ビジネス便利屋兼ライター 永嶋信晴のブログ

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2007年03月25日
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 おかげさまで、おつりがくるほど体調が回復しました~♪

 大通りで信号が赤になりそうだと、全力疾走で横断歩道を駆け抜け、そのまま300メートルくらい柴田恭平の横走りを披露するとか。

 先日は、学校に遅刻しそうになって走る高校生に後ろから抜かれたのです。

 でもそこからが勝負でしたね。

 500メートル地点で追いつき、逆転して、駅の改札を先に抜けることができました。

 瞬発力ではかなわないものの、まだまだ持久力では若いものには負けませぬ。

 でも、そのあと、足がつって翌日まで治らなかったのですが…。


 さて今日も懲りずに、お散歩ネタです。



 牛久といえば、どうして知ったのかさだかではありませんが、ワインが有名だということは知っていました。

 牛久シャトーというヨーロッパの城館を思わせる建築物があるということも。

 でも正直、観光地としてそれほど有名なわけではないので、あまり期待していなかったのも事実ですね~。

 ところが実際行ってみると、ガイドブックの説明文のイメージの何倍もよかったです。

 いくら写真を見たり、文章を読んだりしても、この目で見ないことにはその土地をわかったことにはならないと実感しました。

 それに、距離的にはかなりあるのでしょうけど、常磐線の快速が走っているので、自宅から2時間もかからないところもグー。

 さて、牛久駅へやって来たオイラは、東口を出て、整備された駅前の並木道と陸橋を通り、低い塀で囲まれた一画へ出ました。

 ここは、牛久シャトーとしても有名なシャトーカミヤ。

 シャトーカミヤは、日本初のワイン醸造所があったところだとか。ワインが有名なわけですな。

 広大な敷地は無料で入れるので、中世のヨーロッパ城館を思わせる建築物をキョロキョロ眺めながら歩いて正門へ向かいます。

 今もワインの醸造は続けているらしいですが、敷地内にレストランや喫茶、チャペルが点在し、古いヨーロッパの町並みを歩いているような気分になりました。



牛久シャトー本館


 中は喫茶店になっているようでしたが、ちょっと庶民には敷居が高そうなので、外から眺めるだけにしておきました。

 丸いドームをくぐって中に入ると、これまた広くて異国情緒豊かなパティオ。

ワイン資料館


 どこかでこれと似たような景色を見たなと思ったら、昔行った倉敷のアイビースクエアがこんな感じだったかも。

 歴史があるのに、古さを感じさせない清潔感がいいですね。

 レンガ造りの洋館は、現在、ワイン資料館(神谷傳兵衛記念館)として無料で見学できるらしい。



 一階は、貯蔵庫になっているみたいで、ホワイトオークの大樽が並んでいました。もちろん今は使われていないのでしょうけれど、当時の匂いというか、樽とワインがかもし出すほのかな香りが残っているんですよ。

元ワイン貯蔵庫


 2階は、この牛久シャトーを作り上げた神谷傳兵衛の足跡と創業当時のワイン作りの道具が展示されていました。

 展示室はアンティーク調で、薄暗い中に、展示物にスポットライトなどが当たるなど趣があります。

 古いフローリングの床もなかなかいいなと思ったら、下からスポットライトみたいに光が漏れているんですよ。

 よく見たら、床の板の隙間から、数メートル下の一階倉庫を見下ろすことができました。

 ということは、オイラを支えているのは一枚の板だけ?

 なかなかスリリングな想像でしたが、もちろん安全なのでしょうね。

 ところで、神谷傳兵衛さんは、オイラの田舎と同じ地域の出身なのだとか。

 浅草にある有名な神谷バーは、神谷さんが作ったのだとはじめて知りました。

 何にしても、日本に最初に手がけるということはすごいことですが、最初ならではのいろいろな苦労もあったらしい。

 でも、成功すれば多くの財産と栄光を手に入れることができるのですな。

 館内でオイラを釘付けにしたのは、当時の写真でした。

 なんと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の登場人物と、傳兵衛さんが一緒に写った写真が大量に展示してあるのですよ。

