文の文

文の文

PR

Profile

sarisari2060

sarisari2060

2004.05.19
XML
カテゴリ: エッセイ
奥入瀬渓流の焼山というJRバス停前に特産品の観光センターがあり、みやげ物が売られている。

そこのロビーには直径1メートル近い丸太で作られたテーブルがある。クリーム色の木肌にニスが塗られて艶やかに仕上げられていたが、その表面は大きくひびがはいっており、側面にはうねるように盛り上がったこぶもあった。

かつては大木であっただろうその木は、いったい何年、地にあったのだろう。たくさんの葉っぱをそよがせ、花を咲かせたのか。木漏れ日に憩ったひとはいたのか。

育ちづらい環境であったのだと、そのひびやこぶは告げているのか。なにがあって森に別れを告げ、ここにやってきたのか。

年若い木の幹から、チェンソーで切り出されたまんまのような素朴な腰掛に座って、じっくりその物語を聞いてみたいと思った。

バス停にオーストラリア人の若いカップルがいた。メルボルンから来たという。日本から中国、インド、ヨーロッパへ、一年半かけて世界を回るそうだ。

英語のエクセサイズになるからと言われてアドレスを教えた。エキサイティング!と言いながら目を輝かせる彼女。優しげに見つめる彼。彼らの目の前に広がるものを思った。彼らの物語はこれから始まる。きらきらしてまぶしい。

さっちゃんと夏の奥入瀬を歩いた時、光が葉の間から攻め込んでくるようだった。茂った樹木の下、右手にせせらぎを見て歩いた。暑かった。光の中を虫が飛びかっていた。

さっちゃんと歩きながら、言葉を交わしながら、思いはそこになかった。ずっと、西へ飛んでいた。思うひとがいた。思われてもいた。旅は会えない時間の連続だった。



名も知らぬ木に迎えられる。名も知らぬことを申し訳なく思ったりする。木の辞典を抱えてきたが、遥か高みの葉っぱの形がみえない。仕方なく木肌の裂け目を撫でてみる。でこぼこした感触が指に残る。夏が来て秋が来て冬も来る。ここは厳しいよねと声をかける。

倒木にコケが生え、新芽が伸びている。命の終わりにも意味がある。前を歩く息子の背を見ながらそんなことを思っていた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2004.05.20 00:36:34
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: