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金曜日Jをピアノに連れて行き、やはり、実のある練習をして臨んだレッスンと先週のようにもめた日があったレッスンではずいぶん差が出るようになったことを感じた。寸前まで友だちが来ていたこともあってレッスンの始まり10分は全く集中力なしだった。帰り際に、何気なく、「練習が大変のようで、続ける意味が分からなくなりました。」と先生に投げかけてみると、「今はなんでも、サーフェスだけの楽しみ、喜びが氾濫していて、それはとても簡単に手に入れられる事が出来ます。でも、自分が努力して曲がうまく弾ける経験は本人の魂に触れる喜びですから、こういった体験が人間の成長する上において重要になると思います。」とおっしゃった。この言葉に胸の内のもやもやがパーッと晴れる想いだった。確かに、それほど上手ではないJのピアノだが、発表会があればそれなり練習をして毎年の良い成長の記録となってきている。また、性格が激しい彼はテンポ良い曲が好きで、モーツアルトのトルコ行進曲はもってこいで、ずいぶん気に入って弾けていたのだ。彼なりのピアノの喜びがそこにあったことが、先生の言葉で初めて理解出来たような気がした。自身が努力したことが何らかのかたちとして表れるその時に得られる喜びは魂の喜びであるなるほど。そういう機会を与えてあげることは大事だ。もう少し続けられるかもしれない。この言葉を頼りに。そして、やはり、末っ子にもこの機会が与えられる状況にある限り、与えてあげるのが私の責任だと思った。魂の喜びを知っていることと知らないことは人の幸福度を計るような難しいことかもしれないがこれはピアノに限らず、人としての生き方にも通じるような気がした
2005.01.31
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毎年この1月から2月になると、夏の計画を立てなければならない。夏。外にはまだたっぷりと雪が残っていて、マイナス0度以下の日々が続いているというのに・・・しかし、今がサマーキャンプの申し込み時期で、人気のあるプログラムはすぐに一杯になってしまい、ウエイティングリストで待つか、最悪の場合は毎日エネルギーを持て余す子供を連れてプールだのビーチだのと奔走しなければならない。長女は昨年7週間のキャンプへ行った。一日最低5時間の練習のスケジュールをこなす毎日。一日の終わりには街へ出掛けるバスに乗って食料を買いに出る、それが唯一の楽しみの生活だったらしい。コストのわりには食べ物は充分に与えてもらえなくて、痩せて帰ってきたのだが、キャンプに行ったことで、自分を確立することが出来たようだった。去年の夏を機会に本人にとって何が大事であって他の人が何をしようとそれには流されたくないと確信したと思う。マイペースを保ち、またその考えを共有出来る友だちもそこで出来たようだった。実際、高校生、大学生が多いキャンプだったせいもあり、大人の目が届かないため、夜、女の子が男子寮に忍び込んでいたようなこともあったらしい。今年は奨学金がおりそうなキャンプに申し込んでみた。どうせ毎日練習するのだったら、仲間がいたほうがいいだろう。長男Jは今年も地元のパークディストリクトのキャンプに申し込みをするつもりだ。スポーツを中心としたもので、ヨットの経験も出来るかもしれない。コストは6週間でたぶん600ドルぐらいだ。穴場のキャンプでコストも他と比べてぐんと安いのも魅力なのだ。他では1200ドルぐらい(ランチ付き)してるだろう。JFは私とだら~とするだろう。それも悪くない。兄Jを送って迎えに行って、時々お友達と遊んで、夕方はビーチで砂遊びだ。夏でもビーチの水は冷たくて、泳ぐことなんて考えられないのだが、波の音を聞きながら夕日が沈むのを見届けてゆっくりする。しかし、アメリカの夏休みはお金がかかる。サマーハウスを持っているような家庭では夏はそちらでだら~とされるらしい。我が家のサマーハウスはテント。もちろん子供を家において、母親が面倒を見る家庭もあるだろうが、しかし、6月から8月の下旬までのおよそ2ヶ月半だ。途中家族で旅行に行っても1週間ぐらいが我が家は限度だ。残りの日々をどうしたらいいのだ?旦那クンは小学校4年生ぐらいからノースキャロライナにあるアウトドアーキャンプへ行っていたらしい。8週間。ロッククライミング、カヤック、ハイキングと盛りだくさん。昨年そこを訪ねたら、乗馬も出来るようになっていた。ただし、高い。昨年の時点で1日、100ドル。何度も言うようだが、アメリカの夏はお金がかかる。
2005.01.30
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JFがグランマ宅へ久しぶりに行った。学校にカムバックしたもののみんなの中へ入れないでいるらしい。その旨をプリスクールの先生に伝えられて、JFに午後何をしたいか訊いてみるとグランマのところへ行きたいと言う。グランマはゴシップ好きだ。私はゴシップが嫌いだ。グランマはテレビが好きだ。私はテレビはほとんど見ない。早口でまくしたてる低コストで作られたコマーシャルが続くと我慢出来ない。グランマは社交的だ。知らない人でもまるで何年もの知り合いのように話をする。私は初対面の人が苦手だ。何よりアジア人の見かけで引いてる人はこっちもパスだ。グランマはジョージ・ブシュッのカレンダーを持っている。キッチンに掛けてあった。驚き、驚き。毎月毎月ブッシュッ氏のいろんな顔が見られる。ときにはミセスと共に。どうやら個人寄付をしたお礼にこのカレンダーが送られてらしい。だからって、飾るのッー?!我がJF(4歳)はジョージ・ブシュッはミーン(意地悪)だと言う。なぜそんなこと言うのか私は検討がつかない。(笑)そんなことグランマの前では言わない方がいいだろうね。カレンダーのことはソッとしてJFを少しおまかせして食材購入に走った。
2005.01.29
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地元の図書館に少しだけ日本図書が置いてある。たぶん何方かが読んでいらなくなった本が寄付されて成り立っているセクションなのだろう。ジャンルを問わず政治もの、エッセイもの、小説、アメリカで病気になったら類、聖書と多くはないが、日本の活字に飢えてたせいで、日本にいたら絶対手を出さなかった類いをも読ませてもらって、ありがたかった。「雅子さまのすべて」も読んだ。雑誌「メイプル」も月遅れではあるが閲覧出来る。ここで、詩人まどみつお氏の詩が紹介されてあった。1909年11月16日、山口県生まれ。おくさんとおふたりで慎ましやかに暮らしていらっしゃるようだ。お互いぼけがあって、洗濯機を空で回したりのエピソードはいろいろあるようだが、おふたりでぼけ競争してますとそれさえも楽しまれている感ありだ。心がほんわかなる詩だったので、ここに残しておきたい。りんごりんごを ひとつここに おくとりんごのこの 大きさはこの りんごだけでいっぱいだりんごが ひとつここに あるほかにはなにも ないああ ここであることとないことがまぶしいようにぴったりだ * * * *するめとうとうやじるしに なってきいているうみはあちらですかと・・・・ * * * *とおい ところゆうがたのひさしの そらを みあげるとくものすにカと ならんでほしがかかっているああほしがカと まぎれる ほどのこんな とおい ところでわたしたちは いきているカやくもやその ほかのかぞえきれないほどのいきものたちといっしょに(以上まどみちお氏の詩集より引用)大学生時代サイクリング車に乗っていて知り合った医学生のその人は詩を書く人で、確かその叔父さんにあたる方は詩人でいらした。その彼を急速に好きになってしまったのだが、今思えばその彼の「医学生」「伯父さんが詩人」のイメージに惹かれていた可愛らしいい時期だったのだと思う。彼が私のことを覚えてるとは思わない、そんなすれ違いの出逢いがあったことも「詩」から思い出しました。
