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世の中には古くからの人々の生活に根ざした「伝統」と、為政者が一般の国民を支配する手段として作り出した「伝統」という二種類があることについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は11日付同紙コラムに、次のように書いている; 「創られた伝統」をご存じだろうか。古くから受け継がれてきたと信じられている「伝統」には、近代国民国家ができる際、統合のシンボルや物語として創られたものが少なくない事情をいう。 例えばスコットランドのバグパイプを吹く男性が、腰に巻いている格子柄のスカート。伝統衣装と思われているが、実は18世紀末に産業振興とお隣イングランドに対抗する民族の象徴としてデザインされ、広まったらしい。 英王室も例外ではない。壮麗な戴冠式や儀礼は19世紀後半以降、ビクトリア女王時代に工夫されたものが多いそうだ。 天皇の男系男子継承説も、明治以降の典型的な「創られた伝統」に他ならない。古代から幕末まで「天皇は男系男子に限る」という規則などなかった。 日本が近代国家になる明治維新で天皇制は劇的に変わった。 明治10(1877)年の西南戦争に辛勝した山県有朋らは、軍隊を精強にするため、政府から独立させようと考えた。天皇を大元帥に担ぎ上げ、将官の任免権も持たせて、軍を直属させた。 明治22(1889)年、大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範第1条が「天皇は男系の男子に限る」となったのは、総大将は男子が当然と考えられたからだ。皇族身位令などで、皇族男子は原則全員が、終身陸海軍武官となることも決められた。 昭和天皇は皇太子となった11歳で陸海軍少尉に任官。学生時代に昇進を重ね、25歳で即位すると大将より上の大元帥となった。 立憲君主の時は背広、大元帥の時は軍服に着替え、立場を使い分けていたが、敗戦で軍が解体し、天皇は軍服を脱がされた。 本来はそこで、男系男子継承も国家システムとしての特殊な機能を終えたはずなのである。 だが、旧憲法と同格だった皇室典範は、日本国憲法になっても特別な名称の法律と位置付けられ、第1条も手つかずで残った。 戦争責任をあいまいにしたまま天皇制が続いたことに伴う遺制の一つというべきだろう。世界に冠たる伝統でも何でもない。 皇室典範が初めて本格的に変わる。旧宮家男子を、明治以来禁止してきた養子制度で皇族に加える重大改革である。一方で、生まれた子が男子なら、改正前の現行規定に従って皇位継承権を与えるという。筋が通らない。 10日の衆院の質疑を視聴した。保守政党の議員たちが異口同音に「男系男子の伝統」「皇室のイヤサカ」を唱える光景は、空々しく不気味だった。(専門編集委員)2026年7月11日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-男系男子 創られた伝統」から引用 高市内閣が皇室典範改正について、十分な時間をかけることを避けて、形ばかりの議論をしたような見せかけの「国民会議」などと称する会議を開いた後で、いかにも「立法府の総意」が整ったようなふりをして、「国民会議」では一言も触れなかった「養子制度の採用」という条文を忍ばせて、審議時間3時間の後で強行採決をしたのは、国民が気づかないうちに麻生太郎議員がかねてから企んでいた「麻生家の血統を引き継ぐ天皇」を実現するための策謀であったと断じるほかありません。そのような邪悪な策謀がまかり通るようでは「皇室のイヤサカ」は望むべくもありません。本来であれば、明治の政府が創作した「伝統」は、明治以来の「大日本帝国」が敗戦によって崩壊した時点で、皇室典範も日本国憲法に準じた「改定」が為されるべきでありました。しかし、それは80年前の「機会」だったからといってあきらめるのではなく、今からでも遅くはないのですから、現行憲法が規定する「男女同権」に基づいた皇室典範改正を、これから取り組むべきであって、その作業を抜きにしてはこの国の「弥栄」はないと知るべきでしょう。
2026年07月27日
天皇制の存続に疑問を持つ左派リベラル系の論客は別として、早くから皇位継承問題を指摘してきた保守系の論客は、この度の政府与党主導の皇室典範改正をどう見ているのか、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; この週末、皇位継承問題に関する本をまとめ読みした。左派リベラル系の論客は天皇制そのものに懐疑的だったこともあり、この問題に早くからコミットしてきたのは主に保守系の論客だ。 するとやっぱり男系男子派? いやいや! 皇統断絶の危機を前に男系男子に固執するのは<決して歴史の"伝統"でも"正統"でもなく、約五割の役割を果たした側室制に目をつぶった、守旧で観念的な、無理を承知の横車に近いであろう>(『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか』2013年)と嘆く田中卓氏(故人)は保守系の歴史学者。 <そもそも、「国民統合の象徴」である天皇になれるのが"男性"に限られるというのは、「男尊女卑」の考え方を取り除いた場合、ずいぶん奇妙な制度設計ではあるまいか>(『「女性天皇」の成立』2021年)と難じる高森明勅氏は保守系の神道学者だ。 <ただちに双系継承を認め、愛子さまを皇太子に!>(『ゴーマニズム宣言SPECIAL 愛子天皇論3』2025年)と主張する小林よしのり氏を含め、彼らは直系長子継承を訴える強力な女性・女系天皇容認論者で、むしろ政府の拙速な皇室典範改正案とは対立する立場にある。 世論も新聞も共産党も保守論客も求める議論のやり直し。やはり政府は改正案を即撤回すべきだろう。(文芸評論家)2026年7月8日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-保守論客の意見」から引用 この記事が明らかにしているのは、「皇位継承は男系男子に限る」という発想は右翼思想とは関係ないということだと思います。また、右翼左翼という政治的立場を度外視して見れば、天皇制が広く国民に支持される条件として、国民が親しみを感じる人物に皇位が継承されるのが一番だと、私は思います。そういう立場から、皇位継承は天皇家の第一子とする、という「規定」にするのが適切な規定だと思います。 それにしても、小林よしのり氏が「愛子天皇論」を第3巻まで出版しているのは、「愛子天皇支持」という考えのほかに、「愛子天皇支持率70%」という世論調査が彼のビジネスマインドを刺激しているのではないかと、ふと思ったりしました。
2026年07月26日
明治時代の文化人として知られる福沢諭吉には、天皇制について論じた著作もあることを紹介して、皇室典範改正を議論しようとする国会に於いて議員はどのような心構えで議論をするべきか、5日付東京新聞コラムに、東京大学教授の宇野重規氏が、次のように書いたのであった; 福沢諭吉の著作の一つに「帝室論」がある。近代日本を代表する自由主義思想家であり、教育者であった福沢の著作に、天皇を論じたものがあるということ自体、意外に思う読者もいるだろう。しかし、実を言えば、福沢には「尊王論」という文書もあり、タイトルだけ読むと、福沢が天皇主義・皇室主義に見えなくもない。 とはいえ、実際に読んでみると、福沢の議論ははるかに冷静であり、ある意味で、政治学的とも言える。彼が皇室のことを考えたのは、「国会開設の詔」(1881年)を受けてのことである。今後、立憲政治が発展し、政党がその活動を活発化するにあたって、皇室を政治的な争いの具にしてはならない。このように考えた福沢は、皇室を政治の外部の存在とし、政党間の争いを超えたものにすることを主張した。 逆に、皇室を政治の外部の存在にしてしまえば、皇室の存在理由が失われ、「虚器」となってしまうという批判に対しても、福沢は反論している。なるほど、専制政治の下であれば、皇室が自ら政治の万機を統括しなければならないだろう。しかし、今や日本は立憲政体であり、立憲政体の下で皇室は政治に直接関与するものではない。 むしろ大切なのは、皇室が「一国の人心を収攬(しゅうらん)する」ことであり、その意味で直接政治に関わることは不利に働く。皇室を政治の争いの外部に置くことがその適切な役割を果たすことにつながると福沢は考えた。 ◇ ◆ ◇ このような議論を展開するに際して、福沢が下敷きにしたのが、イギリスのウォルター・バジョツトの「イギリス憲政論」(1867年)である。バジョツトは雑誌「エコノミスト」の編集長を長く務めたことでも知られるジャーナリスト、経済思想家であるが、「イギリス憲政論」は政治学の古典としても長く読み継がれてきた。現在では広く用いられている大統領制と議院内閣制の区別を最初に明確に論じたのも、この著作である。 バジョツトは政府の機能をその機能的部分と、尊厳的部分とに区別する。政治を運営する場合には、内閣や議会などの実質的な機能が重要であることは当然だが、国民統合の象徴として立憲君主制が果たす役割も小さくない。従って、およそ政府が運営されていくにあたって、機能的部分と、尊厳的部分の両方が必要であり、その前提として両者を明確に区分することが大切であるとバジョツトは論じた。 ◇ ◆ ◇ 現在、皇室典範の改正案が閣議決定され、政府は今国会内での成立を目指しているが、これに対して野党は反発を見せている。もし、今の時代に福沢やバジョツトが生きていたら、この様子を見て、何と言うだろうか。 日本国憲法は天皇を「象徴」と定め、皇位の継承は国会が議決する皇室典範の定めによると規定している。皇位の継承は日本国憲法の精神と合致しなければならず、国会においても「立法府の総意」によって議論がなされるべきであることは言うまでもない。 時代や社会の変化に応じつつも、常に国民の幅広い合意に基づく皇室であればこそ、その役割を果たしうる。一時的な政治の思惑に揺さぶられることなく、真に持続可能な皇室のあり方を追求すべきである。2026年7月5日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-皇室のあり方、幅広い合意を」から引用 封建時代の幕府体制を打倒した明治の政府が、近代的な国家体制を立ち上げようとする時代に、欧米の文献を研究した学者らしく、広い視野から近代国家のあるべき姿を論じた学識の高さは尊敬に値すると思いました。しかし、そのような高邁な評論があったにも関わらず、政府の主要な立場にいた伊藤博文らが作り上げた「国家」は、陸海軍を政府の支配下に置かず、軍隊は天皇の直属機関であり、政府は軍に対する命令を出せず、天皇が直接命令するものとし、しかし、内閣には陸軍大臣・海軍大臣が席を置き自由な発言をするという、いびつな構成になったため、政府が軍部の気に入らない政策を実施しようとすると陸海軍は大臣を「引き上げ」て、内閣の存立を妨害することとなり、次第に軍部独裁の政治になっていったのでした。 今回、政府が皇室典範を改正する表向きの目的は「皇族の人員確保である」といいつつ、国民会議で総意をまとめたと言いながら、実は「皇位継承権は男子に限る」とか「旧皇族の家柄から一般人を養子に迎えて、その養子に男子が誕生した皇位継承権を持つことにする」というような事項が、いきなり付け加えられているという「不正」が行われているのは、断じて許されないことであり、この度の皇室典範改正は可及的速やかに再改正することが、天皇制の「延命」に必要なことだと思います。
2026年07月25日
政府与党が提出した国旗損壊罪法案は、与党側が十分な審議時間をとらずに野党の発言を許さないという異常事態の下で強引に衆議院を通過させたことについて、5日付神奈川新聞は市民団体代表の京極紀子氏の見解を掲載した; 日本の国旗を傷つける行為に刑罰を科す日本国旗損壊罪法案が、共同提出した国民民主、参政両党を含む全野党が欠席する異例の状況の中、衆議院本会議で強引に可決された。今後、参議院での審議に進む。同法案の廃案を求める声明を出した「『日の丸・君が代』の法制化と強制に反対する神奈川の会」の京極紀子さんに聞いた。(構成・柏尾安希子) 「日の丸・君が代」は戦争の旗であり、歌だった。日本の植民地支配に対する清算も全く終わっていない。そうした思いから、1999年施行の国旗国歌法制定時には反対したし、国旗損壊罪も廃案にすべきだと思っている。 国旗国歌法制定以前の91年、新聞に横浜の在日コリアンの女子児童の文章が掲載されたことがある。音楽の授業で教師が「君が代を歌えない人」を挙手で問い、勇気を振り絞って手を挙げたという。歴史の本を読み韓国が植民地支配された事実を知り、歌えないと考えたとした。 このように、さまざまな思いで「日の丸・君が代」に抵抗を感じる人がいる。少数であっても「嫌だ」と思う意見はどのような時でも尊重されねばならず、人々が国家や政治への批判を当たり前にできなければならないのが民主主義の基本だ。それが許されない象徴的な問題とも感じる。 この法案成立を許せば、国旗や国歌のようなものを「損壊」した人の内心に踏み込み、思想が弾圧の対象になるだろう。そして、市民の日常が監視にさらされ、人権が侵害され、人々を萎縮させ、統合することに利用されるのではと懸念する。 また、日本の場合は国旗国歌と天皇制はつながっている。世界的に右傾化が指摘される中、こうしたナショナリズムや国家主義的な動きへの危機感を、反対する人は持っていると思う。 ◆ これまでの議論では、「立法事実」に該当する「損壊」の具体例が極めて少ない。「予防的立法事実」という言葉も編み出されたが、「予防的」は戦前の治安維持法に代表される治安立法や、戦争における先制攻撃の正当化を連想させる。 さらに、法案の処罰基準は「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる」ことと、あいまいだ。こうした抽象的であいまいな「容疑」をもとに警察が捜査し、市民の情報を収集することは、冤罪を繰り返してきた公安警察の違法捜査にお墨付きを与えるものともいえるのではないか。 国旗損壊罪は高市早苗首相の肝いりと言われるように、非常に根強く国旗に思い入れを持つ人たちがいる。参政党などの保守的な政党も「侮辱」を目的にした損壊への処罰を求めている。そうした人たちの考える方向に進むのが国旗損壊罪だ。 国旗そのものの問題性に加え、「損壊」への「処罰」を当然とする社会が私たちにもたらすものが大きいだろう。社会が萎縮し、自分の意見を表明することが押しつぶされていく。 ◆ 私たちは国旗国歌法に反対しようと会を作ったが、同法以前から「日の丸・君が代」の強制は進んでいた。 転機は85年の文部省(当時)による、全国の小・中・高校などの入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱の調査と通知だ。自治体ごとの実施率では、沖縄はほとんど掲揚せず、東京、神奈川、北海道、京都など低い自治体があぶり出された。 調査を受けて、掲揚率が低い地域への締め付けが起きた。87年の沖縄国体では、反戦地主の知花昌一さんがソフトボール会場に掲揚された日の丸を引き下ろして燃やし、器物損壊罪などで有罪になった。だが、沖縄戦の記憶がある沖縄では反対が根強かった。 99年2月には広島県立高校校長が、国歌斉唱の徹底を求める教育委員会と反対する教職員などとの板挟みを理由として自死する事件が起きた。それを逆手に取ってできたのが国旗国歌法だ。 学校現場の強制の状況に危機感を感じていた私たちは同法への反対運動を行ったが、当時は「なぜ今、こんな法を」という社会の空気があり、国会の状況も現在と異なっていた。 当時の小渕恵三首相は「義務づけることは考えておらず、国民の生活に何らの影響や変化が生じることはない」と明言し、そう言わないと法律はできない状況だった。自民党が望んでいた「尊重規定」(尊重義務を課す)も外したことで可決された。 「義務づけ」はないと明言しながらその後、東京都では2003年10月23日に東京都教委が、教職員に入学式や卒業式などでの「日の丸」の掲揚と「君が代」の斉唱を義務付ける職務命令を通達。大阪府は11年、大阪市は12年に国旗国歌の掲揚・斉唱を条例で義務づけるなど、国旗国歌法は強制の根拠として力になっていった。 現在は、ほとんど学校で議論されず、社会全体が国旗国歌を許容するようになっている。たとえばサッカーなどスポーツの国際試合でも日の丸が掲げられ、抵抗感を持つ人がいる一方、何も思わない若い世代も増えている。それは学校でも教えず、旗や歌の意味を伝えられずにきた人が増えている証しだろう。 ◆ 衆議院での審議では、日本維新の会の議員による「国旗損壊罪によって教育機関を正常化し、『自虐史観』から抜け出させる」という主張も見られた。教科書の記述からもなくなり、今の学校では戦争加害をすでに教えられないような現状だが、そうした状況がさらに進むのでは、という危機感が学校現場にはある。 これまでも「日の丸・君が代」を突破口に、学校全体の管理体制が強化され、民主的なシステムがつぶされてきた。職員会議は校長のトップダウンの場となり、異論を許さない体制になっている。教育基本法「改正」や道徳の教科化など、安倍晉三政権下で大きく進んだ国家主義的な教育がますます進むようになるのではないかと不安だ。 学校は、多くの人たちがそこを経て大人になり、社会に出ていく。学校が変われば社会の空気も変わる。戦後教育が曲がりなりにも持っていた戦争への反省の視点なども押しつぶしていくのではと思う。 「強い国」を唱える高市首相が対外的に戦争できる体制を作っていくときには、内側もがっちりと固めないといけない。そのためにも、国家主義的なナショナリズムの縛りを必要とするということではないか。 現に今回、天皇制のさらなる制度維持に向けた皇室典範改正も同じタイミングで打ち出される。天皇制は差別の大本とも言え、家父長制のモデルとしてその頂点にある。 一体どういう社会にしようとしているのか。おとなしい国民に、「役に立つ」外国人だけ。天皇制同様、国旗国歌も思考停止のようにタブー視し、長いものに巻かれろという社会になっていくのか。 みんな意見が一緒なんてありえない。さまざまな考え方を尊重しなければ、思考は貧困になる。強制がいいことだとは思えない。 差別や排外主義の跋扈(ばっこ)する社会であらがう人たちがいる。その人たちと連帯していきたい。そして、希望ある社会のためには多様な意見の人たちがいたほうがいいのだと強調したい。<きょうごく・のりこ> 「『日の丸・君が代』の法制化と強制に反対する神奈川の会」メンバー。 2022年3月まで県内公立小学校の事務職員。1999年の国旗国歌法に反対し同会を立ち上げ、毎年舂に「強制反対」のデモを実施している。2026年7月5日 神奈川新聞朝刊 14ページ 「時代の正体・高市政権考-意見 押しつぶすもの」から引用 この記事は、民主主義の基本に照らして現在の政府のやり方がいかに間違っているか、如実に示しており良い記事だと思います。日本政府は1945年に連合国側のポツダム宣言を受諾して全面降伏をした後、GHQの占領が終わってからも日の丸や君が代を国旗・国歌であると定めた法律を制定せず、野放しの状態で放置して、私たち国民は大相撲の千秋楽で優勝力士を表彰するときに歌うのが「君が代」で、小学校の運動会で万国旗を飾るときに「日の丸」が日本の旗だ、という程度の認識でした。しかし、本来であればその時期に、「日の丸」と「君が代」は朝鮮半島を植民地にし中国大陸を侵略したあの時代を象徴する旗であり歌であるということを、日本人は再確認し、これからの国旗・国歌がそんなもので良いのか、という議論をするべきだったはずです。現に、ドイツとイタリアは過去の侵略戦争を反省し、民主主義諸国の一員として再出発する「証」として新しい国旗・国歌を制定しているのですから、日本もそれに習うのが本来の「道」であったはずです。そのタイミングを逸して今日に至ったからには、今後は明治維新以来の日本がどのような歴史を歩んできたのか、よく学習して、これからはどのように進むべきかを考える機会を多く持ちたいものだと思います。
2026年07月24日
国会で圧倒的多数派になった自民党は、どうせ最後は多数決だからと少数派野党の意向をまったく無視して、用意した法案を次々と可決しようとしたために、野党の抵抗に会い、国会は10日以上も混乱が続いたのであったが、その責任は高市首相の幼稚な言動にあるのだと、9日付朝日新聞社説は厳しく批判している;◆稚拙さ露呈 自民党と日本維新の会が、衆院議員の定数削減法案の今国会での成立見送りで合意した。国会正常化に向けた与野党の調整が続いていたが、10日以上続いた混乱の責任は、国会軽視が甚だしい与党、特に高市早苗首相にある。 今回改めて露呈したのは、政権運営の稚拙さである。今後は皇室典範などの改正案と「副首都」関連法案の議論が進むが、国のかたちや統治に関わる重要課題だけに慎重な対応が必要だ。国会は合意形成を図る場である。数の力で法案を押し通すのでは、思うようにはことを運べないと自覚してもらいたい。 6月26日から続いた停滞の原因は、与党が首相出席の予算委員会や党首討論に応じなかったことと、維新肝いりの定数削減と副首都法案の審議入りを強行したことにある。 与党の強引な手法に、野党は2法案の撤回を求めて審議を拒否。自民が最優先とする皇室典範の審議入りに黄信号がともった。与党は7月6日にようやく予算委や党首会談への首相出席に応じ、7日に首相や維新の吉村洋文代表らが会談し、定数削減の見送りを決めた。直前まで首相が2法案を「維新との連立にとって枢要」と位置付けていただけに、ちぐはぐさが際立つ。 その中で、定数削減が昨年の臨時国会に続いて見送りとなったのは当然の帰結だ。 議論が1年でまとまらなければ、自動的に比例区のみ45議席を削減する今回の法案は、中小政党に不利で、多様な民意を国政に届けるパイプを細らせるなど問題が多い。本来優先されるべき企業・団体献金の見直しから論点をそらすものでもあり、見送りではなく断念こそふさわしい。 与党が成立を急ぐほかの法案も、同様に欠陥が目立つ。 皇室典範改正などの政府案には、養子のもとに生まれた男子が皇位継承資格を持ち得る点や、女性皇族の配偶者や子が皇族とならないことを前提としたとみられる内容が盛り込まれた。事前に取りまとめた「立法府の総意」からも逸脱する内容で、国会による合意形成を著しく軽視していると言わざるを得ない。後世にも禍根を残す。 参院では少数会派も参加できる特別委員会での審議としつつ、テレビやネット中継なしでの実施を与党が提案しているが、あり得ない。憲法1条は天皇の地位を「国民の総意に基づく」と定めており、広く国民に公開すべきだ。 副首都法案も、候補地選定の基準に対し「大阪ありき」ではないかなどの批判がある。拙速な対応は避けなければならない。2026年7月9日 朝日新聞朝刊 13版 12ページ 「社説-国会の混乱 首相に責任」から引用 歴代の首相に比べて、高市氏の場合は予算委員会への出席率が極めて低く、党首討論の回数も極端に少ない。それにも関わらず、面と向かってそのことを問われると「私としては、要請があればいつでも誠意を持って対応させていただいております」などと、事実とは真逆の発言をしてそれで押し通せばこっちの勝ちとでも思っているかのような稚拙な言動ばかりであるのは事実だ。めったにないこと官邸を出て外部の会議に出席するときなど、出がけに記者団の「ぶら下がり会見」に応じざるを得ないときなど、二言三言話した後で、「あ、もうこんな時間」などと言って腕時計を見るような仕草をしながら、実はその腕には時計はなかったりしても、そういう「くさい芝居」をして切り抜ければそれでいい、という考えの持ち主のようで、そういう人物では、やはり一国の進路の舵取りを任せるには、あまりにも「役者が不足」というものではないかと思います。
2026年07月23日
政府与党が皇室典範の改悪案を数の力で強引に採決した翌日、日本共産党副委員長の小池晃氏は自らの「反対討論」の全文を「X」に公開しました; 私は日本共産党を代表して、政府提出の皇室典範改定案に反対の討論を行います。 天皇の制度の議論は、憲法の条項と精神に基づいて行い、国民の合意と納得を得て進めていくべきものです。女性天皇、女系天皇を認めるべきという圧倒的な世論を無視して、3時間余りの質疑で採決することは許されません。 そもそも、日本国憲法第1条では、天皇の地位は「主権の存する国民の総意に基く」とされています。昨日の質疑で木原稔官房長官は、国民の理解はいまだ得られていないことを事実上認めました。国民の総意に反するやり方は、将来に大きな禍根を残すものです。 反対理由の第一は、男系男子の皇位継承に固執し、さらに強化することが、日本社会における女性差別を助長するからです。 官房長官は、本法案は日本社会における女性差別を助長することになるのではないかとの私の質問に、「女性差別とは関係ない」とごまかしました。しかし、女性というだけで「国民統合の象徴」の地位につけないとなれば、社会における女性差別を助長することになるのは明らかです。 政府は「男系男子での継承が、わが国の歴史と伝統」と繰り返しますが、この「歴史と伝統」は明治時代に作られたものです。1889年に制定された大日本帝国憲法は「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」として天皇主権を確立し、同時に旧皇室典範に「男系男子」継承を明文化したものです。 この間の議論で自民党が強調する「皇位の男系継承は2600年以上にわたる皇統の伝統」「今年は皇紀2686年」などというのは歴史の事実ではありません。明治時代に天皇を現人神と描き出すためにつくられた皇国神話そのものです。いまだにこうした歴史観に立って「男系男子継承」にしがみついていることは驚くべきことです。 戦後、日本国憲法は国民主権を確立し、皇国史観にもとづく天皇主権を明確に否定したのであります。天皇は主権の存する国民の総意に基づく象徴とされ、憲法第2条は、皇位を「世襲のもの」とし、戦前の「皇男子孫」による継承は削除されました。 この日本国憲法のもとで、多様な性をもつ人々によって構成されている日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもありません。 天皇の制度は、憲法の条項と精神に基づき、主権者・国民の総意のもとにおくことが、何よりも大切だと強調するものです。 反対理由の第二は、皇族の養子縁組を禁止する現行の皇室典範の規定を覆し、「旧11宮家」の男系男子を将来にわたって皇族の養子候補とし、養子の子の男子に皇位継承権を与えることにしたからです。 「旧11宮家」と、いまの天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代まで遡ります。いまの天皇と36~38親等もの隔たりがある、ほとんど赤の他人に等しいとも言われる、遙か遠い血筋からの養子までもちだして、女性・女系天皇の道を閉ざし、「男系男子継承」に固執する政府の姿勢は、時代錯誤の男尊女卑そのものです。私が質問で指摘したように養子は皇室の伝統になかったものです。 旧11宮家は、80年前、現典範11条1項の規定にもとづき、自らの意思で皇籍を離れた人々であり、その子孫は一般国民として生まれ育ってきた人たちです。旧宮家だからといって、特別な身分である皇族とすることは、憲法14条1項が禁止する「門地による差別」にも抵触します。さらに、将来にわたって皇族の養子候補に位置づけられた、旧宮家の男系男子の子孫とその家族を「準皇族」ともいうべき特殊な身分に置くものであり、これらの人々の人権を不当に制約することにつながりかねません。 さらに実際の養子縁組において、政治家などが縁組に関与し、天皇の制度の政治利用を引き起こすことが危惧されることを指摘しておきます。 反対理由の第三は、女性皇族とその子が天皇になる道を閉ざしながら、「皇族数の確保」のために皇室行事を担う要員たれと、結婚後も皇室に残ることを原則としているからです。 婚姻後の女性皇族に、住民基本台帳を適用しながら、国民としての権利を認めないというのは矛盾も甚だしいものです。女性皇族を都合良く扱おうというものにほかなりません。 しかも、配偶者や子に皇族の身分を与えないことは、徹底して女系天皇の芽をつもうという意図をあからさまに示すものです。 なお、昨日の質疑で官房長官は、女性皇族の配偶者や子は皇族にならないという本案は、家族との一体性との間で、整合性がないのではとの問いに、日本人と外国人の夫婦を例に挙げて、「そういう夫婦において、国籍や参政権、戸籍の有無等によって違いが生じるが、家族の一体性ということでは、不整合は生じていない」と答えました。この答弁は、選択的夫婦別姓を否定する際の「家族の一体性が失われる」という論拠を政府自身が否定したものであることも指摘しておきます。 反対理由の第四は、政府は今回の法案は「立法府の総意」にもとづくといいますが、昨日の質疑でも反対意見が相次ぐなど、「立法府の総意」なるものが完全に崩壊しているからです。 政府は、皇位継承の問題とは切り離した皇族数の確保策を議論するといいながら、法案提出の段階で、養子の子の男子が皇位継承資格を持つとする規定を突然盛りこみました。国会と国民を愚弄するものであり、断じて許されません。 政府は、「立法府の将来の検討を縛らない」などといいますが、女性天皇への道を完全に塞ぎ、男系男子のみによる皇位継承を固定化しようというのですから、将来のあり方まで縛ってしまうものにほかなりません。 以上、本法案は、日本国憲法の精神と条項に反し、「主権の存する国民の総意」に基くべき天皇の制度を根本から変質させることにつながるものです。 日本共産党は、断固反対し、廃案とすることを強く求め、反対討論とします。2026年7月20日 日本共産党副委員長・小池晃氏の「X」投稿から引用 小池晃氏の反対討論は理路整然としており、これまでの日本の歴史を直視した見解であり過去の日本の失敗を繰り返すことのないようにするためにも、傾聴に値する価値があります。特に、政府与党が言う「皇位の男系男子継承が伝統」というのは明らかにフィクションであり、実際には女性の天皇が即位した記録も存在するのですから、そのような「歴史の事実」を誤魔化して、明治時代の政府が「天皇主権」の体制を整えるために言い出したフィクションを「史実」と取り違えるような了見で出してきた「改正案」は、とても「改正案」とは言えない代物であることは、誰の目にも明らかというものです。この度は、数の力でごり押ししても、遠からぬ将来には、憲法の精神と齟齬のない方向で再度の「改正」が必要だと思います。
2026年07月22日
皇室典範の改正を画策する高市内閣は、にわか作りの「国民会議」なるものを開いて皇室典範の改正案について議論をしたような恰好だけつけて、その会議を早めに終わらせた上で、審議内容をまとめたかのようなフリをして閣議決定したその内容には、改正によって復活した旧宮家に養子縁組で入籍した者に男子が誕生した場合は「皇統継承権を持つものとする」という、「国民会議」では一言も話し合われなかった事項を含むもので、一部政党から「だまし打ちだ」との声が上がる事態となっている。5日付神奈川新聞社説は、そのような事態について、次のような社説を掲載した; 「国民の総意」はおろか、「立法府の総意」からもかけ離れた内容であり、このまま立法作業に進むのは到底許されない。 政府が閣議決定し、国会に提出した皇室典範の改定案だ。皇族の養子に迎える旧宮家の男系男子に男子が生まれれば皇位継承資格を持つとの項目が盛り込まれた。 与野党の代表を集めた会議を経て衆参両院の正副議長がまとめた総意では示されなかった項目である。男系男子による皇位継承に固執し、将来の女性天皇・女系天皇を事実上封じることを念頭に置いた内容だ。 「だまし討ち」と野党から批判が出るのも当然だろう。そもそも今回の議論は、皇位継承をどう図るかには踏み込まず、皇族数を確保する方策を決めるとしていた。 総意でとりまとめたのは、(1)女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する(2)戦後に皇籍を離れた旧宮家の男系男子を皇族の養子に迎える-の2案だった。この総意ですら「旧宮家からの男系男子の養子縁組」については強い反対論が出ており、正副議長が半ば強引に「総意」とした経緯がある。 立法府の総意から逸脱しているだけではない。世論調査でも女性天皇に「賛成」が7~8割を占め、女性・女系天皇を求める声が世論で高まっているのが実情だ。 憲法は、天皇は「国民統合の象徴」であり、その地位は主権者・国民の総意に基づくとする。男性や男系に皇位継承を限定するのは、男女平等を掲げる憲法の精神にも反する。 政府は改定案を取り下げ、国会の場で改めて女性・女系天皇による皇位継承を含めた議論を丁寧に進めるべきだ。 天皇は憲法上の制度であり、人権上の問題などをはじめ、その存続自体を含めた在り方は、別の場で改めて国民的な議論が求められよう。 現憲法下の象徴天皇制で、その役割を誰よりも深く考え、実践してこられたのは上皇さまや天皇陛下ご自身である。 国民に寄り添い築き上げてきた象徴天皇制は、国民の理解がなければ成り立たない。政府は、自らの強行姿勢が象徴天皇制を損ないかねないことを自覚すべきである。2026年7月5日 神奈川新聞朝刊 3ページ 「社説-『総意』なき暴走 やめよ」から引用 わが国憲法が定めるところでは、天皇の地位は国民の総意に基づくと規定しており、自民党の一部有力政治家が思いついたような発案を、ろくに議論もしないで「これが総意だ」と偽って話を進めるというのは、憲法をないがしろにする態度と言わざるを得ません。野党議員を騙してまで皇室典範を変更するというのは、どの角度から検討しても「世間の目をごまかして、一部の者が不当に利益を獲得する仕業である」と言うほかありません。国民はこのような事態をよく記憶して、次の選挙では間違いなく自民党を過半数割れの少数政党にするという「行動目標」を忘れないようにしたいものです。
2026年07月21日
クールジャパン機構と言われる官民ファンドが業績未達成のために巨額の赤字を計上したことについて、6日付読売新聞は社説で次のように批判している; 政府と民間が資金を出し合う官民ファンドで、またしても巨額赤字に陥るファンドが出た。 官民の双方で、投資判断やリスク管理のどこに問題があって、誰が責任を負うべきなのか、厳しく検証しなければならない。 アニメや食文化などの海外展開を後押しする「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」は、2025年度決算で多額の赤字を出し、累積赤字が540億円に上る深刻な事態に陥った。 もともと経営難で立て直しを進めている中で、リスクが高い日本発の次世代繊維事業に約140億円を出資し、巨額の損失が生じたのが致命傷になった。 このファンドでは、経営目標の未達が3度目となった。経済産業省は近く有識者会議を設置し、統廃合を検討する。官民双方の関係者が、なぜ赤字の膨張を防げなかったのか掘り下げるべきだ。 官民ファンドは、政府が13年に策定した「日本再興戦略」の下で、各省庁の傘下に数多く設立された。民間が担うのは難しいリスクマネーを供給し、民間の投資を促す狙いがあった。 だが、農林水産省傘下のファンドが行き詰まり、25年度末の廃止時に213億円の累積赤字を計上した。国土交通省傘下でインフラ輸出を担うファンドも、23年度に赤字が約950億円に膨らみ、再建計画の策定に追い込まれた。 度重なる失敗の背景には、無責任体質になりやすい官民ファンドの構造があるのではないか。 所管官庁はリスク点検が甘いまま設立に走るほか、ファンド側はリスクが高くとも拙速に成果を得ようとしがちと指摘される。 クールジャパンも同じ轍(てつ)を踏んだと言わざるを得ない。日本のアニメを配信するために作った会社は、米動画配信大手のネットフリッグスなどとの競争に敗れた。 マレーシアに出店した日本ブランドを扱う大型商業施設は、現地の物価を無視した高すぎる価格設定か受け入れられず撤退した。 エンターテインメントや生活分野は、市場動向を見通すのが難しい分野ということだろう。 一連の失敗例は、高市政権が40年度までに官民で17分野に370兆円超を投資する計画において重い教訓になる。官民のリスク管理の難しさを示すものだからだ。 官民ファンドを遥(はる)かに上回る規模であるだけに、責任の所在やリスク管理の徹底、事業が不振に陥った場合の撤退ルールなどを明確にしておくことが不可欠だ。2026年7月6日 讀賣新聞朝刊 13版 3ページ 「社説-巨額赤字の責任を明確にせよ」から引用 海外需要の開拓を支援する目的で始めた事業が、外国の企業との競争に敗れて巨額の赤字に陥るというのは、見通しを誤った企業家を待ち受ける「宿命」のようなものだ。民間企業が「リスクが大きすぎる」と言って敬遠する事業に、「国がバックアップするからチャレンジして見ろ」と言って元気づけて見ても、それで「危ないもの」が「安全なもの」に変わるわけはないのであって、競争に敗れて「先行投資」がそのまま「赤字」になってしまうのは、自然な流れというものではないでしょうか。そんな危ないビジネスに国民の税金をつぎ込むよりは、国内のインフラの「保守」「点検」に回す方が、国民生活の安全確保には確実に役に立つと思います。
2026年07月20日
政府自民党が画策する皇室典範「改正」については、今上天皇も不信感を持ち、ヨーロッパ訪問の直前に記者会見を開いて「国民の総意に基づいた改正になることを願っている」と発言したのであったが、そんなことは歯牙にもかけない高市政権は、事前に野党と話し合った内容には無かった「養子縁組」を忍ばせるという禁じ手まで繰り出して、ますます批判の声が高まる事態になっていることを、5日の神奈川新聞は次のように報道している; 政府、自民党は皇族数確保に関する皇室典範などの改正案の今国会成立に向け、早期審議入りを目指す。政府案は旧11宮家男系男子の養子の子が男性なら皇位継承資格を持つと明確にした一方、婚姻後の女性皇族は住民基本台帳に記録される。「男系」継承方針を色濃く反映し、野党からは「立法府の総意」を逸脱したとの批判がやまない。激しい論戦が予想され、国会審議の焦点となる。 皇族の養子は政治的思惑などが入り込み、皇統が乱れることを防ぐためこれまで禁止されてきた。政府案は例外措置として新章「養子皇族男子」を設け、1947年に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子に限り解禁した。 養子皇族本人には皇位継承資格を与えないが、その男性子孫は「皇統に属する男系男子」であり、皇位継承資格を定めた典範1条や継承順位を定めた2条の適用対象とした。天皇直系ではない「傍系」が天皇となる可能性を持つ仕組みだ。 立法府の総意に向けた議論は、各党の見解が対立する皇位継承策を切り離し、皇族数確保に論点を絞った経緯がある。木原稔官房長官は、総意には養子の子孫の皇位継承資格に関する記載がなかったとして「現行の皇室典範の規定が適用されることになる」と語る。 だが、中道改革連合の野田佳彦元首相は「行き過ぎだ。皇位継承に関わる『男系』『女系』といったことは決めないルールで議論してきた」と主張。立憲民主党の水岡俊一代表は「だまし討ちのようだ」と非難する。 野党内では、対象者を特定の家柄や血筋で限定するのは、門地差別を禁じた憲法14条に抵触する恐れがあり、違憲訴訟のリスクもささやかれる。政府の担当者は「喫緊の課題である皇族数確保のため一定の要件を設けて養子を迎えるのは、皇族の機能を円滑に運用する憲法上の要請にかなう」と違憲論を否定する。 政府案は、女性皇族が婚姻後も皇族身分を維持して皇統譜に残るものの「配偶者と子」は皇族にならず、皇統譜に載ることもない。女性皇族が当主として配偶者と子を含め「女性宮家」を創設すれば、前例がない「女系天皇」が誕生しかねないと自民は懸念していた。 女性皇族は、住民基本台帳に記録されるようになる。一般皇族には適用されない措置だ。担当者は「住民票をつくり、配偶者や子が生活を円滑に送ってもらうためだ」と理由を説明。住宅ローンや携帯電話の家族割引に活用できるとメリットを挙げるが、国民民主党の玉木雄一郎代表は「全体会議で議論していない」と疑問を呈している。2020年7月5日 神奈川新聞朝刊 1ページ 「典範改正案、批判やまず」から引用 政府と自民党の「皇室典範改正案」は、改正案とは名ばかりで実質は改悪案である。自民党案を事前に議論して「立法府の総意」を作り上げるはずだったその会議では、何の言及もなかった「養子制度」の導入や、その「養子の子」に皇位継承権を持たせる、などとする「案」は、野党を含めた会議では一切出て来なかった「案」であり、事前の会合に出席した野党はだまし打ちにあったのだから、これが揉めないわけがありません。政府と自民党が、そこまで見え透いたでたらめを何故やるのか、この問題は徹底追及して、責任者である高市早苗を一日も早く総理の座から引きずり下ろすべきだと思います。
2026年07月19日
ガザ地区でジェノサイドを止めようとしない犯罪者国家「イスラエル」について、国連人権委員会が新報告書を発表したことに関連して、文筆家の師岡カリーマ氏は4日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 先週は急な入院で、本欄にすき間をつくってしまった。まずお詫びを。その間、パレスチナに関する国連人権理事会独立調査委員会は新報告を発表し、イスラエル当局が「ガザでのジェノサイド(集団殺害)・戦争犯罪・人道に対する犯罪において、またヨルダン川西岸での戦争犯罪において、子どもたちを意図的に標的にしている」と結論付けた。自明のことではあるが、オーストラリア出身の人権弁護士クリス・シドティ氏などが率いた調査により、確固たる根拠を示した上での結論は重い。問題は国際社会がこれを受けてどうするか、または慣例を死守して何もしないか、だ。 報告によれば、ガザにおけるイスラエルの軍事攻撃で死亡した子どもは、2023年10月から今年3月まで、確認されただけで2万人超。でも、とシドティ氏は注意を促す。「確認された」とはすなわち、識別可能な遺体があり、身元を確認する遺族がいたことを意味する。行方不明者は含まない。いまだ瓦礫に埋もれている推定1万人の遺体も、家族が全滅した子どもも含まない。医療機関や生存インフラが破壊されたため、感染症や冶るはずの病気で死亡した子どもも、餓死した子どもも含まない。もちろん、負傷したり手足を失った4万4千超の子どもも。「他に呼びようがないジェノサイド」は、W杯に沸く世界で今も続いている。(文筆家)2026年7月4日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-標的にされる子どもたち」から引用 イスラエルによるガザ地区での犯罪行為は厳しく糾弾されるべきです。事の起こりはハマスがイスラエルの市民にテロ攻撃を加えた挙句に1000人ほどの市民を人質にして連れ去るという事件があったからだという人々もいますが、そのハマスのテロも、元はと言えば、イスラエルがパレスチナの人々の土地と家を取り上げて勝手に「イスラエル」を建国した「暴挙」が元々の原因です。したがって、事態を正確に認識した国連の決議のとおり、国際社会はイスラエルに対して「制裁」を実施するべきであるにも関わらず、ナチスのホロコーストを負い目に感じている西欧と、ユダヤ・マネーで議員活動を維持しているアメリカ上下両院議員たちは、「イスラエル批判は、反ユダヤ主義だから、やってはいけないことだ」などと、主客転倒の理屈をこねてイスラエルの暴虐を放置する結果になっているのは、実に重大な人権問題だと思います。
2026年07月18日
SNSの威力を駆使して総理大臣の座をゲットした高市早苗氏は、自らの事務所の秘書がSNSの専門業者と繋がりがあることを認めながらも、自分としては不正には一切関与していないとの主張を変えていないことなどを指摘して、従来の報道機関をオワコンなどと嘲笑する昨今の世相について、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、6月28日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相の陣営が、自民党総裁選等を巡り他候補を中傷する動画を配信した、とする報道が出て久しい。首相の発言がはっきりしないのでついに声紋分析まで実施された。 これは決して軽い問題ではない。事実なら選挙への信頼を揺るがす重大問題だ。これを許せば次の選挙が危うい。有権者はいったい何を信じたら良いのか分からなくなる。 有権者が交流サイト(SNS)に飛びついたのは、2024年の東京都知事選のいわゆる「石丸旋風」からだった。政策を語らないで感情に訴える画像が大量に流れただけで票が集まった。政治家としての能力は不要になった。 この時「誰かが実証実験しているのではないか?」といううわさが立った。うまくいけば選挙にSNSを駆使するというわけだ。その後、能力不要なだけでなく、人をおとしめる暴力が加わった。この「立花孝志戦略」は人の命を奪うまでになった。高市陣営がその拡散力を利用しようと中傷動画配信を実施したのなら、極めて悪質だ。 ◇ ◆ ◇ 人々は新聞や放送を「オワコン」と揶揄(やゆ)して真実はSNSにあるかのように思い込んだのだが、新聞が候補者や政党を平等に扱うのは、面白さより公平性が必要だからである。報道が遅れがちなのは裏をとるからである。石丸旋風以降の選挙ではむしろ、SNS上のファクトチェックが必須となった。情報への信頼が低くなったのだ。 むろん放送や新聞に問題はある。問題とは、発表報道への過度の依存である。しかし記者会見では鋭い質問もできる。発表報道だけでなく、独自取材や調査報道も可能だ。実際に地方紙や週刊誌やインターネットニュースの記者たちはそれを実施している。人数の多い大手新聞社なら、もっとできるはずなのである。 私は信頼できる情報を得たいから、地方紙を含む複数の新聞を有料デジタル版で読み「週刊金曜日」のような企業広告を取らない雑誌や「Tansa」のような調査報道媒体、関心あるテーマについての書籍を読む。ニュース番組は厳選する。外出中もスマートフォンでSNSではなく、これらの新聞や本を読む。だからこそ、取材する記者たちには鋭い質問や粘り強い取材をしてほしい。 ◇ ◆ ◇ そう思っている時、東京新聞前代表の菅沼堅吾氏が「新聞力研究所」を設立した。さらに、記者たちの仕事を評価支援するユーチューブ番組を立ち上げるので、一緒にやらないか、という呼びかけがあった。 確かに、他社が取り上げない事実を丹念に調査して報道し、あるいは会見で見事な質問を投げかける記者たちがいる。裏金問題も新聞報道から可視化された。「オワコン」と揶揄するのではなく、新聞の持っている「信頼」の地盤の上で、事実を明るみに出す報道や、あるいは丹念な調査による報道を発見し評価したい。戦時に向かいそうな今こそ、事実に基づく情報が必要なのだ。 米国ではワシントン・ポストや二ユーヨーク・タイムズなどの地方紙の記者たちが、政府や企業の圧力につぶされそうになりながらも、事実を伝えてきた。それを応援する読者がいるからである。この、かつてなかった戦前の空気の中で「今こそ新聞を読もう」と呼びかけたい。 番組の放送は7月から始まる。一緒に記者たちを応援しませんか?2026年6月28日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-新聞を読もう」から引用 高市早苗事務所の「サナエトークン問題」と「他候補を誹謗中傷した動画問題」については、これはこのままウヤムヤにしてしまうのではなく、声紋鑑定の結果、録音された電話の声は間違いなく高市事務所の秘書の声であると、科学的に証明されたのだから、その先に話を進めて、事務所の責任者である高市早苗氏の刑事責任を問う段階へ進まなければなりません。秘書本人の陳述書を提出するから「ちょっと待ってくれ」と言われて待ってるうちに、そのうち忘れるだろうなとどいう低レベルの作戦に引っかかるわけにはいかないのですから、しっかりと「高市疑惑」を追及してほしいと思います。
2026年07月17日
