全8084件 (8084件中 1-50件目)
高市首相の故意か偶然か、不用意な発言で冷え込んでしまった日中関係について、東京新聞論説委員の新貝憲弘氏は、9日付同紙コラムに次のように書いている; 高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁を機に日中関係が悪化するなか、中国が日本を批判する際に「新型軍国主義」との表現を使う事例が目につく。日本の防衛費増大など安全保障を巡る批判ではこれまで「軍国主義の復活」などの表現が使われてきたが、新たな表現は、対日姿勢が一段と厳しくなる兆候とみる向きもある。 この表現は1月の中国共産党機関紙「人民日報」が「鐘声(警醒の鐘の音の意味)」のペンネームで論評記事に載せたことから注目された。日本が軍国主義の道を再び歩もうとしているとの論調は変わらないが、非核三原則の見直しなど具体的な動きを挙げて「日本の核保有の企て」と指摘。昨年11月の高市氏の国会答弁にも「日本の指導者は台湾問題で誤った言論を発表し、公然と中国に対して武力威嚇を示した」と触れてはいるが、批判の矛先は日本の安保政策全体に向けられている印象だ。 現代中国政治を研究する慶応大の加茂具樹教授は、安保関連3文書改定に向けた動きや国家情報会議の創設など高市政権の安保政策を、中国が「(自国が主導する)東アジア秩序に対する挑戦だと受け止めている」と分析。こうした日本への不満や不安が、国会答弁を機に「新型軍国主義」という表現に変わったとみる。 「鐘声」は中国の国際問題や対外政策に関する姿勢を示す際に用いられるペンネームで、中国共産党指導部の意向が反映されているとされる。 一連の記事が対日政策の転換を意味するのか「まだ断定はできない」(加茂氏)ものの、中国商務省が6月、レアアース(希土類)を含む軍民両用品に関する対日輸出管理の強化策を打ち出した際には「新型軍国主義の加速」を理由に挙げ、中国の外務、国防両省の報道官も対日批判の際にしばしば用いるなど、対日外交の新たなキーワードになりつつある。 高市政権の安保政策には、戦後日本の「専守防衛」政策を逸脱するものがあるにせよ、中国も今では3隻の空母を保有して日本や台湾周辺の海域で演習を繰り返し、核弾頭数も急増している。小泉進次郎防衛相が5月、シンガポールでの国際会議で「核兵器と戦略爆撃機を大量に保有する国が、そのいずれも持たない日本を『新型軍国主義』と呼ぶのはおかしい」と反論するなど、批判の応酬は激しくなるばかりだ。 問題は、日中どちらの主張が正しいかではなく、日中政府間の意思疎通が滞ったことで相互不信が増幅し、互いが軍事力や防衛力を強化するという悪循環に陥っていることにある。 加茂氏は、日中関係改善の糸口として「日中双方はまず社会制度や価値観が違うことを認識した上で、共通の利益・価値を見いだして危機管理しなければならない」と指摘する。人の交流が滞れば、相互不信は募るばかりだ。日中関係の改善に向けて、まずは停滞気味の人的交流の回復を急いではどうか。(論説委員)2026年9月9日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「視点・私はこう見る-不信解消は人の交流から」から引用 日本政府の方針転換を中国が「新型軍国主義」と批判するのは、高市政権の次年度予算に対する方針などを勘案すれば、出てきて当然の「批判」と言ってよいと思います。安倍政権が「集団的自衛権の行使も合憲だ」などと言い出したころから「新型軍国主義」は始まっていたのであり、安倍氏の後継を自称している高市政権の方針は、これはまぎれもなく「新型軍国主義」と言って間違いないと思います。中国との二国間関係を改善するために人材を派遣するという考えは悪くないと思いますが、それ以前に自国の政府の言動が憲法の精神に照らしてみて如何なる「問題」を抱えているのか、報道機関として「権力を監視する」努力を、しっかりやってほしいと思います。
2026年09月26日
児童生徒の学習教材である教科書が、紙製の書物からデジタル機器も含むものになることについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は9日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 2030年度から順次導入される予定のデジタル教科書。紙の教科書との併用で、完全デジタル化ではないものの、懸念する向きもあるようだ。 7月2日の本紙社説でも「拾い読みや流し読みなどに陥りやすい」「姿勢や視力など健康に悪影響を及ぼす」などの欠点が指摘され、今月8日の「発言」欄には「じかに付箋紙を貼ったり、蛍光ペンのライン引きをしたりできなくなる」という「河北新報」から転載された読者投稿が載った。 気持ちはわからないでもないし、紙には紙のよさがもちろんある。ただし先の社説には「健常者の場合はね」という限定をつける必要があるだろう。電子書籍の最大のメリットは電子でしか本を読めない人(たとえば視覚障害者)にとって学ぶ機会が増えることで、自身も視覚に障害のある伊敷政英さんは、有識者の間から紙の教科書一択論が出てくるのは「本当に困ります」と述べている(「世界」10月号)。 読書バリアフリー法や改正バリアフリー法で、現在は出版社、書店、図書館などにも読書環境への「合理的配慮」が義務づけられている。教科書のデジタル化も障害のある子どもや外国籍の子どもへの配慮と考えれば反対するまでもない。 デジタルも慣れれば悪くないです。私自身、いまは新聞も本も電子で読む。大丈夫です。付箋機能もマーカー機能もついてます。(文芸評論家)2026年9月9日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-教科書のデジタル化」から引用 「教科書のデジタル化」という言葉遣いは日本語として間違っていると思います。デジタルの反対語は「アナログ」であるが、紙製の書物の教科書を「アナログ教科書」とは言わずに、その書物の教科書の紙面をデジタル機器である「タブレット」に表示するだけで、それを「デジタル教科書」と呼ぶのは、言葉の使い方として「おかしい」と私は感じます。例えば、時計であれば「時間の進み方を連続的に表示する=アナログ時計」であり、「時間の進み方を一定時間ごとに区切って数字で表示する=デジタル時計」。これは、はっきりとアナログ時計とデジタル時計と、それぞれの特徴を適切に表現して、本質的な違いについても共通の認識を持つことができるわけですが、紙の教科書をデジタル機器に表示することによって教科書がデジタル化するという「理屈」は、世間では通用しないと思います。東京新聞の社説では「デジタル教科書だと生徒は広い読みや流し読みに陥りやすい」などと批判したそうですが、そんなことは紙の教科書でも、そういう読み方をしようと想えば出来るのであって、デジタルの欠点とは言えないはずです。「姿勢が悪くなる」とか「視力など健康に悪影響」などというのも、紙の教科書では絶対そんなことはないのか、と言えば、答えは「ノー」でしょう。かく言う私は、加齢による視力の低下という問題を抱えており、新聞も週刊誌も書籍も、すべてタブレットというデジタル機器のお世話になっており、老眼鏡なしでも読める程度に「文字の大きさ」を調節できるので、とても重宝しております。
2026年09月25日
財源をどうするか、というポイントは放置したまま、防衛予算は倍増し消費税率を1%に下げるなどというデタラメ政治がますますひどくなる状況について、雑誌編集者の篠田博之氏は6日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 近々改造人事が発表される高市内閣と、中道改革連合分裂後の野党がどうなるか――与野党それぞれの行方について週刊誌が様々な記事を掲載している。 『週刊現代』9月14日号「秋の政界人事と高市政権の賞味期限」は、共同通信社編集委員兼論説委員の久江雅彦氏と政治学者・牧原出氏の対談だ。久江氏はこう厳しく語っている。 「高市さんの総理就任は、個人事業主が突然、大企業の社長に抜擢(ばってき)されてしまったようなもの。だから、振る舞い方がわからず、自分で何でもこなそうとする。・・・彼女には組織を率い、人を束ねる経験と能力が決定的に欠落しているのです」 高市首相は「組織のトップとしてあり得ない孤立状態」に陥っているのだという。牧原氏も「高市政権の賞味期限は永田町が予想している以上に早くやってくるのではないでしょうか」と言う。 『サンデー毎日』9月13・20日号「修羅場の秋政局大胆予測」は政治ジャーナリストの後藤謙次氏と古川禎久元法相2人の見解を紹介している。 他方で、本来その高市政権を追い詰めるべき野党の分裂も深刻だ。『WEB女性自身』9月3日配信「わずか7ヵ月で空中分解!中道改革連合、分裂を引き起こした"真犯人"と公明党の"寝返り"危機」で政治ジャーナリストの鮫島浩氏は、中道改革連合で公明党が目指していたのは、自民党左派と野党の旧民主党右派などによる「大連立」で、立憲左派は元々除外されていたのでは・・・と分析している。 野党の行方も気になるところで、『週刊金曜日』は9月4日号から「リベラルは消えたのか」という新シリーズをスタートさせた。政治全体が混迷する中でリベラルという概念そのものから改めて考えてみようという趣旨らしい。 そのほか各誌の記事の中で印象的だったのは前出『サンデー毎日』の「大阪地検トップの性暴力事件 女性元検事の”悲憤”手記『正しく怒り、進む』」だ。この事件についてはいろいろ報道されてきたし、女性元検事自身も様々な場で発言してきたが、改めて手記を読むと、国家権力を相手に闘う彼女の勇気に拍手を送りたい気持ちになる。(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年9月6日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「週刊誌を読む-首相『孤立』野党は分裂深刻」から引用 この記事では、高市早苗が何故総理大臣に相応しくないのか、実に的確にその理由を説明している。昔の自民党は今のような不真面目な人選をすることなく、それなりの見識を持ったしっかりした人物を選んだものであったが、世襲議員が増えた結果、政治家としてしっかり研鑽を積むことなく親の七光りで議員になるという、安倍晋三やその他有象無象がデタラメな政治を積み重ねてきた結果、とうとう高市早苗のようなズブの素人が総理大臣になるという「間違い」が「現実」になってしまった。このままでは、日本はこの先衰退する以外に「道」はない、という状況に立ち至ったのであるから、そろそろ世間の皆さんもこの辺で「巻き返し」に立ち上がらないことには、本当にどうにもならない状態が目前に迫っています。
2026年09月24日
地球の温暖化が言われるようになって何十年も経って、ついに高山地帯の根雪や氷河が本当に溶けて流れ出し、ふもとの住民に被害をもたらす事態となったことについて、元文科官僚の前川喜平氏は6日付東京新聞コラムに、次のように書いている; ネパールと中国の国境地帯で起きた土石流は、時速167キロ、高さは100メートルを超える凄(すさ)まじい規模だった。死者・行方不明者は7千人に達しようとしている。原因とされる氷河の崩落を引き起こしたのは気候変動だ。 世界各地で大規模な山火事が起きている。日本ではこのところ連日各地で大雨が降っている。この夏は酷暑日も多発した。これも気候変動が原因だ。WMO(世界気象機関)は3日、ペルー冲から中部太平洋赤道域の海面水温が上昇する「エルニーニョ現象」が今後数力月で非常に強くなり、洪水、干ばつ、猛暑の危険が高まると警告を発した。 今や地球温暖化は「地球沸騰化」、気候変動は「気候危機」と呼ばれるようになった。歴史的に温室効果ガス(GHG)を排出してきた国家や産業の責任を問うことは「気候正義」と呼ばれ、日本を含む各国で「気候訴訟」が提起されている。 ネパールのシシル・カナル外相はGHGの排出量が多い中国・米国・インドに歴史的な責任があるとして、補償を求める考えを示した。 人類の生存を危うくする気候変動という現実を無視し、大量のGHGを撒(ま)き散らす戦争を続けているトランプ、プーチン、ネタニヤフらは「気候不正義」の元凶だ。平和に対する犯罪人である彼らは、地球に対する犯罪人でもあるのだ。(現代教育行政研究会代表)2026年9月6日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-地球に対する犯罪人」から引用 ネパールと中国の国境付近でおきた土石流は、それを伝えるニュースの映像が訴えるインパクトが大きいので、世界中の耳目を集めたと言えるが、実際には数年前から「地球の温暖化」が原因で海面上昇という現象が起きており、南太平洋の島々に暮らす人々が住む場所を失う事態は発生していたのであった。大昔のマンモスが闊歩していた頃にも、急激な気候変動があり対応できなかったマンモスが、そのまま地中に冷凍保存された後、数千年後に発掘されたりしているが、当時のマンモスに比べれば、人類は科学技術を手に入れ、環境変化も子細に認識する知能を獲得しているのに、そのような技術や文化を有効に利用することなく、気候変動に適切に対応ができないのであれば、かつてのマンモスと同じ運命を辿るしかありません。人類が自らの英知を何時どのように発揮して、この危機的時代を乗り越えて行けるのかどうか、私たちは今、重要な局面にさしかかっています。
2026年09月23日
高市早苗という人物は政治家としてどの程度なのか、興味深い論考を6日付東京新聞コラムに、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏が、次のように書いている; 8月18日、トランプ米大統領は国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を制裁対象にすると発表した。 赤根さんの著書「戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない」(文春新書)を読むと、「力の支配」に対して日本はずっと「法の支配」を掲げてきたこと、戦勝国による一方的な裁判を経験した日本だからこそ、公正な国際裁判所の必要性を痛感していること、ICCの裁判官に立候補したきっかけが日本政府の方針に基づいた勧誘であったこと、所長に推された背景には「法の支配」を貫徹している日本への国際的な信頼があったこと、トランプ氏は1期目からICCにさまざまな制裁をし、それを日本政府も熟知していることなどがわかる。「平和を守るために世界の先頭に立ってほしい」と、赤根さんは政府に強いメッセージを発している。国際社会は日本政府がこの暴挙にどう対応するか見ている。 にもかかわらず、高市早苗首相は「残念」「深刻に受け止めている」と感想を述べただけだった。トランプ氏に対して即時撤回を求めないのか?赤根さんとICCを支援しないつもりなのか?「法の支配」という日本の考えを放棄するのか? ◆ 高市首相の言動を見ていて、最近悟ったことがある。この人、実は「働いていないのではないか?」ということだ。赤根さんとICCと「法の支配」についての深い認識がないので米国に交渉できない。日本の侵略を知らないので終戦記念日に反省ができない。売春防止法改正など極めて重要な改正は検討会に委ねて結論をもらうだけ。かなり深刻な結果をもたらす議員定数削減は、日本維新の会の提案を受け入れるだけ。 特に定数削減案は悪質だ。選挙制度協議会で1年以内に結論を得られなければ、比例代表の定数のみ45議席削減することになっている。これは与党へ権力を集中させ、緊急事態条項追加も安保関連3文書の前倒し改定も軍事費の倍増も可能にする道を開く。 人口100万人あたりの日本の国会議員数は、経済協力開発機構(OECD)諸国で下から3番目という少なさである。最も少ない米国は各州政府が行政の主体だから国会議員はそもそも少ない。比例代表削減によって小選挙区の比重が高まり、組織票を持つ大政党ほど有利になる。狙いはそれだ。すでに大阪府は定数削減を試した。大阪府議会選挙では、維新が多くの議席を占めることになった。それを国政でしようとしているのである。 ◆ 衆院議員の女性割合はたった14・6%。このうち58・8%が比例代表である。比例定数の削減は「政治分野における男女共同参画を推進する法」に逆行し、女性議員をさらに少なくする。比例は新人候補が擁立されることが多く、世代交代も難しくする。歳出節約効果は国家予算のわずか0・003%ほどにすぎない。 これは黙っていられないと、女性たちはすぐに「議員定数削減反対! 緊急アクション」を結成し、40人の女性が呼びかけ人として名を連ねた。記者会見も9月15日に開催する。 山崎雅弘「戦争を甘く見る空気1930年代と似た道を進む現代日本」(朝日新書)が、ベストセラーになっている。高市政権が進める「戦争を引き寄せる手法」で日本は「法の支配」から「力の支配」に、国のありようを変えようとしている。2026年9月6日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-力の支配に頼るな」から引用 この記事の中で、田中優子氏は実に重大な事実に気付いてしまった。実は、高市早苗は周囲の人間に「働いて、働いて・・・」と、さも自分も働くからみんなで頑張りましょうなどと、首相就任時にはそのようなパフォーマンスをやって「雰囲気づくり」には成功したのであったが、実際のところは、仕事をしようにも「基本的人権」とか「法の支配」とか、戦前の日本は東アジアで何をしたのか、という歴史認識など、基礎的な学業をおろそかにしたらしく、基本的な知識をまったく持ち合わせていないのが実情で、これではいくら優秀な官僚が作文を作ってくれても、その内容が理解できないのでは人前で読んでみる気も失せてしまうらしく、だから記者会見も極力避けて、「どうしても」という場合は仕方がないから一社限定にして、質問は事前に提出させて、答えは官僚に書いてもらって、という手間をかけて、実に無駄の多い内閣であるのが実態のようですから、こういう内閣は可及的速やかに、もっと効率的に仕事ができる内閣と交代するべきだと思います。
2026年09月22日
外国人差別反対の市民運動に参加する市民の活動について、6日付神奈川新聞は次のように報道している; モスク建設計画が進む藤沢市で元NHK党のレイシスト、菊竹進氏らがイスラム教徒への差別を煽(あお)り立てている問題で、市民有志は5日、差別反対を訴えるスタンディングを藤沢駅前で行った。 横浜市民の高畠悦子さんはこの日、横浜と東京・荒川で開催された、関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼式に参加していた。その足で藤沢へやって来たのは「103年前から続く問題だから。虐殺は差別が引き起こした。その事実を認めていない政府は反省はおろか、解決を始めてもいない」。川崎市のような罰則付きの差別禁止条例を足元の自治体から定めていく必要があると考える。 荒川河川敷には酒井仁氏らレイシストが妨害に押しかけ、拡声器で叫んで嫌がらせをした。夫の修さんは「差別者の攻撃がエスカレ-卜しているが、一方で追悼式の参加者は年々増えている。それは希望だ」と語った。 スタンディングでは「モスクができると治安が悪くなる」といったデマにだまされないようアナウンスを流し、ちらしを配った。8月30日に駅周辺であったヘイトデモでは、参加者の差別主義者が市民を殴るなどヘイトクライムまで発生したと伝え、卑劣な差別に加担しないよう呼びかけた。 デマによる差別扇動が拡大する事態を受け、藤沢市議会は議会基本条例に人権を守り事実に基づき発言する」という条文を加える改正に乗り出す。スタンディングを呼びかけたさとうわかこさんは「公的機関がデマや差別を許さない姿勢を示すことが大事。議会は危機感を持ち、できることをやっている。市民として評価し、後押ししていく」とうなずいた。(石橋学)2026年9月6日 神奈川新聞朝刊 18ページ 「時代の正体・差別禁止法を求めて-終わらぬ差別の問題」から引用 100年前に比べれば、現代は憲法が変わり威張り腐っていた官憲が「公僕」と呼ばれて低姿勢になったとはいうものの、一般市民の「自覚」という点では「戦前」とほとんど変わっていないという問題が、私たちの社会には存在し、「外国人差別」を正々堂々主張する者がまだかなりの数、存在するというのは、現代日本の「汚点」であり残念なことです。その「残念」が、少し前の川崎市ではかなり顕著であったため、市民の平和な暮らしを「安定」させるために、川崎市は罰則つきの「差別禁止条例」を制定しました。川崎市に続けと、一時期相模原市議会も積極的な姿勢を示したことがありましたが、相模原市の場合はその後どのような「力」が作用したのか、市長が急に態度をひっくり返したために立ち消えとなってしまったのは残念なことです。川崎市に続く自治体が次々と出現して、「差別禁止」が世間の常識になる日がくることを願っております。
2026年09月21日
皇室典範が改正(?)されたとのニュースに関連して、朝日新聞記者の有田哲文氏は7月19日付同紙コラムに、次のように書いている; 皇室典範の改正が、国会で成立した。旧宮家の男系男子を皇族の養子に迎えるという「無理筋」の内容が、これほどわずかな国会審議で通ってしまうとは。批判の論点はいくつも出されたが、平等や人権の観点からは以下の2点が重要だ。 「特定の血筋の人だけを養子の対象にするのは、憲法14条が禁じる『門地による差別』にあたる」 「そもそも人権や生活の自由が制限される皇族になることを希望する人がいるのか」 どちらももっともである。しかし考えてみれば、その2点とも現状の皇族にそのまま当てはまる。生まれにより皇族になる人、天皇になる人がいるのは、門地による差別そのものだろう。人権や自由が制限される暮らしも現実だ。皇族から離れることを選んだ小室眞子さんの姿は記憶に新しい。 養子案のもつ「無理」を突き詰めていけば、天皇制そのものがはらむ「無理」に思い至らないわけにはいかない。 * そもそも一般の政策であれば、政策手段と同時に、政策目的が論じられるものだ。消費税減税という手段の政策目的は、物価高対策である。それがあるから手段の効果や是非を議論することができる。 しかし、ことこの皇位継承問題においては、政策目的は論じられていない。天皇制を「どうやって」続けるかの議論はなされても、「なぜ」続けるのかの議論はない。無理をせずに消滅したら、何が問題なのか。 記者は官僚や元官僚と話すとき、こんな問いを投げかけることがある。「天皇制は、なくてもいいのではないか」。目を丸くする人もいるが、あなたの言うことも分からないでもない、と話す人もいた。「しかし」と続けてこう言われた。「社会を安定させるためのコストの安い仕組みだとは思う」 自然災害が起きたときに被災者を見舞う姿が、人びとを落ち着かせた。勲章や褒章なども、その権威の源は天皇にある。そうした効果が、天皇・皇族の生活費と活動費というコストで得られるなら、意味のある仕組みだというわけだ。 一つの考え方ではあるのだろう。しかし、ここに抜け落ちているものがある。人権や自由を制限されながら、その役割を果たす人間の人生そのものである。 皇室典範の議論が進むなか、中曽根弘文参院議員のこんな発言が注目された。「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」。暴言だとして、すませていい話だろうか。この発言のおかしなところは女性に限った点である。男性であっても天皇になることを運命づけられた人が結婚相手を見つけるのは簡単ではないだろう。待っているのは自由の喪失と、継嗣誕生の重圧なのだ。 * 天皇制のありようは「身分制の飛び地」とも言われる。世襲的身分を廃止したこの国で、そこだけ特権的な身分が残されているという意味だ。天皇・皇族には参政権や表現の自由、職業選択の自由など、憲法で認められた権利が制約されている。そのことを考えると、特権と隷属は紙一重である。女系を認めたとしても問題の一部を是正するだけだ。 皇族に生まれたいですか? あなたならどう答えるだろう。もし多くの人が「いやだ」と言い、その一方で何となく天皇制は残ってほしいと願うなら、その社会は不健全ではないだろうか。2026年7月19日 朝日新聞朝刊 13版S 3ページ 「日曜に想う-天皇制『なぜ』続けるのか」から引用 この記事の中で、有田記者は「そもそも人権や生活の自由が制限される皇族になることを希望する人がいるのか」と書いているが、これは一種の「きれいごと」であって、世の中には様々な立場からいろいろな考えを持つ者がいるのが現実で、生活の自由が多少制限されても、働かないで食っていけるというのは、これほど楽な生活はないのだと考える者は数知れず存在すると思います。しかし、「天皇制を何故続けるのか?」との問いが出てくるのにも、これまた理由があります。昔、日本中に武装したグループが割拠した時代は、国をまとめるシンボルとして「天皇制」は重要な役割を果たしてきたものですが、80年前の「敗戦」を機会に、私たちは「憲法」を手に入れました。現代の日本社会を支える「屋台骨」は日本国憲法になったのですから、もはや「天皇制」はなくても日本国はこれから先、十分に文化国家としてやっていけると考えられます。それでも実際にはなかなか「天皇制は、もう止めよう」とは言い出せないのは、急激な変化を好まない「性格」とか、高市早苗氏のように「いずれまた将来は、天皇陛下の号令の下、国民を支配することが出来るように『機能』を温存するべきだ」との理由で、天皇制を継続するのだ、との意志を持った政治家もいるのだと思います。このように、様々な立場の人々がそれなりに考える所があるのですから、あと100年くらいは天皇制は続くのだろうと思います。
