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2026年07月06日
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(ニューヨークのダンス公演レポート)
(Tap City2026(NYタップダンス・フェスティバル)①

Tony Waag's Tap City
- The New York City Tap Festival
    a 25th Anniversary Celebration

トニー・ワーグ’s タップ・シティー
 - ザ・ニューヨーク・シティー・タップダンス・フェスティバル
   25周年記念式典

2026年5月19日 - 24日
Joyce Theater ジョイスシアターにて上演

Founding Artistic Director  創設芸術監督 : Tony Waag トニー・ワーグ )

 5月19日から24日まで、「トニー・ワーグ’s タップ・シティー」 - ザ・ニューヨーク・シティー・タップダンス・フェスティバル 25周年記念式典が、ニューヨークのコンテンポラリー・ダンスの殿堂であるジョイスシアターで上演されました。
 私は5月23日土曜日夜に観に行きました。劇場は満席で、端のほうの席まで埋まっていて、大人気の公演でした。

 大御所のタップ・ダンサー達が大勢出演し、タップ・ダンスの歴史をたどって多くのジャズ名曲が選曲されていて、アメリカ文化であるタップ・ダンスとジャズが分かりやすい構成で、とても勉強になる公演です。

 アメリカで、タップ・ダンスはジャズと共に発展してきたので、音楽の要素がかなりの部分を占めています。タップ・ダンスをやるには必ず音楽もセットで学びます。タップ・ダンサーの先人達が発達させて残したステップと振付が伝えられて基礎として保存しつつ、常に新しい世代のタップ・ダンスのステップが発展してきています。現在もさらに新たなステップが生まれ続けていて、技術はだんだん難しく進化しています。

 せっかくなので演目ごとに補足としてタップ・ダンスの歴史を簡単に掘り下げて、文化的背景の詳細、音楽の情報も満載に、3回に分けてアップします。



 タップ・シティーはATDF(アメリカン・タップ・ダンス・ファンデーション)の創設者であるトニー・ワーグが、ある日ダウンタウンを歩いていた時にふと、
「ニューヨークにはたくさんのダンス・フェスティバルがあるけれど、タップ・ダンスのフェスティバルは無いなあ、ぜひ我々がタップ・ダンス・フェスティバルを作りたい!」と思いついたことが始まりでした、

 トニーはすぐに周りの仲間達に話していると、
「ぜひやったら良いですよ、私が資金を出してあげましょうか?それを実現するにはXXXドルで足りるかしら?」とご友人の1人に言われて、
「XXXドルあったら十分実現できるよ」ということで具体的に動き出し、2001年に創設したニューヨーク・シティー・タップ・ダンス・フェスティバルです。


 その出資者のエピソードをお聞きして、「トニーはお友達がすごく多いですね!」と私が言うと、「はい、とても多くのお友達がいるし、知人がすごく多いです。」とおっしゃっていました。トニーの人徳ですね。

 毎年開催され、タップ・ダンスの魅力を多くの方々に伝えてきて、伝道師のような役割のタップ・シティーです。
 途中、コロナ(Covid19)のパンデミックの時にニューヨーク中のすべての劇場やダンススクールが閉鎖していた時期は企画がなかったのですが、それ以外は毎年必ず開催されました。

 最初の頃の会場はブロードウェイのド真ん中にあるザ・デューク・シアター(The Duke)で、その後はマンハッタンのアップタウンにあるシンフォニー・スペース(Symphony Space)でした。

 ついに今年のタップ・シティーは、25周年を迎え、ジョイスシアターで1週間ロングで上演されることになり、ずっと長く見守ってきた私にとって感慨深いです。


 ニューヨーク・シティーは、世界で一番タップ・ダンスが盛んな場所で、世界中からタップ・ダンサーが集まっています。

 タップ・シティーは私が大好きなダンス・フェスティバルの1つで、私がニューヨークでダンス取材を始めた2003年以降の全てのタップ・シティーを取材して、毎年楽しみにしていました。

 トニー・ワーグとATDF、タップ・シティーのご活動を創成期から少しずつ発展して大きく成長していった様子を、私もワクワクしながら彼らの活動を追って取材し続けて、約23年間に渡ってほぼ全て見届けることが出来ました。

昔のTony Waagの写真(ATDF提供)

 アメリカのダンス業界での長年の功績が認められ、トニー・ワーグは2014年にダンス・マガジン・アワード受賞、2024年にThe Lifetime Achievement Award受賞しました。このように今では、トニーはアメリカのダンス業界の重鎮で、アメリカが生んだ文化であるタップ・ダンスの歴史的な大御所となりました。