広島県広島市の松井市長が、新人職員の研修の場で講義を行う際に戦前の「教育勅語」の一部を引用して公務員としての心構えを身に着けるように指導していることが新聞報道されたのは、数年前のことであったが、その報道が発端となって、市民団体「子どもと教科書 全国ネット21」は、署名活動等を通じて広島市松井市長に「教育勅語の引用は止めるように」要請活動を行ってきていた。その結果、本年3月の市長定例会見にて市長自ら「今後は勅語の引用は止める」と宣言したことを、「教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま」会員の岸直人氏は、次のように報告している; 2026年3月27日の定例記者会見で、松井市長は14年間行ってきた新規採用職員研修での教育勅語引用講話を実施しないと表明した。市民からの批判が松井市長に講話を止めさせたと言える。 2023年12月の報道で、市長が教育勅語を引用した職員研修を12年間も行い、マスコミも職員からも批判が無かったことを知り愕然とした。 被爆者、弁護士、ジャーナリスト、宗教者、教職員、労働者などを含む団体や市民が、教育勅語は「衆参両議院で排除失効決議され日本国憲法と教育基本法に矛盾する」「象徴天皇制、政教分離、憲法尊重擁護義務と矛盾する」から肯定引用することは許されないと厳しく市長を批判した。 当会は2020年から2023年までの市長の研修講話録画を情報公開で入手した。その間毎年「教育勅語には今でも大事にすべき様々な教えが入っている」「今でも通用する民主主義の基本的な概念を述べている」「とても民主主義的でいいことを言っている」「教育勅語は民主主義の先端をいく」等を確認した。 2024年度松井市長は「民主主義」とは言わなくなったが、まだ「大事で意味がある」と言う。そこで、当会は教育勅語で民主主義を否定する教育が行われていたことを証明するために、当時の文部省の教師用解説書である『勅語衍義』を援用した。例えば「夫婦相和し」は「国の安定のために家が不和であってはいけない」「夫は妻を可愛がって妻の歓心を得、妻は夫の意思に反してはいけない」などと書き、最終的には「天皇の為に命を捨てよ」と天皇制国家主義を強制し民主主義ではないことを質問状で追及した。 2025年には要請書を賛同者597名、賛同団体70団体の署名とともに市長に提出。この年は「教育勅語には大事なことが書いてあるという意見を受け止める」と曖昧に教育勅語を肯定した後、「憲法と原爆のない真の平和をめざす広島の心は軌を一にする」と述べ、ヒロシマの市長が戦争推進の元凶であった教育勅語を抱きしめて放そうとしない自己矛盾した姿を市民に見せることになった。 同年9月24日に当会は広島市議会にオンライン署名22,838筆と共に「請願」を提出し、「教育勅語引用研修をしないことを求めるハガキやメールを送ってください」との呼びかけを全国に拡散した。広島市によると、231通のハガキやメールが連日のように市長に届いていた。 私たちは、松井市長が教育勅語引用研修をやめたことは歓迎する。が、市政記者会見で、教育勅語を止めるのはマスコミや市民が「政争の具」にし、「揚げ足を取る」からだと、マスコミや市民を敵視する発言をした市長の姿勢は、市民による地方自治への参加、つまり主権者による民主主義の実践そのものを否定し、市長の資質を批判されるべきものである。今後、松井市長には主権者である市民の声を受け止め、真摯に対応する市政を運営されることを望みたい。(きしなおと)2026年6月15日 「子どもと教科書 全国ネット21NEWS」 VOL.168 1ページ 「市民が松井市長の教育勅語引用研修を止めた!」から引用 教育勅語と聞けば、私は50年前の学生時代に下宿していた先のおじいちゃんを思い出す。彼は当時の国鉄職員を、東京駅助役の職を最後に定年退職し、都内の中小企業に天下り(?)してサラリーマン人生を継続していた人で、下宿の大学生3人と朝晩の食事はいっしょに取ることが日課で、夕飯時の晩酌のときには、よく「むかしは教育勅語というものがあって、なかなか良いことを教えるものだった」と前置きして「夫婦あい和し、兄弟・・・」と語りだすのが定番で、しかし下宿生の方は「また始まったか」と思いながらも、食卓を囲んで議論してもしかたがないので、うんうんと聞き流すだけであったが、しかし、その下宿のおじいちゃんの話は、戦後の国会で無効決議をされたものであるという前提で、「しかし、良いことも書かれていたのだ」と言いたかったのでした。あれから半世紀も経って、まだ「教育勅語の良い部分に学ぶ」などと、市長という公人の立場で発言するのは、公序良俗を害するものであるという認識をしっかりもっていただきたいものです。
2026年07月16日
2011年の東日本大震災で東京電力福島第一原発は津波被害で冷却用電源を失い、1~4号機の原子炉がメルトダウンするという前代未聞の大事故になったのであったが、ドイツ政府はこの事故を教訓として原子力発電は廃止するという方針を打ち立てて再生可能エネルギーに切り替えたのであったが、事故当事者の日本をはじめ、アメリカ、フランスなど電力資本の力が強い国では、いまだに原発からの撤退を決断できず、日本政府などは数年後には新規に原発を増設するなどと言い出しているが、その一方で、これまで原発が排出してきた「核のゴミ」は安全に処分することが出来ずに、今もため込みを続けており、増える一方であることについて、日本共産党原発・気候変動・エネルギー問題対策委員会委員の鈴木剛氏は、6月28日付「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; 南鳥島(東京都小笠原村)で、原発から出る「核のゴミ」の最終処分場の立地選定のための文献調査が始まりました。北海道の寿都(すっつ)町、神恵内(かもえない)村、佐賀県玄海町に続く4例目です。 ◆ ◇ ◆ 原発はウランの核分裂で生じるエネルギーで発電しています。「核のゴミ」とは、使用済み核燃料や使用済み核燃料からプルトニウム等を取り出した残り物(放射性セシウムなどの核分裂生成物)のことです。人が近寄れないほど強い放射能をもつだけでなく、放射能の強さがなかなか弱くならない成分もあります。そのため、処分に際しては万年単位で人間の生活圏から隔離する必要があります。 日本を含め原発を持つ主要国では、地下深く(数百メートル程度)に埋設処分することにしていますが、どこでも立地選定が難航し、処分場が建設されたのはフィンランドだけです(試験操業中)。特に日本は、欧米のような地質的に安定な大陸と異なり、太平洋・フィリピン海・ユーラシア・北米の四つのプレートがぶつかり合う地殻変動の激しいととろです。地球科学の研究者らは「今後10万年間にわたる・・・安定した場所を具体的に選定することは、現状では不可能」と指摘しています。(2023年10月に300人余の地球科学研究者らが発表した声明) 南鳥島は、太平洋プレート上にあり地質的には安定した場所にありますが、地下千メートルほどまでサンゴ礁由来の石灰岩です。石灰岩は雨水などによる溶解で空洞(例=鍾乳洞)ができやすく、「核のゴミ」の金属容器が腐食して放射性物質が溶け出し、周辺海域を汚染する恐れがあります。とても適地とは言えません。 国内には2万トン余りの使用済み核燃料があり、多くは各原発の使用済み核燃料プールに、一部は日本原燃が建設中の再処理工場(青森県六ヶ所村)に貯蔵されています。再処理工場の使用済み核燃料受け入れ施設はすでに満杯です。各原発の使用済み核燃料プールも貯蔵率78%と限界に近づきつつあり、あと数年で満杯となり運転ができなくなる原発もあります。 ◆ ◇ ◆ このほか、約7100トンが英仏の再処理工場で処理され、返還されたガラス固化体(高レベル放射性廃液とガラス原料の混合物)1830本が日本原燃の「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」(六ヶ所村)に貯蔵されています。 既にある「核のゴミ」をどうするかは、社会的合意をつくることが大切です。日本学術会議は、原発政策についての国民的合意がないまま処分について合意形成を進めるのは手順が逆だと指摘しています。(内閣府原子力委員会の審議依頼に対する回答。12年) まずは、原発をやめて処分困難な「核のゴミ」を増やさないことが求められます。その後も残る「核のゴミ」処分については、専門家の英知を結集して研究・開発を進めつつ、真摯(しんし)な国民的な議論が必要です。その結論が出るまでは、政府の責任で厳重に管理すべきです。<すずき・つよし>2026年6月28日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済これって何?-核のゴミ 最終処分場」から引用 ユーラシア大陸や南北アメリカ大陸のような、見るからにしっかりした大陸であれば、素人目にも地下千メートルも掘れば、未来永劫に人の目に触れることのないように「処分」することが出来るように思われますが、日本の原発事業は、そのような安全対策は「ゼロ」のまま、とにかく「発電すること」だけを考えて実行してきたが故に、あと数年後には「核のゴミ」の置き場がなくなるのだから、そうなれば後は必然的に原発を停止して、これ以上余分なゴミを出さないようにするしかありません。本当は30年前に完成する予定だった「使用済み核燃料のリサイクル工場」も、当初の竣工予定から毎年毎年予定を先延ばしして、とうとう30年も経ってしまったのに、まだ何時本当に完成するのか、そろそろ建て屋の老朽化に対応が必要になる時期になるという始末で、こういう電力資本の横暴をいつまで許すのか、真剣に考え直す時期ではないかと思います。
2026年07月15日
奈良県の高市早苗事務所が無届で仮想通貨「サナエトークン」を販売し、無届の違法性を指摘されるや直ちに本人が「私はそのようなことは何も聞いていないし、何も知らない」と「X」に投稿したとたんに価格が暴落したことの顛末を、6月28日の「しんぶん赤旗」は、次のように報道している; 「資金決済法違反に問われかねない金集めビジネスを、首相の後援会がXで大々的に宣伝したことは重大だ」-。高市早苗首相の後援会が首相の名前を冠した暗号資産(仮想通貨)=「SANAE TOKEN(サナエトークン)」の宣伝に加担した問題を日本共産党の辰巳孝太郎議員が衆院予算委員会(22日)で追及しました。徹底的な調査で事実を明らかにするよう求めました。 サナエトークンは、ユーチューブ番組「NoBorder(ノーボーダー)から派生する形で2月25日に発行されました。資金決済法で、金融庁に暗号資産交換業の登録が義務づけられているにもかかわらず、無登録で販売をしていた疑いが出ています。 高市事務所が公認したXの後援会アカウント「「公認」チームサナエが日本を変える」はトークン発行の2月25日、発行元の投稿を引用して「『SANAE TOKEN』という新たなインセンティブ設計も注目されている」と紹介。その後、問題が指摘されると高市首相は3月2日に「全く存じあげません」「事務所側も知らされていない」とXに投稿し、価格が急落しました。 辰巳氏の追及で、トークンの損失に関する相談が18日までに3件、金融庁へ寄せられていることが判明。辰巳氏は、トークン発行直後に一時、時価総額が数十億円にも跳ね上がったのは、後援会がXで宣伝に加担し、お墨付きを与えたからではないかとただしました。 高市首相は「3月2日までサナエトークンを聞いたこともなく、承認したことはない」とのべ、後援会の責任についてはまったく答えませんでした。 首相の公設第1秘書は、トークン発行元の幹部とグループLINEを通じてやり取りしたことを『週刊現代』の取材で認めています。辰巳氏は、発行元の幹部はさまざまな投資トラブルを起こしていると報道されているとし、「公設第1秘書がこのような人物と関係を持つことは危機管理上の問題ではないか」と迫りました。 高市首相は「イメージ操作はやめてほしい」などと開き直り、答弁不能に。辰巳氏は「公設第1秘書が週刊誌に回答したことを元に質問している。首相の事務所で起こっていることですから責任をもって解明を」と強く求めました。◆答弁せず陳述書、国会審議の否定 高市首相は22日の衆院予算委員会で、サナエトークン問題などの野党の追及をかわすために、秘書の陳述書を提出し「それをもって答弁に代えさせてほしい」などとのべました。日本共産党の小池晃書記局長は同日の会見で「国会審議の否定だ」と厳しく批判。憲法63条には首相の国会への答弁義務が規定されています。2026年6月28日 「しんぶん赤旗」 日曜版 2ページ 「『サナエトークン』無登録販売の疑い」から引用 サナエトークンの疑惑について、この記事では「徹底的な調査で事実を明らかにするよう求めました」となっているが、その後の高市首相側の対応は、これまた「徹底的に」知らぬ存ぜぬで押し通す意向のようで、国会の予算委員会での質問とか秘書の証人喚問などにうっかり応じたりするとどんなボロが出るか、分かったものではないという「危機感」があり、高市首相としては「そのような対応するする時間もないので、秘書本人に陳述書を書かせるから、その陳述書の提出をもって本件はおしまいということにしてほしいなどと言い出して、歴代総理大臣もやったことのない「荒業」だ、などと書いた新聞もありましたが、そんな「お笑い」のネタを扱うような表現はやめて、総理大臣自ら違法な仮想通過販売に手を染める不祥事という「大事件」の真相を解明する取り組みが必要だと思います。ちなみに、暗号資産「サナエトークン」で一儲けの話を高市事務所の秘書に持ちかけた人物は、総裁選のときに他候補を誹謗中傷する動画を大量に投稿する「企画」を持ちかけた人物と同じ者であることは「週刊文春」の報道で明らかになっている。そろそろ一連の不祥事について、高市氏の責任を明らかにするべき時が来ているのではないか。
2026年07月14日
全国各地で予定されている反戦や改憲反対を訴えるデモの情報が閲覧できるホームページについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、6月24日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 国会前など全国で続いている反戦や改憲反対を訴えるデモ。その情報サイトが充実度を増している。 「しんぶん赤旗」の記者がナビゲーターを務めるYouTubeなどの動画「デモのトリセツ」は新しいデモの多様なスタイルや参加者の声を伝える。「ポリタスTV」の「はじめてデモに行ってみよう」は現地での心がまえからプラカードの作り方までアドバイスする。「デモカレンダー」「連帯カレンダー」のように全国各地のデモの予定を掲載したサイトも有効に機能している。 それで思い出したのが文部省著作教科書『民主主義』だった。1948年度から53年度まで中学高校で使用された社会科教科書だ(現在は複数の会社から再刊)。<複雑で多方面な民主主義の世界をあまねく見わたすためには、よい地図がいるし、しんせつな案内書がいる>と自負した本書は今読むためにあるような一冊だ。 <独裁主義は、民主化されたはずの日本にも、いつ、どこから忍びこんでくるかわからないのである><民主主義の仮装をつけてのさばってくる独裁主義と、ほんものの民主主義とをはっきりと識別することは、きわめてたいせつである> 市民運動の正当性を説く理論的支柱だとさえ私には思える。デモの案内動画が実践編なら『民主主義』は理論編。戦後の日本はここから出発したのである。そのことを忘れたくない。(文芸評論家)2026年6月24日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-デモと民主主義」から引用 戦後の日本はここから出発したとは言え、間違いのない方向に進んでいるかと言えば、これはなかなか判断が難しい。十五年戦争に敗北してGHQに占領された記憶が鮮明であった20年間くらいはどの政治家も「民主主義が大事」という建前を尊重していたが、しかしその裏では「選挙時の買収」などは「暗黙の了解」の下で行われていたらしいし、それから数十年経って「憲法改正については、ナチスの手口を学ぶべきだ」などと公言した者が、なんと自民党総裁すなわち総理大臣に就任し、いまだに与党内に派閥を維持して、とうとう皇室典範を勝手に作り変えて、明治以来今日まで皇族の養子縁組を禁止していたものを「可能」に変え、自らの妹が養子縁組をしてその子孫に男子が誕生した場合は皇位継承権を持つなどということが、短時間の国会審議の後に速攻で可決成立したのであるが、中身がそのような内容であったことが、「可決成立」の後になって明らかになるという「異常事態」が昨日今日の国会の状況である。これでは、とても民主主義とは言えない。「デモカレンダー」は充実したサイトであるが、高市早苗が内閣機密費を使って「スマホ農場」から野党を誹謗中傷する動画を配信した、あの「情報量」にはかなわないのではないか。高市早苗の振る舞いは明らかに公職選挙法違反であるが、これを立件できるかどうか、そこに日本の民主主義の「命」が懸かっていると思います。
2026年07月13日
毎年シンガポールで開催されるアジア安全保障会議を長年に渡って取材してきている朝日新聞論説主幹の佐藤武嗣氏は、米国防長官が、従来とは異なる内容の演説をしたことを指摘し、アジア諸国の支持を失いつつある現状を、6月26日付同誌夕刊に、次のように書いている; アジアで地殻変動が起きている――。シンガポールで毎年あるアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)に足かけ20年以上、十数回参加し取材してきた。定点観測を通じ、今回ほど、そう感じたことはない。 この会議は、アジアや米欧の40カ国超の国防相らが一堂に会し、地域・国際情勢について各国の立場を発信し、議論する場だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)が、米中双方にどんな視線を向けるのか。地域秩序の変化を占う場でもある。 今回は、国際法違反との指摘を受ける米国のイラン攻撃後初の会議となった。ASEANにはイスラム教徒が多数を占めるインドネシアなどの国もあり、ホルムズ海峡封鎖によるエネルギー価格上昇や経済への打撃で、米国への視線は厳しい。 対米不信は、ヘグセス米国防長官の独善的な演説でさらに加速した。従来の米国は「ルールに基づく国際秩序」を説き、国際法や民主主義の重要性を強調。それが対中牽制(けんせい)の常套(じょうとう)句だった。 だが、ヘグセス長官は演説で「ルールに基づく国際秩序」は「グローバリストの空虚なレトリックだ」と言い放った。強大な軍事力なくして「ルールは紙切れ同然だ」とも断じた。米国への「ただ乗り」は許さず、責任を果たさない国との関係を見直すと踏み込んだ。 逆に、マレーシアの国防相は演説で「国際法は紙切れのように扱われ、(中略)強国は自国に都合よく解釈する」と大国の横暴を批判。他のASEANの登壇者からも同様の懸念が示された。 シンガポールのシンクタンクが4月に発表したASEANの有識者への調査では、米中どちらかとの連携を迫られたら、「中国を選ぶ」割合は52%で、米国を上回った。 米国の孤立が進む中、日本はどんな外交的立ち位置をとるべきか。柱は四つある。まずは日米同盟をうまく管理することだ。日本の国益を見据えて落としどころを探る。二つ目は、ASEANをつなぎとめるためにも「法の支配」の守護者として振る舞うこと。三つ目は、最大の貿易相手・中国との対話だ。毅然(きぜん)たる態度をとりつつ、対話に向けた行動が必要だ。四つ目は、日本自ら地域の懸念や緊張を招かぬよう、防衛力強化は抑制的なものとすることだ。 米国の変質、中国の野心、ASEANの米国離れ――。年内の国家安全保障戦略改定では、防衛力強化一辺倒でなく、戦後経験したことのない環境下で、どのように複眼的な外交戦略を描くかが問われる。(論説主幹)2026年6月26日 朝日新聞夕刊 1ページ 「時をよむ-アジア地殻変動、進む米国離れ」から引用 かつてのアメリカは、欧米の植民地だった地域が次々と独立した時に、新興国の会議に出席しては盛んに「ルールに基づく国際秩序」を説いて先進国として範を示したのであったが、しかし、それは表向きの「建前」であって、実際に新興国で法律に基づいた選挙の結果、リベラル系の政権が誕生したりすると、FBIやCIAを駆使して気に入らない政権を転覆してアメリカ寄りの軍事政権の樹立に加担するなどということをやっていたのであったが、そのアメリカも、高度に発達した資本主義体制では、経済活動によってもたらされる「富」は資本家に独占されて、国家権力のほうは資本家の下僕に過ぎないという「本来の姿」が、近年ますます明らかになったのがアメリカ合衆国の実態なのだろうと思います。もう「国家権力」の方には余裕もへちまもないため、今までの言説とは180度異なる「あんなものは空虚なレトリックだ」などと言い出す始末で、栄枯盛衰を地で行ってる。こうなってしまったからには、日本もアジアの他の諸国同様に、アメリカとは距離をおいて、近隣の諸国とより密接な外交関係を築いていくのが「得策」というものだと思います。ところが、高市早苗氏の場合は、その辺の「機転」というものがまったく効かないため、ただただ前任者の「模倣」をするだけの「外交」活動では、アメリカと一緒に没落していくしかありません。そのような「危険」を避けるには、一日も早く「無能な政権」を「有能な政権」と交代させる以外に「道」はないのだと知るべきだと思います。
2026年07月11日
今年の3月に「しんぶん赤旗」が、自民党奈良県支部が2021年と22年の政治資金パーティーで、参加者から集めた「会費」を「参加者からの寄付」として政治資金報告書に虚偽記載した疑いがあると報道したのであったが、その件を詳しく調べた神戸学院大学の上脇教授は「これは明らかに虚偽記載であり、政治資金規正法違反の罪が成立する」と判断し、奈良県支部の責任者である高市早苗氏とその秘書の告発状を奈良地検に送付したと、6月25日付朝日新聞が報道している;◆パー券収入「虚偽記入」 高市早苗首相が代表に就く自民党支部の政治資金パーティーをめぐり、パーティー券収入を寄付だと虚偽記入した収支報告書を提出していたなどとして、神戸学院大の上脇博之(ひろし)教授が、高市氏らに対する政治資金規正法違反の疑いで告発状を奈良地検に送付したことがわかった。 告発状は、「自民党奈良県第二選挙区支部」が2021年7月と22年8月に主催した政治資金パーティーの参加費用として支払われた計210万円について、寄付だったと虚偽記入した収支報告書を県選挙管理委員会などに提出したとしている。高市氏のほか、支部の会計責任者を務める秘書も告発対象とした。高市氏の事務所は、朝日新聞の取材に「政治資金規正法に従い適切に処理し、その収支を報告している。ご指摘の告発状については、内容を見ておらず、コメントできない」と文書で回答した。 この問題をめぐっては共産党の機関紙「しんぶん赤旗」日曜版の電子版が今年3月、高市首相側か、政治資金パーティー券の購入者に対して、寄付を受けたことにして税控除のための書類を発行していた疑いがあると報じていた。2026年6月25日 朝日新聞朝刊 14版 28ページ 自民党はいろいろと批判を浴びながらも60年代から70年代は、比較的まじめに国政に当たっていたと、今から思えば、そのように感じられます。それというのも、岸信介の孫の安倍信三が議員になった頃から、でたらめがまかり通る政党になったらしく、安倍信三事務所は白昼堂々、山口県の有権者を東京に招待してホテルニューオータニで大宴会を催し、翌日は観光バスを数台仕立てて新宿御苑で「さくら見物」をするなどして、そんなことを2年も3年も続けるうちに「これはおかしいぞ」と気づいた「しんぶん赤旗」が記事して初めて、世間が騒ぎ出して、検察も捜査をしないわけにはいかなくなって、安倍信三事務所を家宅捜索するべきだったのに、それは省略して、担当の検察官が安倍氏と小一時間ほど面談をして、どのような会話をしたのは不明ですが、結局安倍氏は「自分は何も知らない。秘書がやったことだから」ということになって、秘書は略式起訴で罰金を100万円支払った、ということでした。それでも一応、有罪確定ということで、当該秘書は安倍事務所をクビになったと報道されたものの、数か月後にはクビになったはずの当人が、また安倍事務所で働いているところを赤旗記者が目撃して、「いつの間にか復職したようだ」などと報道されたのでした。このような悪しき前例を繰り返すことなく、高市早苗事務所の違法行為についてはしっかり捜査をして、相応の処罰をすることで、わが国の政治をまともな軌道に乗せる努力が、今必要なのだと思います。
2026年07月10日
東北大学東北アジア研究センターで中国近現代史を研究している石井弓准教授は、日中戦争で日本軍による被害の後遺症でトラウマを抱えた中国人の生活実態を調査し、トラウマ被害が戦争被害者のみならず、その子孫にまで及んでいる状況を、6月25日付朝日新聞で、次のように述べている; 戦場での加害行為で心を壊し、戦後も多くの旧日本軍兵士たちを苦しめ続ける――。近年、その家族たちが声を上げ、明らかになってきた「戦争トラウマ」の一端だ。では、その日本軍からの被害を受けた海外の人たちのトラウマは? 「記憶としての日中戦争」などの著者で、東北大学東北アジア研究センターの石井弓准教授(中国近現代史)に聞いた。■刻まれる記憶、相手国に思いはせてこそ――20年にわたる中国での聞き取り調査で、不思議な発見があったそうですね。 農村で数百人にインタビューする中で、「夢過日軍(日本軍の夢を見たことがある)」という言葉を何度も耳にしました。「あれ、違う人からも聞いたぞ」と気づき、通訳に話したら、「私も見るよ」と言われて驚きました。――どんな夢ですか。 日本兵に追われて逃げる夢です。調査をした山西省の農村地帯は日中戦争の最前線で、日本軍による「惨案(虐殺事件)」が多発しました。 1928年生まれの女性は、16歳の時の記憶を頻繁に夢で見ていました。「皆逃げて、日本軍が村人を殴って、ピュンピュン音を立てて鉄砲の弾が飛んでくる」。細部まで鮮明で、恐怖で目が覚めるそうです。 この地域で有名な「趙家荘惨案」は、人口数百人の村が襲われ、地元県史に25人死亡と記されています。遺体は水窖(すいこう)(地下貯水槽)に投げ込まれたとされました。 当時7歳の男性は逃げる途中、草むらに転がりこみ難を逃れましたが、目の前の兄は捕まり、後日水窖から父や兄の遺体が引き上げられたそうです。 この男性の娘は、長年悪夢にうなされる父の姿を覚えていました。夜中に頻繁に「逃げろ!」と叫んでいたそうです。そして、娘も父から繰り返し話を聞くうちに、同じ悪夢を見るようになったそうです。別の村に移り住んだ後も、水窖には恐怖で近づけなくなったと話していました。――トラウマ的体験を繰り返し聞く医師らが、患者と同様の悪夢などに苦しむ「二次的トラウマ」が知られます。 トラウマ概念が中国農村部にそのまま適用できるかは分かりませんが、トラウマ症状の典型例の「悪夢」「フラッシュバック」はよく聞きます。 村々では農作業や家族だんらんの際に戦争体験が語られ、戦後世代にも記憶が刻み込まれた。親と同様の悪夢を見るという証言は多かったです。日本兵に追い回される夢を見て「目覚めても震えが止まらない」という男性は、終戦から5年後の生まれでした。――トラウマと認識されているのですか。 識字率の低い貧しい地域で、トラウマ概念自体が浸透していません。 社会的に抑圧されて語れなかった側面もあります。中国共産党軍が日本軍と華々しく戦い勝ったというストーリーが建国の基礎になり、「民衆の悲惨さ」は、その枠組みから外れました。 「対日協力者」とみなされた人たち、性暴力被害者たちも、語れないケースが多い。「人生の最後に話したい」とお願いされたことが何度かありました。――日本では「戦争トラウマ」に光が当たりつつあります。 元日本兵や家族のトラウマの研究は大切です。ただ、国内の悲しみを追究して終わるのではなく国境を超えた視点を持たなければなりません。 自分たちのトラウマを知ることで、相手国の心の傷にも思いをはせてこそ、「戦争トラウマ」を巡る日本の議論にも意味があると私は思います。(聞き手・後藤遼太)■「ルポ 戦争トラウマ」発売中 朝日新聞紙面やデジタル版で2023年8月から連載している「戦争トラウマ」シリーズを大幅に加筆修正した「ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う」(朝日新聞出版)を販売中です。320ページ、1045円(税込み)。2026年6月25日 朝日新聞朝刊 13版S 21ページ 「戦争トラウマ-体験聞き、苦しみ戦後世代にも」から「日本軍が海外に残した傷(4)」を引用 この記事を読むにつけても、戦争は愚かな行為であることを認識せざるを得ません。武器が弓矢や刀、火縄銃程度の時代の戦争ならまだしも、現代では一瞬にして数万人もの人間の殺傷が可能になっており、戦争はしてはならないものです。しかし、そういう「常識」とは縁遠い資本家は、国民から吸い上げた「税金」をスムーズに懐に取り込む手段として、国に武器を売りつけるビジネスが一番手っ取り早いという事情があるため、平和憲法を奉じる日本であっても、資本家のカネで当選した自民党議員が与党を結成して、やらなくてもよい戦争に備えて、昔はGDPの1%だったものを、近年では上限なしで増やしていこうとしている。こういう状況を、私たちは静観していないで、「戦争反対」の声を大きくしていく必要があると思います。
