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2006.07.12
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カテゴリ: ほん系
空高く 』(原題はAloft)という翻訳小説を読んだ。作家は韓国系アメリカ人、1965年生まれ、チャンネ・リーという人だ。

主人公はイタリア系のアメリカ人で60歳を目前とした男。父の仕事であった造園業の会社経営を息子に譲り、現在は、週何日かの旅行代理店での仕事と、中古で手に入れたセスナ機を自ら操縦するのをささやかな楽しみにしている。彼には死んだ妻があり、先の息子ともうひとり娘がいる。長年付き合い、子育ても手伝ってもらった恋人とは、別れたばかりだ。

物語は彼のひとり語りで進行する。彼の現在の人生観は過去のいくつかの事件で形作られ、そうして現在進行するさまざまな出来事によって揺さぶられる。どこかで避けてきたことが、今につながっている。予想もしないことが立て続けに起こり(それが人生だけれど)、彼はその対処に迫られる。だが、そのひとつひとつにどのように参加するかが、その人間に微かな変化をもたらす。そのようにして、彼は生きる。

語り口は饒舌だ。語りは過去と物語上の現在を往来する。やがて、彼の性向と彼を取り囲むもののありようが浮かび上がる。彼の俗物性、自己愛、考えることとなす事の矛盾、そして利己的でありながらそれでも不器用に示される愛情の形。読者はこの饒舌な語りに辟易とすることがあるかもしれない。だが、この男が、結局のところできる限りのことをして、今、老年に入ろうとしていることに(たぶん)納得させられる。語りは自分を愛してはいるけれど、そんな自分を突き放して笑うほどには知的である。駄目さ加減もわかっている。彼を取り囲む世界へのどきっとするような批評も紛れ込まして、油断できない。総じてなかなか見事で魅力的である。

また、彼の語りの確かさは、家族らの肖像を描き出すことにも発揮される。彼の父親、死んだ妻、元恋人、そして息子とその妻、娘とその恋人。彼らの造形はくっきりと鮮やかで、この小説が同時代アメリカの、ひとつの家族の形を鮮烈に示している、ともとれる。

というわけで、オーソドックスと言えばオーソドックスなこの小説を、私は楽しく(ときに切実に)読んだ。ひとつは主人公の年齢である。自分にとって遠い先ではない、その年齢のことを思って読んでいた。今も迷っている。けれども恐らくこの主人公のように、その年齢になっても、自分もまた迷い続けているだろう。歳をとれば選択の幅は狭まる。そのとき起きていることは、過去の無数の選択と深く関連している。だからこそ多くの場合、取り返しがつかない。しかしそれでも、いくらかはできることがある。この主人公のように、そのいくらかでも試みることはできるだろうか。自分の非を認めて素直に他者に向き合うことができるだろうか。ほんの少しの勇気を奮い立たせることはできるだろうか。

まあ、そんなことを考える。









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Last updated  2006.07.13 17:11:35コメント(0) | コメントを書く
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ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
紫陽花ロック @ 鎧駅は 海に向かって断崖絶壁に駅のホームがあり…
ウラガエル @ そーですか? 育児・子育て きらりさん 「そーです…

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