 この受賞直後にトニーにお会いした時に、
「受賞おめでとうございます。すごいですね!」と私が言うと、
「フフフ・・・」と大したことないですよという感じでほほ笑んだだけで、
(受賞してもしなくても私は変わりがないですよ、今までの私と受賞後に違いは無いですよ、世間がたまたま賞を与えただけですよ)というニュアンスが私に伝わってきて、驚いたことがありました。受賞しても有頂天になっていないのです。
 この態度はトニーらしくて、なるほどな、褒められても有頂天にならない、いつも淡々としていらっしゃるのだなと分かり、この時に、素晴らしい人格者だとトニーの片りんを観ることが出来て改めて感心したものでした。 

 やはり私が熱意を持って2003年から毎年取材し続けたトニー・ワーグとタップ・シティーは、アメリカ文化を代表する名実ともに素晴らしいご活動だったのだと、後で改めて納得しました。
 私がここまで入れ込んで取材したのは、芸術監督であるトニーのお人柄の良さに惹かれていたからなのです。その23年前のトニーについての私の直観は当たっていました。ですから、トニーが大御所になられていくのは私もとても嬉しかったです。

 創設芸術監督のトニー・ワーグはとても明るくて面白そうだったので、以前インタビュー取材を何回かして日本へ紹介したことがあります。
 その時にトニーの人生について語って下さり、いつも霊感、直観が先にあって、何かに導かれているような生き方でした。

 トニーはコロラド生まれで、幼少時から絵画を学んできた美術家で、地元のコロラド大学の美術学部彫刻科の学生だった時にブレンダ・バファリーノのタップ・ダンス公演を観て感動し、タップ・ダンサーになりたい!と思ってすぐ進路をダンス学部へと変えてユダ大学に転校しました。

 その後、彼はサンフランシスコでタップダンスを学び、ニューヨークに引っ越してきたそうです。

 そしてニューヨークに着いてすぐ、マンハッタンを歩いていたらあのブレンダと道でばったり遭遇して驚いた、運命的だった、デジャブのようだったというエピソードをお聞きしたことがありました。
 この広いニューヨーク・シティーで歩いていてブレンダと遭遇することは滅多にない確率ですね。
 トニーはすぐブレンダのクラスに通い、ご自身もプロのタップ・ダンサーになり、やがてブレンダと共にATDO(アメリカン・タップ・ダンス・オーケストラ)で長く活動しました。美術家からタップ・ダンサーに転向したのです。(注:ATDOは後に形を変えてATDFとなりました。)

 トニーは歌も上手で、ウクレレを弾きながら歌ってタップ・ダンスを踊って、舞台上で面白いことを言って皆を笑わせたり、とても器用な方です。
 美術、音楽、タップ・ダンス、芸術監督、組織の運営の責任者など、多分野で幅広く活躍なさっています。

 ダンサー皆さんや生徒さん達のことを繊細によく観ていらっしゃって、トニーが抜擢なさる若かりしタップ・ダンサー達は人柄やキャラクターが良くて後に発展していった様子をリアルタイムで見届けたので、それぞれの個性をよく見抜いていらっしゃいます。

 タップ・シティー出身のかつて若かりし駆け出しの方が、やがて時が経った後に世界的タップ・ダンサーになり大活躍している方々は多いです。
 このように、トニーは面倒見が良くていつも多くの人々を励まし育てることが出来るので、芸術監督に向いていらっしゃいます。

 私はタップ・シティーの取材を重ねて観ているうちに、出演者の皆さんがとても生き生きしていて明るい笑顔で楽しそうだったので、「タップ・ダンスって楽しそうだなあ」と感動して私もやりたくなり、トニーのATDFのタップ・ダンス教室に通うようになりました。

 かつてATDFでは毎日様々なレベルのタップ・ダンス・クラスが開講されていたので、私も趣味と運動のため長い間15年位は通って、毎年のショーケース(発表会)にも出演していました。(私はATDFでBrenda Bufalino、Derick K.Grant、Tony Waag、Felipe Galganniなどの偉大なタップ・ダンサー達のクラスを受けました。 )

