記憶の記録

2009.06.23
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カテゴリ: 住宅革命
 僕の勤務する「環境建築研究所」は、新橋の駅から歩いて5分ほどの路地を入り、どこかから生ごみの匂いが漂ってくるような、おせじにも良い環境とはいえない場所にある。

「シード!おまえねー、予算が無いって言ったでしょう!一泊して調べるほどの仕事じゃないの!ホテル代は自腹で払っとけよ。 で、どうなんだ?状況は。」
 杉山はあっさりと宿泊費が出ないことを告げ、調査の状況を聞いた。ホテル代などはなから支給する気は無いのだ。僕は、田村邸に宿泊したことは伏せたまま、
「それが、まだ良くわからなくて・・決め手にたどり着きません。」と、きりだした。

 依頼は、外壁北面に赤い十字架状の汚れが出現しているということ。
 その汚れが、未確認ではあるものの「スミレモ」という藻の仲間であるらしいこと。
 屋根裏に結露を確認したが、外壁面は、断熱工事に不備は無く、結露の発生する可能性が低いこと。などを細かく報告し、「これから報告書の作成に取り掛かります。赤い十字架から削り取った欠片の分析をお願いします。」と結んだ。
 杉山は、僕がホテル代のことに触れず現況報告を始めたことに気を良くしたのか、

と言い捨て、受話器に手を伸ばして何処かの電話番号を打ち始めた。
 目は、僕のほうを見て、左手が「もう行ってもいいぞ」と、まるで埃でも払うようなしぐさをしている。
 僕は、うなずきながら振り返り(ハイハイ、解りましたよ。)と、声を出さずに返事をしながら自分のデスクにもどった。

 デジカメの画像は100点以上あった。
カメラのディスプレーでは小さすぎて細部の確認が出来ないなと考え、事務所のテレビを作業用に拝借し、画像のチェックを始めたのだが・・。屋根裏や床下の写真ばかりなのに、頭のディスプレーに浮かんでいるのは田村京子の笑顔だった。僕には妄想癖があるのかもしれない。想像の世界にひとたび入り込んでしまうと、もう仕事など全く手につかなくなってしまう。僕の右手は、自動的に画像の送りボタンを押しているだけで、せっかく準備した34インチテレビの画面に映し出される現場写真は、ぼんやりとした像を僕の網膜に結び、次々に流れて行くだけだった。
 何十枚目かの画像をぼんやりと眺めている僕の目に、あの十字架が映った。と思った。が、次の瞬間その画像に焦点を合わせた僕の目が見ていたのは、赤い十字架ではなく田村次郎氏の書斎内部を撮影したものだった。
 僕の右手はオートマチックに画像を送り続けているので、すぐに別の画像になってしまったが、頭の中で何かが右手にブレーキをかけた。
「あれっ?なぜ今、十字架に見えたのだろう?室内の画像の前後に赤い十字架の画像が在っただろうか?」
あわてて画像を逆送りしてみても、室内の画像の前後には赤い十字架の画像はなかった。
僕 は、同じ疑問を何度も繰り返し、そしていつの間にか得意の居眠りの世界に入り込み、蝶のようにひらひらと逃げていく赤い十字架を追いかけていたのだった。
「シードさん、事務所で居眠りとは、たいそう出世なさいましたね。ばかやろー!」という杉山の怒鳴り声で目を覚ました瞬間、

なまはげのような顔になっている杉山を無視したまま、パソコンで画像を処理する作業に取り掛かる。心臓は早鐘のように打っている。現れるであろう画像が既に頭の中では像を結んでいる。謎の一つが解き明かされようとしているときの興奮が僕を捕らえ、自分の周囲にある存在が意識の中に入ることを拒絶していた。

室内の写真と、屋外の赤い十字架を重ねた画像が映しだされたとき、ディスプレーは、赤い十字架のあるべき姿を明確に表現していたのだった。

つづく





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Last updated  2009.06.23 08:30:28
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