2005.01.28
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昨夜長女をレッスンに連れていった。湖沿いに建つ大学の駐車場で時間がくるまで待っていると、「太陽」と娘が言う。紫のようでオレンジのような真ん丸の球が湖上に浮かんでいた。「エッ、ちょって待って。方向は東だよ。」「ムーンだね。」「ねえ、ねえ、今どこかのバケーションに行っていたとして、このムーンを見てたらどんなにいいかねえ~」「そりゃそうだよ、ママ」気がついたのはずいぶん日が長くなってきたということ。2週間前はこの時間にもなると真っ暗だった。冬に負けそうだが、確実にそれほど遠くないところに春が来てくれてるのかもしれない。長女を3時に迎えに行って、その足で長男Jをピックアップ、子供3人乗せて走る。稀にこういう日がある。この時間がなんとなく好きだ。宿題を終わらせて、JとJFは外に出て遊んだ。兄Jが外に出ればJFも行きたがり、30分の約束で出す。ふっと、外を見るとJは雪の上に寝転がり粉雪が落ちてくる空をじっと見ている。こちらが見てることも気づいていない。自分もこういう事をした。無限に降り注ぐ雪を不思議な想いで見つめる。この子達を中に入れて、濡れた帽子、手袋、ブーツをレジエーターの前に並べる。このたくさん並んだ感じが実はとても好きだ。
2005.01.27
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昨夜長男Jと久しぶりにバトルをしてしまう。ピアノの練習。やはり人間やりたくないことをやるのは誰でも嫌なことだろう。Jにとって、ピアノはまさにそれだ。と、いうか全て自分にとってイージーでは無い事になると俄然騒ぎ出すタイプだと思う。私にそっくりだ。宿題にしても、パッと閃いて解らない、イコール、【絶対解らないこと】になってしまうのだ。ゆえに、どんなに説明しようと彼のチンプンカンプンな論理で反論してくるため、いったん騒いで心内のフラストレーションを出さないと何も受け付けられなくなる状態になる。ピアノがそれだ。まず、とりかかるまでが大変、大変。始めようと思う1時間ぐらい前に、もうすぐ練習するからね、と予告を入れる。それで時間になって、「練習」宣言。騒ぐ。「もう、レッスンに連れて行かないからね」の脅しでようやくピアノの前に座る。全く集中しない弾き方で、音符さえもまともに見ようともしない。もちろん、怒る私。「ここもう一度、弾きなさい」、「右手だけでやってごらん」、「ママのカウントで弾いてみて」この全てに本人のなぜそれをしなくていいかの言い訳がこちらに返ってくる。「とにかく、やってごらん」を一徹してジッと待つ。これ以上彼の言う事につきあうとこちらもキレそうだからだ。そして、昨日は久しぶりにキレた。「外に出なさーいっ」彼の腕をつかんでドアに向かい始めたら、末っ子のJFが泣き出す。そのJFにJは、「ドントウォーリ、ママはそういってもこの冬の寒いなか息子を外に出す訳がないから」と余裕たっぷりだ。「やめた、ママもうやめたからね、寝るーッ」宣言をして部屋に退場して彼をどうやってギャフンとさせるかの対策を練りたかったが怒りで頭が働かず、「練習のたびにこうなるんだったら、もうやめよう。練習しないことはレッスンがないってことだから金曜日は先生のところにいかないんだから」で始まって、余分だが、「あなたには全てがそうだよ。難しいことはすぐ投げ出すんだから、今は子供の立場だから、何でも誰かのせいにして言い訳が出来るけど、大人になったら誰も責めることは出来ないんだから。ママが自分の思う通りにならないからって、ママのママのせいにして喚いてることって聞いた事無いでしょう!!わかってるー!!」ここまで自分で言いながら、その言葉がそのまま自分に跳ね返ってくるようだった。気まずくなって、勝手にしなさいと言い残し、家中の電気を消してJFを連れてベッドルームに入った。するとJがピアノの練習を一人でし始めたようだ。もちろん、間違っている。フラットを見逃してる。終わって『おやすみ、ママ」と言いに来た。「おやすみ」今朝は、なるべく私の手をかけないように気を遣っている様子が見える。クールを失った私もいけないので、彼をハグ。「ピアノのレッスン行ってもいい?」と送っていく車の中で訊くJでした。家で練習を必要とする習い事は末っ子のJFにはさせたくないと思ってる私です。
2005.01.26
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末っ子がようやく元気になり、プリスクールへ行った。きょうはまだ0度あるので暖かいし、青空。クリスマス以来足を運ばなかったお店(洋服類のディスウント店)へ行ったみた。冬物処分セールの残りしかなかったが、69ドルのセーターを13ドルで見つけた。Tシャツぐらいの値段で嬉しい。きょうは自分のものにフォーカスして、男性服、子供服全てパス。男性服ほどつまらない買い物はない。我が旦那クンは洋服のショッピングが大嫌いで、足らなくなると私が時々買って与えている。気に入ればキープで気に入らなければリターン。しかしこれも結構面倒なことなのだが。従って彼の服の買い物から足がどんどん遠くなる。長女は服にこだわるので本人が一緒でない限り買わない。長男はまだなんでもオッケーの年齢で、フットボールや野球のチームのロゴでも入っていれば大喜びだ。驚くほど靴下、ジーンズにすぐ穴があく。彼の靴は三ヶ月もするとボロボロになる。末っ子は友人が下さったもので充分足りてる。ジーンズを一本とカレンダーも購入。毎年、この手のカレンダーを使う。子供の歯医者のアポ、レッスン、学校行事、友だちとのランチ(めったにないけど)の予定を入れておく。1月の後半まで来てるというのに、破格的ディスカウントがなくがっかりだったが、これ以上このカレンダーなしでは毎日何か忘れてる気がしてならないので、買った。2003年はピカソのカレンダー、2004年はTon Schultenのもの、今年はフランク・ロイド・ライトに決めた。(セレクションが少なかった~)ゴッホのもあったのだが、さすがディスカウント店だけあって、後ろに少しダメージがあったので、パス。彼のデザインした家が好きだ。窓が大きくて日本に傾倒した建築家だからだろうが、内装に使われる色が渋い色だし、正面から見た時玄関がパッとわからない仕組みになってるのも面白いと思う。彼の弟子がデザインしたといわれる家を冷やかしに見にいったことがある。ベッドルームが小さめだったが、どの部屋からも庭が見えるようにデザインされていて、毎朝起きがけに木の緑や花が見れるなんて贅沢だ。庭を囲むようにリビングルーム、ダイニングルームがあって家のなかに居ながら外の風景と切れ離されていなかった。このカレンダーにどんな予定が書かれるだろうか。今年ももう1ヶ月過ぎようとしている。 そういえば、サイモンとガーファンクルがフランク・ロイド・ライトのことを歌った曲があります。
2005.01.25
