古い山間の村に、木こりの老人が住んでいました。彼の名はハルキ。村人たちは彼の作る家具や玩具を愛していましたが、特に不思議なのは、彼が彫る「滑る木のパズル」でした。そのパズルは、ただの木片を並べ替えるだけのものではなく、触れる者の心に、忘れられた記憶を呼び起こすと言われていました。

ある秋の夕暮れ、都会から来た若い女性、ミキが村を訪れました。彼女は仕事のストレスで心が疲れ果て、静かな場所を求めてやって来たのです。村の市場で、ハルキの店に立ち寄ったミキの目に留まったのは、一つの小さな木製のスライドパズル。鮮やかな色の木片が、滑らかな溝に収まり、全体が美しい模様を形成していました。商品タグには「AAGWW スライドパズル」とだけ書かれ、価格は3,590円。ハルキはにこやかに言いました。「これを買う人は、いつも何かを取り戻すよ」。

ミキは半信半疑でそれを買い、宿に戻りました。夜、ろうそくの灯りの下でパズルに手を出します。木片を滑らせ、数字や模様を並べ替える。最初はただの暇つぶし。ですが、数回滑らせた瞬間、奇妙なことが起こりました。パズルの中央の木片が、かすかに光り、ミキの幼い頃の記憶が浮かび上がったのです。子供の頃、母親と一緒に森で遊んだ日々。笑い声、落ち葉の香り、そして母親の優しい手。母親は数年前に亡くなり、ミキはその悲しみを封じ込め、仕事に没頭して忘れていました。

パズルをさらに滑らせると、記憶は深みを増します。今度は、ミキが10歳の時、父親と喧嘩した夜。父親は村を離れ、二度と戻らなかった。あの時、ミキは「もう誰も信じない」と心に誓いました。パズルの色が変化するように見え、赤い木片が暖かな橙に変わる。論理的に並べ替えるたび、ミキの心の溝が滑らかに動き、詰まった感情が解けていくのです。木の温もりが、手を通じて体に染み渡り、涙がこぼれました。

夜が明ける頃、パズルは完成していました。そこに浮かぶのは、家族の笑顔を描いた不思議な絵。ミキは気づきました。このパズルは、ただの知育玩具ではない。ハルキの老木から削り出されたそれは、触れる者の論理的思考を刺激し、色彩の感性を呼び覚まし、脳の奥底に眠る物語を滑り出させるのです。ミキは村を去る前にハルキに尋ねました。「このパズル、どうやってそんな力を？」ハルキは笑って答えました。「木は生きている。君の心のように、滑らせれば、すべてがつながるさ」。

この話はフィクションです。