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日本は、大晦日を迎えようとしている。ここは、きょうも灰色の空に覆われて、朝が来た。JFは、朝になると、” Sky is awake"と言っていた。毎日の繰り返しがこうして1年となって、更には5年、10年となっていく。子供の成長が確かな時間の足跡。私の2004年の自慢は、我が家の壁塗り!JFが毎日、プリスクールに2時間15分(短い)行っている間、”今日はこの一面”と目標を立て、毎日塗り続けた。そして、玄関、リビング、キッチン、ホールと塗り替えた。子供達も時々参加した(ホントはして欲しくないけど)。旦那君には手も口も出してはいけない令が事前に出された。”これは私のプロジェクト”一回、一回ブラシを動かす度に美しい壁に変身していく。その手ごたえが、うれしかった。さあ、次ぎは、地下!と、ここでストップしてしまった。セールのペイント、それも1ガロン5ドルが同色で2ガロンあったので驚喜して購入したのに、家族の反対にあってしまった。理由は、それがピンクだったから。ピンクがそんなにいけないかしら。そのピンクは薄いピンクで、悪くないのに、、まあ、私もその値段だから買ったわけだけど。彼等が家にいない間に塗ってしまうことも可能だったわけだが、”飽きて”しまったのね。一時期は、ぺインターになれるかしらなどとほくそ笑んでいたのに。日本の大晦日、お正月の張り詰めた空気が好きだった。こちらに来たすぐの頃は、それがないのに、文句を云って、旦那君を困らせた。お正月の朝は、パンケーキじゃいけないの!っていわれてもねえ。昨日は、そのお正月空気を味わいに大手日本食料品店に出掛けた。おせちも売ってあった。が、買わない。喜んで食べるのは私だけじゃつまらない。おもちは我が家では必需品、お味噌もいつもより安く出ている、一通り、いつも購入するものがカートに入った。満足。今年、JFが扁桃腺とアデノイドの手術をした以外、子供達の健康も守られて、旦那君も忙しいながら家族を大切にしてくれ、感謝。娘のベート-ベン3番のソナタが聴こえる。完成には気が遠くなる程のなが~い道のりがありそうだ。それでも、毎日の積み重ねがこの曲も弾けるようになるだろう。それも、凄い。さようなら2004きょうの私を支えてくれてる家族、友人、そして今年新たに知り合えた人々に、ありがとう。
2004.12.31
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娘のバイオリンの先生がご帰国になって、レッスンが再開。ミスターRは、ポルトガル出身だ。ヨーロッパの音楽学校を経てジュリヤードに進み、ガラミヤン氏に就いた。そのガラミヤン氏の思想がミスターRに伝授されたのだろうか。とにかく、テク二ークの攻め方がここまでやらなければならないだろうかと疑問に思う程徹底される。就いて間もない頃は、ひとつのエチュードをパスするまでに3か月かかったこともある。弓を持つ時の指の型、ひじの上がり、下がり具合い。弓のどの部分をどのくらい使うか。左手の親指の位置、残りの四本の指は音の移動で、パターン化されてるか。ミスターRはこのクリスマス、演奏と休暇を兼ねて祖国に滞在していた。そして昨日が、お帰りになってからの初めてのレッスン。親子で緊張して迎える。彼がいない間、ピアニスト、タチアナさんと練習した成果が功を成したことは間違いない。彼女の経歴を詳しくは知らないが、私は彼女が好きだ。娘のイマジネーションを刺激する指導をして下さる。もちろん、バイオリンのテク二ーク的なことは無理にしても、音が外れているところを的確に示して下さったことだけでも感謝だ。東ヨーロッパというかロシアの方の英語アクセントで、”ここは、物語りの出だしの所だから”とか、”あなたの歳の人に無理かもしれないけど、ここはもっとパッションが欲しいの”とかおしゃる。その日、ミスターRのスタジオには、タチアナさんもいらしてのレッスン。あとで、思ったのだが、その日その部屋にいた生っ粋のアメリカ人は家の娘だけだ。ミスターR、タチアナ、そして私。それぞれの出身国のアクセント英語で会話してるということ。まさに、アメリカといったところか。また、クラッシックに関しては、アジアパワーが目につく。この辺りで一番とされるバイオリンの先生の生徒さん達のマジョりティは韓国人で、(韓国を出身の両親を持つ)占められる。ミスターRは、御機嫌だった。娘の顔に珍しく笑顔がみられる。”でしょう。ちゃんとあなたがやらなきゃいけない部分をきちんとしたら、みんながハッピーでしょ。”といいたいことろをグッと飲む。弓の張り替えをしなければならなくて、帰りにパイオリンメーカ-の方のところにストップ。明日の正午までかかるとのこと。またきょうは午後から、娘は前から約束してたお友達とのお出かけがある。ということは、ほどんど練習時間がないということだ。パイオリンメーカーを去る時、娘の唇がニッとなったような気がした。
2004.12.30
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今朝の新聞の1面に、亡くなった子供の小さな手を握りしめて泣いていらっしゃる父親の写真が大きく出ていた。その手の小ささは、ちょうど末っ子のJFぐらいだった。その日、5万人近い方が亡くなったという。覆いかぶさる灰色の空。行き場のない怒り、そして、悲しみ。娘の弾くソナタ。その小さな手に捧げたい。
