boundary

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

2006.04.30
XML
カテゴリ: ほん系
『戦争が遺したもの』は3日間に及ぶ鼎談の記録となっている。


そのなかでの小さな話。

1922年生まれの鶴見俊輔は、15歳で渡米、それまで、満足に学校に行っていなかった。その後、紆余曲折を経て、ハーヴァード大学に入学。一転して猛勉強をする時期を持つ。ある一定の成績を収めた学生に与えられる優等賞もとっている。専門はプラグマティズム。留置場で書いた論文で卒業を認められ、41年の日米交換船で帰国する。
鶴見はしかし、日本語で書くことにひどく苦労したという。49年に桑原武夫から京都大学の助教授に迎えられるが、日本語とは苦闘を続けていた。見かねた桑原は志賀直哉に相談した。すると志賀は「その人は日本語の名文を手本にしてはいけない」と言った。名文と言えば志賀直哉、ともいわれていた頃のことである。
志賀は続けた。
「その人は、英語と日本語の間の溝に落ちて、もがくべきだ。もがきつづけることによって、自分の文体ができる」
桑原はそのことばを鶴見に伝えた。それは鶴見にとってひとつの目標になった。

という話。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.04.30 22:50:56
コメント(2) | コメントを書く
[ほん系] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:『戦争が遺したもの』余談。(04/30)  
旅 人  さん
デビット・ゾペティを思いました。『いちげんさん』ですばる新人賞(でしたっけ?)を取ったときに、外国人だから取れたと言う人もいたけど、主人公がベルリンの壁崩壊に激しく揺さぶられるくだりが好きでした。

あれ? ゾ「ペ」ティでいいんですよね? ゾ「ベ」ティ? あれ?
(2006.05.01 00:31:03)

Re[1]:『戦争が遺したもの』余談。(04/30)  
ウラガエル  さん
旅 人さん

外国語で書かれたものを日本語に起こし直す。そのことは、上記の日記で触れたこととはまた別のことかもしれません。しかし、このエピソードのことを記録したとき、翻訳の勉強をされている旅人さんはどんなふうに感じられるだろうとふと思っていました。だからコメント嬉しかったです。

翻訳という作業においても、思考する上で、あるいは身体性からも、日本語とはなにか、○○語とはなにか、母語とはなにか、外国語とはなにか、ということを常に突きつけられるような気がします。漫然と母語を使っているだけではけして気がつかないなにか。
大変なお仕事とは思いますが、少しうらやましいです。

ごめんなさい。その作品は読んでいないのです。
(デビット・ゾペティでいいみたいですね。調べました 笑)

今日書いたことの周辺については、ただのスケッチになると思いますが(深めることはできそうもないですが)、また書きとどめておきたいと思っています。上記、アゴタ・クリストフのこととか。

ありがとうございました。


(2006.05.01 01:01:53)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Favorite Blog

テーマに沿った私の… 紫陽花ロックさん
石冢雄人のナイチン… バガボンド6449さん
ざわざわ日記 野沢菜々子さん
ふと木が震えるだけ… 木震さん
Words works Words worksさん

Comments

★みゆきち★@ 性感エステってもったいないよね ムラムラってきたら性感エステに通ってた…
ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
紫陽花ロック @ 鎧駅は 海に向かって断崖絶壁に駅のホームがあり…
ウラガエル @ そーですか? 育児・子育て きらりさん 「そーです…

Archives

・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: