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2009年04月21日
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カテゴリ: 映画
映画

日本軍の物資の窮乏ぶり、
兵がどれだけ消耗品としてないがしろに扱われていたか、
生きて虜囚の辱めを受けず」という日本軍の考え方が将兵をどれだけ苦しめたかが、
誇張されるでもなく、矮小化されるでもなく、
とても冷静に描かれていたんではないかと思いました。

米軍を美化していなかったように思います。
捕虜となった無抵抗の日本兵を撃ち殺す場面や
岩を掘って作った地下壕に立てこもる日本兵を火炎放射器を差し込んで焼き殺す
(実際に硫黄島でとられた攻撃方法)場面も映像にはありました。

ただ、時間の経過と、硫黄の熱気からくる暑さが、この映画からはわかりずらかったと思う。
栗林中将着任は昭和19年6月、
米軍硫黄島上陸昭和20年2月19日
摺鉢山に星条旗を掲げたのは昭和20年2月23日(有名な写真ですね)
栗林中将自決は昭和20年3月27日
ということです。

どのくらいの年月が経っていたのか。
どのくらいの期間餓えと喉の渇きに耐えて闘っていたのか、
どのくらいの期間凄惨な戦闘が続いていたのか、
が映画からはよくわかりませんでした。
時間の経過とともに、戦況、窮乏の状況も悪化していったのですから、
時間の感覚がわかると、もっと硫黄島での日米の将兵の様子が伝わった
んじゃないかと思いました。

日本人が監督しましたって言われても、そうでしょうねって私なら答えてしまいそう。
「父親たちの星条旗」もみるべきでしょうか。


参考:『太平洋戦争(下)』児島 襄(中公文庫)
   『硫黄島』R.F.ニューカム(光人社NF文庫)


太平洋戦争(上巻)


太平洋戦争(下巻)





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最終更新日  2009年04月24日 06時32分13秒
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