つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2012年03月11日
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カテゴリ: 私の事、色々と
 震災から3日目。
 兄は会社に、母も「家にいてもなにもする事ない」という事で兄について会社の掃除を手伝いに。私も前日の疲労がとれ、調子が戻った昼前に会社に向かった。とはいえ、やることがなくなって、パソコンを借りて、知己の方のホームページにコメントを入れ、震災後初の記事を作りました。

 11枚目 

 夕方までには北上市南部も電気が復旧。電気が戻った事には安堵しましたが、同時に、テレビに映った映像にはショックを受けました。
 壊滅だ何だと話は聞いていましたが、正直これまでとは…。大船渡は盛町まで波に浸かった様子が映り、陸前高田の状況に至っては…言葉がありません。
 翌日のラジオでIBC岩手放送の神山浩樹アナウンサーのリポートは-具体的に何か、というのは忘れたが、絶句を乗り越えてのリポート-忘れられません。

 情報が錯綜し、あるいは絶対的に足りず、電話は携帯、在宅問わずつながらない状態。とにかく自分にできるのは信じることだけ、と思いながら、床につきました。

 共産党の事務所に行ったのは少し日が経ってからでしょうか。震災被害の対応から仲間の安否、さらには印刷所の機械故障による機関誌業務の乱れへの対応…内陸部にいたとはいえ、被害が何もなかったわけでないので、やる事は山程ありまして。とりあえずは私の関わる範囲内での任務の受け渡し・打合せをしていました。
 特に重大な状態になっていたのは機関誌。先にも語った通り印刷所が故障し、配送体制も壊れ、後述するように燃料不足の中で、どう基幹的な赤旗出張所まで新聞を回すか、が課題になっていました。ただでさえ東京からの空輸→青森に降ろして…それ以降のルートの再構築に頭を悩ませていた様子を目の当たりにしました。



 文中に書いた燃料不足は大変なものでした。宮城の石油貯蔵拠点をはじめ、各地で燃料の拠点、あるいは輸送ルートが断絶。多くのガソリンスタンドは休業を余儀なくされ、あるいは何日かに一度の営業、という状況になりました。
 その中で独自のルートで燃料を確保していたガソリンスタンドもありましたが、ここ一つで北上…ひいては地域全体のカバーができるわけありません。大型タンクローリー一台できても何時間も持ちません。さらにガソリンあるのをアテに来てみたらそれがなくなっていて帰るに帰られない人が出たり、寒い中待っていて体調崩したり、練炭持ち込んで暖をとっていた人が一酸化炭素中毒でなくなったり(水沢で)…という事態が起こりました。
 震災によるイラ立ちも重なり、ちょこっとした事でのトラブルは当たり前、店員の方もストレス抱えながらの接客で時々爆発する場面もあり、そういう雰囲気についていけない自分にとっては針のムシロに座らされている様な毎日でした。

 そして、私も爆発するときがきました。ある日の新聞にこんな記述が載っていました。

 「共産党議員は自己の党の宣伝」

 …私たち党員は共産党員ということに強いプライドを持っています。で、そのプライドはどこから来るのか言えば「俺達はエライ」という所から来るのではなくて、こういう困難に真正面から向き合い、難儀さの解消に向けて共に歩いていく、という意味でのプライドなのです。そういう意味でつい日常的に「日本共産党~」という言葉を使ってしまいますが、この記者はその文脈をくまず、言葉だけを切り取って「宣伝」と悪印象を投げつけてくれました。
 さらには議会での知事との議論を「非協力」と論じました。非常時とはいえ、疑問点があればそれと向き合うことが、大きな失敗をしない“基”になるのではないでしょうか。

 「こんな時にくだらねぇ記事書くんじゃねえよ!」

 …人のいる前でこれだけぶちギレたのも何年ぶりですか、ね。
 あんまりのぶちギレ具合に、とうとう休養“命令”が出てしまいました。

 未曾有の災害に、今まで当たり前と思っていた物事が、実は重要なものだったというのを痛烈に感じさせられました。電気は通っていて当たり前、物は来ていて当たり前、てな感じで。全県停電という異常事態の中、送電手段が残っていた所では早期の電気の復旧を果たしてくれた電力関係の労働者の皆様には感謝ですし、物流業も、その機能を失い、物が来なくなって改めてその重要性を感じることができました。


 そんな、こんながあって、一週間が経ちました。そこから起きたことは、また項を改めてお送りさせていただきます。





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最終更新日  2012年03月12日 09時00分13秒
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