ブドウ畑の空に乾杯

ブドウ畑の空に乾杯

January 21, 2006
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カテゴリ: タダの日記
君はセックスに関する写真集をたくさん持っているよね、と彼が言うので、うんだってそれが人生の全てだからと返すと、少し間をおいてから確かにそうだねと言った。初めてこの男が私のアパートへやってきたのは去年の11月だったが、彼を食事に招待したその夜の奇妙な楽しさを私は忘れない。夕食のメニューはコトコト大切に煮込んだロールキャベツに、チーズにバゲットに赤ワインだった。お土産といって持ってきてくれたのは、色彩にまったく統一感がないが不思議に素敵な花束で、わぁー、花束なんてもらうの初めて、とかわいらしく言った私は、直後にそれが初めてではなかったことに気がついたが黙っていた。ロールキャベツを口にした後、私とは生まれも育ちも肌の色も違う彼は、これは僕の母親の料理にそっくりだ、と言った。

彼がアパートへ来ることになったのは、私の撮った写真を見たいと言い出したからだった。写真を見せてと言われても、男の裸の写真ばかりだがどうしようかと思ったが、隠しても仕方がないので全てお目にかけることにした。膨大な数の写真ばかりでなく、部屋の隅にほったらかしたまま忘れられた古いスケッチブックまで、床に座り込んでゆっくりと時間をかけて見てくれた。

どうやら、と彼は言った。君はどうやらこの男の人にぞっこん惚れていたらしいね、と一枚の絵を指差して笑顔をまっすぐに向けた。デスクランプのオレンジの光が彼の横顔に差して左目がキラと光った。そういえばスケッチブックの中の人物と、この彼はどこか全体の印象が似ているかもしれなかった。いや、違う。似ているのはたった一箇所だけだ。小ぶりで形のいい顎の先。ガッチリとした密度の濃い骨組みに、ほんの少しだけ丸みを帯びる肉付きの絶妙さ。閉じられた唇の下に薄い三日月の影をつくる窪み。

「惚れていたらしいね、」私はその問いかけに何と答えたのだろう。覚えているのは心の中でニヤリとして、ばれたか…と思ったことだ。彼に見破られたことが、何故かとても嬉しかったのだ。夜は更け、私たちは小さな部屋の中で赤ワインとビールをぐびぐび飲んで、かなり酔っ払った。それから今度は彼の持ってきたデッサンを見せてもらうことにした。そして一枚一枚を丹念に見た。そのほとんどは、女の裸を描いたものだった。

それ以来、付き合おうとか好きだとかそんな言葉も一切なしに、私たちは毎日会うことになった。どちらからともなく電話をかけ、食事をし、酒を飲み、ベッドにもぐりこんだり、映画や買い物や美術館へ出かけたり、たまには一緒に勉強することもある。

今日みたいな陽気のいい土曜日の午後は、Nan Goldin の写真集を眺める彼の膝枕で私はいつまでもまどろんでいる。カメラを傍らに置いて、時々そうっと彼の顎ヒゲに触れながら。すると、ふと顔を覗き込んで、今夜は週末だから出かけたいね、何かしたいことある?と聞くので、ねえ、ビリヤードでもしに行かない?軽くビールでも飲みながらさー。という私の提案に、彼の顔がパッと輝いて、いいね、しばらくやってなかったから久しぶりだなぁ、と言った。





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Last updated  February 2, 2006 03:53:46 PM


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