2026年09月20日
高市早苗の国論二分とは?(19日の日記) 突然降ってわいたような年明け早々の衆議院選挙のとき、高市早苗は「今年は国論を二分する案件について議論をしなければならないので、より多くの国民の支持を得たい」というような発言をしたのであったが、その選挙が終わって圧倒的過半数を得ると、与野党で事前に話し合いをしたという見せかけの「アリバイ」を作った上で、その「話し合いの場」では一言も語られなかった「養子の子に皇位継承権」などという重要案件を、政府案の中にこっそり忍ばせて国会提出としたのでした。このような詐欺師まがいの卑怯な手を使って高市早苗は何をしようとしているのか、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、8月28日付「週刊金曜日」コラムに、次のように書いている; 国論を二分する、とはこういうことだったのかと気づいたのは、改正皇室典範が国会を通った時だった。まるで南北朝の分裂か、あるいは幕末の薩長による尊王運動を見ているかのようだった。ただし高市政権のやっていることは尊王ではなく上皇、上皇后、天皇、皇后、愛子内親王への侮辱と排斥である。その狙いは、皇統を変えて都合の良いように動かそうという策謀ではないのだろうか。これは国論の二分というより天皇の政治利用であり、皇室への侮辱だ。 しかし問題はその動機である。歴史の知識も思想もないのだから、動機は皇国思想ではない。戦争に向かう、あるいはそのポーズをとって軍拡に税金を投入し、軍需産業を経済政策にする。そのためには万が一戦争になっても構わない。それが動機である。要はカネと権力だ。 ここで二つの対立する道が見えてくる。経済のために戦争に向かう道と、戦争を絶対回避する道である。国論を二分するのはそれだ。「国論」と書いたがもっと正確に言えば、米国の言う通りにする道と、国民が真剣にこれからの国のありようを熟議する道だ。前者が戦争に向かう道であり、後者が戦争を回避する道である。 8月2日のTBS「サンデーモーニング」の「風をよむ」は重要な論点を提起していた。「戦争がもたらす見えない排出」である。イラン戦争では2週間で500万トン以上、ガザでは2年の戦争と戦後復興期で3220万トン以上、ウクライナでは4年で3億1000万トン以上の温室効果ガス(GHG)を排出しているという。軍隊は維持するだけで地球全体のGHGの5・5%を排出しているようだ。戦争で破壊された建物からは重金属などの有害物質が地下水に拡散し、その水は飲み水に使われる。 各国がいくらGHGの排出規制に努力しても、戦争と軍隊はそれをふいにしているのだ。戦争は人命や人権に対する犯罪だけでなく、環境破壊にも加担しているのである。これはエコサイド(環境の大量破壊)と呼ばれており、国際的な環境犯罪としてICC(国際刑事裁判所)の規定に入れようという提案がなされている。いったい、この軍事のどこが「安全保障」なのか。 そこで国論の第一はこうだ。高市政権および自民党と共に国民は軍需産業の開発に力を入れ、自衛という名前の軍拡を推し進める。軍事に向かうわけだから、戦前日本の加害など、学校で教えてはならない。むしろ教育勅語を覚えさせ、国家総動員に備える。◆目指すは「明治天皇」か 国家情報局の設置、緊急事態条項の憲法への追加、改正皇室典範を実現する。国民に寄り添う国民統合の象徴たる上皇、上皇后、天皇、皇后、愛子内親王の系譜を途絶えさせる。その上で早急に養子を取り、自衛隊に入隊させ、憲法を改正して自衛隊を「国防軍」とし、米軍とともに世界の戦争に出かけていく。養子も皇位継承できる、と皇室典範を改正し、天皇の位につけ、軍服を着せて明治天皇に限りなく近づける。養子はいつでも皇位につけることになるので、都合の良い者を見つけては傀儡(かいらい)天皇にする。普天問基地は永遠に米軍基地となり、辺野古は国防軍基地にする。米軍は今以上に日本に指示を出し、日本国防軍は米軍の家来となるので、戦地に出て犠牲になるのは日本人である。 国論の第二はこうだ。皇室典範を、女性女系天皇を含めた長子による皇位継承に改正し、愛子内親王を皇太子として、平成令和の二代の天皇が作り上げてきた平和を国是とする「象徴天皇制」を継承する。米軍に対して国内の施設や基地などを提供することを認めた日米安保条約第六条を削除する改定をし、日米地位協定を廃棄し、対等な平和条約に結び直す。1972年に結ばれ2008年まで確認を続けてきた「日中共同声明」を改めて確認し、中国との学問、教育、文化、科学の交流を盛んにする。 世界全体に対する姿勢としては、中国と共に「資源を公平に分ける」方法を作り出し、エコサイドを犯罪として裁き、戦争を回避するための新たな枠組みを、国連の中に再構築する。 高市政権は確かに、このように国論を二分している。あなたはどちらにつくか?2026年8月28日 「週刊金曜日」 38ページ 「【連載】これからどうする?-国論二分」から引用 この記事は論旨が明快で実に分かりやすい。高市早苗の「政治観」というのは国民に対して「天皇陛下は尊いのだから、敬いなさい」と命令しておきながら、自分は皇室を尊重しようなどという発想はこれっぽっちもありはしない。しかし、自分の言動によって自分は一般国民よりも上に立って、一般国民を支配する立場に立てるという発想で、古くからこの国を支配する者が使ってきた「常套手段」と言ったところだと思います。戦国時代を日本を制覇した武将や徳川幕府、明治維新政府、帝国陸海軍等々が、国民に天皇崇拝を強要して自らの「支配権」を確立してきたのが、それまでの日本の歴史であったと言えると思います。しかし、偶然とは言え私たちは「基本的人権の尊重」を柱とした新しい憲法を手にしたのですから、軍需産業で経済発展をする「道」よりは、人権尊重の「ジェンダー平等」を取り入れた「女性天皇」の即位を認める皇室典範再改正を実現して、平和を国是とする「象徴天皇制」を継承する道を選択するのが「正解」だと思います。
2026年09月19日
首相としての靖国神社公式参拝を見送った高市首相の行動について、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は5日付同紙コラムに、次のように書いている; 改めて8月15日、高市早苗首相の行動をたどってみよう。 10時51分公邸発。11時東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑着、献花。同3分同所発。素早い。 11時9分千鳥ケ淵から内堀を挟み北北東約500メートル離れた北の丸公園の日本武道館駐車場着。 ここで謎の空白がある。首相は駐車場で車内に約9分間こもった。理由は分からない。駐車場にSPが数人いたが不用心だ。 内閣記者会を代表し、後続車で追尾している通信社の記者は不審に思ったことだろう。 11時18分首相が車外に現れ、その場で二拝二拍手一拝してさっと車内に戻った。また車内で2分待機した後、徒歩で武道館内へ。 記者は、首相が現れる直前にSPから降車を促され、約10メートル後方から挙動を目視していた。 とっさに意味が分からず、首相秘書官に問い合わせ、北方に内堀を挟んで建つ靖国神社に向かって遥拝(ようはい)したと知った。 11時51分~12時45分全国戦没者追悼式。同53分同所発。13時1分公邸着。その後外出なし。 14時12分X(ツイッター)に「反省」と「不戦の誓い」を削った式辞全文と写真を投稿した。 図りに図った遥拝である。記者を目撃者に仕立て、ただし映像は撮らせない。ネットで拡散すると外交上の反発を招くからか。 同日午前、自民党の鈴木俊一幹事長ら執行部3人が社殿を参拝。「高市総裁の気持ち、思いを体して参拝した」と述べた。代拝も立てるとは念が入っている。 だが、たくらみすぎはあざとさも際立たせる。1月5日、安倍晋三元首相の遺影をクリアファイルに挟んで胸に掲げ、伊勢神宮を得意げに参拝した姿を思い出す。 戦没者や故人の無念は、あれで慰められたのだろうか。 遥拝は1937年の国民精神総動員運動の名残だ。日中戦争が始まり、近衛文麿首相は女性や子供を含む全国民の戦意を高め戦争に協力させようと、独ナチスに倣った運動実施を閣議で決めた。 やがて毎月1日は興亜奉公日と定められ、学校や職場や家庭で宮城遥拝・神社参拝・国旗掲揚・勤労奉仕が行われた。食事は一汁一菜、生徒は日の丸弁当、飲食・接客業は休業日となった。 高市氏は「働け」と呼号し、国旗損壊罪を作り、遥拝まで始めた。いずれ模倣する人、互いを監視する模範国民も現れるのか。 スターリンが死んだ時、旧ソ連ではヨーロッパからシベリアまで数千万人がモスクワの方角を遥拝した。遥拝には、権力による動員がつきまとう。(専門編集委員)2026年9月5日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-再び遥拝について」から引用 この記事には中々興味深いことが縷々書いてあって面白い。「国民精神総動員運動」というものがあって、実はそれはナチスの模倣だったなどという話は、戦争が終わって4年後に生まれた私に話して聞かせてくれる人はいなかったが、当時の日本人は食べる物を節約して神社にお参りすれば戦争に勝てると信じ込まされていたとは驚きであるが、多分誰かが大声で号令を掛ければ唯々諾々として従うのは人間の「本性」なのかも知れない。スターリンが死んだときは数千万人のロシア人がモスクワの方角を遥拝したという事実も、私たちは学習して末代まで伝えるのが良いと思いました。
2026年09月18日
昨日の欄に引用した朝日新聞の記事の続きは、北京大学教授の王棟氏にインタビューした様子を、次のように報道している;――中国はなぜ、日本が「新型軍国主義」に進んでいると主張するのですか。 「日本が戦後の平和発展路線から逸脱しつつあるとみられる一連の動きです。日本が正常な国防能力を持つことに反対しているのではありません。しかし、日本政府は平和憲法の『9条』の制約を絶えずあいまいにし、専守防衛政策を大幅に調整し、防衛予算を対GDP比2%まで引き上げました。また、右派の政治家が頻繁に靖国神社を参拝し、歴史認識においても深刻な後退が見られます」――「新型軍国主義」という主張は、日本側の認識とはかけ離れています。 「日本では、非核三原則の見直しや武器輸出規制の緩和をめぐる議論もあります。しかし世論調査を見ると、多くの日本人は反対しています。中国から見ると、こうした急進的な安全保障政策は日本の民意に背いているように見えます」――日米やアジア各国が安全保障を強化しているのは、中国が原因です。 「(お互いが相手を脅威とみて軍備を増強する)安全保障のジレンマは確かに存在します。しかし、大国間の勢力構造が変化し、情報不足や相互信頼の欠如によって判断を誤っていることもあります。また、日本は中国の脅威を掲げることで、安全保障政策を推進するという政治的な目的もあるのではないでしょうか」――中国は、台湾有事の際に日本が武力介入すると主張していますが、それは事実ではありません。 「中国にとって台湾問題は核心的利益です。台湾は中国の不可分の一部であり、内政です。これは(日中共同声明など)両国間の四つの政治文書でも明確に規定されています」――日中共同声明では、日本は中国の立場を十分理解し、尊重するという表現です。 「高市首相は国会答弁で台湾問題を日本の安全保障にかかわる問題だと述べました。その含意は、日本には将来、台湾海峡問題に介入する権利があると中国は受け止めました。それは『一つの中国』原則への挑戦であり、レッドラインを越えるものです」――日本が攻撃を受けるか、日本と密接な関係がある国への攻撃が日本の存立を脅かす場合でなければ、自衛隊は出動できません。 「私はかなり無理のある説明だと思います。確かに憲法9条の制約は受けています。しかし、日本政府が近年、憲法解釈の変更などによってその制約を空洞化させてきたのを見ています。集団的自衛権を合法化し、自衛隊が海外での軍事行動に参加する障害も取り除かれました。非核三原則や武器輸出規制の見直しも進めており、中国が警戒するのには理由があります。台湾で衝突が起きれば日本の安全や存亡にかかわるので、日本は介入する権利があると主張するなら、中国は断固反対し、対抗措置を取ります」――高市首相は、そうは発言していません。 「高市首相はそういう意味ではないと言いますが、『発言は間違いだった』『撤回する』とは言っていません。さらに対中政策は変わっていないと言いますが、実際にはフィリピンなど地域諸国と連携し、反中同盟を積極的に作ろうとしています。信頼することはできません」――中国は何を求めているのでしょう。 「実は難しい要求はしていません。四つの政治文書に立ち返ればいいのです。台湾問題を含め、その原則を尊重して欲しい。それが日中関係の政治的な基礎です。二国間関係の基本は、お互いの核心的利益と重大な関心事項を尊重すること。双方とも、適度な自制を保ち(台湾など)地域秩序の一線を越えない。そして陣営対立の構図を作らず、対話と危機管理メカニズムを通じて誤認を減らし、不安を解消することが重要です。安全保障のジレンマは管理可能です」――11月に深圳で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、日本側は日中首脳会談を望んでいます。 「安倍政権のときも対立や膠着状態はありましたが、安倍晋三氏は比較的柔軟でしたし、政治的知恵もありました。両国は再び緩和と調整の局面に入り、対話も再開しました。鍵は、日中関係を再定義することです。(両国の共通利益に関して協力する)戦略的互恵関係も、中国は支持しています。私は、日本が中国の関心事項にこたえ、四つの政治文書の立場に戻るのなら、会談が実現する可能性はあると思います」 *<わん・とん> 1977年生まれ。北京大学国際関係学院教授。米中や東アジアの安全保障が専門。アジア安全保障会議「シャングリラ・ダイアローグ」に例年出席し、日本や欧米とも議論を交わす。2026年9月5日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-日中、現状打開の糸口は」から一部を引用 この記事も、昨日引用した記事と同様に聞き手は朝日新聞編集委員の奥寺淳氏であるが、王棟教授に対する質問の口調がなんとなく産経新聞の論調を連想させる趣があり、これに答える王棟教授の発言の論旨が、まるで「しんぶん赤旗」の論調とほとんど変わりない論理になっており、読んでいる私は「やっぱり、日ごろの『しんぶん赤旗』は『真実の報道』を実践しているから、読む者にそういう印象を与えるのだ」と、つくづく思いました。王棟教授が指摘するように、安倍政権のときにも似たような対立状況はあったが、安倍氏は柔軟に対応する度量があり政治的知恵もあったから困難を克服することが出来たというような発言をしており、高市氏もそれに倣えば日中関係を改善することは不可能ではない旨述べているわけですが、高市氏の場合はまるで「女子高校生がそのまま60代になっただけ」みたいな言動をよく見かけるので、安倍氏ほどの能力を期待するのは、かなり難しい話だと思います。
2026年09月17日
高市首相の「台湾有事は日本の有事」という不用意な発言が元で友好関係に支障をきたしている日中関係について、東京大学名誉教授で東京女子大特別客員教授の高原明生氏は、現状をどう理解し打開して行くべきか、5日付朝日新聞で、つぎのように述べている; 日中関係に改善の兆しが見えない。昨年11月の高市早苗首相による台湾有事に関する国会答弁から、中国は日本との対話を断ち、日本が「新型軍国主義」に進んでいるとまで主張している。中国の真意は何なのか。接点は見いだせるのか。日中の識者に聞いた。(聞き手 編集委員・奥寺淳)■現政権の対中政策、丁寧に説明を 高原明生さん(東京女子大特別客員教授)――中国の「新型軍国主義」批判をどう見ますか。 「日本が安全保障政策を見直し、防衛力の強化を進めていることが問題視されています。それを指して『軍国主義』の復活だとレッテルを貼っていますが、(知識人らが反革命派とレッテルを貼られ迫害された)文化大革命時代のようなやり方です」 「隣国から見れば、平和発展路線から逸脱しているのは中国の方です。中国の軍事力強化や海洋進出が続けば、隣国が不安を抱くのは当然です。協力して対応しようとするのも自然な流れでしょう。この点で日中の認識は根本的に食い違っています」――中国は、日本が戦後秩序を変えようとしていると主張しています。 「客観的に見れば実力を向上させた中国が現状を変えようとしています。東シナ海や南シナ海で日本やフィリピンに圧力をかけ、沖縄県の帰属が未確定だと主張し、最近ではフィリピン最北部の戦略的要衝・バタン島も自分たちのものだと言い始めています。こうした主張こそ長年にわたり存続してきた国際秩序を揺るがすものです」―― 一連の対日批判は、高市首相の台湾有事発言がきっかけでしょうか。 「高市発言の一部をとらえて、習近平(シーチンピン)国家主席が怒ったことが原因でしょう。高市首相の長い答弁で、言わなくても良かった部分がありました。だからといって、答弁全体の趣旨を曲解して誹謗(ひぼう)中傷し、制裁を加えるのは間違いです」――今後、中国の姿勢は変わらないでしょうか。 「例えば福島第一原発の処理水放出に強硬姿勢を取った時のように、他国の支持を得られず、自分も損する場合、態度を変える可能性はあります。しかし、習氏のもとで一強体制が確立され、政策の修正が容易ではありません。また安全保障問題について以前と異なるのは、中国が大国となり力で押し通そうとする傾向が増していることです」――中国は、日本が「四つの政治文書に立ち返ること」を求めています。 「日本が約束したのは、中国の台湾に関する立場を十分理解し、尊重すること。言い換えれば、台湾独立を支持しないことです」 「現状打開のためには、高市政権の中国政策を明示するのがいいと思います。日中共同声明の文言はもちろん、台湾政策や現状を変える意図はないことを丁寧に説明した方がいいでしょう。ただ、過去の日中の合意はあくまでも台湾問題の平和的解決が前提です。日本は台湾のすぐそばにあり、武力が行使されると火の粉が飛んでくるので敏感にならざるを得ない。その現実を中国が理解せず、身内の問題だから引っ込んでいろ、備えもするなと言うのでは安全と安心は得られません。その意味で相互に安心を保証するコミュニケーションが重要です」――日中の政府レベルの対話は、途切れています。 「外交ルートが十分に機能しないのであれば、有力な政治家や元外交当局者を通じた対話、または中国が米国と仲良くしようとしているのであれば、トランプ大統領を通じて働きかける手もあります」――中国とは接点を見いだせるでしょうか。 「交流再開の気配がないわけではありません。9月には日本国際貿易促進協会の代表団が訪中し、学生交流の再開の動きも出ています。中国側にも、民間交流まで止めるやり方は間違っていると考える人が少なくありません」――中国は対話を再開させるために、日本側が誠意を示せと言っています。 「外交は相手を屈服させることではありません。相手にすべての責任があるというのは『闘争』の姿勢であり、それでは安定した関係は築けません」――中国による「新型軍国主義」批判に対しては、どう対応するべきでしょう。 「私は無視すべきではないと思います。宣伝の力は強いです。日本や中国のことをよく知っている国の人は(その真偽が)すぐわかりますが、知らない人は信じてしまいます。日本は感情的に反応するのではなく、なぜ安全保障政策の見直しを進めているのか、説得力のあるデータとともに説明することが大事です」 「ただし、中国と対立することが目的ではありません。無用の挑発をしないことも重要です。日中関係の安定は日本の国益であり、中国も同様です。双方が相手の立場に立って考え、いかに議論がかみ合わなくても、対話を続ける努力がお互いに必要です」 *<たかはら・あきお> 1958年生まれ。現代中国政治が専門。立教大教授、東大教授を経て、24年から現職。東大名誉教授。40年以上、中国と向き合い、日中をつなぐ人材育成をしてきた。2026年9月5日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「交論-日中、現状打開の糸口は」から一部を引用 この記事で、高原氏は「隣国から見れば、平和発展路線から逸脱しているのは中国の方だ」と発言しているが、そういう見方は近視眼的というものではないかと思います。元々中国は古代から、広大な国土面積と巨大な人口を抱えた大国であったのであり、日本列島に群雄割拠した豪族も国内を平定して「天皇」の座に就くに当たっては、中国皇帝に使者を出して「冊封」していただくという手続きを踏んだものでした。しかし、世の中が進歩して社会が近代化していることに先に気付いた日本が、明治維新と称する近代化に成功したために、遅れをとった中国がようやく近代化にこぎつけたのは田中角栄内閣の日中国交回復の後のことで、近代化した中国が本来の実力を発揮し始めたことを「チカラによる現状変更は不当だ」と批判しても、それは説得力がないだろうと思います。中国が最近の日本を「新型軍国主義」と批判しているのは、あり得ることで、国内の日本人自身も「財源もないのに、勝手にアメリカから武器を購入する」政策には大きな疑問を感じてます。いずれにしても、日中関係の正常化は、高市首相の「アドリブ答弁」問題を解消することから始めるしかないと思います。
2026年09月16日