2004.12.29
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今朝、Jは、”ママ、本当に今日学校ないんだね。”と念を押す。行動派の彼はそろそろ学校か恋しくなってきている。というか、お昼休みに友だちと思いっきり遊ぶ時間が。Jが暇になると起きるのは、兄妹喧嘩。Jの部屋を掃除してたら、こんなものが出て来た。E,(長女の名前)E is the meanest person in my life. She even made me cry. I wish she could M.Y.O.B. for once and say sorry to me.from Jはは~ん。昨夜部屋で泣いて出て来ないと思ったら、こんなものを書いてたのね。M.(mind) Y.(your) O.(own) B(business),これは、Jの喧嘩に使う得意フレーズ。Eもきっと行き過ぎたことを云ったのだろう。あやまっていたから。末っ子のJFはひとりでごっご遊びをしたり、ペイントをしたりしている。Jが家にいれば、彼に付きっきり。Jの立派な遊び相手になったのはいつ頃だったのだろう。Jの激しさについてサッカーボールを蹴ったり出来るようになったのは。3人3様とはよく云ったものだ。自分がまさか3人の子持ちになるなんて想像つかなかったが、こうしてお家がにぎやかなのも悪くない。Eは練習が終わったようで、末っ子と遊び始めた。10才も歳の差があるのに、けっこう対等にやってるようだ。Jは旦那君とお出かけしている。彼はきょう1日をフリータイムにするために、早朝にピアノの練習をしてしまった。雪がうっすらお隣のやねに見える。パウダーシュガーをまぶしたように。葉っぱを無くした枝えだの間に、グレーの冬の空が広がる。時間が止まったような静かな午後。贅沢な時間だ。
2004.12.28
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クリスマス翌日。そのダメージが、部屋のいたるところに見られる。私とJFを除いてあとの家族は、昨日一日パジャマで過ごされた。気が付く度にゴミを拾ってはいたが、紙のきれ端、チップのカス等が目に付く。洗濯も5人家族がいればすぐ溜まる。午前中は、教会だったから、午後からは少しづつでもいつもの回転に戻らなければ。洗濯機を回し、dishwasherもついでにオン。私のきょうのお召し物は、セーター(日本製)、これは、NYに転勤になられた方が置いていって下さったもの。彼女、ある夏ダイエットに成功されて、サイズ4~6からサイズ0~2になって、”もう(体に)合わないから、どう?”って下さった。これって、よろこんでいいのかしら?そしてジーンズ。はいて気がついたのは、ちょうど腿のあたりのシミ。空揚をしてた時についてしまった油のシミだ。ここで着替えるのが、若い時の私なのだろうなあ。このシミつきジーンズをはいた時に思い出したことあり。昔、確か、糸井重利(漢字これで良かった?)がAndy Warholの穴だらけTシャツにあこがれて自分も試してみたらしい。そしたら、全然サマにならなくてがっかりだったそうだ。彼曰く、例えば、映画監督の大島渚が正装の集まりにパープルのタキシードで現われても誰も何も云わないのは、彼が大島渚だからであって、これを他の誰かがやったらルール違反。それと同じように、穴がいっぱいあいたTシャツは、モダンアートに確実に貢献したAndy Warholだから似合うし、カッコ良く、これをまあ何でもない人がやってしまうと、浮浪者スタイル。Warhol氏だから、穴あきTシャツをもが、逆にその人に付加価値をつけるものとなるってことを。私のシミ付きジーンズ。カッコ良いでしょうか?いいえ、これは、ただ、”生活に疲れたおばさん”でしょうね。
2004.12.27
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(子供達が飾り付けをしたジンジャーブレッドハウス)きょうは、クリスマス。6時にはみなJに起こされ、リビングに集合した。昨夜から泊まりこんでるグランマもいっしょ。地下でサンタの衣装に着替えた旦那君が鈴を鳴らしてご登場。サンタは眠いJFをだっこし写真を撮った。眠いながら、手を振ってサンタにハローをしたものの、落着かないJF。9才のJは、テレながらも写真に入る。長女は、カウチに毛布で包まって、写真はいいわ~とおくつろぎ。みんなそれぞれプレゼントを手にしてご満悦のよう。子供達のうれしそうな顔を見て、やっぱりいいな、クリスマス、と思う。これは長女の旦那君へのプレゼントだった。大きい箱のなかに小さな箱、そしてまた小さな箱。出て来たのは、長細い15cmぐらいの紙。”学校のクラスの宿題だったの”と私に耳うつ、長女。