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我が家のキッチンの壁には丸いかたちの代物がかかっている。我が家に始めて来た方はエッと気づいて下さるので、”これねえ~”とつい自慢する。私達がまだ日本で暮らしていた頃のこと。スーザンとリチャードはオーストラリア出身のカップルで英語を教えながら日本で暮らす生活費を稼いでいた。スーザンは本来アーチスト。リチャードは雑誌に旅行記などを書いてたと思う。彼らは日本の田舎の街に空きやを見つけて住んでいた。その家の持ち主と家賃を交渉して格安だったに違いない。街の中心地から離れてはいたが、よくこんなところに空きやがあったものだと感心する。また、それを見つけた彼らの目の付けどころが凄い。もちろんそんな家だからボロいわけで、それでも畳の部屋が3つあって、お風呂もガスで炊けていたわけで、上等だ。ボロの素晴らしさは彼らが結構自由に出来るところで、スーザンは持ち前のアーチストのスキルをいかして台所の壁にリアルな花の絵を描きまくっていた。私たちは彼らから学んだことがいくつかあって、そのひとつは、日本の粗大ゴミは宝もの。彼らの家にある電化製品、家具は全て粗大ゴミでまかなわれていた。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、扇風機、ストーブ(これは石油ストーブ)、タンス、テーブル、椅子、etc..私たちも、もちろんそれに見習ってなにもなかったアパートに昭和初めの頃とおもわれる棚がやって来たり、なんと旦那君は4つバーナーが付いたオーブンも見つける!!彼がそれを見つけた時は、私はアメリカにいたので、どうやってそれを運んだのか謎のままだが、壊れてたかもしれないそれをよくぞ運んだものだと感心する。それで、バナナブレッドをよく焼いたものだ。ある日彼は昔の大工さんの道具箱を粗大ゴミで見つけた。アパートに帰って来てなかを偵察する私達に近所の方が気がついて、それは骨董品だと教えてくれる。確かに箱自体から古い感じであることが充分わかったし、なかには墨を使って線を引く道具もあった。その近所の方も興味津々であったので、少しおすそわけをした。私たちはその線引きをこちらに来る時持ってきたのだが、あとのものはどうなったか覚えていない。彼らから学んだもうひとつのことは、服はその住む土地で買う。ゆえに、なるべく衣服を持って移動しない。スーザンは日本の古い着物をうまく紐で結び上げてジャケットのように着こなしていた、そういえば。ただ、これを日本の人がやってしまうと世間の目は白いでしょう。あの頃は今から思うと時間が在り過ぎるぐらいあった。日曜の夕方は近くのゴスペルをがんがんかけてくれる喫茶店に行って、友人たちとわいわいやっていたのだなあ。 直径80cmぐらいのもの。スーザンさんが明治の頃のちゃぶ台にペイントしたもので、おまけしてくれたけど、高かった~。足が折れるので、絵のように壁にかけてる。裏には私達の名前とスーザンの名前が入れてある。家宝かな。(笑)真ん中の猫は当時彼らが飼っていたねこ。びわ。アメリカのゴミも結構いいものが出てる。昔の癖で拾いたくなる衝動を押さえるが、車をUターンして再チェックすることもある。旦那君はある日ボーリングのボールを拾ってきてた。何に使うんだか。(笑)
2005.01.24
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(家の前にそそり立つ杉の木)よく雪が降るものだ。窓から眺めるには幻想的だ。灰色に覆われてる空に,空っ風が吹くだけの日よりよっぽどいい。ただ、車を運転しなければならない人にはお気の毒だし、飛行機もキャンセルされたらしいし、また、【籠り】の日だ。食料はまだ大丈夫。先日の大量仕入れで足りてる。さて、今年はわりと雪が降ってる。昨年は雪かきを殆どしなかったように思える。旦那君はスノーブローワーをフル回転でご近所を回っている。我が家の通りを挟んだ、正面には白い大きな家が建つ。ここには夫婦、子供二人、犬2匹が住み、二人目の子はアダプトされた子で、たぶんアフリカンアメリカンとコケージョンのミックスだと思う。女優のハリー・ベリーに似て、将来美人になること間違いなしの容貌をしてる。我が家のJFより1歳上で、遊び相手だ。分からないのがここのご主人の職業。旦那君は、「決して、人に職業を訊いてはならない」というチャック(亡き父親)の教えを守り続けているため、ここに4年住んでいるにも関わらず謎のままだ。会話がないわけではないのだ、もちろん。なぜか知らないまま。このご主人は殆ど毎日自宅にいらっしゃる。時々、スーツを着て出ることもあるが、殆どは家にいる。このお宅のスノーブーローワー壊れたままなので、まずこちらのお宅からスタートしたと思う。次は斜め向かいのメリーさん。60歳ぐらいだろうか。週末になるとボーイフレンドの方が訪ねて来ているようだ。彼女は赤いスポーツカーに乗って毎日仕事に出掛けられる。そういえば、彼女の仕事も知らない。春先花を植える頃やクリスマスの飾り付けの時などになるど、息子さんが来て手伝っている姿を見かける。次は我が家から二件離れたもうひとりのメリーさん。彼女の家はベッドルームが6つもある大きな家なのだが、長年手入れがされてないため見栄えが良くない家に成り果ててしまっている。ご近所でこのメリーさんのことを詳しく知る人は少ない。どちらかと云うと、避けられてる。彼女はアル中だと言う人もいる。お子さんは5人いたらしいのだが誰も訪ねる様子はない。2年前、花のデリバリーの方に頼まれて、お誕生日の花を預かったことはあるが、その花はそのうちの一人からだったのだろうか。彼女の亡きご主人は銀行のオーナーだったらしい。羽振りがいい時期にはダウンタウンにあるオーケストラのボックス席のシーズンチケットを持ち、毎週ぐらい出掛けてたそうだ。彼女はクラッシクが好きなようだ。ご主人のビジネスがうまくいかなくなって、破産宣告をし、なんとか家だけは無くさなくてすんだらしいが、その後ご主人が病気で亡くなり、子供達も家を出、その後メリーさんはどんどん寂しい生活に突入するばかりになったのだろうと察する。ご近所の方が彼女を避けるのも頷けるのは、やはりアルコールの匂いが彼女の周りに漂うし、全く手入れされていない長い髪は見るに耐えなく、哀しい。ある日このメリーさんと話す機会があったのだが、この方はいろんな知識に溢れていた。日本人である私にする彼女の質問は相手の立場をよく考えたものだったし、知識があるからこそ出来るような質問だった気がする。その印象しか覚えていない!!(忘れっぽくなってる、笑)前回の雪の日、彼女はガレージから車を出せなかったそうなだ。吹雪いている。雪が。コーヒー片手に、読みかけの「Memoirs of a Geisha」を読んでしまおうと思う。JFはカウチでお昼ね。長女は練習。長男Jは犬のように雪のなかを駆け回っている。 (反対を押し切って外に出る Snow boy) (風邪から回復中のJF、外に出られなくて寂しそう?)
2005.01.23
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誰にでも苦手なものがあるだろうが、私のそれは蛇である。幼き頃、友だちと花を摘んで遊んでいた。時が経つにつれ、ルンルンお花を摘みましょうから、どっちがたくさん摘めてるかの暗黙の競争が始まっていた。身の軽い私は、岩をこえて、のぼって、手には断然友だちより多い花束が出来つつあった。いい気になって夢中になっている私にその子が、”へび~、へび~”と笑いながら走り去ろうとするではないか。みえみえの策略にでたねえと無視して摘み続ける。しかし、その子は半分笑い、半分泣き状態でこちらを指さす。居た。足元に、居たのです。真っ黒のとぐろを巻いたあの方が。我が家には蛇の抜け殻がいたるところに見られる。まず、朝、娘の部屋に行けば、パジャマのボトムがまあるくなって床に鎮座されている。昨日履いたジーンズもその丸さを保たれないにしても、それに近いかたちで残っている。その横にはミニスネークの抜け殻?靴下が小さな丸のかたちをうまく残して恥ずかしそうにジーンズの横に添えてある。息子Jが帰ってくると、大蛇のように堂々と豹変した抜け殻、ジャケットが床に落ちる。旦那君は黒い蛇の抜け殻、二足、キッチンテーブルの下に産み出すのを得意とする。みんなどうしてわからないのよっ!!私は蛇が大嫌いだって。
2005.01.22
