2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
シプカに行くためにスィヴィリアナさんのお家を出て、ツムデパートを経由してソフィア駅近くにある長距離バスの乗り場へ行きました。シプカまで3時間あまりの距離ですが、6レバでした。バスセンターは屋外で、行き先が書いた紙がフロントガラスのところに表示されていて、ここからいろんなところに行けるんだなァ…と思うとわくわくしました。
2002年12月31日
コメント(0)
楽器のレッスンが最後の日でした。ガイダ(ブルのバグパイプ)の先生ヴェンツィ氏、ナスコ先生のご家族、ヨルダンカさんとお友達のマルチョさん、スィヴィリアナさんでお喋りをし、記念写真を撮りました。その後、帰ってから国立舞踊団のダンサー、ヴェセリンとスィヴィリアナさん宅で会うことにしました。彼にはお土産の焼酎を渡すだけで、夜はヴェンツィ氏の出演するレストランへ行きたかったのですが、その日はヴェンツィ氏の出番ではなく、ヴェセリンのお友達がミュージシャンとして出演しているレストランに行きましょうということになりました。そこはブルガリアだけでなく、セルビア、ギリシャ、マケドニアの歌と音楽の生演奏と歌を楽しめるレストランでした。そのうち、ブル人がホロを踊り始めましたが、ヴェセリンも立ちあがりラインをリードして踊り始めました。踊る場を見ながらのラインのリードのし方がさすがでした。ショップのプラボ・ホロって9拍子なんですね?(2拍子なのはトラキア?)。同じ9拍子でジャングリツァ(踊る人専用語で申し訳ないです)のステップが踏めます。プラボもいろいろ強弱をつけてとても楽しく踊れました。その後、本来はアコーディオニストのヴァスコが超絶技巧を披露し、私達は7拍子のラチェニツァ等も踊りまくって、ヴェセリンはプロのダンサーの技を披露して拍手喝采でした。その後、2日の夜もヴェセリンと彼のお友達とクレッチマー系のレストランに言ったんですが、ミュージシャンがあまり上手ではなかったらしく(私的には言われなければ、さほどには気にならなかったかも(^^;)、ヴェセリンはプラボを少し踊っただけで、のりのりってほどでありませんでした。ヴェセリンはそのミュージシャンのことを肘で弾いている真似をして、手厳しくだめだししておりました。う~ん、プロの目は厳しい~。
2002年12月30日
コメント(0)
タパンのナスコ先生が出演しておられる「バンスコ・クシュタ(バンスコにある家)」という民族レストランに行きました。ナスコ先生はブル南部のピリン地方のご出身と夏に聞いていました。私はタパンが聞けるものとばかり思って行ったのですが、ブルの小太鼓タランブッカを演奏なさっておられました。バンスコ・クシュタはピリン地方マケドニアの歌をお客さんに聞かせるレストランのようです。マケドンスコ・デヴォイチェ、ヨバノ・ヨバンケ、モレ・ソコル・ピエなどは人気曲のようでお客さんのリクエストで何度も歌われていました。私はマケドニアの歌はブルの歌ではないと思っていたのですが、お店にはってあった地図はブルガリアとマケドニアがブルガリア領であった頃のものでした。
2002年12月29日
コメント(0)
ホームステイさせていただいていたのは、ソフィアの中心部からバスで20分位のところのリュリンというところです。楽器のレッスンは、ソフィアの中心部ステファンカラジャ通りに法律事務所を構えるヨルダンカさんのところを使わせていただくことになりました。ソフィアの朝は7時30分を過ぎないと、空が白んできません。8時でようやく夜が明けます。8時過ぎに朝食を準備していただき、ちょっと練習した後、9時過ぎに出発です。路線番号「30」が車体前面に表示された、15人乗りの小さな白いミニバスが10分おきくらいに、アパートを出た広い通りにやってくるので、手を上げて停め、乗り込みます。乗るところに停留所の表示はありません。降りるところは決まっているようですが、社内アナウンスはありません。毎朝、スィヴィリアナさんが私が乗りこむときにこの女の子はアコーディオンを習いに来た日本人だから、ルスキ通りの教会のところで降ろしてあげてね、と頼んでくれてました。料金はどこまで行っても1レフ。乗るときに運転手に渡すか、乗ってから1レフ札を手渡し順送りに前に送っていきます。
