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・12.28.月
京都の中京区の室町時代の町家に叔母(母の姉)が住んでいる。
この家は母の実家でもあり、叔母の娘息子と僕と妹の歳が近いこともあって、子供のころは毎週日曜になるとこの古い家に家族でお邪魔して、遊んで、サザエさんを見て
夕食を食べて帰っていた。
叔母と父は同年代ということもあったのだろうか、とにかく僕たち子供が傍らで見ていてもひやひやするような口喧嘩を度々して、何度も険悪なムードになったこともあった。
叔母は若くにご主人を亡くし、中学校の英語の教師を定年まで勤め上げ、三人の子供を育て上げた。
現在70代後半ぐらいだと思うが、最近パソコンを始めて僕のブログを読んでくれたり、それについての感想をメールしてくれるようになった。
24年前父が他界した時も葬式で「喧嘩相手がいなくなってとても寂しい」と声を上げて泣いていたことを憶えている。
その叔母が、24日(木)の父のことを書いたブログを読んでメールを書いて来てくれた。

確かに叔母のいう通りなのだ。
父の良い思い出だって多くあるはずだし、口には出さなくても僕のことを父なりにとても大事に思ってくれていた。
なのに僕はどうして未だに父を自分から離れた所に置いて考えてしまうのだろう。
そのことについて少し真剣に考えてみた。
確かに僕は父に何度も傷付けられたことがあった。
真っ白な子供の心は、親に対して無防備に心を開いて近付く。
同性の親に対してはそこに尊敬と憧れがもともと付随しているのだ。
父は多くの兄弟の末っ子として生まれ、5歳の時に父親を亡くしているということもあってか、今から思えばどうやって父親をふるまえばよいか分らないというような部分もあったのかもしれない。
そして父に傷付けられたことだけをはっきり憶えていて、良い思い出が薄れている。
でも、決して悪い人ではなかったのだ。
人が一人育って行く過程で、親の存在というのは当たり前で、また難しいものだなと

下記のものは、叔母からのメールである。

「いつも楽しんで読んでいます。
時々あまり難しくて、ついて行けないこともあるよ。
よく勉強しているんだなと感心しています。  
お父さんの思い出があまり思い出せないとのことですが、これは言っておこうと思ってメールしています。

甘くて、とろけるような歌声でしたよ。
そのときお父さんのあぐらをかいた膝の中に座って居るのが貴方でした。
少し視力の弱い貴方には音楽の道が一番と、当時ではビックりするほど高価なレコードプレーヤをかって「敏行には本物の音楽を聴かせるんです」と言ってられましたよ。
本当にお父さんは貴方をかわいがっていました。
貴方の美しい声はきっとお父さんのDNAでしょう。」





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最終更新日  2009.12.28 23:35:58
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