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JFの熱は終わり、だと思う。昨夜は寝る前にタイラノールを飲んでそれきりだった。夜中咳き込んで起きたが熱は大丈夫そうだ。ドクターのオフィスで2回も呼吸器でのトリートメントがされ、今日から、ステロイドの飲み薬も5日間飲むように指示された。JFのインヘイラーはAlbuterolといって、ウイルスによって炎症を起こしてる肺の筋肉をリラックスさせる薬だったらしい。それでもきょう、まだ肺のゼイゼイする音が昨日とあまり変わっていない為、さらにステロイドの飲み薬も処方された訳だ。ステロイドでその炎症を治療するらしい。また明日チェックに来るように指示され、こんなに頻繁にチェックされるのも今回が始めてだ。プリスクールに電話したらクラスの半分お休みしてるとのこと。昨日も今日も同じナースがJFの担当になった。短い金髪をジェルで立て、昨日から気になってはいたのだが、まゆげに4つピアス。耳には8つ所狭しと並んでる。数えてしまった。ヒラ~としたスポンジボブのウワッパリを羽織っていらっしゃる。糊の利いたパリッとした白衣と白タイツのナースのイメージからは程遠い。日本から来たばかりの方にとってはショックかも、なんて私の心うちを知るわけもない。夕方ガソリンを入れて大通りに出ようとした時、ラッシュ時でなかなか出られそうになかった。信号で止まっていて、入れようとすることはそんなに難しくないのに、こちらに気づいていない振りをする車が殆ど。すると、黒いボロの車がどうぞと手で合図してくれる。それは、アフリカンアメリカンの男性。ありがとうと手でお礼をして入れてもらう。彼は今日の私のエンジェルだ。何年か前、娘をレッスンから連れて帰る途中、何台もの車がなにか合図をしてくる。よく分からないまま運転を続けていたら、小型トラックの運転手が手を出して止まるように合図してくる。不安なまま車を路肩に止めると彼が私のタイヤがパンク寸前だからと教えてくれた。彼は仕事帰りか、ペイントにまみれたジャンプスーツを着ていた。”スペアタイヤある?””多分”彼は自分の車から道具を出して不安に立ちすくむ親子を横にしてタイヤを変えてくれた。お礼がしたいから住所を教えて欲しいという私に、そんな必要はないからとサッと車に乗って去ってしまった。家に帰ってその事を旦那君に伝えると、ネバー、エバー、車からそんなに簡単に出てはいけないと散々説教をされ、以後携帯電話を持つようになったわけだが、あの日の彼もエンジェルだったと思う。今回JFが予想以上に大変でしたが、みなさんがいろんな助言をして下さって心強く感じていました。また、よくなることを祈って下さったその想いは海を越え、寒い冬の空を越えこちらに届いています。たくさんのエンジェルさんに、感謝してます。
2005.01.21
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昨夜は熱で余程体が火照ったのか、パジャマを寝ながら自分で脱ぐJF。JFは今も私と旦那君のサンドウィッチで寝てるゆえ、彼女の足を触ったり頬を時々触って熱をチェックして一晩過ごす。アドビルの新しいフレーバー、ブルーベリー(絵の具の水色を濃くしたような色・・・こんなのあげていいのかしらと不安)を飲んで103Fを超えることはなかった。今朝出張の準備をし始めていた旦那君だが、JFの凄まじい咳とJFのまんまるの熱で潤んだ目で”Daddy, I don't want you to go"に後ろ髪を引かれ、考えた末、キャンセルを決めた。もともとこれは、ボスの仕事の功績を讃えるセレモニー(旦那君がお膳立てをしたのだが)と自身のトレーニングを兼ねたものだったので、昨日の朝ぐらいから考えていたらしかったが。子供の様態はなぜか夜悪化する。あと、長男Jの場合の大けがは必ず、土曜の夕方、ERに走るしか仕方がない時間に起きる。この寒い冬の夜、もし私がJFをERに連れて行かなければいけない状態になったらと思ったら心細い。そう決めてくれてホッとした。仕事には行ったが、帰って来てくれるだけでもありがたい。娘と長男Jは彼が出張をキャンセルしたことを知らないので、それはシークレットにしておいて欲しいと言い残して出て行った。彼らをびっくりさせたいそうだ。咳はやはり体が菌と戦ってるから出るのだろうけれど、内蔵が飛び出そうな咳だ。内蔵が出なかったら、目が出てしまうかも。(笑)本を永遠に読んで聞かせてやっとでお昼寝してくれた。心配なのがインヘイラーだ。これはやはりステロイドが入っているのだろうから、なんだかJFがジャンキーなような人的様相になってきてる気がする。目の下にクマが出来て、イライラしてる。パジャマ自分で脱いだくせに”どうして着てないの!”と怒るし。明日もう一度ドクターへ行って、検診がある。どうぞ、今日より、元気になっていますように。
2005.01.20
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JFの咳はますますだ。プリスクールはお休み。寝込むと咳は出ないのに、起きて座っているだけで、咳が出続ける。ハーブティをぬるくして飲ませてみる。やはり、旦那君がいうようにドクターに行くべきか。昨夜彼が帰って来た頃、みな寝付いていたのだが、JFが熱があるみたいだからと起こされた。103F。タイラノールをあげて、今朝は熱は落ち着いている。ただ、咳が凄い。一度咳が出てその次の咳が10秒後には出る感じだ。旦那君は”肺炎かもしれないからドクターへ連れて行って欲しい、明日からの出張、JFの様態次第でキャンセルしてもいいんだ”と言い残して出て行った。”こんな寒い日に外に出す事のほうが、あの子にとって良くないと気がする”と思ったが、彼はこういう事に関してとても神経を尖らせる。会話を聞き付けたJが”ママ、ダディは正しいよ。連れて行くべきだよ”とミニチュア旦那君だ。確かにドクターに連れて行くことに異論はない。冷たい外気にさらすことと、病気の菌だらけの所へ抵抗力が低くなっているJFを連れて行くことに、私はあまり心地の良い思いをしない。昔、私は皮膚科に通院していて2回目の水疱瘡を大人になってから感染したことがある。熱や咳は体が戦っている証拠じゃないの、少し様子を見てもいいんじゃないの、と思ったが口にするのはやめた。ナースに電話をして様子を説明した。”熱はそんなに心配しないけど、呼吸しにくそう?” それはないけれど、”昨年11月に扁桃腺とアデノイド切ってます。”と伝るとナースは”ん~、そうねえ~、連れてくる?”と言ってくれたので、連れて行くことにした。子供の病気はホント疲れる。長女はキンダーのころ膀胱と腎臓をつなぐ尿管の異常で尿が逆に流れてしまっていた。その為何度も膀胱炎になったのだが、その尿の逆流を調べる検査は、小さな子に堪え難いものがあった。泣き叫ぶ長女に”大丈夫だよ、大丈夫だよ”と言いながら一緒に泣きたかった。駐車場からドクターのオフィスまでJFを抱いて、顔をなるべく覆うようにして連れて行く。なんと、JFの肺に雑音が聴こえるから、これからホスピタルに行ってレントゲンを撮ってくるように指示された。オフィスでは呼吸治療もされた。これで、雑音が聴こえなかったら、ホスピタルに行く必要はなかったのだが。まだ、肺炎と診断されたわけではないが、こんなに簡単に肺炎になるものなのだろうか。もし、肺炎でなくても喘息と同じような治療が必要らしくて、インヘイラーの使い方も説明されて帰って来た。彼にはまだ電話していない。結果が解ってから彼にショックを与えない方法で伝えなければ。
2005.01.19
