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●ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウへの新しい評価
僕が歌を始めることになって、初めて買ったレコードがディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
の「冬の旅」だった。
ジャケットには彼のまだ若く生気に満ちた表情の写真があった。
それを眺めてこれから始る新しい世界への不安と喜びに浸ったものだった。
学生時代も彼の歌声に常に耳を傾け、ドイツ歌曲の世界に引きずり込まれていった。
彼は戦後突然現れたパイオニアだった。
焼け野原に残ったベルリンの歌劇場から、多方面の劇場でのオペラで活躍し、その後それまでのドイツ歌曲とは全く違う新しいドイツ歌曲を歌って見せたのだ。
おそらく当時の人たちにとっては、彼のものすごく音程が確かで、難しいフレーズも軽やかに歌いこなし、人並み外れた声量での歌唱に圧倒されたはずだ。

余りに突然現れた大きな存在に対して、異端視する人たちも多かった。
その理由のほとんどが「音程が確かすぎて感情のない機械音を聴いているよう」とか
「紙に書き記した音楽をそのまま決められたように歌っているようだ」とか「歌い手の歌を聴いているというよりは、学者の論文を聴いているような歌だ」などというような批判だった。
大学を卒業して数年したころには、僕も彼の歌にそれほど興味が持てなくなって行き、あまり耳にしなくなって行った。
彼も中年を迎えたころには少しずつ人を見下ろすような発言や態度が目立つようになり、研究論文、作曲家の伝記、学術書のような本の出版もするようになり、ますます横柄にふるまうようになって行った。
それがドイツ国民の神経に触ったらしく、皆に嫌われるような存在になって行き、演奏活動をすればするほど酷評を受けるようにもなった。
僕がドイツに渡り、100人の人に尋ねれば100人ともが彼の名前に顔を顰めた。
僕がドイツで師事していた先生も「あんな者は歌い手ではない!」と発言した。
そして彼が50代を過ぎた辺りから声の衰えが見え、そうなるとなおさら酷評を受けた。
これはバリトンとしては早すぎる衰えである。

でも若いころから何度も来日して来たこともあり、日本では相変わらず神様のような

僕も東京まで聴きに行った覚えがある。
響きの悪いだだっ広いサントリーホールで、満員の客席だった。

その後彼が66歳の時に、ドイツのケルンのフィルハーモニーホールでシューマン一色のリサイタルを聴いている。
もう見る影もないほど声は出なかったが、胸にピンマイクを着けての演奏だった。
しかし彼の演奏への情熱には強く胸を打たれた。


            つづく






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最終更新日  2009.10.02 00:42:27
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