Dear Dad~From the day I was born,December 11, 1990.In a quiet pure room.I knew you loved me.When I would dance on your tummyIn the living room,Hopping softly,Smiling from ear to ear,I knew you loved me.With my first steps of kindergarten,My first door to knowledge,I knew you loved me.When I faced surgery,Flow of anesthetic.I felt no pain.I knew you loved me.As I stood on the Library stage,Violin in hand,Dressed in apple red, I knew you loved me.Through each thoroughly practiced and frustrating violin lesson,Every screech and wrong intonation,The laughs and the tears.I knew you loved me.As you smiled,With your eyes, mouth, heart, and soulEach one, reached out and touchedThose in need.I knew you loved me.With every hug you gaveTo lift me up, To offer sympathyTo increase my belief in myselfI knew you loved meI know that your love will go on forever moreI will always love you!Lots of Love,E読み終わった旦那君は感慨深い様子。後で読ませてもらった私もなんだか目が熱い。きょうはクリスマス。私達にunconditional loveを下さったイエス様の誕生を祝うのに、これほど適切なものはないと思ったので、娘にお願いしてここに使わせてもらった。ありがとう。E.
2004.12.26
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けさの気温は0F。ー18C。マイナスじゅうはちどお!そこで思い付いたのは、シャボン玉。何年か前、駐在できてたMさんが教えてくれた。その冬はもっと寒くて、学校が2日閉まった。子供の外出が危険な程寒かった。その時Mさんが電話くれて、”フフフ、おもしろいよ~。シャボン玉。凍るよ~。”旦那君に話しをもちかけた。彼はすぐ乗る。サッ、とドアを開けた瞬間にシャボンを外へ吹く。すると、すぐはじけるのもあったが、宙にふわふわ浮いて、ゆっくり着地したシャボン玉はその型を保ったまま、風に吹かれて、デッキの上を転がるではないか!!!これが噂のガラスのボールだ。興奮した私は子供達を集合させ、父親のシャボン玉の披露会をした。もちろん大喜びの彼等。旦那君、その間、”寒いから窓から離れろ!!””髪が濡れてるじゃないか!風邪ひくだろ!””外に手を出しちゃだめだって”と忙しい。歳をとると、その人はますますその人に似てくるとありますが。私も人のこと言えないっか。クリスマスイブの朝でした。
2004.12.25
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前回は散々だったピアニストの方とのレッスン。その後、本人の大改心があり(母と子の戦い)、音に集中した練習をした甲斐あったのだろう。今日は、割りと良かった。帰りの車のなかが険悪にならなくて良かった。スコットランド幻想曲の第3と第4を伴奏してもらったわけだが、前回は、イントネーションだけで時間が潰れてしまった感があった。けれど、今日は、特に第3に関しては、フーレ-ジングや曲のダイナミックの入れ方、気持ちのもって行き方などまで指導して頂いてありがたかった。第4はまだまだだ。テンポが速い曲だけに、細かい箇所がきちんと仕上がっていないと、聴いていて消化不良の感を受ける。聴き映えはいい曲なのだが。まあ、前回より上達した部分も多々あって、それはそれで良しなのだが、”また今週一杯、初心に帰って練習しなきゃね。”と一応押さえる。この後すぐにJのピアノ。Jはいいの。これを書く、私の書き方すらリラックス様体になる。毎日練習してたし、30分。そもそも彼が続けてることさえ奇跡。彼はもう完全体育系。だだし、本人は結構自慢に思っているところもある。(だったら、騒がないで練習したらいいのにね。とても疲れる。)クリスマスの日は、練習フリーデーになったので(母が休みたい)一日ゆっくり楽しく平和に過ごせそう。今日も、例の酷寒の日。(酷なほど、寒いという意)5秒外に出るとコートから出た足が痛い。プレゼントの買い物は、もうしません。出たくないのが第一の理由。それと、消費するだけの買い物に魅力を感じなくなったこともあるかも。我が家の子供達はサンタ=daddyになっている。毎年ではないが、旦那君がサンタの衣装を着て、クリスマスの朝登場する。その時まだプリスクールのJは、けっこうギョッとしてた。大丈夫,daddyだからって言っても、なかなか近付けなかったかな。今年はどうするのでしょう、旦那君。困ってるのは、なぜか子供達は、ペットをクリスマスにプレゼントしてもらえると思っていること!
2004.12.24
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冬休み3日め。9才のJがエネルギーを持て余しているのか、地下でサッカーの練習を始める。小さいがゴールがあってなにより。時々外れてバーンとすごい音がする。その度に"It's O.K. Nothing broken."と報告が入る。この地下があるが為にこの家に移ってきたようなものだから、おおめに見る。しかし、今朝、乾燥機を開けるとコインの型をしたチョコレートの銀色の包み紙がハラハラと落ちた。エッ、まさか!時すでに遅し。なかに入っていた服のいたるところに、茶色のシミが、、、友だちにもらったチョコレートをポケットに入れたまま洗濯に出したのだね、J。またやってくれたね。去年はクレヨンでみんなの服がアーミーカラーになってしまった。ポケットをチェックしなかった私も悪い。こうしてHPをしていると、今度は末っ子JFの泣き声。あわてていってみると、ライオンキングの本をひろげて、そこに突っ伏して泣いている。見ると、ムファサが崖から落ちて死んでしまったページだった。笑いをこらえて、しばらくだっこする。さて、今日書きたかったことは、我が家に来るリスのことなのに。キッチンに人の気配がすると、どこからともなくリスがやってくる。我が家のキッチンのグラスドアには、カーテンがついていないので外から中が丸見え状態なのだが、そのグラスドアをノックするリスもいる。やってくるリスは複数なのだが、なかでも恐れを知らないリスが一匹いて、それを一応我が家のチッピーちゃんと呼んでいる。ドアを開けると逃げるようなのは、チッピーちゃんではないが、残りものの食パンを投げてあげる。さて、これはそのチッピーちゃんだっだのかどうかは定かではないが、ある日、私と旦那君がキッチンテーブルついて、なにげなく二人とも外を見ていた時に起った。一匹のリスが木の枝の端に歩み寄ったなあと思ったら、エイッとばかりにそのリスは我が家の屋根に飛び移ろうしたのだ。アッ。その瞬間そのリスは、手足を広げてバタッとデッキの上に落ちたのだった。エッ、私達は信じられなくてお互いの顔見合わせ、そのリスを少し心配した。しばらくショックでその落ちたままの状態のリスだったが、気を取り戻して、駆けていくのであった。その後、そんなリスのドジを見ることはないが、今日もチッピーちゃんがやって来た。とても丸まるしている。こうしてパソコンに向かっている私にデッキの手摺に座って、熱い眼差しを送ってくる。”Mommy! chippie-chan is here!"といちいち教えてくれるJF。”はい、はい、”私はパンを取りに席をたつ。
2004.12.23
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我が家の末っ子JFのなぞなぞ。"Who has a big butt, big shirt, big face, big pants?"ドキッ。”I don't know who is it?""It's daddy, silly!"ホッ。JFの疑問”Mom, what do you say OSHIRI in Japanese?"" Oshiri""I am asking you, in Japanese!""....."JFの定義”So,what is the jail?"(私、きく)"The jail is the place to go if you don't wear the seat belt."この世に生まれてたった4年。お姉ちゃん、お兄ちゃんのすること真剣な眼差しで見ています。*4才クリスマス用プロジェクト 用意するもの:黒の画用紙 白の絵の具 赤いポンポン(ひとつ) 1、黒の画用紙いっぱいに白のペイントを筆で、或いは、 丸い(2cm大)スポンジでダッツをつける。 2、中央に赤のポンポンを接着剤でつける。 吹雪きのなかのトナカイさんの出来上がり。
2004.12.22