2002年12月28日
コメント(0)
27日から30日まで4日間、アコーディオンとタパンの講習です。各楽器2時間ずつ、一日計4時間。アコは夏に習った曲5曲の復習と新曲2曲。今回初めて、ラチェニツァ(7拍子の曲)を習いました。トラキア地方のラチェニツァですが、日本のダンサーになじみのあるメロディーが入っていて、この曲を弾けるんだなァと感慨ひとしおでした。イヴァン先生の先生の口癖は、「Good,but~(的確な指摘).Maybe one more…」タパンは初めて習いました。ブルガリアのダンス音楽のリズム、15種類くらいの簡単な叩き方を教わりました。ナスコ(アタナスの呼称)先生はとても優しい笑顔の方です。奥さんとお嬢さんにも夏にコプリでお会いしていたのですが、今回も最後のレッスン日に見えて、タパンの梱包を手伝ってくださいました。出来合いの箱ではなくてダンボールを切って作ってくださったのにはびっくり。多分、太鼓自体、バチも先生の手作りなのではと思われます。食べて、寝て、楽器の練習とレッスンだけの至福の4日間でした。
2002年12月27日
コメント(0)
お昼過ぎの便でウィーンを発ち、1時間時差のあるソフィアについたのは17時。お迎えのホームステイ先のスィヴィリアナさんにもすぐにお会いできました。お友達のカーティアさんとそのご子息、矢田さんの奥様のお友達ヨルダンカさんの3人が笑顔で迎えてくださいました。うっすらと雪が残り、空気の冷たさもウィーンに負けず劣らずでしたが、夕暮れの明るさが残っており、人もそこら辺を歩いたり、バスを待ったりしていました。
2002年12月26日
コメント(0)
今回のブル行きはウィーン経由。夏はフランクフルト経由。夏は名古屋発でその日に着いたけど、今回は成田発でウィーン一泊。泊まった西駅前のホテル(ドリント・アエロ)は、空港から西駅まで行くリムジンを使えば迷いようのない場所にあり、しかも小奇麗なところでした。16時過ぎに着いた時、すでに外は真っ暗。空港からホテルに向かうリムジンで見る景色は古都というよりも、未来の化学コンビナート風。無機質な四角い建物とオレンジや白のライトの等間隔の連続の下、人影はほとんどありませんでした。寒さは期待していた通り、ちょうど良い寒さ。凛とした空気は冷たく、吐く息の白さに勢いがありました。雪は人の歩かない緑地にうっすらと、舗道に掃き寄せられて残っている程度。とはいえ、瓶入り日本酒・焼酎を計6本、瓶入りキムチの素4本、カメラ2台、レンズ3本、三脚を詰めていた私のスーケースのキャスターは、すべり止めにまかれていると思われる道路の小石にジャリジャリときしんでおりました。「ウィーンを経由するの」と人に話す時、わくわくするような憧れの響きをこめていた私にとって、ウィーンの思い出はホテルのバスルームで使われているシャンプーリンス、ハンドソープの香りです。使用後、香りがこんなに残っていいのかしらと思うほどの強い主張でしたが、とてもとてもやさしく麗しい花の香りでした。
2002年12月25日
コメント(0)
仕事が終わって旅行に持っていくものを調達しながら帰宅し、1時間くらいでスーツケース詰め。タクシーで出発!はじめて体験する名古屋の駅前のラッシュ!途中で降りて走った、走った!バスセンターに着いたらすぐに発車!てな感じで始まった今回の訪ブルでした(^^;
2002年12月24日
コメント(0)
まだ、スーツケースは空っぽです。今日、買い物に走り回らなければ…名古屋にいるのは明日の夜までです。12/25 朝成田発→ウィーン着、一泊12/26 昼ウィーン発→ソフィア着12/27~30 アコとタパンのレッスン(вСофия)12/31~1/2 シプカへ1/3 ソフィア発1/4 成田着→名古屋へ
2002年12月23日
コメント(2)