2026年07月09日
世間ではジェンダー平等を望む声が「常識」になりつつある今日、日本政府は皇位継承はあくまでも「男系男子」を貫く考えのようで、この度、立法府の総意と称してまとめた2案について、6月21日付東京新聞は、次のような社説を掲載した; 室町時代に伏見宮貞成(ふしみのみやさだふさ)親王(1372~1456年)という皇族がいました。崇光(すうこう)天皇の孫で、政治や文化の貴重な資料「看聞(かんもん)日記」の著者としても知られます。 貞成親王は2人の息子に恵まれました。長男は後花園(ごはなぞの)天皇として即位し、その約600年後の子孫が現在の皇室です。 一方、次男は伏見宮家の当主となり、子孫が家督を継ぎました。江戸時代末から明治時代にかけては、多くの男子が誕生。彼らが独立して久邇宮(くにのみや)家、賀陽宮(かやのみや)家など多くの宮家を創設しました。 皇室の転機は敗戦でした。国家財政の窮乏で従来の規模を維持できず、1947(昭和22)年に昭和天皇の弟の3直宮家(じきみやけ)を除き、11宮家が一般国民になったのです。全て伏見宮家の系統です。それから79年がたち、この旧11宮家に再び光が当たろうとしています。◆「40親等」も離れた養子 天皇は憲法第1条で「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされますが、皇位継承は心もとない状況です。今の皇室では、天皇陛下(66)の子世代の男子は秋篠宮家の長男悠仁さま(19)だけ。皇族も減り、天皇陛下の長女愛子さま(24)ら未婚の女性皇族は結婚で皇室を離れる可能性があります。 国会は今月、皇位継承の安定を目指し、皇族数の確保策を「立法府の総意」としてまとめました。(1)女性皇族が結婚後も皇族身分を保持する(2)旧11宮家の男系男子を養子に迎える-の2案です。 しかし「総意」とは名ばかりで両案に賛成したのは13党派中7党派に過ぎません。6党派が賛成しなかったのは、内容への疑問が拭えないからです。特に問題は養子を迎える(2)案です。 皇室と旧11宮家の共通の男系祖先は室町時代の貞成親王です。養子になり得る若い男子を想定し、悠仁さまとの間柄をたどると、男子の父親(1親等)、祖父(2親等)、曽祖父(3親等)・・・と貞成親王までさかのぼり、そこから長男の後花園天皇、孫の後土御門(ごつちみかど)天皇・・・と下って、悠仁さままでざっと40親等。非常に遠い回柄だと言わざるをえません。 養子となる男子の人となり、成育環境も未知数です。誰がその男子を適任と判断するのか、どの宮家に迎え入れるのかなど問題は山積です。政界の実力者が意中の男子を選び、皇位継承順位上位の宮家の養子に据えて、影響力を及ぼすことがないとは言えません。 養子制度には、門地による差別を禁じる憲法に違反する、という深刻な指摘もあります。 男系男子による皇位継承は歴史的に一夫多妻制に支えられてきました。近代でも明治天皐や大正天皇は側室の子です。一夫多妻制を否定する現代日本で、男系男子による永続的な継承は「絵に描いた餅」。いったん養子を迎えても行き詰まりは目に見えています。◆女性の「排除」やめねば むしろ女性皇族やその将来の子孫に目を向けてはどうでしょう。男系男子という縛りを解き、女性や女系の天皇を容認する考え方です。そのためには、女性皇族が結婚後も身分を保持する(1)案をさらに進め、その夫や子にも皇族身分を付与する必要があります。 2005年、政府の有識者会議は「皇位の男系継承を安定的に維持することは極めて困難であり、女子や女系の皇族に拡大することが必要」「(養子案は)極めて困難」との報告書をまとめていました。悠仁さまの誕生で棚上げされましたが、この理性的な提言に立ち戻るべきです。 海外の王室では、スウェーデンやベルギーなどが男子継承から第―子継承に変え、男子優先でも男子がいなければ女子が継承するスペインなどの例があります。封建的な王室制度を現代の男女平等の理念に合わせ、国民の支持をつなぎ留めているとも言えます。 今、天皇制への支持が高いのは戦後の天皇や皇族の務めや言葉が評価されているからです。戦争責任から目を背けず、平和を祈り、国内外の犠牲者に哀悼をささげる。障害者や被災者ら苦しい立場の人々を励まし続ける。 そうした姿勢は幼いころから皇室の中で学び、長年かけて身につけるものでしょう。強い自覚や責任感は必要ですが、性による区別に意味はなく、女性・女系天皇を排除する理由がありません。 男系男子という「形」に固執し続ければ皇室の「本質」「伝統」が変わってしまうのではないか。天皇が国民の敬愛を失いかねず、やがて国の象徴と言えなくなるのでは、と危惧するのです。2026年6月21日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「社説-男系男子の縛り解いて」から引用 この記事が言うように、政府が男系男子に固執し続ければ皇室の「本質」「伝統」が変わってしまうというのは、もっともなことです。現在の皇室は、多くの国民の圧倒的な支持を得ている「日本国憲法」を尊重し、過去の戦争を反省し、戦後の80年間、国内外のかつての激戦地を訪問して犠牲者を慰霊し、不戦の誓いを祈ってきました。そのような皇室の姿勢を、多くの国民が尊敬し支持しているのだと思います。ところが、そういう皇室の姿勢を快く思わないグループが、政府内にいて、先日の「昭和100年」を記念する式典を開いて皇室ご一家の臨席を得ながら、一言のあいさつもさせなかったことなどを見るにつけ、これから武器の製造販売で経済を立て直そうという人たちにとっては、皇室の平和を祈念する姿勢がよほど目障りなのかと勘ぐってしまいます。末永く国民の支持を得ていくには、無理押しの「養子縁組」よりは「女性排除」をやめて「第一子継承」の方針にするのが望ましいと思います。
2026年07月08日
「立法府の総意」と称する皇室典範改正案が衆参両院議長から政府に提出されたことに関連して、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、6月17日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 家族のあり方も皇室制度も時代に沿って変化する。1898年、明治民法が一夫一婦制を定めた際には強い反対論が巻き起こった。皇室典範を主導した伊藤博文らも側室維持論者だった。 だが当時皇太子で、1900年に結婚した大正天皇が一夫一婦制を実践したことで「家族の伝統が壊れる」「側室がいなければ皇統が絶える」といった保守派の反対論は粉砕された(側室制度が正式に廃止されたのは戦後の皇室典範)。 今日の皇位継承問題における男系男子絶対論も「伝統に固執する」「近代化を拒む」という点で似たところがある。女性天皐や女系天皇を容認する世論が7割を占め、新聞各紙も同様の論陣を張る中、男系男子にこだわる謎。まして10日に提出された「立法府の総意」のひとつ「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」という案は奇態というほかない。 この「総意」は皇族数を確保するのが目的で、皇位継承問題は先送りされた形だが、男系男子派は皇室を消滅させたいのだろうか。強硬な天皇制反対論者でなくても、人権が制限され、女性差別が制度化された現在の皇室に疑問を持つ人は少なくないだろうし、無茶な養子案に頼るくらいなら自然消滅に任せたらという意見もありえる。 時代の要請に反した制度はいつか滅びる。それでもよければべつにいいけど。(文芸評論家)2026年6月17日 東京新聞朝刊 11反 19ページ 「本音のコラム-皇室の行方」から引用 皇位継承が問題になるのは政界に「皇位継承は男系男子に限る」という「信念」を押し通そうとするグループが存在するからで、「男も女も同じ人間だ」という常識をしりぞけて、「男は優先されて当然」という価値観をごり押しして、うまく行けば自分の血統の子孫が天皇の座を手に入れることになる、そういう策略を巡らせているのが自民党の麻生太郎議員であると、そういう風評がやがて現実のものとなった日には、明治の政府が努力して打ち立てた「天照大神の子孫が天皇家である」という「神話」が、ただの作り話であったことが白日の下にさらされて、国民の間には白けたムードが漂うことになると思います。しかし、そのようにして社会は民主化への方向性をつかんでいくものなのかも知れません。
2026年07月07日
海外から移住してきた外国人が日本で小売店や飲食サービス店を営む場合は、出入国管理庁が「経営・管理」ビザを発行して営業許可を出しているが、その場合の許可条件が昨年秋から急に厳しくなっていることについて、6月14日付「しんぶん赤旗」は、次のように報道している; 出入国在留管理庁は昨年10月、外国人の企業経営者向け在留資格の認可基準を資本金3000万円に引き上げました。日本に暮らす外国籍の人の生活基盤を脅かすとして、当事者から撤回を求める声があがっています。<目黒健太記者> 「経営・管理」ビザは、日本で小売店や飲食サービス店などの事業を行う外国籍の人の在留資格(最長5年)です。昨年10月、国会審議なしで決められる省令改定によって基準が「厳格化」されました。 新基準では、同ビザの取得要件を資本金500万円以上から6倍の3000万円以上に引き上げ、1人以上の常勤職員の雇用などを義務付けています。(昨年10月16日から適用) 政府は、基準変更の理由を「不正な取得防止」としますが、コロナ禍や物価高騰のもとで営業努力を続けてきた実態を無視し、廃業や国外退去に追い込むものです。◆更新できず帰国も 来日して30年以上になるバングラデシユ出身のシュワブさん(59)は、東京・中野区でケバブ屋を営んでいます。日本で結婚し、子どもが2人います。「今でも営業はギリギリ。新基準が適用されれば、お店を続けられない」と話します。 店の看板メニューのチキンケバブは、ガラムマサラ、ヨーグルト、しょうゆ、酢など10種類以上の調味料を使っています。ハラルフード(イスラム教で許されている食品)を使い、イスラム教の人たちが安心して口にできることも特徴です。 注文が入ると、シュワブさんは12キロものチキンを手際よく切り、サラダに盛り付けます。「今日も暑いね」「大盛りサービス」とお客さんとの会話も弾みます。 新基準前からの在留者には、3年間の経過措置が設けられています。 シュワブさんは4月に経営・管理ビザを更新できましたが、同ビザが更新されずに帰国を余儀なくされた当事者も生まれています。シュワブさんは「税金を納め、真面目に働いてきた。子どもたちはベンガル語より日本語で考え、話す。突然ビザの基準を厳しくして、『国に帰れ』というやり方はひどすぎる」と怒ります。 「日本で長年生活し、日本の文化をたくさんもらった。いろんな国の人たちが集まり、交流することで多彩な街になる。日本に根付いた外国籍の人を排除しないでほしい」。シュワブさんの心からの願いです。◆根拠なき改悪で9割が危機 日本共産党の仁比聡平議員の質問(4月21日の参院法務委員会)で、経営・管理ビザの新基準により、同ビザ取得者の約9割に影響がある一方、まともな実態調査すら行われず、要件引き上げの根拠もないことが明らかになりました。 事業者の実態について出入国在留管理庁次長は「詳細な数値をお答えすることは困難」などと答弁しました。 仁比氏は「適正に在留資格を得て、税金や社会保険料も真面目に納めながら頑張っている9割方のお店をつぶすつもりか」と追及。「厳格化」の押しつけをやめ、「多文化共生のともしびを消してはならない」と強調しました。 質問の1ヵ月後に出入国在留管理庁は、東京入管の調べで「経営実態に問題」があるのは、申請件数全体のわずか1%だと明らかにしました。 また、仁比氏の追及に対して、平口洋法相は、要件改定前からの在留者について、基準に適合しないことのみで不許可にはしないと説明。経過措置後も「基準に適合しない場合、例えば納税状況等を鑑みて適正である場合は許可する」と答弁しました。(5月28日の参院法務委員会) わずかしかいない「不正取得」の防止を理由に、日本で暮らす外国人の生活基盤を脅かすことは許されません。2026年6月14日 「しんぶん赤旗」 日曜版 30ページ 「外国人の経営・管理ビザ厳格化」から引用 外国人が国内で商売をする場合に政府が発行する「経営・管理」ビザの、発行条件を厳しくした目的は「不正取得を防ぐため」と政府が説明したにも関わらず、共産党・仁比議員が「どの程度の『不正取得』があったのか」と質問すると、政府側は即答することが出来ず、慌てて調査して判明したのは「経営実態に問題があったのは1%だった」ということで、要するに「こんなことではダメだから、条件を厳しくしよう」ということではなかったという「事実」です。問題があるから条件を厳しくしたのではなく、何かほかのことを「忖度」して「外国人に対して厳しい態度をとった」というのが実相ということで、昨年夏から秋にかけて、自民党支持率が低下したことに危機感を感じて、とりあえず「保守層」の離反だけは阻止するために、「外国人に厳しい」という姿勢を強調したかった、というのが真相ではないかと思います。外国人居住者にとっては甚だしい迷惑であり人権侵害ですから、このような不当な政策は直ちに撤回するように声を上げていくべきだと思います。
2026年07月06日
5月末に国家情報会議設置法案が可決成立したことに危機感を募らせる市民団体が、横浜市で勉強会を開催したことを、6月14日付神奈川新聞は、次のように報道した; 高市早苗政権が制定を目指す「スパイ防止関連法制」に反対する市民集会が13日、横浜市鶴見区で開かれた。公安警察を長年取材するジャーナリストの青木理さんが登壇。今夏にも政府が新設する「国家情報局」は「警察の別動隊」であり、権限が拡大すれば、市民への監視強化やプライバシー侵害につながる危険性があると警鐘を鳴らした。(松島佳子) 高市政権はインテリジェンス(情報収集・分析)の機能強化を目指し、第1弾となる国家情報会議創設法が5月27日に成立した。7月にも同会議と、司令塔となる国家情報局を設置する予定。同局は現在、内閣官房にある内閣情報調査室(内調)が格上げされる形となる。 青木さんは「内調の最大の出向元は警察で、トップには政治思想やイデオロギーのある事件を捜査する警備・公安部門出身の警察官僚が例外なく就いてきた」と解説。「国家情報局は『警察の別動隊』。ある種『政治警察』である公安警察が、自分たちの権限と権益を大幅に拡大するためにつくるようなものだ」と批判した。 秘密裏に行われる公安警察の活動は、暴走する恐れが常に付きまとう。 岐阜県大垣市で計画された風力発電事業を巡り、岐阜県警大垣署の警察官が2013~14年、勉強会を開いた市民らの個人情報を恣意的に収集し、事業者側に提供していた。24年9月の名古屋高裁判決は県警による個人情報の収集、市民監視は表現の自由などを定める憲法21条に反するとし、違憲性、違法性を認めた。 青木さんは「公安警察はこういう活動をしてきたし、今後もするだろう」と指摘。その上で「こういう組織が牛耳る内調が拡大されて国家情報局ができたら、市民監視を強めるだけでなく、政権運営に資する情報の収集・分析する機関になりかねない」と警告する。 警察法は少なくとも日本国憲法の保障する個人の権利および自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」との規定がある。しかし、今回成立した国家情報会議創設法には歯止めの規定もなければ、米国や英国のように活動を監視する外部機関や仕組みが存在しない。 「このままでは政府と一体化した情報機関ができてしまうかもしれない。非常に危うい」と青木さん。そうなれば、市民社会は萎縮し、個人の表現、言論の自由は失われる恐れがあるとして、こう強調した。 「政府の政策にだれも何も言わない、メディアも野党もチェックしない。そんな地獄のような社会にはしたくないし、させてはいけない」 集会は、弁護士らでつくる「自由法曹団神奈川支部」などの主催。オンライン併用で行われ、会場には約90人が集まった。2026年6月14日 神奈川新聞朝刊 20ページ 「時代の正体・高市政権考-市民監視『強まる』」から引用 どこから持ち出したカネを使ったのか、スマホ農場にカネをつぎ込んで選挙期間中に野党候補を誹謗中傷する動画を拡散した結果、自民党は一人勝ちで衆議院の3分の2を超える議席を獲得し、今はやりたい放題の状態で、高市事務所の違法行為を取材報道するのは週刊文春のみ、大手新聞もテレビも「不正摘発」の姿勢を見せないのは、ここで下手に「反高市」の姿勢を見せても、「高市退陣」が実現しなかったときは手ひどい仕返しに会うことを警戒してのことと思われますが、それは、報道機関の姿勢として如何なものかと思います。報道機関がそういう調子では、この国の「戦前回帰」はますます進み、2度目の国家存亡の危機に遭遇するのは確定的と言えるのではないでしょうか。
2026年07月05日
大阪府泉南市には露骨な民族差別をする市議会議員がいて、この度その言動を訴えられて有罪判決を受けたのであったが、それでもその判決が当該市会議員の犯罪行為に十分見合う内容の判決とは言えなかったものであったとのことで、市民団体が集会を開いて勉強会を行った様子を、6月14日付神奈川新聞が、次のように報道している; 差別撲滅が責務である公人でありながら、添田詩織大阪府泉南市議がマイノリティーをヘイトスピーチで攻撃している問題で、被害者の在日コリアン3世、李香代(イヒャンデ)さんを支援する集会が12日、大阪市で開かれた。李さんが差別の認定を求めて控訴した訴訟に意見書を提出した板垣竜太・同志社大教授が内容を解説し、添田氏の攻撃は人種差別撤廃条約に違反する差別以外の何ものでもないと論証した。 添田氏は李さんが朝鮮学校支援に取り組む写真などをX(旧ツイッター)に投稿した。自らの手は汚さぬよう直接的な表現はせず、支援者らに攻撃を仕向ける「犬笛型ヘイト」で、政治家など影響力のある者に広がるとりわけ卑劣な差別扇動の手口だった。 昨年10月の大阪地裁判決は名誉毀損(きそん)やプライバシー侵害などを認めた一方、差別に当たるとは判断しなかった。「原告個人の家族関係や活動に言及するものの、在日コリアンという属性一般に着目したものとは認められない」というのが理由で、板垣教授は「民族全体を蔑視したものや、ナチスのユダヤ人虐殺のような誰でも分かる差別でなければ認められないのか。これが定着したらいくらでも言い逃れができてしまう」と批判した。 日本も加入する人種差別撤廃条約の定義から、差別とは平等や自由を害する目的または効果を持つものだと説明。「添田氏は北朝鮮を否定的に認識し、わずかでも関連があると見るやひとくくりのものとみなす。人種などの属性への過剰な関心が投稿の動機になっている」と続け、李さんは朝鮮学校の支援活動に参加できなくなったことから、表現の自由を奪う排除の効果も持っていたと強調した。 攻撃の発端は李さんが役員を務め、中国出身者が社長であるイベント会社への公金支出に言いがかりをつけたことだった点にも着目。「さまざまな問題に安全保障の論理を適用する流れが世界中に広かっている。添田氏の投稿も李さんを安全保障上の敵と扱った。顔や名前をさらされ、ヘイトクライムが繰り返されてきた民族的トラウマも想起され、生活や心身に及ぼす被害はマイノリティーゆえの大きさがあった」と一審判決の不十分さを説いた。 差別・排外主義政策を推進する高市早苗政権への危機感もあり、会場を多くの支援者が埋めた。あいさつに立った李さんは7月29日の大阪高裁判決に向け、「私個人だけの問題でも、在日コリアンだけの問題でもなく、差別されている人が泣き寝入りをさせられる社会でいいのかと考えてきた。子どもたちに明るい未来を渡せる判決を願っている」と話した。(石橋学)◆解説◆ 添田詩織・大阪府泉南市議による公人ヘイト問題 添田詩織氏は泉南市が事業を委託した大阪府のイベント会社「TryHard Japan」を「中国系企業をかかわらせるのは経済安保上、危険」「公金がダダ漏れ」などと攻撃。2024年2月、同社に提訴されると、役員で在日コリアンである李香代さんを標的にするようになった。朝鮮学校の支援活動に参加する李さんの過去の写真などを掘り返してXで投稿。日本社会に広がる偏見や差別を利用し、北朝鮮につながる人物が関わる企業を問題視することを正当化する狙いが透ける。一審大阪地裁判決は「一定の政治思想を持つ者による個人攻撃を誘発する危険を含む」と犬笛型ヘイトの構造を認定した上で「原告が非合法活動に関与しているのではないかという印象を抱かせる」などとして、55万円の損害賠償を添田氏に命じた。2026年6月14日 神奈川新聞朝刊 20ページ 「時代の正体・差別禁止法を求めて-『犬笛型』卑劣な差別」から引用 地方都市の一市議会議員が在日外国人をターゲットにしたヘイトスピーチをしたというのは、事件としては小さな事件かもしれないが、こういう事件を逐一記事にして報道することは、社会に「ヘイトは犯罪だ」との認識を定着させる意味で、大変重要なことと思います。このような報道の積み重ねが、やがてはヘイトスピーチをするような人間には投票しないという社会的コンセンサスの形成に役に立ち、差別のない明るい社会の到来を促進することにつながると思います。
2026年07月04日