103年前の関東大震災で混乱した社会に軍や警察が「朝鮮人が暴動を起こした」などとデマを流したために、関東各地に「自警団」などというものが出来て日本刀や竹槍で武装した日本人が、朝鮮人を見つけ次第に虐殺するという事件が発生したのであったが、そのような事件があった埼玉県さいたま市見沼区では市民団体が毎年追悼会を開いており、埼玉県知事やさいたま市長が毎年追悼のメッセージを届けている様子を、5日付東京新聞が、次のように報道している; 1923年の関東大震災後の朝鮮人虐殺事件で犠牲になった姜大興(カンデフン)さん=当時(24)=の追悼会が命日の4日、さいたま市見沼区の常泉寺であった。埼玉県の大野元裕知事は3年連続で追悼のメッセージを寄せた。 約100人が参列し、墓前で手を合わせるなどして103年前の悲劇を悼んだ。大野知事のメッセージは「震災で犠牲になられた全ての方々の御霊(みたま)に、衷心より哀悼の意をささげます」との内容で、昨年とほぼ同じ。清水勇人市長のメッセージも「震災後の混乱の中でお亡くなりになられた方々の御霊に、衷心より哀悼の誠をささげます」と例年と同様で、いずれも虐殺や姜さんに直接言及する部分はなかった。 姜大興さんは震災後、旧片柳村(現見沼区)に迷い込み、自警団に刀ややりで殺害された。追悼会は2007年に始まり、20回目。韓国に住む姜さんのおい姜武中(カンムジュン)さん(78)が映像でのメッセージで「おじの墓をなでながら泣きたい気持ち。遺骨を捜し出し、私たちの温かい故郷でおまつりしたい」などと語った。 関東大震災後に虐殺された朝鮮人の追悼式を巡っては、1日に行われた東京都内での式典に、小池百合子都知事が今年も追悼文を送らなかった。(杉浦正至)2026年9月5日 東京新聞朝刊 12版 18ページ 「朝鮮人虐殺 さいたまで追悼会」から引用 この記事では追悼会に寄せられた県知事や市長の追悼メッセージが毎年同じような文面であることが「不満」であるかのように書かれているが、東京の小池知事のように「震災で亡くなった日本人と一緒に虐殺事件で亡くなった朝鮮の人たちも、まとめて同じ日に法要をしてますから」という子どもじみた「言い訳」をして誤魔化すよりは、はるかに立派な対応だと思います。群馬県などは、一度は県議会の全会一致で県立公園に朝鮮人犠牲者追悼碑を建立したにも関わらず、数年後にはこれまた県の予算でブルドーザーを入れて追悼碑を破壊・撤去するという「暴挙」に及んだ事例もあり、さいたま市の追悼会は末永く継続されるように祈りたいと思います。
2026年09月15日
先ごろ訃報が伝えられた有名女優の岸恵子氏について、5日付東京新聞コラムは次のように書いている; 93歳での岸恵子の訃報は大体どこも「俳優」という肩書を用いているが、齢を重ねるにつれて文筆活動が増えていった。5年前には自伝を、一昨年にも『91歳5か月 いま想うあの人あのこと』というエッセイを上梓するなど、晩年まで筆を揮いつづけた。 2017年の『愛のかたち』はパリを舞台とした女と男の物語だが、長らく暮らしたパリの醸し出す雰囲気を粋な文体で描いた、たんなる俳優の手すさびとはとても言えない本格的な小説だった。おそらくは自身の人生経験がかなりの部分、そのまま踏まえられているのだろう。 人生自体が、いち俳優としてのそれを超えていた。24歳のときにフランス人の映画監督イヴ・シャンピと、川端康成の立ち会いの下で結婚。サルトル、ボーヴォワール、コクトーらと親交を持つ。その後、海外キャスターとして、パリを拠点としながらも中東やソ連崩壊後の東欧などで潜入取材をした。 そのときの体験をもとにしたエッセイ『ベラルーシの林檎』からは、イスラエルや東欧での体を張った取材の様子がわかる。今まさに世界の関心が(よくない意味で)集まる地域について、このエッセイから学ぶところは多いだろう。一人の作家としての死を倬む。(片)2026年9月5日 東京新聞朝刊 6ページ 「大波小波-作家・岸恵子」から引用 最近は少し前までは毎日のようにテレビに出ていたような有名タレントの訃報を聞いて、どことなく寂しさを感じることが多いのですが、俳優の岸恵子氏の場合は、私が物心ついた頃にはフランスへ行ってしまった後だったせいか、私にとっては少し遠い存在です。その経歴を見ると、あの有名な「君の名は」の主演女優だったとのことで、それならまだ就学前だった頃、母親に連れられて暗い映画館に入って意味の分からない「大人の映画」をぼんやり眺めた、かすかな記憶がよみがえります。そういう人気俳優が、晩年はエッセイを書いて出版していたとは、このコラムを読んで初めて知りました。機会があれば読んでみたいものです。
2026年09月14日
女性の皇位継承を認めない皇室典範や夫婦別性を希望する国民にその自由を認めない日本政府の姿勢について、国連・女性差別撤廃委員会はかつて是正を求める「勧告」を発表したことがあったが、8月23日付神奈川新聞は、共同通信が女性差別撤廃委員会の担当者に直接取材して聞き取った担当委員の発言を、次のように報道している; 国連の女性差別撤廃委員会で直近の対日審査を担当したバンダナ・ラナ委員(65)が22日までに共同通信の取材に応じた。皇位継承を男系男子に限る皇室典範や夫婦同姓の義務付けは「女性を従属的な立場に置き、家父長的規範に基づいている」と批判。優れた憲法があっても「法律や政策が固定観念や家父長制に支配されれば男女平等は実現しない」と訴えた。 委員会は2024年、対日審査の最終見解を公表し、皇室典範の継承規定は「女性差別撤廃条約の目的や趣旨と相いれない」として改正を初勧告。ラナ氏は、この勧告方針は「日本が対応するまで維持される」と述べた。7月に成立した改正皇室典範に関し「多様な人々を巻き込んだ幅広く十分な議論」や国民の合意形成が行われたかどうかが重要だと指摘した。 最終見解は選択的夫婦別姓の導入も勧告した。夫婦同姓の規定自体に「男女の形式的な不平等はない」とする司法判断がある。ただラナ氏は、実際には夫の姓を選ぶことがほとんどだとして「条約と委員会が求めているのは、実質的な平等だ」と強調した。 ジェンダーを巡る固定観念を差別の根源と位置付け、締約国に改善を求める委員会の新たな一般勧告が「10月の採択に向け最終段階にある」と明かし、日本社会にも根強いこうした意識に政府がどう向き合うかを考える「有益な指針になる」と語った。 日本は24年の皇室典範の改正勧告に抗議し、異例の対抗措置を取った。ラナ氏は対日審査後、委員会が「条約の男女平等の原則」に立ち返り、日本以外の皇位や王位継承を男子に限る締約国にも、一律に見直しを求めると決めたと説明した。 高市早苗首相が目指す旧姓の通称使用の法制化にも触れ「女性が直面する行政や職業上の困難を一部軽減することにはなるかもしれない」としつつ「個人の自己決定権の問題」であり、選択的夫婦別姓を念頭に「より進歩的に検討すべきだ」と述べた。◆解説◆女性差別撤廃委員会 「世界の女性の憲法」と言われる女性差別撤廃条約の締約国による投票で選ばれた、国際法や人権の専門家ら23人からなる委員会。締約国のジェンダー政策や女性の現状について、数年おきに条約の履行状況を審査する。審査対象となった政府や市民団体からの報告を聞き、「勧告」を含む最終見解を公表する。日本ではこれまで勧告を受けた後、女性の再婚禁止期間が撤廃されたり、刑法の性犯罪規定か改正されたりした。2026年8月23日 神奈川新聞朝刊 2ページ 「典範、同姓義務付け批判」から引用 皇室典範の「改正」について、高市政権は広く国民の声を聞く「ポーズ」を取るために、各党から一定数の参加者を募る「国民会議」などというものを設置して、話し合いをしたかのようなフリをして、その「国民会議」で話し合った内容であるかのように装って、実際には「養子縁組した宮家に男子が誕生した場合は皇位継承権を持つものとする」という「国民会議」では一言も議論のなかった「項目」が書かれており、これを圧倒的多数を占める与党が「数の力」で可決するという「騙し討ち」をしたのですから、国連が問題視するのは当然であり、国民も与党の「騙し討ち」という「汚い手」を傍観することなく、厳しい抗議の声を上げるべきだと思います。
2026年09月13日
わが国の財政法第4条は国債発行を禁止しているにも関わらず、政府は大平正芳蔵相のときから国債を発行し続けており、今ではGDPの1・6倍に相当する1145兆円にまで積み上がる事態となっているにも関わらず、高市内閣は「積極財政」と称してさらに赤字国債を発行すると発言していることを、日本共産党国会議員団事務局の村高芳樹氏は、8月23日付「しんぶん赤旗」で、次のように批判しています; この間、長期金利(新規発行される償還期限10年の国債の金利)が急上昇し、一時は30年ぶりの高水準(2・9%、7月9日)に達しました。背景には、高市早苗政権のスローガンである「責任ある積極財政」に対し、市場(投資家)さえも警戒感を示していることがあります。 財政悪化の懸念から国債の売却が広がり、国債価格下落・金利上昇が生じています。さらに外国為替市場で円が売られ、円安が物価高に拍車をかけています。 ◇ ◆ ◇ 財政悪化をもたらす最大のリスクは軍拡です。 米国のトランプ政権は日本などの「同盟国」に、軍事費を国内総生産(GDP)比で3・5%=24兆円に増やすよう求めています。トランプ大統領をおもんばかって、軍事費のGDP比2%=11兆円達成を、赤字国債で財源を捻出してでも前倒しした高市首相ですから、さらなる増額の要求に応じかねません。 大軍拡のために国債が大量に発行される恐れがあります。戦後成立した財政法第4条は、国債発行を原則禁止しています。膨大な戦時国債の発行により無謀な侵略戦争が可能になったことへの反省に基づくものです。その起案者である平井平治氏(当時の大蔵省主計局法規課長)は「公債のないところに戦争はない」と断言しました。歴史の教訓を踏まえ、憲法9条と、他国と比べても厳しい財政民主主義の仕組み、財政法4条が設けられたのです。 歳入不足を穴埋めするための「赤字国債」は1975年に発行され、当時の大平正芳蔵相は国債発行をあくまで「異例の措置」とし、単年度限りの特例措置とすべきだと強調しました。しかし「異例の措置」といいながら、バブル期で税収が増加した90~93年度を除き、毎年度発行され続けています。 単年度という規定も、民主党政権下で、複数年度化が可能になりました。 第2次安倍晋三政権は、消費税を5%から10%へ増税する一方、国債を野放図に発行し、「異次元の金融緩和」で大量の国債を日銀に保有させました。 ◇ ◆ ◇ そして今年、高市政権は、単年度ではなく、5年間、赤字国債を発行し続けられるようにしました。 「積極財政」を打ち出す高市首相は「行き過ぎた緊縮志向」の流れを終わらせるといいます。しかし「行き過ぎた緊縮」は事実と異なります。第2次安倍政権以降、緊縮どころか毎年数十兆円規模の赤字国債を発行した結果、国債発行残高は2026年度末に1145兆円に積み上がる見通しです。これらを「行き過ぎた緊縮」というなら、相当な財政拡張を行う危険性があります。 「責任ある積極財政」と称した中身は、大軍拡と大企業へのばらまきです。大企業への減税は年間で12兆円におよびます。 政府は大軍拡をやめ、行き過ぎた減税などの優遇措置を受けている大企業や富裕層に応分の負担を求めて財源を確保し、消費税減税や中小企業の賃上げ支援をはじめ物価高対策、経済再生を進めるべきです。(むらたか・よしき 日本共産党国会議員団事務局)2026年8月23日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済これって何?-借金 増やし続けてまで大軍拡」から引用 この記事が述べるように、戦後の日本政府が赤字国債の発行を禁止する法律を作ったのは戦前の侵略戦争の反省からでした。大平蔵相が特例として赤字国債の発行を決めたというニュースが流れたときは、私はまだ学生だったか就職して間もない頃だったと思いますが、戦時中に青春時代を過ごした私の伯母は「戦争を反省して赤字国債はダメって、一度は決めたのに・・・」と、何やら不満のような不信感を持ったような口ぶりだったことを思い出します。それでも、その後の歴代内閣は「あくまでも特例として・・・」と神経を使っているような素振りで控えめな態度で必要な額の赤字国債の発行をしていたのでしたが、これを大っぴらに堂々と「赤字国債なんて、どんどんやるんだ」と羽目を外したが安倍晋三内閣でした。なんでも悪いことの発生源を辿っていくと、行きつくところは「安倍政権」となるのが、日本の政治の特徴です。
2026年09月12日
8月になると過去の戦争に関わるテレビ番組が増える「8月ジャーナリズム」と、それとは真逆の高市政権の動きについて、ジャーナリストの金平茂紀氏は8月23日付「しんぶん赤旗」のコラムに、次のように書いている;◆問われている報道の覚悟 「8月ジャーナリズム」という業界用語がある。広島・長崎の原爆忌や終戦記念日のある8月は、戦争をテーマとした特集や記事が数多く報じられるという意味合いだ。戦争から何を学ぶか、いかにして戦争をしない道筋を探るのかは、ジャーナリズムの中心テーマであり続けている(と少なくとも僕は思っている)。 本稿を書いている8月中旬までにもいくつかの報道に接した。高市早苗政権が、戦争のできる国へと国家を強引に造り変えようとしているなか、報道に携わる人々がどこまで覚悟をもって踏んばれるかがいま問われている。◆ETV特集が秀逸 そうした折、僕は、NHKの仕事ぶりがやはり卓越しているなとの印象を持つのだ。NHKの人材と資金の安定ぶりは、新聞社や民間放送の比ではない。戦争をテーマとした「8月ジャーナリズム」には、やはりきちんと人とお金を費やしてほしいと思う。公共放送の役割として最も大事な部分だからだ。「映像の世紀 バタフライエフェクト」は言うに及ばず、近々目にしたなかではETV特集「"切り捨てられた"被爆者 在韓被爆者の81年」(8日放送)が突出して優れていると僕は思った。 NHKの取材班は、平岡敬元広島市長(98)のロングインタビューから貴重な事実を掘り起こしていた。在韓被爆者を被爆者援護法の医療費支給対象から排除しようと動いていた当時の厚生省の「局長通達」(1974年)の存在を明るみにしたほか、韓国政府内部の未公開文書を発掘、韓国の諜報(ちょうほう)機関が介入して問題解決が遠ざけられていた事実まで掘り起こしていた。 番組でNHK取材班のインタビューを受けていた坂口力氏は、韓国人被爆者が援護法適用を求めた訴訟で国が上告を断念した当時(2002年)の厚生労働大臣だった。上告断念の際の厚労省内部の事情を詳(つまび)らかにしていて僕は感動した。それ以上に、坂口氏はこの放送のまさに前日、7日の夜に息を引き取った。92歳だった。まるでNHKのインタビューが次の世代への遺言であったかのような見事な最期だった。ちなみに坂口氏は医師である。 片や元広島市長の平岡氏はかつて中国新聞社会部の記者だった。若手記者時代に、まだ誰も手をつけていなかった在韓被爆者の取材にとりかかり、記事を書こうとしたが、初めはままならなかった。当時は日本の原水禁運動の内部においてさえ、在韓被爆者問題には触れられなかった。それくらい複雑で厳しい環境があった。 81年目の夏、平岡氏の声は、期せずして、朝日新聞でも取り上げられていた(朝日新聞6日付、オピニオン欄)。「米軍による広島と長崎への原爆投下の惨禍を経て、平和国家として歩んできた日本だが、いま大きな岐路にあるのではないか」。その主張の揺るぎなさは、新聞記者としての確固たる過去の経験に裏打ちされている。◆首相動画に怒り 「8月ジャーナリズム」と対比するのもそもそも筋違いで気色が悪いが、高市首相の動静について首相官邸の「公認」YouTube動画なるものがX(旧ツイッター)に頻繁に投稿されている。おおよそ報道機関が報じる動画とは性格が異なる代物だが、最近投稿された中で、いくら何でもまるで自らの活動を宣伝するプロモーション動画ではないか、との強い批判の声があがったのが、3日に熊本地震の被災地を視察した際の高市首相を紹介した動画だ。1分53秒の動画をみたが、全編ピアノのBGMが入っていて、最後が「全部が全部ありがたかったです」という被災者の声で締めくくっていた。「朝日」の天声人語(7日付)は「これは何を伝えたいのか? それが率直な第一印象だった」「視察の日、熊本市の最高気温は40度を超えた。何より伝えられるべきは地震と炎暑で苦しむ被災地の現状のはずだ」と怒った。 毎日新聞の町野幸専門記者の記事が秀逸だった(6日付)。「動画を見て、驚いた」「テレビマンなら一発退場レベルである」「センスがない以前の問題である。首相や取り巻く人たちは、自分の仕事や立場を盛大に勘違いしているのではないか。国民を『施しを与える対象』とみなしていないか」。ちなみに町野記者は僕がTBS「報道特集」に在籍していた頃のADさんだった。怒りを共有したい。(かねひら・しげのり=ジャーナリスト)2026年8月23日 「しんぶん赤旗」 日曜版 18ページ 「金平茂紀のメディア日誌-戦争国家へ進む高市政権」から引用 高市首相が熊本の地震被害を視察に行ったことを紹介する動画は官邸の首相取り巻きの官僚が作った動画だから、被災地住民の困難な生活状況を撮影する気などサラサラ無いわけで、深刻な被害状況を報道するつもりであるなら、首相とその取り巻きが演出入りで作成した動画をニュースのつもりで放映したほうが、「どういうつもりであんな動画をニュースの時間に流したのだ」と、視聴者が放送局にクレームをするのが「まともな世論の反応の仕方」というものだと思います。あるいはまた、ニュースの時間に敢えて「高市動画」を取り上げて、「首相と周りの官僚の皆さんは、被災地を空から見物して、BGMまでつけて、このような動画をSNSで公表するというのは、この非常時に何を目的にした『行動』だったのか、被災地の国民をダシにして自分の好感度を上げようとする発想は、常識を逸脱した行動というほかありません」というくらいのコメントを、全国に放送するべきだったと思います。それが、本来の報道機関の仕事だったはずです。
2026年09月11日
今年も自覚の足りない政治家が靖国神社に参拝したことを、「しんぶん赤旗」は次のように批判している; 終戦記念日の15日、過去の侵略戦争を肯定・美化する靖国神社(東京・九段北)に小泉進次郎防衛相、黄川田仁志沖縄・北方担当相、城内実経済財政担当相、小野田紀美経済安全保障担当相の4閣僚が参拝しました。◆首相が「玉串料」 自民党の鈴木俊一幹事長ら党幹部らも参拝。「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の自民、維新、国民民主、参政、みらいの国会議員ら89人も集団で参拝しました。高市早苗首相は参拝を見送りましたが、鈴木幹事長を通じ、党総裁として「玉串料」を奉納。全国戦没者追悼式に出席する直前、日本武道館駐車場から靖国神社の方角に遥拝(ようはい)しました。 日本共産党の小池晃書記局長は17日の記者会見で「靖国神社はかつての侵略戦争に国民を動員する精神的支柱とされた神社であり、正しい戦争だったと主張する特別な組織だ。その靖国神社に幹部がそろって参拝したことは、自民党として侵略戦争を肯定するという意思表示になる」と厳しく批判しました。 ◇ ◆ ◇ 高市首相は、終戦記念日の全国戦没者追悼式(15日)の式辞で先の大戦に対する「反省」や「検証」の言葉を使いませんでした。さらに安倍晋三元首相を含めて歴代首相が使っていた「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」を「繰り返させない」に変更しました。 高市氏は1995年3月の国会質疑で、侵略への反省を表明した衆院の戦後50年決議について「私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」と言い放っていました。 小池氏は会見で「高市首相に侵略戦争と植民地支配に対する反省のかけらもないことが示された」と指摘しました。また、歴代首相が「繰り返さない」としてきたのは、政府として二度と侵略戦争を繰り返さないという主体的な意思表示、決意表明だったと強調。高市首相が使った「繰り返させない」とは、戦争を強いられたかのような表現だと指摘し、「高市首相は日本が過去の戦争を主体的に行ったという歴史認識を持っておらず、日本が余儀なくされた戦争であるというような非常にゆがんだ歴史観を持っているのではないか。歴史的認識がなく無反省な人物にこの国のかじ取りを任せるわけにはいかない」と強調しました。2026年8月23日 「しんぶん赤旗」 日曜版 2ページ 「侵略無反省の高市政権」から引用 明治維新から始まった大日本帝国は、確かな国家運営の方針もなく、欧米列強の物まねで軍隊を組織し、欧米から買い入れた新型の武器が、当時の朝鮮や中国に比べて新しいだけ性能も強力だったせいで、たまたま朝鮮半島を制圧し、その勢いで中国も占領しようとしたものの、欧米がそれを許さず、中国を支援して日本には制裁を科すという事態となり、そこで止めておけば良かったものを、彼我の実力の差を無視して無理やり「真珠湾攻撃」などをやったために、無駄に兵隊を死なせ、国民も2度の原子爆弾を被曝する羽目になったのでした。中国侵略も対英米開戦も間違った政策であったことを誤魔化すために、「失政の犠牲者」を「国を守るために闘った英霊」などと持ち上げている欺瞞に満ちた神社であることを、日本の報道機関はもっと大きな声で国内の隅々までいきわたるように報道する義務を負っていることを自覚してもらいたいものです。
2026年09月10日
高市政権発足直後は「押し活人気」もあったせいか、高市批判をするのは「文春砲」だけであったが、最近は週刊文春以外にも批判記事を報道するメディアが増えたことについて、雑誌編集者の篠田博之氏は8月23日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 高市内閣の支持率がじりじりと落ちているようだ。いまだに約半数の人が支持しているというのが逆に不思議とも言えるかもしれない。週刊誌などでは高市首相は毎号のように批判されている。 『週刊文春』8月27日号の巻頭記事は「高市首相『自己アピール動画』に映らない"裏の顔"」だ。高市政権がSNSでの動画に力を入れているのは知られているが、最近批判を浴びたのは、3日に熊本地震被災地を訪れた首相の姿をまとめたショート動画だ。PR効果を狙ったのだろうが、BGMを入れたりしたことや、ヘリコプターで被災地を見下ろしながら手をあわせる映像が「非礼だ」と反発を招いた。 『週刊文春』の記事によると「首相官邸のXアカウントで投稿され、表示回数は三千五百万回を超える」というから影響は大きかったわけだ。しかし、『AERA DIGITAL』8月8日付「さらに高市政権の支持率ダウン? 高市首相の熊本地震被災地視察と動画に殺到する批判の声」で自民党議員がこうぼやいていた。「SNSを見ていると、動画への批判が7、評価が3くらいの比率ではないかな。もうちょっとうまくやれなかったのか」 『週刊文春』記事の見出しにある"裏の顔"とは、高市首相が9日に長崎を訪れた際に被爆者団体に見せた「冷たい表情」と比較してのことだ。また7日に発表された財務省人事で、1%消費減税に反対していた幹部を「左遷」させたことも「冷酷」と批判している。 『FLASH』9月1日号「高市早苗首相『消費税減税』に牙を剥(む)く"アンチ包囲網"」によると「自民党内には、現在3つの"アンチ高市勢力"がある」という。小渕優子元選対委員長ら財務族、石破茂前首相を中心とした一派、麻生太郎副総裁を中心とした一派だそうだ。 高市政権、これからどうなるのか。 最後に。『週刊金曜日』8月21日号の巻頭コラムで田中優子さんが「サメのサギにご注意!」と書いている。皇室典範改正問題で自民党議員が「皇位の男系継承は、2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇統」と言っているのを痛烈に批判した一文だ。(※引用者注;当ブログ9月5日参照)(月刊『創』編集長・篠田博之)2026年8月23日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「週刊誌を読む-首相批判続々 今度は視察動画」から引用 東京新聞にこのような記事が出る以前は、高市内閣を批判的に報道するのは「週刊文春」と「しんぶん赤旗」だけだったから、コラムとは言えこのような記事が東京新聞に出たときは、いよいよ「高市包囲網」が出来上がるかと思ったのでしたが、結局「高市批判」を報道するメディアが少し増えはしたが、大手新聞の世論調査はこの後も5割以上の支持率を維持しているのが現実で、この国の「世論」は10年前に比べるとかなり右寄りになっており、戦後80年間鳴りを潜めていた「大日本帝国」支持派が堂々とあたり構わず意思表示する世の中へと変貌していることに、我々は気付くべき時に来てると思います。
2026年09月09日
