フランクフルトを拠点に活動した銀行家、マイヤー・アムシェル・ロートシルト(英語読みでロスチャイルド)は、19世紀初頭に5人の息子を欧州各都市に送った。その1人、ザロモンはウィーンで1815年に事業を開始。ロスチャイルド家は鉄道や製鉄所などへの投資で成功を収め、ハプスブルク帝国で最強の銀行家にのし上がった。 ロスチャイルドの分家は約7000ヘクタール(ニューヨーク、セントラルパークの20倍に相当)に及ぶニーダーエスターライヒ州の森を保有する2つの信託を、ウィーンを拠点とする包装材会社プリンツホルン・ホールディングスに売却することで合意したと、匿名の関係者が明らかにした。登記の移転はまだだという。 これは一族のアルベルト・フォン・ロートシルト男爵が1875年に取得した土地の一部。ナチス・ドイツが1938年にオーストリアを併合した際に接収された。第2次大戦後に一部が返還され、一族の跡取りであるベッティーナ・ルーラム氏が2012年の死去まで住んでいた。死去後に2つの分家が土地を分割したが、いずれも今回、プリンツホルンに売却することにしたという。 原題:Rothschilds Sell Last Piece of Austrian Empire After 200 Years(抜粋)
Wikipedia:ロスチャイルド家 ロスチャイルド家(Rothschild、「ロスチャイルド」は英語読み。ドイツ語読みは「ロートシルト」。フランス語読みは「ロチルド」[1]。)は、ヨーロッパの財閥、貴族。門閥として名高い。ロマノフ家とはHubert de Monbrison (15 August 1892 – 14 April 1981) の三度にわたる結婚を介して家族関係にある[2]。また、ベアリング家ともギネス家を介してやはり家族関係である[3]。モルガン家やゴールドシュミット・ファミリーとも親密であり、1001クラブ等の広範なビジネスコネクションをもつ。アメリカについては、ウィルバー・ロスやフィデリティ・インベストメンツと、実業家時代のドナルド・トランプを支援した[4][5]。