名古屋国際センターでブルガリア人の民間大使を囲む集いがありました。参加者は約100名。老若男女…というか、老男女若少々という感じでした。先日は大阪の河内長野市の国際交流協会がカザンラクのアンサンブルを招聘していましたが、こういう市レベルでブルとの交流が始まると、ブル人も来日するチャンスが増えることでしょう。来年7月、フェスティバルがあるそうです。
2002年12月22日
コメント(0)
年賀状の印刷を頼んでいたのですが、私が頼んでいたタイプではできないと、今朝連絡がありました。今週ずっと連絡がつかなかったと、印刷屋さんの弁解。連絡がつかなかったことで逆に怒られているようでした(T T) 今日、別のタイプで頼んでも年内にできないとのことで、もうあきらめるしかありません。ネット上の友人・知人は高田さんのところからオンラインのご挨拶で失礼させていただきます。その他の方々への年賀状は…ブルから絵葉書? 郵便局は開いているでしょうか? 絵葉書がある程度の数まとまって買えるでしょうか? どのくらいの日数で届くのでしょうか? とりあえずトライしてみます。
2002年12月21日
コメント(0)
今、ブルガリアでもの映画ランキングの第一位は「ハリーポッターと秘密の部屋」だそうです。(ブルガリア・オンラインからリンクしている「映画リスト」による情報)う~ん、本も読んでないし、映画も見ていない~(T T) 今週はダニエル・ラドクリフ君が来日していて、朝のテレビでも毎日フィーバーぶりが紹介されています。映画ではあどけない彼ですが、実物はかなり大人っぽい雰囲気。でも、13歳ですよ。子供ですよねー。どこから手をつければいいのか…とりあえず、映画の前作?
2002年12月20日
コメント(0)
今日は会社の写真クラブ例会でした。私はどちらかというと街の中の写真が多いほうです。写真を撮るために特別にどこかに行ったりはほとんどしません(というか、踊り以外は本来は出不精)。 最近街でシャッターを切るのちょっと恥ずかしく感じています。ソフィアでも三脚を持ち歩くと結構人目を感じました。でも、人は私が恥ずかしがっているとか、人間関係のしがらみに悩んでいるとは全く思っていないようです。超マイペースな奴と思われてるなら、気にしなければいいんだ~と思うにいたった今日この頃です。今回の訪ブルでも沢山写真が撮れたらいいなぁ…
2002年12月19日
コメント(0)
自宅のすぐそばに、大きな100円ショップができました。男性用のスーツの安売り屋さんが店じまいして、その後です。2階建てです。入用なものはなかったのですが、ちょっと見にはいってカッターの替刃とティッシュ、ヘアブラシを買いました。安物買いといえばそうなんですが、ふ~ん一つ2レバだな…と感慨にふけりました。
2002年12月18日
コメント(0)
今日、ソフィア周辺では雪が降っているらしいです。気温はマイナス0.3度。(国立気象学・水路学研究所のhp情報)やっぱり寒そう。この間、関東は雪でしたよね。それだけでニュースになってテレビで映像が見られて、はぁ~、東京に雪が降ってる~と思いました。ネットで世界は近くなったけど、雪が降ってるソフィアの映像が見たいなァ…。向こうに恋人か家族がいて、毎日映像も送ってきてくれるといいのに…。
2002年12月17日
コメント(0)
名古屋でダンスの例会でした。朝はとってもいいお天気でしたが、天気予報は夜に雨。当たらないだろうと思ってたかをくくっていたら、土砂降り。前を歩いている人があいあい傘をしているのを見て、コプリのにわか雨を思い出しました。この夏とてもお天気が変わりやすく、晴れたり、雨が降ったり、天気雨だったりでした。ダンスのレッスン場と宿は徒歩10分くらい離れていたところだったのですが、傘を持って出ず、傘なしではちょっと厳しいなァ…と思っていたとき、ガイダの先生があいあい傘をしてくださいました。やさし~。その時、私の目はハートマークになっていたに違いありません(^^;
2002年12月16日
コメント(0)