トランプ政権が国際刑事裁判所の所長に対し制裁を科したことに対する高市首相の対応を、元文科官僚の前川喜平氏は、8月23日付東京新聞コラムで、次のように批判している; 国際刑事裁判所(ICC)は、ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する犯罪、戦争犯罪などの罪で個人を訴追し、処罰する国際裁判所だ。20世紀の戦争の歴史の中で、ニュルンベルク裁判、東京裁判、旧ユーゴスラビアやルワンダでの紛争後に行われた戦犯裁判などの経験の上に、2002年常設の国際裁判所として設置された。国際社会における法の支配の確立に向けた人類の努力の大きな成果である。 その所長である赤根智子氏に米トランプ政権が制裁を科したことは、法の支配を蔑ろにする暴挙であり、人類の進歩への冒涜だ。ところがそれに対して高市首相はこう言った。「赤根所長の件につきましては(中略)大変残念に思っております。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応してまいります」。ICCについて何も知らない人には、まるで赤根氏が何か問題を起こしたのでアメリカと協調して対処するかのように聞こえるだろう。 「残念」は外務省の談話では不平や不運を意味するunfortunateと訳されて世界に伝わった。法の支配の危機をこんな軽微な言葉で済ませようとする日本政府が情けない。 高市首相は法の支配の擁護よりもトランプ政権への忖度を選んだのだ。高市氏には二度と「法の支配」という言葉を口にする資格はない。(現代教育行政研究会代表)2026年8月23日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-『残念』で済ませるのか?」から引用 この記事が主張するように、高市氏の「大変残念」という発言は実に残念な発言だったと思います。アドリブが得意な高市氏ですから、こういう時にこそ、官僚が作った原稿を棒読みするのではなく、得意のアドリブで一発かましてやれば、最近下がりがちな世論調査も少しは持ち直したかも知れないのに、残念なことです。それに比べれば、石破政権の期間にも「ICCの赤根所長に制裁を検討している」との一報が入ったとき、即座に抗議を申し入れた石破首相(当時)の対応は筋が通っていて立派でした。「法の支配」を顧みなくなったアメリカは、大国の座を失うのは時間の問題ですから、いつまでも忠犬のようにアメリカに付いていくのではなく、「法の支配」を中軸にした新しい国際社会の構築に、日本がリーダーシップを発揮という、そういう方向性で頑張るのであれば、世間の高市評も変わると思います。
2026年09月08日
中間選挙が近づいてきたアメリカでは、つい最近のミシガン州民主党上院議員予備選挙で新人の候補者が党内重鎮が推す候補を破ったことについて、中央大学教授の目加田説子氏は8月23日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 米国政治の今後に大きな影響を与える中間選挙(連邦議会上下院選挙、知事選挙など)が11月3日に近づいてきた。大統領選で2度トランプに敗れた民主党にOS(思考の前提や根本となる仕組み)の入れ替えを促すような旋風が吹いている。 今月4日、ミシガン州の民主党上院予備選で41歳の医師、アブドゥル・エルサイドが勝利した。両親はエジプトからの移民で、左派のバーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)下院議員などが応援に駆け付け、民主党の重鎮らが推し親イスラエル・ロビー等から集めた多額の資金を投入した候補を僅差で破った。 昨年秋のニューヨーク市長選で自称民主社会主義者のゾーラン・マムダニが当選したのに続き、急進派の候補がミシガンというパープル州(共和党と民主党が競っている州)の上院議員候補に選出された現実をどう受け止めるべきかー。米国で論争の的になっているが、主な論評は四つほどに分類できそうだ。 ◇ ◆ ◇ 一つ目は「民主党左派の新しい全国モデル論」。エルサイドが訴えた「普通のアメリカ人の生活を、企業・億万長者・外国への軍事支出を優先するアメリカファーストから奪い返そう」との主張を評価。トランピズムに対抗するサンダース議員の意見に近い。 二つ目は「党のエスタブリッシュメントへの反乱・世代交代論」だ。対立候補が過去の実績を表看板に戦ったのに対し、エルサイドは「今の仕組みが壊れている」と強調した点に着目し、「現状肯定」対「システム変更」という対立を明確にした点を評価する。 三つ目は「党内権力戦で左派は本当に強くなった論」。政策的にはエルサイドに批判的な一方、「穏健派がトランプを倒すことばかり考えている間に、左派は民主党そのものを奪うための組織づくりを進めた」と、左派が穏健派より戦略的に上手との見方。 四つ目は「民主党は危険な賭けをした論」だ。「予備選では左、だが本戦では中央」という民主党の伝統的な投票行動を見越し、共和党は本戦に向けてエルサイドは「ミシガンには過激すぎる」との広告を大量に流す、結果として民主党は票を失う-。予備選では、理念的に純粋な候補ではなくトランプ州(2024年の大統領選でトランプが勝利した州)で勝てる現実的な候補を選ぶべきだったとの見方も散見される。 ◇ ◆ ◇ 1990年代以降、民主党は社会的に多様化した支持基盤を持ちながらも指導部や組織が都市化・エリート化し、労働者階級との結びつきを弱めてきた。結果として、「誰を代表し、何を実現するために政権を取る党なのか」が見えにくくなっている。AOCやマムダニ、エルサイドのような若い政治家・候補者が台頭、する中、住宅や医療、物価や賃金など生活問題を訴え、大型献金に依存しない選挙を展開する組織に生まれ変わるのか。 米国では成人の4割を超える人々、特にミレニアル・Z世代を中心に自らを政治的無党派と認識する人が政治の最大層になっている。もはや無党派化か構造的なものになっているとき、民主党は「反トランプ」以外に何をどう訴えていくのか。中間選挙に向けた党内論争、そして有権者の判断に注目したい。2026年8月23日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-米国民主党、OS更新が進むのか」から引用 ニューヨークの市長選挙で移民出身の民主党候補が勝利したように、現代は政治の「曲がり角」に差し掛かっており、民主党も共和党も旧来の伝統的なやり方では有権者が納得しない時代になっていると思います。大方の予想を裏切ってトランプ氏が共和党を代表する大統領候補になった時から、そういう時代は始まっていたのであって、「時代の転換点」に敏感に対応できたのは共和党が先であったわけですが、いくら「旧来の政治を否定する」とは言っても、トランプ氏のように「法の支配」をも無視して、なんでもやって見て当たれば「幸い」という「やり方」はあまりにもお粗末というもので、そこはもう少し理性を発揮して、旧来の政治のどこが「間違い」だったのか、子細に点検した上で、理性にかなった真に庶民の暮らしが豊かになる、そういう「政治」を目指して行ってほしいと思います。
2026年09月07日
アメリカのAI開発の大手企業のトップが、イスラエルによるガザのホロコーストで大きな利益を取得したことを、ある国際学会の晩さん会で自慢げに披露したことについて、文筆家の師岡カリーマ氏は8月22日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 「わが社にとってガザの出来事はすこぶる有益だった」。ある国際会議の晩餐(ばんさん)会で参加者の一人がそう宣(のたま)ったそうだ。たまたま隣に居合わせたギリシヤ元財務相で経済学者のY・バルファキス氏が明かした。その「わが社」とはパランティア・テクノロジーズ。米国のデータ解析大手である。爆撃下、人口密度の高いガザで逃げ惑う住民のスマホが発するデータがAIの学習に役立ったと説明。事実なら、無防備な市民の殺戮(さつりく)から利益を得つつ、良心の呵責(かしゃく)などかけらもない発言だ。そして今、こういう会社が開発したAIを自衛隊の指揮系統に導入することが検討されている。日本国民の理念にふさわしい血税の使い方だろうか。 同社のシステムは、イラン戦などで軍事利用されている。利益を享受する一方、3年連続で連邦所得税を納めていないという。そのかわり、幹部がトランプ大統領の支援団体やご自慢の宴会場建設に数億円を寄付。 ただし、テック業界最大のトランプへの献金者はチャットGPTで知られるオープンAI社長夫妻で、約40億円。こちらも軍との協力に名乗りを上げた。一部米国市民の間でボイコットや解約運動が広がっているのも頷(うなず)ける。有料版でトランプへの寄付に貢献するなど論外だし、無料版なら「ある商品が無料の場合、実はあなたが商品だ」という誰かの言葉も浮かぶ。(文筆家)2026年8月22日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-理念と血税のAI選び」から引用 この記事では、筆者の心の中の怒りが筆者の意図に反してほとばしり出ているようで、その影響で表現が難解になっている気がします。結局、英米はドイツのユダヤ人に対するホロコーストを「人道に反する蛮行」などと言って批判はするが、それではドイツ人と違って英米のアングロサクソンは「決して人道に反する蛮行などはしない、善良な民族なのか」と言えば、答えは「ノー」であり、条件さえそろえばイギリス人もアメリカ人も、また日本人も、ナチスドイツと同じレベルの残虐な事件を起こしかねない「危うい」存在なのだということを、つくづく考えてしまいました。
2026年09月06日
皇位の継承は2600年の伝統などと言うデタラメを公の場で発言する自民党議員が出てきたことについて、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、8月21日付「週刊金曜日」の巻頭コラムに、次のように書いている;「皇室典範改正」に関わる自民党議員や日本維新の会の発言を聞いて、私は仰天し吹き出してしまった。複数の自民党議員が「皇位の男系継承は、2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇統」と公式に発言しているのである。維新共同代表の藤田文武衆院議員は「本年は皇紀2686年」と言ったらしい。これを計算すると、天皇制は紀元前660年から存在することになる。 年表を見ればわかるが、日本はまだ縄文時代だ。世界史の区分では新石器時代である。日本には文字も存在しない。そもそも私は学校で、神武天皇は実在しないと教わった。ではなぜ神武天皇が最初の天皇だと力説するのかと言えば『古事記』『日本書紀』にそう書いてあるからだ。根拠はそれしかない。その根拠で言えば、神武天皇の父は雌のサメから生まれた。文献ではワニとあるが、日本列島にワニはいなかったのでサメのことだ。その母サメは産後、海に帰ってしまった。神武天皇の父が大人になると、母の妹(つまりおばさん)は神武天皇の父との間に神武天皇を産んだ。サメの妹はやっぱりサメでしょう。 「それは神話だ」と言うのであれば神武天皇も神話になる。記紀の記述が事実と言うなら、サメとの近親相かんも事実になる。これを信じる議員たちの頭の中はサメなみにすごい。 では事実を科学的に検証するにはどうしたらよいか。奈良県橿原市に神武天皇陵つまりお墓があるので、その中から骨を取り出してDNAを調べればよい。そうすれば万世一系かどうかも簡単にわかる。127歳まで生きたというが、その真偽も明らかになる。なぜそれをしないのだろうか。 理由がある。この墓は1863年に公武合体政策でなんとか生き延びようとしていた江戸幕府が天皇家に命じられたのか、神武天皇陵だと決めた場所だからだ。根拠は不明である。その後修復が重ねられ、今の形になったのは1940年だというから戦時中だ。恐らく発掘しても何も出ないか、骨が出たとしても誰のものかわからないだろう。サメのDNA入りだったら「当たり」だが。 中国由来の「天皇」称号を最初に使ったのが天武天皇だった。神武から1333年後のことだ。『古事記』『日本書紀』の編纂もこれ以降に始まったので当然、「天皇」と記載している。 詐欺が横行している。私たちにできることは、自分で調べ学び、確かなことだけを心に留めておくことだ。2026年8月21日 「週刊金曜日」 1581号 3ページ 「風速計-サメのサギにご注意!」から引用 戦前の日本は、政府が「天皇は神様の子孫だ」と号令をかければ、それに異議を唱える者は「非国民」と呼ばれて刑務所に収監され、「天皇陛下は神様の子孫です」と言うまで出てくることができない、そういう社会であったが、今では科学に基づいた歴史観が世間の一般的な認識になっており、天皇が神様の子孫だなどと思う人間は皆無であると、私は思っていたが、優秀な大学を卒業して官僚から政治家になった「優秀なはず」の議員が誰はばかることなく「皇紀2600年の伝統」などと言い出すのでは、もはや「世も末」と思わざるを得ません。しかし、事実は、「皇紀2600年」の根拠は今から1300年ほど前に書き記された「古事記」であり、そこには「神武天皇の祖先はサメだった」と書かれている、それが「事実」であって、「神武天皇の祖先は神様」などとは書かれてはいない、これが「事実」であることを、私たちはこれからを背負って立つ若い人たちに、しっかりと伝えていくべきだと思います。
2026年09月05日
昭和の時代に総理大臣を務めた福田赳夫氏の息子である福田康夫氏にインタビューしたジャーナリストの松原耕二氏は、そのインタビューの様子を8月19日付東京新聞に、次のように書いている; 「特効薬はないのかと医者に聞いたけど、ないそうだ」 先月、90歳を迎えた元総理の福田康夫さんは東京・赤坂の事務所で、そう言って肩をすくめた。体調は万全ではない。それでも時折、呼吸を整えながら言葉を発した。 「どこかとは『けんかしていいんだ』と安易に考えている可能性がある。心配です」 高市早苗総理の台湾発言以降の、日本政府の対応への思いだ。戦争を体験した政治家として次の世代に何を伝えたいかがインタビューのテーマだったが、福田さんのライフワークともいえる対中国外交から話を聞いたのだ。中国は今の関係がこのまま続けば、軍事的にも日本を敵対視してくる可能性があり、そうなると日本は深刻な状況に陥ると福田さんは危惧していた。 「中国からすると、もともと敵国と見なしやすい国が日本で、われわれからすると中国に対して(侵略という)負の歴史を背負っているわけですから、特に気を付けて対応していかなければいけない」 福田さんは今の自民党の議員たちは歴史をきちんと見ていないと、いら立ちすら見せた。「歴史観がないでしょう。ロングスパンで考える人が減っちゃったんですよ。瞬間、瞬間うまくやればいいという考えじゃないんでしょうか」 戦前生まれの国会議員はわずか5人、リアルな戦争への想像力が欠如し、ゲームのような感覚になっているのではと懸念する。「本当の戦争の生々しい現実を突きつけられて初めて気づいたのでは遅い。戦争をしないための外交をやらなければいけないんです」 これまで福田さんにインタビューしたことは何度かあるし、私の担当する番組に生出演してもらったこともある。しかしここまで強い危機感を抱いている姿を見たことがあっただろうか。福田さんは息を継ぎ、言葉を選んだ。 「一つの空気に流されているような感じがするんですよ」 古巣の自民党をどう見ているかという問いに対する答えだった。 「みんな総理官邸を見て、顔色をうかがうようになってしまっているのではと心配しています」 福田さんが「空気」という言葉を使ったのは、国会議員についてだけではない。「学者も政治についてきちんと発言する人は減ったんじゃないでしょうか。メディアも突っ込みが足りないと感じることがあります」 「なぜだと思いますか?」「やはり空気じゃないでしょうか。権力にこびるような、忖度するようなね」 かつては権力と距離を取ってきたメディアの矜持も薄れ、学者についていえば日本学術会議の任命拒否問題がボディーブローのように効いているのではと付け加えた。 さらに福田さんは今の憲法の大切さを説き、日本の天皇が女性ではいけない理由が分からないと語るなど、どんな問いにも率直に自身の思いを述べていった。 約束の60分はあっという間に過ぎた。「途中で休憩を入れさせてもらうかもしれない」と事前に秘書から言われていたが、一度も中断することはなかった。それどころか福田さんにはまだ言い足りないことがあるように私には思えた。 最後に「戦争を絶対にしてはいけない」と繰り返したあと、こう言い添えた。「(戦争の方向に)行き過ぎれば、反発も出てくる。日本人一人一人が戦争はどんなものかを考えれば、ばからしいと考えるだろうと。そういう意味では悲観はしていません」。まるで自分に言い聞かせているような口調にも思えた。戦後81年を迎えた元総理の思い。別れ際に深々と頭を下げると、福田さんは椅子のひじ掛けを頼りにゆっくりと立ち上がってほほ笑んだ。(ジャーナリスト)2026年8月19日 東京新聞朝刊 6ページ 「松原耕二のハードトーク-一つの空気に流されている」から引用 福田康夫氏の心配事は、決して杞憂ではなく、実際に自民党は昭和の時代に比べて明らかに劣化しているのは事実であり、心配は的中しているといって良いのだと思います。自民党がこのように劣化してしまったのは、安倍晋三が総裁になった時からで、安倍が内閣府に「人事局」などというものを置いて、気に入らない官僚を地方に転勤させて二度と中央に戻れないようにしてから、官僚が政治家の顔色を第一優先にするようになり、そうしているうちに自民党内も、派閥の長には逆らわない「空気」が蔓延したものと思われます。その結果、戦前の大日本帝国政府でさえ「それはまずい」という判断だった「皇室の養子制度」を、令和の世に「OK」とするような「皇室典範の改悪」がまかり通ってしまっている。こんなことではダメだ、という「声」をこれから大きくしていって、「二度と戦争はしない」という国家体制を築いていきたいものです。
2026年09月04日
吉村昭著「戦艦武蔵」にまつわるエピソードを、8月14日付毎日新聞が掲載した; 本は、時に読み手を導く羅針盤にもなる。前首相、石破茂さん(69)の場合。 「1969年、私が中学1年生の時でした。鳥取県知事だった父親(二朗氏)から吉村昭さんの本を渡されて。東京出張に行った時、東京駅の書店で買ったのだと思いますが……」 2006年に79歳で亡くなった作家による「戦艦武蔵」(66年)、「零式戦闘機」(68年)といった戦記小説である。◆前首相が学んだこと 「主人公は物言わぬ兵器です。これがどう開発され、戦争でどう運用されたかを淡々と記した。その意味で、読み方の難しい本ではありますが……」 衆院議員会館の事務所。戦艦「大和」のプラモデルが鎮座していた。自作だという。 「……『沖縄特攻』といった悲劇性で知られる『大和』ではなく、吉村さんは同型艦でありながら、ほぼ注目されてこなかった『武蔵』を描きました。このすごさ……」 対米開戦直後の41年12月に完成した「大和」は、吉田満の「戦艦大和ノ最期」などの文学作品や映画にもなり、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のモチーフにもなった。 一方の「武蔵」は戦局が暗転しつつあった42年8月に完成。目立った活動がないまま、レイテ沖海戦(44年)で沈んだ。 「すでに戦いの主役が戦艦の巨砲から航空機に移っていた。時代に合わないのに建造は続いたんです。戦争とは何か。国家の意思決定はどうあるべきか。その中で個人がどれだけ犠牲になるか。これらを学び、考えるきっかけになった本でした」 石破少年が「戦艦武蔵」を読んでから56年後の25年、その学びは「戦後80年所感」に結実する。 戦争の原因を「軍部の暴走」で片付けず、旧憲法の建て付けや戦争をあおった新聞と好戦的な世相、民衆の排外主義にもある、などとした。「多くの国民が戦争を望んだんです。この認識がないと同じ失敗を繰り返す。戦争をしないためには、まず戦争を知らなければならないのです」◆「戦争は軍部が引き起こした」のうそ 純文学小説を書いてきた吉村さんが、「戦艦武蔵」の取材と執筆にのめり込んだのも石破さんの述懐に通じるかもしれない。 取材日記ともいえる「戦艦武蔵ノート」(70年)の一言だ。 <嘘(うそ)ついてやがら> 戦争は軍部が引き起こした、庶民は軍部に引きずられた――。戦後にあふれた著名人や新聞社の言説を痛烈に評した。 なぜか。戦時中に吉村さんが見たのは、戦争に疑問も抱かず、「勝利」のために力を尽くす民衆の姿だった。 「戦艦武蔵ノート」はこう続く。 <その庶民が、今や戦争を必死に避けようとつとめ、平和の恵みを享受しようとしている人々の群れに鮮やかに変身した。喜ぶべき過程であり、喜ぶべき結末である。が、同時に、そうした変身の鮮やかさには、戦慄(せんりつ)すべき危険な要素がひそんでいないとは決して言えない> 「戦艦武蔵」では、技術者や造船所幹部、無数の工員たちが進んで「武蔵」建造にのめり込む。 戦果に喜び勇み、「武蔵」を一日でも早く戦列に加えるため、徹夜作業をも志願する。 なあ、おれたちはそうだったじゃないか。それを忘れて、「変身」して済ませるのか。吉村さんの独白が聞こえそうだ。 その彼が晩年、心を通わせたのが同じ昭和2(27)年生まれの作家、城山三郎さんだ。 近著「昭和に挑んだ作家たち」で2人の交友を記した評論家、佐高信さん(81)が推し量る。 「ともに敗戦の年は18歳です。この世代は多くが『皇国』を信じていた。『裏切られ感』の深さは、戦後世代には決して分からない。もう少し上の世代ならごまかしたり、かわしたりできたでしょうが、最も『純』な時期でしたから……」 実際、城山さんは海軍特攻隊に志願したし、吉村さんは結核を病んでなお「戦うつもりだった」と城山さんとの対談(「文芸春秋」97年4月臨時増刊号)で打ち明けた。 「人間に対する、どこか全面的に信用できない冷めた部分がある」とも漏らしている。 膨大な取材に基づく戦記小説は、「戦慄すべき危険な要素」を探求した記録でもある。 「おやじは『戦艦武蔵』を書くために、名刺交換しただけでも70人以上の人に会いました。なぜあんな船を真顔で造れてしまうのか。おやじなりに戦争の異様さを感じたと思います」 吉村さんが居を構えた東京・三鷹で長男の司さん(70)が振り返った。 命日の7月31日の前日。井の頭公園の森で、しきりにセミが鳴いていた。 「……あの本では、建艦過程に大部分の筆が割かれていますね。進水にこぎ着ける場面は読み手も泣ける。いつの間にか当事者の、彼らの気持ちになる。その意味でおやじには『細菌』(70年、後に『蚤(のみ)と爆弾』に改題)という作品もありますが……」 旧満州(現中国東北部)で、細菌兵器開発のための人体実験を繰り返した旧日本軍の731部隊を描いた。 森村誠一さんの「悪魔の飽食」(81年)に先立つ力作である。 「戦争に勝つ。そのために俊英の医学者や軍医が知恵を絞り、人体実験を繰り返していく。しかも、読み手もいつの間にか『成功してほしい』と応援する気になってくるんですね。戦争の異様さですよ、これが」 司さんが少年時代、米爆撃機B29のプラモデルを作り、自室に飾った。父はそれを見るや、ばきばきと折り捨てた。 「東京の空襲で実家を焼かれ、多くの遺体も見ている。私は美しい飛行機だと思ったのですが、おやじはそういう『軽さ』が許せなかったのでしょう」◆「今はいい時代」なのか 8月15日の前後には、小麦を丸めて汁で煮たスイトンを食べるのが吉村家のならわしだった。敗戦後、人々はこれで飢えをしのいだ。 司さんが小学5、6年の夏、スイトンの食卓を囲みつつ、父が「戦争に負けてよかった」とつぶやいた。 「驚きました。でも今なら分かる。おやじはかつての自分や日本を『心から戦争をやっていた』と表現しました。そんな日本が勝って、どうなっていたか。恐ろしいですよ。今、おやじが生きていても『負けてよかった』と言うと思いますね」 城山さんとの別の対談(「オール読物」95年8月号)でも、城山さんに「負けてよかった」「今はいい時代ですよ」と言葉を重ねた。 この対談を6年前、佐高さんが報道番組で紹介すると、「負けてよかったとは何だ」と批判が殺到した。 「『いい時代』は終わろうとしているのでしょうね」(佐高さん) あるいは私たちはまたも「変身」しようとしているのか。 今年は「戦艦武蔵」が出て60年、吉村さんの没後20年である。【吉井理記】2026年8月14日 毎日新聞朝刊 13版 「『戦争に負けてよかった』吉村昭さんが『戦艦武蔵』に込めた思い」から引用 石破茂氏が防衛庁長官に就任したとき、彼は執務室に自作の戦闘機のプラモデルを飾ったりして、変な者が防衛庁長官になったものだと思ったものでしたが、そのあとに出てきた安倍信三や中川昭一に比べれば、いろいろと深くものを考える、政治家としては優秀な部類に入る人材だったのだな、と今にして思います。テレビで「戦争に負けて良かった。今は良い時代だ」と発言するとテレビ局に批判が殺到するというのは、日本を戦前の時代に戻そうとする勢力が復活しつつあることを示していると思います。しかし、どのような角度から見ても、あの戦争には「正義」がなかったのであり、隣国に不当に軍隊を進めて違法な侵略活動を行った事実は、否定のしようがありません。戦後の80年間は、我々国民があのような違法行為を強要されずに済んでよかったと思います。これからの善良な日本人にも、人殺しを強要することは禁止するべきです。あの戦争に負けたのは良かったのだという「想い」を、多くの人々と共有したいものです。
