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2006.06.18
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カテゴリ: ほん系
16日の日記は、削除しました。
コメントしてくださった方、本当にごめんなさい。



カズオ・イシグロについては、気になっているのでまとまらないまま残しておきたいと思います。

(メモ)カズオ・イシグロについて
どうしてこういう語り口をとるのか、少しばかり苛立つ。この作家は恐らく人間の記憶という不思議に、強い関心がある。それを手にとりさまざまに撫で回す。それから内側に潜っていく。記憶の内側に深く沈潜する。そうして、そこで起きている化学反応を、もう一度言葉に紡ぎ直そうとする。速度はどうしても遅くなる。ゆっくりと観察しなければならないし、時間をかけなければ言葉はやってこない。



私はこれまでカズオ・イシグロの本を読んだことがなく、先日はじめて『わたしを離さないで』という最新翻訳を読んだ。

この小説はあるひとりの女性の回想(記憶)で構成されている。彼女は誰かに語りかけている。回想は断片的で、それぞれ独立したエピソードになっていて、彼女が置かれている状況は、注意深く隠されている。



人間の記憶は、当たり前だけれどしだいに形をかえる、更新される。後に解釈されることで記憶は何度も書き換えられる。回想は、それが内向的なものであればあるほど、閉じられたものになる。作家は、閉じられた世界を描き出すために、閉じられた手法を意識的に選択したとも考えられる。
この作品が提示した特異で閉じられた世界は、きわめて同時代的で、アプローチによっては大きなテーマとなるものである。普遍性がある。しかしこの人は、こうした手法を選択した。大状況を徹底して個人的な記憶で語ることによってみえてくるものを、作家は構想したのかもしれない。

自分の苛立ちはどこにあったか。
それはこの主人公の置かれている状況の提示の仕方だったように思う。この小説のように、注意深く隠され続ける必要があったのか。エピソードの繊細な描写力の見事さに驚かされるものの、どうしても思わせぶりな身振りを感じてしまうのだ。

この小説で描かれた状況は、100%ありえないとは言えない。だがそれは、ここで提示されたようなものであるとは私には思えない。だが形を変えれば、それらは冷徹にそこにある。私たちの存在意義などせせら笑うようにして。
語り手の語る限定的な世界は、秩序立っている。美しく哀しく、そして醜悪にゆがんでもいる。それは一種のリアルだ。けれどそうした世界そのものがありえないと考える自分が一方にある。その引き裂かれた感じにとまどう。その違和感も込みで作者は小説世界を提示してみせたのだろうか。
この人はどうして、このような語りを選択したか。

とか、ずるずると考えながら、今度は『わたしたちが孤児だったころ』を読んでみた。







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Last updated  2006.06.20 01:10:48
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ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
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