文の文

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sarisari2060

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2004.07.27
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カテゴリ: 東京めぐり
有楽町へむかう電車の一番前の車両に乗り、運転士の後ろに陣取った。彼は白い帽子を目深に被ってまっすぐ前を見据えている。時おり計器を指差し、何かをつぶやく。後ろから頬のふくらみが見て取れる。若いひとだ。

京浜東北線の運転士の右手はフリーでただ置かれているだけだったが、山手線ではコックを握っていた。白い手袋をしている。そう大きな手ではない。

乗客はこの人の腕に命を預けているのだと気付く。無条件に信頼しているけれど、もしもこのひとの思いのまま、あらぬところへ暴走していったら、と想像してみると、ちょっとこわい。

計器の中央にATSと書かれたボタンが見える。何かあったら、アレを押せばいいんだなと密かに思う。

運転士の目線で景色を眺める。目の前には線路がはるかな場所へと伸びている。線路沿いの緑が目に飛び込む。夏の日差しを浴びた葉っぱが揺らぐ。バラスの間に緑が見えるのはしたたかな雑草だろうか。そばに立てば陽炎のゆらぎが見えるだろうか。

線路は時に小さく、時に大きく曲がり、遠近法の絵画のお手本のようにかなたで消失する。障害物のない進路に胸がすく。

線路わきに鉄さび色をしていたものが放置されている。古い線路だったり、器具や機器だったり、よくわからないものが転がっている。時をかけていずれ朽ち果てていくもの。鉄さび色はなんだか悲しい。

ふっと、地下鉄の運転士を思う。暗いトンネルのなか、見えるのはライトに照らしだされた灰色のコンクリートの壁にさえぎられた世界。来る日も来日も変わることはない。季節のうつろいも、日の翳りもない。駅に近づいた時だけ、眺めが少し変わる。ホームで待つ乗客が見える。さっきの駅とは違う顔のはずだ。つらい仕事だな。

線路を見つめていると、車窓からの景色を見ていて感じるスピードよりもゆっくり走っている感じがする。周りには高層ビルが立ち並んでいるのに、がったんごっとんと田舎の電車に乗っているような気分になる。思いが勝手に旅している。



市バスなどで見られるような挨拶、手を上げ、ヨッ!と言ったりはしない。平然と何事もなく行き過ぎる。しかし、駅についてホームで合図する駅員さんにはゆっくりと手を上げる。それは厳かな儀式のような雰囲気だ。双方とも至極生真面目に見える。命を預かっている真剣さかもしれない。

小学生の男の子が乗ってきてわたしの前に立ちふさがる。夏休みだ。やっぱり同じように運転士の手元や計器を見つめ、やがて線路に見入る。電車の振動のように身体を左右に揺らす。

おいおいおい!わたしの特等席だぞ!と、こころのなかで文句をいって、睨んでみる。それに気付いたのか、彼は意地になったように両手を広げて陣取りをする。仕方なく、無言で空いているガラスの前に移動する。

次の駅で子供が降りた。さあて独り占め!と思っていると、乗ってきた中年のおじさんがやっぱり運転士の後ろに陣取って覗き込んだ。うーん、もうー!とまたこころのなかで毒づく。わがままな電車おばさんだ。

背広姿のおじさんは鞄を足元に置き、ガラスの下のバーに腕を組んだまま体重を預け、足を交差させた恰好でずっと線路をみつめていた。グレイのズボンの腰のあたりの肉付きがよい。半ズボンをはいていたのは遠い日だ。

このまま大人の日々を突っ切って、どっか懐かしいところへ連れて行ってくれるといいのにね。その白髪交じりの後ろ髪を見ながらそんなことを思っていた。





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Last updated  2004.07.28 07:18:28
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