「知るを生きる」 第13項 ルシファーとサタンを知る-2 旧約関係の文献は専門分野が相違すれば、読めば読み込むほど、そこに登場する「ルシファーとサタン」は異相を帯びています。その名称を彼らが自ら名乗ったとも思えず、各文明文化の呼称したものであると思えますが、その実相が極めて曖昧であるので掘り下げて思考してみたい衝動に駆られます。ルシファーとサタンの名称と実相については、非常に多層的ですし、宗教、文学、歴史、文化などさまざまな角度から考えることが必要となルのは言わずもがなでしょう。まず、ルシファーはラテン語で「光をもたらす者」という意味で、キリスト教の伝統ではしばしば堕天使として知られています。ルシファーの物語は、イザヤ書14:12において「明けの明星、ルシファー」として言及され、この言葉が後には一般にサタンと同一視されるようになりました。ルシファーはかつては神に最も愛された天使であり、その高慢から神に「反逆(*その理由が甚だしく曖昧)」し、地獄に追放されたとされています、然し乍ら、その高慢なるものが何か。一方、サタンはヘブライ語で「敵対者」「告発者」を意味し、旧約聖書や新約聖書を含むさまざまな聖典で言及されています。サタンは神の意に反して活動し、人間を試みたり、惑わしたりする存在です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの伝統において、その存在と役割は多少異なりますが、共通して神の敵役として登場、人間には上辺では味方面(みかたづら)することが多いです。古史上に記(しる)された各種事物を詳細に見れば、サタンとしての悪魔は旧約には関わらずに各宗教や伝記に記されており神の存在と同時に生じており、世界を善悪交々の社会にしていたようです。旧約のサタンは古史の「デビル」や「デーモン」及び「邪神」を必要とした文化に必須のものだったのでしょう。サタンや悪魔の概念は古代の多くの宗教や文化において、善悪の対立を象徴する重要な役割を果たしていました。各宗教や文化におけるサタンやデビル、デーモンの役割について詳細を検討してみましょう。サタンの役割と起源について、ユダヤ教においては、サタンは「敵対者」や「告発者」として描かれています。ヨブ記やゼカリヤ書において、サタンは神の許可を得て人間を試みる存在として登場しますが、必ずしも神に完全に反抗する存在ではありません。キリスト教では、サタンは堕天使ルシファーと同一視されることが多く、神に反逆した存在として描かれています。新約聖書では、イエスの試練の場面や黙示録での最終的な敗北が描かれ、サタンは人類を惑わす悪の象徴とされています。イスラム教におけるサタン(シャイターン)は、神に背いたジンの一種であるイブリースとして知られています。クルアーンによれば、イブリースは神に従うことを拒否し、人類を試みる存在として描かれています。古代のデビル、デーモンは、邪神として古代メソポタミアの神話では、悪霊やデーモンは病気や災難を引き起こす存在とされていました。リリスやアシュメダイなどのデーモンが知られています。ギリシャ・ローマ神話においても、悪霊やデーモンはしばしば登場します。例えば、パンやハーデスなどの神々は、闇や地下世界を支配する存在とされていました。旧約聖書のサタンは、他の宗教や文化におけるデビル、デーモン、邪神などと同様に、世界の善悪のバランスを象徴する存在として描かれています。これらの概念は、古代社会において、善悪の対立を理解し説明するための必須の要素として機能していたと考えられます。それ故にサタンやデーモンは人間側が必要としたもので、人類が創造したものであるとも云えますが如何でしょう。 参考画像:Satan as the Accuser