記憶の記録

2009.06.15
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カテゴリ: 住宅革命
屋根裏に住む妖怪

屋外はもうすっかり夜になっている。ツナギを着てフルフェイスのマスクを被りヘッドライトを頭につけた僕は、天井点検口を開き屋根裏にもぐり込んだ。
もぐり込んだのは1階の下屋で、なくなられた田村次郎氏が書斎として使っていた部屋の真上だ。
屋根裏に入った瞬間、「暑い、そして明るい」と感じた。その閉ざされた空間は異常に明るい。頭につけたLEDヘッドライトのせいではない。屋根裏や縁の下は暗闇と相場が決まっている。だからこそヘッドライトまで準備しているのだ。
もしや、誰かが屋根裏に住んでいるのではないか?と思えるほどの明るさだ。そう思った瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走った。密室であるはずの屋根裏が異常に明るくて、もしもそこに謎の人物が住んでいたとしたら・・・妖怪よりもずっと怖い。僕は全身に鳥肌が立っていくのを感じた。
僕はスリラーが苦手なのだ。オマケに閉所恐怖症で暗い所もダメ。なのに、なぜこんな仕事をしているのだろうと、いつも思う。

梁の上に登って辺りを見回すと明るさの正体はすぐに判明した。
居室の照明にダウンライトが多用されていて、その光が漏れて、屋根裏まで照らしているのだ。ダウンライトの光は天井に置かれた断熱材の遮熱フィルムに反射して、屋根裏用に照明設備を設置してあるかのように、無人の密室を照らしていたのだ。しかも、ダウンライトが発する熱が屋根裏に充満してサウナ風呂のように暑い。胸のポケットの気象計を取り出して気温を確認すると、なんと55℃と表示されている。僕は手帳を取り出してメモする。
(1階下屋内:気温55℃ 時刻19:32)

すでに汗でびっしょりとなったフルフェイスのマスクに頼りなくしがみついているヘッドライトのスイッチを切った。

屋根裏を進んでいくのは絶えず不自然な姿勢を強いられる。バランスを崩せば、天井を踏み抜くのはたやすい。僕の仕事はこんな場面にしばしば遭遇するので、普段から体の柔軟性は鍛えている。それでも、外壁に近づいていくにつれ上から屋根が迫ってきて、ますます不自然な姿勢になる。まるで、スパイダーマンが手足を広げて、梁や垂木にしがみついているようだ。体勢を変えるたびに「ふん!」「はっ!」「いよっ!」と、自然に声が出てしまう。だんだん太ももが痙攣してきて、膝がプルプルと震える。こんな姿を誰かに見られたら百年の恋も冷めることだろう。僕は、自分自身が妖怪そのものになっていることにあきれるのだった。
 天井の断熱材は丁寧に施工されていた。良心的な工務店が建てたのだろう。グラスウール10Kgで厚さ100mmの物が2枚重ねで、きちんと施工されていた。外壁内部の断熱も丁寧だ。天井と同じ10Kgで厚さ100mmのグラスウールが基本に忠実に施工されている。断熱材の上端が桁まで届いていて、ほぼ完璧な断熱工事と言ってよかった。
 僕は、天井裏の写真を20枚ほど撮り、仕様をメモしてから、灼熱の妖怪の住み家を後にした。

 点検口から降りていくと田村京子が待っていた。55℃の世界から生還した僕はあまりの涼しさに生き返るような快感を覚えたが、着ていたツナギが汗でべったりと全身にへばりついて動きにくかった。
 「こんなに暑いのに大変な仕事をお願いしてしまってすみません。お風呂の用意ができていますからお入りになってください。」という彼女の姿は、昼間見たときよりも綺麗になったように感じた。僕は幸福感に包まれたまま一日目の仕事を終えたのだった。

 湯船につかりぼんやりしているとき、僕はなんとなく妙なメッセージ受け取ったような感覚に襲われていた。誰かが何かを伝えようとしているような、いや、僕が何かを見落としているような感覚だ。僕の意識下で、集中しろ、気がつけ、さっき見たじゃないかと何かが呼びかけている。何か心に引っかかっているのだけれどそれが何なのか濃霧の中にいるようだ。ど忘れした大切なことを思い出せないでいるときのようなもどかしさを感じながら、(そのうちに思い出すだろう)と後回しにしてしまった。これが僕の良いところでもあり欠点でもあることは経験で解っているのだけれど、(今までもこれで何とか乗り越えてきた。)という、裏づけのない自身が僕をいつも気楽にさせてくれる。生来、ハッピーな性格なのだ。
浴室の外から
「新しい物ではありませんが、パジャマ!使ってください。ここに置きます。」という声が聞こえた。何かを思い出そうとしていた僕は、「ハイありがとうございます。」と応えながらも、今の声が母娘どちらの声だったのか解らなかった。

こんな経験は故郷を飛び出して以来のことだ。今年の暮れにはくにへ帰ろうか、などと里心をくすぐられたが、自分の実家がこれほど快適であるはずもない。

 食卓には、床に就きがちなおばあちゃんも姿を見せた。
「このたびは御厄介をおかけ致しまして、申し訳ございません。」と、笑顔でお辞儀をしたおばあちゃんは、綺麗に整えられた純白の髪が、高貴でさえある。さぞかし若い頃は美しい人だったことだろう。
「いいえ、僕こそこんなに歓待していただいて恐縮です。ありがたいです。」本心を素直に口に出すことができるのは、田村家の空気のおかげかもしれない。
田村家の唯一の男性長男の直継君は会社の研修で不在で、僕は3人の美女に囲まれての夕食をありがたくいただくことになった。

田村京子がそそぐビールグラスは、次第に細かい水滴に包まれてゆき、僕はその結露水をぼんやりと見ていた。その時、僕の頭の中で何かがはじけたような気がして、うかつにも「ああっ!」と声をもらした僕を3人の美女は「えっ」という顔で見ている。
「そうだ、結露だ!結露じゃないか!」浴室で何かが気になっていたのは、結露水が目に見えていたからなのだ。
僕はあわててデイパックからデジカメを取り出し、ついさっき撮影した画像を確認した。そこには完璧に見える断熱工事の盲点が映し出されていた。

つづく





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Last updated  2009.06.15 16:25:36
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