記憶の記録

2009.07.21
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カテゴリ: 住宅革命
自殺住宅

田代克也は、自動車関連企業に勤めていた。
愛知県といえばトヨサン自動車が在り、愛知県下のどんな企業も多かれ少なかれ、トヨサンの恩恵を受けている。愛知はトヨサン城下町といってよかった。克也の会社はトヨサン直系の子会社で、トヨサングループの中核をなし、意欲的な効率化を進めながら業績を向上している優良企業として認知されている。地元の若者は誰もがトヨサンを目指し憧れの存在であり、その憧れの企業の社員である田代克也は、サラリーマンとしてもエリートだった。
しかし、巨大企業には一個人が目立ってはいけない構造的本能が存在する。
アイデアを発信して、うまくいけば評価も高いが、失敗をしたときのバッシングを恐れて何もいえない社員が多い。
保身に走る弱者は、会議という名の責任放棄システムの決定に従い、上司の命令に従うロボットと化す。(裏では、会社や上司の陰口を呟きながら)
 ロボットと化した人間はいつの間にか自己決定能力を失い、疑心暗鬼の世界でもがきながら生きるようになる。失敗を恐れ、成功を放棄する。
成功は失敗の積み重ねでしか成立しないと言うのに・・・。
田代克也はまさにそんな男だった。




 僕は潮の香りを楽しみながら、海辺に向かってなだらかに下っていく道をのんびりと歩いていた。
風呂上りの汗が徐々に乾いていくのが気持ち良い。すでに床下の調査で感じた頭の熱っぽさはもう消えて、快適な夕方の散歩を味わっていた。

田代親子の暮らすアパートに着いたのは、午後7時を少し回った頃だった。
 呼び鈴を押すとドアの向こうから「はーい、おまちしていました」と、田代直美の声が聞こえた。ドアはすぐに開き、アパートの狭い玄関の上り框から手を伸ばしてドアを開けてくれた田代直美の顔がすぐそこに在り、にっこりと笑っている。その笑顔の横をすり抜けるように流れるカレーの香りが、僕の鼻を捉えた。
(やった!カレーだ!)
僕はカレーが大好物なのだ。しかも家庭のカレーが一番だ!と思っている。
カレーは家庭ごとに味が違うし、その家独特の世界がある。なにより家庭のカレーには母親の愛情を感じる。家族が健康で幸せに暮らしていきたいと願う愛を感じるのだ。
他人の家庭を訪れたとき、もてなされる料理がカレーであったら、きっとそれは、訪れた人を家族と同等に受け入れるという意思表示であり、その家にしかない味の、最高のもてなしなのだと思う。

 小さなLDKに入ると、意外にも田代克也はキッチンに立ってた。
「いらっしゃい。お待ちしていました。どうぞお掛けになってください。すぐに行きますから。」と、左手でダイニングテーブルを指し示し、右手のタバコを口に運んだ。

僕は頭の中のメモ帳にメモを記入した。
(■ クライアントのご主人は喫煙者)
(もしも僕が喫煙者だったら、自分に子供が出来たら子供のためにタバコを止める。ファミリーレストランの喫煙席に子供連れの家族を見かけるたびにそう思っている。)

 田代克也はタバコの火を水道の水で消し、吸殻を三角コーナーに放り込むとテーブルにやってきた。
若い両親に挟まれて琴美ちゃんがチャイルドチェアに腰掛けている。僕は3人を相手に面談をする形になった。

「先にお食事にしましょうか」と田代直美が言う。
(うひょー!本当はそう言ってほしかったのです。)
何しろ、家中カレーの香りで、もうお腹がなりそうでこらえるのに苦労していたぼくは、
「そうですか、お言葉に甘えちゃいます。」と、即座に答えたのだった。

つづく





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Last updated  2009.07.21 09:20:40
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