堺で月1回行われているバルカンダンスの日曜例会に、ミシュカさんと行って来ました。昔、学生時代の頃、関西は関東で踊っていた私にとって憧れの地でした。今でこそフォークダンサーは北へ南へ日本全国どこへでも行って踊るので、私も湯沢まで行くことにまったく抵抗がありませんでしたけど、20年前はさほどでもなかったように思います。1度か2度京都に来たことがありましたけど、一大決心でした。 それが今や月に1回関西で例会です。合宿といえば関西です。名古屋にすんでいますが、踊りの国籍としてはすっかり関西ダンサーになってしまいました。 そして、今度は年に2回のペースでブルガリアに行こうとしています。とはいえまだまだブルガリアは憧れの地です。今年の夏だってソフィアとコプリしか行っていません。 日曜例会でスレバルスキ・ダネツがかかりました。隣りで踊っていたミシュカさんは、「スレバルナ~、ウ~ンどこだったかな~~~??? あ~そうだ!ドナウ側の沿岸だ~」と。いいですね~、ブルガリアが先に自分の中にあるって。 クースルコ・ホロのクラ、プレベンスコ・ダイチョボのプレベン、ヤンボルスコ・パイドゥシコのヤンボル…等々、踊りの名前になっている街の名前は私の中で光を放って手招きをしています。毎回1箇所でいいから回りたい…。
2002年12月15日
コメント(0)
おととい大阪に来て、いったん名古屋に戻り、今日もまた大阪にいます。いつも大阪に来ても用事(仕事or踊り)だけでほとんどうろうろしませんでした。今日はレッスンが終わってから、かなりうろうろしました。千林の商店街で矢田さんに会って、まだこんなところにいるのって驚かれるのではとひやひやしました。いやー、千林の商店街でショッピングを楽しみましたよ。バスタオルとか買っちゃいました。すごく大きいのが安かったー。あと、昆布屋さんを3軒も見つけました。和服屋さんも多いですね。豆匠というところで、殻付落花生を買いました。ヴェセリンさんがお好きだったので、とりあえずブルへのお土産として。(私はこれ以上部屋が汚くなると嫌なので自宅では食べたくないですが)ブル語のレッスンは挨拶。なかなか挨拶から抜け出せませんが、新しいフレーズ・単語がバンバン出てきて面白かったです。近日中にページのほうにアップします。コピーしていただいたテキストは英語による解説のもので、アマゾンのサイトで表紙を見たような気がします。
2002年12月14日
コメント(0)
辞書引きは語学学習に必須。中1の時、英語辞書を速く引ける訓練をさせられました。とはいえ、もうこの年です。けっこうおっくう(T_T)。それに辞書用略語、ブル語の文法用語が頭に入っておらず、辞書を引いても、得てくる情報があいまいです。どこかでしっかり文法用語を覚えなければ・・・。で、英語に関して言えば、ロングマンの英英辞書の入ったセイコーの電子辞書を愛用していますが、これのブルブル版なんてないのかな・・・
2002年12月13日
コメント(0)
仕事で大阪に行きました。名古屋から近鉄で関西に入る時、木曽川、長良川、揖斐川と大きな川の河口がものすごく接近しているところを通ります。(長良川と揖斐川の境は堤防のみです)そういう環境は東海に来て初めてなのですが、とても癒される感じがして気に入っています。その三つの川を越えながら、ふとドナウ川はどんな感じなんだろう…と思ってしまいました。京橋の高層ビルの17階で会議があって、川が見下ろせました。ソフィアに川はあったかな…「パリの空の下セーヌは流れる」のソフィア版は?すぐそこに生駒の山並みが見えて…ヴィトシャ山ってこんな感じ?って勝手にまた心はブルに行っておりました(^^;
2002年12月12日
コメント(0)
今日は何ヶ月かぶりにマッサージの予約が入ってます。私はものすごい肩凝りというか、全身疲労物質です。すごい力のマッサージ院の院長先生に、「おてやわらかに」とか「疲れが全然取れてませんよ」とか言われたりします。マッサージって保険が利かないので、ブル貯金中の私としてはお財布がいたいですが、気分がめいったときの自分への元気付けの一番はマッサージです。それに私が行っているところは、会社の近くだし、とても良心的で相場よりかなり安めです。人に身体をもまれるのも、シャンプーと同じに大好きです。1時間やってもらうともうとろとろになります。人をもむのも大好きなので、いつか職変えできたらなァ…と思ったり。ブルにマッサージ屋さんってありましたっけ?