 今思い出しても、大山巌に板垣退助、松方正義、そしてオイラがもっとも尊敬する児玉源太郎の写真まで。

 みんな坂の上の雲のイメージそのままでした。

 そして地下にあるワイン貯蔵庫は、一見の価値ありですよ。

 しんと静まり返った暗い地下室。薄明かりに照らされた樽がどこまでも並んでいる様は壮観でした。

 あの荘厳な雰囲気は、やはり行って見ないとわからないかも。

 シャトーカミヤのワイナリーには世界各国から集められたワインが15000本以上も販売しているらしいので、ワインファンは必見ですね。

 ところで、ガラス越しに見える工場の壁に「楽天市場」のポスターが貼ってありました。

 こんな歴史のある会社とも取引して儲けているのですな。


 さて、シャトーカミヤを出て、いったん牛久駅に戻り、今度は駅の反対側を歩きます。

 こちらをずっと歩いてゆくと、牛久沼がある。

 沼の周辺には、見所がいろいろあるそう。

 国道6号を歩き、二股に分かれる道を右に進んでずんずん歩いてゆくと、牛久沼へ着きました。

 三日月橋という風流な名前がつけられている橋のたもとにあるのが、牛久アヤメ園。

 残念ながら、6月のアヤメの季節はまだで、何も咲いていませんでしたが、河童の像が出迎えてくれました。

河童の像


 体育すわりをしている河童が牛久沼とどういう関係があるの?と思いましたが、この近所は河童の伝説があるらしい。

 牛久沼を右手に見ながら細い道を進み、見渡す限り誰もいない田んぼのなかを歩きます。

 やがて道は竹林の坂道になり、村の祠のような稲荷神社を過ぎれば、河童の碑と小川芋銭のアトリエ。

小川芋銭記念館


 小川芋銭(うせん)は、明治から大正にかけて、独特の境地の幻想画を描いた画人。とくに河童の水墨画を多く残したらしい。

 晩年にこの地に建てたアトリエ「雲魚亭」は、現在、小川芋銭記念館になっているのでした。

 実際、ここで掛け軸を見ましたが、河童の姿がかなりリアル。モデルは、モノ本の河童かも、なんて思ってしまいます。

 雲魚亭を出て、今まで来た道を戻り、竹林の中を行くと、得月院へ出ます。

 ここには、さきほどの小川芋銭の墓がありました。

 さて、最後に向かったのは今日のメインディッシュの牛久城。

 この城は、戦国時代にこの地方の豪族であった岡見氏によって築城されたらしい。

 その後、北条方の城として栄えたが、豊臣秀吉の関東攻めによって、北条氏とともに岡見氏が滅亡。今の群馬県の金山城主であった由良国繁が入城したが、江戸時代初期に由良氏が除封になり廃城となる。

 事前にネットで調べておいたので、多少の予備知識はありました。

 でも、ネッにあった航空写真で、城の縄張りがわかったと思ったら大違い。

 実際、現地で城の場所がわからず、探し回ってしまったのでした。

 やはり、本やネットでわかった気になっても、実際には現場で迷子になってしまうのですね。

 やっと入り口を探し当てたものの、竹やぶに入ってゆくような感じでした。

 去年の夏、城めぐりをしてやぶ蚊の大群に襲われた悪夢が脳裏をよぎりましたが、幸い春のまだ寒い日でよかったです。

 牛久城って、今までオイラはあまりマークしていなかった城ですが、なかなか壮大な遺構が残っていますね。

牛久城


 空堀が深くて広い。土塁も高い。当時、三方が沼だったそうですから、かなりの要害だったことがわかります。

 ただ、城好き以外の人たちにとっては、たんなる起伏のある竹やぶなのかも。

 立派な城なのに、なんの整備もされていないのですよ。

 本丸や二の丸のおぼしき場所は、太い竹が剣山のようにそそり立ち、郭内を歩いてまわることができませぬ。

 宇都宮城が市民の寄付で整備されたりと、今や城跡は立派な観光資源なのですけどね。

 ここまで荒城のまま、ほったらかしなのは、実にもったいない。

 当時の牛久城は、東西約800m、南北約1kmに及ぶ城中全体を取り囲んだ巨大な惣構えをもっていたとか。

牛久城遠望


 ちょっと整備すれば、関東屈指の中世城郭遺構として、引く手あまたの観光地になると思うんですけどねぇ~残念!

牛久沼


 最後に牛久沼。





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最終更新日  2007年03月25日 13時57分20秒 コメント(14) | コメントを書く


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