Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年03月15日
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カテゴリ: 夢有無有
「仏祖」からノアの方舟を観想
 旧約聖書の創世記に述べられているノアの方舟は、モデルがありました。特にアッシリア版の英雄ギルガメッシュの叙事詩に出てくる大洪水の方舟伝説は旧約聖書の創世記に驚くほど符合する部分があります。其れより古い大洪水を記録した粘土板断片も発掘されており、また、大洪水を物語る沖積層も発見されているので、方舟伝説の事実は間違いなでしょう。
 但し、旧約聖書の創世記のノアの方舟が事実だとしても、聖書という宗教書に取り入られると問題が起こります。ノアがアダムとイヴの子孫は別として、「私は、お前の神」全ての堕落した世界を水で覆うとする「全て」はメソポタミア地方に限りとせなばなりません。世界視線から見れば、方舟到達地とされるニシル山やアララト山(標高5165米)でも無理があります。全生命を滅ぼすには世界の屋根エベレストをも水で覆わねばなりません。然し乍ら地球にそれだけの水資源が存在しないのは明らかです。神の視界がこの時点では狭かったからでしょうか。
 旧約はイスラエル人の神であり、多民族の神ではなく、一神教とは云え氏神的存在です。新約イエスを待って神が選民としてのイスラエル人は変わらなくても他民族の信仰も受け入れ、救済を取り入れますが、イスラエルの神、其のものが変わるわけではありません。イスラームとなって初めて神が信仰する民族・人々全ての唯一絶対の神になります。此の流れを自然現象から絶対精神、そして絶対存在と捉えます。
 仏祖釈迦ならノアの方舟をどう解釈するでしょう。世界の理法を諸法実相「空」と捉え、常恒するもの無しとする哲学に絶対神は存在しません。バラモンの神々、ヒンズー神さえも不常条件付きで認めてはいます。須弥山に居る神々を、釈迦が自然神(自然現象)として観て、自然は世界の理法「空」の下にあり、絶対神である神の存在は認めないにしても、自然現象に対して畏怖の念から人々が想う神源性の可能性までは、恐らくは便法として否定しません。自然も「空」を逃れず常恒・常有の絶対存在には成り得ないと断定します。

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最終更新日  2012年03月17日 06時26分55秒
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