2002年12月11日
コメント(0)
また、おっきな題なんですけど・・・(^^;ブル人の方々の国民性などにはお構いなくブルダンス、ブル音楽にはまった私ですが・・・このブルダンス・ブル音楽を培ってきたブル人の国民性ならば、それがたとえどんなものであろうと敬意を表します。で、ところでブルガリア人の国民性って?善人悪人いて当然なんですが、今まで知り合ったブル人の方々・・・ほんとに親切でステキな人ばかりでございます(感謝)。「求めよ、さらば与えられん」って感じ。日本ってけっこう「駄目駄目」で、へこむ。ノーベル賞受賞者のお二人が、個性を大事に加点主義で頑張れって言うけど、結果が出てなんぼでしょってこと多いわ。(愚痴ってまった(^^;)
2002年12月10日
コメント(1)
ブルガリアの大太鼓タパンを習えることになりました。アコーディオニストの私のはずなのですが、浮気というか、ちょっとふたまたかけちゃいます。和太鼓と違い、肩から紐でつるします。きき手に木製の太いバチ、反対側の手に竹ひごのような細いバチで叩きます。叩く面は一つの面ではなくて両側を叩きます。和太鼓もそうですが、体の芯からリズムが湧き出る感じがとても好きです。自分が習うなんて全然考えてなかったのに、アコーディオンのスケジュールがなかなか決まらなくて、アコが駄目ならタパンを・・・というのりで、とんとん拍子に話が決まってしまいました。何か、自分が太鼓打ちになるなんて実感がありません。私の記憶で太鼓打ちといえば・・・無法松(^^; 古ッ!
2002年12月09日
コメント(0)
2ヶ月ぶりに、髪を染めてカットしてきました。ペイさんがブルで美容院に行かれた話を書かれていたと思いますが…旅先で美容院というのは魅力的ですね。生活者のスタンスっぽい。シャンプーだけってしてくれないかな。ま、カット体験してもいいんだけど…とりあえず伸ばしてるんだよね、今。
2002年12月08日
コメント(1)
国立博物館の東だったか、映画館があったように思います。そこの前でCDを買いました。この冬の訪ブルはアコのレッスンで4日間ソフィアにとどまるので、年内は遠出できないと思います。ソフィア市内でほんのちょっとのソフィア人の真似事ってことになるでしょう。映画見たり、デパートに行ったり、本屋に行ったり…あとは何をしましょうか…ところで、ブルでブル映画のビデオって買えるんでしょうか?買えたとして、日本のVHSビデオで再生できるのかしら…OKだったら買ってきたいな。
2002年12月07日
コメント(6)
ブル語の標準語はトラキア地方の言葉なんですか?(どこかに書いてあったような、うろ覚えの記憶が・・・)日本でも大きくは、東北弁、東京弁、関西弁、九州弁でしょうけど、地理的要因で無数に方言ってありますよね。関西弁でも京都、大阪、神戸で違うし、私の出身山口市でも、市内と海の方では微妙に語尾が違います。例:標準)いいの、市内)いいそ)、海側)いいほ・・・(^^;) 高校生になって学区が広がるとこういう話題に花が咲きますよね。日本語だとどの部分が方言かってすぐ分かるのですが、他国語でこれを判別するのは至難の業ですね・・・ブルガリアの街路樹 名古屋は銀杏の木が多いように思います。今落葉がすごくて、朝は落ち葉の掃除をしている人をよく見かけます。自転車のかごにも入っていたりします。ブルガリアはどうなんでしょう?私が訪ブルするころには、街には植物はないのでしょうかしら・・・お花屋さんには何かあるのかな。知人にこの季節、銀杏広いに名古屋中歩きまわる人がいます。何万個という銀杏の実を拾って、洗って、知り合いに配っています。(昼間は勤め人です(^^;)