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寒~いッ。いい加減にして欲しい。この寒さ。室内を23度に設定しているセントラルヒーティグで、窓の内側に氷が張り付く。おまけにJFが咳をし始めた。きょうの気温は、摂氏マイナス16度。そして、体感温度が摂氏マイナス24度。プロレスラーのようなマスク(目と鼻だけ開いたヤツ)をして歩かなければいけないのも頷ける。こんな日は外では息をそーっと潜めて呼吸しなければならない、いや、止めた方が、懸命かもしれない。肺が凍るからね。ありがたいことにきょうはマーティン・ルーサ・キングJr デイで学校が休みで朝早くから出なくても良い。出がけに旦那君がガソリンを満タンにした方がいいよ、と云っていた。”ガソリンが凍るといけないからね”出来れば籠っていたい日だが、冷蔵庫はほとんど何もない状態に近い。昨夜でさえ、クリエイティブ寄せ鍋ものでなんとか切り抜けたのだし、明日は子供達のランチを作らねばならない。行き先はまずCostco。ここで、まとめ買をしよう。そして、出来ればきょうはCostcoで買ったもので夕食も考える。読み始めた“Memoirs of a Geisha"、半分ぐらいまで来ている。娘に”これいい本だけど、Rated R”かもねーといったら、娘、”Xなんじゃないの~”ですって。その本人朝食にトルティアチップにメキシカンチーズを振りまいて、電子レンジでチーズを溶かし、それにサルサのソースをかけて食べてらっしゃる。これ、朝ご飯。自分で準備したから、何もいいません。JとJFは朝早くから起きて地下で忙しい。彼らはおうどんを朝食に召し上がってる。さあ、意を決してぶくぶくに防寒して出かけなければ。
2005.01.18
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この頃私の髪のカットはチャイニーズのグロリアさんにお願いしている。彼女のご主人は医師だ。お医者さんの奥さんだったら、普通左団扇で暮らしていそうだが、彼女はご主人と出会う前にヘアースタイリングの修行を積んで、子供が二人産まれてもこの仕事が好きでずっと続けているらしい。お金持ちが買い物に行くことで有名なデパートに入っているヘアーサロンで長年働いて、昨年独立して今の店を持ったらしい。アジア人にとって、アジア人ではない人に髪を切ってもらうこと程、とんでもない事はない。旦那君の髪は濃い茶色で、他の白人と比べてストレートで硬い方に見えるが、それでも断然私の髪よりやわらかいと思うし、そして量も少ない。以前ユダヤ人の女の子で背中の真ん中ほどもあるフワフワの長い髪をしていた子の髪を頼まれて、毛先をそろえてあげた事があった。さわって、びっくり。そのやわらかさと少なさに。フワフワに騙されてはいけない。そういった人達を扱っている人にはわからないのだ思う。アジア人の髪。日本人の知り合いが結構有名なヘアーサロンでヘアーカラーとカットをしてもらった。ダークブラウンにして欲しいとお願いして、出来上がったのが赤茶色。驚く彼女に、”黒い髪にはこんな色のほうがいいと思ってそうしたわよ~。いいでしょう~。”ショックに打ちのめされた彼女を見かねたご主人がビゲンヘアカラーの”黒”で染め直した。そして、彼女は漆黒の髪でしばらく暮らすことになったのだ。とどめに、カットはサザエさんのわかめちゃん。グロリアさんは上手かな?とんでもないことはされないだろうと云う安心感があるから上手。お客さんはアジア人が多いが、もちろんコケージョンも来てるらしい。(どうして、白人の人は自分を”ホワイト”って云わないんだろうね?)お店は新しくてきれいなのだが、象印の湯沸かし器があって、紅茶を入れてくれるそのマグカップは花模様。またカップの内側は茶色にくすんでたりしてなんだか懐かしい。今度はカラーにおいで、フェイシャルもやってるからどうかと結構プッショが強いけど、それを軽くかわして店を出る。髪の長さは絶対に変えないでと何度も云っていて良かった。それぐらいでちょうどなのだ。前より、5cmは短くなってる。
2005.01.16
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願いがかなって、見上げると太陽が!わーい。わーい。新聞によるとこの地域、2005年始まって98パーセント、ノーサンシャイだったらしい。道理でね、気が沈むわけだ。しかし寒い。外へ出て歩くと、寒さのせいで髪が一本、一本サラサラ頬に感じられる。子供たちもきょうは昼休み、室内のはずだ。太陽が出てると俄然気分がいい。やはり、暖かいところに住みたいなあ。JFがプリスクールへ行っている間、図書館へ。どなたかのサイトでこの本について書いてあり、そういえば、娘の前のバイオリンの先生(綺麗な方だった)も読んだらしいし。“Memoirs of a Geisha"出だしを読み始めたところ。なかなかいい。何がいいかって、スラスラ英語が入ってくれる。文章がシンプルでややこしくない。これが良い。単語もなが~いのが使われていない。あと、風景、人物描写もパーッと目に浮かぶ。これは、とても良さそうだ。出来れば、哀しい話でありませんように。でも、そんな気がする。しかし、空は青空。大丈夫。元気だ。追記:この物語不思議極まりない。哀しい状況が描かれているにも関わらず、 フッと笑える箇所があるのだ。9歳の女の子の目線で見る人物描写、ハッとさせられる新鮮さがある。まだ読み出して間もないが、ここまで来たら読んでしまうしかないだろう。
2005.01.15
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昨夜高校の説明会にいく途中、時間が結構押してていて、遅れそうだった。旦那君は職場からそちらに直行してるはず。遅れてどうということはないにしろ、遅れることがいやなことは確か。いつもより速めに運転する。子供を乗せるようになってから、もっぱら安全運転だ。このままいけば大丈夫かもと思った時、信号機の点滅が見えた。ラッシュアワーを過ぎた時間帯の列車だ。予感的中。長い長い貨物列車だった。Uターンして避ける車が隣を通り過ぎる。彼がたぶん間に合っているだろうとあきらめて、待つことにした。星も見えない冬の夜空と長い貨物列車。この世にたったひとりその時を待つような気になってなんだか寂しい。思った。これが、昔、昔の頃、大好きだった人と一緒の車の中では、この時が永遠に続いて欲しいと思っていたのだろうな。ここに旦那君と居たら、仕事の話とか子供の話とか彼の夢の話をしてるかしら。愚痴ってたりして。(笑)子供たちと居たら、何台貨物が連なってるかのguessingゲームになって、数える声でうるさいに違いないだろう。同じものを見るにしても、その時の自分の状況で、ものがいろいろかたちをかえて現れる。それと同じで、人によって、同じものを見ても、違うものを見て、感じることがあって当然だろうと。
2005.01.14
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このごろ私は早起きだ。旦那君の目覚ましが鳴る前から自然に起きてしまう。なぜなら私を待っているお友達に逢う楽しみがあるからだ。メッゼージを確認して読みたい方々のページへと。感心したり共感したり、スクリーンに向かって笑ったり、ぽろりと泣いたり。これって、所謂、”お宅”ってヤツ?それが、スクリーンがフローズ。これはいつもあること。リブートする。待つ。見慣れぬ小さなスクリーンがパカパカする。朝食を食べてた旦那君に見せたら、彼の顔がこれはよくない状態だと云っている。”ハードドライブがだめになったかも、でもラストチャンスで救えるかもしれない”と出かけなければならないのに、地下からバックアップシステムを持ってきていろいろ試してくれた。その場ではどうすることも出来ないのは目に見えていた。日頃、私がサイバースペースに吸い込まれていると冗談、そして本気に云っている彼だが、その楽しみがなくなることを心配してくれてる。娘が来年から通うことになる高校の初めての説明会が夜あって、二人で出席。家に帰ってきて早速彼が、息子Jのibookに日本語を入れてくれた。毎朝、彼が出かける時は彼が完全に出かけるまで見送るのだが、それは彼が必ず、携帯忘れたとか新聞、ハイ、とか、コーヒー持っていきたいからマグに入れてとか時間がかかるからだ。うっかり座ったりすると、また立たなければならないから気が抜けない。そういったことを”ったくもう、さっさとしてよ~”とイライラしてはいけないのだと反省する。先日彼が帰ってきた時、ガレージの音をききつけてドアの前で彼を待ち、”けさからずっと、ここを動かないで待ってたの”と媚びたが、それは功をなさなかった。どれだけ続くかわからないが、彼になるべくやさしくしようと思った。
