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<P・FLOYD世界ツアーと時を同じく、スペイン、マドリッド入り…>パリからマドリッドへはタルゴ(寝台列車↓)に乗って、夕刻発、翌朝着となります。英国と違い、フランスに入ると途端に日本人観光客と会う機会も増えたようです。タルゴの個室で友人と雑談していると、通路を通る日本人の観光客が「こんにちは」と気軽に声をかけてくれます。外国に行くと日本語って懐かしくなるんでしょう。この旅行中の数多くの日本人の方との出会いも、大きな宝物となりました。 また、1988年はPink Floydが、世界ツアーをやっていた時で、88年5月に来日公演をしているんですが、欧州旅行中はその「P・フロイド、ツアーTシャツ」を着ている人達を多く見ました。つまるとこ、音楽って共通の言語みたいなものですね。私と友人も、その年のP・フロイド公演は見ていましたので2人でP・フロイドのTシャツを買っておいて、旅行中に着ればよかったね~と話していました。英国、ドイツの行程計画は私でしたが、フランスとスペインの計画は友人のAちゃんの担当。2人でそれぞれ行きたい場所、町、移動方法も実に細かく調べ上げました。と言うことで英国旅行で脱力した私は、スペインはAちゃんにまかせっきりで、ついていったという感じですが、後になって私は、大変なスペイン大好き人間と変わります。そして、タルゴではレストランのボーイさんが、ディナーの予約を聞きに、各個室を回って来ます。列車レストランで優雅に食事もしたかったですが、私たちは貧乏旅行。簡単なパンと水かなんかで、夕食を終わらせてました。ところが、私用で個室を出て行ったAちゃんが「ビール一緒にいかがですか?っていわれた、後でレストランに行こう!」どうも同じ列車に乗っていた日本人の大学の先生と話をしたようで、その御相伴に預かった模様。貧しい夕食だった私たち、喜んでその厚意を受けました。レストランへ行くと「ビールだけ」ご馳走になる筈が、お店とこちらの言葉の行き違いでディナー、フルコースになってしまいました。(苦笑)この時もバカでしたね~。しっかり食べつくせばよかったんだけど、予想外の事の成り行きにちょっと遠慮してしていたんですね。食後、個室寝台に戻り、Aちゃんとこれから行くスペインの話をしていると、スペインで泊まる予定にしていた「古城ホテル(スペインではパラドール)」の話に。よせばいいのに「ロンドンで幽霊が出たけど、今度はパラドールで出るかもね~!」(アホですね…)そんな話をしていると、なんと、個室部屋の電気がす~と消えて、また点いたんです…。これは、なんの前兆か…???それを見て、怖い系話は止めにして寝ることに。翌朝、起きて早速列車の窓のカーテンを開けると、…一面茶色の土の大地が広がっています。英国、フランスが緑の丘と放牧されている牛達ののどかな光景が続いていたんですが、スペインは緑などひとかけらも見えません。日本の新幹線から見る(?!)、山と木が連なる光景とも違い、一面茶色の広大な大地に木など1本も見当たらない。それがスペインに入った第一印象です。Aちゃんは「好きな色彩だわ!」と言っていましたが、英国、フランスが緑のイメージとしたら、スペインは茶色、赤茶、です。始めてみる光景だったので、期待していなかったスペインだったのに、私は非常にわくわくしました。その期待をスペインは裏切らなかったのです。そして、列車はスペインの国際列車駅、マドリッド、チャマルティン駅に着きました。しかし、ここでも問題は言葉です。。パリでフランス語で大変だったのに、今度はスペイン語!しかし、慣れたのでしょう。パリよりはマドリッドの方が気分的には楽で、ここでも、スペイン語の丸暗記を。でも、これがその後、スペインに行く度に大変、役に立ちました。スペイン行程担当のAちゃんが頑張ってくれたので、それでかなり違ったと思います。そして、いよいよ大変魅力的な国となるスペインでの珍道中が始まります。 (写真はスペイン、トレド↓)
2007年06月26日
