトルにも書かれている通り「よく使われる言葉」だけど、その実態や真意を考えると「それは本当はこんなんでないのかな?」というものがあります。今日はとりあえず思いついた事に関して縷々語っていきます。


 うーん、原因は色々考えられますねぇ。…ぐごぉ!


伊東:だーれがオレのダイエットを題材にしろと言った!
 今日はごあいにく別件だよ!
 後で「プロジェクト-B」に呼んでやるから、今日はどこか行ってろ!

びー:はーい。清水日本平に行ってきまーす。

伊東:行ってらっしゃい。ウナギ忘れるなよ。
 さて、本題に参りましょう。では、リスナーから寄せられたハガキを読んでいきましょう。

びー:いつからラジオ番組になったんですか~?

伊東:ていっ!いいから福井に行って地震被害者の復興の手伝いして来い!


「政治家って、文句言い合ってるのしか印象に残っていない。もうちょっと自分達が何をやるか話してよ」

 はい、じゃあお答えしましょう。
 文句ばかり、とは言うけど、議論するとなると「自分達が何をしたいか」というのと「相手方の発言に対してここが違う」というものは言わば「両輪」なわけです。マスコミの報道には、制約というのもありまして「~が~を批判した」と片付けたがるものもあるんですね。

 だけども、その批判の中には、その勢力なり個人の考えを示す部分というのも入っているわけです。それがなければツボツボさんの言うとおりですが、時間作って討論番組を聴くことがあるとすればそういう部分~時間的にはほんのわずかかもしれませんが~をさがすのもおもしろいと思いますよ。
 ただ、気をつけてほしいのは「議論の応酬」をイコールで「批判ばかり」と捕らえないでほしいのです。議論する側でも、発言には気をつけなければいけないのはその通りです。

 続いては福島県の町相撲の弓取りさんからいただきました。

「今まで公約といっているものってのは破る人が多かったか、実現できない人が多くてもう当てにならない。これからはマニフェストの時代だ。伊東さんも人生のマニフェストを作っては。」

 正直言えば、マニフェストマニフェスト言いますが、今のマニフェストの扱われ方見ると、少々「完ぺき主義」求めすぎていませんか。
 私にとってはマニフェストも公約も一緒なので、ここではまとめて「有権者の皆さんに提示するもの」…略して提示物としておきますが、それぞれの提示物の示すものは、政策を具体的に示す事、それにかかる財源を示すのはその通りとして、優先順位は示すとしても、いついつまでに実現するというのは必要ないのではないでしょうか。

 マニフェストになったから「検証責任」が必要、といわれますがそんなのは今までの公約でだって出来たわけでしょう。今までそれをしていないで、マニフェストになったらそういう事をする、というのも変な話です。更に実現度で物事はかるという考え方になると、野党サイドの人は徹底的に不利になりますね。

 マニフェストだなんだで踊らされないで、その人が何をしようとしているか。そして、どういう行動をしてきたか。それだけで十分ではないでしょうか。どっかの学者みたいに、自分が頭がいいよというのを示すために「あれもダメ、これもダメ。全員なっていない」とほざく学者は論外です。ちなみに私のマニフェストはつくる気はありません。人生そんな都合よく進むことできるかいって所です。

 では最後に宇都宮市の餃子屋のセッちゃんさんからいただきました。

「共産党は福祉政策の充実というけど、そんなの充実させられたら、働く事がバカらしくなってくるわ。」

 とのお話です。ここにも分断攻撃の影響が出てますね。


 福祉に対して「経済の役に立たない」てな感じでモノを語る人もいますが、実は消費の役にも立っているのです。それまで消費行動にまで手が回れなかった人が、必要最低限の出費を社会保障でまかなえる事で、消費活動に手を回せる。消費活動といえば大げさですが、今まで一日一品しか買えなかったおかずが、三品買えるようになった。これだけでも大きいですよ。積み重なれば。

働く事にどうしても制約が課される
  ↓
収入もそれに比例して少なくなる
  ↓


 今回の件とは直接関係ないけど「生計費非課税」というのが何故定められているか(その原則は崩されつつありますが)といえば、一日一日生活していくのに必要な金銭は確保せなあかん、という考え方から来ているものでしょう。
 金持ちの人は、自分の収入における生計費の割合は少ないでしょう。「俺達は頑張った収入を何で税金に取られなきゃアカンのや」というブーイングは多分来るとは思いますが、その稼ぎは全部が全部自分で動いて手に入れたものか、と聞いてみたい。価値のあるものを作り出した労働者や、その人が生み出したものを買った消費者の存在なくして、利益は上げられないでしょう。
 だったら、生活していく分以上に稼いだものに関しては、社会に還元しても罰は当たらないでしょう。

 もちろん、労働者の賃金に関しても、今の水準では低いでしょう。
 時給1000円という共産党の提案。「そんなの無理だ」という声もあちこちで散見されていますが、そうした所で
1000×8(時間)×24(日)×12(ヶ月)
=年収230万4千円でしかありません。
 どっちの生活水準の向上も必要な事です。
 憲法25条の事を考えれば、ね。
 怒りを向ける標的は「金持ちだけがいい目を見る」社会です。

 さて、今日はラジオパーソナリティー風にして普段疑問に感じている事を3編語ってみました。うまく語れたかどうかは相変わらず不安ですが、この記事が何かを考えるキッカケになれば幸いです。必要以上に何のかの言われるのには疑問の目を向ける性質なもので。

 明日は「実はこんなものまで企まれている!国会政策情報」をお送りします。
 今日も拙文を読んでいただきましてありがとうございました。
 また明日お目にかかります。

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最終更新日  2007年04月01日 13時54分40秒
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