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・1、17、火
お正月の1月5日に、作曲家の林 光さんが死去された。
去年9月の雨の日に家の門を出たところで滑って転ばれ、頭を強打して脳挫傷でずっと意識がなく、今月5日に息を引き取られたということらしい。
ちょうど80歳でおられた。
ご高齢でもとてもお元気であっただろうし、悔しく残念な事故であった。
僕が初めて林 光さんに会ったのは、高校2年のころだった。
歌を始めたばかりで、先生のところでレッスンを受けていた。
レッスンが終わったら「茶木、今から僕はオペラの練習に行くけど、おまえも見学に来るか?」と先生が言ってくれたのだ。
そのころ僕はオペラが何かも知らなかったけれど、とても興味があったので二度返事で連れて行ってもらった。

練習場では張り詰めた空気の中「浮かれのひょう六機織唄」という邦人オペラの練習が行なわれた。
前の所で頭のはげたおじさんがいろいろ指導したり、皆に話をしたりしていた。
それが若いときの林 光さんだったのだ。
その時の僕の先生とは、林 光作品だけを上演する団体「オペラシアターこんにゃく座」の現在座長を務めている人物である。
先生は20代前半のころからすでに林 光さんに魅せられ、後に東京のこんにゃく座に身を置くこととなる。
その関係で僕は歌を始めて、コンコーネよりもイタリア歌曲よりも先に林 光さんの作品に多く触れることとなった。
先生が出られる林光作品の演奏会にはすべて足を運び、こっそり録音して、家で全部覚えてしまうぐらい聴きこんだ。
大学に入ってからは周りの環境から林 光作品とは遠ざかった。
しかし不思議なことにその10何年後、ドイツから引き上げて来て数年後、また林 光作品に関わることとなり、自らも演奏する機会ができる。
そして個人的にもお話するチャンスにも恵まれた。
林 光作品はとても特殊で、好き嫌いがはっきり分かれる。

特殊なアンテナを持ち合わせた人にだけ電波が届く、特殊なテレビ局みたいなものだ。
そういった者にとっては、大きな樹木を失ったようなものだ。
これからは作品が増えて行かないのだ。
残して下さった多くの作品を、これからは皆で大事に演奏して行くことだろう。
林 光さんは、一つの凄まじい怒りを胸に生きて来た人だ。

怒りは優しさと弱さと強さの思念が渦巻く熱い楼閣であった。
ご冥福をお祈りする。

茶木





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最終更新日  2012.01.18 11:11:55
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