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<第7章 ドーバーより、カレーへ。欧州大陸縦断の始まり!>予想外の、長期間のイギリス滞在を終えてフランスへ渡ります。2000年代に入った今は、英国とフランスは鉄道で行き来が出来るようになっていますが、1988年時はドーバー海峡を船で渡り、そのドーバーの白い壁を見るのが私の夢だったんです。その英~仏船に乗る為、ロンドン、ヴィクトリア駅からドーバーに向かいました。駅の窓口で、カレー行きの船のチケットも一緒に買える様になっていたと思います。しかし、我々はドーバー観光をするつもりでしたので、ドーバーに一泊。フランス、カレーへのキップは乗船する前に買いました。先ずはドーバー市の観光。ドーバー観光も私にとっては重大要素。イギリスのドーバーから対岸のフランスが見たいとかねてから思ってましたので、観光がてらドーバー海峡を臨む丘などぶらぶら散歩してました。かなり、高い所まで上ったところでようやく海を臨める場所に立ち、対岸を目を凝らして見ていました。すると、うすぼんや~りとフランスの陸地が見えてます。(ホントにぼんやりだが、ドーバー海峡とその向こうのフランス↓) 「おお!明日はフランスよ!」と友人と話はしませんでしたが、感慨深く対岸のフランスを眺めておりました。ドーバーでの宿泊先は、確かゲストハウスで若い夫婦がオーナーでした。そこのゲストハウスは、その前のロンドンとは違ってよかったんですねえ。ロンドンに2度目に入った時、泊まったB&Bが大変お粗末(?)で、実はBUG騒動があったんですね。(きゃ~!おそろし!!)私は余り気にしていなかったんですが、虫が嫌いな友人が大変でした。当時のロンドンのB&Bは安いところは余り綺麗ではなかったんですよ。そのBUG騒動で、部屋を換えてもらっても、まだBUGの存在はあったようです。そんなわけでドーバーのゲストハウスは、綺麗だったので友人が喜んでいました。「女の人が居るゲストハウスは綺麗だから、よかった~!」と。そこの娘さんが小学生くらいで可愛かったんですが、歳を聞こうとして私の口からでた英語が「ハウ・マッチ!(How much)」。(自爆…)おいおい!「How old are You?」の大きな間違いですが、大体当時の英語能力なんてこんなもんです…。後は部屋のドアを締めたらドアが開かなくなり(壊れた)、オーナーのご主人に窓から「ドアが開かないよ~!」(英語で友人が…)と叫ぶ羽目なり、ご主人がドアの鍵を壊してドアを開くようにしたという按配です。すったもんだの後、またすったもんだをしてフランス入り。ドーバーの白い崖を後方に見て、普通はカレーからドーバーに渡る時、前方にこの崖を見るのですが、一応、ドーバーの白い崖を見たということで…。(写真↓) カレーからは直行でパリ北駅まで列車が走ってます。ここでユーレイル・パスを使用。どうにか座って、パリ北駅に着いたんですが、ここでまた問題が…。英語もろくろく判らないのに、フランス語なんてもっとわからない!言葉の問題でパリに入った途端、泣きたくなりました。しかし、落ち込んでいる時間はありません。パリからなるべく早い寝台列車を予約して、スペインのマドリッドへ向かわなければなりません。ここで大変な思いをして、ホテルの予約と両替(当時ユーロは無いので、ポンドからフランに)をして、どうにかホテルへ。しかし、災難を超えると慣れるもので、どうせ英語だってわからないんだから、とフランス語の主要な言葉、丸暗記作戦を敢行しました。これもこちらから話す時はいいんですが、相手の返事がわからないんですよ。(苦笑)でも、フランス語が判らない事が解ると、相手の人も英語でしゃべってくれたりするので、そんなのでどうにかやり過ごしました。が、この旅行の時に、強引に覚えた単語は後々まで、大変役に立ってます。(お陰で英語はともかく、フランス、ドイツ、スペイン語と必要最低限の単語は今も覚えてます)パリから予約できたマドリッド行の列車が1週間後の出発になり、その間、パリ市内観光を満喫します。(ノートルダム寺院、凱旋門、エッフェル塔、モン・マルトル、ムーラン・ルージュ、ルーブル、ピカソ美術館、等) 1週間もパリに滞在すれば、大概の事もわかって来ます。パリ到着後の不安やら、落ち込みは何処へやら…。すでに友人とパリジェンヌ気分になっておりました。なんしろパリは惣菜屋が充実しております。パンも勿論おいしいし、英国より南の国なので野菜、果物、卵、ワイン、全てがおいしい!!宿泊先のホテルでのフロントのお兄さんがかなり、かっこよかったんです。近所の惣菜屋、スーパーで食品やらワインを買い込み、フロントへ降りて行きそのイケ面お兄さんに、ワインのコルクを空けてもらいました。後で、友人と「あのハンサムなお兄さんに1杯、ご馳走してあげればよかったねえ」などと話したんですが、実は私たち、フロントのハンサムさんを選んでワインを持っていったんです。その他、宿探しでパリ裏通りをうろうろしていた時、オカマさんと思しき、お兄さんが親切に声をかけてくれ、道案内をしてくれようとしたんですが、仏語しか判らなかったので会話にならず。残念!(この辺、マジにパリですわ…)またあるときは、夕刻パリ市内を歩いていたら、通りすがりに黒人サンから、ナンパ!思い切り「フランス語じゃわからないよ。英語ならOK!」と冗談で言ったら、ホントに英語でナンパしてきた…。しかし、勿論、通りすがりのお互いの冗談でございます。その場でまたね、とこんな具合。それから、たまたま、この時のパリ滞在中に、SAXONがLIVEをやっていたんですね。道端の看板に大きくSAXONと‥。日付けも大きく書いてあり、その公演に行きたかったのは事実ですが、なにぶんにもLIVE目的の旅ではなかったために断念しました‥。しかし、その時、METALから離れていたとはいえ、私の目に入ったのは、HM/HR関係のものばかり‥。この辺、完全に自分の性(さが)と抗えない、血の騒ぎを実感してしまいました‥。
2007年06月20日
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先週、外した「パイレーツ・オブ・カリビアン3」を見て来ました。東京方面の映画館で見ると大変なので、地元の駅の小さい映画館に行きましたが、結局、一緒に見に行こうと言った友人とは予定が合わずに、別々に見ることになりました。見ての感想ですが、今回、映画の中にお話を詰め込みすぎた、って感じがしますねえ。この内容だと今回は「誰が、主人公なんでしょう?」ということ、いなめませんね。個人的にはジャック・スパロウの活躍がもっとほしかったなあ。1回目、2回目と言うのが、バリバリの冒険活劇で、海賊達の個性も意外性があって、見ていて愉しかったんですが、今回、「あはは」と笑えるシーンが少ない。海賊達が出すぎたかも‥。そして、展開が「ああ!こう来るか!」って感じでした。(観た人はよく解りますね)J・スパロウ、お父さん役のあのお方はバッチリです。気がついたら、そういえば今日は父の日でしたよね。(父には、きちんとプレゼント渡し済み)しかし、オーランド・ブルームはますますいい俳優サンになっておりまして、コレが「パイレーツ2」の時にも感じたんですが、凄く、よかった~!後は、シンガポールの海賊役のチョウ・ユンファの演技が迫力があってよかったと思います。この海賊さんもっと活躍してほしかった!いろいろと言いたいのですがネタバレになりますので、控えておきます‥。とはいえ、地元の映画館で見たお蔭で、ゆっくりゆったりと観られましたよ。ウチの方の映画館は、ロードショーったって東京ほど込まないですしねえ、1時間前に映画館に行って余裕で席をget。そして、駅前のヴィド・フランスでお昼。その後、映画開演まで地元の丸井とIYをぶらぶらしている時間もありました。ウチから映画館まで往復、バスで済むし。日曜午後のいい時間に、なかなかよい気分で映画を見ることが出来ましたが、中学生が多く見に来ていたようです。それも地元の子供たちですけどね。最近の子供は~といろいろ思うこともあったのですが、映画を観に来ていた子供たちは大変マナーもよく、お利口でした。きちんと「すみません」も言えるし。最近ではその一言も出ない大人が多い、とか思いつつ、日曜午後は子供が観にくるのね、と思ったのですが、土曜より日曜の方が映画館が空いている様です。こういった余裕状態で、近場の映画館で映画をを見ることに慣れてしまったので、時間かけて都内の映画館まで行って、込む中をを観ようって気しませんよね~。地元で見られるのなら、観た方が地域の活性化(?!)にもなるし‥。その他の話題性のある映画も、地元で見るのがgoodですよね。