2002年12月06日
コメント(1)
今日の夜はインド料理でした。会社の近くにナンのおいしいところがあります。ランチはプレーンなんとライスが食べ放題です。夜はホウレンソウナン、セサミナン、ガーリックナン等など・・・あります。わざわざブルガリアまで行ってインド料理を食べなくていいんですが、ちょっと興味もあります。夏行った時は、コプリで偶然遭った日本人の方が中華料理を食べたというのを聞いて、私も無性に食べたくなって、帰る前日にロディナホテルの近くで食べました。皮の厚い餃子と五目ビーフンがおいしかったです。死ぬほどの量がありましたけど・・・(T_T)
2002年12月05日
コメント(0)
名古屋市にはブル人は16人、愛知県で22人おられると聞いたことがあります。今日は近隣の豊田市へ仕事で行きました。大企業があるので、ブル人存在率は期待できると思います。依然ペイさんがブル人の顔立ちがわかるようになってきたと書かれているのを読んで以来、私はそれらしき人と街ですれ違う度に、この人はブル人か? そうでないなら何人か? という問いが瞬時に頭を駆け巡ります。御本人に確かめるわけではないので、意味がないのですが・・・(T_T)
2002年12月04日
コメント(0)
ブルガリアの文字はキリル文字。ラテン文字へのどう翻字するかが目下の悩み。とはいえ、矢田さんの奥様に聞いてみようと思い、今は棚上げ状態。日本在住のブル人ネット、bg-japもラテン文字表記だから、ラテン文字へ翻字しようと思っていた矢先、多国語サポートでキリル文字が打てるようになりました。で、今日は、キーそれぞれにキリル文字の紙を貼りつけました。このちょっとした満足感は何?
2002年12月03日
コメント(3)
年末年始にブルに行く!と決めていたものの、アコーディオンのレッスンスケジュールが決まらない(T_T) と思っていたところ、ようやくお返事が来て、12/27~30まで4日間習えることになりそうです。手配してくださったダンサーのカヤ&フリストご夫妻に感謝しています。さて、ブルガリアとのeメールの送受信の際のフォントですが、今まで気にしていませんでしたが、今回「Times New Roman」にして欲しいとメッセージがありました。私のPCだとMSゴシックが初期設定なんですが、それだと文字化けするんでしょうか?今まで打ったお手紙のどのくらいが文字化けしてたのかしら・・・(T_T)
2002年12月02日
コメント(1)
昨夜から今朝3時まで、ブルガリア国立舞踊団フィリプ・クテフのトップダンサー、ヴェセリン氏と合宿中の日本人ブルダンス愛好者で大盛り上がりの宴会でした。はっきり言ってヴェセリンさん、ザルです。全然顔に出ません。酔っているそぶりはありません。アコーディオンガンガン弾きます。ブルの大太鼓タパンも叩きます。アルコール分解酵素がめちゃめちゃあるんでしょうか?彼はまだ32歳です。私のアコーディオンの先生は61歳です。お二人とも(他のブルガリア人の方もですが)長生きして欲しいです。お体を大切に。
2002年12月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1


![]()