衆議院で圧倒的多数の議席を占めた自民党がやりたい放題になっている事態について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、同紙6月13日付朝刊コラムに、次のように書いている; 国旗損壊罪の何がおかしいかを平易に説くのは結構難しい。 国の象徴を壊し、汚す行為を、「それも表現の自由だ」と言われると、平凡に暮らす多くの人は後ずさりすることだろう。 そこで「国家からの自由」「国家による自由」へ話を進めると、大半はそっぽを向く。「立法事実も保護法益もない」といった反対論は、さらに難解である。 法はないと困るが、何でも法で縛る社会は窮屈だ。さじ加減は専門家に委ねられる。だからこそ立法権は、広く高い視野と、謙抑的な心構えが求められる。 ところが同罪新設は、「我こそ保守なり」と目立ちたい政治家の自己顕示欲むき出し。不要論が厄介なのを見透かしているのもいやらしい。旗を振る高市早苗首相は全て承知の上に違いない。 皇室典範改正案も奇怪である。成立したら「旧宮家の者でして」と名乗る未知の男性が現れ、養子縁組で皇族になり、生まれた子が男なら皇位継承権を持つ。「皇族数の確保」に名を借りた女性・女系天皇阻止が目的なのは明白だ。 天皇陛下の11日の記者会見は意味深だった。「皇室のあり方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすること」。元民間人が血筋頼みで実践できる生き方ではないだろう。 陛下は法改正が「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでいます」とも述べられた。本紙世論調査で、養子縁組への支持は36%しかない。 「男系男子継承こそ伝統」の主張は、歴史の一部を切り取った強弁である。自然の摂理次第で皇室消滅も辞さない立場は、どう見ても尊皇家とは言えない。 かつて女性天皇に理解を示した高市氏は、今やご都合主義を「伝統」と呼ぶ保守派に迎合し、保守派は高市人気に乗じて「立法府の総意」を強引に仕立てた。 男系男子継承を「保守の証し」の合言葉に、政治的徒党を固めんがための空騒ぎである。 時に国会は、高市氏の公設第1秘書が自民党総裁選や衆院選で、他候補を中傷する動画配信に関わっていた疑惑で揺れる。権力のためなら民主主義のルール破壊もいとわない陰湿さに鼻白む。 生々しい音声が公開され、高市氏は拙い言い逃れやごまかしを重ねている。深夜未明の公邸で一人、あの声を聞きながら頭を抱える姿を想像すると、どだい無理があったと思わざるを得ない。 「後先の考えなく、その場の議論に勝とうとムキになる」。高市氏と旧知の保守派評論家の指摘に深くうなずく。(専門編集委員)2026年6月13日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-国旗、皇室、公設秘書」から引用 この記事は冒頭から、国旗損壊罪の何がおかしいかを平易に説くのは結構難しいと書いているが、実際はそんなに難しいことではない。日本中あちこちで国旗を破ったり燃やしたりする事件が多発しているわけでもないのに、わざわざ刑罰付きの禁止法を制定するのは、何も知らない一般国民に「国旗を粗末に扱うと罰せられる」という「恐怖感」を持たせ、ゆくゆくは国民に「国家は恐れ多い存在で、国民は逆らってはならず、国の言うことには何でも服従するのが国民の義務だ」という戦前の常識を再び国民の心に植え付けることを目的としている疑いがあると、はっきり新聞に書くべきだったと思います。 皇室典範改正案も、改正案とは名ばかりで中身は改正どころか、麻生太郎議員の実妹が皇族と結婚していることを「チャンス」ととらえ、その子孫が将来天皇の座に就任することを目論むもので、皇統の私物化を目論むろくでもない「改正案」だということを、新聞は国民に伝えるべきだと思います。 また、国会では高市氏の秘書が民間業者に他候補者を誹謗中傷する動画を作成配信させたり、サナエトークンを無届で販売したり、という違法行為が報道され、追及された高市首相は、始めのうちは「知らない」と言っていたのが、最近は「面識はない」に「言うこと」が変わったりしているのだから、これは公設第一秘書と松井某という民間業者を国会に証人喚問しなければならない事態であるにも関わらず、なぜか新聞もテレビも、そのような「問題追及」は一切しないで傍観して、たまにコラム記事に「なかなか難しい」と書いて終わりというのでは、戦後の時代はやがて終わりを告げて、新しい「戦前」になるのはそんなに先のことではないように思われます。
2026年07月03日
ジェンダー平等の時代には明らかにミスマッチな「男系男子のみの天皇制」をこれからも維持していこうという姿勢の高市政権に対して、元裁判官の寺西和史氏は、5日発売の「週刊金曜日」に投書して、次のように述べている; 皇位継承に関する皇室典範の改正が議論されている。保守的な高市早苗総理は女性天皇も女系天皇も認めないようだが、私は総理とは違う理由で女性天皇を認めることに消極的だし、女系天皇に至っては強く反対する。 天皇制のような世襲の公的地位を認める制度は、法の下の平等や民主主義に反する点で問題なのはもちろん、女性を世襲の地位を承継する子を産む道具にするという点でも問題である。生身の皇族女性への現実的な抑圧という点で後者は深刻な問題である。 現在、皇族の娘として出生した、生まれながらの皇族女性は、女系天皇が認められていないおかげで、皇族男性と婚姻しない限り、子を産む道具であることを免れる。産んでも、その子は天皇になれないからである。 女系天皇が認められると彼女らは子を産む道具という抑圧された地位に転落することになる。そんなことを望むのがフェミニストのすることとは思えない。 現在、子を産む道具としての役割は、皇族男性と婚姻して皇族になった女性に集中している。彼女らの抑圧された状態ももちろん問題だが、少なくとも彼女らは、一応自由意思で婚姻し、そのような地位になったのである。生まれながらの皇族女性が子を産む道具にされることのほうがより深刻な問題である。 そして、婚姻により皇族になった女性を含め、すべての女性を、子を産む道具という抑圧された地位から解放するには、天皇制などという世襲の公的制度をなくすしかないのである。私の願いは女性・女系天皇ではなく、天皇制廃止に尽きるのである。2026年6月5日 「週刊金曜日」 第1571号 60ページ 「言葉の広場-女系天皇に強く反対」から引用 石器時代から土器を作る時代を経て農耕文化が始まったばかりの頃なら、一族をまとめて外敵と対峙する必要があったかも知れないが、これからは武力抗争をしないで済む時代を、私たちは目指すべきであって、過去の遺物に過ぎない王制とか天皇制は、やがては「人類の足跡を振り返る」シーンの一部を飾る文化遺産になる、そういう時代の到来を、私たちは求めるべきだと思います。その第一歩として、私たちの憲法は国が戦争をすることを禁じているのであって、戦争を放棄してそれでも国は繁栄するのだという「見本」を示すことができれば、世界は一斉に軍縮に向かって努力を重ねる、そういう時代になるはずです。そのような未来を目指すには、時代錯誤の「男系男子の天皇制」などにかまけている場合ではないのだと思います。
2026年07月02日
これからの社会は生成AIのユーザーが爆発的に増えることが見込まれるので、それに備えて早めにデーターセンターを建設するのが、市場をリードする企業になる「近道」と考える起業家が、アメリカでも日本でもデーターセンターの建設に邁進していることについて、中央大学教授の目加田説子氏は6月14日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 俳優ジュリア・ロバーツの代表作の一つ、『エリン・ブロコビッチ』(2000年)。大企業による地下水汚染事件の解明に挑んだ実在の女性の名前をタイトルにした映画だ。ブロコビッチ氏は、訴訟や法律の知識はおろか市民運動の経験もなかった。それでも大企業相手の訴訟に臨み、周辺住民のために当時としては米国最高額の和解金を勝ち取った。 映画化後も市民の声に耳を傾け続け、環境正義と企業の説明責任を追及するシンボルの一人となった。そのブロコビッチ氏が今年4月末、AIデータセンターの急拡大は見過ごせないと、誰もが投稿できるウェブサイトを立ち上げた。 AIデータセンターとは、生成AIに必要な膨大な計算処理を行うための大規模コンピューター施設で、大量の電力や冷却用の水を消費する。計画が秘密裏に進められるケースが多く、全米で懸念が広かっている。3月、ギャラップ社がAIデータセンターの建設賛否について初めて実施した世論調査では市民の約7割が反対だった。 サイトには地域住民からの写真や情報の投稿が一気にあふれ、立ち上げから1週間で1700件、6月9日現在で5027件に達した。 ◇ ◆ ◇ ブロコビッチ氏は5月末、「データセンターが素晴らしいのなら、なぜ秘密裏に建設されているのか?」と題した記事をサイトに掲載した。住民から寄せられた最多・最大の懸念は騒音や水の使用量、光熱費の高騰ではなく、企業の「透明性」を巡る問題だったからだ。 多くの地域でAIデータセンターを建設する企業は政治家や自治体と秘密保持契約(NDA)を交わしている。住民説明会の頃には建設が決定済みのケースが多く、住民が事前に詳細を知るすべは極めて少ない。 ブロコビッチ氏は「データセンターやそれが支える技術に全面的に反対」なわけではなく、真摯な市民参加、影響に関する誠実な情報開示、地域への利益に関する論議などを経て施設を歓迎した地域もあると記す。そして「それが民主主義の本来あるべき姿だ。許容できないのは、許可が既に下りた後にプロジェクトが発表されたり、近隣の市民がプロジェクトの検討さえ知らされる前に地元当局者がNDAに署名するといった事例である」と指摘する。 ◇ ◆ ◇ 現在米国には、少なくとも3千力所超の稼働中データセンターがある。新規開発中が1500ヵ所以上、AI向けと分類される計画だけでも800ヵ所を超えるという。住民の懸念を深刻に受け止める企業も出はじめ、3月にはマイクロソフト社が自治体とのNDA活用をやめると発表した。昨年にはグーグル社がインディアナ州で計画していた施設の申請を撤回。背景には、住民反対運動と市議会の否決見通しがあった。計画の完全中止ではないものの、市民参加が影響を与えた代表的事例として注目されている。 日本も人ごとではない。既に複数の自治体でデータセンター建設に反対する住民運動が起きている。生成AIの賛否はいったん脇に置くとしても、AIが猛烈なスピードで人間生活に入り込んでいる以上、データセンター建設は不可避な課題だ。健康や環境にどういった影響を及ぼし得るのか、市民の不安を解消するための手だてはどうあるべきか。対応が急務だ。2026年6月14日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-AIの不都合な真実」から引用 データーセンターの建設を計画する企業が、自治体や政治家と事前に秘密保持契約を交わして住民を「蚊帳の外」に置いて計画を進めるなどという方法をとれば、それは当然、住民の反発を買うのは当然だと思いますが、アメリカほどの民主主義が発達した社会で、大企業がなぜそのような後ろめたい行動をするのか、不思議です。住民に知られれば、どんな補償金を請求されるか計り知れないような「悪事」を進めるというわけではないだろうに、妙に隠し立てをするから「騒ぎ」になるのではないか、もっと丁寧な住民説明会をやればスムーズに話が進むだろうに、と思いました。
2026年07月01日
大分県に駐屯する陸上自衛隊が神道式の慰霊祭を行ったことについて、元文科官僚の前川喜平氏は14日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 毎日新聞が12日、陸上自衛隊玖珠(くす)駐屯地(大分)で4月に神道式の慰霊祭が行われていたと報じた。訓練中の殉職者の慰霊と安全祈願が目的で、宮司が神事を行い駐屯地司令らが玉串を捧(ささ)げたというから、これは紛れもなく神道の宗教行事だ。 この慰霊祭については、業務連絡で日時、会場、部隊の配置などを周知し、朝礼でもアナウンスし、部隊ごとに整列して参加したというから、これは紛れもなく同駐屯地の組織的な行為だ。 ならば、この慰霊祭が憲法の政教分離原則に反することは明らかだ。隊員の参加を事実上強制しているから、信教の自由の侵害にも当たる。毎年恒例の行事だというから、憲法違反が繰り返されていたことになる。憲法尊重遵守(じゅんしゅ)義務の意識が麻痺(まひ)しているのだ。 防衛省は「社会の一般的慣習に従った儀礼」だから問題ないと言うが、「慣習」や「儀礼」という言葉で神道行事の宗教的性格を否定する考え方こそ問題だ。 戦前の国家神道は「国家の祭祀(さいし)」であって宗教ではないとされた。日本は神の国であり、天皇は現人神だとされて、国民は天皇のために死ぬことを強いられた。戦後日本の政教分離は、何よりこの国家神道の復活を阻止することが目的だ。 その国家神道が「自衛隊の祭祀」として復活している。見過ごしにできない問題だ。(現代教育行政研究会代表)2026年6月14日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-自衛隊の祭祀」から引用 元々日本列島に居住する日本人の間にあった信仰は「八百万の神々」を拝むもので、海にも山にも神様がいるという信仰であったが、これに便乗して「その神様の大本となるのが天照大神さまで、その子孫が天皇である」という物語にしたのが明治の政府が発案した国家神道であった。したがって、万世一系の天皇が統治する大日本帝国がアジア諸国を侵略した挙句に敗戦となったときに、大日本国憲法を廃止すると同時に国家神道も廃止すると「宣言」するべきだったと思います。そのようにして「けじめ」をつけておけば、例えば「地鎮祭のときは、近所のお宮に頼んで神主さんに祝詞をあげていただく」という「社会の一般的な慣習に従った儀礼」と言えるかもしれないが、そのようにはなっていない現状を考えれば、上の前川氏の記事はもっともな指摘だと思います。
2026年06月30日
毎週発行されている週刊文春が、高市陣営の「中傷動画」の件で6週連続で公職選挙法違反を指摘しており、それを明確に否定できず、しかし面と向かって問われれば「そんな事実はありません」と、その場限りの否定をして、後はウヤムヤにしてやり過ごそうという姿勢が、少しずつ有権者に「これはおかしい」という心証を持たせ始めてきた状況であるが、そのような状況を、雑誌編集者の篠田博之氏は14日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 「中傷動画」問題で高市首相が国会で追及される事態が続いている。告発を続ける『週刊文春』は6月18日号に第6弾「高市首相『中傷動画』動画作成者新証言&未公開LINE」を掲載。高市首相の秘書・木下剛志氏と動画配信を行った松井健氏との詳細なやりとりを公開している。記事中で政治ジャーナリストの青山和弘氏が「官邸の危機管理は機能不全に陥り、首相の独走が加速している」と語っている。 『週刊新潮』6月18日号もこの問題を取り上げ、「高市氏の答弁は噴飯もので、よく『インテリジェンス機能の強化』などと謳(うた)えたものだ」と批判している。 『週刊女性』6月23日号は女性千人に緊急アンケートを行った結果を「高市早苗首相『ここが好き』『アレが嫌い』」と題して発表している。それによると千人中570人の女性が「嫌い」に票を投じたという。嫌いな理由は、失言や疑惑、トランプ氏への媚びなどと並んで、皇位継承問題が挙げられている。一方、好きな理由で多いのは「初の女性総理として激務をこなしている」「女性だから応援したい」といったものだ。 高市首相は自民党において大きな力を持っているといわれるが、一部の自民党議員が週刊誌で公然と高市政権批判を行うケースも目につく。『FLASH』6月23・30日号「村上誠一郎衆議院議員 高市政権へのたった一人の反乱60分」もそうだ。また『週刊金曜日』6月12日号は表紙に岩屋毅衆院議員の写真を掲載。同氏は記事中のインタビューで国旗損壊罪制定の動きを強く批判している。 女性週刊誌では相変わらず皇位継承問題が大きく取り上げられており、そこでも"男系男子"にこだわる高市政権に批判的な論調が多い。前出『週刊女性』は「『政治は皇室の伝統を誤認している』愛子天皇の歴史的な正当性」という記事を掲載。『女性セブン』6月25日号「愛子さまついに欧州へ 天皇家背負う『女王の時代』へのご覚悟」は、次期国王となる王女がたくさんおり、今後"女王の時代"が来るといわれる欧州への愛子さまの訪問が検討されていると書いている。(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年6月14日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「週刊誌を読む-高市首相に高まる批判」から引用 この記事が指摘する岩屋毅衆院議員の「国旗損壊罪法案」批判は、「週刊金曜日」が特集する以前から「X」に岩屋議員本人が投稿して「立法事実がないのに国旗損壊罪法などというものをでっち上げるのは間違いであり、やってはいけないことだ」と、あくまでも法律論を述べているのであって、「アンチ高市」の主張にはならないように神経を使っているように見受けられます。村上誠一郎議員の場合は、どのような論旨なのか、近所の図書館に「FLASH」のバックナンバーがあれば、読んでみたいと思います。
2026年06月29日
現在の売春防止法は、違法行為があったとして逮捕され刑に服するのはいつも女性で、買春側の男性には何のお咎めもないのはおかしいとの声が上がり、国会ではようやく法改正について討議が始まった。そのことについて、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、5月29日付「週刊金曜日」に、次のように書いている; 江戸時代、性売買の場所が各所に散らばって危険だという町人の訴えがあり、幕府は遊廓に集めて管理した。この集積管理の開始から売春防止法成立まで約340年遊廓が続いたことで、日本には売買春を是とする考えが定着してしまった。 その問に明治時代の1872年には「芸娼妓解放令」が出されたが、経営者たちは遊女の自己責任による商売に見せかけて「貸座敷」制度を作り、実態を変えなかった。さらに戦後には売春防止法が成立したが、「路上で勧誘する女性」の罰則を規定しただけで買春者には何の咎めもない制度に作り上げた。 その上、風営法と呼ばれる法律のもとに「性風俗関連特殊営業」としてソープなどの性的サービスが認可されている。性交類似行為という枠組みで、性売買をサービスとして正当化しているのは日本だけだという。 ようやく今年、法務省で改正を検討することになった。改正の方向は買春者(性搾取者)の有罪化であるが、すでにヒアリングの過程で法改正させまいとする抵抗が出てきている。それについては、本誌5月15日号の「風速計」に書いた。性搾取を経済的効果のみから見て、搾取を続けるべきだと言わんばかりの意見が提起されているのである。 それに抗して売春防止法を徹底的に改正させるために、私たちは何かできるか。まずは、検討会で何が起こっているかを知ることだ。 検討会後の記者会見では、記者たちが尽力してくれている。とりわけ光っているのは『しんぶん赤旗』の日隈広志記者の質問だ。問題を熟知した上で、問題の根本である人権について深く理解した質問を投げかけている。例えば以下の3点のような質問だ。1、委員の意見の中で、女性に対する暴力であるとか、売る側を被害者とみなした意見はありましたか。2、売春防止法が禁じる行為の範囲について広げる、風営法で合法とされている行為も含めて、売春防止法と風営法をあわせて禁止の範囲を広げることに関する意見はありましたか。3、ヒアリングの方向とのことですが、より広い実態調査、性産業で行なわれていることだとか、実態調査を行なうことについては意見の中でありましたか。◆赤旗記者の優れた質問 質問が指し示しているのは「性売買は女性への暴力である」「暴力なのだから、風営法が認可している性交類似行為にまで禁止の範囲を広げるべきではないのか」「今のヒアリングでは本質的な問題に迫ることができない。性産業の実態調査をおこない実態から検討すべきではないのか」と言っているのである。人権の真の意味を理解した見事な質問だ。 法改正をするには、性産業に関わる女性たちが被害者であるという認識が最も重要である。日隈記者は、「性産業での売る側の女性には、PTSD(心的外傷後ストレス)の発症の事例が多く見られる」という事実についても、検討会で意見が出たかどうかを聞いた。 フランスでの実態調査では、8割の女性にPTSDが見られるという調査結果があるそうだ。しかし検討会ではそのような意見は出なかったという。 記者会見でこの質問を投げかけたことで、「8割の女性にPTSDが見られる」という事実を私たちは知ることになった。検討会での意見より、記者会見での記者の質問の方がはるかに正確で価値ある情報をもち、法改正の方向を明確に示している。私は改めて、記者会見の可能性に目を見張った。 日隈記者はさらに「自分が受けた行為は被害だ、として性産業の問題性を告発されている当事者もいると思いますが、売る側で被害を訴えている女性たちの話を聞こうという意見は、委員から出ませんでしたか」と質問している。無論、出なかったという返答だが、当然聞くべき人々から聞いていないことがわかった。 売春防止法を徹底的に改正させ、性搾取の根絶を目指す法律にせねばならない。2026年5月29日 「週刊金曜日」 1570号 38ページ 「これからどうする?-売春防止法を徹底的に改正する」から引用 この記事はなかなか面白い。質問する記者に、この問題のキーポイントはここなのだという明確な意識があって、「ここが重要なポイントと思いますが、これについてはどうでしたか?」と訪ねれば、そばで聞いている人たちも「なるほど、そうか」と、いろいろ重要なポイントの存在を認識し、正しい「改正の仕方」の方向性を共有することになるわけで、田中先生が張り切って「もうこの際だから、徹底的に改正しよう」とりきんでしまう気持ちもよく分かるというものです。しかし、実際に法の改正案を検討する多くの議員は自民党所属で、業界から政治献金も受け取っていることも考慮すると、実際にどの程度の改正になるのか、甚だ心もとない気分にならざるを得ません。
2026年06月28日
憲法改悪に反対する市民のデモを「ごっこ遊び」と中傷した衆院議員に関連して、政治家の真摯な対応を求めるにはどうするべきか、映画監督で「週刊金曜日」編集委員の想田和弘氏は、5月29日付の同誌巻頭コラムに、次のように書いている; 4月に国会前であった「平和憲法を守るための緊急アクション」などのデモについて、自民党の門寛子(かどひろこ)衆院議員が「ごっこ遊びにしか見えない」と発言したことに反発を覚えた読者は多いだろう。 門氏の発言が、主権者の表現行為を軽視した暴言であることは、論をまたない。しかし、デモによって政府の政策を大きく変更させえたことが、これまでほぼ皆無であったことも事実である。したがって、より効果的な市民運動のあり方を考えることも、私たちには必要ではないだろうか。 では、権力者に「ごっこ遊び」と高を括(くく)らせないために、私たちには何かできるだろうか? そのヒントは、本誌2025年8月22日号で特集した政治学者・故ジーン・シャープ氏の非暴力抵抗理論にあるのではないかと、僕は思う。 氏は権力者の<権力の源泉>は、人々の協力と服従にあると説いた。つまり私たちが協力と服従をやめれば、必然的に権力は崩壊するのだという。そして協力や服従を停止し、権力の源泉を枯渇させるための具体的方法を198項目挙げた。 その第一のカテゴリーは「抗議と説得」である。国会前デモやビラ撒(ま)き、演説などはこの範疇(はんちゅう)に入る。シャープいわく、これは非暴力の「武器」のうち、最もおとなしいものである。 第二のカテゴリーは「非協力」だ。消費者や生産者によるボイコット、自宅待機、銀行預金の撤退、税金の支払い拒否、賃貸料の留保、ゼネスト、公的援助の拒否、仮病を使って休む、司法関係者による非協力、などが含まれる。 第三のカテゴリーは「非暴力介入」である。ハンガー・ストライキや妨害的な買い占め、並行政府の樹立などが含まれる。 こうしてみると、私たちが「武器」として使ってきたのは、そのほとんどが、最もおとなしい第一のカテゴリーに含まれることがわかる。だからこそ権力者はたいして困ることも、妥協を強いられることもなく、反対意見を無視し、やりたい政策を押し通すことができたのではなかったか。 高市政権はこれから、日本の軍事化と権威主義化を急速に進めていくだろう。 私たちがそれを止めるには、シャープが言うように、何が政権の弱点で、どう攻めればよいのか、総合的な戦略を練るべきではないか。そしてデモだけでなく、第二、第三のカテゴリーも含めたあらゆる非暴力の「武器」の使用を検討する必要があると思うのだが、皆さんはどう思いますか。2026年5月29日 「週刊金曜日」 1570号 3ページ 「風速計-『ごっこ遊び』と言わせぬために」から引用 故ジーン・シャープ氏が説いた非暴力抵抗活動のうち、第一のカテゴリーは、抗議活動として十分な経験を積んでいるので実行しやすい半面、活動に動員できる人数を政府与党の譲歩を引き出せるほどの「勢力」にするのは、並大抵の仕事ではないという「ハードル」が存在すると思います。第二のカテゴリーの「税金支払い拒否」というのも、かなりの人数がまとまって一斉に行動を起こすのでないと、10人や20人で「税金不払い運動」などをしても、すぐに税務署の係官が家財の差し押さえにやって来ますから、そう気安く実行できるものでもありません。しかし、「ゼネスト」となると、私が就職して間もない頃は、当時の国鉄労組とか郵政労組が中心になって実施したものでした。効果はてきめんで、高度経済成長を反映した高額の賃金ベースアップを勝ち取って、我々中小企業のベースアップにも大変良い影響を及ぼしてくれて、「さすがは総評だ」と感謝したものでしたが、今となってはそういう「闘う労組」が姿を消してしまったので、今からあのような闘いを構築するのは、かなりの難事業のように思われます。でも、これからの若い世代の「課題」ですから、真剣に考える必要があると思います。
2026年06月27日
