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2014年12月01日
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カテゴリ: 雑感・日記
 今日は。
決戦開始前日に発熱起こしてダウンしました。今は7℃まで下がりましたが…嫌になりますね。薬もろくさま飲めない(心臓のそれと干渉する危険性)ので。明日には万全で出られるようにします。

 では、今日のメーンエキスプレッションです。

 政治活動と選挙活動。ホントに専門家に近い人でないと判別は難しいのですが、決まり手で一番なのは「選挙に対する事を書いているかどうか」。「~に一票」はもろアウトなのは誰でも。ビラで(予定)候補や顔写真「だけ」やるのは事前運動。しかし各地域の政党が発行してる地域新聞(都道府県単位でひとつは持っている政党も)の報道であれば政治活動と。こんな類の境界線は多くあります。政治関係者の活動を全部「選挙事前運動」にしてしまうと、政治活動そのものができません。

 元々日本の公選法は「べからず法」とも言われ、やれることが極端に少ない。なにぶん個別訪問(一件一件回る事)すらダメ。これがビラなどの配布と一緒にやれば「個々訪問」で適法だから、この法律も本当にややこしいし難しい部分があります。公選法の改正と言えば、Webが使えるようになった改正がすぐ浮かぶと思いますが、それ以外はむしろ縮小の歴史でした。ビラの制限は60、70年代に。立会演説会の規制は80年代、音声の規制はずっと進められ、00年辺りの「機関紙宣伝の拡声器使用禁止」で一区切り。いずれもその理由として、ビラ制限は「資源」「金のある所が優位(多くまける)に」、立会演説会は「観衆・応援のジャマ」、音声宣伝の縮小も「静謐の確保」を理由に行われましたが、それは表向きの理由で、実際は反動・収奪勢力に代わろうという勢力が力を伸ばした時に行われたものでした。

 どんな悪政苛政にも大義名分というのはありまして。そりゃ「革新勢力が怖いから法律変えます」言えません。00年近くの機関紙宣伝の拡声器使用禁止も、90年代後半の共産党躍進が機関紙宣伝による自民型政治の暴露・追及に一躍買った(他党がやった記憶なし)事からの「封じ込め」。00年「改正」時、思いましたよ。「社会の中で多様な意見を交わしあう中で民主主義を維持しよう思ったら、これ以上の切り縮めはできないはずだ」と。事前、事中共にこれ以上制限の方向に向かえば「政治を語ることが“手の届かない所”になる」と。

 今回の「選挙違反」はその種まきか?

 今日のニュースでは「昨日までの事前運動の警告は減少傾向」と報じられました。「選挙違反」言い立てる彼らにはこの現実を見て戴きたい。しかし、これを“主謀”した人の狙いは「騒ぎ立てることによる“政治活動自体の悪者視”」。

 どっかで見た構図ですね。



 生活保護もある芸能人が関わる「事件」を基にしたバッシングが基で切り縮めが進み、基準が下がるわ、各種手当てはもぎ取られるわ。生活保護と収入最下層の労働者群との比較で、労働者の待遇底上げに目が行かず、生保受給者の切り下げで慰めさせる。
 この手段が当たり前にさせられる。

 政治教育の不備、更にある政治不振から政治そのものが忌避の対象にさせられている中で、先まで語った生保みたいなやり方されたら―政党・議員挑戦者から市民への働きかけが余計にできなくなる。それはひいて言えば有権者との接触も少なくなる→民が主で物事進める力を無くす事に。政治・立法を市民の関与の基に行うべ、から始まった民主主義。それは政治と市民の距離を縮める様々な取り組みの中で発展したものでした。しかし、権力者から見れば、善意悪意なくても「面倒」。そんでも民の側が離されてたまるか…そういうせめぎ合いの中で存在してきました。それをぼっ壊してくれたんは…開発独裁型の政治ですか。
 分かりやすく言やシンガポール。あそこは労組も結社禁止らしいですからね。アメリカもそれに近い。経済力の規模は違っても経済力の基を一手に握って持たざる者を必要以上の支配下に治める所はあちこちに。そういう所では市民と政治の距離は遠いですね。そして負担と拘束だけが降りかかる。いま様々な宣伝やられていますが、ああいうのがあるからまだ政治と市民のつなぎがあるんであって、無くなれば「喧しくなくていい」か知りませんが、接点も限りなくなくなる思いますよ。

 ここまで語ってきた理由で公選法の拡充は行われるべきと考えますが如何でしょうか。
 考慮の基にしていただければ幸いです。

 尚、「選挙違反名目の妨害」に抗議するあまりに、記述を汚してしまい、打撃的な書き方に不快な思いをさせました。論争相手にとった一部の態度に関しては責められて当然。それでも「選挙違反名目の妨害」する人に対しての厳しい目線は変えることはしません。
 ただ「通る記述」を忘れてかかり、不快にさせたことはお詫び申し上げます。

 今日は「公選法が狭めている行為は、有権者と政治関係者の距離を広めるもの」を題材に記してきました。さすがにあんな書き方してぐっすり寝ることはできません。それでも夜が明ければ政治戦スタート。歩いて参ります。
 今日も拙稿お付き合いありがとうございました。


 反動・収奪勢力は自公政権の圧倒的な力を持ってしても、苛政に対する批判も止まらなければ、思う通りにもし通せない。だけど与党勢力単独ではこれ以上議席は望めない。かといって二大勢力だと「反動・収奪勢力の嫌いな人らによる抵抗と批判が集まり、“二大勢力ともに都合よく”はできない」。
 だったら?

 「野党の選挙区調整」を逆手にとる。

 一つの政党ではないし。協定も結んでいないから政策に対する拘束力は弱い。選挙終わりました、自公より野党が上回りました。しかし、野党選挙協力で生まれたはずの議員・あるいは政党が、自民党に行きました。てなことは起こり得るわけで。反動・収奪勢力としては「自民維持+反奪勢力の組み込み」で、衆院の2/3越え狙うのでしょう。
 いま「選挙協力・野党共闘」言い立てている方々はこの危険性わかっていますか。小選挙区の特性があったとしても、反収奪、反動勢力とたたかう勢力(必ずしも共産党とは言いません。新社会や沖縄社大も対象言えるでしょう)を作り伸ばしていく行為なしに、安易な道にすがらないで戴きたい。





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最終更新日  2014年12月02日 09時28分42秒
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