 ATDFとタップ・シティーを取材しにきたジャーナリストが感動して、後日、彼らのタップ・ダンス教室に通ってショーケースにまで出演していたのは、おそらく世界で私1人だけだったと思います。
 タップ・シティーで皆さんが楽しそうに踊っている様子を観て自分の中のダンサー部分が刺激されてまた火がついて踊りたくなってたまらなくなってしまい、私もタップ・ダンスを楽しむようになりました。
 私は幼少時からバレエ経験が13年間あるのでもともとダンサーで、バレエは全てのダンスの基礎なので大抵のダンスは得意です。

 私に人生でもう1つの分野、タップ・タンスの魅力を教えて下さったのがこのタップ・シティーとトニー・ワーグでした。

ATDFとTony Waag

 ATDFの事務所と教室は長らくマンハッタンのダウンタウンにありましたが、数年前にトニーがATDFを閉鎖しようという時に引き継ぎたい仲間が現れて、同じ場所で現在はTap Dance Centralとして生まれ変わって意志は継続されています。


 さて、今年のタップ・シティーの公演のレポートです。休憩をはさんで2幕の構成で、様々な小品集で、第1部の演目は9個、第2部の演目は8個でした。

 舞台上手の後ろのほうにミュージシャン達がいて、ピアノ、ドラムス、ベースの3名がずっとほとんど生演奏をしていました。
 タップ・シティーでは、いつもこのように、タップの本場ニューヨークならではのジャズの生演奏に乗ってタップ・ダンスを披露していきます。

 最初、舞台後方のスクリーンに、初演のTap City 2001の白黒の映像が映し出され、始まりました。
 今から25年前、2001年の若かりしスリムなトニー・ワーグが画面に映っていました。

 第1部の最初の"Dream Again"は、トニー・ワーグご本人が舞台に登場し、歌いながら、タップ・ダンスをしました。トニーは歌も上手なのです。

 トニーはタップ・シティーでいつもおなじみのキャラクターで、舞台上に時々出てきて、演目をつないでいって、ご挨拶や司会、MCをしていきます。

 トニーが歌ったのは、”Dream a little dream”(ドリーム・ア・リトル・ドリーム)で、アメリカのジャズ名曲です。
 こんな難しい情感あふれる曲を、トニーはとても上手な節回しで完璧に歌いました。

(1931年、作曲ファビアン・アンドレ(Fabian Andre)&ウィルバー・シュワンド(Wilbur Schwandt)、作詞ガス・カーン(Gus Kahn))

 名曲なので、エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングのバージョンをご紹介します。タップ・ダンスにピッタリの曲です。

(このように、タップ・ダンスは楽しいうえに音楽の教養も身につきますね。)


 次に、“A Capella"では、舞台上に出演ダンサー達16名が全員出てきて、インプロビゼーションのアンサンブルが短くありました。
 これから演目へ出演するダンサー達のお披露目のような、明るい始まりです。

 "The Pulse"は、気鋭のダンサー、振付師、ボディパーカッショニストのライアン・K・ジョンソン(RYAN K. JOHNSON)で、ニューヨーク初演です。
 メリーランド州を拠点とする先駆的なパーカッシブダンスカンパニー、SOLE Definedの芸術監督でもあります。
 受賞歴多数で、今、とても伸びている注目のダンサーです。

 ボディーパーカッションは、ダンスと打楽器を融合して、踊りながら両手を使って自分の身体のあちこちをパーカッションに見立ててたたいてリズムを鳴らしていきます。

 ライアンはスニーカーをはいていて、床をタップのように踏み鳴らしながら、ボディーパーカッションで黒人のリズムを刻んでいき、口を開けて口や首もたたいてのどの空洞を響かせて音を鳴らしたり、迫力がありました。
 たった1人で楽器無しでこんなに多様な音を鳴らしてリズムを刻んで、舞台で観客を楽しませるのは驚きました。

 けっこう長い演目で、途中、ライアンは舞台上から観客を盛り上げていき、まず観客を4つのブロックに分けて、リズムの見本を見せて足踏みやボディーパーカッションで観客参加型で音を皆に鳴らさせて、次のブロックの人々には違うリズムを鳴らさせて、とうとう4つのブロックの人々が違う種類のリズムを刻み続けて観客全員でリズムのアンサンブルが完成しました。

 すごい盛り上がりでした。
 ライアンは無言なのに、ジェスチャーと顔の表情、ボディーパーカッションだけで観客とコミュニケーションを取っていて、観客が鳴らす音の強弱や、スタート、止め、という合図も手で表現していました。
 打合せなしでここまで観客を参加させて劇場全体で大きなリズムを刻んでいて、間合いや表情が面白いから皆、大爆笑の連続で、とても楽しかったです。