政府与党が推し進める「国旗損壊罪法案」について、反対意見を述べる投書が13日付東京新聞に掲載された;「国旗損壊罪に反対する」(6日発言欄)に全面的に賛同したい。特に「戦前の『不敬罪』と同じで、憲法違反ではないか」との指摘はその通りだと思う。 高市早苗首相が今国会での成立を目指す「国旗損壊罪」法案は「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」での損壊を処罰の対象としているが、処罰行為の範囲が極めて不明確である。現実に、国旗の損壊が多発しているわけでもない。外国国旗の損壊は刑法で規定されているが、その目的は当該国との外交関係への悪影響を回避することであり、制定理由が全く異なる。 国旗損壊罪法案は、国民の幅広い支持がない中、与党中心の議論のみで強行採決してはならず、拙速な法制化は見送るべきだと強く訴えたい。2026年6月13日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-国旗損壊罪は見送るべし」から引用 この投書は正論を述べていると思います。法律を定めて人々の行動を規制するのであれば、どのような問題があってそれを解消するためにこういう法律が必要であるという明確な「目的」があって然るべきで、例えば市民が安心して生活できるように、犯罪を抑止するために「刑法」が存在します。しかし、刑法に「国旗損壊罪」を新たに加えて、それで市民生活がどのように改善されるのかと言えば、別に改善される可能性はまったくありません。日の丸を燃やしたり引きちぎったりするのを見て不快感を催す国民が、どれくらいいるのか、人によって感じ方は千差万別ですから、「この人は政府の政策によっぽど怒っていて、抗議の意志を表現しているのだな」と理解する人のほうが、もしかしたら多いかもしれないのですから、表現の自由を守るという観点からも、「国旗損壊罪法案」は、廃案にするのがベストの選択だと思います。
2026年06月26日
自民党総裁選挙と今年の衆院選を有利に闘うために他候補を誹謗中傷する動画を拡散したと報道された高市首相のその後の言動について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は10日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 昨年の自民党総裁選と今年の衆院選の選挙期間中、高市早苗首相の陣営が他候補に対する中傷動画を拡散したのではないか、という疑惑。 週刊文春の報道から始まったこの問題で国会が紛糾している。首相は全否定しているが、もし事実なら総裁選や衆院選の結果にも疑問符がつく。とても看過できない。 と同時に高市陣営の危機管理体制はヤバいのではないか。「インテリジェンス機能の強化」をブチ上げているわりに、足元の情報は週刊誌にダダ漏れだし、首相の言い訳はグダグダだし。 謎なのはそれでも内閣支持率が下からないことだ。下降傾向とはいえ、どの世論調査も50~70%程度をキープしている。ナフサ不足もレアアース不足も解消されていないのになぜ? 支持者の心情を推し量ると・・・(1)権力追従派 高市さんはいつもハッキリ答弁してるじゃないですか。それは高市さんが正しいからですよ。(2)陰謀論+同情派 一所懸命やっているのに野党とサヨクはイチャモンばかり。高市さんがかわいそうすぎます。(3)興味ない派 国会で何かモメてるんですか? 私にはどうでもいいです。高市首相でいいですよべつに。 こんなだから首相は強気の姿勢を崩さないのだろうか。もっともそれとて時間の問題。有権者をあまり舐めないほうがいい。(文芸評論家)2026年6月10日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-支持者の気持ち」から引用 この記事で筆者は、高市氏の疑惑で国会が紛糾しているにも関わらず内閣支持率が50~70%をキープしているのは謎だと書いている。私も、この高支持率は発表する新聞社のお手盛りではないかと疑ったのであったが、最近はどうも、この現象は平均的日本人の政治に対する「認識」を反映した結果であると信じるに足る事例に遭遇した。それというのも、私の選挙区には地元の職業安定所所長のポストを最後に公務員を定年退職し、その後共産党から県議会議員選挙に立候補して3期連続当選した後、現在は「浪人」ながら連日街頭活動をしている人物がいて、毎日の活動の様子をFacebookに投稿しているのだが、ある日の投稿によると「いつものように街頭で演説していると、たまたま通りかかった初老の女性が声をかけてくれたので、話をしてみると、どうやら彼女は『高市さんには期待している』という。それで、『でも、彼女はいま、中傷動画の件で批判の声もありますけど・・・』というと『そうなのよね・・・』と顔を曇らせた」との投稿であった。私はそれを読んで、「目からうろこ」の心境になりました。選挙運動中に他候補を誹謗中傷する動画を流すというのは、民主主義政治の土台を揺るがす重大な選挙違反であり、潔白が証明できない者は即座に公民権を停止されなければならない深刻な犯罪である、という認識が、一般の日本人には欠落しているのが現実なのだということです。戦後民主主義80年といっても、実際の国民の意識がこういうレベルでは、「大日本帝国」がいつ復活してもおかしくない事態であると知るべきです。
2026年06月25日
高市早苗事務所の公設第一秘書が自民党総裁選の際に高市候補が有利になるように、他候補を誹謗する動画をSNSの専門家に依頼してインターネットに流したと、週刊文春が報道したのであったが、高市首相は口では「そんなことはしていない」と言いながら、しかし、文春が虚偽の報道をしたのなら名誉棄損で訴えればよさそうなものだが、そんなことをしたのでは裁判の「場」で、本当のことが暴露されてしまうため、そのようなことはせずに、ひたすら「秘書に確認したが、そんなことはない」とのことだった、という答弁を繰り返すばかりで、疑惑は解消する気配がない状態について、6日付東京新聞は、次のような「社説」を掲載した; 高市早苗首相の陣営が昨年秋の自民党総裁選で対立候補の中傷動画をSNSで拡散させたという疑惑は、これまでの首相の説明で払拭されたとは言い難い。首相が事実関係を自ら明らかにしないなら、中傷動画の作成・拡散に関わったとされる首相の秘書を国会に参考人招致する必要がある。 首相は5日の参院予算委員会で週刊文春電子版が公開した首相の公設第1秘書と中傷動画を作成した男性とのオンライン会議とされる音声について「秘書本人のものかどうか判断するのは難しい」と述べた。 首相は秘書とされる声に「違和感があった」としつつ、秘書ではないと否定もしなかった。男性とは自身も秘書も「面識がない」とし、オンライン会議も「記録がない」と強調した。公開された音声が本物なら、首相は国会で事実と異なる答弁をしたことになる。 立憲民主党の議員が促した第三者による調査も拒んだ。首相が明確に説明できず、調査もしない以上、立民が秘書と男性の参考人招致を求めたことは妥当である。 参院予算委は委員長も含めて自民、日本維新の会の与党が過半数を占める。議席数の上では野党による参考人招致の要求を退けられるが、自民党は自らの総裁選の公正性に疑念を持たれていることを深刻に受け止めるべきだ。 週刊文春によれば、首相陣営は今年2月の衆院選でも、野党・中道改革連合の候補者を中傷する動画を作成し、拡散させたという。SNSを悪用し、有権者の判断をゆがめようとしたとすれば、民主主義の根幹である選挙の公正を揺るがす重大な問題だ。 首相は自身の事務所が動画の作成と投稿を依頼したことはないと繰り返すが、男性は5月に動画サイト・ユーチューブの番組で、動画の作成や拡散を「秘書とやりとりして実施した」と証言した。首相の説明をそのまま信じられるような状況ではない。 選挙の公正性確保は政治に対する信頼の前提であり、疑惑を不問に付すわけにはいかない。 米国などによるイラン攻撃で、国民は物価高騰と石油製品の不足への不安を募らせている。国民が政府と国会に期待するのは、暮らしの支援と早期和平に向けた外交を巡る論戦だろう。そのためにも疑惑の解明を急ぎ、活発に議論できる環境を整えるべきである。2026年6月6日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「社説-秘書の国会招致必要だ」から引用 高市早苗としては、このまま「知らぬ、存ぜぬ」を繰り返していれば、そのうち世間が「いつまで、そんなことやってるんだ」と言い出すと計算しているのかも知れないが、今回の文春砲は情報が豊富で、高市氏の秘書が文春のインタビューに応えて話す「声」なども録音してSNSで聞くこともできて、それを聞かされた高市氏は「いつも聞いてる声よりも、甲高い声に聞こえた」などと感想を言っていたが、そんな感想を言うヒマに、文春の報道が虚構であるなら名誉棄損で訴えれば良さそうなものだが、それは絶対にしない。なぜならば、文春報道は「事実」なのだから、うっかり訴えたりすれば、これまでごまかし続けてきた「努力」が「水の泡」になってしまうからである。ここまで根性の曲がった女を総理の座から引きずり下ろすにはどうしたら良いのか、国民は真剣に考えるべきです。
2026年06月24日
4月末に政府が主催した「昭和100年」記念式典について、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏は6日付同紙コラムに、次のように書いている; 今年は1926年の昭和改元から100年。昭和天皇の誕生日だった4月29日、政府は東京の日本武道館で「昭和100年」の記念式典を開催した。 「明治100年」だった68年にも同じ武道館で政府主催の式典が開かれた。しかし「天正〇〇年」や「元禄○×年」という式典は開かれない。戦後の保守政権にとって「昭和」は、「明治」と並んでとりわけ重要な時代なのだろう。 高市早苗首相は式辞で述べた。 「昭和は、戦争、終戦、復興、高度経済成長といった、未曽有の変革を経験した時代でした。先の大戦の後、昭和天皇は、全国各地を巡幸され、戦没者・戦争犠牲者のご遺族をいたわり、戦後復興にいそしむ国民の皆様を励まされました。日本人は歯を食いしばって働きました。『もはや戦後ではない』、1956年。先人たちは、終戦から僅か10年で、日本経済を再び立ち上がらせました。その後、果敢な挑戦により、我が国の経済規模は世界2位にまで駆け上がっていきます」 56年度経済白書に書かれた「もはや戦後ではない」は、経済史の通説では「戦後復興をバネにした経済成長はもはや期待できない。新たなけん引要素が必要だ」という危機感を表した言葉だった。復興・高度成長を礼賛する文脈で使うのはいささかズレている。 高度成長に伴って顕在化したひずみ、例えば公害の問題に触れなかったことも気にかかるが、本稿ではそれらはおく。私が特に違和感を覚えたのは、戦争による悲惨な結果についての言及がほぼなかったことだ。◆敗戦ゆえの成長 明治政府は「富国強兵」をスローガンに近代化を進めた。日清・日露戦争、第一次世界大戦で戦勝国となり、「列強」の仲間入りをした。大日本帝国は戦争によって国際紛争を「解決」し、領土を広げ、国際社会での地位を高めたのだ。 しかし、米英などと戦った第二次世界大戦では惨敗した。日本人だけで300万人以上が命を落とした。米軍の無差別爆撃で各地が焼け野原となり、都市部のインフラは壊滅状態となった。生き残ったものの体や心に傷を負った人、保護者を失って孤児になった人など、膨大な被害者が生まれた。さらには外国によって全国土が占領される屈辱を味わった。史上最悪、どん底に落ちた状態だった。 先人たちはそこから立ち上がって国の再建を進め、「奇跡」とも言われる経済成長を遂げた。だが、高市首相が駆け上がったと表現するほどに成長ぶりが際立つのは、敗戦によって落ちた底が深かったからこそだ。 であればこそ、「昭和100年」の節目に、その戦争被害に具体的に触れ、首相の言葉として歴史に記録すべきだったのではないか。限られた時間で詳しく話すことができなかったのかもしれない。とはいえ他の時間、例えば海上自衛隊東京音楽隊による昭和の流行歌6曲の演奏、歌唱(所管の内閣府に選曲理由を聞いたところ、「全ての世代の方が昭和に思いをはせられる曲」とのこと)に割く時間を、少しでも回すことはできなかったのか。◆国策だった戦争 高市首相はかつて、自らの戦争観を語っていた。2013年5月12日、NHKの「日曜討論 与野党に問う どうする外交・安全保障」に自民党政調会長として出た時のことだ。戦後50年の95年8月15日に村山富市首相が発表した「村山談話」が番組内で取り上げられた。「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と振り返り、「痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明いたします」などとしたものだ。 高市氏は言った。「村山談話の中に『国策を誤り』とありますけれども、それでは当時、資源封鎖もされて、まったく抵抗せずに日本が植民地となる道を選ぶのがベストだったのか。当時の国際状況の中で何が正しかったのかを、自信をもって主張できる政治家など今の日本にはいないと思います」 日露戦争で勝利して以降、日本は張作霖爆殺事件や、満州事変の発端となった柳条湖事件を起こし、中国侵略を進めた。仏印(仏領インドシナ)にも軍を派遣した。こうした政策を認めない米国は、日本に石油禁輸などで圧力をかけた。石油の大部分を米国からの輸入に頼っていた日本にとっては大きな痛手で、まさに敵対行為だった。 だが、日本が「抵抗」しなかったらどこかの植民地になっていたかもしれないというのは、相当な飛躍がある。植民地になるのを回避するために、戦争を選ばざるを得なかったのではない。大日本帝国は戦争を「国策」の一つとし、海外膨張を続けた。その結果、国は崩壊した。海外戦没者の遺骨100万体以上がいまだに収容されていないことから分かる通り、戦争被害は今も続いている。 二度と戦争を起こさない、あるいは巻き込まれないために、戦争の記憶を歴史に記録する。「昭和100年」は、そのことを改めて決意する年にしたい。(専門記者)2026年6月6日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「現代をみる-『昭和100』高市首相が触れないどん底」から引用 高市早苗は村山談話の中に「戦前の日本は国策を誤って日中戦争から太平洋戦争へと戦争を拡大するという失敗をした」との表現があることを批判しているが、村山談話の指摘は「正論」であり、高市の主張は右翼の中でも勉強不足の低レベル右翼が主張する「作り話」に過ぎない。村山談話にある「当時の日本が国策を誤った」というのは、戦前の日本軍の勝手な行動を制止することが出来なかった日本政府を批判した言葉であって、当時中国大陸で鉄道権益を守るという名目で派遣されていた関東軍が、盧溝橋で自ら爆薬を仕掛けて鉄橋を爆破し、「中国軍の仕業だ」と言い放って中国軍を攻撃し、周辺から敵を追い払って傀儡国家「満州」をでっち上げた一連の日本政府の「国策」をいうのであって、このような勝手な真似を許すわけにはいかないと判断して日本向け石油輸出を止めた米、英の側には正当な「道理」というものがあったというのが真っ当な「判断」というものです。日中戦争も太平洋戦争も、やってはならない戦争であったことは、今では誰に目にも明らかなことで、高市氏のような史実とは大きくズレた歴史認識を持つ人物が行政のトップを務めるのでは、この国は再び国策を誤る危険を抱えているということであり、これは可及的速やかに、国民が安心して国政を託せる人物と交代するべきです。
2026年06月23日
ある日の朝日新聞に「時代が変わった」と発言した高市首相に異議を唱える投書が掲載された; 国際政治学者・岡倉古志郎(1912~2001)の著書『死の商人』を読んだ。「武器輸出解禁」や「防衛産業を経済成長の柱に」という高市政権によるシフトチェンジに感じる疑問と恐怖がきっかけだ。 過去の戦争に関わってきた世界の財界の黒幕たちの実態と、戦争が起きる仕組みがよく分かった。初版が1951年なのに内容が全く色あせていない。むしろ現在のことが書かれているような錯覚すら覚えた。 国民の危機感をあおって、国防の必要性を訴え、「愛国」の名のもとに政治家に取り入って武器を売る「死の商人」。恐ろしいのは、敵も味方もなく、ただもうけることだけが目的の彼らによって、戦争も「経済の一環」になっていたことだ。 筆者は「われわれが充分警戒を払わないならば、かれらは、第三次世界大戦をさえひきおこすかもしれない」と書いている。まさに現在の世界情勢を予見しているような言葉である。 高市早苗首相は「時代が変わった」と言うが、変わっだのは時代ではなく、政治家たちの倫理観や価値観ではないのか。あらためて日本が誤った道を歩き始めているように思えてならない。2026年6月8日 朝日新聞朝刊 13版S 8ページ 「声-変わったのは時代でなく政治家」から引用 30年前の自民党政権は「武器輸出三原則」という国是を閣議決定して、ひたすら平和国家への道を進むかのような姿勢を鮮明にし、宮沢首相(当時)などは「武器の販売などに手を出すような所まで落ちぶれてはいない」などと豪語したのでしたが、その後、国鉄民営化、郵政民営化のような政策の誤りで労働運動が停滞し、労働者の所得が相対的に低減したために経済も落ち込んでしまい、結果的に企業も衰退するに及んで、遂に「武器輸出三原則」も空洞化しようと動き出したのが現在の高市政権です。このような経緯を「時代が変わった」などと、ごまかすのは、国民として承知できませんし、自らの失政を「時代」のせいにするような政治家に投票するべきではないと思います。
2026年06月22日
プロ野球巨人軍の監督が家族に暴力をふるったことが公になったため監督を引責辞任したことを論評した毎日新聞のコラムを3日前に当欄に引用したが、同じ問題について、今月3日付東京新聞に掲載の文芸評論家・斎藤美奈子氏のコラムは、理路整然としており素直に問題の核心を理解することが出来る; 5月25日、読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が長女に暴行した疑いで現行犯逮捕された。監督は翌日辞任するも復帰を求める署名が13万筆以上集まったという。 署名を求める文言は情緒的で昭和感満点だったけど、この13万人と阿部擁護派の方々は認識を改めたほうがいい。 たとえ家族間でも暴力は犯罪だ。体罰の是非を議論する段階はとっくにすぎ、2020年に改正された児童虐待防止法および児童福祉法では「しつけ」と称した体罰が明確に禁止されている。 今度の被害者は18歳なので児童ではないが、彼女が児童相談所に連絡したのも児相が警察に通報したのも警察が逮捕に及んだのも法的に見れば正しい。つまりAIの回答も正しかったのだ。 一方、球団の対応は、企業に求められる「ビジネスと人権」の観点から見てやはり正しい。 ステークホルダー(利害関係者)が複雑に絡み合った今日の企業には高い倫理性が求められ、人権に少しでも抵触したら即アウトである。親会社の読売新聞社からスポンサー企業、映像の配給会社まで、関係者への影響を考えれば監督の辞任以外の選択肢はない。 折しも広陵高校の硬式野球部で起きた暴力行為を第三者委員会が「いじめ」と認定、学校側の責任を指摘したばかりである。暴力に厳しい社会。異を唱える理由はないでしょ。(文芸評論家)2026年6月3日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-暴力への対処法」から引用 一昔前の日本では「公私の区別」という価値観が人々の頭にあって、公と私を混同することがマナー違反であるように言われたため、家庭内のささいな出来事にいちいち警察が口出しする必要はない、などという言説が「一般的な常識」ということになっていたが、それが「家庭内暴力の温床」であるとの認識が広がって、家庭の内であろうと外であろうと暴力は暴力だとの「常識」が常識として認められる世の中になったから、それで救われた家庭内暴力の「被害者」は少なくないだろうと思います。このようにして世の中は進歩していくのだと思います。
2026年06月21日
熊本県の水俣病患者の写真を取り続けたアメリカ人写真家ユージン・スミスを主人公にした映画を鑑賞した東京大学教授・宇野重規氏は、5月31日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 先日、東京都写真美術館で、写真家ユージン・スミスを主人公とする映画「MINAMATA ミナマタ」を見た。20世紀米国を代表するフォトジャーナリストだったスミスは、日本人と米国人を両親にもつアイリーンと出会い、熊本県の水俣に向かうことになる。スミス夫妻は月ノ浦(水俣病の多発地帯の一つ)に滞在し、3年以上にわたって水俣病に苦しむ患者やその家族の姿を撮影し続けた。 恥ずかしながら、筆者は映画を見るまでスミスのことをよく知っていたわけではない。しかしながら、映画を見ることで、多くのことを考えさせられた。 著名な写真家でありながら、芸術家としての行きづまりや身体の不調(その原因は激しい沖縄戦での取材にあった)に苦しむユージンと、年齢の離れた妻であり、日米のはざまで自身の進むべき道を模索するアイリーンが協力して、写真集「MINAMATA」を共に出版し、世界に水俣病の実態を知らせる過程を描いた映画は感動的である。 ◇ ◆ ◇ただし、映画は決して過去のことだけを描いているわけではない。エンドロールでは、水俣病の健康被害を訴える人とその認定問題が今も続いており、病気に苦しむ患者の救済が終わっていないこと、さらに世界各地で、同様の汚染物による被害が今もなお続いていることが告発される。問題はまさに現在進行中であることを痛感させられた。 チッソ社長(劇中ではノジマ・ジユンイチ)の描き方も印象的であった。チッソは病気の原因が同社の排出する有機水銀ではないかという指摘を認めることなく、むしろ隠蔽し、水俣病の公式確認から国による原因の認定まで長い時間が経過した。その後も巨額の賠償を恐れ、会社は患者らの要求に向き合うことなく、救済は大幅に遅れた。この会社の責任者が心の中で何を思っていたのか、映画はいろいろと想像させる。 水俣病の責任は一会社だけのものではない。国や県は被害の発生と拡大を防止しなかった行政責任を問われるばかりでなく、そもそも日本列島の工業化を推し進める中で事実上、企業と一体化して環境破壊を推進したことが深刻である。その意味で、水俣病はこの国の近代化や産業化のひずみの産物であり、その結果を罪なき人々が袒わされている現実を改めて確認しなければならない。 ◇ ◆ ◇ 映画を見た後、石井妙子さんのノンフィクション「魂を撮ろう」を読んだ。スミス夫妻の生い立ちと合わせ、さらに長い射程で水俣の問題を論じる著作だが、その中にユージン・スミスの印象的な言葉があった。「ジャーナリストが目指すべきことは、客観的であろうとするのではなく、自分の主観に責任を持つことだ」。自らの誠意や信念、責任感や物の見方に基づき、ジャーナリストは自ら決断し、責任を持たねばならないという。 フェイクニュースを含め、虚実の定かでない雑多な言葉や情報が世にあふれる今日、あくまで「清廉潔白」と「正直で公正であること」を信じて戦った2人の生きざまが心に残る。安易に「客観的」という言葉に逃げてはならない。社会のひずみに苦しむ人々と共に暮らし、その姿を伝え続けた写真家の物語は、現代に生きる私たち一人ひとりの覚悟を促しているように思えてならない。2026年5月31日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-水俣を伝え続けた写真家」から引用 チッソの工場は農業用の肥料を生産する過程で生じる水銀を工場排水として川に放出し、それが八代海に流れ込んで海の魚を汚染し、汚染されたことなど知らない沿岸住民がその魚を食べて水俣病を発症し、生涯寝たきりで暮らすほかないという事態になったもので、企業や政府の救済策の対象外とされた被害住民も多数存在し、今日に至るも未解決となっている事件です。私が大学生だった今から50年以上前、私は下宿の近所に住む同年代の大学生と親しくなり、べ平連のデモに一緒に出かけたりしてましたが、彼が言うには「自分の親はチッソの取締役をしてるので、自分さえその気があるのならチッソに無試験で入社できると親から言われるが、水俣病のことなどがあるから、親の会社に入る気はまったくない」といつも言ってる人で、結局彼は、都内のある私立大学付属高校の教員になったのでした。その後、私もサラリーマンになって、彼とは会う機会がなくなってしまったのでした。
2026年06月20日
自民党が準備を進める国旗損壊罪は憲法違反であることについて、元文科官僚の前川喜平氏は、5月31日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 自民党のプロジェクトチームが国旗損壊罪を新設する法案骨子案をまとめたが、僕は大反対だ。 まず立法事実がない。日の丸を損壊する行為によって誰かの権利や利益が害されている事実が存在しない。刑罰を新設する理由がないのだ。 罪刑法定主義にも反する。「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」で損壊すると罪になるというが、この要件は極めてあいまいだ。恣意的な取り締まりが行われる危険が大きい。 そして刑罰で保護すべき法益がない。「国旗を大切に思う国民の感情」などというものは保護法益にならない。不快感や嫌悪感などという「感情」を根拠に人を罰してよいはずがない。そんなことが許されるなら「お米を大切に思う国民の感情」を守るために残飯を捨てる行為を罰する法律も作ってよいことになる。 「国旗を大切に思う感情」を全ての国民が共有しているわけではない。日の丸を過去の日本の軍国主義や侵略戦争の象徴だと思う人もいるだろう。日中戦争時に作られた「日の丸行進曲」には、「日の丸を敵の城頭高々と一番乗りにうち立てた手柄はためく勝ちいくさ」という、南京占領を賛美した歌詞もある。 国旗損壊罪の新設は、思想・良心の自由を保障する憲法19条や表現の自由を保障する憲法21条に反する違憲立法だと言わざるを得ない。(現代教育行政研究会代表)2026年5月31日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-国旗損壊罪は憲法違反だ」から引用 この記事は「思想・信条の自由」「表現の自由」という観点から極めて当たり前のことを述べている。例えば、少ない収入に比べて税金が重すぎるという理由で腹を立てた誰かが、腹いせに人前で日の丸を引きちぎることがあるかも知れないが、そのような乱暴な行為があったからと言って、それによって誰か他人の権利が侵害されたり不利益を被る者が出てくるとは考えられないわけで、「国旗損壊罪」を法律で定めるための根拠となる「事実」が存在しないということであれば、そのような無意味な法律などは、作る必要はないのであって、無理して作っても人々に有害な結果をもたらすだけで、まったく無駄な立法行為であることを、私たちは認識するべきだと思います。
2026年06月19日
プロ野球の巨人軍監督が家庭のトラブルで暴力をふるったとのことで警察に逮捕されたというので、巨人軍・阿部監督は「社会を騒がせた責任をとって辞任します」ということになった「事件」について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、5月30日付同紙コラムに、次のように書いている; おしゃまな小学生女児が児童相談所に「保護」された。習い事に腹を立て、家を飛び出して学童保育所に駆け込み、おけいこの大変さを達者におしゃべりしたら通報され、何日も隔離された。 驚いた両親が引き取ろうにも児相は取り付く島がない。やつれるほど困り果てていた。 習い事仲間の親たちに窮状をこぼすと、「うちにも来た」と打ち明ける親が複数いたから驚く。通報したのは、学校の担任の先生、同級生、近所の人らしい。 裏付けはない。児相は取材に応じないし、各家庭の親子の機微までは確かめようがない。 とはいえ児相や市役所児童係の「活躍」に振り回された話を見聞きする機会は近年多い。おかしなことになっていると思っていたら、児相への通報がきっかけで有名プロ野球監督が辞任した。 理由が家庭の事情なら分かるが、説明されたのは、社会を騒がせた責任だ。釈然としない。 騒ぎが拡大した経緯に、チャットGPT(愛称・チャッピー)と児相と警察と親会社が絡んでいるのが、いかにも今風である。 困ったらチャッピーに聞くのは今や当たり前。児相はやるべきことをしただけ。警察には逮捕する理由があったのだろう。親会社の素早い法令順守対応も当然だ。 それぞれ間違っていない。なのに誰も幸せになっていない。 チャッピーは、お追従ばかりの無責任な浅知恵である。児相や警察は所詮、目先の狭い責任をこなすお役所で、全体の文脈や背景は問題にしない。親会社には他に守るべき大事な利益がある。 つまり、監督の家族のことは誰も本気で考えない問題処理のリレーの結果、大ごとになった。 児相を取材した記者の話を聞くと陰鬱になる。人員難、勤務の過酷さ、仕事の特殊性は分かるが、知れば知るほど秘密主義と事なかれ主義の奥に権力体質がのぞく。「保護」の実態もひどい。 だが、時に起きる凶悪事件のせいで、私たちの社会は児相にもっと頑張れ、やりすぎ批判に臆せず過剰対応を心掛けろとけしかける。政治家、法律家、マスコミ、ネット民による大合唱だ。 家族は最も私的な領域である。一線は家族自身の知恵と覚悟で守るしかない。本当の愛憎は他人には分からないからだ。 それではダメだ、と叫ぶ人々のもっともらしい正義が、私領域に公権力を安易に呼び込む社会を強めてきた面はないか。国家の名の付く法制度が歓迎される風潮も、私領域を明け渡すことに慣れすぎたせいだろう。(専門編集委員)2026年5月30日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-有名プロ野球監督の辞任」から引用 家庭内のトラブルが原因でプロ野球の監督が辞任することになったニュースを聞いたときは、「風が吹けば桶屋がもうかる」という小話を聞いたような気分だったが、児童相談所が自治体職員から敬遠されて、なり手不足のため、全国どこの自治体も若い職員に「順番で数年ごとに交代する」ルールを作って対応しているという記事を十数年前に読んだ記憶があります。そういう「職場」状況では突発的に持ち込まれる「問題」に対して、懇切丁寧な対応は期待するのが無理、ということなのだろうと想像がつきます。そういう問題を10年以上も放置した結果、とうとうプロ野球の監督が辞任する事態になったということのようです。児童相談所がひどい状態になっているという情報は以前から言われていたことなのだから、メディアはそれを傍観するのではなく、どのように「解決」するべきか、世間に警鐘を鳴らすのが本来の使命ではなかったのか、と思いました。
2026年06月18日
ネタニヤフにそそのかされてイランを武力侵略したトランプ大統領も、これ以上戦争状態を長引かせるとアメリカの国内も国外も経済的にさらに大きな問題を抱え込むことになるので、トランプ氏のみならず世界のメディアが早期終結を期待している現在の状況について、文筆家の師岡カリーマ氏は5月30日付東京新聞コラムに、次のように書いている; レバノン南部への地上侵攻を拡大してきたイスラエルが、ここ数日でさらに攻撃を激化させ、首都ベイルート近郊でも空爆を行っているという報道では、どのメディアも「米・イラン交渉への影響が懸念される」と真っ先に付け加える。「合意にはレバノンの平和も含まれなければならない」とイランが主張しているからだが、「交渉への影響」など、渦中のレバノン市民にしてみれば「知るか」という話だろう。 ホルムズ海峡、石油、ナフサ・・・世界の注目は、経済的な理由で米・イラン交渉に集中している。レバノンの災難は、合意の邪魔だから嫌われる。市民の命や生活基盤が奪われるからではなく。 レバノンの死者は3月からだけで約3千人、当局によれば多くが女性、子ども、老人だ。避難民は120万人に及ぶ。総人口の2割近いという。メディアは、イスラエルが攻撃前に「避難命令」を出していると報道するが、「強制退去」と言うべきだ。退去させられた人々は家もインフラも外国の軍隊に破壊され、帰る場所を失い、劣悪な状況に置かれているのだ。 イスラエルは、安全保障上の脅威とみなす武装組織ヒズボラの掃討を掲げて軍事攻撃を正当化するが、そのヒズボラ自体(私だって嫌いだが)、1980年代にイスラエル軍がレバノン南部に侵攻したのをきっかけに結成された抵抗組織ではなかったか。(文筆家)2026年5月30日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-人命でなく・・・」から引用 師岡氏が書く記事は、人権尊重を基調としたリベラルの精神が感じられる読みやすい文章だと思っていつも読むのですが、今回のこの記事には、違和感を禁じえません。「レバノンの災難は、合意の邪魔だから嫌われる」と、これは「世界のメディアが、紛争状態の終了を遅らせる『レバノンの災難』を嫌っており、レバノンの市民の責任だと考えている、それに対して、レバノン市民にしてみれば「知るか」と言いたい心境であろう、とこのように師岡氏が主張しているように感じられて、「そういう主張でいいのだかろうか」という疑問を感じます。この度のイランの紛争の「戦犯」はネタニヤフとトランプであって、イラン国民や中東諸国の人々が責任を追わなければならない話ではありません。イスラエルが周辺諸国からテロの被害を受けるのは、イスラエルが現在の場所に建国して以来、継続して先住民を迫害し、家や土地を奪い続けてきたその「反動」であって、テロ発生の原因を作っているのはイスラエルなのだという事実を、私たちは忘れてはならないと思います。イスラエルがテロ対策を口実にレバノン侵略を止めなければ、イランとしては停戦合意には応じられないと主張するのは当然であり、トランプが停戦を望むのであれば、イスラエルのレバノン攻撃をトランプが止めさせるべきです。
2026年06月17日
民主主義と憲法の精神を理解しない自民党と維新の会が政権与党として連立するための合意書に書いたからというので、国会で法案審議が進められていることについて、弁護士の澤藤統一郎氏は5月24日付「しんぶん赤旗」で、次のように見解を述べている; 自民党と日本維新の会の連立政権合意書で制定を明記した「国旗損壊罪」。高市早苗首相は1月、総選挙のネット番組の党首討論で「日本の名誉を守るうえで必要だ。必ず実現したい」とのべました。危険性について、東京「君が代」裁判弁護団の澤藤統一郎さんに聞きました。<本吉真希記者>◆国家主義の肥大化すすむ 国旗損壊罪とは「国旗が象徴する『国家』の権威を傷つける行為」を犯罪として禁圧するものです。国家に対する強い抗議や批判の意思を表すために、国家に見立てた国旗を燃やしたり、引き裂くことがあります。 そのような象徴的な意味合いを持つ表現行為を犯罪として取り締まろうというのです。権力の主体である国家が、人権の主体である一人ひとりの国民に対して「国家の権威や尊厳を傷つけてはならない」と命令する、愛国強制法と言って差し支えありません。 とりわけ問題なのは「国旗が象徴する国家」としてイメージされる国家像です。「日の丸」は「君が代」と対をなし、明らかに歴史性濃厚な「国体」(天皇制)のシンボルです。日の丸が象徴していた旧体制とは「君(天皇)のため国のため」に「滅私奉公」が強制された軍国主義国家です。旧体制の根は、日本国憲法制定後も深いところで生き延びてきたのです。 国旗損壊罪の創設はその根に水をやり、日を当てて再生することになりかねません。「国権対私権」「権力対個人の尊厳」「全体と個」のバランスを崩し、国権や国家主義の肥大化をもたらします。そのことは人権の軽視、縮小を意味します。◆罰則なし理念法でも有害 罰則なしの理念法でも有害です。法の新設を機に「国を愛する心は大切だ」などと、社会的同調圧力が強まる危険は目に見えています。権力が「これが正しいことだ」と犬笛を吹くと、それに応じる「愛国者」が出てきます。その声が広がり、同調圧力となるのです。 1999年に国旗国歌法が成立しました。この法には国旗国歌尊重義務も刑罰の定めもありません。しかし、明らかに「日の丸・君が代」をめぐる空気は変わりました。 その4年後、石原慎太郎都政のもと、悪名高き「10・23通達」が出され、それ以来、都立学校の全教職員に対し、卒業式・入学式のたびに「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」が職務命令として強制され続けています。その違反に対する懲戒処分はのべ484件に達しています。 都立高校では長く、国旗掲揚も国歌斉唱もなく、それが「都立の自由の誇り」だったのですが「10・23通達」は、それを許さないとしたのです。 私は都立高校での「日の丸・君が代」強制を違法として争う事件の弁護団の一員として、長く関わってきました。君が代斉唱時に起立・斉唱しない教員は、周囲から孤立し、懲戒処分を受け、給与の差別を受け、再任用の道も失います。起立強制は「現代の踏み絵」にほかなりません。信念を貫き通す教員には尊敬の念を禁じえません。 1925年成立の治安維持法は改悪を重ねて猛威を振るい、国体変革を目指す日本共産党だけでなく、その「目的遂行」に寄与する自由主義者や宗教団体までもが弾圧されました。忠君愛国をおろそかにする者は「非国民」「国賊」とされ、挙国一致体制のなか、社会的同調圧力が国策を支えたのです。愛国心とは恐るべきものです。決して法や刑罰で強制すべき対象ではあり得ません。◆自民と自衛隊の癒着は問題<党大会歌唱、地検に告発> 国旗損壊罪の新設は「新たな戦前」をつくりだそうという、高市反動内閣の反憲法的政策群の重要な一角です。同じ流れのなかで生じたのが、4月の自民党大会における自衛隊員の君が代歌唱事件です。問題の本質は、政権与党である自民党と実力組織である自衛隊との癒着にあります。 自衛隊は本来、厳しい文民統制の管理下に置かれねばならず、特定の政治勢力の私兵であってはなりません。自民党大会に「出演」するなどもってのほか。隊員の政治的行為は、犯罪行為として自衛隊法61条1項で厳しく禁止されています。最高刑は拘禁刑3年です。 市民226人と代理人弁護士26人は4月末、自衛隊の政治的中立を厳格に定めた自衛隊法に違反するとして、歌唱した音楽隊隊員、陸上幕僚長、自民党大会実行委員長の3人を東京地検特搜部に刑事告発しました。 国旗損壊罪も自衛隊法違反問題も、まだ事態は揺れています。国民が大きく反対の声を上げ、歯止めをかける努力が必要だと思います。2026年5月24日 「しんぶん赤旗」 日曜版 15ページ 「『国旗損壊罪』の新設を狙う高市政権」から引用 高市政権がやろうとする「国旗損壊罪」は、この記事が説明するように、わが国の民主主義を後退させる政策の一環であり、直ちに廃案とするべきものです。「国家の権威」などと立派そうなことを口走りながら、自分のやってることと言えば、選挙の度に野党候補や党内の競争相手を誹謗中傷するような動画を、どこから引っ張り出したのか得体のしれない莫大なカネをつぎ込んで、れっきとした「選挙妨害」をやっておきながら、その以来先が週刊誌記者に洗いざらい告白すると「知らない」「面識はない」と言い訳が2転3転する有様で、よくそんな了見で国会議員を務めてきたものだと思います。民主主義擁護の立場から、一日も早い高市早苗の公職追放と公民権停止が求められます。
2026年06月16日
高市政権がごり押しするスパイ防止法は、政権が何を目的に制定しようとしているのか、本当の「狙い」を説く講演会が横浜市で開催された。5月24日付神奈川新聞は、次のように報道している; スパイ防止法を歴史的に検証する講演会が23日、横浜市開港記念会館(同市中区)で開かれた。高市早苗政権が制定を進めるスパイ防止法について、関東学院大の林博史名誉教授(71)は住民が旧日本軍に「スパイ」と見なされて殺害された沖縄戦との関連性を指摘。政府を批判すれば攻撃対象となり、「市民運動や社会運動がスパイと結びつけられて弾圧され、バッシングもすさまじくなっていく」と警鐘を鳴らした。(井口孝吉) 戦前、思想弾圧で猛威をふるった治安維持法は1925年に制定された。林氏は内務省が敵のスパイ活動を防ぐ「防諜」を徹底する中で国民を巻き込み、「組織化し、監視させ、密告させた」と指摘。銭湯や路上で天皇を批判する発言をした人が通報され、不敬罪に問われた事例などを挙げ、日常の会話の中から摘発が続出した実態を解説した。 次いで太平洋戦争末期の沖縄戰に言及し、「政府や軍に対する一切の不平不満や批判が許されなかった」と当時の状況を説明した。その上で住民を動員し、相互監視、密告させる仕組みをつくることで「防諜という名目の下、民衆をスパイとして摘発、排除した」と強調。「軍の命令・指示に逆らう者、不平不満をぶつける者はスパイと見なされて殺害されたケースが多くあった」と語った。 林氏は沖縄戦から81年が経過した現在も政府を批判すれば攻撃される状況があると警告する。具体的には、交流サイト(SNS)で高市政権を批判した人が「非国民」「日本から出て行け」と非難されており、国会審議の場で防衛費増額に向けた増税を「軍拡増税」と表現した共産党議員に対し、「スパイ」とのやじが与党席から飛んだことに触れた。高市政権によるスパイ防止法制定の目的として「政策を批判、異議を唱える者に『スパイ』のレッテルを貼り、狙い撃ちする危険性が大きい。戦前戦中の防諜政策が狙ったことと、沖縄戦で住民がスパイ視されたことと共通する」と危惧した。 日本科学者会議神奈川支部が主催し、約40人が参加した。2026年5月24日 神奈川新聞朝刊 16ページ 「沖縄戦との関連性指摘」から引用 主権在民の平和憲法が制定されて80年も経つというのに、日本人は自らの力で勝ち取った民主主義ではなく、GHQのサポートで授けられた「民主主義」なので、韓国の人たちに比べると「民主主義の大切さ」がまるで理解されておらず、国会議員からして政府の増税案を批判する野党議員をスパイ呼ばわりするという後進国根性丸出しの与党議員が存在するという「事実」からも、韓国と違って日本は容易にファシズムが復活できる社会なのだということが分かるというものです。すでに検事総長が、裏金問題で起訴するべき疑惑の議員数十名を不起訴にするという「司法の不全」が存在し、総理大臣が虚偽の答弁をしても一言の批判もしないメディアの状況を見れば、日本の「ファシズム再発」は時間の問題ではないか。これを阻止するためには、出来るだけ早期の「闘う左翼」の立ち上げが必要と思います。
2026年06月15日
生成AIの急速な普及に対応するデーターセンターの建設が全国各地で、住民の反対運動に会ったり自治体首長の安易な判断で企業のごり押しがまかり通ったり、様々な問題を引き起こしていることについて、日本共産党政策委員会委員の湯浅和己氏は、5月24日付「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; DC=データセンターの建設への反対運動が各地で起きています。高市政権がDCの増設と地方分散を強引に進めているからです。 背景にあるのが生成AI(人工知能)です。DCは生成AIの開発や運用に不可欠な施設で、サーバーやネットワーク機器とそれらを稼働させるための電源設備や冷却装置などで構成されています。 ◇ ◆ ◇ 生成AIの急速な普及に伴い、アマゾンやマイクロソフト、グーグルなどアメリカの巨大IT企業が日本でのDC利用を急拡大しています。その動きに合わせてDCの貸し手であるNTTグループは2033年度までに現在160以上あるDCの規模を3倍に増やす計画です。国内企業に加えシンガポールや香港、豪州などの海外企業も日本でのDC建設を進めています。 24時間365日休みなく稼働するDCは大量の電力を使い、発熱量も膨大なため、施設内に非常用発電機や変電設備、高性能冷却装置が設置されています。 住民のみなさんがDC建設の強行に反対している主な理由も大量の電力消費や、非常用発電機と冷却装置による騒音、排ガス・熱風、低周波振動などによる健康や環境への影響です。 シンガポールで起こった火災事故では、広範囲にわたって住民に避難指示が出されました。DCが一般の事務所・倉庫などと異なることは明白です。 先行する米国ではDCの急増が電力需給をひっ迫させ、電気代が高騰し、批判に直面した企業が原子力発電の活用を表明しています。日本でも、DCの電力需要に応えるため、火力発電所の「炊き増し」や、原発の再稼働促進・新増設を進める動きがあります。DCを理由にした電力需要増→安定供給確保→原発活用のたくらみは許されません。 国の情報インフラの中枢であるDCは、テロなどの標的となります。実際にイラン戦争では、イランがアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンにある米大手のDCを攻撃したと発表しています。 ◇ ◆ ◇ 千葉県流山市や京都府精華町など、住民の粘り強い運動でDC建設強行を阻止した自治体もあります。 東京都江東区は今年3月、「大規模データセンター建設計画における話し合いガイドライン」を公表し、排熱や騒音、振動や電磁波といった環境影響、災害や施設管理などの安全や運用面の説明を求めています。 一方で、東京都昭島市では住民の強い反対にもかかわらず、8棟もの巨大DCの建設が進められています。千葉県印西市や東京都日野市では、市当局が大型DCの建設計画を容認してしまいました。「現行のルールにのっとっている以上は認めざるを得ない」(印西市)というのです。 DCの建設は住民生活や環境、都市計画へ重大な影響をもたらします。住民の合意が大前提です。同時に各自治体でのゾーニング(区分け)や説明義務・情報開示などのルール作りと合わせ、DCの実態に合わせた包括的な法規制による透明性と安全・安心の確保が必要です。<ゆあさ・かずみ 日本共産党政策委員会>2026年5月24日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済 これって何?-膨大な電力、排熱 住民合意が大前提」から引用 今までに無かった巨大データーセンター(DC)というものが、どのように巨大で、24時間365日休みなしに稼働して膨大な発熱量があり、それを冷却するためにさらに膨大な電力を必要とするのですから、近所にそんなものを建設するという話が持ち上がったときには、当然のことながらそのような建築物が隣近所の民家に如何なる影響を与えるものか、詳細な説明を求めるのは当然です。印西市市長のように「現行のルールにのっとっている以上は認めざるを得ない」という判断は「誤り」というもので、巨大DCが引き起こす騒音、排ガス・熱風、低周波振動などによる健康被害は、これまで存在しなかった「被害」なのですから、「現行ルール」で可否を判断できるわけがないのであって、住民の健康を守るには、新しいルールが必要なのです。その新しいルールが出来上がらないうちはDCの建設は認められないと断言するのが自治体首長の仕事のはずです。相手が大企業だからといって、変に遠慮するのでは住民の健康と豊かな生活を守ることができないと知るべきでしょう。
2026年06月14日
毎年、憲法記念日にちなんで護憲派も改憲派も集会を開くのが5月であるが、改憲派の集会に送ったビデオメッセージの中で高市首相が意味不明の「憲法観」を口走ったことをヒントに、私たちの正しい憲法観はどのようなものであるか、模範解答を、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏が、5月24日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 5月は憲法集会の季節である。高市早苗首相は3日、ビデオメッセージで憲法を語り、「時代の要請に合わせて本来、定期的な更新が図られるべきだ」と言ったと知って、のけぞった。 なぜなら、自民党による憲法の位置付けは「国の理想を物語り、国家の新たな『背骨』となるもの」だそうで、高市氏も党大会で「理想の姿を物語るものが憲法です」と述べたと、本紙で読んでいたからだ。 「背骨」であり「理想の姿」であるものを、スマホやクレジットカードみたいに「定期更新すべきだ」というこの混濁は、どこから出てくるのか? 定期更新の理由は「わが国を取り巻く国際情勢、安全保障環境、技術革新の速さ、人口動態などは全く異なるものとなっている」からだそうだ。国際情勢に合わせて理想を変える? つまり高市首相の「理想」とは「利益」のことだ、と理解した。 ◇ ◆ ◇ 憲法は利益ではなく理想を込めるものである。同時に「規範の法典」であるから、法的拘束力を持つ言葉で構成されている。「個人の人権」「自由」「平等」などは法的拘束力を持つ。デモを「ごっこ遊び」といくら揶揄(やゆ)しても、憲法があるかぎりデモを止めることはできない。憲法は国家が国民の表現の自由を妨げようとすれば、国家権力を制約する「制限規範」として働くからだ。 それは99条に書かれている。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と。そこで私は憲法を語る時、「憲法の主語は私でありあなたである」ことを思い出してもらう。例えば、現行憲法の前文は「日本国民は」で始まる。そこに続く動詞「行動し」「確保し」「決意し」「宣言し」「確定する」の主語は全て国民一人一人、つまり私であり、あなただ。 19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とは、私やあなたが政権に対して命じている言葉である。21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」で、保障しているのは私やあなたであって政権ではないから、それに続く「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」という言葉は、国民が政権に命じているのだ。スパイ防止法が憲法に違反して使われることがないように監視するのは、私やあなたである。 9条「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄」したのは、私でありあなただ。さらに政権に対して、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と、私もあなたも宣言している。これらの権力への制限を、国民は自ら捨てていいのか? ◇ ◆ ◇ このコラムが掲載される5月24日、「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」は例年のシンポジウムを開催する。配信もされる。そこでは「憲法が描く平和のトライアングル 9条、24条、そして平和的生存権」というテーマで、清末愛砂氏に講演していただき、議論する。 日本の憲法は暴力に向き合っている。国家の暴力も家族の暴力も押しとどめる規範である。その制限に力を与えるのは、9条と24条を実現することなのである。2026年5月24日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-憲法を定期更新?」から引用 この記事は示唆に富んでおり、中学生や高校生の憲法学習の教材にもなり得る優れた文章だと思います。憲法の条文の「主語」は私であり、あなたなのだという指摘は重要で、ぜひとも多くの国民に認識してもらわなければならない概念であり、これからの日本を背負って立つ若い人々に自覚してほしいものです。この記事に書かれた「観点」を軽視してしまうと、「政治はお上がやることで、自分たちは関係ない」という江戸時代以来の発想に取りつかれて、政治家はやりたい放題で国民は圧政に苦しむというシステムが出来上がってしまいますが、そうではなく、我々が納めた税金が我々の社会生活をスムーズにするために使われる、そういう社会に向かって進んでいることを、絶えず監視するべきなのです。だから、高市氏のように「金儲け目当てで、定期的に憲法を更新する」などと怪しげなことを言い出す政治家は「要注意」であることなど、これは重要な問題提起であると心得るべきです。
