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ぼっけもん です後ろ髪を引かれながらスイスと別れ、ドイツに入り、ノイシュバンシュタイン城へ。少し離れた谷間のつり橋から眺めましたが、橋の重量制限から、200人までとなっているようで、橋の手前に現在の人数が表示されていました(この時は191人でした)。超えたらアラームが鳴るのか試してみたかったですが...ネズミの国のお城のモデルになったとされる城ですが、ルートヴィヒ2世のわがままな指示で建設され、財政逼迫に繋がりました。しかしそのおかげで今では片田舎の街が観光で潤っています。彼が後世の街の繁栄まで考えていたのかはわかりませんが、彼の評価は時代とともに変わってきたかもです。この城の名前は新しい白鳥の石(Neu Schwan Stein)で、schwan は英語のswan(白鳥)と同じでシュバンと発音しますが、間違ってシュバイン(schwein)と発音すると豚の意味になってしまいますので注意が必要です。ぼっけもん でして
2024年05月29日
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ぼっけもん ですスイスのベルンから鉄道の駅グランデンワルドまで行き、アイガーエクスプレスというロープウェイで2333メートルまで上ります。そこから最高地点(3454メートル)のユングフラウヨッホまで登りました。さすがは鉄道王国スイス。富士山より高い場所まで楽ちんでたどり着けます。乗り継ぎで少し時間が取れたため高山病も予防できました。今回の旅行、ここまで天候に恵まれて来ましたが、展望台への最後のエレベーターを上る1分ほどの間に霧が押し寄せてきて、アルプスの乙女(ユングフラウ)、メンヒ、アイガーの頂上が拝めませんでした。それでも途中の氷河を眺め、アルプスの壮大さを感じました。また来ねば。ぼっけもん でした
2024年05月28日
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ぼっけもん ですベルサイユ宮殿、ルーブル美術館と並ぶ観光名所は見ておこうと、ノートルダム寺院の復興ぶりを見に行きました。火災現場から奇跡的に見つかった尖塔の風見鶏の設置も終わっていますが、工事はまだ続いていました。せっかくだからと、ここからセーヌ川の舟に揺られエッフェル塔へ。展望台へのエレベーターは長蛇の列を見て諦めましたが、近くには恋人たちが永遠の愛を誓ったはずの鍵の壁が。この後、凱旋門の螺旋階段を登ってバリの街を睥睨しました。ナポレオンも登ったのでしょうか。これでパリともお別れで、スイスの首都ベルンへ向かいました。ぼっけもん でした
2024年05月26日
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ぼっけもん ですパリ観光の目玉の一つがルーブルです。建設当時には賛否両論だったガラスのピラミッドも今では名物となっています。この日も観光客の長い列ができていましたが、我々は時間予約でさほど待たずに入れました。展示品が多すぎて限られた時間では全ては見られませんので、あらかじめ見たい作品の場所を調べで来て、それらを順に見て回りました。楔形文字が書かれた「ハムラビ法典」、エジプトで見られなかった「青いカバ」にようやく出会えました。「ミロのビーナス」は後ろからも見られておしりの割れ目も見ることができましたが、「サモトラケのニケ」は下から見上げる展示となっており、羽の表面を見下ろしてみることができす残念でした。ドラグロアの「民衆を導く自由の女神」は、修復が終わり、私達の訪問に間に合うよう5月初めから公開されていました。ルーブルでは若手育成を目的として作品の模写を許可しています。私も鉛筆画を描きたいと事前に問合せましたが、油絵ではなく鉛筆でなら許可は必要なく自由に描いて良いとの回答でした。許可される場合にはキャンバスの裏などにルーブルのハンコが押されます。実はこのハンコが欲しかったのですが残念です。模写する若手は人気がなく?静かに模写できる作品を選びますが、私は無謀にもモナリザに挑戦。のんびり模写できる余裕はないほどの混雑ぶりで早々に退散しました。ぼっけもん でした
2024年05月25日
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ぼっけもん ですモン・サン・ミッシェルからパリへ移動し、行く行く人はベルサイユの宮殿へ。入口の門は金ピカで、有名な「鏡の間」も期待していましたが、せっかくの鏡も曇っており、思ったほど豪華絢爛には感じすがっかりでした。整然と管理された庭園の一部はパリ五輪の馬術競技に使われるとかで工事が始まっていました。オリンピックは7月に始まりますが、パリの街なかでは一部に広告がある程度で、盛り上がりは感じられませんでした。どこかの万博のようです。ぼっけもん でした
2024年05月24日
