北の浪漫人

北の浪漫人

2005.08.26
XML
カテゴリ: ひとりごと
会話が出来るということは、何よりも有難いことを痛感した。

24日、意識不明から目覚めた後、気管挿入と人工呼吸器のため会話が出来ない状態が25日の午後まで続いた。
本人は、色々訴えたい、しゃべりたい表情が手に取るように伝わってくるが、意思の伝達は思うように行かない。

そこで登場したのは、『筆談』という手法。
何かあってはと、駆けつけた姉とその息子。私の妻と3人の子供を前に、最初に書いた一文が、『私は、大丈夫、みんなありがとう。みんな仕事があるんだから帰りなさい。』

お店の看板娘を自負する母にとって、店を休むことは耐え難い苦痛のようにも感じれいるのだろう・・・その思いが伝わって来る。

記憶の断片をつなぎ合わせるかのように、ぽつぽつと記憶がなくなっていった状況を話し始めた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.08.30 06:55:40
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: