加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

February 11, 2015
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 冬場はけっこう間隔が近く、楽しませてくれるメトロポリタン歌劇場のライブビューイング。 

 先日の「セビリヤの理髪師」に続き、ワーグナーの大作「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を満喫してきました。

 この作品、ワーグナーのなかでは最長に属するにもかかわらず、わりと一般的な?人気が高いような。神話伝説でなく、実在の人物(ハンス・ザックス)を主人公にした、近世ドイツの市民劇という設定が身近に感じられることもあるのでしょうか。音楽的にも安定感があって聴きやすい。作品の成立当時、ルートヴィヒ2世というパトロンを得、また生涯の伴侶コジマを得て、順風満帆だったワーグナーの幸福感、満足感も滲んでいるように思います。

 (ちなみに実在のハンス・ザックスも男やもめでしたが、若い女性と再婚したようです。エーファのようだったかはわかりませんが) 

とはいえ、やはり長いことは長い。舞台で見ると、気が遠くなることもしばしばなのですが、今回はほとんどそんなことはなく、楽しむことができました。それは、映画館のスクリーンという形態によるところが大きかったように思うのです。

  この作品、市民劇であるせいだと思うのですが、細かいところまで精密にできています(そのことは、指揮者のレヴァインもインタビューのなかで触れていました)。これが神話伝説だと、わりとせりふが哲学的で長々しかったりするので、音楽もそれにあわせて呼吸が大きく、演技も(いわゆる読み替え演出は別として)あまり動きがなかったりするのですが、本作はちょっと違う。たとえば第1幕のマイスタージンガーたちのやりとり。各人がそれぞれなかなか面白いせりふを言い、それに応じてさまざまな表情をみせてくれる訳ですが、大きな劇場の舞台で遠くから見ていると、細かいところまではわかりにくいので、下手をすると退屈してしまいます。それが映画館の大スクリーンだと、ひとりひとりの性格や表情が音楽でもせりふでもよく描き分けられていることが、手にとるように分かるのです。「市民劇」だということがよくわかり、とても面白かった。家でDVDを見るだけだと、どうしても集中の程度が限られてしまうので、映画館に閉じ込められるのはありがたいです。

 メトで1990年代から愛されているというオットー・シェンクの演出が、重厚リアルな時代劇だということも、取っ付きやすさを助けてくれました。

 この演出、DVDにもなっていますが、当然ながら歌手たちはその時と様変わり。ワーグナー歌手は層が厚く、途切れずに出てくるのが、最近歌手が払底しているヴェルディ好きにはうらやましいかぎりです。バイロイト音楽祭という、ワーグナー歌手にとっての目標があることは大きいでしょう。ロッシーニ&ベルカント歌手の人材が最近豊富な背景に、ペーザロのロッシーニ音楽祭の存在があるように(こちらは新人の登竜門という意味も大きいですけれど)。

 今回の歌手の圧巻は、ザックス役のミヒャエル・フォレ。いままで見た中で、豊かな人間味を感じさせるという点では最高でした。メトのDVDで歌っているベルント・ヴァイクルをはじめ、どちらかというと真面目で理屈っぽい感じのザックス役に遭遇してきたので、包容力とユーモアに富むフォレのザックスはこの役のイメージを変えてくれました。インタビューでも大好きな役、歌手生活の最後まで歌っていたいと語っていたフォレ。生でぜひ聴いてみたいです。 

  ヴァルターのヨハン・ボータも、最近のヘルデンテノールでは出色という何人かのワーグナー好きたちの評価に違わず、たっぷりとよく伸びる声に加え、スケール感と青年らしい抒情性の双方を備えた、好感の持てるヴァルターを聴かせてくれました。今やバイロイトの歌姫といえるドイツ人ソプラノ、アネッテ・ダッシュのエーファも、表情、声ともにチャーミングでした。

 悪役?ベックメッサーのヨハネス・マルティン・クレンツレも芸達者。芸達者すぎて?ちょっとベックメッサーが気の毒になってしまいました。といいますか、この作品、弱点があるとしたらベックメッサーに関係する部分、とくに第2幕後半の騒動の場面ではないでしょうか。揶揄が執拗なのです。ベックメッサーの歌を邪魔するザックスの靴打ちも長すぎるし。物語からいえば半分くらいの長さですむような気もします。ベックメッサー役に敵視していた批評家ハンスリックを投影しているという説もうなずけてしまう。悪役というより小心者で、そう魅力的な人物に描かれていないので、あまり音を費やすのもなあ、という感じです。この作品、ほんとうの意味での悪役はいないですしね。騒動の間中、ランデブーしているヴァルターとエーファがただ一緒にいるだけで一言も歌わないというのも不自然な気がします(イタリアオペラだったら四重唱になるところ)。2人が歌わないのは、声をまぜあわせないというワーグナーの考え方のためだろうとわかってはいるのですが。

 指揮はメトの御大レヴァイン。これはDVDとおなじです。こんな大作を振れるくらい復活したことにまず驚き。指揮をしているときの御大はほんとうに若々しい。音楽も自然で、若々しく、派手に主張したり歌を邪魔しない抜群のバランス感覚。インタビューで、「どの作曲家の傑作もそうであるように独特の個性がある」というようなことを語っていましたが、さまざまな大家の音楽を柔軟に受け入れるこの幅広さ、懐の深さ(そうでない指揮者も大勢いるので)が、多くのレパートリーを網羅するメトに、彼が長年君臨していられる大きな理由なのではないか、と思ったことでした。 

 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、公開は金曜日までです。

 http://www.shochiku.co.jp/met/ 

  






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最終更新日  February 11, 2015 08:50:20 AM


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