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・8、8、水
この頃盛んに死刑制度廃止を唱える意見がある。
この動きの本当の理由は何処にあるのかと考えることがある。
「人が人を裁くことが間違っている」とか「殺人を犯す人にも何かしらの同情を禁じえない」とか「罪を憎んで人を憎まず」などとよく言われる。
弁護士や検察官が死刑に立ち会うと「こんなことはやはり続けるべきではない」と思うらしい。
それはそうだろう。
判決を下し刑場に送り込む裁判官も嫌だし、刑の執行を決定し判を押す法務大臣もたまらない。
だが一番やり切れない仕事は、死刑場で送られて来る死刑囚の首に縄を掛ける職員だ。
しかしこの世に刑罰がなくなれば、皆どうするだろう。

残念ながら人の中に倫理や常識や情けが必ずしもあるとは言えないからだ。
ひょっとすればここもまた日本人独特の「情」「思いやり」「親切」から来る考えが強いのかもしれない。
駅構内でも、心斎橋筋でも英語、中国語、韓国語のアナウンスが聞こえる。
余計なお世話だと僕はいつも思う。
イタリアの独特な雰囲気を楽しみにわざわざ旅行に行って、ローマの町で日本語のアナウンスが聞こえたり、日本語の看板があちこちにあったら幻滅である。
知らない国で言葉も分らず困り果てるのが、海外旅行の楽しいところだ。
とにかく日本人は余計なところまで親切だから、その親切がふとなくなると皆腹を立てる。
初めから不親切だったら、駅員や店の定員に向かって怒鳴り散らす者もいないだろう。
死刑制度にしても「人を殺せばよっぽどの理由がない限り、定めとしてもれなく死刑!」とすれば犯罪は減るだろうし、いとも簡単に他人の命を取る行為も一歩立ち止まって「他人を殺すイコール自分を殺す」と考えが及ぶのではないか。
。
お咎めなしにルールを守れるほど、人は倫理と意思に厳格ではない。

それが嫌なら別の仕事を探すがいい。





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最終更新日  2012.08.10 00:36:20
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