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モザイク画以外にも、サンマルコ寺院には、全く値のつけようのないお宝でいっぱいです。例えば、写真の「パラドーロ」と呼ばれる、10世紀に制作された黄金の装飾衝立や、数々のイコン、宝物館や付属博物館にも十字軍遠征での戦利品がならべられています。が、まずはほんの小さなモザイクのかけらが生み出す美の世界を堪能したいものです。 ファサード(正面)、そして入ってすぐ、様々な色の大理石で構成された、床の幾何学模様は見ていてあきることがありません。壁面、天井のモザイクは、聖史の場面を再現したもので、巨大な聖書のように見る者を視覚で圧倒してきます。 時代が古い作品は、人物の立体感が少なく、後期(15-16世紀)のものは、ティントレットやティツィアーノなど一流の画家が、モザイク画の素描を行っている事もあって、近づかなければモザイク画とは判らないような豊かな動きが表現されています。 気の遠くなるような、当時のモザイク師たちの作業に思いを馳せながら、ぜひとも時間に追われない形でじっくりと鑑賞してみてください。
2007/04/16
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「ダリオ館」悲劇の続きです。 70年代の犠牲者は、ロックグループ「WHO」のマネージャークリストファー・ランバートでした。 「ダリオ館」は、すでに「呪われた館」として有名になっていましたが、彼はこれまでの出来事を、くだらない迷信としてまったく気にかけませんでした。 「悪いことは言わないから、あそこは止めた方がいい」という忠告にも「そんな、前近代的な!」と、一笑に付しました。 しかし契約直後、ロンドンの家で階段から転落して亡くなってしまったのです。 80年代の挑戦者は、ヴェネツィアの実業家で、姉とともに移り住んだとたん、彼は破産、姉は事故死してしまいます。 次のイタリア人テノール歌手が、買い取りに向け、契約のためヴェネツィアに赴こうとしたところ、交通事故に遭い、命はとりとめますが、契約は白紙となります。 そして最後のオーナーは、投資家ガルディーニで彼もまた破産した上、贈収賄容疑のスキャンダルに巻き込まれ、自殺しています。 そして15年以上の沈黙の後、この「ダリオ館」をアメリカ人企業家が購入し、再び光が当てられようとしています。 15世紀にこの館が計画される以前、この場所は墓地だったという話があり、そこに建てたのが、第一の過ちである?とする説などもありますが・・・。 ゴシックの建築様式で、ファサードはルネサンス風の少し傾斜しているこの美しい館に、「滞留した負のエネルギー」のようなものがあるのでしょうか。 だとしたら、今回の変化で新しい風と光が入りそうした「負の連鎖」のようなものが、一掃できるといいのですが。
2008/03/15
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