文の文

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sarisari2060

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2004.05.27
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カテゴリ: エッセイ
ほんとうにわたしはよくものをもらう。今日はクリーニング屋のおばさんに鉢植えのピンクのゼラニュームをもらった。

それはピンクのつつじに似た花びらに、紫で山百合にあるような斑点が入った、あまり見かけない種類のゼラニュームで、この間まで、古い二階家の窓辺に届く勢いで丈高く伸び、店先を華やかに彩っていた。

その店先の狭い空間には他にもたくさんの植木鉢が並べられていて、同じようにマンションの狭いベランダに鉢を並べているわたしは、前を通るたびに立ち止まり、それぞれの生長ぶりを楽しませてもらっている。

今日もいつものように何気なく目をやると、そのゼラニュームが丈短く刈られて大きな鉢のなかで肩を寄せ合うようにこじんまりと咲いていた。

気になって日当たりのよいところへ鉢を移動させているおばさんに「植え替えされたんですか?」と声をかけると、おばさんはにっこり笑いながら、「あんまり大きくなっちゃったもんで、ちょっとつめたのよ」と答えた。

「お花にいろいろ声かけたりされるんですか?」と聞くと、ちょっときまり悪そうに笑う。「だってさ、花だって生き物だもん。頑張って咲いてくれれば褒めてあげたいじゃない」

「でも、わたしは田舎育ちのせいか雑草が好きでね。石の間なんかから芽出してるの見ると、あんたよく頑張ったねえ、って声かけちゃうのよ。馬鹿みたいだね」と笑う。

「わたしは引越しの時にたくさんの植木と別れてきました。二十年もののゴムノキはあんまり大きくなったもんで、かわいそうだけど、幹の丈をずいぶん詰めて運んできたんです。それでも、だんだん大きくなってきてくれて、えらいえらいなんて声かけてます」とわたしが言うとおばさんは泣きそうな顔になり、「根っこさえしっかりしてりゃ大丈夫なのよ」と呟いた。

ピンクのゼラニュームの見事な咲きぶりをいつも感心して眺めてますよ、と告げるとおばさんは相好を崩し、あら、それなら持って行きなさいよ、と軽く言って、件の花をつけた小さな植木鉢を袋に入れて手渡してくれた。



なくなったご主人は元国鉄の職員だったという。

昭和36年ごろ、新橋の近くに国鉄職員の寮があり、そこへ向かう道の脇にこのゼラニュームが見事に咲いていたそうだ。ほかで見かけたことのない珍しい花だった。

「それがよう、きれいでよう」とご主人はその花がいたく気に入り、花の持ち主であるおばあさんが手入れをするそばでその花を褒めに褒めた。するとおばあさんは、そんなに気に入ってくれたのなら、と喜んで切って分けてくれたのだという。

「おとうさんがせっかくもらってきたその花をわたしが枯らしちゃならないと思って大事に育てたのよ。そうねえ40年くらいになるかしらねえ」とおばさんは小首を傾げた。

もらった鉢を提げておつかいに行き、帰りに田舎饅頭を買っておばさんを訪ねた。「おいしそうだったので」と差し出すとおばさんは「そんなことをしたら、花に申し訳がない」と答えた。胸に残る言葉だった。

「ほんとうはいっしょに食べたいと思って買ったんです」と言うとおばさんは両の手で顔を覆って頷いた。





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Last updated  2004.05.28 00:46:16
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