2007年06月17日
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<第6章 ストラッドフォード・アポン・エポン、再びロンドンへ>短いウィンダミア滞在を後にして、シェイクスピアの街ストラッドフォードへ入りました。イギリス滞在中の計画は私の担当だったので、ぜひともシェイクスピアの街と言うものが見たかったわけです。英国と言う所は日本と違って、地盤が固いので地震が無いんですよ。建物も石作りで堅固に出来てますから築100年~200年のはザラなんです。(だからゴーストも出やすい!)ストラッドフォードはシェイクスピアの生まれた家、当時の教会、建物がそのままなので、時間が止まったような雰囲気になります。(ただ、家の傾き方は激しい!)妙な具合での、現在と近世の存在感。日本で木材建築、と屋根瓦の建物を見ている私は完全に変な感じです。この場所にはロイヤル・シェイクスピア劇団の劇場があり、できれば本場のシェイクスピア劇を観たかったんですが、「セリフが英語だと、観てても判らないんじゃない?」と言う友人の言葉で、時間もなかったので見ることはしないで2泊位滞在して街の観光、それからウォーリック城を観光しました。(宿泊したB&B↓) 英国のお城はやはり、不気味ですよねえ。駅からウォーリック城に向かう途中に集中豪雨に遭い、あっという間に真っ暗に…!一瞬どうしようかと思いましたが、雨の中を黙々と傘をさしてお城観光に向かう私と友人…。田舎の小さな街なのでしゃれたカフェもなく、雨宿りの適当な場所がなかったんですね。雨で人が外を歩いていない時は、まるでタイムスリップにでも陥ったような感覚です。なんともいえなく気持ちが悪い、お店の戸が開いて普通の現代人が出てきたときには、何故かホッとしたんですが、妄想でその開いたドアから100年前の衣装を着た人が出てきたらどうしようかと真剣に思いました。ウォーリック城は大変景色のよいお城なんですが、お城内部には甲冑、剣、盾、その他もろもろの恐ろし気な武器が、1フロア中に飾ってありましてね、日本の鎧兜の比でない不気味さを感じました。(天気が悪いとお城の雰囲気、不気味ですって、雨上がり後のウォーリック城↓) ここのお城には地下には「牢獄」などもあった様子。なんとな~く気味が悪いお城でした。でも、天気が回復すると、それなりに観光客もいるんですよね。広い庭には孔雀が放し飼いにされており、孔雀のオスの羽は見事ですが、これも少し、怖かったですねえ。孔雀たちは人に慣れているようでしたけど。この街でどっぷりとシェイクスピアに浸り、再びロンドンに戻りました。実はロンドン滞在は、英国入りした時の数日のはずだったんですが、当初の予定より、欧州滞在が延びてしまったため、フランスに渡る前にロンドンで時間の調整をしていたんです。この時期になると英国滞在も慣れ、ロンドンもホーム・タウンに戻ったようなものです。と言うことで街の観光をしていた所、タワーレコードだと思うんですが、フラッと友人とそこのお店に入ったんです。すると、CDが並んでいるカウンターにズラーッっと、なんのCDが並んでいたかと思います??SAXONのCDなんですヨ!!1988年(87年)に出た、「DESTINY」のアルバムが、これでもか、とばかりに一面に並んでいたんです。ロンドンのTOWERでは!!なんということでしょう!実は私、この光景に「驚き、喜んだ!」のですよ。日本では既にSAXON人気は低迷。本国イギリスでの人気の程など、東の果てに居る日本人の私が知るよしも無い。この時期、私は全てのメタルと言うものから離れていましたから、ここでまたSAXONと再会するとは思っても居なかった…。