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ぼっけもん です昨年から計画していた欧州旅行。これほどの円安になるとは予想できませんでしたが、予定通り決行。パリまでの飛行機とパリからノルマンディーまでのバスでの20時間以上の移動で、まず疲れました。旅行も元気でなければ楽しめませんね。出発前の天気予報は雨でしたが、日頃の行いの良さでしょうか、快晴に映える寺院を見学できました。オベール司教が大天使ミカエルのお告げを聞いてこの場所に寺院を建設したという伝説があります。司教は最初ミカエルのお告げを信じなかったため、ミカエルは次に司教の頭に指を当て、その場所に穴が空いていたことで、司教は夢を確信したのだとか。お告げを描いたレリーフと、司教のものだとされる頭蓋骨が残っていますが、それぞれの穴の位置が頭の前後で違っているような...名物のふわふわオムレツは、前夜に外のレストランでいただいてしまいましたが、中で食べると5000円で、円安を実感しました。ぼっけもん でした
2024年05月23日
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ぼっけもん です息子が母の日のケーキを買ってきてくれました。wife の日頃の貢献に家族で感謝です。近くの花屋さんにも長い行列ができていましたが、最近はカーネーション以外の花も人気なようでした。ぼっけもん です
2024年05月12日
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ぼっけもん です10年ぶりくらいで静岡県の三島にある古巣の会社を訪れました。高齢者を対象とした健康セミナーをやらせてもらいましたが、参加者は私よりご高齢で、90歳を超えた方もいらっしゃいました。セミナーは不要で、逆に私が秘訣をお聞きしたいくらいでした。三島といえば大社、ということでお参りし、会社近くの鮎壺の滝越しの富士山を眺め、名物の三島コロッケを頼みました。普段は、紙袋に入った形でコロッケを食べてましたが、このお店では小洒落た格好で現れました。新幹線で往復しましたが、改札を出る際、記念にとチケットをもらっています。今年、新幹線は、60周年だからでしょうか、東京駅では新幹線のスタンプを押してもらえました。元同僚とも楽しく話ができ、有意義な出張でした。ぼっけもん でした
2024年05月10日
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ぼっけもん です日本橋にある日銀の博物館に出かけました。7月に発行予定の新紙幣に導入される偽造防止技術は芸術の域です。一億円と同じ大きさ、重さの紙束も設置されており、持ち上げて実感できました。宝くじが当たる気がしてきました。買わねば!ぼっけもん でした
2024年05月08日
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ぼっけもん です実家の片付けをしていました。自分の部屋の押入れから、中学時代のレコードが出てきました。当時聞いていた、サイモンとガーファンクル、カーペンターズ、ミッシェルポルナレフなどでした。中学では給食時間に放送部が音楽を流していて、お願いしてポルナレフを放送してもらいましたが、後で先生にふさわしくないと叱られました。ぼっけもん でした
2024年05月04日
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ぼっけもん です帰省して実家の整理をしていましたが、ふと見上げると、高校時代(ほぼ50年前)に柱に貼った漢文が目に入りました。1つは、「学を好みを怒りを移さず過ちを再びせず」。これは孔子が弟子から誰が優秀か聞かれて、「顔回だ」と答え、その弟子の性格を表現したものです。もう1つは、「学は漸を持って日に進むを尊ぶ」。こちらは貝原益軒だったと思いますが、毎日少しずつでも学んで進めばたどり着くという教えです。受験勉強、がんぱろう!って思ってたころの健気な時代がありましたねえ。漢文のレ点の位置、間違えてるのはご愛嬌でしょうか。ぼっけもん でした
2024年05月03日
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ぼっけもん です帰省していましたが、鹿児島空港でイラストが描かれた飛行機を見かけました。JAL はディズニーとコラボし、FDA という静岡の航空会社は地元のちびまる子ちゃんが描かれていました。FDA というとアメリカのFood & Drug Administration を想起しますが、この飛行機は、Fuji Dream Airlineの略です。ぼっけもん でした
2024年05月02日
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ぼっけもん です実家に帰りましたが、近くの海岸から見る桜島が大好きでした。鹿児島市内から見る台形の桜島とは違い、富士山的なコニーデ型に見えるシェイプが素敵です。噴煙も上げてるように見えます。「我が胸の 燃ゆる思いに比ぶれば 煙は薄し桜島山」ぼっけもん でした
2024年05月01日
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