当たり前のことで申し訳ないけれど、「フィガロの結婚」はつくづく深いオペラです。 改めて見直してしまったのは、カルチャーセンターで「フィガロ」の講座を持ったため、いろいろ聴き比べ、見比べをしたからなのですが。
演奏の面でいえば、ベームやジュリーニの過去の名演から、最近のアーノンクールやヤーコプスまで、どの時代にも、それぞれの名演がある。 歌手にしても、ジュリーニのように大歌手を並べても、ヤーコプスのようにアンサンブル重視でも、面白く聴くことができる。
演出の面でも、古典ながらいまだに輝きを失わないポネルの映画版から、読み替えのはしりとして話題を呼んだセラーズ、やはり読み替えをし、さらに「音楽」にいたずらをしてこれも賛否両論になったマルターラーと、いろいろな解釈が、音楽に齟齬をきたさず可能になる。
ちなみに2001年にプレミエだったマルターラー演出は、今回DVDで初めて観たのですが、「ほかの曲が入っている!」と一部のファンが激怒していた音楽も、納得できる場所にまあ納得できる形で入っていたので、それほど気になりませんでした。
むしろ、充実した歌手と、はつらつとした演技づけ、舞台上に「レチタティヴォニスト」を配してのレチタティーヴォの面白さ、ブッファの精神が反映されたふんだんなユーモアで、楽しめました。 セラーズやグートのように、あまりシリアスにしてしまうのは好きではありません。あくまで「オペラ・ブッファ」なのですから。
ザルツブルクで話題になったグート演出は、少なくともDVDで見る限り、一度意図が分かってしまうと退屈です。舞台で観たらまた違うのでしょうけれど。
それにしても、これだけ多様な可能性が成立するのは、やはりヴェルディやプッチーニでは無理な芸当でしょう。 演奏の面でいえば、ヴェルディなど、歌手がいなければおよそ成り立たず、また演出も、音楽に齟齬をきたさないとなると限られてしまいますから。
モーツァルトの、とくにダ・ポンテ・オペラの場合、行間にあるものがさまざまに解釈できるので、これだけの多様性が可能なのでしょう。細かい「空気」を読み、それを音や演技にすることができる。こんなオペラは、やはり無比であるように思います。
ちなみに、演奏の面で今一番はまっているDVDは、ヤーコプス盤です。いきいきとした舞曲のリズム感、ソリストたちによる装飾の面白さ、あちこちに見え隠れする修辞法、とてもスリリング!
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