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・1、6、日
A先生がよくレッスン中に言われた話で、戦前の歌手たちのことがある。
ベルリン生まれの先生は10代のころから足繁くベルリン歌劇場に通い、様々なオペラを見聞きしたという。
特にワーグナーが好きで、多くの当時活躍していた歌い手の声を耳にした。
その歌い手たちの素晴らしい歌声は、今の歌い手たちには遠く及ばないと言われる。
何故今の歌い手たちが当時に劣るのか。
それはレコード・スピーカーの普及が原因であろうと推察されると。
先生の若かった時代はスピーカーがある家もあったが、習慣として夜は歌劇場や芝居小屋に足を運ぶのが人々の娯楽であった。
そこで常に生の声の響きを聴き、スピーカーから流れて来るいわゆる機械音ではない

だから観客の歌い手たちへの批判もとても怖かったという。
気に入らない歌い手が演奏すると「ブー!」と遠慮なく不満の声が飛び交う。
ほとんどの観客が大変優れた耳を備えていたのだ。
よって観客こそが歌い手を育てるという厳しく、また生き生きとした歌劇場が存在したと。
「その時代の歌手たちの素晴らしい歌声が、私の耳の奥に未だ残っています。
そして今私は、貴方たちの声にその音色を求めて止まないのです。
貴方たちは決してスピーカーやイヤホーンから聴こえる機械音を手本としてはなりません。
それこそが歌い手の声と観客の耳をだめにし、音しか聴き取れない、空気を振るわす響きを楽しめない耳へと貶めて行きます」
日本に帰ってきて、ドイツ人に比べてなお日本人の五感のほとんどのパーセンテージを視覚が占領してしまっている状況を僕が特に強く危惧してしまうのも、その先生の検証が納得の行く意見だと思うからだろう。

僕が少しずつドイツの生活に慣れたころ、一つの葬儀に参列した。
先生のご主人はとても穏やかでいつもにこにこされている紳士であった。

内科であるご主人が学会に出席される時に、その日のテーマがA先生の興味のあることであると付いて行って、昔から生理学的な体の勉強もされていた。
ご主人は数年前に一度癌を患われたそうで、A先生は徹底的に食事療法をこなされ見事回復された。
ご主人の70歳誕生日パーティーも大々的に開催され、多くの医学会の人々で席は埋まった。
そこで何人かの生徒が演奏を依頼され、僕も何曲か歌った。
しかしそのパーティーが終わってすぐご主人は倒れて入院された。

最初癌の再発ではと診断されたが、A先生は「そんなはずはない」とご自分の今までの苦労を信じておられた。
結局癌ではないという検査の結果が出たが、それでは原因はと言えば全く判然しなかった。
そしてご主人はそのまま静かに息を引き取られた。
まるでそれは自分の意志で死に向かったように誰もが感じた。
彼の死は今でも僕に人の意志の不思議を思わせる。
僕は初めてドイツの葬儀に出席した。
そこにはA先生が育てた生徒であり、ベルリン歌劇場で現在歌っている「カルメン・レッペル」という有名なソプラノ歌手も参列し、僕は皆とぞろぞろと小高い丘の上の墓場に向かって歩きながら彼女と世間話をした。
頂上の開けた所にたくさんの十字架があり、其々の墓の周りに豊かな花が植えてあった。
そして参列者は順番にご主人の墓らしいところに近づいて行って、花を一輪ずつ投げ込んでいた。
どういうことだろうと思い僕も順番に従って近づいて行くと、ようやく気が付いた。
ドイツは土葬なのだ。
花に囲まれたその穴の中を見下ろすと、遥か地下低くにご主人が横たわっている。
そこに向かって花を落としているのだった。
A先生が最後にその穴に花を落としてお別れをするように皆に促されていたが、首を横に振り続けて、結局墓に近づこうとされなかった。
その後参列者は丘を去ったが、多分後でその上から多量の土が被せられるのだろう。
それから10日間ほどA先生は喪に服された。
皆生徒は通常通り集まったが、レッスンは直子さんが指導に当たられた。
フロアーなどで時々先生を見かけたが、常時黒い服に身を包み、いつもご主人の写真を手に声を出して泣きながら歩いておられた。
そんなに毎日泣き明かして、精神的にまいってしまいはしないかと心配したほどである。
11日目に先生は黒い衣装に十字架を首に掛け授業に現れて、いつもの席に腰を下ろされた。
そして笑顔で言われた。
「主人がこの世を去り、私は涙が枯れるほど泣きました。
これで彼と私の長い生活は終わりを告げました。
さて、今日からも私は私の人生を生き続けます」と述べて生徒たちの顔を笑顔でぐるりと見回された。  つづく





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最終更新日  2013.05.13 11:59:47
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