2026年09月03日
日本が戦争に負けた年の夏は冷夏で、コメが不作で国民生活が困窮した様子について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、8月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 81年前、1945年の夏は記録的な冷夏だったという話がある。 冷夏のイメージがあまりないのは8月15日の東京や大阪が例外的に暑かったためで(東京の最高気温は32・3度)、この年の夏の気温は全国的に低かった。7月の平均気温を見ると・・・ 札幌16・7度(21・1度)、東京22・0度(25・7度)、大阪24・6度(27・7度)。平年より3~4度低い(かっこ内は現在の平年値)。 影響は秋に出て、コメの収穫量は激減、空前の大凶作となった。作況指数(平年収量を100とした場合の収量指数)は67。作況指数90以下は最低ランクの「著しい不良」だから、どれほどの凶作だったかだ。 こういう年に日本は敗戦を迎えたのである。 しかも9月には枕崎台風が、10月には阿久根台風が西日本を直撃。多くの人命が失われると同時に農作物も壊滅的なダメージを被った。 かくて45年から46年にかけ、日本は絶望的な食料危機におちいる。 注意すべきは、そうでなくても当時の食料生産力は極限まで落ちていたことだ。労働力の不足、肥料や資材の枯渇、軍用地への農地の転用、空襲や爆撃。すべて軍事を優先した結果である。 熊本の地震や千葉の豪雨に見舞われた2026年の夏。災害が多いこの国で軍拡に向かうなど、頭がおかしいとしか思えない。(文芸評論家)2026年8月19日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-寒い夏の話」から引用 天候不順になると国民の主食であるコメが不足するという決定的な弱点があることを計算に入れずに、諸外国と戦争をした当時の指導者は、指導的な立場に立ってはいけない無能な輩であったということを、私たちは上の記事から読み取るべきだと思います。欧米諸国の工業生産力や経済力を知る人々は、この戦争は勝てないと知っていても、それを発言すると「非国民」のレッテルを張られるからおとなしくしていたために、知識も才能もないのに、やたら威張って周囲を恫喝して人の上に立つという者たちが、この国を悲惨な戦争に導いて、あげくの果てに「敗戦」となったのは、必然的であったわけで、そのことを80年前の日本人は、あまり良く反省はしていなかったために、現在もまた、総理大臣の資質をまったく持ち合わせない人物をその座につけて、再軍備の道を進もうとしているとは、一体どこまで愚かな民族なのか、ため息が出ます。
2026年09月02日
今年の新年早々に高市内閣がいきなり衆議院を解散すると、これも突然に立憲民主党が全野党共闘の「建前」を捨てて、「公明党と合併して『中道改革連合』を立ち上げる」と声高に宣言したのであったが、しかし、選挙の結果は「立民系」の有力候補がほとんど落選し、辛うじて「公明系」議員が全員当選しただけに終わり、高市自民は単独でも衆議院の3分の2を越す圧倒的な勝利を納めたのであった。それでも立民系の有力者(?)は、衆議院で「中道改革連合」と名乗っているのだから、参議院でも同じように公明党と合併して「中道」路線を進めようという主旨で党内論議を進めているのだが、参議院の立憲民主党議員の間では、どうもその「路線」に疑問を持つ声が、無視できない程に大きくなりつつあるらしく、先行きが不透明になりだしたのが今月上旬のことであった。その様子を、9日付神奈川新聞は次のように報道している; 立憲民主党内で、中道改革連合、公明党との合流反対論が表面化している。執行部と地方組織の意見交換では、中道に合流せず、立民を残すべきだとの意見が噴出。中道を解体し、元の立民、公明に戻す「原状回復」を求める声も上がる。ただ、中道に取り合う気配はなく、3党で結論を得るとした8月末の期限が迫る中で合流協議の行方は不透明さを増している。◆平行線 中道の小川淳也、立民の水岡俊一両代表ら両党幹部は7月31日、ひそかに国会近くの国立国会図書館で向き合っていた。「今の党内の雰囲気では合流を決めるのは難しい。別の案を考えられないか」。立民幹部が本音をぶつけた。 小川氏はこれに対し、立民は労働と福祉を重視してきたと指摘。「大衆とともに」を立党精神に掲げる公明と合流する意義は大きいと説いたが、結論は出ず平行線に終わった。◆けん制 「中道を分党して立民、公明に戻すべきだ」「立民を存続させて頑張るのが一番良い」。これに先立つ7月25日、立民が開いた全議員懇談会で、出席者が次々と訴えた。中道への合流を主張する議員はいなかった。 執行部は8月上旬から全国11ブロックとの会合を始めたが、地方議員の多くは来年の統一地方選を立民で戰いたいと強調。東京都連は8月7日、所属議員対象のアンケートで立民存続を求める回答が8割に上ったとして合流反対を表明した。執行部の一人は「厳しい意見ばかりで頭を抱えてしまう」とこぼす。 一方、中道、公明は冷ややかな視線を送る。3党はこれまでの協議で(1)立民、公明が分党し中道に合流(2)立民、公明の参院議員が離党し中道に入党が効率的だと確認しているためだ。中道関係者は「今更立民に戻る中道議員がいるのか。立民出身者21人全員が戻っても衆院では野党第3党になる」とけん制する。◆不信感 公明が安全保障関連法、原発、米軍普天閧飛行場の辺野古移設の3政策で、3党の一致を求めたことも立民に負担としてのしかかる。 立民は基本政策で安保関連法の「違憲部分廃止」を掲げ、綱領には「原発ゼロ社会を一日も早く実現する」と明記する。辺野古移設にも反対で、中道、公明の考えとは食い違う。立民幹部は「あの発言には『どっちらけ』だ。考えが違う立民を排除したいだけではないか」と不信感を隠さなかった。2026年8月9日 神奈川新聞朝刊 2ページ 「立民、合流反対論が表面化」から引用 今年の年明けの高市解散は唐突で驚いたが、立憲民主党と公明党の合併というのも更に唐突で「この人たちは何を考えているのだろう」と言う感じだったが、選挙の結果は案の定、大部分の立憲民主党支持者にとって「さあ頑張ろう」という気分とはかけ離れた白けただけの出来事であったようだ。これは、軽々しく「公明党と合併」などという路線を進めた立憲の幹部の責任だと思います。党内論議を省略して、自分の一声で「全野党共闘」から「公明党との合併」へ路線変更できると踏んだ立憲民主党幹部の責任だと思います。しかも、維新や国民民主党を「自民党補完勢力」と先日まで批判していた立憲民主党が、自民党と一緒に安保関連法を推進した公明党と、易々と連立だの合併だのというのでは、政治信条が疑われるというものです。もはや「中道改革連合」は解散して、立憲民主党は「1」からやり直しをする以外に「道」はないのだと思います。
2026年09月01日
高市首相が靖国神社参拝を見送ったことに関連して、「戦死者を英霊と呼ぶな」とのタイトルで元文科官僚の前川喜平氏は、16日付東京新聞コラムに次のように書いている; 高市早苗首相が終戦の日の靖国神社参拝を見送ったのは、彼女にもそれだけの理性はあったということだろうが、「日本国のトップになったら参拝を続けたい」と発言していたこととの整合性はどう説明するのだろう。 戦死者を「英霊」として祀(まつ)る靖国神社は、戦死を美化し、貴いものとすることで、国民を戦争に駆り出すことを容易にするために創出された国家的装置だった。「九段の母」という戦時歌謡には「こんな立派なお社に神と祀られ勿体(もったい)なさよ。母は泣けます嬉(うれ)しさに」という歌詞があるが、子を亡くした悲しみを無理やり「嬉しさ」に変換する装置でもあった。 実際には、兵隊を消耗品のように使い捨てにしたのが旧日本軍だった。 牟田口廉也中将が指揮したインパール作戦では約3万人が死んだが、餓死が多かったという。参謀将校は「(自軍の兵隊を)何千人殺せばどこが取れる」という言葉づかいをしていたそうだ。 特攻隊では約4千人が命を落としたが、その首謀者とされる大西瀧治郎海軍軍令部次長は、ポツダム宣言をめぐる御前会議の前に東郷茂徳外相の前に現れ「2千万人の特攻を出せば勝てる」と主張したという。 こんな戦争指導者によって無駄死にさせられたのが日本の兵隊だった。彼らは痛ましい犠牲者だ。英霊と呼んで賛美してはいけない。(現代教育行政研究会代表)2026年8月16日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-戦死者を英霊と呼ぶな」から引用 この記事が主張するように、私たちは先の戦争で亡くなった人たちを「英霊」などと呼んではならないと思います。戦死した人たちは当時の愚かな政府と威張り散らすだけが取柄の軍上層部の愚劣な戦争指導による犠牲者であることは、史実が証明していると言えます。当時の日本政府は軍隊を国外に出動させるのに、十分な食料を持たせるという「計画」は最初から無かったため、中国大陸に上陸した日本軍は、現地の民家に押し入り食料を強奪するほかはないという状況で、それも都市部にいる間はそのようにして生きていることは出来ても、インパール作戦のように熱帯雨林のジャングルを進軍するときには、そう簡単に食料にありつけるものではなかったため、大量の餓死者がでたのは当然だったと言えます。そのような無謀な戦争で犠牲になった人々の悲惨な過去を「英霊」などという虚構で誤魔化すのは、死者に対する二重の冒涜というものです。私たちはかつての愚行を二度と繰り返さないためにも、客観的な立場から史実を学びなおし、外交問題を武力で解決するという考えは間違いであることを学ぶべきだと思います。
2026年08月31日
自衛隊が一般市民の個人情報を違法に収集して記録しているという犯罪行為について、熊本日日新聞が退役した元自衛隊員に取材して報道していることを、ジャーナリストの金平茂紀氏は9日付「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 久しぶりに本物のスクープというものに出くわした。熊本日日新聞が7月23、24日付の1面トップ記事として報じたものだ。陸上自衛隊中央情報隊の対外情報部門である「現地情報隊」が、国内の大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、「愛国心」「自衛隊に対する感情」といった思想信条にまつわる情報、さらには「性的嗜好(しこう)」「異性関係」や家庭環境、婚姻暦、身体的特徴といったきわめて私的な情報に至るまで、組織的に調査・収集しているとみられることが元隊員らへの取材や関係資料で分かったという内容だ。 同部隊の任務は、本来は海外での情報活動を担うこと(そもそもが自衛隊イラク派遣をきっかけに2007年に新設された部隊)とされているが、明確な法的根拠もないまま、国内での人的情報収集活動を担っていたのだという。集められた情報は何と数千人分に上る可能性があるとのこと。「熊日」(県民にはそう呼ばれ、圧倒的なシェアを誇っている)は、独自に入手した「個人BSD(ベーシックソースデータ)報告書」の実物写真やその概要をきっちりと報じていた。 「熊日」は25日付紙面でも、活動に実際に従事した元隊員へのインタビューを詳報、自衛隊員であることを偽って調査活動を行うことも半ばマニュアル化されていた証言を引き出していた。見事というよりほかはない。「熊日」が警告するように、シビリアンコントロール(文民統制)を逸脱している恐れがある重大な事案だ。「熊日」に対して、木村草太東京都立大教授(憲法学)は「収集手段や管理が適切でなければ思想弾圧につながりかねない。過剰な情報収集はプライバシー侵害にもつながる」と述べていた。 「熊日」によれば、この活動内容は、防衛相ら政治家や官僚には知らされていないとされているようだが本当だろうか。小泉進次郎防衛相は24日の会見で、「熊日」の報道について「現地情報隊の活動は、PKO等での安全確保に向けた情報収集であり、防衛省設置法に基づき適正に行われている」と型どおりに述べたうえで「現時点で不適切な活動は確認されていない」とした。少しは危機意識をもたれてはいかがか(無理だろうが)。◆影の組織「別班」 自衛隊による国民監視は、かつて2007年6月に日本共産党が暴露した自衛隊の内部文書で表面化したことがあり、これをもとに市民らが監視差し止めなどを求めた裁判で勝訴した前例がある。13年には共同通信が、陸上自衛隊情報部隊の秘密組織「別班」を特殊部隊「特殊作戦群」と一体運用させる自衛隊の構想をすっぱ抜いたことがある。「別班」が表に出たということで当時ちょっとした騒ぎになった。 さらに歴史をさかのぼれば、自衛隊の「別班」「別働」という影の組織の一端が明らかになったことがある。1973年に東京で起きた金大中事件だ。韓国の当時の朴正煕政権の最大の政敵だった金大中氏が白昼、東京の滞在先のホテルから拉致された国際的な主権侵害事件である。この事件で、韓国の中央情報部いわゆるKCIAからの依頼を受けて、金大中氏の日本国内での所在確認を行っていたのが、「ミリオン資料サービス」という会社だった。自衛隊陸幕二部「別班」のダミー会社だったといわれている。元陸上自衛隊の男性が設立し、警視庁外事課出身の社員らが在籍していた。 実は陸幕二部「別班」については、米軍との強い関わりから「下働き」「下僕」として働いてきた屈辱の履歴がある。隊員らは、米軍座間基地に常時出入りしていた事実があり、このことは国会の議事録にも明記されている(76年4月27日の参議院予算委員会)。ちなみに7月28日の小泉防衛相の会見で、陸自の「別班」に関して記者から質問が出た。これに対して小泉氏は「(別班は)これまで存在しておらず、現在も存在していません」と否定していた。無知ほど怖いものはない。 人気テレビドラマ「VIVANT」に冷水を浴びせる気はないが、コントロールを失い、独善的な思い込みから諜報(ちょうほう)活動に走る「別班」「別働」ほど恐ろしいものはない。朝日新聞阪神支局を襲撃して記者を殺した一味の犯行声明文にも「別動」の文字があったことを僕は忘れない。 ちなみに「熊日」の記者たちは今、熊本地震の被災した地元の人々のために身を削るようにして取材を続けている。(かねひら・しげのり=ジャーナリスト)2026年8月9・16日 「しんぶん赤旗」 日曜版 20ページ 「金平茂紀のメディア日誌-『熊日』のスクープ 自衛隊が市民監視」から引用 自衛隊が一般国民について違法に情報を収集して保管していることを、防衛大臣は認識していなかったために「自衛隊は不適切な活動はしていない」とコメントしたのであれば、シビリアンコントロールの責任者のトップとして失格であり、速やかに引責辞任するべきですが、熊本日日新聞が当事者に取材して事実を明らかにしているのに、「そんなことはしてません」と否定する発言をしたら、それで終わりというのは、あまりにもお粗末な話で、実際のところはどうなのか、中央の大手紙も追跡調査に乗り出すべきであるのに、どの新聞も「我関せず」で、知らん顔をしているのは、由々しい問題だと思います。これを放置したのでは、かつての軍部が国を無謀な戦争に巻き込んで全面降伏する羽目になったのと同じ「失敗」を繰り返すことになると思います。問題が小さいうちに、何が原因で現在の日本が「シビリアンコントール不全」になったのか、解明しておくべきだと思います。
2026年08月30日
日本の十五年戦争がようやく終わったのは1945年8月であったが、何故もっと早く終わらせることができなかったのかと、元文科官僚の前川喜平氏が9日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 8月になると考える。あの悲惨な戦争をどうしてもっと早くやめられなかったのかと。そもそも戦争を始めたのが間違いだが、あそこまで長引かせたのも間違いだ。 合理的に考えれば、1942年6月のミッドウェイ海戦で完敗した時に負けを認めるべきだった。44年7~8月にサイパン島やテニアン島が陥落した時には、本土空襲の本格化で敗戦は必至と認識できたはずだ。 近衛文麿が早期講和を上奏したのは45年2月だ。ソ連が軍部を扇動して革命を起こすというのは近衛の妄想だが、敗戦は必至だから一日も早く戦争を終結させるべきだとの進言は正しかった。しかし昭和天皇は「もう一度戦果を挙げてから」と、軍部と同じ「一撃講和論」で応じた。 結局「聖断」でしかやめられなかった戦争だ。もし近衛上奏の時に「聖断」を下していれば、東京大空襲も沖縄戦も広島・長崎への原爆投下もなく、何十万もの命が救われた。ソ連の参戦もなく、旧満州居留民の悲惨な逃避行も朝鮮半島の分断も起きなかった。 75年10月の記者会見で昭和天皇は、原爆投下は「戦争中のことなのでやむを得ない」と発言したが、もっと早く戦争をやめることはできたろう。立憲君主として軍部に従っただけだとしても、一撃講和論による戦争継続を認めた昭和天皇の責任は否定できない。(現代教育行政研究会代表)2026年8月9日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-一撃講和論で失われた命」から引用 大日本帝国において、天皇が強い指導力を発揮して国家運営に当たっていたのであれば「あまり被害が大きくならない内に白旗を上げよう」という判断も可能であったはずであるが、当時の軍部は天皇や政府の意向を無視して、独自の判断で行動する者たちばかりで、しかもその軍部も一枚岩ではなく、しばしば意見が対立することがあり、その軍の高級幹部は常時、拳銃や日本刀を持ち歩き、意見の異なる者の執務室に入って口論の挙句、相手を日本刀で斬殺する事件なども起こしており、そういう連中を相手にしては、いくら天皇でもそう易々と「もう戦争は止める」とは言い出しにくかっただろうと思います。それでも、原子爆弾を2発落とされて、それでようやく「これはもうダメだ」と判断できたのは、遅きに失したのは事実とは言え、いたし方なかったのだと思います。
2026年08月29日
戦後30年の1975年には、かつて帝国陸海軍を統率する大元帥であった昭和天皇に「戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか?」と、記者会見の場で直接質問した記者がいた。当時のことを、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、8日付同紙コラムに次のように書いている; 戦後30年の1975年10月、昭和天皇、皇后両陛下は初の米国訪問から帰国後、皇居で日本記者クラブとの記者会見に臨んだ。 原爆投下を「遺憾には思ってますが、戦争中であることですから、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思ってます」と語ったのは有名だが、もう一つの「迷答」も戦後史をえぐる。 記者「ホワイトハウスにおける『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』という発言は、陛下が開戦を含めて戦争そのものに責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。陛下はいわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか。お伺いいたします」 天皇「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないでよく分かりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」 詩人の茨木のり子は直後に「四海波静」という詩で「どす黒い笑い吐血のように噴きあげる」「三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア」と書いた。 質問したのは英紙タイムズ東京支局の中村康二記者。昭和天皇に直接戦争責任を問いただしたのは、この人だけではないか。 気づいたのは文芸評論家の加藤典洋である。米紙ニューヨーク・タイムズ国際版のコラムで紹介し、さらに調べて著書「日の沈む国から」に覚書を残している。 中村氏は大正生まれ。12歳から毎日新聞の雑用係として働きながら英語を学び、18歳で英文毎日に採用されるも、すぐ入営。23歳で復職して半年後、毎日新聞が陸軍から経営を委託されたフィリピンのマニラ新聞に赴任した。南方占領で沸き立っていた頃だ。 帰国は31歳目前。敗戦4年後である。ずっとマニラにいた。 当初は軍当局の覚えもめでたく順風だったらしい。やがて戦況は悪化。45年2月にマニラ市街戦が激化し、現地人をことごとく抗日ゲリラと疑う日本軍は、組織的な市民大虐殺を始めた。恐らく中村氏は何もかもを見た。 犠牲者10万人以上。第14軍司令官の山下奉文大将、同参謀長の武藤章中将は、共に命令なき統率責任を問われ死刑となる。 残った中村氏は戦犯裁判の通訳を務めた。絞首台の近くで遺言を書きとめ翻訳した。数分後、彼らは自覚なき罪で処刑された。 戦後、中村氏は書いている。「命令の根源は統帥権にあり、源泉は天皇にあった。天皇は愛国心の古里であった。服従は愛国心の発露であった」(専門編集委員)2026年8月8日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-天皇陛下に伺います」から引用 昭和天皇が「自分は文学方面の研究をしたことがないので、そういう言葉のアヤについてはお答えできかねる」という冗談めかした返答は、テレビのニュースで広く全国に放送されて、NHKなども全然遠慮することもなくそのまま放送して、それを繰り返し見た私などは「天皇も、こういうズレた返答をするようになったのでは、そろそろ代替わりした方がいいな」などと思ったものでした。あれから50年も経って、憲法の「平和主義」は上皇にも今上天皇にも深く理解され、国民統合の象徴という立場から「平和主義の実践」が行われた結果、今では「平和主義」は「国民の常識」となったと見て良いのではないかと思います。ところが、この国に「平和主義が常識」となっては困るのが産業資本で、かつては得意分野であった家電製品や自動車が、近隣諸国に押され気味となっては軍需産業に手を出すしか活路がなくなった「日本資本主義」は、皇室の「平和主義尊重」が気に入らないらしく、たまたま衆議院で圧倒的多数を占めたことを貴貨として民主主義とは逆方向の皇室典範改悪や国旗損壊処罰法などを次々と成立させているが、このような憲法をないがしろにする与党の暴虐を、早めに止めさせることが、今必要なことで、このまま産業資本がやりたい放題を続ければ、この国は二度目の「同じ失敗」を繰り返すことになると思います。
2026年08月28日