2005.01.13
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今朝Jを送っていく途中で思った。ここはモノクロの世界。みぞれに近い雨をふくんだ灰色の空は低く垂れ下がり、行く場をなくした、剥き出しの枝々が狂わんばかりに手をのばしている。色のない景色。道路脇に立つコンストラクションのサインのオレンジはモノクロ写真に子供がいたずら描きしたかのように哀しく色付く。どれだけ寒くても構わない。せめてお日様が見たいものだ。こんな日が続くと眉間にしわがよってしまう。車のFMでサラサーテのZigeunerweisenが流れた。弾き手はパールマン。派手な出だしに続く切ないメロディが私は好きだ。この箇所になって、パールマンのイスに座って弾いている様子が目に浮かび、外の景色に彼のバイオリンの音が語りかけていた。娘はこの曲をいつか弾きたいと云っていた。きょうはレッスンの日だった。娘のバイオリンはこれからどうなるか分らないが、全神経を音に集中し、その瞬間は自分と音だけの空間を持てるということは、楽器を弾く人にとっての特権なのだろうなあと楽器を弾けない人、私は思う。その音の流れに身をゆだねて無心になり、自分の感情ではなく音が創り出してくれる世界に浸れということ。レッスンを終えて大学のキャンパスを歩いて車に向かう途中、アライグマと遭遇。太った猫かと思ったら、じっとこちらを見るその姿は、アライグマ。双方立ち止まって動けない。”お願いだから~”という私の日本語を理解して、のそのそっと茂みに入ってくれた。娘と私、”猫だと思ったよねー”と云いながら帰途についた。湖に打ち寄せる波が冬の夜の暗闇に吸い込まれていった。
2005.01.12
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チャックは旦那君(やはり世話になってるので呼び捨てはやめた)の亡き父。長女が3才の時に亡くなったから、もうあれから11年前も経ってる。旦那君の母親が23才、チャックが49才の時に二人は結婚したそうだ。二人とも初婚だったと両方から聞いていたが、どうやら二人とも私に嘘をついてたらしく、暫くしてから、母親ナンシーの最初の結婚は、相手がジャークだったらしくて(ホントかな?)2ヶ月で終わってたらしい。チャックは、それが、良く分らない。なんでもナンシーはチャックが45才だと信じていて、本当の歳が分ったのは随分後になったからだったらしいし、半分本気、半分冗談で、いつかチャックの子供と名乗る人がどこからか出てくるに違いないわなんていってるぐらいだ。二人が新婚旅行でバミューダに行って、その時若い男の子が、”お嬢さんを誘ってボートに乗りたいのですけどよろしいですか?”と尋ねられたとか、結婚式はナンシーの父親があまり乗る気ではなかったから、フロリダの家のプールサイドでしたとか、そんな話しはよくしてくれたが、過去については一切話しをしてくれなかった。旦那君が小さい頃は、チャックもレストランを経営したりして羽振りが良く、家にはお掃除の人が出入りし、そしてナニーさんもいて旦那君の面倒を見てたらしい。旦那君曰く、二人は全く対照的で、”South meets Northshore"、サウスはチャック(ダウンタウンの南側の貧しい地域)ノースショワーはナンシー(高所得者居住区)。ナンシーも後、苦労することになったわけだが、お嬢さん育ちの彼女とストリートスマートのチャックの間には、私が来た頃も結構けんかが耐えなかった。チャックは子供が生まれてから全て、ライフスタイルを変え、全面的に父親をしようと心に決めたらしい。それまでしてた仕事を辞めて、レストランを始めたのもこの頃らしい。チャックは親になることより、旦那君のベストフレンドになることを選んだと旦那君は云ってる。それは高校、大学と旦那君が若気の至り的間違いのトンネルを通る過程において、全てを自分だけには打ち明けるよう念を押し、旦那君はチャックには隠し事をしたことがないと言っている。親として聞きたくない事、怒鳴り付けて止めさせたい事があっただろうけど、チャックはそれをいっさいせず、全て受け入れ、アドバイスはするが叱りつけることはなかったと彼は云ってる。ベストフレンドとしての立場を守り続けたらしい。私が知るチャックはもうおじいさんのチャックだったが、私の事も可愛がってくれた。もちろん、旦那君とは雲泥の差をつけられてたが。(笑)毎日電話をしてきて、私達のことをチェックしてくれてた。彼等の家を訪ねて帰る時は必ずハグを強制された。旦那君をみつめる目はいつもやさしい暖かみに溢れ、”アイツは最高な奴なんだ”と私にいつも言っていた。11年前の7月。初めて私達は長女を映画館に連れて行った。”ライオンキング”だ。その晩、映画から帰ってきたら、メッセージが入っていた。いつものチャックのなんでもない用件。折り返し電話しないまま一週間が過ぎ、日曜日が来た。日曜日は教会帰りにいつも彼等の家に寄る事になっていから。そしてその日、私達が来る数時間前にチャックは心臓発作で倒れて亡くなってしまったことを知ったのだ。旦那君はあの電話のメッセージを大事にとってる。そして、折り返し電話しなかったことを悔いている。また、ライオンキングは彼の心に特別な意味を持つことになる。思うのは、チャックはもう私達とここには一緒に居ないけれど、彼が残してくれた愛情は旦那君のなかに生き続けていて、それが子供達へも注がれていることは確かかなということ。彼が仕事で家を出る時、Jは歯を磨いてる途中であっても、まだベッドのなかにいてもガレージのドアが開くと飛んで出て来て、父親をハグする。旦那君ももう車に乗って動き始めていても、出て来てそれに応えてる。そんな様子を見て、きょうチャックのことを書きたくなった。
2005.01.11
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我が家は都会とよばれる街の郊外に位置する。旦那はこの街で生まれ育った。(きょうから、呼び捨て)新しいものをあまり受け入れない保守的な街だが、安定し安全であることには間違いない。真面目で勤勉な人が多く住んでいるとここに暮らす人達は思っているようだ。りす、鹿、アライグマ、コヨーテ、オパッサム(鼻がとんがり、長いしっぽを持つ)らと共存する。同じ街のなかも西の辺り、東の辺りで住んでいる人達の雰囲気が違うことは噂に聞いてはいたが、4年前、東側に引っ越して来て実感する。リッチな人々が多く、持つか持たないかで人を判断する雰囲気が感じられる。まあ、気にしていても仕方ない。合わないなあ、とは思うが。引っ越した理由は前の家はバスルームがひとつしかなかったからだ。キッチンも狭かったが、ベッドルームは3つあった。日本の住宅事情からいったら贅沢なのだろうが、困ったのがJがトイレに入ると永遠に出てこず、そういう時に限って長女が行きたくなったり、私だって、ドアを何度叩いたことかあっただろうか。そして、もうひとり子供が増えることが分った時、どうしても、もう一つバスルームがある家に住みたいと頑張ったのが、私だ。”贅沢は言ってないと思う、欲しいのはもうひとつのトイレだけ。”とがんばった。旦那はその必要はないと言い張り、私は、”あなたは職場にトイレがいくつもあって、行きたい時に行けるだろうけど、私達にはそれが出来ないんだから!”と主張しもめた。結局、彼はその必要性を妥協して認めてくれ、今住んでる我が家に移ってきたのだ。トイレの数は充分にある。我が家は平屋で、メインフロワーにバスルームのトイレがひとつ。そしてトイレのみのトイレがひとつ。地下にひとつ。合計3つのトイレがある。ある日、外で食べ過ぎて帰って来た時、みんなドアを開けるなりトイレに直行。この時ほどトイレがたくさんあることに有り難みを感じたことはなかった。トイレの奪い合いの紛争はここに越して以来皆無だ。私の我が儘も家庭平和に貢献したと云っていいだろうか?