と同時に、その時に「日本と欧州(英国)」でのHEAVY METAL事情というものの大きな違いを見たんです。当時はまだCDプレーヤーは持っては居なかったので、カセットで、「DESTINY」をケンブリッジで買っていたんですが、TOWERでカウンター一面に並ぶ「DESTINY」は圧巻でした!!このとき、やはり私の「DESTINY」にこのロンドンのHM事情の影響は大きかった。(SAXONのカセットを買ったケンブリッジ↓) それだけでは無く、ロンドン市内の土産物店ではラジオからQUEENが流れていましたし、英語なので理解は不能でしたが、QUEEN関係のラジオ番組の放送もしてましたね。今であれば、QUEENの存在は多大だったと言えますが、当時の日本ではQUEENの話など出ることも無く…。(日本国内はLA系HM 全盛)その頃、QUEENはフレディ・マーキュリーの病気が発覚したときで、極力、LIVEを控えて休養していた頃だったという事も日本にいた私には知ることも無かったんですね…。その頃、他には確かJUDAS PRIESTもLIVEをしていたんですよ。しかし、地方の方での公演だったので、見ることは出来なかったですが…。英国だとやはり、音楽はハードロック系がメインなんですよね。お国の音楽でもあるから、日本とも事情が違う。そんな事を知ってショックを受けたんですが、イギリスばかりでは無かったんです。その後、回ったフランスとスペインでも、日本人の私の考えの及びもしない状況と言うのを目の辺りにします。時は80年代後半でした…。
2007年06月14日
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先週の土曜日、「パイレーツ・オブ・カリビアン 3」を見に行こうといたのですが、会場の六本木ヒルズは開演1時間前に行ったのにも関わらず、既に2つの会場とも満席(爆‥)。次に「では銀座はどうだろう?」と銀座に行ったんですが、そこも既に満席状態!(爆死)最終手段として(?)、TOHOの会員である友人のホームグラウンドの「錦糸町」に行って、「パイレーツ」のチャレンジをしましたが、ここも満席!!‥結局「300」を見て来ました。「パイレーツ」の人気は凄いもんだと思いましたけど、これも時期をずらせばそんなことも無いのよねえ‥。今回は一緒に行った友人の都合で、この日に行く事になり、私は「全館共通前売券」を持っていたので、どこでも見られたんですが、TOHOの会員の友人が「たまったポイントで、映画を見たい」と言うことだったので六本木~銀座~錦糸町、という映画館巡りをすることになりました。しかし、「一体、どんな人気なんだよ?(パイレーツは!)」と思いましたね。80年代に封切りの映画を見に行った時だって、開演1時間前で既に満席!と言うことはありませんでしたよ~。最近の傾向として「映画館」が狭くなって来ていると言うこともあるのかもしれませんが。それで、今回「パイレーツ」を見るのは諦めて、錦糸町で「300」を見て来ました。こちらもそこそこ人が入っておりまして、何とか見られたんですが。「300」は画像も美しく、CGもGOODだったんですが、何しろ史実を映画化したものであったので、「スパルタ」の国が存在していた、ペルシャの歴史背景がわからないと話全体を掴むのは難しかったように思えます。日本人の感覚では、どうして300人で戦ったんだろう?どんなにスパルタの精鋭部隊でも軍隊の数的には無理だよなぁ、とか思ってしまうのですが‥。ペルシャの10万人の軍に対して、スパルタ軍300人。という無茶な闘い。血が、首が、腕が、やはり飛びますので、戦争映画が得意で無い人にはお勧めできませんかと。「グラディエーター」っぽい内容です。私は、史実を映画化したお話って好きなのですが、「300」は内容がちょっと‥。(自分が見たいと行ったくせに‥)(苦笑)後から「プレステージ」の方が面白かったな!そっちにすればよかった!と思ったのですが、映画のチケットを買う時に「プレステージ」の題名が浮かばなかったんだよね~。クリスチャン・ベール、ヒュー・ジャックマン、デヴィッド・ボウイとキャストも豪華だったし、面白そうだと思っていたのに、その時はすっかり忘れておりました。映画の後は新橋のダイニング・バーにてお食事‥。こちらは南欧系の家庭料理なのですが、マスターがこだわりのある人で、料理もお酒も美味です。(値段は張りますが‥)土曜日のお客は私達を入れて5人でしたので、終わりの方にはマスター、お客サンを含めての6人で完全な宴会、カラオケパーティと化してました。終電にぎりぎり間に合い、飲んで騒いで‥、自宅に着いたのが深夜の1時‥。