この度の皇室典範改正に関わる国会の審議の様子について、ジャーナリストの安田菜津紀氏は率直な感想を、6日付東京新聞コラムに、次のように書いている; これが「戦後」であるはずの現代社会の国会なのだろうか。改正皇室典範を巡り拙速な審議が進められる中、「男系男子」の身分への執着があからさまに語られていることに愕然(がくぜん)とした。 皇位継承を男系男子に限っている現行規定について、木原稔官房長官は7月10日の衆院議院運営委員会において、「古来例外なく維持されてきた重みを踏まえたものだ」と語っている。しかし皇位継承が皇統の男系男子に明確に限定されたのは1889(明治22)年に制定された旧皇室典範においてであり、それ以前は持統天皇を含め8人の女性天皇が存在している。 「皇室の伝統」を主張する側が「天皇は初代の神武天皇以来、万世一系、男系男子が継承してきた」とその正当性をうたうことはよくあるが、神武天皇は神話的な存在とされる。 日本会議国会議員懇談会の会長も務める自民党の古屋圭司氏は2022年3月、ツイッター(現X)に「天皇制度は如何に男系男子による継承維持が歴史的に重要か、神武天皇と今上天皇は全く同じY染色体であることが、『ニュートン誌』染色体科学の点でも立証されている」と投稿した。しかし実存したかも定かではなく、遺体も確認されていない神武天皇の「Y染色体」をどう立証できるというのか。沖縄タイムスの取材に対し科学雑誌「ニュートン」を発行するニュートンプレス社は「神武天皇と今上天皇のY染色体に言及した記事はない」と、古屋氏の投稿内容を否定している。大臣経験もある人物が、事実に基づかない主張を堂々と展開してきたことにめまいを覚える。 改正皇室典範においては、皇族が旧宮家の男系男子を養子とすることが可能となったが、今上天皇とは36~38親等離れているとされる。また養子に男子が生まれれば皇位継承資格を与えられるという。「男を生め」という不健全な圧は残存する。結局、重要視されているのは、男性方の「血」なのだ。政府・与党は「静謐な環境」下での議論の必要性を掲げてきたが、差別の強化やイデオロギーのごり押しでそれを破壊しているのはどちらなのか。 これは今国会での審議に始まった問題ではない。たとえば皇室典範が女性差別を内包しているという指摘に対し、日本政府が「逆ギレ」と言わざるをえない態度を示したことがあった。外務省は昨年1月、日本の拠出金の使い道から国連の女性差別撤廃委員会を除外するよう、国連側に伝えた。同委員会は皇位継承者を男性に限っている皇室典範の改正を勧告したので、日本政府は抗議の意思を示したのだ。そもそも05年以降、日本の拠出金が同委員会に使われたことはなかったが、より立場を明確にするのだと外務省は主張していた。国ぐるみで「女性は男性よりも劣位である」と暗に示す制度の正当性を国際社会にまで訴えてきたのだ。 ここまで皇室典範を巡る問題を記してきたが、それは「どのように天皇制を継続させるのか」が前提となってしまっている。しかしその前提そのものを問う議論が乏しいのではないか。 天皇制それ自体に、さまざまな問題が凝縮されている。戦中は「国体護持」(天皇制存続)のために多くの命が犠牲となった。歴史を振り返れば、皇族の「血筋」への絶対視は、生まれによる差別や身分差別の強化と結びついてきた。現代社会においても、憲法が定める「法の下の平等」との矛盾は残されている。「男女の結婚」を自明のものとして扱い、セクシュアルマイノリティーの存在は想定すらされていないのではないか。皇族は身分や生活が守られる「特権性」を有する一方で、憲法上の権利の保障対象から外れ、「人権の飛び地」と称されることもある。「次に誰が天皇になるか」は、「誰が、権利や自由が制限される存在として扱われ続けることになるのか」を意味する。こうした制度が、「象徴」であり続けることが、果たして望ましいだろうか。その是非を含めて根本から議論する必要があるのではないだろうか。(やすだ・なつき=フォトジャーナリスト)2026年8月6日 東京新聞朝刊 6ページ 「社会・時評-天皇制を問う声、乏しく」から引用 この記事で、安田氏は遠慮して「神武天皇は神話的な存在とされる」などと穏便な表現をしているが、要は天皇が神様の子孫だなどと作り話で権威を高めて、それで「神国日本」を守るために国民は命を投げ出せという「命令」を、国民が疑問を持たずに受け入れる環境整備をしたのが、戦前の日本だったのであり、そのような社会の在り方は間違いであったと、80年前に昭和天皇は国民の前で表明したのであったが、そのような「反省」を認めず、天皇をトップに据えて上意下達の社会システムを、国民に悟られることなく再構築しようとする「悪意」が感じられる今日この頃、現職の国会議員が「天皇制は2600年の伝統だ」などとデタラメを吹聴する事態を放置することは、この国を二度目の「亡国の危機」にさらすことになると思います。
2026年08月27日
昨日の欄に引用した「しんぶん赤旗」の記事の続きは、ジャーナリスト・河野嘉誠氏の寄稿を掲載しており、木下秘書の陳述書について、重大な疑問を指摘している; 当初からサナエトークンの問題を追及してきたジャーナリストの河野嘉誠(かわの・よしのぶ)さんに寄稿してもらいました。 高市早苗総理の名を冠した暗号資産・サナエトークンは今年2月末にリリース。人気ユーチューブ番組で宣伝され、時価総額は一時数十億円規模まで膨らんだ。 ただ、発行元の合同会社・ノーボーダーが暗号資産交換業者の登録をしていないことが発覚し、金融庁が実態把握に乗り出す事態に発展。3月2日に高市総理は自身のXで関係性を否定した。 ところが、Xの高市後援会アカウント「【公認】チームサナエが日本を変える」がサナエトークンの宣伝に関与。総理の公設第1秘書・木下剛志氏がノーボーダー側とやりとりを重ねていたことも明らかになった。 木下氏が接触したノーボーダー幹部の松井健氏は、過去にさまざまな投資トラブルを引き起こしてきた人物。高市事務所との関係をアピールしながら独自に投資を募り、投資被害を訴えている人もいる。 現職総理の事務所が違法性の疑われる暗号資産の宣伝に加担していた前代未聞の騒動。国会で追及されると、高市総理は「秘書の陳述書をもって答弁に代えさせてほしい」と言いだし、「議会軽視」との批判が高まった。 陳述書は7月22日に衆院予算委員長に提出されたが、木下氏は「松井氏の顔と名前を憶えていなかった」と説明。高市総理も今年5月に国会で「(松井氏は)私も秘書も面識のない方」と答弁した。木下氏はその後の報道で、松井氏とやりとりをしていたことに思い至ったという。 だが、実は木下氏は3月時点で、筆者と『週刊現代』の取材に対し、松井氏が自民党総裁選で勝手連として高市陣営を支援していたことや、メッセージアプリ「LINE」のグループ機能でのやりとりを明確に認めていた。昨年12月17日に松井氏らノーボーダー幹部とオンライン会議をし、その席で「暗号資産」についての話もあったと回答した。 つまり、木下氏が陳述書で描いていた「顔も名前もわからない」というストーリーはでたらめの疑いがある。 総理秘書が、松井氏となぜ接点を持ち続けたのか? 違法性が疑われる暗号資産の宣伝に関わった責任をどう考えるのか? 矛盾ばかりの陳述書は、疑惑の根幹を何ら明らかにしていない。国会で木下氏を参考人招致し、真相解明をすべきだろう。2026年8月2日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「サナエトークン『秘書陳述書』」から「”面識ない”はウソ 国会で説明を」を引用 一国の総理大臣やその秘書官が違法な暗号資産の取引に手を染めていたというのは、重大な疑惑であり、それを一片の「陳述書」で誤魔化そうというデタラメを、私たちは許してはならないと思います。特に高市氏の場合は、「そのような方とは面識がありません」などと言っておきながら、後で「オンライン会議」で同席したことがバレると「あれは、直接会って名刺交換などということはしていない」という意味だったなどというような怪しげな言い訳をする人物ですから、そういう言い回しで誤魔化すことのないように、国会で正式な証人喚問をするべきだと思います。
2026年08月26日
ユーチューブで情報発信をする組織のうちの一つで「ノーボーダー」という名のグループが「高市早苗人気」を利用して一儲けしようと仕組んだ「サナエトークン」の問題について、高市首相の公設秘書がどのように関わっていたのか、2日付「しんぶん赤旗」は、次のように報道している; 高市早苗首相の名前を冠した暗号資産(仮想通貨)「SANAE TOKEN(サナエトークン)」の宣伝に首相の後援会が加担した問題で、高市首相は7月22日、公設第1秘書・木下剛志氏の「陳述書」を衆院予算委員長に提出しました。違法な販売が疑われ、多数の被害者が出ているサナエトークン。木下氏は陳述書で宣伝に加担したことを認めており、高市首相の政治的・道義的責任は重大。木下氏本人による国会での説明が必要です。 サナエトークンはユーチューブ番組「ノーボーダー」の事業の一環として2月25日に発行されました。発行団体は、暗号資産の発行や販売に必要な「暗号資産交換業」に登録しておらず、資金決済法違反(無登録営業)の疑いが浮上しています。 高市事務所公認のX(旧ツイッター)の後援会アカウント「チームサナエが日本を変える」はトークン発行日の2月25日、発行元の投稿を引用して「『SANAE TOKEN』という新たなインセンティブ設計も注目されています」と紹介。「チームサナエはこの取り組みに共感し」と投稿しました。問題が指摘されると高市首相は3月2日、Xに"私も事務所側もトークンがどのようなものかまったく知らされていない"と投稿し、価格が急落しました。 陳述書で木下氏は、サナエトークンが暗号資産という説明は一切なかった、と強調しました。 後援会アカウントによる投稿については、ノーボーダー側から「チームサナエ(奈良県の自民党青年局有志が運営)のアカウントでも応援するメッセージを出して欲しい」との依頼を受けた、と説明。ノーボーダー側から文案の提示を受け「深く考えることもなく、いわれるがままにリポスト(再投稿)に応じた」としました。◆広告塔の役割 日本共産党の小池晃書記局長は記者会見(7月22日)で「現職首相の後援組織がサナエトークンの宣伝、広告塔としての役割を果たした」と厳しく批判しました。「後援組織が宣伝したのは紛れもない事実であり(首相の)政治的・道義的責任は免れようがない」と指摘。木下氏本人が「国会の場に出て、一問一答で疑惑に答えてもらうことがどうしても必要だ」と強調しました。2026年8月2日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「サナエトークン『秘書陳述書』」から「宣伝に加担、首相の責任は重大」を引用 2月25日に高市事務所公認の後援会「X」アカウント「チームサナエが日本を変える」が、堂々と「新たなインセンティブ設計(引用者注;サナエトークンのこと)も注目されています」と投稿したものだから、「サナエ推し」の「支持者」の大部分が「サナエトークン」の購入に走り、価格が急騰したところに「無登録営業」の情報が流れるや、高市氏が「トークンなんて、どんなものか何も聞いていない」と投稿して、価格が急落し、急いで購入した人々は大きな損害を被ったのは事実です。これを、通り一遍の「陳述書」で都合のいいことばかりを書いて、一方的に「自分たちは悪くない」を主張してお仕舞にするのは、本人も後味が悪い思いでしょうから、ここは木下氏に国会に来てもらって、全てを洗いざらい証言していただくのが正しい解決法だと思います。
2026年08月25日
10年前に続いてまたしても大地震に見舞われた熊本県の惨状に関連して、わが国の防災対策のお粗末さに、元文科官僚の前川喜平氏は2日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 2016年の震災からわずか10年で再び大地震に見舞われた熊本県。尊い命が失われ、1万人近い人たちが避難生活を余儀なくされている。 今後心配されるのは災害関連死だ。トイレ、キッチン(食事)、ベッドを意味するTKBの最低条件が確保されていない。被災者に尊厳ある生活を保障し、可能な限り苦痛を減らすための国際基準「スフィア基準」には遠く及ばない。そこへ酷暑が追い打ちをかける。熊本では最高気温40度の予報も出ている。熱中症で死者が出るのではないかとても心配だ。 学校体育館への空調の設置には文部科学省も力を入れてきたが、地域差が非常に大きい。熊本県で避難所に指定されている小中学校の空調設備の設置率は20・9%で全国平均よりかなり低い。政府は昨年6月閣議決定の「国土強靭(きょうじん)化実施中期計画」で2035年に100%という目標を定めたが、それでは遅すぎる。文科省の補助率を高めたり地方債の元利償還への交付税措置率を高めたりして目標を前倒しするべきだ。 戦争は人間が起こすものだから人間が防ぐことができるが、自然災害は人間が防ぐことができない。毎年自然災害でたくさんの人が命を落とす日本で、防衛予算ばかり増やしてどうするのか。人間の命を守るためには、防災予算こそ抜本的に増やすべきなのだ。(現代教育行政研究会代表)2026年8月2日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-防衛予算より防災予算を」から引用 熊本市では10年前も今日も、地震で住む家を失った被災者は体育館でごろ寝というのは、ひどい実態だと思います。私の住む川崎市も、災害時の避難所となる予定の小中学校体育館の空調設備設置率は「4・9%」という低率で、現にうちの近所の小学校体育館は、選挙のたびに「投票所」にもなる施設ですが、空調設備はないので、冬は大型の「石油ストーブ」、夏は扇風機とウチワというお粗末な状況です。この記事が言うように、戦争は人間同士の間のことですから、話し合いで解決することも不可能ではないのに比べ、自然災害となると話し合いもへちまもありはしませんから、戦争準備よりは災害対策の方が優先されて然るべきと私も思います。
2026年08月24日
高市政権の下で行われた「皇室典範改正」これからの皇室のあり方について、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、2日付東京新聞コラムに次のように書いている; 7月17日、改正皇室典範が成立した。今まで天皇制について考えたことのない人、関心がなかった人の気持ちを一気にざわつかせ、皇室について考える機会となった。 これは時代の変化の兆しである。江戸幕府が成立した時、天皇に伊勢に移っていただき神主になってもらおうという、いわば天皇制廃絶の提案があった。他方、そんなことをしたら再び内乱状態に陥る。徳川家康が天皇を補佐してこそ諸大名も万民も治まるのだ、との反論があった。 政治と権威の共存を、松岡正剛は「デュアル・スタンダード」と呼んだ。文化全般に共通する古代からの日本独自の方法である。これはダブル・スタンダードでも対立でもなく、主権者が天皇を支えることで安定する仕組みであった。 戦後憲法下では主権者は国民であるから、国民の気持ちをくみ取り国民と価値観を同じくする天皇であってこそ、国民が支え社会が安定する。戦後の天皇皇后たちはそれを十分に理解し、平和を希求する国民と共にあることに尽力してきたと言ってよい。 一方、戦前は「力による覇権」を目的に、政治家や軍部が天皇を利用し続けた。私は改正皇室典範の決め方を見ていて、戦前と同じ危うい気配を感じた。憲法の主権者である国民と価値観を共有してきた上皇さまと現天皇陛下の影響力を排除し、外部者を入れて力による支配に利用しようという意図なのではないか。 ◇ ◆ ◇ 改正典範が通った時、新聞に掲載された百地章氏の意見に仰天した。 「皇位とは公のもの」なので「私情は抑えてでも皇位を伝えることが大事」であり「皇室とジェンダー平等は最も遠いところにあり」「歴史と伝統を変えるのは現代人の思い上がり」だと。天皇家の人々への人間らしい思いがひとかけらちない。 彼らの人生は私情を抑える程度のものではない。日々の生き方、他者や家族との関わり、結婚、出産、言葉による攻撃を回避できない状況、そして男児を出産しなければ、女性が責められる。人権のほとんどが奪われているのである。皇室の女性たちが心を病んできたことは、誰でも知っている。結婚して一般人となれば人権を守られるはずだが、プライバシーを侵害され配偶者をおとしめられる。見ていられない。国民の価値観とこの実態の乖離は、「統合の象徴」の危機ではないのか。 ◇ ◆ ◇ 考えるべき方法が二つある。一つは改正を廃棄し、天皇家のあり方について根本から考え直す方法である。基準は憲法だ。全ての国民が生まれた時に持つ、人として自らの意思で生きる権利、つまり「人権」を、皇室の人々も共有する方法を考えることである。無論その中には、女性・女系天皇容認が入る。 もし、それが皇位継承とどうしても矛盾するのであれば、主権者たる国民は、皇室の方々の天皇制からの解放を考えねばならない。戦後日本をここまで支えてきた天皇一家を永遠に苦しめ、人権の空白地帯を国の中心に据えてまで、天皇制は大事にすべきなのか? そこまでして、私たちは一体何を守っているのか? 皇帝や国王を廃絶した、健全で豊かな国は世界中にいくらでもある。逆に、伝統に固執して人々が苦しんでいる国もいくらでもある。私たちはそのどちらを選ぶのか。今回の改正は、それを考える好機である。2026年8月2日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-天皇制を人権から考える」から引用 私はこの記事にある田中優子氏の考えに賛成である。百地章氏が言うところの「私情を抑えてでも皇位を伝えることが大事」などという理屈は昭和20年8月15日で終わった話であることを、私たちは再認識するべきです。国民主権であることが基本である日本国憲法において、「天皇条項」だけは「飛び地」などと言われてきているが、皇室の人々の「人権」を実現することによって、私たちの日本は例外無しの「基本的人権を尊重する」国家になるわけで、それが人類の文化が発展する方向なのだと思います。
2026年08月23日
熊本大地震の被災地で復興に頑張る人々の努力や日常の介護従事者の献身について、文筆家の師岡カリーマ氏は、1日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 熊本の大地震で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。一日も早く生活が復旧し、心安らかな日々が戻りますよう、祈るばかりです。 また猛暑の中、職務の遂行を通して、あるいは隣人同士の助け合いを通じてこの危機に立ち向かっている方々、被災地の外から物資を携えて駆けつけている方々に、深いお礼と敬意を表します。 災害の多いこの国が被災するたびに発揮される、職種を超えた責任感や献身を目の当たりにして、いつも思うことがあります。危機に乗じて政治的な主張をしているように見えては不本意なので付け加えますと、近年、個人的に交流することが多い介護従事者の献身と心意気にも頭が下がります。そして思うのです。こうして隣人を助け、他人に尽くし、社会を生かしている人々に対して「愛国心」を説いたり、「君が代を歌え」「国旗を敬え」と求めるのは、なんと不当で不遜なことであろうか、と。 中学生の時に学校で教わったイスラム教の啓典クルアーン(コーラン)の一節に「ひとりの命を救った者は、全人類の命を救ったも同じ」というものがあります。 ひとりの救済が全人類の救済と同等ならつまり、ひとりを生かすことですべての日本人を生かしている人々に愛国心を説く権利は誰にもない。そんな労力は、彼らの待遇と未来の改善に向けてください。(文筆家)2026年8月1日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-今日あらためて思うこと」から引用 このエッセイは、もう少し字数があれば終段のほうを詳しく説明できて、完璧な文章になったのに、と思いました。しかし、これでもしっかり筆者の言いたいことは伝わります。一読して、さすがにイスラム教は長い伝統に裏打ちされた、しっかりした宗教だなと思いました。「ひとりの命を救った者は、全人類の命を救ったも同じ」というのは、真実を表現した言葉だと感心しました。そのようにして日々を過ごしている者に対して、違法な中傷動画で競争相手を貶めて手に入れた「政権」の座にあぐらをかいて「君が代を歌え」だの「国旗を敬え」だのと偉そうにふるまう輩には、やがて天罰が下るのではないかと思います。
2026年08月22日
高市早苗の「素人丸出し政治」を、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、1日付同紙コラムで次のように批判している; 見てられない。高市早苗首相は政治が下手くそすぎる。30年も国会議員をやっているのに、そもそも政治家になっていない。 首相指示で食品消費税を来年4月から2年間8%から1%に下げ、残る1%の財源で給付も行い、「消費税率実質ゼロ」の衆院選公約を実現するという。 宿題ができずドリルのページ数をごまかして提出しようとたくらむ小学生並みの浅知恵である。 選挙後に作った社会保障国民会議が役立たずだった。大げさなだけで議論は二転三転。「国会とどう違う」「何がしたいの」と批判されるのは無理もない。 給付付き税額控除創設と減税の責任を野党にも負わせる一石二鳥と誰かに吹き込まれたのだろうが、首相自身に緻密な段取りや確たる政策目標がなかった。 恐らく元検事の弁護士あたりに唆され、国会に前代未聞の陳述書を出した判断と似ている。その程度で国のリーダーですか。 会社の部課長が似た失敗をしたら左遷だ。なのに「圧勝した首相だから」「公約だから」と不問に付され、「反省はない。私のメンツを潰すな。私が決断した。指示通り減税しろ」という横暴がまかり通る。それが政治ですか。 国民会議が合意しなかったのは首相へのそんたくで、減税を不安視する議論が支配的だった。 何しろ財源計10兆円の当てがない。財政悪化を見越して円安や金利上昇が進めば、本当に物価が下がるか疑わしい。首相指示と同時に、政府・日銀が多分数兆円の為替介入を断行した。いくら特別会計でもエラい出費だ。 2年半後は増税である。高市氏は「私が責任を持って確実に税率を元に戻す」と言う。2年半後もあなたが首相なんですか。「減税は私の悲願」と同じく、勢いでその場しのぎのデマカセを言い散らしてヘイチャラだから、ここまで抜き差しならなくなったのに。 自民党議員はこうした実像を知っている。だから昨年の総裁選第1回投票で、高市氏の議員票は小泉進次郎氏80票、林芳正氏72票を下回る64票だった。それを決選投票で、麻生太郎氏が高市氏149票、小泉氏145票にひっくり返した(とされている)。 「減税には反対だが、首相が決めた以上は支える」と麻生氏は言った。この人いつもヤクザみたいに変な格好つけるけど、国家国民のため反対すべきは反対するのが政治家ではないんですか。 党首討論の高市氏を立ち見で声援する「サナチル」議員群を見たら、期待する方が無理かとうめくしかないけど。(専門編集委員)2026年8月1日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-政治が下手くそすぎる」から引用 この記事の「高市批判」は、もっともなことだ。村山富市政権のときに、質問に立った高市議員は「アタシは戦争の当事者じゃないから、戦争責任はないと思ってます」と、まるで中学生(と言っては優秀な中学生には失礼だが)にも劣るような発言をしたのであったが、あの当時から彼女の精神年齢はまったく上がっておらず、当時の「考え方」のまま60数歳の年寄りになっているらしい。そんなことは、「テレビ局の電波を止めるかも知れない」発言のころから分かり切ったことだったのであって、実際に首相にまでなってから、上のような記事が出たのでは遅すぎると思います。もっと早くから「どうも、この政治家はおかしい」という記事を書いて、広く国民の間に周知しておくべきだったと思います。
2026年08月21日
