細胞説を樹立。シュヴァンは1839年に「動物と植物の構造と成長における一致について」という論文をだしたが、これは動物も植物と同じく細胞からできていることを初めて述べたものである。 ■ウィルヒョウ(Rudolf Ludwig Karl Virchow/1821-1902) ポメラニア生まれで、ベルリンの軍医学校に学んだ。病理解剖学をめざしてすすみ、これと臨床医学との提携を生涯の仕事として大きな成果をおさめた。1849年にヴュルツブルグの教授となり、7年後ベルリン大学に転じた。そして1858年に「細胞病理学」を著した。ガレヌスの液体病理学は遠く過去のものとなり、モルガーニは病気の座として器官を考え、ビシャーはそれを組織においた。ウィルヒョウはさらに生活体の単位である細胞にその座を置いたのである。彼は「すべての細胞は細胞より生ず」という生物学の鉄則をつくった人である。1863-68年には彼の「病的腫瘍論」がでた。ウィルヒョウは長い間病理学の法王ともいえる最高の地位にあった。人類学にも造詣が深かったし、政治的にも活躍して民間政党の首領であり、ビスマルクと渡りあったといわれる。 参照画:ウィルヒョウ