2007年06月10日
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先週末は、QUEENSLYCHEの素晴らしいLIVEを2日間堪能し、至福の時間をすごしました。最近はその週の「お楽しみ(LIVE,友達との飲み会等を)」楽しみに、1週間の週をがんばり、お給料をいただく事に小さなシアワセを感じて、それで十分の日々だったんです。しかし、この2週間で「暗転!」なんと日々のささやかな幸福なんて、簡単にもろく崩れ去るもんなんだろう?という事を実感しました。今まで最上の勇気(?)と、それでも仕事の意欲に燃えていた自分が居たんですが、もうそんな自分はドコを探してもおりません。私は普通に仕事して、普通の生活で、普通の歳相応の幸せと言うものがほしかっただけなんですが、勤め人という状況で当然のように、気の合う人も居れば、当然合わない人もいる。それが当然の世界でも、私は平穏に仕事をしていたというのに、会社の中のある人の所為で会社の人間関係、会社内部まで、波及を及ぼされて不愉快極まりない思いをさせられる…。長い会社員生活の中で、何度もあったことですが、はっきり言ってもう御免でございます。ただ、ただ、うっとおしい。日々の仕事が、完全にやる気が失せている。メタルをささやかな楽しみにのこの1年でしたが、LIVEの時はいいんですよ。それが終わると、仕事での疲労と、やる気の無さが出てくる。それは耐えられませんね。。怒涛のようにメタルとLIVEを求めて、そして日常での仕事でのギャップ。。。今まで仕事とメタルの共有は可能であったんですが、そろそろ受け付けなくなってきました。若い時からメタルの情熱と言うやつには、抑えきれないものがあり、そちらに集中すると我を忘れる傾向がありました。しかし、そんな事ではいけないと思い、普通のOL(勤め人)生活をして、流れに流され逆らうことなく、生きてきましたが結局がこの状況です。OL生活をして得たものは、物理的な満足感です。しかし、精神の中にはどこか埋め合わす事が出来ない穴があいており、いつも満足できない状態が続いていたんですが‥。しかし、人生はこんなもの、と思うようにして‥。でも、やはり私にそうは思えない。だから、いま、ここでメタルのブログなどをやっているンですよね。自分で今までの生活に満足していないからブログを書いている。ひょっとしてそろそろ、転機と言うやつなのかもしれません。どうにも、自分の中で克服できなかったもの。気持ちの内側から溢れ出て尽きないもの。それを求めるため、もう1度、生き直す事、それを今年の後半の目標として、生活と仕事の見直しをして行こうと、今真剣に思っております。
2007年06月07日
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前回のブログにも書きましたが、完全に会社と仕事にブッチ切れた私、WEST。Queensrrcheの東京公演、5/31と6/1の2日間の厚生年金に行って来ました!かねてからQueensrrcheの今年の来日については、Opration:mindcrime、1 .2の再演が話題になっていましたが、これが、演奏したんですね‥!OP:LIVE 1&2、完全再現ではなかったのですが、ほぼ、80%再演ライヴ!!!私は最初5/31の方のチケットだけ購入しておき、初日のLIVEの演奏内容を観てから、2日目の最終公演を観ようと思っていたんですが、31日の時に、Opration:mindcrime、1 .2をほぼ、完全に再現しましたので、(91年のLIVEの時のように凄いSETとアニメ、レーザー光線の演出は無かったですが)その瞬間「よし、明日の最終公演には行くしかない!」