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土曜の朝のパンケーキ。その時にあるものによって、アップルパンケーキだったり、バナナパンケーキだったりする。毎朝のスターバックコーヒーの香り。旦那君が作っていてくれると幸せが倍増する。ブラインドをおもいきりひいて朝の光りを部屋に入れる時。窓辺のプラントに水をあげる時。子供の面影を残すJのおふざけ。末っ子のJFを微笑ましく見つめるEのまなざし。3人が隠れんぼしたり、ピンポンしたりして楽しそうにしてる時。3人ピアノの前に座ってチョップステックを弾く時。クリスマスツリーの光り。ホットチョコレートをすする子供達。一人でゆっくり湯舟につかってる時。全てのハッピーモーメントに”ありがとう。”
2004.12.21
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ついに来てしまった。この寒さ。きょうの最高気温は、10F。32Fが摂氏0Cだから、相当寒いはず。こういう表示にも慣れてしまったが、インチにしろ、ポンドにしろ、めんどうだ。なぜ、10進法をこの国は受け入れなかったのでしょう。長く暮らして、気温でいうと、40Fあれば、フリースのジャケットでも大丈夫、体重110ポンド超えるとすいぶん危ないはず感覚で受け入れいれているが。こんな日は、隠るのが一番。義母がジンジャーブレッドハウスの型を全て焼いてくれてたので、家族でその飾りつけをした。パウダーシュガーに少しミルクをいれて、Candyを家にくっつけるグルーを作り、大人の手で組み立てられて、そして、子供達の出番。私の”なめないでっ!”、”食べちゃだめっ””too much sugar!"の叱責もBGMのようにしか受け入れられず、空しい。その後クリスマスカード用の写真撮り。毎年のことながら、大変だったが、次女も4才になって、一番フォトジェニックで、忍耐があった気がする。長男Jは、途中で、カンフーのようなブルーの香港の方に頂いた服に着替えるし、ふざけるし、スクールピクチャーの笑顔をするはで、相変わらず。でもそこがアイツらしい。長女は、目の下の隈が気になるだの、リップグロスをつけてくるから待ってて、と退場されたり、お年頃なのですね。今、窓際のカウチに座ってこれを書いている。外のシンシンとした寒さが袖からでている腕に感じられる。
2004.12.20
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今日は、ピアニストの方との練習に長女を連れていく。前回のレッスンの時、あれ程先生にイントネーションのことをしつこく云われていたにも関わらず、本人は涙をこらえる程悔しい思いをしたくせに、全くといっていいほど、治っていなかった。帰りの車の中、怒りがおさえられない私は息継ぐ間もなく愚痴る。険悪になる。もちろん。バイオリンに全てを賭けて欲しいなんて全く望んでいない。ただし、正しい練習方法で、集中して効率よくしなければ、宿題も多いのだし、友だちとだって遊びたいだろうから、やっていけないことを延々と聞かされる娘。テンポ良く弾いてしまうと、細かい箇所がおろそかになることぐらいなぜいまだに解らないのだろう。帰ってしばらく娘は部屋に隠っていたが、空腹に負けて登場。ご自分でスープを用意されて召し上がりにおなりになる。その後、退場されてしばらく静寂。母(わたくし)我慢できず、”何をしてるの?”と云ってしまう。”どうやって練習しようか、考えてた”そうです。ベッドにだらっとされて。呆れた私の顔を見て、バイオリンを手にした娘。そして、ようやく練習始まりました。長男J、次女JFは、義母宅でジンジャークッキーを焼きに行ってしまっていて、不在。ここでフと思う。バイオリンもういいかもって。答えが出ないまま、また今日も半分過ぎ行こうとしています。
2004.12.19
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今日は学校が冬休みに入る、その最後の日だった。毎年、12月に入ると先生方、学校のオフィスの方々にあげるギフトをどうしようか悩む。バイオリンの先生、Jのピアノの先生、JFのプリスクールの先生、学校の担任の先生、Jがいつもお世話になるナース(Jは怪我が多い。また、骨折をして流血しているサイエンスのビデオをクラスで見て、気分を害して吐いてしまったり)、受け付けのおばさん。(Jが忘れ物をすると彼女に渡して届けてもらうこと多々あり)長女はもう今年はいいから、とあっさりしている。去年、ミドルスクールの各教科の先生にあげるのは大変だった。それで、私はそれは大賛成。助かった。その代わり、友だちとシークレットサンタをするからと、約10ドルのものが必要とおしゃる。