2005.01.10
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昨日、JFのボーイフレンドが遊びに来て、4才児のナンセンス会話に随分楽しませてもらった。お昼を一緒に食べてる時、ポーリー君は、私の顔をまじまじと見て、”ぼくのねえ~、お父さんはチャイナで仕事してるんだあ”と言った。”へえ~そうなんだあ”と感心(振り)して受け止めると、”う~ん、いまはそうじゃないんだけどー”なんて。(笑)彼の父親は地元のダウンタウンで園芸店を経営してる。ポーリー君、なかなか鋭いと私は睨んだ。なぜならこちらに来て出会った人99パーセントその種の質問をしてくる人は、”アーユー、チャイニーズ?”だからだ。中国人が経営してるチャイニーズレストランに行けば、ボーイさんは私に中国語で話しかけてくる。ある時はどうして子供に中国語を教えないのかと問いつめられたことも。テイクアウトによく足を運ぶチャイニーズのお店の女の子はとっても私に愛想がいい。同士を感じてくれてる。ある日、彼女聞きたくて仕方がなかったのだろう。”アーユーチャイニーズ?”来た、来た、やっぱり。”ジャパニーズなの”というと、やっぱり、信じられないという表情をされた。もう、驚かないけど、こちらも。そのように私のことを思われる方々によると私の目がチャイニーズらしい。まあ、ここで長く暮らしたせいか、日本人独特の慎ましい遠慮がちな雰囲気が薄れてしまって、(もとからなかった?)日本人の方にも日本人と思ってもらえなくなってる。私自身、こだわりはない。アジア人で落ち着ける。私は私。見かけはどうでも。もちろん自分の中にある日本のルーツは大切にしたいし変えられないのだが。昔、旦那君は日本で暮らしてた時、”僕は、地球人”あるいは ”僕は宇宙人”でがんばってた。
2005.01.09
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きょうはJFのボーイフレンド、ポーリー君が遊びに来る。JFは目覚めた時から興奮しっぱなしで、口が止まらない。送って行く車のなかでもとにかく喋りっぱなしだ。興奮が止まらなくて、"Mom, don't you think it's funny that the horse can pee on his tail?"などと、わけのわからないことを言い出す始末。ポ-リー君はクラスメートでもうすぐ5才。彼はハンサムだ。そしてユーモアがあるコらしい。楽しみだ。私も。JFは手がかからない。手をかけていないだけなのだろうか。年の離れた姉と兄を持つせいもあるだろうけど、いつのまにか歩いて、いつのまにかトイレのトレーニングも出来、おまけに今では自分で冷蔵庫から麦茶をだしてグラスに注いだりしてる。そのグラスだって自分でキッチンキャビネットによじ登って取り出している。くつのひも結びもテレビの子供番組を見て出来るようになってしまった。兄Jはここ1~2年でマスターしたというのに。箸もそうだ。うまくないが、使いたがるし、使える。兄Jは使えない。昨日だって、二人外で思いきり遊んだ後、JFは帽子、手袋、ブーツ、スノージャケット&パンツ、全てレジエターの前に並べてた。兄Jはブーツをキッチンに脱いで今朝までそのまま状態。寝る前にJFは”今日は3冊いい?”と読んで欲しい本を用意してる。兄Jは毎日20分は読まなければならないのが相当苦痛らしく、”How many more miunutes do I have to read?"の連発。ピアノの練習をごねる兄JにJFは、”If you pracitce well, I am going to give you a surprise"と耳うちする。JFは我が屋のアイドルだ。昨年末手術をしたのだが、その時の痛々し気の写真を長女は自分の学校のロッカーに張ってる。Jとその写真の取り合いをして勝ったから。JFがお腹に宿っていることが分った時、私は泣いた。喜んでじゃない。これからまた子育てをしなきゃいけない自分を哀れんで。長い十ヶ月の妊娠期間の苦痛を思って。一夜空けた翌朝妊娠した現実が重くのしかかっていたっけ。思うのは、我が家は子供3人でちょうど良かったのだということ。大騒ぎをして抵抗した自分が情けない。JFに心の底から申し訳なく思う。自分のそんな醜さも今はなにもなかったことのように忘れてJFを猫可愛がりしているが、こんな私に3人もの子供を与えて下さった神様に感謝しなければならない。この子達がずっと今のまま仲良く、助け合って成長してくれることを願っている。
2005.01.08
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昨夜の様子からみて絶対いけると睨んでいたが、スノーデーはやって来なかった。我が家の目の前の杉の木は、砂糖のコーティングをされたように枝が雪でぐ~んと重くなり、ついには地面に着いてしまったというのに。Jは朝6時から(真っ暗)自製のそりコースで遊ぶ。止めてもだめだ。ここも年々雪が少なくなってきていて、こんなチャンスもめったにないかもしれない。スノーデーじゃなかったことを相当がっかりしてたし、これで少し満足してくれたらいいだろう。長女も膨っ面。”そんな顔してても状況は変わらないんだからと”と長女に云いながら私も気持ちは同じだ。けれど誰かが大人にならなければならない。こんな日だから、旦那君が上二人を連れて出た。私はJをプリスクールへ送りに運転をしてみたが、運転し始めて自分がこれからおお間違いを起こそうとしてるんじゃないかという思いにかられた。結構雪が深い。我が家のミニバンは、雨に濡れた道路でさえ走りだす時、滑る。メイン通りに出ようとしたところでもうタイヤが空回りした。オートマチック車のD3なんて使ったことがないが、試しに入れてみる。えっ?シフトが動かない。あせる。プリスクールなんて休ませればよかった。家を出たことを後悔する。肩の力を抜いてシフトしてみた。大丈夫だった。これはどうやら割りと真直ぐにシフトを降ろすといいみたいだった。信号で止まった時に何度か練習してみる。ラジオをつけると、”みなさんをこれ以上惨じめな想いをさせようとするつもりないのですが、(とても明るく)ハワイの最高気温は79度で~す”といってる。笑った。なんとかプリスクールに着いたものの、やはりミニバンを運転するおかあさんが多いため、除雪車が造り出したカーブの雪の山に突っ込んで動けなくなってしまっている。車から出て押してあげたらいいだろうか、と思う頃には動けるようにはなるのだが。送って帰ってくる途中でも車が水路に突っ込んでしまっているのを見かけた。しばらくしたら迎えにでなければならない。無事に帰ってこられますように。
2005.01.07
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雪、雪、そして雪。細かい雪が風に舞っている。我が家の正面には20メートルほどの高さの杉の木が手を広げているようにして覆い立っている。その枝々に雪が積もりつつある。美しい。これは私の好きな風景のひとつだ。リビングの窓から外を見る時、真っ赤なカーディナルが急に枝に飛び込んできたり、あるいは青いブルージェイが留まってたりするのを見つける。黄色で黒のくちばしをしたフィンチ?も可愛らしくて、サッと飛び込んで来てはすぐに飛び出す。この杉の木をみつめながら、四季が過ぎている。今晩から明日にかけてもっと雪が降るらしい。積もった雪が枝を重くし、ますます我が家に届かんばかりに手を広げてくれるだろう。子供達は秘かにスノーデーを期待してる。これは、積雪の為に学校が休みになる日なのだが、私も実はそうだといいなあと思ってる。午前中、JとJFのブーツを買いに出掛けた。Jに買っておいたブーツ、なぜかサイズが合わない。簡単に返品できるのがここの国の良いところ。1ヶ月前の買い物、それもレシートも無いのに、大丈夫。お店のクレジットをもらって、同じ品物がセールになっていたからサイズを変えて(24ドルが19ドルに値下がり)5ドル儲かってしまった。長女は、ここ数年ブーツを履かない。ジムシューズで頑張る。或いは、birkenstock社のスリッパのような代物がいいらしい。それがクールってことなのでしょう。呆れる母ですが、好きにさせる。JFにはピンクのブーツ。ピンクならなんでも嬉しいJF。簡単だ。大通りは頻繁に除雪車が往来して、普通通りに近い運転が出来たが、それ以外は運転しにくかった。急にブレーキやアクセルをするときっとハンドルが取られるだろう。雪の上を歩く感じで運転しなければ。暫くしていなかったなあそんな運転。Jの学校からメッセージが入っていた。アフタースクールのスペイン語のクラスがキャンセルとのこと。やはり、雪を心配しての配慮だろう。こんな日はホットチョコレートをすするのに限る。Jが帰ってくると、きっとスノーブロウアーを使って家の前を雪がきしたがるに違いない。覚悟せねば。追記:今もうすぐ9時になろうとしている。旦那君は会議でまだ帰っていない。JとJFは父親が帰るまで待って、外の雪かきを彼とするといってがんばっている。降ってる。雪。スノーデーいけるかも?それで、あの子達遊び始めてしまった。我が家のデッキは2段あるわけだが、その階段を利用してそりコースを作ったJ。そういうことだけは知恵が働く奴だ。思いきり飛び乗るとデッキの下の地面まで滑り降りれて、楽しそうだ。でも、そろそろおしまいにしなきゃ。