このところ少し支持率が下がってきているとは言え、政権の存立が危ぶまれるような状況ではなく、依然として高支持率をキープしている状況について、高市政権の何が支持されているのか、東京科学大教授の中島岳志氏は7月29日付東京新聞「論壇・時評」に、次のように書いている; 高市内閣は昨年10月の政権発足以来、半年以上高い支持率をキープした。しかし、何が支持されているのかが明確ではない。 問題も繰り返し起こる。首相の国会軽視については、さまざまな形で批判されてきた。議論がしっかりと尽くされないまま、改正皇室典範や日本国旗損壊罪法が成立し、暗号資産「サナエトークン」や自民総裁選での相手陣営への中傷動画作成疑惑などの批判についても、明確に解明されたわけではない。一方で、高市首相は記者会見に消極的で、SNSを通じた一方的な情報発信を続ける。なのに時事通信による7月の世論調査でも回答者の半分ほどが支持した。なぜなのか。 境家史郎・依田浩実「高市人気のメカニズムを解明する」(『中央公論』8月号)は、2月の衆議院選挙直後に行った独自のオンライン調査の結果に基づいて、高市人気を支える二つの支持腦を明らかにしようとする。 第一の層は中高年の女性である。彼女たちは高市氏を「女性の社会進出の象徴」として支持している。第二の層は「女性差別的ないし保守的価値観を持つ男性」である。彼らは、高市首相が女性でありながら男性優位の既成秩序(伝統的な男社会)を脅かさない「保守派のマッチョなリーダー」である点に魅力を感じている。 この「女性活躍のロールモデル」と「保守的なマッチョ」という矛盾するイメージの多面性こそが、全く異なる二つの集団を同時に引きつけ、安定的な支持連合を形成していると指摘する。さらに、前者の支持は「女性」という首相自身の属性に基づいているため、政策や政治姿勢がどれほど批判されても揺らぎにくい。これが小泉純一郎元首相や安倍晋三元首相ら過去のリーダーとの決定的な違いである。 大澤真幸「推し活という政治」(『世界』8月号)は、複数政党制に基づく民主主義の機能障害に注目する。現代日本においては、政党が複数存在するにもかかわらず、「どの政党によっても、自ら(の意見)が代表されてはいないと感じる人」が多数を占める。「多くの人が複数政党制の代表メカニズムから疎外されていると感じている」のだ。 一方で、そのような人たちは、自分の思いや意見を明確に自覚できておらず、それをあえて言語化すると、どこかの政党が主張している政策と重なってくる。しかし、それでもなお私たちは自分の思いはどこの政党にも代表されていないと感じ続けている。 こうした状況下で行われた2月の衆院選では自民党が大勝し、野党が壊滅的な敗北を喫した。しかし、これほど明確な選挙結果にもかかわらず、公約の支持や拒絶といった明快な原因は見当たらない。信頼できる意識調査の結果によると、日本人の平均的な政治イデオロギーのポジションは、高市首相の政治ポジションよりも、かなりリベラルであり、選挙結果との大きなずれが見られる。 ここで大澤が注目するのは、「自分は代表されていない」と感じている人たちが、なぜか高市首相には「自分たちを代表している」という感触を得たと思われる点である。政策も考え方も一致しないにもかかわらず、多くの人たちが高市首相に自己の思いを投影しているのだろうか。この幻想としての高市早苗をめぐる現象を明らかにすることが、高市人気の構造を解く鍵であり、大澤はここから「推し活」のメカニズムに注目して分析を進めている。 厳しい追及には答えたくない。議論を尽くす合意形成は面倒くさい。英語でのコミュニケーションは苦手だけれども、できているように見られたい。 そんなあり方は、旧来の男性政治家であれば批判の対象になったはずだが、高市首相の場合、批判が盛り上がらない。むしろ、共感すら得られているように見える。 ここに多くの人が「自分たちを代表している」と感じる要素があるとすれば、問われているのは、私たち自身の自画像なのではないだろうか。高市人気は、単なる政策論ではなく、社会現象として捉える必要がある。<なかじま・たけし> 2026年7月29日 東京新聞朝刊 7ページ 「論壇・時評-高市内閣 高支持率の『なぜ』」から引用 高市早苗を支持する層というのは、「女性の社会進出の象徴だから」という中高年女性と、「男性優位社会の秩序をそのまま維持していく」という固い意志をもつ女性だから安心して任せられるという保守的な男性グループだ、という「分析」は、なるほど、そうかと納得がいきます。しかし、「厳しい追及には答えたくない。議論を尽くす合意形成は面倒くさい。」というのは、厳しい追及にうっかり応えると自分のしでかした悪事がバレるからであり、「議論を尽くす合意形成」などという議論を始めれば、それまで自分が不正に得た「利益」が全部明るみに出てしまうから、そんなことはしたくないのだから、そういう問題は「しかたがないね」などと言わずに徹底追及するべきなのだと思います。
2026年08月20日
悪人同士が争いごとを始めると泥仕合になるという典型的なケースが福岡県議会で演じられていることについて、元文科官僚の前川喜平氏は7月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 福岡県議会で吉松源昭県議が告発した議長職をめぐる現金授受疑惑。渦中の中尾正幸副議長は24日議員辞職したが、疑惑の本丸は「福岡県議会のドン」蔵内勇夫議長だ。「トカゲのしっぽ切りと言われるかもしれませんよ」と言う中尾氏に「君はガラパゴスの大トカゲだ」と応じたという。 蔵内氏は自民党福岡県連で会長退任後も隠然たる権力を握り、服部誠太郎知事の後ろ盾でもある。高額の海外視察が問題化しても平然と「海外旅行は続けます」と言い切る。日本獣医師会会長で世界獣医師会会長でもある蔵内氏は県政への影響力を使って、人と動物と環境の健康が一体だという「ワンヘルス」事業を進めている。「日本で一番悪い男と言われている」とは本人の弁だ。 加計学園問題では、麻生太郎氏(当時副総理)を通じて獣医学部新設の阻止に動いた。子息の謙氏は、古賀誠氏に近い林芳正氏(当時参院議員)の秘書を務め、2016年の衆院補選で古賀氏と麻生氏の支援を得たが、武田良太氏や菅義偉氏(当時官房長官)の推す鳩山二郎氏に敗れた。 吉松氏の告発の狙いは蔵内潰しだろう。6年前のことを今ごろ暴露した裏側には福岡県保守政界の権力闘争があると思う。誰と誰が敵か味方か僕にはさっぱり分からないが、権力闘争で悪事が露見するなら歓迎だ。大いにやってくれ。(現代教育行政研究会代表)2026年7月26日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-権力闘争で露見する悪事」から引用 巨額の県予算を使って「海外旅行」をする福岡県議会の自民党議員団を率いる蔵内勇夫は、自他ともに認める「悪人」で、新聞で批判されても、「議員の海外視察について、いくら以上の予算を使うなという法律があるわけではないから、必要な額を使って何が悪い」というわけで、開き直っているらしいが、ある程度新聞に取り上げられて、「これは百条委員会で審議するべきだ」という動きが出たのも束の間、「百条委員会設置に対する議決」をする予定で招集された議会で、自民党議員が「議決反対」の緊急動議を提出して、あっと言う間に「百条委員会」に関する審議はしないこととなって散会することになったのは、実に呆れた事態でした。想えば、加計学園問題の片一方の悪者は、あの安倍信三であった時代のことなども、懐かしく思い出されます。
2026年08月19日
戦前も戦後も、戦争を甘く見る人間が一定数存在する日本人社会について、神戸女学院理事長で凱風館館長の内田樹氏は7月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 戦史研究家の山崎雅弘さんが『戦争を甘く見る空気』という新刊を出した。「戦争を甘く見る空気」というのは現代日本の薄っぺらで、上ずった気分を見事に言い当てていると思う。 1990年代、戦中派の人たちが鬼籍に入って、戦争の実相を語る人が姿を消すと同時に「歴史修正主義者」たちが登場した。戦争の反省を「自虐史観」と罵(ののし)り、「あれはアジア解放の戦争だった」とか「南京大虐殺はなかった」とか言い出した。 確かに客観的な歴史的事実を確定することは難しい。だが、「蓋然(がいぜん)性の高い学問的推理」と「主観的妄想」の間には天地の差がある。その程度の差を「所詮(しょせん)は程度の差にすぎない」と軽んじるのがポスト歴史修正主義の風儀である。 ◇ ◆ ◇ 今回の皇室典範をめぐる国会審議でも、「皇紀2686年」とか「2600年続く皇統」というような「主観的妄想」を平然と口にする国会議員たちがいた。 歴史学が示す学問的推論と自分の選んだ「物語」は彼らにおいては等価なのである。「私は私の物語を信じる。あなたはあなたの物語を信じればいい」というのが彼らの(一見すると)公平な構えである。なんと民主主義的な態度ではないか。後はどちらの物語の信者数が多いかを競うだけである。信じる人間の頭数の多い方が「支配的な物語」になる。国民の過半数が喜ぶ物語は「よい物語」、国民に反省や自己点検を求めるのは「悪い物語」である。この「ファクトを甘く見る態度」が「戦争を甘く見る空気」を醸成している。 山崎さんによると「戦争を甘く見る」ことの際立った特徴は「戦闘」と「戦争」の違いを無視することにある。 「戦闘」とは「数人から数百人の兵士や戦闘員が交戦する、短期的かつ局所の戦術的交戦」を意味し、「戦争」は無数の戦闘とそれ以外の要素(国力、経済力、外交関係)によって構成される「戦略的な概念」である。いわば、戦争とは戦闘を俯瞰(ふかん)する視座に立つことである。 今の日本で軍事について語る人のほとんどはミサイルとか潜水艦とかいう兵器の話以上のことを語らない。そういう兵器で「どう戦うか」は語るが「どうやって戦争目的を完遂するのか」については誰も語らない。俯瞰的視野は誰も持っていない。 ◇ ◆ ◇ 東京裁判の戦犯たちはほぼ全員が戦争責任の引き受けを拒んだ。自分は戦争を始める気がなかったと口々に証言したのである。「他に択(えら)ぶべき途は開かれていなかった」と平然と主張したことに検察官キーナンは驚愕(きょうがく)した。何と大日本帝国戦争指導部は意に反して戦争に追い込まれたのである。だから、戦争目的がなかった。達成すべき理念もヴィジョンもなかった。いかなる条件が整えば戦争を終えるのかも知らなかった。 この点については今、日本を「戦争ができる国」にしようとしている人たちも変わらない。「我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応する」という以外の説明を私は聴いたことがない。そうやって戦争を始めて、敗れたら何が失われ、勝てば何が得られるのか、それについての俯瞰的な見通しを私は一度も聴いたことがない。 今、戦争を甘く見る人たちが戦争を始めようとしている。そのことをもっと恐れるべきだ。2026年7月26日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-戦争を甘く見る空気」から引用 かつて戦争指導をした大日本帝国政府と陸海軍幹部は「戦闘」と「戦争」の違いを無視し、どの「目的」を達成したら戦争を終わらせるという目算もなく、ただ漫然と兵士を戦場に送り戦闘を継続させるだけだったとは、呆れるほかありません。その上、現代の日本で、近隣諸国が軍備を増強しているからと言って、こちらもそれに見合う武装をするべきという発想は、平和な社会に「危機」を招き入れるだけの無意味な考えであることを、私たちは指摘するべきです。弓矢や鉄砲・大砲などで戦争をする時代と違って、核兵器は最終兵器ですから、これを持って戦争を始めれば、日本列島のような狭い島国の国民は、居住可能面積を失って滅ぶしかありません。したがって、日本は憲法が示すように、国際間の問題解決には武力を使わず、平和外交によって共存共栄の道を切り開く、という方針で進むべきだと思います。
2026年08月18日
政府と自民党は事前協議の「国民会議」では一言も議論がなかった「旧11宮家の養子に男子が誕生した場合は皇位継承権を認める」という条項を勝手に潜り込ませるという「騙し討ち」という手を使って、身勝手な「皇室典範改正法案」を国会に提出したことに因んで、朝日新聞コラムニストの吉田純子氏は2日付同紙に、次のように書いている; 何だか煙(けむ)に巻かれたような気がしている。皇室典範改正にかかる議論のことだ。「伝統」という概念があまりにも雑に、乱暴に扱われたまま法案が可決・成立してしまった。 「男系継承」を主張する与党は「神武天皇の即位以来、2600年以上にわたる皇室の伝統」を正当性の根拠とした。一方、思想史の専門家は「男系を絶対視するのは明治期に整えられた伝統」と反論した。 そもそも「2600年の皇統」自体、確実な証明は不可能だ。神話を「錦の御旗」にして突き進んだ政府に、国民の多くが自分たちの心を蔑(ないがし)ろにされ、強引にねじふせられたような居心地の悪さを感じている。 * 「伝統」を前に思考停止した時代を、日本はすでに経験済みだ。紀元2600年とされた1940年、政府は国を挙げて記念行事を企画。祝祭を彩る管弦楽作品を6カ国に委嘱した。米国は日本との関係悪化を理由に断った。5カ国が大作曲家に白羽の矢を立てた。ドイツはリヒャルト・シュトラウス、フランスはジャック・イベール。英国は26歳のベンジャミン・ブリテンを指名した。 ブリテンが日本に贈った曲のタイトルは「シンフォニア・ダ・レクイエム(鎮魂交響曲)」。反戦への祈りを込めたと作曲者自身が語っている。強烈なティンパニの打音で幕が開く。深い内省の後に訪れる、命の躍動。祝祭感あふれるクライマックスを経て、永遠を想起させるニ長調の安寧の響きが訪れる。名曲だ。 しかし、日本政府はこの作品の演奏を拒んだ。レクイエムという素材が祝賀の催しにはふさわしくないとし、「遺憾」と述べた。この曲に両親への追悼の思いも込めたとブリテンが語ったことも、個人的な事情とみなされ、政府の不興を買った。 ブリテンは、日本を恨まなかった。56年に来日し、自らタクトをとり、NHK交響楽団と「シンフォニア・ダ・レクイエム」の日本初演を叶(かな)えた。その折、ブリテンは能の「隅田川」を観(み)て、日本の伝統文化に開眼。「隅田川」の舞台を中世の英国に置き換えたオペラ「カーリュー・リバー」を64年に発表した。 平和主義を貫き、徴兵を拒否した。同性愛者でもあったことから、蔑(さげす)みの目で見られることもあった。しかし、ブリテンは集団心理による暴力を人間の本質として受け止め、社会的弱者の痛みを引き受け、憎しみの連鎖を断ち切った。合唱付きの大作「戦争レクイエム」も書いた。深い孤独に耐えたことへの神の恩寵(おんちょう)の如(ごと)く、ブリテンの音楽は、年を重ねるほどに純度を増していった。 * さて、演奏会はどうなったか。4カ国の4人から贈られた作品が、山田耕筰らの指揮で世界初演された。国の威信を懸けたお祝いを諸国も寿(ことほ)いだ。ヒトラーも祝辞を寄せた。 一方で、国民は長引く日中戦争に疲弊していた。紀元2600年を機に開催予定だった五輪と万博も、2年前に事実上の中止が決定していた。国際社会の真ん中で咲き誇るふりをしながら、国は大政翼賛をうたい、国民に鞭(むち)を入れ続け、そのまま太平洋戦争に突入した。「紀元2600年」という権威のメッキは、この時、すでに剥がれていたのだ。 伝統は、人間性とともにある。時代とともにしなやかに形を変え、過去から未来へと継がれてゆく精神の型である。ブリテンは今年、没後50年。寛容さと利他の心の連係が、真の伝統を培う。そんな内なるメッセージに今こそ強い光を当てたい。2026年8月2日 朝日新聞朝刊 13版S 3ページ 「日曜に想う-真の伝統培う、寛容さと利他の心」から引用 1940年を「皇紀2600年だ」などと言って祝祭のための管弦楽の作曲を依頼した6か国とは、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、ハンガリーの6か国である。さすがにアメリカは、日本の中国侵略を快く思っていなかった関係で、そんなお祝い事に加担する気は全然なかったらしいが、イギリスやフランスが協力的だったとは意外に思いました。しかし、そんなことは置いといて、日本人は一度「皇紀2600年」に騙されて悲惨な戦争に引きづりこまれた経験があるのに、80年後にまたぞろ「皇紀2600年」を吹聴する自民党員に騙されて、皇室典範の改悪を認める羽目になっている。同じ失敗を繰り返すことなく、そろそろ目を覚まさなければならない時期だと思います。
2026年08月17日
能力がない上に根性が悪いときたのでは、周囲の補佐官がどんなに辛い思いをするか、毎日新聞特別編集委員の伊藤智永氏は7月25日付同紙コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相に仕える政府高官がぽつりと漏らした。 「考えるのがつらい」 言葉はそれだけだが、前後の会話から察するに、のみ込んだ一言は「総理のことを」だった。 そんたくの少ない別の高官に水を向けると、こういう解説になる。 「そんなことも分かってないのって驚かされることが多く、知っているつもりでも目配り不足で間違っているのに、資料読むだけで誰の説明も聞かないから」 国会が終わる。通常国会は召集日に「私を選んで解散」のため1日で閉幕。選挙後に召集された特別国会が約5カ月続いた。 手続き以上に異常だったのは中身だ。何せ行政府の長が国会に出たがらない。議論を嫌い、一方的に話すか、ごまかす。議会の慣例を無視し「首相の命令や」でゴリ押ししようとする。批判には「私寝てないの」「家事も大変」「体が痛い」とSNSで愁訴する。 型破りな行状は人柄か能力か。周囲は「両方難あり」と口をそろえるが、低落気味でも依然高い支持率におびえ、言葉をのみ込む。省庁・閣僚・党役員人事が近いだけに、なおさらだ。 自民党職員が昔「条件の不利な自分はウソをついてもいいと信じている人」と形容していた。 それを思い出したのは、ネットのニュース番組で田中真紀子元外相が、1993年初当選同期としての思い出を語っていたからだ。32歳と49歳で議場席は隣同士。ある日、トイレで高市氏に呼び止められ、言われたという。 「なぜ政治家になったの。あなたは角栄さんの娘だからだろうけど、私はそうじゃないのよ」 「あなたと私は違うんです」。そう宣言されたと田中氏は受けとめ「アホか」と思ったが、むき出しの若き野望はSNS選挙の時流に乗り、権力を極めた。 今国会の目玉となった国旗損壊罪創設や皇室典範改正の衆院本会議採決で、くたびれた顔のおじさん議員に囲まれ、高市氏は一人感無量の面持ちでほほ笑んでいた。あの一種異様な笑みを、人柄や能力で理解するのは難しい。 日の丸と天皇制。戦争の記憶と結びつく国の二つの象徴は、戦後日本を築く上で日本人が自らを省みる戒めとなり、軍事タブーのフィルターでもあった。 二つの象徴を「戦後の呪縛」から解き放ちたい。先には憲法がある。野望を抱き続けるには、大きな物語も必要だったのだ。 それを無邪気な「サナエ推し」がもり立て、健康な議論を封じているなら、そこには紛れもない政治責任が伴う。(専門編集委員)2026年7月25日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-サナエ推しの政治責任」から引用 この記事は、一応高市批判の内容となっているが、私は「まだ甘い」と思います。むかし自民党職員が「条件の不利な自分はウソをついてもいいのだと信じている人だ」と形容していたとのことであるが、それは現在の彼女にも言える状態なのだと思います。世論調査に現れる高市支持層を「無邪気なサナエ推し」などと表現してますが、それはもしかしたら、内閣機密費を「スマホ農場」につぎ込んで野党候補者を誹謗中傷した結果で得られた「衆議院議席3分の2超」によるもので、「政治責任」どころか「刑事責任」を問わなければならない事態なのかも知れないという「観点」から、問題を追及する使命が、報道機関にはあるのではないかと思います。
2026年08月16日
総理大臣官邸で毎晩、資料の読み込みやメール対応、その他風呂掃除、洗い物、洗濯と忙しいので寝る暇もない、と投稿した高市首相について、文筆家の師岡カリーマ氏は、7月25日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「就任以来、0時間~3時間睡眠が常態化」という首相の投稿は、まさに睡眠不足が判断力をいかに鈍らせるかを如実に物語る。資料を読み、メール数千通に対応し、風呂掃除・洗い物・洗濯からインナーのアイロンかけなどの家事をするともう寝る時間などないという内容。大病院初の女性院長が患者に、大企業初の女性社長が部下や顧客に、同じことを言ったら、不平か自己陶酔と取られ、「じゃあ辞めたら」とひんしゅくを買うことは誰でもわかる。だから怖くて、とても言えない。 本来は同僚や家族や友人に求めるべき類いの労いの言葉を、国民に求めてしまったのだろうか。透けて見えた肯定感への渇望が痛々しい。一般世論とサナ活世論はまったく別の生き物である。 首相は気の毒だ。「セルフケアも能力のうち」が常識になった今の時代に、体を壊すほど働くのが美徳だという古すぎる価値観に縛られ続けるのは、しんどいだろう。 首相が公表した昨年の所得なら、プロの家事代行を頼める。メール対応の助手も雇える。「仕事が大変でも、主婦は手を抜かず自分で家事をするべき」と国中の女性にプレッシャーをかけるような投稿はリーダーにそぐわない。「過労ごときで人は死なない」とも取れる自己アピールも配慮に欠けた。睡眠不足で判断力が低下していたなら問題だ。違う理由ならもっと問題だ。(文筆家)2026年7月25日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-首相が気の毒」から引用 この記事が指摘するように、責任ある地位にいる者が「アタシはこんなに大変だけど、でも頑張ります」などと言い出せば、「そんなに大変なら辞めたら?」と言われるのが普通と思います。しかし、総理大臣ともなれば、よほどの不祥事でもない限りは、「辞めろ」という世論が沸き起こることは、ないと思います。その辺のことは、高市氏もしっかり計算に入れた行動なのだと思います。しかし、その「計算に入れたはずの行動」も、実際には何か「勘違い」が元になっている可能性が濃厚の雰囲気があり、高市氏の「価値観」は昭和時代のもので、その「昭和」も戦前の「昭和」のように思われます。本人は、今はそういう時代ではないということが、全然わかっていない。ところが、サナ活世論はそういう高市氏を「健気だ」ということで評価しているのですから、高市氏の狙いは的中している。この記事がいうように「体を壊すほど働くのが美徳」というのは、古すぎる価値観ですが、高市氏の計算高いあの性格からして古すぎる美徳に縛られて体を壊す、などと言うことは全くの「杞憂」に過ぎないと思います。
2026年08月15日