それは、昨夜買いにいかされた。バイオリンの先生には、ギフトカード。金額をどうするか他のおかあさんと相談、というか偵察の電話ありで、一応私が考えている額を云うとその方もそのくらいにするかもとおしゃっていた。このおかあさん韓国人なのだが、去年も偵察してきた。それで、”私もそうするわ。”なんて言いながら、結局は、ワインボトル1本、スーパーで買ってあげたと告白される。なんでも、ご主人がそんな額あげる必要ない!といって$15のギフトしか許してくれなかったそうだ。ただ、今年は先生にハイスクールの推薦状を書いてもらわなきゃいけないので、去年のようにはいかない、とおしゃる。この時期、国を問わず大変なのですね。溜め息。とりあえず、終わりました。ギフト。
2004.12.18
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忙しい日だった。息子Jを送った後、時間差で次女をプリスクールへ。ここまではいつもと同じ。その後、ホリデープログラムと名を打つもののために、Jの学校へ逆もどり。毎年のことだが、がっかり。パブリックスクールの音楽教育には、期待してはいけない。この学校にはまともなピアノもないのだから。これで、一応裕福とされる地域の学校なのだ。プログラムは、バックに流れる曲にあわせて子供達が歌うというもので、先生のタクトが早すぎて合わなかったりして、聴いてる方がハラハラだ。なぜ、もっと子供の能力を信じてあげないのだろう、といつも思う。チャンスを与えてあげたら、可能性は無限なのに。せめて、ハーモニーの美しさぐらい体験させてあげたい。X0年前の日本の田舎の小学校でさえ、音楽室には、一人に一台オルガンがあってシンプルな曲作りなどしていたというのに。そういえば、昨年、Jの学校で立て笛を購入させられた。あれは、一体どう使われているのだろう。そんなことをフツフツと思いながら、高速に乗って目指したのは、ジョージのお宅。ジョージさんとは、数年前に旦那君の仕事関係で出会った。彼女も御主人につき添って来たpartyで、私達と同じテーブルになり、その会場で唯一のアジア人である私といろんな話しをしてくれ、その時は、映画の話しで結構盛り上がっただろうか。彼女の高校時代の親友が日系の方だったこと。また、その友人は、アメリカにビジネスでいらした日本人男性と結婚されて今は、日本に住んでいらっしゃるとのこと。そんなこともあって、親切にして下さったのかも。その時は知らなかったのだが、ジョージは、長年に渡りBrain Cancerと戦っている。彼女のお嬢さんが、3才で発病されて、今そのお嬢さんは20才。先週60回目のセラピーを終えたばかりなのに、今日の為にがんばって体調を整えてくれた。ジョージさんのお宅は、薄いベージュの壁で落着いてる。お気に入りのものだけを厳選して置いてあるので、すっきりしていてくつろげる。我が家のように、レゴを踏んづけて歩かなくていいのだ。今は、ご主人と彼女だけの住処で、つい最近この新築の家に引っ越してこられて、それを機に、ずいぶん物を処分されたらしい。(そうよね。小さい子供達がいる間は、仕方ないのよ。と少し安心。)彼等は、今、50sの物に凝っていて、クリスマスツリーは、全体シルバーもので、そして、50sのオーナメントが数個ついている。おまけにグルグルと回り、面白ーいと喜んでいる私に、赤い包み紙の小さな箱をその下からさりげなく手にとって、”サンタクロースが少し早めに来たみたいよ。”とジョージ私も日本からお土産を持って来ていたが、それはお土産だし、どうしましょう。と戸惑う私に、”きっと気に入ってもらえると思うわ。”とジョージが言う。とにかく、ランチの席について、プレゼントを開けた。”これは、頂けないです。”というのが精一杯。小さな箱の中には、彼等がコレクションしているグラスア-トのひとつが入っていた。初めてジョージのお宅に行った時、まず、私は、彼等のそのグラスコレクションに魅せられた。どれも色がとにかく美しい。私の手のなかにあるのは、オレンジ色をベースに原色より鮮やかな色で花をデザインした直径7cmぐらいのグラスボールのようなもの。吸い込まれるほど綺麗。実は、自分もコレクションしたいと思い、そのアーチストのHPをチェックしたこともあった。悲しいことに、そのアーチストは他界して、そのテクニークが伝授された人達によるものしか手に入れることが出来ないことをその時知る。それに、高価。ebayにも出ているけれど、とても無理。それが、、、いま我が手中に。そして、なんとその作家のサインが後ろに。ホントにいいのでしょうか。ジョージが云うには、私がとても気に入ってくれてるのがうれしいから、この良さを分ってくれる仲間だから受け取って欲しいと。それで、今、そのグラスは家にある。今朝もうっとりして眺めてしまった。そして、ジョージのことを想った。きょうも一日ベッドで過ごすだろう彼女のことを。ありがとう。ジョージ。