2005.01.06
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昨年Queenの3枚組ベストヒットを買った。急に聴きたくなって。子供達はびっくりしてた。なぜなら、母(私)はロックが嫌いで通っているからだ。別にロックと敬称されるもの全部じゃなくて、特に最近の低いビートだけ妙に響くようなあれがイヤなのだ。それが、David Bowieに引き続いてQueenのCDも買ってしまったから。長女Eは、”ママ~、ミッドライフクライシス~”とちゃかすが、Jは、サッカーの試合の前に、”WE WILL, WE WILL, ROCK YOU"を聴いて気合いを入れ、友だちが車に乗ると聴かせたがる。それで、今朝の車の中は、"RADIO GA GA"でスタートした。JFのおしりが揺れている。それを見て笑う私と目が合ったJFは怒ってしまったが、見ない振りをしてたら、また揺れてた。コタツに入って友だち3人で聴いてたQueen。中学生の当時をフッと思い出す。無知な私はベイシティ.ローラーズの方が優れていると思ってた。賢い友人が冷たく”レベルが違うのよ”と言い放ったが、まさに彼女は正しかった。フレディ.マーキュリー。亡くなってしまったが、彼の凄いところは歌のイメージになりきれたことだろう。そのイメージしたものに自分を昂揚し、なりきった自分を疑わず、王者或いは悲劇のヒーローになりきって歌えたところじゃないだろうか。エンターテイナー、アーチストになるべくしてなったのだろうな、彼。あのような人はそうそう出てこないと思う。歌いっぷりの良い彼と共に、子供達の送り迎えをして、1日を終えようとしてる。
2005.01.05
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雨で始まったきょう。どうやら、午後から気温が下がってみぞれになるらしい。その注意予報が出た。道路が凍ると運転がみな危うくなるからだろう。子供をそれぞれ学校へ送って、たまった洗濯物をやっつけたところだ。楽天を始めて、日本語できちんと物事を考えるようになったせいか、久しぶりにいつものルートで子供を送っていったのに、見る風景がなんだかいつもと違って見える。自分がそこに居ていないような。急に話し掛けられると、回りの状況についていけない。ラップトップに向かう私の注意を引けない旦那君があきらめて、”Get your nose back to your computer." と彼が云った折りには、ほう、英語にはそういう言い回しもあるのね~などど妙に感心したりした。おまけに、今朝、車の中でつけたクラシックチャンネルではあの日本の唱歌”さくら”が流れる。尺八とハープで奏でられた”さくら”のメロディーは、にほんそのもの。なんと外に見える風景とは見事にミスマッチ。私もミスマッチ。ただ、奏でられるメロディーの哀愁がきょうのお天気と気分にぴったりだった。たて笛のような綺麗な音。尺八とは意外だった。そういえば、娘の弾くスコットランド幻想曲の第3楽章の出だしは、私にはいつも尺八の音に聴こえる。しかし!!せっかく与えられたひとりの時間。JFもプリスクールの後、お友達におよばれして1時まで帰ってこない。雨のなかお出かけしよう!待っててね。Target.
2005.01.04
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きょうで、冬休みが終わる。旦那君も子供達もそれを思うとちょっと寂しそうだ。おまけに、またまた典型的な冬空。ビートルズのノルウェイの森がぴったりくる。この休み、お出かけするでもなく、毎日ゆっくり過ごしただけだった。それが、とても贅沢な時間だったかな。旦那君はバスルームのキャビネットを取り替えたり、IKEAで購入したエンターテイメントセンターを組み立てたりと忙しかった。本人はそれがセラピューテックとおしゃる。Jがメインの助手。私はキャビネットの取り付けに借り出された。エンターテイメントセンターはIKEAの家具。品質は今一歩だろうけど、デザインも良く、気に入って買った。36インチのテレビが入って、サイドにガラスのケース、おまけに3段の引き出しあり。おいくらでしょう?175ドルでした。アフタークリスマスセールで更に安くなってたんでしょうけど。これで地下が立派に見えるようになりました。ツリーもきょうでおしまい。みな同じような事を思うのか、外にでると、クリスマス用に飾られたライトをお家の屋根や木から取り外している人が目についた。明日から学校ですもの。溜め息。完璧に空気からマジックが抜けました。子供の頃、日曜日の午後ぐらいからだんだん寂しくなったあの感じを思い出します。
2005.01.03
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今朝も誰よりも先に起きる。皆、生活の回転がいつもより相当時間ずれてしまった。昨夜はカウントダウンの日、大晦日で、Jは”今夜は一睡もしなくていい?”となんだか興奮してた。この子達にとっての大晦日は、ベッドに追い立てられない、大きな顔をして夜更かしが出来る日、なのだろう。それで無邪気に喜べるってことが子供なのね。可愛い。ラップトップを開けて、想いに耽って静かにコーヒーをすする。きょうも外が明るい。デッキに日が差している。2005年の最初の朝。私の姿をどこかで察知したチッピーがやってきた。ピーナッツを取りに立つ。いつもの朝だ。しかし、太陽がいつもより明るいではないか!約束された何かを感じて、ひとり悦に入る。それで、おもちがデイリーライフに欠かせないJに”ねえ、Omochi in the soup(お雑煮)食べる?”ともちかけてみた。”For the breakfast?!"と驚いている。そりゃ、そうよねえ~。そんなことしたことないから。もちかけた私も、コーヒーの後だけに、食べられそうにない。悲しい。そうこうしてる間に、ひとり、ひとり、起きてくる。Jは、すでにきょうしなければならない、母(私)に課せられているホームワークを始めた。なぜなら、今日は彼が熱くなっているミシガン大学のフットボールゲームがあるから。その為にはきっと、ピアノの練習も厭わないだろう。長女は私がJのことにかまっているうちに、JFを誘って、ちゃっかりテレビをつけて、パレードに見入っている。ローズボールパレード。出てくるすべてのフロートは、花、花びら、葉っぱ等”once alived"物で出来ているらしい。いろいろルールがあるらしく、動物の毛皮などは使っていけないとのこと。ひとつのフロートは4万本の胡蝶欄が使われてた。その同じフロートには気が遠くなる程の数のグリーンピースが表面をおおうリザードもいて、そしてその目には海苔が使われていた。このパレードを感嘆して見ながらの、2005年のゆっくり朝。がんばれ!ミシガン。Jのためにもいい試合をしてね。
2005.01.02
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今朝は、昨夜の雨からは想像つかないほどの青空。嬉しい。気持ちがそれだけで、ヨシッ!となる。クリスマスの飾りをかたづけよう宣言を子供達にすると、やはり反対にあい、ツリーは残してその他のサンタのオルゴール、くるみ割り人形の飾り等を見られないうちにそっと片付ける。その後キッチンにやってきて、目に付くのはガスレンジの汚れ。毎日スプレーで雑に掃除をしてきたツケが回ってきている。ベイキングソーダーが油汚れにいいとオレンジページでちらっと目にしたことを思い出し、試しにペーパータオルを少し濡らしてそこにベーキングパウダーをまぶして馴染ませ、まずは、油汚れが目立つキャビネットのドアをそれで拭いてみた。オオッ。これは!黄色になってドアの取っ手の辺りについている油が、ポロポロ落ちる。こうなると夢中になって作業にのめり込んでしまった。さあ次ぎはレンジ。お湯をシンクに張って、そこにやはりベーキングソーダ-を振り入れ4つのバーナーを浸ける。キャビネットを攻撃した後、アルミのたわしで思いきり擦ってみた。なんとそこには、茶色からグレーに変色したバーナーが現われた。そう、このバーナーはもともとグレーだったのね。気が付くと、末っ子のJFが”ママ、おなかすいたの”といってくる。時計をみればもう1時。本当にしたいのは、窓拭きなのだ。それが今日の目標。なるべく暖かいうちにしてしまいたいが、作業をストップしてお昼。室内に隠りぱっなしが気になっていたからこれは好い機会だ。JとJFに声を掛けてこれから外へ出ようと思う。日本は新年を迎えた朝が来つつある。私が好きな、少しいつもと違った新しい空気で満ちているだろうか。にほん。
2005.01.01
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