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9月になると先生はアーゲントゥア「音楽プロダクション」の責任者に来てもらって自分の生徒の歌を聴いてもらうという場を設けられた。
もちろん僕もそこで歌うように言われたが、まだあまりにも自信がないため辞退した。
ベルントはようやくそこで認められ歌劇場への推薦があり、歌い手としてのデビューが決まった。
報告の電話を受けた後彼は本当に嬉しそうににこにこと上機嫌で、先生もほっとして大きな肩の荷がおりたような表情を見せていた。
2人にとって長い険しい道乗りだった。
不安と絶望の日々もあったであろう、ベルントはその時40代半ばで迫り来る年齢という期限に押し潰されそうになりながらのようやくの安堵だった。
彼のデビューの役はヴェルディの歌劇「運命の力」のアルヴァーロ、最初からとても大変な役だ。
でも彼ならすばらしく歌い聞かすことであろう。
「皆も是非、後に続いて欲しい」と授業で先生は言い、皆はベルントに拍手したが、内心面白く思っていない者もいた。

先生はベルントに対してはえこひいきなんてものを通り越してなり振り構わず全神経を傾けていた。
先生にしてみれば教師生命を掛けるだけの素材に出会い、自分の晩年の人生を捧げて彼を自分の手ですばらしい歌い手に育て上げることに決めたのだ。
良い声楽教師とはまずその素材を見抜く力が問われる。
持って生まれた声の良さだけではなく、その人物の中に隠された音楽性、努力出来る能力、持って生まれたスター性、声の中に含まれた情熱や人を引き付ける音色、それをまだ磨かれていない素材から見抜きとるのだ。
先生はベルントの食生活まで管理した。
僕は先生のそんな姿勢を傍らから見て、一人の職人が一つの自分の仕事に傾ける情熱と集中力、誇りのようなものを学んだ。  つづく





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最終更新日  2006.05.20 00:56:34
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