2004.12.17
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我が家のJには、困り果てている。1才半の時に風邪をひき、その時食べるものなら何でも食べて欲しくて、偏っていても何かお腹にはいってさえいてくれたらいいというような食生活の日々が1週間続いたただろうか。その後、彼はその時に食べていた物しか食べなくなった。そして、、、そのまま今に至る。もともと非常にこだわる性格が便乗したせいもある。彼が食べられるものは、おうどん、ひじき、お味噌汁、餃子(しかし、Trader Joeの海老のもののみ)、イクラ、海苔、お餅、チキンナゲット、パスタ(プレーン)、チキン空揚、ほうれんそうのおひたし、アスパラ、豚肉のしょうが焼き、とんかつ、サーモン(お醤油で)これくらいしかない。ステーキは、薄くスライスしてあげると大丈夫だが、レストランで食べるとなると私の味付けと違うから、無理だと思う。あっそうだ、もちろん、すきやきは大丈夫。彼、日本人の奥さんじゃなきゃダメなんじゃないっていうのが、我が家みんなで一致した意見。それで、今日は、白菜、たまねぎが大量に入ったスープを作る。彼食べました。良かった。学校のカフェテリアで食べられるもの、なし。火曜日のチキンナゲットの日のみ。他の子と違うものを食べることに、ものすごく抵抗あるようで、なんと去年は、持たせていたランチ殆ど食べずに捨てていたのです!!!お友達が遊びに来ていた時に、なにげない会話から発覚。怒りましね。私。彼はこれ意外にもいろいろエピソードがある。何度怪我でERに行ったことか。ところで、彼、猪年です。関係あります?
2004.12.16
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昨夜ちょうどこれからごはんを食べようとしていた時、電話がなった。ちょうど、我が家の下の子供2人が騒いでいたので聴き取りにくかったが、SBCのコレクトコールであることはわかった。それで、フッと頭に浮かんだのは、友人Hのこと。今、彼女は日本で手術をして療養中なのだが、もう13年も前になるが、彼女がこちらに遊びに来てくれた時、どこからかコレクトコールをかけてきたことがあった。本当につい最近、数年ぶりに、急に連絡がメールで入り、彼女の近況を聞いたばかりだった。それで、電話受けますのボタン(確か0だったと思うけど)を押したら、すごいダミ声の乱暴な感じの話し方で、"Who's this?"と言ってくる。”Who's this"ってかけてきて何よッと思ったけど、"Who are you calling?" 迷惑そうに聞いたみた。ついでに、”I think you called the wrong number."とも言ってやった。すると”I'm Tonny,I didin't call wrong number.~~~~~~~~~"その人はアクセントもあって、言ってることがよくわからない。そして、なんとなくイケナイ人のような雰囲気が伝わってくる。だから私は、これからこの電話の会話を録音させてもらうからっていったら、その人急に切ってしまった。あと味悪いと思いながらごはんを子供達と食べてると、また、電話が鳴る。予測どおり、あのコレクトコールだ。今度は、どこからのコレクトコールかが聞きとれたのだが、それが、なんと、ーーcounty in mate correction departmentじゃないの!?どうしてそんな人から家に電話がかかるわけ?その後も数回電話が鳴ったが、黙って受けたらSBCの録音してあるメッセージが流れなくて、そのまま切ってやった。帰ってきた旦那君にわが子Jが興奮してそのことを告げると、今後、決してコレクトコールを受けてはいけない、もしかしたらそのコールは500ドルするってこともある、(また大袈裟な)、そしてクリスマスギフトとして番犬、ラットワイラ-も考えようとおっしゃる。こういう時は何を言っても無駄なので、黙っているのが一番。しかし、一体、間違い電話にしても、とても不愉快で不可解なものだった。