と決めました。そもそも91年のOP:LIVE、1のあの凄いLIVEをDVDで観て、そのDVDを観終わった後、言葉も出ない位感動して、震えが来たんです。OP:LIVE1.2をまたナマでの演奏が聴ける、と思うと日本国内中追いかけたい所でしたが、予算の関係で無理、と言うことで、東京公演だけ全て観てきました。今回のLIVEを観られた方は大変ラッキーだと思います。それくらい素晴らしいLIVEでした。やはり、Queensrrcheは凄いバンドですね。。。感動!!その東京公演、最終の6/1の日、かなりラッキーな事件が起きました。今回はその2日目の話が中心です。2日目、チケットを持っていなかった私は仕事が終わって、厚生年金に当日券を求めに行きました。厚生年金に着いたのが17:20位だったんですが、当日券の販売は17:30と窓口にでていたので、出直そうと戻りかけた時、会場正面の階段にいたROCK青年が「すみません。チケットですか?」と声をかけてくれました。事情を聞くと「行きたかったんだけど、急に行かれなくなってしまって。ここに1枚でしたらありますよ」との事。私は快くその青年からチケットを譲り受けました。「助かりました。ありがとう!」というと「いえ、こちらこそ!」と、当日券は8000円だったのですが、その青年のお蔭で前売り値段の7500円で買えたんです。それも座席番号を見ると、なんと前から7列目!!の27番の席!!Queensrrcheを近くで見られるわ!と既にそこで感動です。このチケットを見たとき、「なるほど。クリマンの方がぴあより、座席は数段よい場所が取れるらしい」と思ったんですが、いい番号が手元に来たんですからね。(笑)無事チケットを購入後、隣の「フィッシュネス・バーガー」で、軽食とおビールを頂き、チケットの写真をパチリ!↓そこで開演までの時間を潰してました。 初日の31日と1日の公演では、完全に金曜日の6/1の方が、会場の入りも多く、盛り上がり方も凄かったです。実は31日の演奏を観たとき、GeoffのVOよりドラムやギターの音が全面に出すぎている感じを受けたので、「クイーンズライクともあろうバンドが、こんな音ではお粗末ね‥」と思っていたんですが、1日の公演ではそれを完全に修正して、ピタリと合わせてきました。ここで思わず、ニヤリ。「さすがだわね。これでこそQueensrrche‥!」そして、座席に着くとそこでまた驚き‥。通路から2列目のステージ正面!!「えッ!?これって、し、しょうめん~??キャー!ちょっとぉ、Geoffの真正面じゃない!ええ~!Scottのドラミングもばっちり観える~!すごい!すごい!」とまあ、ここで完全にコーフン状態。でも、驚きはこれだけではなかったんです‥。ウキウキして待っていると、やがて会場の照明が落ちて‥。(今回は1日目、2日目とも興奮ジョータイ!)真っ暗になったステージで、Opration:mindcrime、1の印象的な「I Remenber Now」のイントロが流れ‥興奮と期待が最高潮に高まった時、怒涛のようなScott Rockenfieldのドラミングで「Anarchy-X」へ突入!Micheal Willton、Mike Stone、Ed Jacksonが、91年のLIVEの時のように素晴らしいコンビネーションで絡んでくる、そして、Geoff Tateの素晴らしい歌声が入り、一挙に「Revolution Colling」「Operation Mindcrime」へと、観客を釘付け!私はそこで既に「無我の境地‥」至福の時間に酔っていたのでした‥。とにかくOPLIVE1のあの素晴らしいLIVEはもう観られないものと、思っていたのですから感動とノリ、ハンパでないンです‥。殆どボロボロ状態!!Geoff Tateステキでしたぁ‥。91年のLIVEの時と同じオールバックの髪を後で一つにまとめ、91年の時と同じ様なグラサン姿、衣装を変えること5回(?)。