つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2012年06月14日
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カテゴリ: 私の事、色々と
いま、生活保護に関して様々な-そのほとんどはネガティブに-議論がなされています。
 議論が沸騰した基になった著名人の問題から飛び出して「働かずして生活の種を得ること」への嫌悪感が議論を激しくさせている面はあると考えますが、一方で人間ほど「壊れやすい」言い替えれば「壊されやすい」生物もありません。
 どの動物でもそうなのでしょうが、人間の体も繊細で、機能が壊されたら人間社会で必要な行動「飯の糧を得る」事ができなくなるわけで。動物や古代人間社会では「そのまま死んでください」という事になるのでしょうが、人権の発展と共に「生きている限りはその生を全うさせること」が基本的考えとなってきたわけです。

 ところが今起きているのは逆流でして。片山氏らの行動を正しいと考える人も多く、中には「役立たずは死ね」と言わんばかりの言質がとられていますが、この類いの“意見”聞く度に「ゆるぐない状況の実態知らないで偉そうな口叩くな」と思うことも多々。生保が必要な事態の時にそれが受けられなかったり、家族の扶養に関して悩んだり。そういう経験を私はしてきましたので語らせていただきます。

1.中高生時代-充実した学校生活の影で

 私が中学一年になるあたりまでは、金持ちとまでは言えなくてもまあまあ月並みな生活はできていた私の家族ですが、母の家出と父の変調から歯車が狂いだします。
 その後母は帰ってきますが生じた亀裂は戻らず離婚。更に兄を三陸の祖母、叔父に預け私と母の二人暮らしに。この時に生活保護の受給か三陸の家への扶養・移転をすすめられましたが、人間関係の変化を嫌った私の意向で三陸行きはなくなり、更に干渉されること自体を嫌った母の意向で生活保護も蹴りました。
 母子手当と就学援助を基に生活・登校はし続けましたが、その生活は同年代の平均水準から見れば惨めでしかないもの(具体的にどんなものかは話したくない)で、そんな自分にとって居場所は家以外の場所、特に学校だけでした。
 その学校で余分な敵を作りたくなかったから-ぶつかり合いは多々あったにせよ-時々「ヘラヘラずう」といわれるスタイルはこの時に確立された自分の性格。中高時代の先生の連携で「金銭的な理由で学校から出すことはしない」配慮はしていただきましたが、生活はカツカツ、母の病気や叔父の病気も重なりとうとう3年次は三陸の実家に引き取られることとなりました。


 次回後編には大人になってから直面した場面についてお話しします。





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最終更新日  2016年11月29日 12時14分33秒
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