 これはダンス、ボディーパーカッション、ギャグもあり客席を爆笑させるコメディアンでもあり、演劇やパントマイムでもあり、一言でジャンル分け出来ないような幅広い演出でした。

 彼は明るくて楽しい人気者です。舞台に出てきただけでその場がパッと明るくなります。
​ https://www.rkjdance.com/ ​
Instagram @rkj.dance

RYAN K. JOHNSON ((c)Amanda Gentile)

  "Tribute to Gregory Hines" (I'm Just a Lucky So and So)は、再びトニー・ワーグが歌い、自身の振付でタップ・ダンスをしました。偉大な歴史的タップ・ダンサーであったグレゴリー・ハインズに捧ぐものです。

 舞台後方にはグレゴリー・ハインズの生前の写真が映し出され、
「ブロードウェイ・ミュージカルの”Duke Ellington's Sophisticated Ladies”にグレゴリー・ハインズは出演しており、偉大なダンサーでした。」と、トニーが紹介と説明をしました。

Tony Waag  ((c)Amanda Gentile)

 トニーが歌った曲は、その”Duke Ellington's Sophisticated Ladies”の中にも出てくるジャズの名曲”I'm Just a Lucky So-and-So"です。
 これもいつもトニーのおなじみの面白い振付、エキセントリック・タップが披露されました。歌いながら踊りました。

(1945年、作曲デューク・エリントン(Duke Ellington)、作詞マック・デビッド(Mack David)
 これも名曲なので、デューク・エリントンとルイ・アームストロングのバージョンをはりつけますね。


↓ DECFA提供。ブロードウェイの”Duke Ellington's Sophisticated Ladies”の短い紹介動画。グレゴリー・ハインズも出演しています。(1981年)


 次は、”Tribute to the Tap City Tap Divas”(世界初演)です。
振付、ダンサーは、テリー・ブロック(Terry Brock) とカレン・キャラウェイ・ウィリアムズ(Karen Callaway Williams)です。

 カレン・キャラウェイ・ウィリアムズは、ブロードウェイのベテランです。トニー賞ノミネートのミュージカル"Play On!"(プレイオン!)から"Riverdance"(リバーダンス)までブロードウェイで多く活躍し、受賞歴もあり、全米38州、世界13か国で公演しています。
 ニュージャージー・タップ・アンサンブル(New Jersey Tap Ensamble)の創設メンバー・初代ダンスキャプテンでした。
 1930年代のコーラスガールの遺産を称えるThe 2nd Generation Silver Bells(第二世代シルバーベルズ)の芸術監督として、ドキュメンタリー映画”​ Been Rich All My Life ​”(2006年公開)に登場しました。

 ニューヨークで撮影された”Been Rich All My Life”は、当時84歳から96歳の現役女性タップ・ダンサー5名のダンス・カンパニー、The Silver Bells(シルバーベルズ)についてのドキュメンタリーです。
 彼らはかつて、ニューヨークのハーレム・ルネッサンスの黄金期である1930年代から40年代にかけて、ハーレムのアポロシアターやコットンクラブでタップ・シューズをはいて踊っていたコーラスガール達でした。

 その1930年代に黄金期を迎え発達していったタップ・ダンスのステップはアメリカのジャズ黄金期の文化遺産なので大切に保存して後世代へ伝えたいと、当時の生き証人・歩く文化遺産・生きた化石であった5名のおばあちゃん達が再び集まって、1985年に結成したのがシルバーベルズです。

 この映像の中で84~96歳のおばあちゃん達が元気にタップ・ダンスを踊ってステージに立っているので驚きました。

 この年齢では普通なら杖をついている方々も多いですし、ヨボヨボと無事に動いているかどうかハラハラさせられるものだと思います。
 しかし彼らは高齢を感じさせないほど、皆さんとても元気できれいにお化粧して踊っていて、素晴らしい実話で、世界中の皆に元気と勇気を与えてくれますね。

 タップ・ダンスはお年寄りでも続けることが出来るダンスで、足を踏みしめるので骨粗鬆症予防にもなると言われていて、適度な有酸素運動で健康に良いです。

 やはりシルバーベルズの5名は皆さん黒人女性としては異例の長生きで、97歳、96歳、94歳、94歳、94歳まで生きましたので、ビックリ仰天で、タップ・ダンスの精神と肉体への健康効果の証人でもありますね。
 まず何より、とても楽しそうで笑顔で、生き生きとしていらっしゃいました。