Michealはさすがに、素肌に革のベストって訳には行かなかったようで黒のソデ無しTシャツ、91年と同じドクロのギターを使用。黒T模様もドクロ‥!昔、カーリーだったEdは、ストレートの肩までの長さの髪で、若い時のカーリーより、断然ステキで似合っていたし、Mike 君は、初日はウールのマスクみたいなモンを頭からすっぽり被っていたんですが、2日目は帽子を被って、目の下に黒のアイライン引いて、両腕はひとりだけタトゥーがびっしりでした。そしてドラムのスコット。すっかり髪は薄くなっていましたが、ドラミングは素晴らしかった~!!ツーバスからワンバスに変わってましたが、ワンバスで十分ですよ。91年の時とパワーは変わりないんだから!!91年の地から強いドラミングそのまんまです!!2日目、私はオペラグラスを持参、前から7列目の席でその上にオペラグラスで見ていましたので、メンバーの表情はどアップで、しっかりと見ることが出来ました。「Operation Mindcrime」からシスターメアリー登場。そこから怒涛のように「Suite Sister Mary」へ突入。この辺で「どうしよう!」と言う感じ。(苦笑)シーンシーンで照明が落ちて次の曲へ行く演奏だったんですが、音で作られた演劇を見ているような素晴らしい演出でした。ここに18年のQRの歴史を実感。「The Needle Lies」「Breaking the Silence」,「I dont Belive in Love」。最後に「Eyes of Stranger 」、そしてまた「Anarchy-X」にバックし、91年のようなビデオは無いものの完全にOP:LIVE1を再現してOP1の演奏は終わりました。ここで、一瞬「ほぉ~~!」となりますが、その後、間髪をいれず、OP2に突入!!実はOP2の方はアルバムの感想、私はいま一つだったんですよ。OP1の比べると、地味で大人しい演奏のように聞こえましたから。でも、それは間違いでしたね。ここで発見しましたが、2007年のQueensrrcheの本質はOpration:mindcrime、2です。アルバムよりLIVEの方が数段いい。アメリカ・バンドの特徴としてスタジオ録音より、LIVEの方が数倍、良い、と言うことあるんですが、その通りでした。Geoffを初めとするQRのメンバーの演奏は、OP2においても衰えることなく、ますます冴え渡ります。なんと力強いLIVEでしょう。OP1よりOP2の方が感慨深かったような気もします。91年のレーザー光線の演出にも引けを取らないライトの美しさに、GeoffのVOとドラマ性はますます観客を引き付け‥。いやあ、ほんと、すごいって!すごいわ。Queensrrche‥。OP2の何の曲だったかは忘れましたが、Geoffが観客席側からステージに駆け上がる所があったんですが、その時、私の席の横の通路をGeoffがっ!!と、とおった~~!!んです。これがもう一つの事件です。「ひえ~!Geoffとニアミス~!!、こ、こんな、触れそうな近くにGeoffがっ!!」とここでまた、興奮、悶絶状態‥。(正確には、通路と私の間にはもう一つ席があったが‥)やはり、80年代に好きであったバンドは私自身の思い入れが大変に深いんですね。80年代初めに、日本青年館で初来日をしたQueensrrcheですが、その時の演奏が評判 よかったんです。(私は行きませんでしたが。)その後、私は94年のLIVEを見たんですが、その時はよく覚えてないんですよね‥。おそらく、QRの世界観がその時はまだ理解できてなかったのかもしれません‥。2007年のOP1&2Live、は大変すばらしく、2時間弱の演奏があっというまでした。。もっと聞いていたい‥。そう思わせる最高の2夜でした‥。今年のBEST LIVEにランクインですね。私が過去に見て素晴らしいと思ったLIVE。Dream Theater、Angra、そして、当然のようにQueensrcheもその名を連ねます。いや~。素晴らしかった‥。最高でした。
2007年06月03日
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