高市首相は記者会見を極力避けようとする半面、「X」には頻繁に投稿するのであるが、その内容がいろいろと、物議を呼んでいることについて、7月25日付東京新聞は次のように報道している; 高市早苗首相のX(旧ツイッター)が波紋を広げている。「0時間~3時間睡眠が常態化」と多忙さを強調した投稿に「寝てないアピールは昭和の価値観」などの批判が相次いだ。交流サイト(SNS)を通じた政治家の発信が影響力を持つ今、「頑張ってる感」をアピールするなら、どうすべきか。(太田理英子) 「成長戦略に向けて、半端ない情熱」「数千通も溜まってしまったメール処理」。そして「久々に5時間も睡眠を取れた」「0時間~3時間睡眠が常態化」。 3連休最終日の20日夜、高市氏はXにこんな様子を書き込んだ。「お裁縫(スカートの裾のほつれのまつり縫いやジャケットの緩んだボタンの補強)」の処理、「アイロンかけが下手で時間がかかる」とのエピソードまで披露した。 「寝てないアピール」は先月の国会でも。秘書の疑惑を巡る質問への答弁を拒んだ際、「金曜日の夜から今朝までほとんど睡眠も取っていない」と訴えた。 今回の投稿を巡っては、時代錯誤を指摘する書き込みや体調を案じるコメントが相次いだ。東日本大震災の際に官房長官として対応に当たり、SNS上で「枝野寝ろ」という言葉を向けられた元衆院議員の枝野幸男氏も「こうした判断力で外交などにあたられて大丈夫なのか」とつづった。 「文字の圧迫感がすごい。精神的余裕のなさが伝わり、息苦しくなる」 そう感想を漏らしたのはコラムニストの辛酸なめ子さん。「支持率低下が指摘される中、頑張っているという心の叫びかもしれないが、昭和の感覚」。強いリーダーだと打ち出したいならむしろ「無敵感、万能感を出してみては」と話す。 一方、政治家のSNS活用に詳しい慶応大大学院の田代光輝・特任教授(情報社会学)は「歴代首相を見ても、激務なのは事実。従来は滅私奉公が美徳とされてきたが、働き方と体力のバランスは大切で、高市首相が踏み込んで『本音』を明かしたことは意味がある」と評する。 政治家がSNSを用い、政治哲学や人間性を表したり、有権者との対話の場にしたりするのは、各政治家のポリシー次第と説いた上で、「首相が特にやってはいけないのはうそをつくこと」とクギを刺す。 たとえ激務だとしても、3時間睡眠の伝説があるナポレオン並みの短時間睡眠は心配になる。医療の専門家も危惧の声を上げる。 医師の木村知さんは「睡眠不足では判断力や集中力が下がり、飲酒による酩酊状態と同レベルになるとの研究論文がある」と指摘。「熟考できない状況では、国会などで不適切発言をするリスクがある」とし「こうした投稿が逆効果になると自覚していないのも既に判断ミスでは」と語る。 コミュニケーション戦略研究家の岡本純子さんはかねて高市首相の話し方を注目してきた一人。「今の政治家に重要とされているのは親しみやすさ。高市さんは庶民感覚をアピールし、笑顔や話すストーリーにも戦略性がある」とし、国民的人気アニメの主人公になぞらえて「早苗さんのサザエさん戦略」と名づける。 SNSでは生活の細部を書く傾向がみられたものの「今回は必要のない情報を入れ過ぎて逆効果になった。自分の発信力を過信し、人気にあぐらをかいているのでは」と読み解く。 では、どんな発信を心がけるべきか。 岡本さんは、危機管理のための発信を指導するブレーンが必要だとしつつ「高市首相の投稿は、言葉遣いそのものが令和の時代とずれている。時代の感覚、言葉をアップデートし、受け手の心情に寄り添うことが大切」と求めた。2026年7月25日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「高市首相『寝てない』投稿が物議」から引用 高市氏が「ほとんど寝てない」などと凄んだのは、例の総裁選のときに小泉議員やその他の候補を誹謗する動画を「スマホ農場」に作らせて、何度も閲覧させた事件の説明を求められて、その追及をかわすための「一喝」だったのであるが、それが効果を発揮して、あの中傷動画の件はいまだにウヤムヤになっている。他の発言者がいうように、高市氏の言葉遣いや表現の仕方は、どこか昭和の匂いが漂い、令和の時代の雰囲気からはかなりズレているように感じるのは、多くの国民が認める所であり、表現の仕方が拙劣であるのは誰もが認める事実であるが、しかし、だからと言って彼女に「時代の感覚、言葉をアップデートし、受け手の信条に寄り添って」ほしいとは、私は全然思わないし、もう彼女は「中身が空っぽ」の人物であることが判明したからには、さっさとより有能な人物と交代していただくのが最善の策というものだと思います。
2026年08月14日

角川新書「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」について、讀賣新聞特別編集委員の橋本五郎氏は7月19日付同紙に、次のような書評を書いている; 「シベリア抑留」の陰でこれまでほとんど知られることがなかった「モンゴル抑留」。しかし、第2次世界大戦後、1万4000人の日本人がモンゴルに連行され、約1700人が命を落とした。今なお約200人の身元が特定されていない。この書は知られざるモンゴル抑留の真実に、全身で迫った「魂の書」である。 モンゴル抑留は満州侵攻を助けてくれた見返りに、ソ連が自軍の確保した日本人捕虜をモンゴルに提供したことで生まれた。ソ連軍は目標にした数を確保するため、軍人だけでなく無差別に「日本人狩り」を行った。その結果民間人の割合は1割を超えた。劣悪の環境のため抑留者の死亡率はシベリア抑留を凌(しの)いだ。 にもかかわらず、日本政府は誠実に対応したのか。シベリア抑留のような抑留者に関する外交文書は全くない。身元特定のための職員派遣も2018年になってからだ。抑留者は母国に見捨てられてきたのだ。その国に代わって著者はモンゴル諜報(ちょうほう)機関の門をこじ開け、公文書館に足を運び、1600人以上の抑留者の死亡記録を持ち帰った。全国を回って遺族を捜し出し記録を届ける「死亡記録配達人」となって、11道府県の抑留者20人の遺族に届けた。 取材し、報道すればそこで一応終わる。それが記者の常だが、何かそこまで著者を駆り立てたのか。何よりも国の「不作為の罪」への怒りだった。知った者の務めとしてあなたたちのことは忘れません、という自責を込めた覚悟にほかならなかった。その意味でも「鎮魂の書」なのである。著者は抑留者の名前を一人一人、ふりがな付きで明らかにしている。「歴史は、個々の人間の人生の積み重ねである」という歴史観のもとで、大河のような歴史の中に一人一人の人生を織り込みたいと思ったからだ。 同じジャーナリストとして、同じ一人の人間として、その崇高なまでの使命感に、読み終わってしばし頭(こうべ)を垂れざるを得なかった。井手裕彦著「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」(角川新書)1320円<いで・ひろひこ> 1955年、福岡県生まれ。ジャーナリスト、元読売新聞記者。著書に『命の嘆願書』。2026年7月19日 讀賣新聞朝刊 12版 10ページ 「国家の不作為の罪 問う」から引用 私が就職したのは、戦争が終わって25年くらい経ったころで、その会社の一年先輩の方は、自分の父親は敗戦のときにソ連軍の捕虜となってシベリアへ抑留されて、早めに帰国できたので自分が生まれたのだ、というような話をしてくれたのでした。シベリア抑留は人数も多かったせいか、政府も無視するわけにはいかず、それなりの保証のようなことをしたようであるが、モンゴル抑留者には何の手当もなしというのは、いかにも片手落ちである。せめて一人でも多くの国民に、戦争被害の実態を知ってほしいものである。
2026年08月12日
国民世論をまったく無視して自分たちの価値観にのみ基づいた悪法を次々と成立させる高市政権について、7月19日付「しんぶん赤旗」は「高市政権 ろくに審議せず悪法次々」と題した批判記事を掲載したが、その中でも「国旗損壊処罰法案」については、山添拓議員の発言を引用しながら、次のように批判している; 表現の自由を踏みにじる違憲立法の国旗損壊処罰法案を、自民・維新の与党は国民民主、参政を取り込んで今国会で成立させる構えです。日本共産党の山添拓議員は9日の参院内閣委員会で、同法案が個人の内心に踏み込み、国旗尊重を刑罰で強制し、表現の自由を制限するとともに処罰対象を際限なく広げる違憲の法案だと告発し、廃案とするよう求めました。 処罰を行う狙いについて、法案発議者である維新の議員は「愛国心も醸成されていく」とのべています。山添氏は「内心に踏み込み、愛国心を抱けと求めていることは重大だ」と断じました。 国家の象徴の国旗を用いて政府に対する批判・抗議を表現することは当然考えうることです。一方で、法案は表現活動ではない国旗損壊は罪としておらず、処罰対象は必然的に表現活動となります。山添氏は「本質的に表現の自由を制限する立法だ」「政治的言論をターゲットにしている」と批判しました。 1999年の国旗国歌法制定時に政府が国旗尊重義務の規定や侮辱罪等の創設は考えていないとしていたのと矛盾し、特定の価値観を「刑罰で強制しようとしている」と追及しました。 発議者の自民議員は「内心に反する特定の行為、行動を強いるものではない」と説明。しかし山添氏は、法案は「人に著しく不快・嫌悪の情を催させる」ことを処罰対象としており、恣意(しい)的な判断で際限なく広がると告発しました。 法案は、犯罪に当たるかの判断は「行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行う」と規定。捜査当局がいかようにも判断できる仕組みになっています。同様の文言を置く刑罰法規の例はあるかとただすと、発議者は「ない」と認めました。山添氏は、表現の自由を刑罰で禁じるのは「民主主義とは相いれない」と厳しく批判しました。 14日の同委員会で参考人質疑があり、学者から、どんな行為が刑罰で処罰されるか明確でなければならないとする「罪刑法定主義」(憲法31条)と真っ向から対立するといった懸念が示されました。 同法案について、日本弁護士連合会会長や刑事法学者ら140人超が反対の声明を発表しています。2026年7月19日 「しんぶん赤旗」 日曜版 5ページ 「高市政権 ろくに審議せず悪法次々」から「愛国心強制、民主主義と相反」を引用 国旗損壊処罰法案を審議する祭に、法案発議者である維新の議員は「この法案を成立させることによって、愛国心も醸成される」と発言したとのことであるが、語るに落ちるとはこのことで、法律によって国民に愛国心を強制することは、明らかな憲法違反である。1999年に国旗国歌法を制定した当時、条文は単に「国旗は日の丸とする」とするだけで、その他の余分な文言は一切なかったのは、法律をもって国民に愛国心を強要するようなことがあってはならないという、当時の与野党の議員に共通の認識があったからで、その当時の議員に比べると、現代の議員の質はかなり低下しており、憲法の精神というものを全然理解できていないことが分かります。野党には、憲法に精通した優秀な議員がいくらでもいるのに、与党には憲法の趣旨を理解できていない世襲議員ばかりで、カネに汚く、何か問題があればすぐ秘書のせいにするような低レベル議員が多いのは、国民としてなんとかしなければならない問題です。
2026年08月12日
世事に疎い私は、今年のワールド・サッカーは「アメリカ大陸」で開催されたなどと思っていたが、正確には「米国・カナダ・メキシコ」の3カ国共同開催と表現するものであった。その「サッカーW杯」に於けるアメリカとカナダの「多様性・公平性・包括性」に対する「対応の違い」について、中央大学教授の目加田説子氏は7月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 米国・カナダ・メキシコの3力国共同で開催されたサッカーのW杯。熱戦の連続で沸くカナダを先月、訪れた。異なる歴史と三つの言語(英語・仏語・スペイン語)が母国語の地域での共同開催であり、多様性・公平性・包括性(DEI)の大切さを世界にアピールする絶好の機会だった。だが残念なことに、トランプ米政権による入国制限などで、「サッカーは世界を一つにする」という国際サッカー連盟(FIFA)の理念がむなしく映る場面もあった。 そんな中、「南の隣国」とは対照的に、DEIを推すカナダの姿が印象に残った。とりわけ市民社会が率先して難民受け入れや先住民との共存を目指す姿に進取の気風がうかがえた。 興味深い制度の一つに、18歳以上のカナダ市民または永住者が共同で難民受け大れを支援する「グループ・オブ・ファイブ」がある。隣人や友人5人以上が一定の資金を確保できていれば、難民呼び寄せの申請ができる。資金は個人拠出でも良いが、寄付や募金を集めてもいい。 受け入れが決まれば、呼び寄せたグループが1年間にわたって家賃や食費、衣服、光熱費の支援、医療機関の紹介や保険加入、学校手続きの手伝い、さらには英語学習や就職活動、心理的サポートを含む幅広い支援を続ける。 ◇ ◆ ◇ 制度の発端は1970年代後半にさかのぼる。ベトナム戦争後の社会主義体制を逃れて数百万人の難民が小舟に乗り、「ボートピープル」として漂流した。カナダでは「政府だけでは十分に難民を敘えない」として、市民が直接スポンサーになれる制度の整備を多くの市民が求めた。 カナダの受け入れ枠は最終的に5万人に達したが、うち約2万1千人は市民による受け入れだった。 制度の特徴は、前記の資金を含めて支援を実施するのは地域住民という点だ。アフガニスタンやシリア、チベットなどの難民を迎え入れてきた女性は、「スポンサーになった人たちと難民家族がその後も長い友人関係を築くこともある。仕事の都合で転出していく人もいるが、新しい生活を始める最初の足場を提供してくれ、困ったときに支えてくれる人がいるのは大きな意味がある」と語る。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から世界で最も成功した難民受け入れ政策の一つと評価され、86年にはカナダ国民全体に対して「ナンセン難民賞」が授与されている。国家ではなく「国民全体」に授与されたのは、現在まで唯一の例だ。そしてこのカナダ型制度は、その後ニュージーランドやスペイン、英国等でも導入されるようになった。 ◆ ◇ ◆ カナダでは2008年、国家が先住民と共に「真実と和解委員会」を設置した。先住民が受けてきた差別や不平等を含む歴史問題に向き合い、それを是正することを目指してきた。現在では、幼稚園から「教室の中で自然に先住民についての知識とふれるよう工夫している」という。その根底には、先住民以外はみんな移民だとの意識がある。 カナダのDEIへの取り組みにも紆余曲折あり、失敗体験も少なくない。だが、理想を追い求めない限り、理想には近づけない。サッカーW杯に集まった世界各地の人々と接しながら、南の隣国とは別世界の社会があることを頼もしく感じた。2026年7月19日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-DEI:『南の隣国』とは別世界」から引用 FIFAは下部組織に営利目的の「子会社」を設立する計画を発表して、欧州サッカー連盟から「それじゃ試合には参加できない」などと言われたりして、このところ評判がよろしくないのだが、元はと言えば「サッカーは世界を一つにする」という崇高なスローガンを掲げた立派な団体だったのであり、トランプ氏のご機嫌をうかがうようなことをし始めた頃から、様子がおかしくなったように思います。ベトナム戦争が終わって南北ベトナムが統一された時に、多くの「ボートピープル」が出たというニュースは知ってましたが、その多くがカナダに移動したとは、この記事を読んで初めて知りました。そう言えば、昔読んだ小説「赤毛のアン」に登場する人物の一人が「アメリカ人は金儲けのことしか興味がない」と言って批判するシーンを思い出しました。その時は、アメリカはまだ世界のリーダーとしての立場をしっかり堅持していた頃だったので、そのセリフを読んだときには、カナダの一老人の独りよがりのつぶやきに過ぎないと読み流したのでしたが、今となっては、あれは世の中の真実を見通した「根拠」に基づいた「発言」だったのだと、しみじみ思い返した次第です。
2026年08月11日
この度の国会で成立した「改正皇室典範」が憲法違反であることについて、その理由を前文科官僚の前川喜平氏は、7月17日付東京新聞コラムで、次のように論証している; 17日に成立した皇室典範改正は違憲立法だ。 国民の多くが支持する女性・女系天皇を認めないことは、男女平等の原則に反し、国民の総意でもないが、現行皇室典範がそうなっているので、それだけで憲法違反と主張することは難しい。 明確に違憲だと言えるのは「旧宮家」の「男系男子」という「門地」と「性別」による差別だ。これは14条に違反する。 もう一つの憲法違反は、2条が定める「世襲」を断絶させる点にあると僕は考える。 憲法学の定説は、1945年8月のポツダム宣言受諾により、天皇主権から国民主権への根本規範の転換すなわち「8月革命」が起きたと考える。旧憲法下で「統治権の総攬(そうらん)者」だった天皇と、国民主権の日本国憲法で「象徴」となった天皇は、名称は同じでもその地位は根本的に異なる。だから昭和天皇は日本国憲法下の初代天皇であり、今上天皇は第3代天皇なのである。 ならば「皇位は世襲のもの」とする日本国憲法2条の「世襲」の起点は、神武天皇でも明治天皇でもなく、新たに象徴天皇となった昭和天皇でなければならない。憲法2条は、昭和天皇の血統に属する者にのみ皇位を継承させるという意味に解すべきだ。養子の子を天皇にすれば昭和天皇の血統が断絶するから憲法2条に反する、というのが僕の説である。(現代教育行政研究会代表)2026年7月19日 東京新聞朝刊 12版 15ページ 「本音のコラム-今上天皇は第3代天皇だ」から引用 この記事は論理が明快で、説得力があります。憲法で「天皇の地位は世襲」と決めているのだから、「養子を迎えて、その子に皇位継承権を認める」というのは明らかに憲法違反となるのは、誰にも理解が可能と思います。戦前の「天皇の地位」と現代の「地位」はまったく異なるのですから、現在の「天皇制」は昭和天皇から始まったというのは、戦後の日本人には普通に理解できる「常識」ですから、「神武天皇」などという幼稚なおとぎ話から卒業して、目の前の憲法に定められた「現実の天皇制」について、日本人は自覚をもって「こういう皇室典範でいいのか?」という問題を考えていくべきだと思います。
2026年08月10日
この度のFIFAサッカー大会は南北アメリカ大陸で行われたが、このイベントについて文筆家の師岡カリーマ氏は、7月18日付東京新聞コラムに、次にように書いている; 前述の通りW杯はボイコットしているが、SNSを賑わす関連投稿は私のフィードにも入ってくる。特に印象的だったのは、ガザの人々が、初のベスト16に進んだ隣国エジプト代表の快挙に熱狂し、自国のことのように喜ぶ動画。政治的にはエジプトに失望して然るべきガザ市民が、サッカーでは同胞として応援する姿が感動を呼んだ。 「停戦下」で今も断続的に攻撃にさらされているガザの瓦礫の中に大画面を設置し、不安定な電力などの問題に対処しながら、住民がW杯観戦できるよう奔走した人がいた。エジプト政府系ガザ支援団体の現地幹部、ムハンマド・アルワヒーディ。エジプト対アルゼンチンの試合直前、ドローン攻撃で死亡した。 アルワヒーディの死が偶然の巻き添えではなく報復ではないかと臆測を呼んだのは、数日前にエジプト代表ハサン監督が対オーストラリア戦での勝利をパレスチナの人々に捧げ、「アラブ人であれ、欧州人であれ、米国人であれ、パレスチナの人々の痛みを感じない者は人間性の一部を失っている」と言って世界の無関心を批判したからだ。でも、巻き添えだったか標的だったかなど重要ではない。同罪だ。 大会開幕後、パレスチナ人サッカー選手サリーム・アルアシュカルが、ガザにおけるイスラエルの攻撃で死亡した。新婚で妻は妊娠中。FIFAは沈黙。(文筆家)2026年7月18日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-瓦礫の中のサッカー観戦」から引用 FIFAという団体は世界規模のスポーツ振興団体のはずなのに、世界規模のイベントを実行するとなるとそれなりに資金力も必要となるせいか、時々人々の不信をかうような事例が報告される。特に、アメリカにトランプ政権が出来てからは、そのようなニュースが多くなり、トランプ大統領に対し「世界平和に貢献した」というような名称の「賞」を贈ったり、今回の大会の最中に、アメリカ・チームがどこかと試合中に、アメリカ・チームの選手がペナルティを宣告された時、それをテレビで観戦していたトランプ氏は、その場でFIFAの本部だか会場だかに電話を入れてクレームをつけると、たちまちその選手のペナルティは「数日後まで保留」という判定になり、試合はそのまま続行という「あり得ない事態」になったのであった。FIFAは、スポーツの団体でありながら、そういう変なことを度々しでかす体質をもっているので、師岡カリーマ氏のように毛嫌いする人は多いのかも知れないが、つい最近ではそのFIFAが商業活動を専門に行う「子会社」の設立を計画していることが判明し、ヨーロッパ・サッカー連盟は「FIFAがそのような計画を永遠に断念しない限り、自分たちはFIFAの試合には二度と参加しない」と宣言したため、FIFAはどう対応するのか、見ものです。
2026年08月09日
昨日の欄に引用した毎日新聞の記事は、日本法制文化史が専門の京都産業大名誉教授、所功氏の談話も掲載している。所氏も、横田氏同様、高市内閣の詐欺的な「やり口」を厳しく批判している; 皇室典範改正の過程で分かるのは、男系男子限定による皇統維持を貫徹したいという政府の頑固な意図だ。背後には同様の思想で活動する人々の存在も見え隠れする。改正で、国民に寄り添い、国民から敬愛される象徴天皇制を存続できるのだろうか。「数合わせ」策に過ぎず、中身を置き去りにして不条理なシステムを長く固定することになる。 与野党が参加した衆参両院の協議は、女性皇族の配偶者や子を皇族とするか否か、養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めるか否か、といった争点の結論は先送りした。それによって何とか「立法府の総意」にこぎつけた。 ところが、改正法は養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めた。今の皇室で新たな男児が生まれなければ、一般国民として生まれ育った傍流の旧宮家の子孫に皇位が移る。これは「立法府の総意」を逸脱している。 側室を認めない現代社会で継承者を男系男子に限定する制度は皇室を苦しめ続ける。今の皇室の方々、そして養子夫婦にも、男児誕生のプレッシャーは重くのしかかる。 男系男子限定の継承は、父系(男系)を絶対視する古代中国の影響による慣習に過ぎない。日本では古代から近世にかけ、男性天皇を優先しても女性天皇を排除していない。この伝統に基づき、柔軟な考え方で皇室の将来を描くべきだった。苦しみの再生産が続く仕組みはいずれ、破綻せざるを得ないだろう。 成果といえば、女性皇族が皇室に残る道が開かれたことくらいだ。天皇や皇嗣を支える皇族の役割に男女の違いはない。改正を巡る議論の過程が報じられ、皇室の危機的な状況への国民の理解は少し進んだともいえるかもしれない。 しかし、象徴天皇制度はどうあるべきかという根本的な問題への関心や理解は十分ではない。これらが深まれば「男系男子限定主義」によって数だけ増やせば解決とする危うい方策の限界が見えてくるはずだ。 天皇陛下は特別な立場であると同時に、一般国民と同じく家庭生活を送っておられる。特に平和を大切に公務に励み、日本人として望ましい家族像を具現されている。 悩みや苦しみもあるはずだが、上皇さまが美智子さまと共に模索し続けてこられた皇室のあり方を、雅子さまや愛子さまと共に全身全霊で受け継ぎ、次世代へつなごうとされている。このような皇室の姿こそ、象徴天皇制度にふさわしい。 もちろん皇室に対してはいろいろな意見があっていい。ただ、皇室の方々のありのままの活動や現状を知ることから、皇室制度の議論を深めなければならないと考える。【聞き手・山田奈緒】2026年7月18日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「『貴族』生む養子策 憲法違反」から引用 この記事で所氏が主張しているように、政府は「立法府の総意」をまとめる方便として「女性皇族の配偶者や子を皇族とするか否か」「養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めるか否か」という争点は先送りしたにも関わらず、いざ国会に提出された「改正案」は、「養子皇族の子孫は皇位継承権を持つ」と明記されており、これでは「立法府の総意」を得るために議論した内容を逸脱した「結論」が書き加えられているのだから、野党議員は騙し討ちにあったようなもので、国民の総意とはまったく裏腹の「改正案」と言わざるを得ません。与党がこのような数に頼んだ「不正」を行うようであれば、やがて国民の間に「天皇制に対する疑問」が言われる時代になったとき、「2026年には、政府によるこのような『不正』があった」ということが取り沙汰されて、それがきっかけで世論が一気に「天皇制廃止」に傾くという結果を招くことになると思います。
2026年08月08日
全8084件 (8084件中 1-50件目)