2004.12.15
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娘が学校から帰ると、忙しく感じる。それは、バイオリンの練習が始まるから。といっても、すぐには始まらない。まず、ゆっくりオヤツを召し上がりになられて、(まだ食べるの~)ってぐらいお食べになって、それから宿題。また量が多い、ミドルスクールは。いつ始まるのかしらと気をもみながら、母(わたくし)は料理したり、下2人の世話。どうして始めたのかしら、と今悔やむ。確かに10年もしてたら、相当な曲も弾ける。その道のりになんと壮絶な戦いがあったことか。練習しないんだったら、ポリスに電話すると脅したことも。この夏ミュージックキャンプに参加して、自分はバイオリンがもっと?好きになったなんて言ってるけど、練習の力の入れ方は変わっていない。やめたら~、私、言ってみる。それが、やめないのです。あ~。あの子の先生とても恐い。側であの先生のぴりぴりを感じる母。だから、お願いだから、音はずさない練習してよー。素人の私だが、長年のレッスンにつき合って、そのせいか音にはとても敏感になった。あの子がはずすとわかってしまう。黙っていたい。あ~でも、先生が恐い。それで、母と娘は険悪な雰囲気になってしまう。夕食の後もまだ宿題が終わらなくて、8時になってボーッと私の傍に立つ娘。”ー?”の私の顔を見て、”今宿題終わったの。”とおっしゃる。別に私にわざわざ言いにくることじゃないでしょうに。その言葉をグッと飲んで、”じゃあ、始めなきゃね。”と私。”うん。”と言って離れていった。エンジンがかかるのに時間がかかるんでしょうね。まだ音が聞こえてきてません。
2004.12.14
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何でも長続きしない私。どれだけ出来るかしらん。とにかく、11月24日のことを。6年振りに日本へ行ってきた。突然降ってわいたような旅。主人のメールにユナイッドから超格安のチケットの知らせが入り、行ってきたら、と彼が言ってくれた。一番下の娘が四歳。本当にいいの?不安だらけだったけど、両親に会えること、夢にででくる懐かしの風景にもう一度逢えることを思い浮かべただけで、涙が出そうだった。私のなかでの日本はすっかり影をひそめていて、というか心の奥深くにしずめていたから、不意打で、すっかり動転した。 思えば過去20年の間、アメリカー日本を一人で移動すらしてない。いつも現旦那君が一緒だったから。初めてアメリカに来た時も彼がいてくれて、何も心配なく来てしまったから。サンクスギビングの前日、送ってくれた家族を空港に残して、機上の人に。子供達が割りと明るく送ってくれてありがたがったかな。涙。それでも、一旦飛行機に乗ってしまえば、エーッ、こんなに映画見てしまっていいの~、それも誰にも邪魔されないで!と割りと興奮してしまった。”ハリ-ポーター”、”ノートブック”、”ターミナル”と立て続けて観る。ここから、残してきた家族の存在がだんだんと薄れてくるのでした。6年振りに会えた両親。心配してた程、年を重ねた感じじゃなくって少し安心。懐かしのB本線で故郷に向かう途中で、どんどん山が両脇に迫り、深い川の緑が胸に沁みた。今回、つくづく、ここで育まれて良かった、私の源は、ここにあるんだなあと思った。この風景からは、全くかけ離れたアメリカの都市郊外で毎日過ごしてるけど、私を作り上げてくれたのはここだわと、確信。堅苦しくて、刺激してくれる何かを求めてとにかく出たい、と出てしまったのにね。そんな自分の気持ちをどれだけでも残せたらと、デジカメで車中から外を撮りつづけた私は、観光客のようだったかも。1週間の滞在。あまりにもいつもの生活と違いすぎる日々であっただけに、まるでワープしたような、不思議な1週間だった。次回は、みんなで訪れようと思う。親友の旦那さんは、過疎化の進む村で、昨年から酪農に専業されている。家族と共にそこを訪れることが、今のとりあえずの目標。日本の、古い日本を残している故郷を子供達に見せたいから。
2004.12.13
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