### 影の足音

雨の降りしきる東京の路地裏、古いアパートの一室で、佐藤太郎は埃まみれの箱を引っ張り出した。引っ越しを機に、亡くなった祖父の遺品を整理していたのだ。箱の中には、古い写真や手紙、そして一足のスニーカーが入っていた。黒いボディに、深い青のアクセントが施された、まるで夜の海を思わせるシューズ。タグには「NIKE Stash AIR MAX 95 SP」と記され、サイズは27.0cm。祖父の足にぴったりだったはずだ。

太郎は不思議に思った。祖父は生前、決してスポーツを好まず、足音を立てないように歩くのが癖だったというのに、この派手なスニーカーはどこか異質だった。「おじいちゃん、こんなの履いてたの？」と独り言を呟きながら、試しに履いてみた。ぴったりと足に収まり、クッションの効いたソールが、まるで雲の上を歩くような心地よさだった。だが、その瞬間、部屋の空気が変わった。雨音が遠ざかり、代わりにかすかな風のささやきが聞こえ始めた。

夜が更ける頃、太郎は夢を見た。夢の中で、彼は祖父の若い頃の姿になり、戦後の闇市を駆け抜けていた。足元はあのスニーカー。だが、それはただの靴ではなかった。履くたび、影が動き出し、太郎の足音が周囲の闇を操るのだ。敵の影を飲み込み、味方を守る。祖父は戦後の混乱期、闇の組織に追われながら、この靴を身につけ、影のネットワークを築いていた。靴の青いラインは、夜の港を象徴し、黒いボディは無限の闇を映す鏡。Stashの名は、隠された秘密の貯蔵庫を意味し、履く者に過去の記憶を呼び覚ます力を持っていた。

目覚めた太郎は、汗だくだった。部屋の窓から見える街灯が、ぼんやりと揺れている。履いたままの足を動かすと、床に長い影が伸び、まるで生き物のようにうねった。慌てて脱ごうとしたが、靴はまるで足に溶け込むように離れない。外へ出ると、雨は止み、霧が立ち込めていた。太郎の足音が響くたび、路地に潜む人影がざわめき、誰かが囁く。「あの靴の持ち主か……影の継承者だ」。

やがて、太郎は知る。祖父はこの靴を、戦後の闇市で謎の職人から手に入れた。職人は言った。「この靴は、履く者の運命を影に変える。だが、決して正午の陽光の下で履くな」。今、太郎は街の影を操り、失われた家族の秘密を解き明かそうとしていた。ハーバーブルーの輝きが、夜の海のように彼を導く。だが、影の力は代償を求める。足音が大きくなればなるほど、太郎自身の存在が薄れていく……。