2026年06月13日
同志社国際高校の研修旅行中に辺野古沖で起きた事故について、松本文科大臣が教育基本法違反であると断じて指導通知を発出したことについて、元文科官僚の前川喜平氏は、5月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 22日の記者会見で松本洋平文部科学相は、同志社国際高校の研修旅行中に辺野古沖で起きた事故に関し、同校の辺野古での学習が政治的活動を禁じる教育基本法14条2項違反だと断じ、学校法人同志社などに指導通知を発出したと発言した。しかし、この条項は本来教育者自身の自律のための規範である。 むしろこの大臣発言と指導通知こそ、教育に対する不当な支配を禁じる教育基本法16条1項違反だと考えるべきだ。政治学習や平和学習の取り組みを抑え込むために、不幸な事故を政治利用したのだと言ってよい。 そもそも文科省が同志社に「現地調査」を行ったのが変だった。学校管理下の児童生徒の死亡事故は毎年数十件起きているが、通常文科省は直接の調査は行わない。磐越道で起きた北越高校の部活遠征中の事故でも「現地調査」は行っていない。同志社を狙い撃ちしたのは、事故が辺野古で起きたからだ。背後には政権の政治的な意図が働いていると見るべきだ。 政治学習や平和学習は、教育基本法が教育の目的とする「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成に不可欠の学習だ。そこには現実の政治への批判が当然含まれる。その批判を封じるために政権が持ち出すのが「政治的中立性」という言葉なのだ。そんな合法性を装った不当な支配にひるんではいけない。(現代教育行政研究会代表)2026年5月24日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-文科相の教育基本法違反」から引用 この記事が指摘するように、わが国の教育基本法は「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成を目的とするのであるから、大部分の沖縄県民が反対してる「軍事基地建設のための辺野古の埋め立て作業がどのようなものか」を現地に行って確認することには、それなりの意義があったわけで、不幸にして人命を失う事故に遭遇したことに付けこんで「教育基本法違反」などと言いがかりをつけるのは、権力の乱用であり、不当に政府批判の声を封じ込めようとの下心が透けて見えるというものです。生徒と教員の安全にはしっかり配慮をしたうえで、今後も「平和で民主的な国家及び社会を形成する人材」をしっかり育成していってほしいと思います。
2026年06月12日
小泉純一郎政権が日朝国交正常化交渉のために訪朝した際に、朝鮮民主主義人民共和国は始めて「拉致事件」を認め、金正日総書記が謝罪し、その時点で所在を把握されていた十数名の被害者が日本に帰国することが出来たのであったが、その後の安倍政権をはじめとする歴代政権は外交上の対応を誤ったため、いまだに行方不明となっている被害者が数十名存在する。日本政府は己の外交テクニックの拙劣さを棚に上げて、まるで報復するかのように「授業料無償化政策から朝鮮学校を除外する」という対応をしているが、拉致事件の責任を朝鮮学校に負わせるのは「お門違い」も甚だしい発想である。このような日本政府の歪んだ姿勢を批判する国際組織が、「差別反対」の署名を集めて日本政府に届けたことを、5月22日発売の「週刊金曜日」は、次のように報道している; 国際組織「朝鮮学校と共にする国際ネットワーク」は4月23日、朝鮮学校に対する差別政策をやめるように求める署名計4万5609筆を日本政府に届けた。日本や韓国、米国、ドイツ、豪州の各国の支援団体が集めたものだ。 韓国の市民団体「モンダンヨンピル(ちびた鉛筆)」の金明俊(キムミョンジュン)さんは同日行なわれた記者会見で「この20年だけでも、これほどすさまじい制度的差別と排除政策を行なっている国は世界のどこにも見当たらない。日本は平等と平和を追求する国とはいえない」と断言。高校授業料の無償化からの除外のほか、自治体による補助金停止などの弾圧を列挙して批判した。 在独朝鮮学校後援会の劉載鉉(ユジェヒョン)さんは「ウクライナ戦争で関係が悪化してもドイツ政府がロシア人学校に制裁を加えることはない」と、拉致問題という政治・外交上の理由を持ち出す日本政府の箍(たが)の外れぶりを指摘。在米コリアンの李容槓(イヨンシク)さんも「米国には差別禁止法があり、学校や子どもへの差別はとりわけ許されない」と話した。 韓国・釜山市で活動する河相潤(ハサンユン)さんは署名提出の際、文部科学省やこども家庭庁の官僚に「朝鮮学校差別は植民地支配の歴史を消し去ろうとする非歴史的行為。その責任を子どもに負わせるのか」と本質的な問いを突きつけた。 朝鮮学校で学ぶ権利を日本政府が守ることは当然と考えるのは国際スタンダードなのだ。「世界市民」が寄せた署名には子どもたちまで差別して恥じぬこの国の異常さを痛感させる重みがある。<石橋学・『神奈川新聞』記者>2026年5月22日 「週刊金曜日」 1569号 3ページ 「きんようアンテナ-朝鮮学校支援の国際ネットが差別撤廃を求めて政府に署名提出」から引用 そもそも日本に在日朝鮮人・韓国人が居住しているわけは、戦前の大日本帝国が朝鮮半島を植民地支配して、それまでの封建的な社会だった半島に、いきなり資本主義経済を持ち込んで、それまで大地主が管理する農地で働く小作人が大部分だった農村に、日本資本が入り込んで農地を買い占めて農業の近代的経営を始めたため、多くの失業した小作人は、職を求めて日本に渡る、あるいは戦争が始まって日本国内の労働力が不足したからと言って、半島から強制的に労働者を移住させる、というような政策を行ったために、多くの朝鮮人韓国人が日本で暮らすよになったのでした。ところが、日本は戦争に負けると、それまで「日本人だ」ということで兵役まで課していたのを、いきなり日本国籍を取り上げて、外国人扱いにした、というのがこれまでの「歴史」です。そのような経緯で日本で暮らしている人々を、今さら外国人扱いをして、アメリカンスクールには授業料免除のための補助金を支給するのに、朝鮮学校は支給対象外にするという歴然とした「差別」は、「基本的人権の尊重」を定めたわが国憲法に悖る態度であることを反省し、改めるべきだと思います。
2026年06月11日
現在の日本の刑事訴訟法では、受刑者側の再審申し立てがあって裁判所が再審の可否を判断する際に検察官が不服申し立てをする権限を持っているため、再審開始までに余分な時間を費やして高齢の冤罪被害者が獄中で生涯を終えるという事態まで生じている状況を改善するために、政府は再審法改正に着手したのであるが、法務省が作成した「改正法案」では事実上「改正」にはなっていない法案であったため、やり直すなどの混乱を生じたのであったが、このような状況について、弁護士の宇都宮健児氏は5月22日発売の「週刊金曜日」巻頭コラムに、次のように書いている; 法務省は法制審議会(法相の諮問機関)の答申を受けて、再審制度を見直す刑事訴訟法改正案をまとめ、国会提出前に改正案を自民党に提示した。 3月下句から自民党の司法制度調査会と法務部会の合同会議で改正案の事前審査が始まったが、合同会議では法務省が提示した改正案に対する批判が噴出した。このため法務省が改正案の修正を繰り返す異例の事態となった。 とりわけ批判が噴出したのが、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)が維持されている点であった。検察の抗告は再審手続きを長期化させる大きな要因となっている。 静岡県一家殺害事件で再審無罪判決が確定した袴田巌(はかまだいわお)さんの場合、2014年に再審開始決定が出されたが、検察が抗告をしたために、再審無罪判決の確定までさらに約10年を要した。また、福井女子中学生殺人事件で再審無罪が確定した前川彰司(まえかわしょうじ)さんの場合、第1次再審請求の再審開始決定が検察の抗告で取り消されたため、無罪歛定まで約13年かかっている。さらに、滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害された「日野町事件」では、強盗殺人罪で無期懲役となり、服役中に亡くなった阪原弘(さかはらひろむ)さんの遺族が第2次再審請求を申し立て、18年に大津地裁が再審開始を決定したが、検察が2度にわたり抗告をしたため、今年の2月24日に最高裁が再審開始を決定するまでに約7年半を要している。 日本の旧刑事訴訟法はドイツの刑事訴訟法をモデルとして制定されたものであるが、ドイツでは半世紀以上前に再審開始決定に対する検察の抗告を禁止している。検察は再審開始決定に対する抗告ができなくても、不服であれば、再審公判の場で有罪立証をすればよいのである。 法務省は自民党の批判を受けて刑事訴訟法の本則に検察の抗告の原則禁止を盛り込む修正を行なったが、法務省の改正案には、証拠開示の対象を制限している上に開示された証拠の目的外使用を禁止していること、明らかに理由のない再審請求は審理に入らず棄却する「スクリーニング(選別)規定」が盛り込まれていることなどの問題点も残されている。 無実の人を処罰する冤罪(えんざい)は国家による重大な人権侵害であり、再審制度は冤罪被害者を救う唯一の制度である。今後の国会審議の中で、冤罪被害者の早期救済につながる再審法の改正が実現することを期待する。2026年5月22日 「週刊金曜日」 1569号 3ページ 「風速計-冤罪を早期に救済する再審法改正を!」から引用 法務省が出してきた最初の「改正案」では、相変わらず検察官の不服申し立てが可能になっている条文で、どこが「改正案」なのか分からないようなものだったので、さすがの自民党も「こんなものは認められない」と紛糾したのは当然の流れであった。大学の法学部に学んで法務省に勤務するほどの秀才が、なぜそのような基本的なミスをするのかと言えば、それはどうも、検察官の基本的な考えが「刑事罰の目的は、犯罪者個人の処罰のほかに、世間に対する見せしめが重要な目的」となっているからのようで、これは江戸時代からの「伝統」(?)らしい。しかし、現代は80年前から現行憲法によって「基本的人権の尊重」が保証された社会なのだから、刑事訴訟法だけが江戸時代の名残を留めておくのでは、被害にあった者は浮かばれないというものでしょう。検察官は、再審開始を妨害するのではなく、堂々と再審の場で有罪立証をすれば良いのですから、「改正案」には「裁判所が再審開始を決定した場合、検察官が不服申し立てをすることは出来ないものとする」と明記するべきだと思います。
2026年06月10日
今年の春に政府が開催した「昭和100年記念式典」に天皇ご一家も臨席したにも関わらず、天皇がスピーチする機会がなかったことについて、5月17日付け神奈川新聞は、次のように報道している; 政府が4月29日に開催した「昭和100年記念式典」で、天皇陛下のお言葉がなかったことに疑問の声が出ている。政府は「総合的に勘案した」とするものの、明治元年から100年を記念した1968年の式典では、臨席した昭和天皇がお言葉を述べた経緯がある。当時と異なる対応に、交流サイト(SNS)には、政権批判を含めさまざまな臆測が飛び交った。 「国民からは『何でだろう』という声が非常に多い。政府の意向なのか」。5月12日の参院外交防衛委員会で、立憲民主党の田島麻衣子氏が政府に尋ねた。 田島氏は、明治の記念式典との差異に触れ「矛盾しないか。なぜお言葉をお願いしなかったのか」とも迫った。政府の担当者は「式典の趣旨や目的、過去のご臨席の状況などを総合的に勘案し、ご臨席のみをお願いした。全ての式典でお言葉を承っているわけではない」などと繰り返した。 ただ宮内庁の黒田武一郎長官は「政府の考え方、申し出に基づいて(お言葉がない)と受け止めている」と説明していた。 式典には、高市早苗首相や衆参両院の議長らが出席。首相は「先の大戦や幾多の災害を乗り越え『希望』を紡ぎ出した先人たちに学び、巣敢に挑戦していく必要がある」などと語った。 宮内庁は式典翌日、天皇、皇后両陛下の感想を明らかにした。両陛下は「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へつなげる努力を続けることが大切だ」との気持ちで臨まれたとした。 式典でお言葉がなかったことについて、X(旧ツイッター)では「天皇に『反省』を語らせたくなかったのだろう」との推測や「陛下のお言葉を聞きたかった」などの投稿が目立った。◆昭和100年記念式典◆ 2026年が、1926年の昭和改元から100年の節目であることを受け「昭和の日」の4月29日に政府主催で開かれた式典。超党派の議員連盟が2024年に当時の岸田文雄首相に開催を要望した。政府は25年11月に「昭和の時代を顧み将来に思いを致す機会にする」として実施を閣議決定した。式典は天皇、皇后両陛下を迎えて東京の日本武道館で開かれた。国会議員や地方自治体の首長ら約5600人が参加した。2026年5月17日 神奈川新聞朝刊 2ページ 「天皇お言葉なしに疑問」から引用 「天皇のご臨席を得た全ての式典でお言葉を承っているわけではない」というのは、その通りかも知れないが、この度の「お言葉省略」は高市首相の意向であった可能性が高いと思います。高市政権は今、安保三文書の改訂とか、武器輸出三原則の改悪、敵基地攻撃能力を備えた長距離ミサイルの国内配備と、戦争準備を進めていこうとしている矢先に、天皇から「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へつなげる努力を・・・」などと言う言葉は、高市氏自身が聞きたくないと同時に、国民に聞かせてもらっては困る、というのが高市氏の偽らざる心境であったと思われます。「X」では、このところよく10年前くらいの高市氏の動画が投稿されて、その中で彼女は「日本が戦争をした時代は私はまだ産まれてなかったから、私には戦争責任などありません。したがって反省もしておりません」と自慢気に話しており、このような考えを持つ人物は、どう考えても一国を代表する総理大臣の職務には向いていないと思います。
2026年06月09日
熊本市にある自衛隊基地に敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイル配備を進める日本政府の方針について、ジャーナリストの布施祐仁氏は、5月17日付「しんぶん赤旗」で、次のように批判している; 政府は、敵基地攻撃可能な長射程ミサイル配備について「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力」(防衛省九州防衛局の「Q&A」)などといって、大軍拡によって国民の安全は高まるかのような説明をしています。 しかし政府が言う抑止力には、長射程ミサイルのような正面装備を充実させることだけではありません。戦争を想定した備えも含まれています。長く戦い続けられる「継戦能力の強化」や「強靭化」の名で▽核攻撃も想定した主要司令部等の地下化▽建物の壁を厚くするなどの構造強化▽弾薬の備蓄量を増やし弾薬庫を各地につくることなども進めています。 政府の理屈でいえば、こうした戦争準備も、抑止の一環だということなのでしょう。 しかし抑止には重大な「副作用」があります。ある国を脅威と見て軍備を増強すれば、相手にとってはそれが脅威となり、さらなる軍備増強を誘発します。結果的に、軍拡競争をエスカレートさせ、軍事的緊張を激化させて戦争のリスクをかえって高めてしまう場合が少なくないのです。 いったん抑止が破れ、戦争になれば、長射程ミサイルのように相手にとって脅威度の高い装備ほど攻撃目標になります。 健軍駐屯地がある熊本市民70万人の命は真っ先に危険にさらされます。司令部地下化などの自衛隊施設の「強靭化」は、自衛隊だけが生き残り、住民が犠牲になることを意味します。 ところが抑止力を高めるためとして全国各地にミサイルを配備したり弾薬庫を建設したりすれば、抑止に失敗して戦争になった時に日本中が戦場になってしまうリスクがあることを政府は説明しようとしません。住民の命を軽視するものであり無責任です。 日本が戦場になるケースは二つあります。 一つは、米軍が日本の周辺地域で起きた紛争に介入するのに在日米軍基地を使用した結果、在日米軍基地が攻撃を受けるケースです。 もう一つは、日本が直接攻撃を受けなくても、米軍が受けた攻撃を2015年制定の安保法制に基づいて日本が「存立危機事態」と見なして参戦した結果、自衛隊基地などが攻撃を受けるケースです。 そもそも日本が中国などと張り合って大軍拡を進めるのは、国民の財政負担の面をみても無理があります。政府は継戦能力を高めるといいます。しかし島国であり、食料とエネルギーの大部分を輸入に頼っている日本が長期戦に耐えられるわけがありません。抑止力を高めて国を守ろうとすること自体に現実味がないのです。抑止力に頼った安全保障ではなく、周辺国と対話を重ね、さまざまな分野で協力を広げ、信頼関係を構築する外交の力で戦争が起こりにくい安全保障環境をつくり出していくことが必要です。これしか日本が平和に生きていく道はないのです。2026年5月17日 「しんぶん赤旗」 日曜版 7ページ 「進むミサイル配備」から「戦争の危険高めるだけ」を引用 この記事は理路整然として分かりやすい文章になっている。戦争の勃発を防ぐために「抑止力」を利用するというのは危険極まりない愚策であり、島国の日本に適した政策であるとは言えないと思います。隣同士の国が、互いに武器をもってにらみ合うよりは、日ごろから話し合いの機会を設けて互いの利害が対立にならないうちに解決策を話し合うという「道」が、これからの世界の在り方です。戦後のしばらくの間は、日本資本は家電製品や自動車の製造販売で繁栄して来ましたが、近年は家電も自動車も韓国や中国に追いつかれて、追い越されてしまったため、以前は「武器を輸出するほどに落ちぶれてはいない」などと豪語していたが、ここにきて遂に「武器」に手を出した、というのが日本資本主義の現状ではないかと思います。そういう資本家から選挙資金を得ている自民党議員だから、熊本市のような人口密集の町のど真ん中にミサイル基地を建設するなどという暴挙がまかり通ってしまう、こういう政治を許しておいてはならないと思います。
2026年06月08日
昨日の欄に引用した朝日新聞「交論-危うい核保有論」の中で、元外務事務次官の薮中三十二氏は、次のように批判的な見解を述べている;――高市早苗政権では首相自らや周辺から、戦争にまつわる勇ましい発言が相次いでいます。 「ちょっと理解に苦しむことが続きました。昨年11月の『(台湾有事は)存立危機事態になりうる』とした首相発言も、質問した方がおかしいみたいな議論が出ました。長く国会を見てきましたが、質問者が批判されるなど聞いたことがない。質問をどうかわすかが首相の腕の見せどころでもあるわけですから」――防衛強化に突き進んでいる印象です。 「私がすごく驚いたのは首相が都内での講演で、『(日本の)継戦能力を高めていかなければならない』と述べたことです。継戦能力というのは、弾薬や燃料などを中心に戦闘を継続できる能力を指す専門用語。もちろん防衛力強化の観点から継戦能力を高めておくのは当然で、防衛当局が粛々とやれば良いことです。しかし、『ウクライナをみても戦争は長く続く、だから継戦能力を高めなきゃいけない、そのために所得税を1%引き上げる』ということを一国の首相が言った。いったん戦争が始まれば多くの人が死んで、街は壊れ、領土まで奪われる。ウクライナの教訓は、何としても戦争を回避すること。そのための外交努力こそが大事です」 「この首相発言について朝日新聞は小さな記事を書いただけで、もっとしっかり報じるべきだと思いました」――……。昨年末には官邸幹部による「核保有」発言もありました。 「核の問題の議論自体がダメだとは言えないでしょう。ただ、何のために議論するのか。例えば米国の核をシェアする核共有というのがあります。韓国でも核共有が必要ではないかという声が出ています。だが米国の回答はいずれも『ノー』です。日韓に提供している拡大抑止の実効性を保てば十分なはずだ。米国からすると、自分たちが信じられないのですか、ということです」――高市さんは「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則のうち、「持ち込ませず」の見直しを持論としています。 「2009年、政権が民主党に移り、当時の岡田克也外相が外務次官だった私に、いわゆる日米の核持ち込み密約の調査を命じました。それを私の責任で全面的に調査し、公開しました。ただ、米軍が冷戦終結後に水上艦の核搭載をやめたことにより、密約の実際の意味はなくなっていました。米軍からすると、艦船に核兵器を載せる方が軍事的にはかえって危ない。原子力潜水艦に載せてあるから不要なわけです。そうなると、抑止力を高めるために三原則を見直し、『核持ち込みを可能にする』といっても、米国からすると時代に合っていない」――国会には「核武装は安上がり」と話す議員がいる時代となりました。 「これは核共有とは次元がまったく異なる。官邸幹部の『核保有』発言後、官房長官は非核三原則を堅持し、NPT(核不拡散条約)体制を守っていくと述べました。唯一の戦争被爆国として、日本は核廃絶を訴えてきた国柄です。そもそも(核保有は)本当に日本の安全につながるのか。抑止力を高めるのか」――実際に核保有となれば制裁など多くの困難が予想されます。 「核を持つとなれば、NPTに違反するわけです。北朝鮮みたいになってしまう。世界から批判も制裁も受ける。その覚悟があって言っているのか。大いなる矛盾だと思います」 「北朝鮮について言うと拉致問題は絶対に解決しなければなりません。同時に非核化のための外交をもっとやる必要があるが、それがあまり見えません。トランプ米大統領は北朝鮮を核保有国と言っており、非常に心配なことです。日本はもっと大きな声で非核化の必要性を言うべきです」――核兵器を全面的に禁止した核兵器禁止条約(核禁条約)に日本政府は参加していません。 「少なくとも核禁条約を敵視するのはおかしいですね。NPTでもなかなか核軍縮が前に進まない中で核禁条約ができました。確かに日本は拡大抑止という米国の『核の傘』を受け入れています。国民を守るという意味では必要です。同時に核は廃絶させるべきだとも考えている。今年、核禁条約締結国による初の再検討会議がニューヨークの国連本部で開かれる予定です。日本はオブザーバーででも加わるべきだと考えます」(聞き手・箱田哲也) *<やぶなか・みとじ> 1948年生まれ。外務省でアジア大洋州局長、外務審議官、事務次官などを歴任。「薮中塾グローバル寺子屋」を主宰。著書に「外交交渉四〇年 薮中三十二回顧録」など。2026年5月14日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-危うい核保有論」から「NPTに違反、制裁の覚悟あるか」を引用 高市早苗はかねてから非核三原則の「持ち込ませず」を廃止して、米軍の核ミサイル搭載の艦船が自由に日本に寄港できる体制を整えるのが日本の安全保障を強化する「道」と考えていたようであるが、上の記事で藪中氏が指摘するように、現在の米海軍は艦船に核ミサイルを搭載することを止めているのであって、世の中は変化しつつあるということを、高市氏は理解していないようで、自分では「国家運営という重要な職務に従事しているので、いちいち週刊誌が指摘したような『疑問』に対応するようなヒマはない」などと言ってるが、どうも時代錯誤のような価値観で「国家運営」などやってみても、ロクなことにはならないと思います。もっと現実世界のことを的確に認識できる人物と交代しないと、この先日本はとんでもない災難に巻き込まれるリスクがあると思います。
2026年06月07日
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