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・8.7、土

今日は10月2日のファンドレイジングコンサートに向けての特別練習であり、近鉄奈良駅近くの「花小路」というレストランの奥のピアノのある部屋をお借りしての特訓。
計画通りの曲数はこなせなかったが、意義のある練習であった。

昨日の日記の高校生に感じる傾向に続き、今日は九州出身の方々の傾向について僕の感じるところを述べてみたい。
このことはずっと以前から感じていたことだが、もちろん日記に書くことは問題なので控えていた。
でも気が変わって、あえてここに述べる。
決して敵意を持って言う訳ではないので、気を悪くしてほしくない。

僕は常々人と会話する時に、とにかく相手が述べること、僕に対して語りかけて来ることについて、それが納得の行くことであれ、そうでないことであれ、それに耳を傾

それが僕の考えや感覚に沿うか沿わないかは、また別の問題と考える。
なぜなら、誰かが僕に対して自分の考えや身の上や経験を語り掛けるということは、
兎にも角にも心を開き内面を外に出す大仕事だからだ。
それは人前で歌うことと基本的には同じ作業だ。
どんな事柄でも其々の立場と人生と環境で意味が大きく異なるし、語る内容よりも語
り掛けること自体に意味を持つものだと考える訳だ。

しかし語りかけられた内容に対して、まず反論するところから会話を始める人たちがいる。
例えばドイツ人だ。
彼らはとにかく集えば必ず議論を始める。
其々が相手の語る内容を納得せず、反論によって応答するから必ずそうなる訳だ。
そしてそれは、僕から見てということだがいつも水掛け論であり、意味のない議論であることがほとんどである。


そして僕個人の密かな調査によると、日本でも九州出身の方に同じような傾向が感じられる。
まず僕の語ることは必ずといっていいほど否定され、諭され、考えを改めさせられる。
そして口惜しいことに、その反論はいつも全く的外れではないのだ。
「同感だ」という一言を、彼らの口から聞いたことがない。
開こうと準備された心は、思い直して閉ざすしかなくなる。

彼らと話していていつも思い浮かぶのは、薩摩、長州の志士たちとその妻たちである
。
その気高さ、利発さ、そして惨酷さ。
そして何よりも、議論するためのエネルギーをいつも持ち備えているのだ。


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最終更新日  2010.08.08 00:20:46
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