 タップ・シティーでは過去に毎年、タップ界のレジェンドであるとても年配のタップ・ダンサー達が多く出演して往年の伝統的なタップのステップを披露していたので、ニューヨーク在住だった彼らも登場していたことでしょうし、私も彼らのパフォーマンスを生で観たことがあると思います。


 テリー・ブロックはタップ・ダンサー、振付家、国際的な教育のキャリア、タップ・フェスティバル出演、交響楽団との共演など、多彩な活躍をしており、ATDFフーファー賞受賞しています。
 偉大なタップ・ダンサーでハリウッド映画の黄金期1930年代から40年代に活躍したエレノア・パウエルのタップシューズの受益者であり、彼女の振付を引き継いでいます。
↓ (Fred Astaire and Eleanor Powell - ”Broadway Melody of 1940”「踊るニューヨーク」の、 "Begin the Beguine"の動画)


 テリーは、Lynn Dally(リン・ダリー)がロスで1979年創設したthe Jazz Tap Ensemble(ジャズタップアンサンブル)の長年のメンバーです。
 伝説的フーファーであるグレゴリー・ハインズ、ハロルド・ニコラス(Harold Nicholas, The Nicholas brothers)や、現代のフーファーであるサム・ウェバー(Sam Weber)などと共演しています。
↓(ニコラス・ブラザーズ(The Nicholas brothers)、映画"Stormy Weather" (1943)でのタップ・ダンス)


 今回、テリー・ブロックとカレン・キャラウェイ・ウィリアムズが共演し、けっこう長い演目で、4曲使用しました。

 タップ・シティーに出演したディーヴァ(歌姫)達へ捧ぐため、女性をテーマにした名曲が選曲されていました。

"I’m a woman"(作曲デュオのJerry Lieber & Mike Shorterによるブルース曲)
"American Woman" The Guess Who(カナダのロックバンド)、1970年
"Oh, Lady be Good" 作曲Count Basie、1939年
"Satin Doll" 作曲Duke Wllington、1953年

 全て、往年のジャズやブルースに乗って、伝統的なタップのステップがよく合う曲でした。

 最初、テリー、カレンがそれぞれソロで踊り、やがて2人でデュオで踊りました。
 お二人とも、今も元気で現役で活躍しているダンサーで、余裕があるベテランらしいタップで上手で、とても楽しそうににこやかに踊りました。
 伝統的で基本に忠実なタップのステップを披露していて、姿勢が良く、タップだけでなく手の表情もバレエのように表現するシアター・ダンスでもありました。
 途中でとても速く打つステップのリズムタップもありました。

Terry Brock((c)Amanda Gentile)


Karen Callaway Williams ((c)Amanda Gentile)


Terry Brock&Karen Callaway Williams ((c)Amanda Gentile)

↓ "I’m a woman", by Jerry Lieber & Mike Shorter:Peggy Leeが歌ったバージョンが1963年に大ヒット


↓ "Satin Doll", by Duke Wllington、「サテンドール」(私の大好きな曲です。)


 次は、"Copacetic Song/Walk around/Coles Stroll"、作曲Charles "Hony" Coles & Roy Branker
Charles "Hony" Coles振付。大勢の出演ダンサー達がアンサンブルで踊りました。

 1949年創立の音楽とタップ・アーティスト達による社交的で親しみやすい慈善クラブ、コパセティックス(The Copasetics)を主宰していた偉大なタップ・ダンサー、チャールズ・ハニー・コールズ(トニー賞など受賞歴多数)が考案した有名な「コールズ・ストロール」(Coles Stroll)というブラブラとゆったり散歩しているような振付です。少しずつステップが複雑になっていきます。

 これは現在のタップ・ダンスの基本の練習としてお約束の振付なので、私も習ったことがあるステップです。簡単で楽しい振付なので老若男女問わずエクササイズにピッタリです。

 この演目では、コールズ・ストロールでタップを踏んで音を鳴らして歩いていき、舞台上に1人ずつ、ダンサーたちが1列になって出てきて、ぐるぐると舞台を大きく周っていきました。

 舞台後方のスクリーンには、コパセティックスとコールズが映っていました。

Ensemble  ((c)Amanda Gentile)

↓ The Copasetics, Do the Coles Stroll, 1979

​
↓ Charles "Hony" Coles Documentary 1996 TV française(フランスTVの、チャールズ・ハニー・コールズのドキュメンタリー番組の映像)


・・・レポートは次回に続きます。





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最終更新日  2026年07月15日 13時44分53秒
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